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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【38:行軍】

 結局その夜は何事もなく過ぎた。


 中佐も、あれだけの騒ぎがあったあとでもう一度事に及ぼうというだけの執念はなかったようだった。もしかしたらあったのかもしれないが、どうやら副官も中佐の行状をあまり良くは思っていないらしいから、何か理由をつけて先延ばしにするくらいのことはやってくれたのだろう。


「よく眠れたか?」


 翌朝、井戸端で顔を合わせたとき、レフノールはリディアに尋ねた。


「……腹が立ちすぎて、眠るまでにちょっと時間が」


 リディアの返答に、そうか、とレフノールが応じた。


「まあ、さすがにこの先でどうこうはないだろうし、戻ってからはうまいこと顔を合わせずに済むように何とかしよう」


 リディアがはい、と答えてため息をつく。


「なんでわたしたちが、悪いことでもしたみたいに……」


「俺もまったく同意見だが」


 現実問題として、階級や立場を笠にろくでもないことをする輩は後を絶たない。近年、平民出身の将校が増えるにつれて多少減った、という話はあるが、それでも絶無ということにはなっていなかった。加えて、理不尽な被害を受けた側が訴え出たとしても、なかなかまともに取り合ってはもらえない。王室の係累が相手ともなれば尚更のこと、という予測は容易だった。


 風潮としての理不尽なあれこれは徐々に少なくなりつつも、残った理不尽には個人が個別に対応しなければならないのだ。


「――まあ、そういう奴だと知っていれば手の打ちようはある」


「はい」


「同じ軍団だとちょっと厄介なんだがな。幸か不幸かあちらは近衛、俺たちは短期間出張って来てるだけ。となればあとはその短期間をどう無事に乗り切るか、くらいの話だろう。そこだけは気が楽だな」


「そうですね……」


「任せておけ、とまでは言い切れないが、何とかするよ」


 レフノールの言葉に、リディアは小さく笑って、はい、と頷いた。

 昨夜の顛末の種明かしをレフノールはしていない。リディアもそれを求めなかった。レフノールにとっては結果があればそれで十分で、リディアにとってはレフノールが自分を救ってくれたという確信があればそれで十分だった。



※ ※ ※ ※ ※



 まだ朝靄の残る中、部隊はノールブルムを出発した。


 出立の折、歩兵たちが中隊ごとに隊列を組んで歩いてゆくのを、見るともなしに見ていたレフノールは、歩兵が並ぶ隊列の中ほどに、騎兵の集団を見つけた。あの野郎か、と吐き捨てたいような気分になって視線を逸らす。


 砦の門のところで、レフノールは砦の駐留部隊長――エルメルス大尉と行き合った。駐留部隊の長として、出立する部隊の見送りに出ている、ということのようだった。レフノールは素知らぬ顔で敬礼し、エルメルス大尉とフェルデン中尉が敬礼を返す。ふたりも、昨夜のことなどなかったかのような態度だった。


 荷馬車を引き連れた輜重部隊は、隊列の末尾に位置を指定されている。数にして3個分隊ほどの兵や下士官を、先任曹長であるベイラム、将校であるリディアとカミル、そしてレフノールが率いることになっていた。

 荷馬車は2輌。進出予定点までの街道は、小型の荷馬車ならばどうにか通行できる、という状況だ。どうせ荷馬車が使えるのなら、と、レフノールは兵たちの背嚢を荷馬車に積んでいた。積載量にはそれなりの余裕があり、兵に背負わせる荷は少ない方が疲労も減るのだから、使わない手はない。

 かわりに、クロスボウを扱える兵たちには、クロスボウを背負わせて行軍させている。レフノール自身は心配しすぎと思わないでもなかったが、いざというときに荷の下からクロスボウを引き出していたのでは間に合わない。そういった細かい部分の差が、戦場では生死を分けかねない、ということを、兵たちには吞み込ませることができている。兵站には珍しい勲章――銀剣勲章を身に着けている将校と先任下士官が言うのであれば、兵たちにとっては従わない理由もないのだった。


 冒険者たちの行動は、概ね当人たちに任せている。やってほしいことを大まかに伝えておけば、冒険者たちはそれをうまく汲んでくれる。細かく命令して行動を縛るよりは、ざっくりとした指示で臨機応変に動いてもらった方が、結果としてうまくいく、とレフノールは考えている。

 4人の冒険者は輜重の隊列の中ほど、コンラートが操るゴーレムは先頭――つまり、他所の部隊との間にゴーレムが入っている、という形だった。

 靄で多少視界が悪くはあるものの、行軍に支障が出るほどの悪天ではない。輜重隊は、部隊の後尾について、ゆっくりと進んでゆく。幹線ではないとはいえ旧王国の街道であるから、勾配も湾曲も大きなものではない。難点といえば、森林地帯の中のことであるから、見通しが利きづらい、というところだ。


 部隊は行軍の最中、時折小休止を挟み、昼時には携帯糧食を摂って、休憩が終わればまた進む。

 そのようにして、1日目の行軍は無事に終わった。



※ ※ ※ ※ ※



「大尉、昨日のアレ、結局何だったの?」


 予定通りの場所で野営の準備を始めた頃、アーデライドがレフノールに尋ねた。


「普通はやりませんよね、あのタイミングでああいう訓練」


 どう答えたものか、と迷っているレフノールに、コンラートも付け加える。


「――他所で言わないでくれよ」


 そう前置きして、レフノールは事情を説明した。


「……軍隊やばいね……」

「こないだの大佐も相当アレだったけどさ、上の方ってそんな奴ばっかりなの?」


 事情を聞いたヴェロニカとアーデライドがふたりして呆れている。

 コンラートは顔をしかめて首を振り、リオンが見たことのないような険しい表情で黙り込んだ。


「全員がそうだというわけじゃあないが、そういうクズがいるのは確かだ」


「少尉は無事だったわけ?」


「おかげさまで。どこからも協力を得られなければ君たちに依頼しようと思ってたんだが」


 アーデライドとのやり取りで、冒険者たちの間にどこか安堵したような空気が流れる。


「そういう奴が相手だと、いい具合のところで止めるのが難しそうだね」


「だと思ってね、最後の手段ということにしていた」


 選択肢の俎上には乗せたものの、王室の係累に何かあったとなればその後の面倒は計り知れない。当の中佐は措くにせよ、現状は、冒険者たちにとってもレフノールにとっても、最善に近い結果と言えた。


「少尉さんにさ、よかったらうちらのテントに来てもいいよって言っといてよ。もうひとりくらいなら入れるから。――大尉さんのところに泊めたいならそっちの方がいいだろうけど」


「ありがとう、伝えておく。前半だけな」


 ヴェロニカの提案に、苦笑しながらレフノールが応じる。明らかに、それと解って口にした『余計な一言』だった。実際のところ、昨夜の今日でひとりで安心して眠れ、というのは無理な話だし、ヴェロニカもそのあたりを斟酌してくれたのだから、有難い話ではあった。


「今夜はそれでいいとして、明日の予定はどうなってます?」


 コンラートが尋ねる。


「荷馬車のうち1輌はここに残置。あちらの拠点の位置が――このまま街道上を1刻ばかり進んだあとで、街道を外れて小川沿いにもう1刻、というあたりだな。俺たちはあくまでも輜重だから、街道上で荷馬車と荷のお守り。拠点への襲撃には参加しない」


 レフノールの説明に、なるほど、とコンラートが頷いた。


「うまくいけば、我々は労せずして報酬を得られる、というわけですね」


「まあ、君たちにはここまででそれなりに苦労してもらっているからな。特にコンラート、君には」


 何かというとゴーレムを駆り出されるコンラートは、今までのところ、冒険者たちの中で最も働かされている。


「ともあれ、本番は明日だ。野営の準備が済んだなら、今日はゆっくり休んでくれ」


 レフノールの言葉に、4人がそれぞれ同意の返事を返して、冒険者たちは自分の仕事に戻った。レフノール自身の仕事も、あとは報告書と日誌の作成程度だ。本番――実際に戦闘が起こるのはまだこれからとはいえ、準備の段階でレフノールの仕事の大半は済んでいる。

 多忙で、そしていささか不快な任務も、実際に部隊が動きだしてしまえばそう長く続くものではない。

 野営の準備を進める兵たちを見ながら、レフノールはふたりの部下のところへ出向いた。明日の予定とやるべきことを確認しておかなければならない。もうそう長くはかからない任務であるからこそ、くだらない失敗の種は潰しておくべき。レフノールは、そう考えていた。


気を取り直して、真面目にお仕事をしましょうねー。

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― 新着の感想 ―
確認しておきたいことが一点。 近衛の兵站部隊の指揮官はまだレフノールが兼任してるのかね。
最後の一文……、フラグか……? 上から下らない失敗が降ってきそう。
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