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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【13:顔合わせ】

 それからほどなく、レフノールは件の中尉に引き合わされた。


「カミル・ローレンツ中尉だ、大尉」


 ふたりを呼び出した執務室で、支援大隊長はにこやかに紹介した。

 レフノールは紹介された中尉を見上げる。

 背は高い。ベイラムには及ばないだろうが、並べば相当に威圧感のある取り合わせになるだろう。

 その高い背を、やや丸めているところが気にはなった。ラセル大尉が言うような部分が、おそらくは実際にあるのだろう。


 浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。癖のある濃い灰色の髪に錆色の瞳。

 南方系の血が入っているのか、と当たりをつける。

 数世代前に併合した、南洋の島嶼の出身者。貿易の拠点であり、貧富の格差の激しい土地柄とも聞く。


 ――庶子、か。


 女癖の悪さで知られる貴族のお手付き。たしかに、ありそうな話に思えた。


「なかなかに優秀と聞いている。転科で連れてくるのに苦労したよ」


「お骨折りいただき、ありがとうございます、大隊長」


 考課を読んでいないな、と思いながら、レフノールは応じた。

 苦労云々も嘘だろう。嘘でなければ、高く売りつけられた、ということだ。


「君のもとであれば、より一層の活躍が期待できると思ってな」


 うむうむ、と頷く大隊長に、レフノールは勘弁してくれよ、という思いでいる。

 得体の知れない任務なのだから、せめて兵站の将校として勤務歴のある誰かを寄越してほしかったところではある。完全な新品の将校でないだけましではあるのかもしれないが、兵站の仕事を教えるところから始めなければいけないのなら新品とさして変わらない。

 無論、そういったあれこれは口にも態度にも出すわけにはいかなかった。


「ご期待に沿えるよう、努力いたします」


「それから中尉、君には期待している。近衛の支援任務だ、間違いのないように頼むよ」


 レフノールの返答に満足したのか、大隊長は中尉に向き直って言った。


「はい、大隊長殿」


 短く答えた中尉――カミルが、レフノールに向き直る。


「大尉殿、よろしくご指導ください」


 す、と挙げた手を胸に当てて敬礼する。形は整っているが、と答礼しながらレフノールは考える。


 ――何かが足りない。


 軍隊で好まれるもの。素早さや力強さ、きびきびとした印象。

 言ってしまえば印象の問題でしかないが、それでもその印象がもたらすものを考えれば、無視してよい類のものではないはずだった。


「こちらこそよろしく、中尉」


 互いに手を下ろしたところで付け加える。


「もうひとりの将校と、それから先任下士官との顔合わせは明日以降としよう。

 大隊長殿の仰るとおり、我々の任務は近衛の支援だ。励んでくれ」


 では、とふたりして大隊長に敬礼し、型通りの顔合わせは終わった。

 執務室を辞去し、閉じた扉の前で、レフノールはカミルに声をかけた。


「夕食が済んだら、官舎の俺の部屋に来てくれ。部下と先任に引き合わせる前に、話しておきたいことがある」


※ ※ ※ ※ ※


「そう構える必要はないよ、中尉」


 食事を済ませ、呼び出した部屋で、椅子を勧めながらレフノールは言った。言われた中尉――カミルは、いささか緊張した面持ちでいる。


「うちの連中と引き合わせる前に、個人的に話しておきたかったというだけだ。貴官、兵站任務の経験は?」


「ありません、大尉殿」


「ならばそこはやりながら覚えてくれ。もちろん、ひととおり説明はする。最初は記録を読むところからになるだろうが」


 はい、とカミルが応じる。


「計数は? 得意な方かね?」


「一応、一通りは」


 カミルの返答に、レフノールは頷く。兵学院で習うことでもあり、兵站ではなくとも将校としての業務で使う部分でもある。よほど出来が悪くなければ一通りはできて然るべき、というところだ。


 レフノールは、兵站としての職務の概略を伝え、計数と記録の重要性を伝える。いちいち頷き、相槌を打ちながら聞くカミルの態度に、問題のありそうなところは見られない。兵站への転科で不貞腐れている、というようなことはなさそうに思えた。


 当然と言えば当然の話だが、仕事道具は持っていないということだったので、当面予備のものを貸す、ということで話がついた。道具を渡して算盤の使い方を簡単に説明すると、早速蝋板で手控えを取っている。仕事熱心そうなところも、やはり考課とうまく繋がらない。


 ひととおりの説明を終えて、レフノールは酒瓶とグラスをふたつ取り出した。


「ここから先はもう少し個人的な話だ。いける口か?」


 はい、とカミルが答えるのを確かめて、小さなグラスにそれぞれ蒸留酒を注ぐ。まず自分で口を付けてから切り出した。


「貴官の考課を読んだ」


 その言葉を聞いたカミルの表情が硬くなる。


「――だが、貴官の兵学院の成績や戦歴と、その考課がどうにもうまく繋がらない。正直に言えば、俺は疑問に思っている」


 視線を泳がせたカミルに、レフノールはゆっくりとした口調で話しかけた。


「おそらく、貴官の最初の上官だと俺は踏んでいる。何があったか、聞かせてはくれないか」


 部屋に沈黙が落ちた。カミルは目の前の、蒸留酒を注がれた小さなグラスを見つめたまま動かない。


「ここには下士官もほかの将校もいない。貴官が何を言おうと、それはこの場限りの話だ。俺は余計なことを吹聴して回る気はない。ようやく補充が叶った貴重な将校だからな」


 カミルがグラスに手を伸ばし、一息に呷った。


「……『妾の子か』、と。下士官や兵のいる前で。着任の申告をした折でした」


 毒を吐き出すような口調だった。


「……直属の上官がそれを?」


 確かめるように言ったレフノールに、うなだれ加減のカミルが黙って頷く。


「正気の沙汰とは思えん」


 自分でも蒸留酒を呷りたい気分になったレフノールが吐き捨てる。

 上官が蔑ろにするような将校を、下士官や兵が尊重するはずがない。初対面でそれをやるという神経が、レフノールにとっては既に想像の埒外にある。


「当時の中隊長、レザック大尉の家が、自分の生家の主筋でした。おそらく、家の事情をどこかから噂なり何なりで聞かれた、のだと思います」


 それ自体はありがちな話ではある。元々家臣だった筋の家の庶子。当主には女性関係の噂がある。南方系の――普通ならば貴族家にはそうそう混じらない血の混じった風貌。だからそれをそのままその場で口に出したのだろう。新任の将校に舐められないためのちょっとした手管、その程度の意味合いだったのかもしれない。結果として新任の少尉は、下士官や兵から得られるはずの尊敬を失った。


「最初にそういった目で見られてしまうと、そのあと何をしても駄目でした。厳しく接すれば反発され、物腰を低くすれば図に乗られる。実戦のときだけはそうも言っていられないのでしょうが、終わればまた元通りです」


「――はじめに言っておく」


 ちびりとグラスに口を付けて、レフノールは言った。


「貴官のこれまでの評価を、これから下につく下士官や兵は知らない。俺は貴官を、大隊長から言われたとおりの将校として扱う。先任にもそのように申し送る」


「――と言いますと」


 怪訝そうな顔になったカミルに、レフノールは忘れたのか、と応じた。


「なかなかに優秀、大隊長殿は連れてくるのにいささか苦労をされた。どうせ世辞の類だろうが俺は知らん。貴官はそういう将校だ」


「は」


「この際演技でも何でも構わん。しばらくそういう将校でいるように努めろ。兵学院の成績や戦歴を考えれば、むしろそちらの方が貴官には似合いのはずだ」


「は、しかし――」


「貴官はな、見合わない服を用意されて、それに身体を合わさせられてしまった。そういうことだと俺は思っている。それでは困るから俺は別の服を用意する。貴官はそっちに身体を合わせろ。やれるか」


「――はい、大尉殿」


 カミルの返答に、レフノールはにやりと笑って頷いた。


「事務周りは俺ともうひとりいる少尉が、兵との間のあれこれはうちの先任が力を貸す。事務周りはわからんことだらけだろうから、わからんことは何でも、何度でも訊け。あとは、何につけ、しばらくの間は先任の意見を求めろ」


「はい」


 酒のためかそれ以外の理由か、カミルの浅黒い顔に、うっすらと血の色が差している。


「俺も兵站じゃ珍しい銀剣持ちだ。部隊の半分はその銀剣を取ったときの部隊から集めてくる。まあ、何とかなるだろう。それに、俺の言うことには反発する連中もいるかもしれないが、先任に逆らう兵はいないよ。断言してもいい」


「それほどですか。一体どのような――?」


 カミルの疑問に、レフノールはもう一度にやりと笑って、ああ、と応じた。


「一目見れば貴官にもわかるよ。絶対に逆らいたくなくなるような奴だ」

パワハラの被害者とパワハラクソ上司が多いですよねこの職場。

まあブラックなんである意味仕方のない部分ではあるんですけど。

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― 新着の感想 ―
お酒は潤滑油 あとは口が固いかどうか 意志疎通がしっかり出来てなんとかなりそう
絶対に逆らいたくなくなるような奴(ニッコリ)
 軍隊ってのは閉鎖社会。  内輪で終わってしまう故に、一般社会よりも厄介かも。  自衛隊の駐屯地、その中の民間・保険事務所に勤めていた人間いわく。  階級が上でも、体力無く走れないとかだと軽く見られ…
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