【19:ある提案】
「よろしかったのですか?」
打合せを終え、ラインシュタール大尉を見送ってから、カミルが遠慮がちに尋ねる。近衛との分担のことを言っていた。
「よろしくはないさ」
太いため息とともにレフノールが吐き出す。
「よろしくはないが、他に方法がない。時間の余裕があれば道具を揃え直してほしいところだが、今からそれをやってたんじゃ到底間に合わん。ありものでどうにかするしかない」
「それは――たしかに」
カミルが頷く。全面的に納得した、という風ではなかった。
「まあ、俺も一言二言、言ってやりたい気分ではあるがな」
必要な情報は送っていた。それに対応できない装備で現場にやってきたのは近衛で、だから第2軍団の側が合わせる義理もない。現実的な対応を考えればそこまではできずとも、苦情のひとつも言いたくなる、という気分はレフノール自身も抱えてはいる。
「ただ、今ここで言って、何がどう変わるでもない。あちらの大尉も言ってみれば被害者だ。ひとまず『被害者同士、仲良くやりましょう』で済ませておくくらいでいいんだよ。この先、こちらが頭を下げてなにか頼むことになるかもしれないわけだしな」
「そういうものですか」
「戦場で援護するのされるのと同じだ。いちいち『お前のところの戦い方がまずいから』なんて言ってる暇もない。結局あれだよ、ここが俺たちの戦場なんだよ。友軍が困ってたら、事情を云々する前にまずは手助け。貸した分はどこかで返ってくれば運が良かった、くらいのものと考えておけばいい」
兵站の現場を戦場に喩えたレフノールの言葉で、カミルはああなるほど、と腑に落ちた様子になった。
「わかってくれたのならば、ローレンツ中尉、俺たちの仕事を始めようじゃないか」
にやりと笑ったレフノールが、カミルの腰のあたりをばん、と叩く。
「はい、大尉殿」
幾分上から見下ろす形になったカミルも、口許に笑みを浮かべて応じる。
「まずは新しく増えちまった仕事を洗いだそう。何が思いつく?」
「我々の輸送計画を立て直します。それと、ラーゼンで荷の積み替えが必要になりますね。アンバレスとの往復がなくなりますから、人繰りも変更が必要です」
いいぞ、とレフノールが頷く。
「だが、まずは先任を呼ぼう。彼も交えて、今後のあれこれを考えなきゃならん。中尉、誰か人をやって、先任をここへ来させてくれ」
※ ※ ※ ※ ※
「それは、何と言いますか……やられましたなあ」
呼び出されたベイラムは、呆れたように苦笑した。
「まさかこう来るとは思わんだろう。知っていたらどうにかできただろうし、悪意があれば恨めばよかったわけだが」
レフノールも、半ば愚痴のような物言いになっている。お互いにどうしようもないということを知っているからこその態度ではあった。
「8割には入りませんが、9割5分の中には入るでしょう。まだどうにかなりはします」
ベイラムの見解は、レフノールのそれと同様だった。まずい状況ではあるが、どうにかすることはできる。ベイラムはそう言っている。
「ひとまず下士官兵にだな、中尉と一緒に、この件を達しておいてくれ。俺たちの行動は予定通りだ。つまり中尉、貴官は明日の朝からノールブルムに出向く」
「は、了解いたしました」
「小官もですか?」
レフノールの指示にカミルが応じ、ベイラムが念を押すように尋ねた。
「ああ、貴官もだ。こっちはこっちで面倒な状況になっちゃいるが、やるべきことは見えている。どうにかなるだろう。それはそれとして、中尉には出先でのあれこれを知っておいてもらう必要があるし、それには貴官が随行してくれた方がいい」
「承りました」
ベイラムが頷く。レフノールとしても、予定外の状況になっているラーゼンに、ベイラムのような全てを知り尽くした下士官が欲しくないと言えば嘘になる。だが、カミルをできるだけ早く戦力化する必要もあった。カミルは一度失敗し――それが己に原因があったことではなくとも、失敗し、それがもとで自信を失った経緯がある。二度目の失敗は許されないし、そうであればベイラムのような、腕利きで、兵の掌握に長けた下士官を、付けてやることは必須の条件と言える。
選べるようでいて選べない、答えが最初から決まっているような話なのだった。
「ああ、悪いが、本部要員はひとり増やしておいてくれ。気の利く奴を。手許に置いて使う用事は増えるだろうし、何よりあちらの部隊長と、いつでも繋ぎを付けられるようにしておく必要がある」
双方がアンバレスからノールブルムまでの全体を担当するのであれば、お互いにそこまで綿密な情報共有が必要というわけではない。だが、荷の積み替えを含む連携となると、いつ何が届くかという情報ひとつ取ってもその重要性は全く違う話になってくる。
理想を言えば、常に第2軍団側の馬車を待機させておき、いつ荷が届いてもすぐに積み替えができるようにしておく必要があるのだった。補給が滞れば前線の部隊は行動ができなくなってしまうのだから、途中での非効率はできる限り避けねばならない。
そのためにわざわざ人を割かねばならないのだから、これはこれでひとつの非効率ではあった。
――いくらかでもましな失敗を、か。
もう現状、全てがうまく回ることなど想定しない方がいい。レフノールはそう考えている。そして、そうであれば、少しでも最悪の事態から遠ざかるように努力するほかないのだった。
※ ※ ※ ※ ※
その日の夜。もうすぐ食事か、という時間になって、カミルはレフノールに話しかけた。
「大尉殿」
「どうした?」
レフノールが手を止め、視線を上げる。
「荷の積み替えについてなのですが」
おう、とレフノールは息をついた。思わぬところで生じてしまった余分な手間の最たるものだ。あまり触れたい話題ではなかったが、避けて通れるものでもない。
「何かあるのか、中尉?」
「はい、ノールブルムまで小型馬車を通せるのであれば、広場で直接積み替えてしまっては、と」
積み替えは元々、荷を下ろした上で一旦集積し、そこから小型馬車に積み直すか駄載か、という計画だった。
「――いいんじゃないか」
下ろして積み上げ、また積み直すよりは、直接積み直した方がいい。手間の上でも、荷の保管の上でも、利点の大きい話ではあった。
「領主殿に話を通して、しばらく広場を使わせてもらうようにするか。何なら、農閑期でもあるし、村の連中を賃仕事で雇ってもいいかもしれん」
人手が問題と言えば問題にはなるが、そこは別の手段を取ってもよいのだ。そう考えるならば、カミルの提案は、積極的に採用すべきものになる。
「ここの領主殿を通じて、この先の街道は、小型馬車程度なら通せる程度には整備を要請した。実際に通せる状況かどうかはメイオール少尉が確認しているだろうし、貴官も明日ノールブルムに出向く際には見られるだろう。少尉の報告を受けた上でだが、貴官の提言は採用すべきだと思う。よく言ってくれた」
「は、ありがとうございます!」
「礼を言うべきは俺の方だ。うまくいけば、これで手間がひとつ減る。あとで先任にも情報を入れておいてくれ。俺は領主殿の同意を取り付ける算段を考えておく。いずれにせよ明後日だな」
ベイラムとカミルがノールブルムの状況を確認し、引き継ぎを受けて、リディアがここラーゼンに戻るのが、おそらくは明後日の午後。あらかじめ書面なりを準備して、近衛のラインシュタール大尉に話を通しておいた上で、領主の家宰に話を持ち込めば、その日のうちに許可を得られる可能性は高い。
レフノールは頭の中で、段取りを組み立てていた。
カミル君は本来できる子なので、ちょっとした(でも効果はそれなりに大きい)アイデアを出してくれたりします。がんばえー。




