【27:新たな仕事(上)】
翌日の朝早く、レフノールはリディアを伴って神殿へ出向いた。
雨は上がり、薄雲の間から、春の始めの朝日があたりを柔らかく照らしている。
神殿の礼拝堂に入ると、ふたりの兵が出迎えた。すぐに埋葬するのでなければ、遺体には、不寝番が付くのが習わしだ。兵たちは、棺に納められ、礼拝堂に安置された遺体を守っていたに違いなかった。
レフノールたちが訪れたのとほぼ時を同じくして、神殿の主である老司祭が顔を見せた。
「エマン司祭、お手間をお掛けします」
「いいえ、こういったこともわたくしの役目のひとつですから」
レフノールの挨拶に、穏やかな表情で会釈した老司祭が、そう応じる。
「少尉、こちらはエマン司祭。以前ここに来た折に、だいぶお世話になった方だ。エマン司祭、こちらは部下の――」
「リディア・メイオールと申します、司祭様。大尉の部下として働いております。どうかお見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いいたします、少尉」
型通りのやり取りではあるが、司祭の態度にはよそよそしいところがない。小柄な身体で、穏やかな笑顔で、ゆったりとした口調で。ひとつひとつの仕草が、相手の態度と言葉を受け入れる余裕と包容力を覗かせている。
こちらを、という言葉とともに、蝋燭と花籠が手渡された。花籠から明るい黄色の金鳳花をひとつ手に取り、蝋燭とともに棺の前に置かれた台に捧げ、目を閉じて祈る。リディアも水仙の花を選んで、レフノールに倣った。
祈りを済ませたあと、レフノールは司祭に話しかける。
「申し訳ありませんが、エマン司祭、あなたに葬儀の司式をお願いしたいのです」
老司祭は、無論です、と頷く。
「私も出席したいところではあるのですが――事情は聞いておいででしょうか?」
「馬車の事故、と伺っております」
「ええ。昨夜は遅かったもので、現場をそのままにせざるを得ませんでした。ひとまず現場へ出向いて、最低限の片付けはしておかねばなりません」
「お忙しいということは、存じております。どうかそちらを。司式は承りましたので、ご心配なく」
※ ※ ※ ※ ※
老司祭とのひととおりの話を終え、司祭館に立ち寄って司祭の夫であるクロードにも挨拶を済ませ、司式のための寄進を手渡し、葬儀の手伝いの手配を約束して、レフノールとリディアは神殿を後にした。
「穏やかな方でしたね。お話をしていると、こちらまで落ち着かせてくださるような」
リディアがぽつりと言う。エマン司祭のことを言っていた。
「そうだな。あれはあの方の人徳だと思う。俺たちにだって心の平穏というやつは必要だし、君も時間を見つけて話を聞いてもらった方がいいかもしれない」
一晩経って落ち着いたリディアからは、昨夜のような取り乱したところは感じられない。だが、人の死は、心の中に棘を残す。深く関わった相手であれば――例えば、自分自身が救い出した、というような相手であれば、尚更のことだ。
「この商売を続けていると、どうしてもああいうことは起きる。将校は、耐えるか忘れるかするものだとは言われるが、なかなかそう都合よくはいかない。わかっていても耐えられなくなることはある」
「はい」
レフノールは知っている。将校をやっていれば、後悔の機会には事欠かない。何をしていても、もう少し上手くやれなかったかと自問する。死者を出したのならば尚更のことだ。そのような後悔も自責も、そう簡単に他人に見せられるものではないから、将校はそれをひとりで抱えていかなければならない。
そうやって、将校は――将校の心は、少しずつ壊れていく。
たとえば気の置けない同期であったり、信頼できる上官であったり、そういった相手に吐き出せなければ、溜め込んだ後悔や自責は、知らず知らずのうちに心を蝕んでゆく。手助けを求めることができなければ、いずれ溜め込んだそれらに負けて、心を壊されてしまう。
その結果、ある者は軍での生活を諦めて退役し、別の者は自らの危険を顧みなくなって戦死する。自ら死を選ぶ者もいる。既に幾人かの同期を失っているレフノールは、同期の死者全ての内情を知っていたわけではない。だが、状況から考えて、そのようにしか思えない者もいたことは確かだ。
「あの類の後悔は、ひとりで抱えると心を腐らせる。誰かに吐き出しながらやっていくしかない。だからそういうときは、リディア、誰かを頼るといい。エマン司祭のような方でも――無論、俺でも」
「――はい」
話をしながら歩くうちに、ふたりは宿の近くまで辿り着いていた。
「仕事ができるくらいに落ち着いたのなら、少尉」
言葉を切って、レフノールはちらりと傍らのリディアに視線を向ける。概ね普段のとおりのリディアの顔が、そこにあった。
「仕事の話をしようじゃないか。俺はちょっとアーデライドたちと話してくる。君は先に部屋に上がって待っててくれ」
「はい!」
※ ※ ※ ※ ※
「……またですか」
いささかげんなりとした表情でコンラートが言った。
「悪いが頼む。こういうときには便利なんだよ」
あまり悪いと思っていない口調で、レフノールが応じた。
「まあ、昼のうちですし雨も上がりましたし、何よりあなたは大事な依頼人ですからね」
「今回は少尉さんじゃなくて大尉さん?」
やれやれといった態でコンラートが頷き、ヴェロニカが自分の疑問を口に出す。
「ああ、俺だ。少尉には別の準備を頼むことになる。俺自身が現場を見ておきたい、というのもあるしな。報告書を書かないといけないから」
「わかった。それで、荷物だの馬車だのはどうする? 転がったやつは結構ひどく壊れてたからそのままだと多分走れないし、引きずってくるのはさすがに無理だよ」
口を挟んだアーデライドに、レフノールはそうだな、と頷いた。
「空荷の馬車を出そう1台……では足りないか。2台かな。見合った人数の兵も。荷物のうち問題ないやつはそっちに載せ換える。転がった馬車は、とりあえず完全に路外に出しちまうしかない。修理できそうなら部材と職工を手配してその場でどうにかする。修理不能ならバラせるだけバラして可能な部材は再利用、ってくらいだろうな」
「……念のため言っておきますが」
なにかの気配を察したコンラートが、釘を刺す口調で言った。
「どうした?」
「ゴーレム、壊さずに馬車をバラせるほど器用じゃありませんからね。そういう繊細な仕事は無理です」
「ああ、そこまでやってもらおうとは思ってないよ。バラすにしても色々あるだろ、支えたり押さえたり。その辺は頼むつもりだが」
「――あなたは大事な依頼人ですからね」
「悪いが、本当に便利なんだよ。こういうときは特に」
肩をすくめたコンラートに、悪びれない口調のレフノールが応じる。聞いていたヴェロニカがけらけらと笑い、リオンがそれを窘めた。
「リオン、多分だが、君の出番はないと思う。随行するしないは任せるよ。来てくれれば助かることはあるかもしれないが、1日仕事になるし、こっちで待っててくれても差し支えはない。俺としては、最低限必要なのがコンラート、できればアーデライドとヴェロニカ、というところかな」
ヴェロニカとアーデライドが顔を見合わせて頷き、行く、と応じた。
「私は残ります。あまりお役に立てることもなさそうですし。こちらで葬儀の手伝いを」
リオンの言葉に、わかった、とレフノールが頷く。
「じゃあ、そういうことで頼む。出立は半刻後。支度をしておいてくれ」
レフノールがそう話をしめくくって席を立つ。冒険者たちもそれぞれに席を立ち、出立のための支度を始めた。
便利な外注業者さんは便利に使っていきましょうねー(ブラック企業に馴染んだ社畜並みの感想




