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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【36:聴聞】

 夕食後。

 リディアを伴って、レフノールは、滞在部隊の長の執務室へ出向いた。砦の駐留部隊長の執務室と同様、執務室と居室が隣接し、扉で仕切られる形になっている。


「――貴官を呼んではいないのだが」


 不機嫌な様子を隠そうともせずに、ジラール中佐が言う。

 だからだよ、とはさすがにレフノールも言えない。


「軍務に関することでしたら、部隊長を通していただかねば、中佐殿」


 命令ならば、まずは部隊長である自分に。建前としては無視できない理屈のはずだった。


「少尉に職務上のお話、ということであればまず自分が承ります。自分は彼女の直属上官でありますので」


 レフノールの正論を、中佐は鼻で笑ってみせた。


「たしかに軍務に関することだ。だが貴官は呼んでおらん。貴官には、不適切な職務遂行の疑義がかかっている。少尉には、貴官の職務に関する聴聞のために出頭してもらった」


「不適切な職務遂行、でありますか?」


 レフノールが首を傾げる。


「心当たりがありませんが」


「正式に指揮権を委譲されていないにもかかわらず近衛輜重隊の指揮を執り、正当な理由がないにもかかわらず下士官や兵に罰則を適用し、命令に不備があったにもかかわらず命令違反と断じている。そのような報告を受けている」


「隊長は――」


「――すべて否定します。指揮権の委譲については隊長から書面をいただいていますし、下士官兵への罰則は規定に則って行いました。命令違反については、事故防止のために必要な命令が遵守されていなかったため、そのように判断したものです」


 抗議するように口を開いたリディアを手で制して、レフノールが反論する。どちらが事実と言われれば自分が言っている方が事実なのだ。


「貴官の意見は聞いた。だが貴官と議論をする気はないのだ、大尉。疑義がかかっているのは事実だ。関係者として少尉を聴聞する」


 レフノールの口許が引き攣った。ある将校の職務遂行について疑義があれば、関係者を呼んで聴聞する。それ自体は手続きとして何ら問題はない。勿論、当人や他の関係者は聴聞に立ち会えない。個別に事情を聞いて口裏を合わせられないようにするのが原則だ。


 ――それを今ここでこう使うか?


 だがそもそも、その疑義とやらの根拠になる事実がそもそも存在しないのだ。


「閣下」


 黙って成り行きを見守っていた副官、サルヴィーノ中尉が口を挟む。


「明日からは前線へ出ようという時期でもあり、大尉も疑義については否定しておられます。ひとまずはこのまま職務を続けていただき、帰途アンバレスで正式に審問されては?」


 意外な場所からの意外な援護ではあった。正式な審問となれば記録も残り、証人も宣誓の上で証言する。中尉は、疑義をはっきりさせることが目的ならばその方がよい、という助言の態で、上官の暴走を止めようとしている。


「だからこそだ。そのような将校であるのかないのか、聴聞しておくべきだろう。――少尉」


 視線と顎で居室の方を指し、来い、と合図する。息を吸い込んだリディアの手首を、レフノールが掴んだ。目だけでやめろ、と訴える。上官権限による聴聞の拒否は、それ自体が軍規に反するものとして扱われる。


 ――軍規はこの類の屑が運用することを前提にしてないものな。


 王の係累、摂政の子息であるという中佐への殺意を弄びながら、レフノールはリディアに向き直る。


「少尉、俺のために面倒をかけて済まない」


「いいえ。ありのままを正直に申し上げれば、隊長の疑義もすぐに晴れるでしょう」


 リディアが平静な口調で応じる。レフノールには、務めて平静を保とうとしている、ということがわかる口調だった。


「それでいい。無茶をするなよ」


 何とかする、と目だけで言い、レフノールは頷いてリディアを送り出した。


「しばらく誰も入れるな」


 リディアを居室に招き入れ、サルヴィーノ中尉にそう言い置いて、中佐は扉を閉めた。その直前、ちらりとレフノールを見た中佐の表情を、レフノールは絶対に忘れてやるものか、と心に決めた。敵意が剥き出しの、勝ち誇ったような表情だった。


※ ※ ※ ※ ※


「まあ、座って楽にしたまえ」


 中佐の言葉に、リディアは答えない。立ったまま、中佐に怒りの籠もった視線を向けている。


「座りたまえ」


 中佐が繰り返す。


「どのようなおつもりですか」


 怒りのあまり、普段より幾分低くなった声で、リディアが尋ねる。


「言っただろう、あの大尉の行状に関する聴聞だ。ゆっくりと話を聞かせてくれ」


「なにをお疑いか存じませんが、小官が見る限り、大尉が指揮官としての権限を不当に行使されたことはありません。一度も」


 翻ってお前はどうなのだ、という意を込めて、リディアが言った。


「それを判断するのは」


 ソファに腰を沈め、服の胸元をくつろげて、テーブルの上に置かれたふたつのグラスに蒸留酒を注ぎながら、中佐が応じる。


「貴官ではない。私だ」


 中佐が自分に向ける、舐め回すような視線が、リディアは心底嫌だった。


 ――あの人は。


 初めて会ったときから、レフノールは一度もそういう目でリディアを見たことがない。だからリディアはいつでも、安心してレフノールを頼ることができた。

 想う相手としてじれったい部分がないとは言わない。もっと踏み込んできてほしいと何度も思った。それでも、言葉や態度の端々に、自分や自分との関係を大事にしようとする態度が見えている。


 たとえ佐官であれ、王室に連なる相手であれ、口実を設けて無理やりに関係を結ぼうという相手などとは、比べること自体が失礼な話だ、とリディアは思っている。


「座れ」


「ご命令でしょうか、それは」


「聴聞を拒否すると?」


 何が聴聞だ、と叫びたくなるのを、奥歯を噛みしめて堪える。


「そうは申しておりません」


 どうにか心を落ち着けるために深呼吸する。本当は、同じ部屋で息をすることすら忌まわしかった。

 ゆっくりと歩いて、ひとつしかないソファの、なるべく中佐から離れた場所に浅く腰を下ろす。


 ふたつのグラスを手にした中佐が自分の方へ移動してきて、リディアは声を上げそうになった。


「君も飲むか?」


「――まだ職務中ですので」


 首の後ろのあたりから全身に鳥肌が立つのを感じながら答える。自分が酒でどういう醜態を晒したのかは憶えている。一滴も口にすまい、と心に決めていた。


「お聞きになりたいことがあれば、何なりと」


 怒りと恐怖がない交ぜになって、だが、リディアの口調はかえって平板だった。視線は合わせない。


「聴聞の結果を解釈し、判断するのは私だ」


 隣で中佐が笑う気配がする。


「どういう、ことでしょうか」


 肩に回されようとする手を、さりげなく、しかし断固として払いのける。


「君のためにも、君の上官のためにも」


 中佐の口調は、捕えた得物を嬲る肉食獣のようだった。


「態度には気を付けたまえ、ということだよ」


 今度は腰に手が回され――さすがにリディアが叫びそうになったその瞬間。


 けたたましい半鐘の音が響いた。敵襲の報せ。リディアが弾かれたように立ち上がるのと同時に、部屋の扉が音を立てて開いた。


「閣下!」


 副官のサルヴィーノ中尉が立っている。


「緊急事態です!」


 助かった、という気分で、リディアが扉へと走る。


「失礼、閣下、緊急事態ということですので!」


 乱打される半鐘の音の中、リディアは、はっきりと舌打ちの音を聞いた。


今回はセクハラクソ上司でした。

それはそれとして、作者的にNTRとやらは地雷なんです。はい。

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― 新着の感想 ―
無能とクズは両立しなくてもいいですもんね…… どさくさで馬に踏まれてお亡くなりにならないものか
レフノールの隊が戦地への輸送を担当にしてなかったか?これは戦地で取り残されるとかかも。そして、近衛部隊でも(イジワルのため)引き上げた相手に陸軍の兵站部隊が単独で破ってまた表彰されるながれか?
あー。戦場では、事故が起きてもしょうがないよねー(棒読み
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