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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【29:新たな仕事(下)】

 作業は概ね、滞りなく進んだ。

 馬の処置を手早く済ませたゴーレムが合流してからはなおのこと効率的だった。多少なりと崩れる危険がありそうな箇所はゴーレムに荷の運び出しをさせてしまえる。実際に数回は不安定になっていた荷が崩れたが、負傷者が出るようなこともない。手先が器用というわけではないから限界はあるが、とにかく力が必要な場合には頼もしいことこの上なかった。


「ゴーレム用の工具というか、作業道具を作っておくべきなのかもなあ」


 検分の合間に作業の様子を見に来たレフノールの一言に、コンラートが目を剥いた。


「いったいどこまで便利に使う気なんですか」


「いや、地面を掘るにしても木を伐るにしても、道具があった方が話が早いだろ」


「……あのですね」


 呆れたような声でコンラートが言う。


「ゴーレム用の作業道具なんて、ゴーレム以外には使いようがないでしょう。馬鹿みたいに大きくて、しかも頑丈に作らないといけない」


「まあ、そうなるだろうな」


「それの元を取るまで使う気か、っていう話ですよ」

「相場に上乗せした上で、専属でひとりふたり雇ってもいい、と思えるくらいには便利なんだよなあ」


 もはや話すだけ無駄と思われたのか、コンラートはため息をついて首を振り、作業に戻った。


※ ※ ※ ※ ※


 そのような会話がありはしたが、レフノールの仕事が変わるわけではない。

 別の場所に運ばれた荷をレフノールが検分し、その場で使えるもの使えないものを分け、兵たちに命じて馬車に載せさせる。使えないもの――主に箱や樽を破損させてしまった食料品――も、放っておけば諸々の獣を寄せる餌になりかねない。その場に放置してよしとするわけにもいかないのだった。


 荷の積み込みが始まる頃には、コンラートとゴーレムの手が空いた。

 ゴーレムを使って横転した荷馬車を起こし、下士官に命じて調べさせる。うまく修理をすればどうにか動かせるだろう、という結論だった。それでは、とまたゴーレムを使い、往来の邪魔にならない場所まで移動させる。


 現場での作業が終わった頃には日が随分と傾いていて、ラーゼンに戻ったのは、すっかり日が暮れてからのことだった。


※ ※ ※ ※ ※


「お疲れ様です、隊長」


 山羊の乳を入れた紅茶のマグをふたつ、小さなテーブルに置きながら、リディアが言う。


「うん、ありがとう」


 ラーゼンに着いてから、作業に出ていた兵たちには食事を摂って休むように指示を出し、待機していた兵には必要な荷下ろしと片付けを命じて、レフノールは自分の部屋に戻っている。


 テーブルの上に放り出した書き付けには、現場で見聞きしたあれこれと荷の状況が記されていた。結局のところ、他所の軍団――近衛で起きた事故ではあるから、レフノールの立場としては、さほど詳細な報告が求められるわけではない。だが、何が起きたのか、それは何が原因なのか、というところは明確にした上で報告しておく必要があった。

 物資の被害についても取りまとめ、必要ならばラーゼンで調達をしなければならない。明日からの仕事――近衛側の輜重の業務に向けて、リディアが作ってくれた書類にも目を通しておく必要がある。


 これから片付けるべき仕事の多さにうんざりして、少々だらしない姿勢で椅子の背にもたれて天井を眺めていたら、リディアが飲み物を持ってきてくれたのだった。


 レフノールとしては、その気遣いが有難くもあり、気の抜けたところを見せ、気を遣わせてしまったことが申し訳なくもある。


 ――前回ここに来たときも、着任早々えらいことになったのだったな。


 よくよく自分は、この村での仕事運というのが悪くできているのかもしれない、とレフノールは思う。


「あちらは、どうでしたか?」


 気遣わしげに、リディアが尋ねる。


「まあ、だいたいはそこに――走り書きだから読みづらいかもしれないが」


 マグを持ち上げながら、空いた手で、レフノールは机上の書き付けを示した。


「起きるべくして起きた事故、という感じだったなあ。幸い、コンラートがいてくれたから、片付けはあらかた済んでる。馬車もどうにか修理可能――そっちは明日にでもライナスと相談して、職工なり工兵なりを、アンバレスから回してもらう必要がありそうだが」


 言葉を切ってマグを置き、書き付けを手に取ったリディアに視線を向ける。


「雨の中であの現場じゃあ大変だったな、君も」


「え、あ――はい。自分ではあまりそういう意識がなくて。そういうときは、なんだか必死になってしまいますから」


「そうか。――そうだな」


 自分にも新品将校であった時期には、そういうことがあった、と思い出しながら、レフノールは答えた。そして、目の前の誰かを救うために必死であればこそ、思わしくない結果が出てしまったときの傷は深くなる。


「あまり無理はしないでくれよ。昨日の今日だし」


「でも、昨日はきちんと眠れましたし、今日は葬儀のあとで、司祭様ともすこしお話しできました。もう、大丈夫です――レフノールさんのおかげで」


 目を伏せて小さく笑うリディアの顔をまともに見ることができず、レフノールは強引に話題を変える。


「――君の、その――仕事の方はどうだ?」


「はい、ご指示いただいた書類と帳簿は出来上がっています。あとはこちらの数字を入れるだけで」


 くすりと笑い、手に取った書類の、損害を取りまとめた箇所をレフノールに示しながら、リディアが答える。


「相変わらず仕事が早いな。助かるよ」


「それと、リオンさんと一緒に、ラインシュタール大尉のお見舞いに行ってきました。目は覚まされたそうで、こちらをお預かりしてきました」


 言いながら、リディアが1通の封筒をテーブルに置く。


「目を覚まされたばかりということでしたから、わたしはかえってお身体に障りそうだったのでお会いしませんでした。ただ、リオンさんから大まかなところは伝えていただいたと聞いています。なるべく刺激しないようにお伝えした、と」


 そうか、とレフノールは頷いた。冒険者のなかでも一番の常識人であるリオンであれば、相手の状況や心情を汲んだ上で相応しい振る舞いをしてくれるだろう、と思っている。偶然であれ何であれ、それは適材適所の配置と言えた。


「ありがとう、気を遣ってくれて」


「いいえ。病状はさほど悪くはないけれど、仕事に戻るのはお医者様に止められている、と」


 そうだろうな、と思いながら、レフノールは頷いた。まさにそのものの言葉を、レフノールは子爵家お抱えの医師に言われている。


「仕事がもとで身体を壊したわけだからなあ。仕事からは離してやらないと、ということなんだろう」


 はい、とリディアが応じる。


「それで、隊長、先ほどの封筒は――?」


 ああ、と答えたレフノールが、封筒から1枚の書面を引き出した。


「書類だよ。正式に新たな指揮官が着任するまでの間、俺に部隊の指揮権を預ける、という趣旨のな」


「署名まで――いったいいつ?」


 訝るリディアに、大した話じゃあない、とレフノールが手を振る。


「彼が倒れたときにな。必要と思われることを書面にしておいて、あとは署名を貰えばいいようにしておいた」


 手回しがいいですね、とリディアが笑う。


「まあな。細かい話ではあるが、形は整えておかないといけない部分でもある」


 少なくともその書面がある限り、レフノールが行うはずの仕事は、近衛から依頼された上でのこと、ということになる。ある意味で馬鹿らしい話ではあるが、蔑ろにできる部分でもなかった。


「わかりました。では、隊長」


 リディアが、手に取っていた書類から、事故の経緯その他をまとめた部分だけをレフノールに手渡す。


「……そっちは?」


 リディアが持ったままの書類に視線を向けて、レフノールが尋ねる。


「わたしは、あとはこの数字を入れるだけですから。隊長は報告書を書かれるおつもりですよね?」


「まあ、たしかに、そうだが」


「では、こちらはわたしに。被害の取りまとめと、それからこちらの受取、近衛側への報告――ほかに何か、急いで作っておく必要のある書類はありましたか?」


「――いいのか?」


 少なからず疲労した身体で、だが、明日までに仕上げておかなければいけない書類はいくつもある。そのひとつをリディアがこなしてくれるのであれば、断る理由などレフノールにはない。同時に、そのような仕事を任せてしまうことに、少々の後ろめたさもあった。


「はい。幾度も申し上げていますけれど、隊長」


 ほんの半瞬、言葉を切ったリディアが、正面からレフノールの目を覗き込んだ。


「わたしはお役に立てることを、嬉しく思っているんです」


仕事がやたら多かった日に翌日の仕事のことを考えると、それだけで結構消耗するんですよね……(体験談

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― 新着の感想 ―
ゴーレムというか人型汎用重機とか有ったらそらアタッチメントも作りたくなりますよね。
神様コンラート様ゴーレム様々 ほんともうこのレベル
ゴーレム使いだって休みたい!
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