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兵站将校は休みたい!  作者: しろうるり
第2章

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【9:兵站将校の休日(下)】

 翌日――1月1日の夜。

 レフノールが士官食堂に顔を出すと、まだリディアの姿はなかった。

 テーブルにつき、食前酒がわりにワインをグラスで頼んで、口を付けようとしたところで声がかかった。


「隊長」


 振り向くとリディアが立っている。下ろした髪と差した紅は一昨日のそれと変わらない。表情からは緊張感が消え、幾分柔らかくなっていた。


「遅くなりまして」


 小さく詫びたリディアに、俺が早すぎた、と応じて、レフノールは向かいの席を手で示した。


「あの」


「君は飲むなよ」


 勧められるままに席につき、口火を切ろうとしたリディアの機先を制するように、レフノールが言う。


「昨夜は本当に……ご迷惑を……!」


「あれは飲ませた俺が悪かった。今朝は大変だったろ?」


 テーブルの向こうで頭を下げたリディアに、いいよ、とレフノールは手を振った。

 昨夜のあれこれをリディアがどこまで憶えているのかは怪しいものだったし、憶えていないのなら無理に思い出させることもない、と思っている。


「果物までいただいてしまって。あれをいただいて休んだら、動けるようになりました」


「兵学院時代に覚えた。1年目はライナスと同室でな」


「……禁酒、でしたよね?」


 リディアの言葉に、レフノールはうん、と頷く。


「君も知ってのとおり。ただなあ、悪い先輩が飲ませるんだよ。外出したときに。断るわけにもいかないし、飲めるか飲めないかなんてお構いなしだから」


「ローウェン中尉は飲めなかった?」


「いや、あいつ自身は飲める。何度かやるとさ、どうしても飲めない奴がいるのはわかってくるだろ? そうすると、そいつのかわりにライナスが飲む。飲める奴の方が回復も早いから、まあ理に適っていると言えば適ってるんだが」


 ああ、とリディアが納得する表情になった。


「で、潰されるわけだ。何回かすると『急な体調不良』で講義を休むことを覚えた。あいつの介抱と、あと朝食代わりの果物をやるのが俺の役回り。そういうことをやってると、ああいうのができるようになる」


「……申し訳――」


「ああすまん、君にあれこれ言いたいわけじゃ――なくもないな。外で飲むときは少佐か俺か、でなければ誰か絶対に安心できる相手とにした方がいい。できれば何度か少佐に付き合ってもらって、自分がどういう酔い方をして、どこまで飲めるのかを知っておけ」


「――はい」


「まあ、飲ませた俺が言うことじゃないが」


 付け加えた言葉に、リディアが小さく笑った。


「お互い昨日の話はそろそろしまいにしよう。ひとつ頼みがある」


 切り出したレフノールに、小首をかしげたリディアが、なんでしょうか、と応じた。


「明日の午後、ちょっと付き合ってほしい。買いたいものがある」


「――はい!」


 ※ ※ ※ ※ ※


 更に翌日の昼過ぎ。レフノールとリディアは、アンバレスの市街地にいた。

 広場や官衙を抱える中心街からはから少々外れた、職人街の一画。頑丈そうな木組みと漆喰の壁の建物に、手袋と靴をあしらった看板が掛かっている。看板には、冬至祭の飾り付けの名残なのだろう、赤と緑の布切れが結びつけられて、微かな風に揺れていた。


「手袋ですか?」


「そう。ひとつ仕立てようと思ってね」


 言いながら、がっしりとした造りのドアを引く。取り付けられたドアチャイムがからんと鳴った。

 店内は明るかった。まだ昼だというのに、窓からの光に加えてランプの明かりが柔らかく棚やカウンターを照らしている。カウンターにいた店主がレフノールを認めて、ああ昨日の、と会釈をした。


「昨日?」


「ああ、昼のうちにね。街を見て回っていて、良さそうな店だと思ったものだから」


 リディアの疑問に、レフノールが応じる。

 上着をお預かりしましょう、と店員が言い、ふたりから外套を受け取って壁に掛けた。

 レフノールはカウンターで店主に話しかけた。


「さて御主人、手袋をひとつ仕立てたい」


「はい。どのような?」


「この時期に馬で遠出するときに使うやつだ。鹿革で、裏地をしっかり打ってあるのがいい。手首のところに毛皮をつけて、あとできれば少し調節が利くようにしてあるとなお良し、というところだが」


 できるかな、と尋ねると、にこりと笑った店主が頷いた。


「ご希望のものが仕立てられるかと」


「時間はどれほど?」


「そうですね、1週間から10日ほどもあれば」


 うん、と頷いたレフノールに、店主が、では採寸を、と巻尺を取り出した。


「ああ、俺じゃないんだ。――リディア」


「――はい?」


 店内の壁に掛けられたベルトを眺めていたリディアが、名前を呼ばれて弾かれたように振り返る。


「こっちで採寸を」


「え」


「君の手袋、官給品だよな。あれ薄くて冷えるじゃないか。裏地もないから」


「あの」


「指先から冷えるし、来るときも結構辛かっただろ? ひとつ暖かいのを持っておくといい」


「でも、あの」


 ほら、と手招きしてようやく寄ってきたリディアに、レフノールは小さく声をかけた。


「俺が君に今贈れるのは、このくらいだと思う。――受け取ってもらえるか?」


「…………先に」


 俯いたリディアが、小さな声で言う。


「え?」


「先に、言っておいてください。心臓が止まるかと思いました」


 その藍色の瞳の目尻に、涙が溜まっている。


「すまない」


「許してあげます。――ありがとうございます」


 目尻を拭って頭を下げたリディアが、もう一度顔を上げるともう笑顔になっていた。

 そのままレフノールの腕を取って引く。


「一緒に、見繕っていただけるんですよね?」


「――そうだな」


 ふたりのやり取りを眺めていた店主が、改めて巻尺をカウンターに置く。


「では改めてこちらへ」


 言われるままにカウンターの前に立ち、リディアが両手のあちこちを測られる。手の幅、厚み、指の長さ、手首の周り。

 革の色を決め、裏地の感触を確かめ、縫製するための糸の色を定め、手首の周りを調節する細いベルトの金具を選ぶ。自分で手袋を仕立てたときにここまで真面目に決めただろうか、と思いながら、レフノールはリディアに付き合った。


「どちらがいいと思いますか?」


 本音ではどちらも似合うよと思っていても、そんないい加減な返答でリディアが満足するとも思えなかったから、レフノールは理由をつけて様々な選択肢のどちらかを選んでいる。


「外套の黒と合わせるのなら、手袋も暗い色の方がいいんじゃないか」


「指先や掌の縫い糸は、白に近いとすぐ汚れてしまうと思う」


「手首周りの糸は明るくしてもいいかもしれない」


「裏地と手首に付ける毛皮は君が実際に触って気に入ったものにすればいい。常に肌に触れている部分だから」


 レフノールの返答にリディアはその都度頷き、ではそうします、と答えて笑う。

 必要なことをすべて決め、出来上がりは10日ほど後ですと伝えられ、代金と引き換えに受け取りを貰って、ふたりは店を出た。


「そういえば」


 隣を歩くリディアが、レフノールに尋ねる。


「確かにこの街への道中、手は冷えましたけれど、どこでおわかりに?」


 ああ、とレフノールは頷いた。


「手袋が官給品だというのは見ればわかる。あれ手首も調節が利かないから、冷たい風が入って冷えるだろ。裏地も打ってないし。あとは休憩のたびに、冷えた手を温めていた。君、色白だから、冷えて赤くなると目立つんだよな」


 話し終えてもリディアからの返答はない。なにかまずいことでも言ったかな、と考えながら隣に視線を投げたレフノールと、リディアの目が合った。


「――ずるい」


「は?」


「自分ひとりだけそんなに見ているの、ずるいと思うんです」


 言葉とは裏腹に、甘えるような口調だった。


「兄の薫陶だな。『観察して、相手が欲しいものを推測しろ』とよく言っていた」


 軽口を返しながら、レフノールは思う。自分の取った行動が正しかったのかどうかはわからない。ただ、結果がこのリディアの態度であるとするならば。


 ――間違っていたとしても、それは悪い間違い方ではないはずだ。

日常回はひとまずここまでです。

次から徐々にお仕事に戻していきましょうねー。

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― 新着の感想 ―
リディアは冷えて赤くなった指先に息を吐きかけて暖める、という情景が頭に残ってたんですよね その少しあとのこちらの章で手袋を仕立てて贈るという ココ好き❤ レフノールカッコイイですね✨ ありがとうござい…
と思うじゃん?女性に対してパーフェクトでも上司と部下だとアウトなんてままあるんだなぁ(針の筵地獄)
自分の経験(苦労)と観察眼が素晴らしい
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