【18:垣間見る前途】
――神経質そうな将校だな。
それが、レフノールの第一印象だった。近衛の輜重を担当する将校だというその大尉は、カミルの後に続き、きょろきょろと周囲を見回しながら、レフノールが借り上げた宿へと入ってきた。
「大尉殿、ご案内いたしました」
テーブルの傍までやってきたカミルがそう言って敬礼する。
「ご苦労」
レフノールは短くねぎらって答礼した。
「自分はアルバロフ大尉と申します。第2軍団から、近衛の派遣部隊の支援をすべし、ということで部隊を預かってきております」
レフノールの型通りの挨拶に、近衛の大尉は頷いて応じた。
「世話になります、アルバロフ大尉。近衛歩兵軍団分遣隊の兵站を預かります、ラインシュタール大尉です」
背丈はそばに控えるカミルよりもやや低い程度、中肉で、取り立てて目立つような身体つきではない。
暗めの褐色の髪をやや伸ばし、綺麗に撫で付けている。黒い瞳の細い目で、先ほどは酒場の中を見回していた。
「こんな場所で、とお思いかもしれませんが、この季節です。天幕よりも、屋根と壁がある場所の方がよいかと思いまして」
半ば軽口のようなレフノールの台詞に、ラインシュタールと名乗った大尉は、いやいや、と慌てたように首を振った。
「とんでもない。お心づかい、有難くいただいております」
「ならばよかった。では早速ですが」
ラインシュタール大尉とカミルに椅子を勧め、レフノールは自分も腰を下ろす。
「先ほども申し上げましたが、我々は、近衛の支援を、と命じられております。まずは兵站計画をお示しいただければと。我々としても、計画が見えていたほうが支援しやすいかと思われますので」
こういった話は早い方がいい、という信念に従い、レフノールは前置き抜きに切り出す。
ラインシュタール大尉も近しい考えの持ち主のようで、特段うるさくあれこれと言うつもりはないようだった。
「ああ、ご説明しましょう」
言いながら、紙挟みから折り畳んだ地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
「ここがアンバレス、ここがラーゼン、ここから1日行程弱でノールブルム。今回の作戦は、このノールブルムから西へ進出して妖魔を叩く、ということだそうです。行程はノールブルムから2日内外」
ノールブルムからの行程を聞いたレフノールが、小さくため息をつく。
「随伴ですか」
「ええ」
問いも答えも短い。兵站将校同士であれば、それで通じてしまうのだった。
通常、兵士が個人で持つ食料はおおむね3日分。その距離を超えて移動するのであれば、何らかの形で食料を手に入れる必要がある。
周囲に人里のない地理条件であるから、食料は抱えてゆくしかない。そのもっとも確実な方法が、自分たちが――つまりは輜重が、荷を担いでついてゆくことだった。それ自体にさほどの問題があるわけではないが、普段よりも前線に近いというところが問題なのだ。
「まあ、近衛に守っていただけるのであれば安心ではありましょう」
レフノールの口調が、思わず平板なものになる。
「そう願いたいところです」
律儀に応じたラインシュタール大尉が、それでその兵站についてですが、と続ける。
「伺いましょう」
ラインシュタール大尉が説明する兵站計画を聞きながら、レフノールはやや腑に落ちない部分を抱えていた。補給品の数量に、おそらく問題はない。細かな物品は聞かなければわからないが、それでも致命的な何かを忘れている、ということはなさそうだ。
しばらく考えて、違和感の正体に思い至る。馬車の数がおかしいのだった。
「――運搬用の馬車は、班ごとに割り当てております。つまり8台でアンバレスからノールブルムまでを行き来することに」
ラインシュタール大尉の説明が、続いていた。
「ええ、ラインシュタール大尉、1点質問があるのですが」
レフノールが慎重に切り出す。
「何なりと、アルバロフ大尉」
「馬車はどのようなものをお使いになられますか? いささか、台数が少なさそうだと思いましたが」
ああ、と頷いたラインシュタール大尉が応じる。
「大型馬車です。4頭立ての」
レフノールは頭を抱えたい気分になった。
「申し訳ありませんが、ラインシュタール大尉」
「どうか、されましたか?」
途端に不安そうになったラインシュタール大尉に、勘弁してくれよ、と心の中で愚痴を飛ばす。
「この近辺は道の状況があまりよろしくありません。
ここからノールブルム側は正直なところ、大型馬車が通れるような道ではないのです」
聞いたラインシュタール大尉の顔色が悪くなる。
「アンバレス側も、通ってこられた折にご覧になったかもしれませんが、大型馬車同士ではすれ違えない場所が多々。まあ、このあたりは行程表を作って徹底しておけば足りるかもしれませんが」
それにしても、とレフノールは思う。
「それから、これは決して近衛の皆様への苦情、というわけではないのですが……街道の状況などは、そちらへお送りしていたかと思います」
はあ、とラインシュタール大尉がため息をついた。
「近衛と陸軍の折り合いはあまり良くない、というところはご存知かもしれませんが」
愚痴をこぼすような口調で、ラインシュタール大尉が言う。
「いるのですよ、陸軍に頼らずとも、近衛が持っている地誌だけで充分、という者が。誰とは申しませんが」
それを聞いたレフノールも、ため息をついた。確かに折り合いがよろしくない、という部分はある。だとしても、情報のやり取りすらまともにできないようでは、ともに作戦を行うこと自体がひどく難しくなってしまう。しかし、ため息をつき、愚痴をこぼすだけでは話が進まない、ということもまた事実ではあった。
「――こうしませんか。近衛にはラーゼンとアンバレスの間の輸送をご担当いただく。我々はラーゼンから先です」
「――確かにそれは……大変助かるお話ではありますが、よいのでしょうか?」
良くはないよ、と心の中だけで言いながら、レフノールは笑顔を作って頷いた。
「こういったときは、ラインシュタール大尉、お互い様、というやつです」
口から出した言葉とは別に、レフノールの心中にはわだかまるものがある。
――前途多難だな。
もう一度、今度はもう少しそっとため息をついて、レフノールはふたたび打合せに戻ったのだった。
便利な道具でも使えない場所というのはあるわけでして、いくら便利でも場所の制約で使えないとどうしようもないんですよね。困ったものです(他人事の顔




