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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【33:指揮官会同ふたたび(下)】

 翌日の午後。レフノールは、少なからず緊張して、領主の館の広間にいた。隣にはカミルが座っている。前回は王都の兵站総監部からの派遣、今回はアンバレスの第2軍団からの派遣。他所の作戦の方針を決める会議に出席している、という事実は、確実に、居心地の悪さの原因のひとつになっている。


 近衛の将校たちの中に顔見知りはいない。唯一といってよい顔見知りだったラインシュタール大尉は後送されていてこの場にいない――というよりも、レフノールがその代役になのだ。前回あれこれと内情を教えてくれた少佐のような人物もおらず、レフノールとしてはぼんやりと座って指揮官の登場を待つほかにするべきことが見当たらなかった。


 しばらく待つと、入口のところに立っていた中尉が踵を打ち合わせて背筋を伸ばし、声を張り上げた。


「近衛歩兵軍団分遣隊司令、ランバリア侯爵、クリソラス・ジラール中佐殿、御入室!」


 周囲の将校たちが、がたがたと椅子を鳴らして立ち上がる。レフノールとカミルもそれに倣った。ジラールは王家の傍系の姓だ。国王その人と、そして正妃が生んだ長男――つまり、将来の国王として予定される者以外が賜る姓である。爵位は、王の兄弟姉妹であれば公爵、その子であれば侯爵。いずれも、儀礼として授けられる爵位で、実際に領地を持っているわけではない。


 だから表向き、この分遣隊の司令は、近衛軍の中佐でしかない。あくまでも表向きは。

 実際には摂政の子息であるから、陰に陽に、それはもう様々な影響力を行使できる。たとえば、今回の作戦自体がそうであるように。

 せめてその影響力と、そしてそれに付随する責任というものに自覚的であってほしい、とレフノールは思っている。


 全員が立ち上がった頃合いで、ゆっくりとジラール中佐が入室した。列席した将校たちが一斉に敬礼する。


 長身にやや長めでゆるくウェーブのかかった見事な金色の髪、深い青の瞳。嫌になるほど整った顔立ちに、自信に満ちた、他人を惹きつけずにはおかない笑みを浮かべている。

 中佐はそのまま広間の正面まで歩き、ゆったりとした動作で答礼した。座の全員が手を下ろすのを確かめるような間があって、頷きながら手振りで座ってよい、と示す。他人を従えること、そして他人にかしずかれることに慣れた挙措だった。


 副官がほとんど靴音を立てずに近付き、椅子を引く。中佐が腰を下ろした。

 待ち構えていた従卒がテーブルに大型の地図を広げてゆく。見るともなしにそれを見ていたレフノールが、正面に座る中佐に視線を移したとき、なぜか中佐と目が合った。失礼にならない程度にさりげなく、レフノールが目を逸らす。視線が合ったのがたまたまなのか、あるいは中佐が陸軍からの派遣将校を見ていたのか、レフノールとしては後者だとは思いたくなかった。


 ほどなく地図の支度が終わり、会同の準備は整った。


「ただいまから、今次妖魔討伐作戦に係る指揮官会同を行います。まず、小官、サルヴィーノ中尉から、作戦の概要を御説明いたします」


 このあたりの流れは陸軍でも近衛でも変わるところはないらしい。サルヴィーノと名乗った中尉が、慣れた調子で作戦の概要――作戦の目的、部隊規模、想定される敵などを説明してゆく。中佐はそれを、時折頷きながら聞いていた。説明の内容は当然、この場にいる全員が知っている。だが、このあたりはある種の儀式とも言えるものなので、誰も口を挟まない。


「――本作戦の概要は以上であります。続いて、概況について、偵察担当士官、アゼライン中尉」


 地図の傍ら、階級からすれば少々よい席次にいたアゼライン中尉が立ち上がる。


「偵察隊は本隊に先行し、小官の指揮のもと、これまで作戦地域の偵察を行っており、妖魔の根拠地と思しき集落を発見しております。位置はノールブルムの西方、約2日行程。規模はおおよそ500から800程度と推定されます」


 言いながら、地図上の一点を手で示す。


「地形としては森林地帯の中、やや開けた場所となっており、アルムダール川の小規模な支流をまたぐような立地で、天幕様の住居が約100。ひとつの天幕に概ね5体から8体程度、というところから、総数を推定したものです」


 500から800は、ひとところに居住する妖魔の数としてはかなり多い。森の内部で生存に必要な食料を賄える、ぎりぎりの線と言ってよい。そして、食糧が確保しきれなくなれば、飢えないために、妖魔どもはその全部なり一部なりが移動しはじめる。そのような状況が生じた場合、妖魔どもを防ぐのが、たとえばノールブルムのような辺境の砦の役回りだった。


「よく調べてくれた」


 ジラール中佐が笑顔を見せてアゼライン中尉に頷く。中尉は一礼して、恐縮であります、と応じた。

 中佐から見れば、戦争をするつもりで出てきて、予定通りに相手を見つけた、ということになる。まずは幸先のよい話ではあった。


「では閣下」


 サルヴィーノ中尉の言葉に、ジラール中佐が、ああ、と答えて立ち上がる。軍の階級でいえば閣下と呼ばれるのは、軍団を指揮する将軍以上。摂政の子息であり、儀礼称号とはいえ侯爵である、その地位に即した呼び方であるに違いなかった。


「我々は事前に検討したとおり作戦を実施する。発見された妖魔どもの根拠地を叩き、もって民草の安寧を保ち、陛下の御宸襟を安んじるのだ」


 芝居がかった台詞ではあったが、それすらも似合いと思わせるような美貌と、そして自信に溢れた態度だった。王族という立場に相応しい、と思わせる。正直なところ、レフノールの好みのやり方ではなかったが、人にはそれぞれ身の丈に合ったやり方というものがある。王族という身の丈に合ったものだということは、レフノールとしても認めざるを得ない。


 そして、好み云々よりもよほど重要なことが、いま決まった。


 ――予定通りの作戦行動。


 レフノールは深く安堵して、ひとつため息をついた。隣の席で、カミルも小さく息をついている。

 急遽変更しなければいけない計画や、急遽要請しなければいけない資材もなく、作り上げた計画のとおりにあれこれを動かす算段だけでよい。本来的には他人の仕事まで抱えている現状、それはそれで苦労が必要ではあるが、この上何かを積まれることを考えれば、事前の計画通りに物事が進んでゆくということは、それだけでちょっとした幸運のようにさえ思える。


「各指揮官は従来の方針のとおり行動するように。移動開始は明朝とする」


 明快に方針を示して、中佐は立ち上がった。


「総員起立、敬礼!」


 サルヴィーノ中尉の号令に従って、全員が立ち上がり、中佐に対して敬礼する。本来ならば中佐はここで退室するところだったが、なぜか答礼した。将校たちが戸惑ったように手を下ろす。


「ああ、皆、解散してよい。ご苦労だった。明日からもよろしく頼む」


 にこやかに中佐が言い、将校たちは戸惑いながらも三々五々、退出しようとする。広間からの出口は、礼儀正しく先を譲り合う将校たちでごった返していて、しばらくは出られそうになかった。そんなところへ割り込んでゆくような気にもなれず、レフノールとカミルは所在なく机の脇に立って混雑が収まるのを待っている。


「ええと、そこの君――陸軍の、大尉?」


 声をかけられて、レフノールは声の方へ振り返る。ジラール中佐だった。隣には副官、サルヴィーノ中尉が立っている。何やら立ち話をしていたらしい。


「小官でしょうか?」


「ああ、君だ。報告は読んだ。君には手間と迷惑を掛けてしまった、大尉。ええと――」


 にこやかな表情で、ジラール中佐が言う。


「アルバロフであります。レフノール・アルバロフ」


「そうだ、アルバロフ大尉。たしかに報告書の署名にあったな! 急な話ではあったが、貴官が迅速に対応してくれたのは、まことにありがたいことだ」


「は、恐縮であります」


 余計なことを言わないようにと用心しながら、レフノールは答える。小さな違和感があった。それが何なのか、レフノールにもよくわからない。


「近衛の輜重には辺境での任務の経験が足りておらんでね。倒れた士官の肩代わりのみならず、下士官や兵たちの指導まで、貴官はやってくれたそうじゃないか?」


「僭越かとは思いましたが、必要と思われる限度でやらせていただきました、閣下」


「僭越などとは! うちの大尉から権限を委譲した上でのことだろう、文句をつける筋合の話ではないよ、アルバロフ大尉」


 何気ない風の会話を交わしながら、レフノールは違和感の正体に気付いていた。中佐はレフノールから視線を外さない。なにかを観察しているのか、それとも他の意図があるのか。深い青の瞳は、レフノールを捉えたままだ。

 レフノールは息苦しさを感じながら、黙って一礼した。


「いやいや、君、アルバロフ大尉、頭など下げてくれるな! むしろ私こそが君に感謝しなければいけないのだから」


 朗らかな調子で言い、レフノールの肩を叩く。それはまったく親愛の情の表れ、王に連なる者の度量を示すような態度に見えたことだろう。レフノールが感じたのは、全く別のものだった。

 深い青の瞳を持つ目は、レフノールを捉えたまま、全く笑っていなかった。


「感謝のしるしに、大尉、あとで酒でも届けさせよう。カリデンモアの18年。すまないが、遠征中のこととて、今はそのくらいしか持ち合わせがなくてな」


「ありがとうございます、閣下。身に余る光栄であります」


 もう一度丁寧に礼をしながら、レフノールは内心で冷汗をかいている。『御酒を賜る』――文字通りの意味であることも勿論あるが、それは毒杯の下賜を、つまり死を命じられることを、意味することもある。むしろそちらの用例の方がよほど多い。中佐の笑っていない目を考えあわせるならば、冗談にしては笑えない話としか言いようがなかった。


「ああ、無論、封は切っていないものだよ。私なりの礼なのだから」


 その一言で、レフノールは自分がこの中佐に憎まれていることを確信した。このことを兄にどう報告したものか、と思っている。


「閣下のお心、部下たちにもしかとお伝えいたします。賜った御酒も部下たちと早速、と申し上げたいところですが、作戦前に酔ってしまうのも良くありません。凱旋の祝いまで取っておくこととしましょう」


 何も気付かなかったふりでそう答え、親しげに差し出された手を両手で握り返す。レフノールがもう一度ジラール中佐の顔を見たとき、その目はやはり笑っていなかった。


がっつり丁寧に指導しちゃいましたからね、仕方ないですね(棒読み)

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まともなトップかと思ったらこれだよ
貴族の力がまだ強い故の諍いですが、まだ『教育』した時点で平民如きが!と処されないだけマシなんでしょうね。たかが一部隊長の中佐如きに閣下呼びの忖度が強いられる一点から見ても、まだまだ軍制が発展途上という…
創業家のぼんぼん部長の部下のやらかしを、形式上叱らなければならなかったという貧乏くじですね かなしいなあ・・・
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