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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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62/101

【24:事故】

 翌日からカミルはまたノールブルムへと出た。リディアがラーゼンへ戻ったのはその更に翌日の午後。


「お久しぶりです」


 アーデライドたちにリディアはそう言って挨拶し、近況のやり取りを始めた。とは言え、前回からそう長く日を空けたわけでもない。


「それで隊長」


 すぐに一通りの話を終えて、リディアがレフノールに向き直った。レフノールがうん、と応じる。


「中尉から、概略は伺いました。そのようなことを繰り返せばいずれは――」


「多分な」


 今はまだ何も起きてはいない。起きていないことを想像するのは難しい。


「あちらの隊長――ラインシュタール大尉には申し入れている。今できるのはそれと、万が一が起きたときのための備えくらいしかない。もどかしくはあるが」


 第2軍団の輜重であれば色々とやりようはあるはずだが、命令系統から何から全く違う近衛の輜重のやることに口は挟めない。ラインシュタール大尉自身は常識人で人当たりも悪くはないが、己が近衛の一員というだけで相手を下に見るような下士官や兵もいる。

 事実、レフノールたちの部下でも悶着を起こしかけた者がいるくらいだった。


 そういった相手に対して、どこまでどう口を挟むかは難しい。大尉にあまり大きな重圧をかけて、胃の調子を今以上に悪化させるのも、レフノールの望むところではなかった。


「……はい」


「まあ、あちらもあちらで、苦労している。納得はできないかもしれないが、何かあって最終的に困るのは前線の兵たちだ。俺たちは今日の俺たちにやれることをやろう」


「――はい」


 答えたリディアが立ち上がる。


「どこへ?」


「今日のわたしにできることを。明日着く予定の荷のリストを確認して、積み替えの手順を確かめておきます」


 気分を変えようということなのだろう、とレフノールは理解した。ろくでもない任務の、ろくでもない状況ではあるが、リディアはそういう状況でも前向きであろうとしている。


「任せた」


「はい!」


 短く言葉を交わして、リディアは宿屋を出て行った。


※ ※ ※ ※ ※


 翌日は朝から雨だった。春の入り口に当たるこの時期には、寒さと暖かさを繰り返しながら、時折雨が降る。秋の終わりの、身に沁みるような冷たい雨ではない。暖かい季節へ向かいつつあることを感じさせるような雨だった。

 とは言え、それでも雨は雨で、当たり続ければ冷えるし、地面をぬかるませもする。兵站としてはあまり歓迎したくない天候ではあった。


 下士官や兵には必須のものを除いて課業を切り上げさせてしまい、レフノール自身は早々にランプを灯した部屋で机に向かっている。他のことをしようのない天気であるからこそ、デスクワークが捗るという部分は確かにある。


「これは少し、到着が遅れるかもしれないな」


 レフノールが口にしたのは、近衛の輜重隊の到着予定についてだった。


「雨では、どうしても、そうなるかもしれませんね」


 リディアが、書きかけの書類から顔を上げずに応じる。細く開けた窓から雨の匂いが室内に入り、屋根に落ちる雨音が静かな部屋を満たしている。


「仕事に関わりがなければ、雨はべつに嫌いじゃあないんだが」


「同感です」


 愚痴のようなレフノールの言葉に、ふ、と小さく笑ったリディアが答える。


「到着の予定に合わせて、ご亭主にお湯を沸かしておいてもらいましょうか。お茶でも振る舞えば、少しは温まれるかもしれません」


「そうだな」


 ひとつ伸びをして、凝った肩を動かしながら、レフノールが答えた。


「そうしてくれ」


※ ※ ※ ※ ※


 昼時を過ぎて1刻が経ち、1刻半が経った。


「――連中、遅くないか?」


 レフノールがそう言うのは、実は2回目だった。半刻前にも同じことを言っている。


「確かに、少々……」


 呟いたリディアが席を立つ。リディアとレフノールの目が合った。


「済まないが」


「はい」


 確認が必要だ、ということは口にせずとも伝わった。


「一番近いところまででいい」


「はい」


「こっちから馬車を一台出して後を追わせる。何か起きてるなら、冒険者連中がいた方がいいはずだ」


「はい!」


 隣の部屋へ戻ったリディアが、時を置かず、外套を羽織って戻ってきた。レフノールは自分も外套を羽織り、階段を下りてゆく。食堂の片隅に、冒険者たちはいた。それぞれに道具の点検や整理を行っている。


「済まないが仕事だ。すぐに出てくれ」


「なになに? 何かあった?」


 レフノールがかけた声に、ヴェロニカが応じて立ち上がる。


「わからん。だが、何か起きてたら君たちの力が必要になる」


 そう答えて、レフノールは状況を説明した。


「わかった。馬車は用意してもらえるんだね?」


「ああ、すぐに用意させる。少尉は馬で先行する。現場での動き方は基本的に任せるが、少尉の指示があったら従ってくれ。無論、助言は歓迎だ――彼女を助けてやってくれ」


「了解」


 短く応じたアーデライドが、手入れをしていた短剣を鞘に納めて立ち上がった。


「誰か、馬車を用意させろ! 至急だ!」


 レフノールが声を張ると、下士官の一人がはっ、と応じて雨の中へ駆け出してゆく。

 外套のフードを下ろして外へ出ると、ちょうどリディアが騎乗姿で広場へ差し掛かるところだった。


「少尉!」


 鞍の上の人影が振り返る。


「気を付けて行け!」


 叫んだレフノールの声に、リディアは優雅な仕草の敬礼で答えた。そのまま軽やかな駈歩に移る。リディアを乗せた馬は、石畳を叩く蹄の音だけを残して走り去った。


※ ※ ※ ※ ※


「事後承諾のような形になってしまって申し訳ありませんが」


 小半刻後。領主の館で、レフノールはラインシュタール大尉と向き合っていた。


「なにぶん、時間がありませんでしたので」


 顔色の悪くなったラインシュタール大尉に、そう付け加える。放っておけば倒れるのではないか、と思わせるような顔色だった。


「いいえ、何かあったとなれば即座に動かねばなりません」


「何事もなければそれが一番良いのですが」


 ふたりとも、何事もないということはあまり期待していない口調ではあった。


「こちらから将校をひとり、それと雇った冒険者を4人出しました。何か解れば、すぐに情報を入れます」


「……申し訳ない。お手間をお掛けします」


「お気になさらず。あなたも少し休まれた方がよいかと、ラインシュタール大尉」


「……お心遣いのみ。あまり安閑としておられる気分でもありません」


 ため息とともに吐き出したラインシュタール大尉の言葉に、レフノールは危ういものを感じている。

 何もかもが重圧になってしまっているのだろう。そして、その重圧を分け合える相手がいないに違いなかった。ご自愛を、と言い置いて、レフノールはもう一度、雨の中へと出て行った。


※ ※ ※ ※ ※


 リディアと冒険者たちが戻ったのは、出立からおよそ3刻ののち。近衛の下士官兵を馬車に乗せ、全員が雨と泥にまみれた姿になっている。


「事故でした」


 リディアの銀色の長い髪にも、色白の額にも、どこかから跳ねたのだろう泥がついている。そのままの姿で、リディアは短く報告した。


「死亡1名、軽傷が1名。死亡者も見る限り、命を落とすような怪我ではなかったはずなのですが……」


「原因はわかるか」


 抑えた声でレフノールが尋ねる。


「詳しくは。ただ、こちらへ向かっていた馬車が横転していました。状況から考えるに、無理に行き違おうとして路外に降りたところで……ということかと」


「死んだのは馬車の荷台の方に乗ってた兵卒。木箱と樽に脚――膝のあたりを挟まれてた。ひどく痛がってたから、折れてたとは思う」


 アーデライドが横から補う。アーデライドも見た目の汚れ方はリディアに負けず劣らず、というところだった。


「喋れる状態ではあったから、重傷ではあっても死ぬような怪我じゃないと思ってた。ゴーレム使って荷をどかして、どうにか助け出して、こっちが出した馬車に乗せて、見えてる傷はリオンが塞いでくれた」


 レフノールは黙って頷く。たしかに、そこだけ聞く限り、死人が出るような話には思えない。


「で、馬車が走りだしたあとで急に容態が悪くなってね。それで、そのまま」


 アーデライドがそう言って首を振る。


「見える限りの傷は癒したのですが」


 馬車から下りてきたリオンが付け加える。


「臨終の祈りを捧げる間もありませんでした。容態が悪化してからは本当にあっという間で――」


「わかった。君らがそのあたりを誤るとも思えんし、馬車が転がったときの打ちどころが悪かったか、ほかの原因があったか。そんなところだろう。あとでこの村の司祭殿のところへ運んでやろう。ひとまず君らは湯を使って泥を落としてくれ。あとは、近衛の連中も含めて、温食を出すように頼んでおく」


 ん、と短く頷いて、アーデライドは宿の中へ入っていった。冒険者たちが続く。


「少尉、君もだ」


 はい、と応じたリディアが、冒険者たちと同じように宿へ向かう。


 見送ったレフノールは、手近にいた下士官に声をかけた。ざっくりと状況を説明し、必要なことを伝えて指示を出す。死者の扱い、負傷者の扱い、食事のこと。いちいち頷いて応じた下士官は、兵を引き連れて駆け去った。


※ ※ ※ ※ ※


 四半刻ほどの後、レフノールはふたたびラインシュタール大尉の執務室にいた。


「事故があった、と報告を受けました」


 前置きなく、そう切り出す。


「こちらへ向かっていた馬車が横転した、と。死者1名、軽傷者1名。乗っていた連中はこちらの馬車で収容しました。荷はまだ確認していませんが、無事とも思われません」


 椅子のひじ掛けを掴んだまま、ラインシュタール大尉は固まった。


「――馬鹿な」


 その手が、ぶるぶると震えている。


「お気持ちは重々。ですが――」


 応じたレフノールの目の前で、立ち上がろうとしたラインシュタール大尉が、そのままバランスを崩した。


 ごん、という鈍い音がして、身体を折り曲げた大尉の頭が低いテーブルにぶつかる。


「大尉!」


 大声の呼びかけに返答がない。レフノールはもう一度大きく息を吸い、叫んだ。


「誰か!!」


なにを見てヨシって言ったんですか!!!

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― 新着の感想 ―
いつもの展開だからヨシ!
長時間挟まれてあとにいきなり血が流れるようにするとクラッシュ症候群起こすことあるもんね…。 医療知識ないと防げんわこんなの…
事故はいくら気をつけていても起きるときは起きるけど、これは起こるべくして… 大惨事じゃああん!
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