【20:調整】
翌朝。
ノールブルムへ出立するカミルを見送り、レフノールは領主の館へと出向いた。ラインシュタール大尉は領主の館に滞在している。こういった場所に駐留する軍の将校としては、珍しい話ではない。現場に近い、という理由で宿を借り上げてしまうレフノールの方がむしろ例外ではあった。
館で来意を告げると、客間のひとつに通された。さほど広くはないが続き部屋で、寝室と応接のための部屋が分かれている。客人としての待遇、ということのようだった。
「お運びいただくとはお手数をお掛けします、アルバロフ大尉」
「いいえ、こちらからのご相談なのですから、ラインシュタール大尉」
型通りの挨拶を交わし、勧められた椅子に座る。
「輸送の分担を変更したことで、少々調整が必要になりまして」
上からにならないよう、と言葉を選びながら、レフノールは切り出した。
「ああ、申し訳ありません」
「いいえ、まあ、お互い様というやつかと」
借りを気にする人柄なのか、あるいは出先で他所に助力を頼まざるを得ないという負い目なのか、レフノールにはよくわからない。いずれにせよ、雑にあしらわれることはなさそうだ、というのは気が楽になる点ではあった。
「それで、ご相談というのが――」
レフノールは前提から丁寧に説明を始める。
荷の積み替えが必要になること。
荷下ろししてから再度積み込むのは手間が大きいこと。
ノールブルムまで小型馬車を通せるようであれば、直接積み替えをしてしまえること。
「そのようなわけで、まだ確定したお話ではないのですが、積み替えの場所を決めてしまっては、というご相談なのですが」
レフノールの提案に、ラインシュタール大尉はなるほど、と頷いた。
「道理ですね。こちらの予定では、明日には次の便がラーゼンへ来ることになっていますが」
「残念ながらそれには間に合いません。この先の道の状況が確認できるのが明日の午後から夕方。直接積み替えができるのは、ですから、明後日以降かと」
「場所はどのようにお考えですか?」
「例の宿屋がある広場、あそこにしようかと。無論、こちらの領主殿の御許可が必要にはなりますが」
「ああ、あそこならば馬車を直接入れられます。よろしいかと」
ラインシュタール大尉がもう一度頷き、レフノールも、ではそのように、と応じた。
「それと、こちらまで来られる折にご覧かとは思いますが」
話があっさりとまとまったことに安堵しながら、レフノールは話題を変える。
「ラーゼンまでの街道も、実はそう御立派なものではありません。舗装はしっかりしていますが、幅が十分とは。大型馬車同士が行き違える場所は、街道沿いの村にほぼ限定されます」
「ああ、確かに。自分としてもそこは心配しておりました」
「来た馬車はいずれアンバレスに戻すわけですから、そのときの調整を考えておかれた方がよろしいかと。片方だけあまり調子良く進んでしまうと、行き違いができない場所で行き合ってしまうことになりかねません」
ふむ、とラインシュタール大尉が唸るような声を上げた。
「仰るところはわかります。まさに仰るとおりかと。指示をしておくようにします。ただ――」
「ただ?」
言ってよいものかどうか、ほんのわずか迷うような仕草を見せて、しかし結局ラインシュタール大尉は懸念点を口にした。
「近衛の輜重は、基本的に王都近辺から離れません。出てきてもアンバレスやランバールのような大都市までなのです。感覚として、大型馬車のすれ違いに困難を来すから要注意、という話をどこまで飲み込めるか」
半ば愚痴のような口調だった。現地からの情報など余計なお節介、というような空気は、上だけのものではないのだろう。
「まあ、そこは飲み込んでいただくほかは」
「ええ。現実はこちらの希望通りとは、なかなかいかないものですから」
ため息とともにラインシュタール大尉が吐き出す。
その点についてだけは、レフノールも全面的に同意できた。むしろ希望通りになるほうが珍しい、と考えている。
ここ数か月ですっかり身についてしまった、ある種の諦観なのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「レフノール、近衛の連中ヤバいよ」
更に翌朝。
アンバレスに戻った頃合いか、と連絡を入れたリンクストーンの向こうで、同期のライナスが言った。呻くような声だった。
「なんだ、そんなにか」
「いきなり問屋のところへ行って、これこれの量をいついつまでに用意しとけ、とやったらしい。問屋の方もうちへの納品予定の分がでかいから、そんな急には、ってなるだろ」
ため息とともにライナスが吐き出す。完全に愚痴をこぼす態勢になっている。付き合ってやるか、とレフノールは声を出さずに苦笑した。
「まあ、そうなるよな」
「したら、栄えある近衛に逆らうか、と」
「……『栄えある』とか自分で言っちゃうかね」
「言ったらしい。まあ俺が聞いたのはまた聞き、問屋からの話だから半分に聞くとしても、やたらと高圧的だったってとこまでは事実だろうな」
ライナスがもう一度ため息をついた。
「いや、先に俺のところ、というか軍団の兵站に来てくれりゃあさあ、話が通じそうな相手を見繕って紹介はするし、事前に話を通しとくとかできたんだよ」
まあそうだろう、とレフノールも相槌を打つ。ライナスはその類の労を惜しむような男ではない。だからこそライナスとの友人関係は長く続いている、とも言えた。
「で、まあ、問屋だってそこは即答できねえだろ? 問屋から俺のところに半ば泣き、半ば抗議の話が入ってな」
ありがちな展開、としか言いようがなかった。
「それが昨日の夕方。何かやってみようとは言ったけどな、先方との付き合いもあるから。どうにかなるはどうにかなるだろうけど、手間を考えるとなあ」
普通に考えれば、食糧その他の供給を担っているいくつかの問屋に話をして、それぞれから無理のない量を供給してもらう、というような調整が必要になる。言うまでもなく手間暇のかかる仕事でもあるし、間に立たざるを得なくなったライナスの労力を考えれば、うんざりするのもやむを得ないところではあった。
「帰って早々、苦労するなお前も」
「本当だよ、少し休暇でも取ってのんびりしようと思ったらこれだ」
俺を休ませなかった報いだ、とは、さすがにレフノールも言わなかった。
「その件で……というわけじゃあないんだが、それと関わる件でこっちもひとつ話があってな」
「何だよ、まだあるのかよ」
拗ねたような声になる同期に、いや実はな、とラインシュタール大尉との間で出来上がった話を聞かせる。
「つまり、うちで押さえた分は当面使わずに済む。というか、近衛に渡しちまって問題ない」
「ああ、じゃあそっちである程度時間の猶予ができるな」
「だろ? あとはその間に調達の目途をつければいい。まあ、手間は手間だろうが」
「まあな。ただ、期限が先に延びるのは有難いよ」
「悪いがそっちはよろしく頼む。俺はあっちの兵站の頭に話しとく」
頼んだ、というライナスの言葉を聞いて、レフノールはリンクストーンの魔力を落とした。
※ ※ ※ ※ ※
「それは――大変なご迷惑を」
ラインシュタール大尉に会い、事情を告げると、大尉は苦しげに言って頭を下げた。
「小官の監督が至りませんでした」
そこまで言われてしまえば、レフノールとしてもそれ以上の追求などできない。いやいや、と宥めるように合いの手を挟む。
「馴染みのない土地柄とあっては、なかなか難しい部分もありましょう」
「はい。小官からも、ここは王都ではないのだから、と言って聞かせたのですが」
ラインシュタール大尉の手が、無意識になのかそうでないのか、胃のあたりを押さえていた。
「まあ、ともかく、当面の問題は解決に向かっております。我々に必要なのは協力関係で、自分は大尉、あなたとの協力関係を疑っておりません」
力づけるようにレフノールが言い、いやまことに、と大尉がもう一度頭を下げた。
「それから、これはご内聞に願いたいのですが、自分はアンバレスとの間に、即達の通信手段を確保しております。いろいろと制約はありますが、お困りの折はお声がけください。何がしかお力になることもできるかと」
「――助かります。何かあった折には、頼らせていただくかもしれません」
話を切り上げて立ち上がり、レフノールは一礼して部屋を出る。顔をしかめたラインシュタール大尉が、まだ胃のあたりを押さえていた。
本社の連中が出張してきて出先に迷惑を掛けて回るの図。本社の中間管理職としては頭も胃も痛くなる展開ですね。




