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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【32:指揮官会同ふたたび(上)】

 それから1週間以上は何事もなく過ぎた。日々生じる細かなトラブル――入っているはずの荷が入っていない、管理の不備による積荷の破損、少々の遅延、砦で不足している物資がいきなり判明した、等々は「何事か」に含まれていない。馬車が1台破損したことによる計画の修正や、本隊の移動に伴う調整は日常業務の範疇だ。たとえそれで、床に就くのが夜半過ぎになり、食事や休憩の時間を切り詰めざるを得ない状況になっているとしても。


「ノールブルムから先の状況に大きな動きはないようです。準備も滞りなく進んでおりました」


 近衛の将校から用件があると伝えられ、顔を合わせたレフノールの頭に最初に浮かんだのは『この将校は誰だったか』ということだった。顔にはたしかに見覚えがある。しかも直近。数瞬考えて、アゼラインという名の中尉だったことを思い出した。

 疲労と睡眠不足で脳がまともに動いていない、という事実を思い知らされる。


「――前線の視察と偵察、ご苦労だった。指揮官会同は――ええと、明日か。報告は貴官が?」


「はい、その予定です」


 型通りのやり取りにも、それなりの意味と意義はある。たとえば、話の繋ぎや場を持たせる、というような。


「物資の備蓄状況その他の報告は小官がやることになると思う。まあ、ここまでどうにかやってきた話だ。無事に済ませたいものだな」


「確かに。これから戦というのに無事に、というのも妙なものですが」


 口許を笑みの形に曲げて、アゼライン中尉が応じる。意図したところは伝わったようだった。


「ところで中尉、もし知っていたら教えてほしいのだが」


「はい、どのような――?」


「侯爵閣下――中佐殿のお人柄についてだ、中尉。諸々の補助ということで兵站任務に就いているが、事情があってご報告は小官からやらねばならん。ただ、軍から違うと、名前と階級以上の情報が全くなくてな。要らぬところで波風を立てたくないから、できれば、という話なんだが」


 切り出した話は、レフノールにとっては本題とも言える。一時的にとはいえ己の上官になる相手について、レフノールはあまりにも知っていることが少なすぎた。口に出したことは知っていることのほぼ全てだ。名前と階級、そして摂政殿下の嫡子であるということ、儀礼称号として侯爵の爵位を持っていること。


 知らないうちに、上官当人にとって触れられたくない部分を踏み抜きたくはない。ことに、相手が、いまのこの国の最高権力者のひとり、その係累であるならば尚更。

 ああ、と頷いた中尉が、すこし考える表情になる。


「小官も詳しくは存じ上げません。ただ、貴顕らしく、挙措のよい方です。下々と積極的に関わることを望まれていて、兵にも気さくにお声をかけられる。部下への接し方は鷹揚で、中隊長のひとりが結婚した折にはいろいろと贈り物をされたとか」


 なるほど、とレフノールは呟く。王族として、あるいは貴族として、よくある種類の人物像ではある。


「指揮ぶりはどうかな」


「さすがに実戦には参加しておられませんが――」


 まあそうだろうな、と思いながら、レフノールは曖昧に頷いた。仮にも王室の係累、先々代の王から見れば孫に当たる。王位継承権も持っていることだろう――何位になるのかは解らないが。実戦に出して万が一のことなどあっては、誰もかれもが困ったことになる。


「しかし、演習などでは御立派にご自身の部隊を指揮しておられると。その点で悪い評判は聞きません」


 レフノールはもう一度頷いた。演習でできることが実戦で同じようにできるとは限らない。だが、演習でできなかったことが実戦でできるようになることはほぼない。

 つまり、少なくとも当の中佐は、将校として論外の存在ではない、ということになる。貴族士官として一般的な余裕のある態度を保ち、演習では職位に求められる水準の指揮を執ることができる。ただし、実戦の経験はない。

 性格的なところが見えないのは気になるが、王族でもある上官の悪口を吹いて回るわけにもいかない、ということなのだろう。どこからどこをどう辿って当人の耳に入るかなど、知れたものではなのだから。


「よくわかった、ありがとう、中尉」


「いいえ、お役に立てたようで何よりです」


 型通りの挨拶を交わして、中尉はその場から立ち去った。



※ ※ ※ ※ ※



「明日の指揮官会同だが」


 その日の夜、3人の将校と先任下士官を揃えた打合せの席で、レフノールはそう切り出した。


「これまでの予定から変わるところはない。午後に本隊が来着する予定だ。来たら領主殿の館の広間で会議。本隊の移動を優先したから、近衛の輜重は通常よりも1日遅れる。つまり明日は来ない」


 同席する3人がめいめいにはい、と返事をする。


「出席は俺とローレンツ中尉。基本的には座っててくれればいい。兵站の状況についての説明はすることになるが、それは俺の役回りだ。俺がまだよく把握できてない、ラーゼンから前線側の状況について、説明の必要が生じたらなにか尋ねるかもしれん。そのときは要点をまとめて教えてくれ」


「はっ」


 居住まいを正したカミルが答えた。


「近衛の将校に話を聞いた限りじゃあ、そこまで突拍子もないことはやらなさそうだ、とは思う。ただ、なってみないとわからない、ということも事実だ」


 レフノールには、無用の警戒なのではないか、という気もしてはいる。だが、心づもりだけでもあるかないかでは違うのだ。部下たちからも、その点について不満は出なかった。


「――大尉殿」


 遠慮がちに小さく手を挙げたカミルが言う。


「なんだ、中尉?」


 レフノールはカミルに視線を向けた。


「突拍子もない、というと、例えばどのような……?」


「まあ、いろいろあるが」


 言葉を切って、レフノールは天井に視線を向けた。思い出したくもないあれこれではあるが、部下から求められれば説明しない理由もない。


「作戦の目標が実質的に変わったり、急遽拠点を用意する羽目になったり、挙句そこで妖魔を相手に大立ち回りを演じたり、その結果負傷したり」


 顔の脇に挙げた手で指折り数えながら、つい数か月前に自分に生じた『突拍子もない事態』を説明する。カミルが信じがたいものを見た目になり、残るふたりは顔を見合わせて苦笑した。


「隊長殿、ひとつ忘れておいでですなあ」


 笑いを含んだ声でベイラムが口を挟んだ。


「しまいには勲章をいただいているではないですか」


 そう言うベイラムの外套にも、受勲を示す略綬が留められている。


「死ぬような思いをしたわけだから、勲章はまあ欲しくはあるがね」


 先任下士官の言葉に、顔をしかめて肩をすくめながら、レフノールが応じる。


「何度でも言うが、予定通りの任務を、平穏無事に終えたいんだけなんだよ、俺は。頼んでもいない波乱万丈の帳尻を勲章で合わせてもらうことなんか御免被りたいんだ、心から」


(フラグ)

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― 新着の感想 ―
いっそ清々しいまでにフラグを立てていくぅ‥‥
マジでフラグにならない事を心から願いますよ 本当にあの無能はよくもまぁ後ろから撃たれなかったもんだ まぁこのままいけば未来でそうなりそうではあるが
思いつきでやるとだいたい失敗するよね…
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