7話『会話』
女神アレクトラが隔離されている幽閉塔の一角、かつて霊園として運営されていた土地に立てられた古びた牢屋屋敷に到着すると門の前で宮廷魔術師のダゴナに呼び止められた。
この土地はアレクトラの脱出を阻み魔力の流出を抑える為に何重もの結界が張り巡らされているらしく、魔法を得手としない私のような兵士が出入りする際には必ず宮廷魔術師の案内が必要となるらしい。
「理解しているだろうがアレクトラは怪物だ。邪神としての逸話があるからという話ではない。容姿に騙されるでないぞ、アレは人畜無害を装って常に我々の心の隙を見抜こうとしてくる」
「はあ」
「親しき隣人のフリをして警戒を解く狡猾な女だ。これまで多くの兵士が彼女に絆されてきた。帝国に魂を捧げてきた兵士がだ。それが原因でイアンやアコーロン、他にも優秀な兵士が何人も陛下に叛意を抱き処刑された。真っ当に会話しようとするなよ」
なんと。アコーロンは剣の腕は優秀だが軟派な男だった。故にそうなる事も理解はできるが、『鉄心』と称されたイアンまでもが女神に魅入られ狂わされたのか? 俄には信じ難いが……。
「ただ貴方を寄越したのは良い判断とも言える。ラモラン騎兵長と同じく貴方も陛下の意向を第一に考える兵士の鑑だからね。どうにもアレに心を飲まれた連中は陛下の意向とは別に個人の信条を判断の指標にしていた連中が多い。人として扱ってしまったのだろう、そこが大きな違いという事だ」
「人として、ですか」
そう言われると自信が無くなる。私とて、ラモラン騎兵長と話している内にアレクトラを"ただの少女"として認識して扱いに憐憫を抱いていたのだから。
だが、任務と私情は当然別と割り切る事は出来る。イアンは冷静で鋭い着眼点を持っていたが実の所激情家だった。私にそのような熱はない。同じ轍を踏む事は無いだろう。
「装飾の多い服はここで着替えて、首の拘束は何があっても外すな。貴金属、木製製品や鉄製品、革製品の類も絶対に口元へは近付けるな。過去アレを性奴隷扱いし陵辱しようとした馬鹿な兵士がいたが、靴を舐めさせようとした結果足ごと噛み砕かれた挙句踏み抜き防止の鉄板を吹き出して牢の柵を破壊した事もある」
「吹き出すって、唾を吐くみたいな感じでってことですか?」
「そうだ。弱体化しているにも関わらず身体能力は我々人間よりも遥かに上なのだ。その上で弱者のフリをし相手の加虐嗜好をくすぐりそのような行動を取る。とにかく口だ。口に何も近付けるな」
「では、食事などは」
「固形物を完全に溶かしたスープを上から注ぐようにして与える。器や食器の類は絶対に貸し与えない。噛みちぎった器の破片で四肢を自ら千切り拘束から強引に抜け出そうとするかもしれん」
迷路化した屋敷の中を解錠の魔法をかけながら少しずつ進む。一度解錠した結界はすぐに結び直す為、少々進行が遅れる。この屋敷から出る際も同じ動作をしないといけないのか。
なるほど、故にこの任務に着いた兵士は長期間の暇を貰うというわけだ。一々解錠と施錠を繰り返さなくてはならないからな、着床するまでの間はある程度の共同生活を強いられるのだろう。
「にしてもこれほど厳重にしなければならないとは。まるで竜を閉じ込めているかのようだ」
「そうせざるを得ない理由がある。二年前、奴が身体の不調を訴え医療兵が屋敷を出入りした際に事件が起きた。薬品で事足りる症状なのか外科手術が必要なのか、それとも治療魔法が必要な程深刻なのかを確かめる為に医療兵は離れた位置からアレクトラの肉体に向けて魔力を流し状態を診ようとした。その微量な魔力を彼女は自身の能力行使に利用し、牢屋の八割が崩壊。その場に居合わせた兵士十数名は姿を眩ませた。物理的にな」
「……暴食の権能」
「伝承では享楽の権能と呼ばれてるらしいが。暴食の異名はキリシュア王国で囁かれてるものだろう。いずれにしても、アレは微量の魔力でこの土地を丸々飲み込めるほどの強大な力を有している。巨大な獣に齧られたような無残な死体になるのは御免だろう」
ただの少女と思い侮っていた側面もあったが、なるほど。ラモランが恐れを抱く気持ちも理解した。
「さて。これが最終解錠で、この先がアレクトラの監禁領域となる。儂は酷く嫌われているからここから先は貴方一人で行くがいい。その方がやり取りも円滑に進む筈だ」
「分かりました。では」
「では。健闘を祈る」
ダゴナと別れ、篝火の仄かな灯りのみで彩られた薄暗い通路を歩く。
「……っ」
三本目の柱を越えた地点で急激に重力が重くなる。陛下が自らの血を用いて掛けたという魔力封じの刻印が作用しているにも関わらずこれほどまでの魔力が体外へ漏れ出ているというのか? 流石は女神と言うべきか、魔力に耐性のない者であれば意識を保つのもやっとであろうな。
「ここが例の……」
通路の最奥まで歩を進めると、より濃度の高い魔力が私の肌に取り巻きチクチクとした痛みを感じる。
「……」
件の女神の姿が視界に映る。彼女は両手を背に回された状態で拘束され、両足を開くような姿勢のまま鋼鉄の柱に磔にされていた。
首元の枷は完全に柱と同化しており刃物での破壊は不可能になっている。身に付けている衣服は薄い布一枚だけのようだが長年幽閉されていたにしては小綺麗だ。服の至る所に縫い目が見える辺り、脱がせやすいよう工夫した作りになっているのだろう。
「……初めまして」
ダゴナには人として扱わないよう言われてはいたが、一応相手は神なので最低限の礼儀として挨拶を口にする。アレクトラからの返事はない。彼女はただ私をボーッと見つめている。
牢屋に入り柵に縛り付けられた椅子に腰掛ける。
アレクトラの周囲の壁には無数の爪痕がある。常人の爪なら傷一つ付けられないであろう鋼鉄の壁にだ。
血で染めたかのように真っ赤な髪を床にまで垂らし、庇護欲を掻き立てるような小動物的なタレ目、女神と形容されるのも自然に思える整った目鼻立ちに透き通るような白い肌。
見れば見るほど容姿だけはただの少女としか思えない。子を作るのに適さない、学舎に通い始めるくらいの、10歳そこらの少女だ。確かにこれでは、見ているだけで同情を誘い判断を鈍らされるのも無理はないか。
「……怖い、ですか?」
何もしないまま彼女を観察していたら、アレクトラの方から声をかけてきた。口を開いて初めて彼女の異形らしき要素を視認出来た。
彼女の歯は、人間のそれとは大きく異なっている。
動物に例えるならワニかサメに近いだろう。物質を細かく噛み砕くというより、噛み切る事に特化した鋸状のギザギザした歯がある。
口を閉じた際の容姿に違和感がないため、ある程度は噛み合わせに適した配置をしているようだがそれにしても奇怪だ。
歯の先端で唇を傷つけたりしないのだろうか? 口腔内は通常の人間と同じなのだろうか? その場合、口内が切れたりしてもおかしくないのでは。頬の裏側がどうなっているのかという疑問もある。
「あ、あの……」
「……」
「あんまり、その。口元を見られるのは、恥ずいと言うか……」
「っ、すまない。珍しい歯をしていたので、つい」
「あはは。みんなそれ言いますよね。俺、自分の歯がどうなってるのか見た事なくて」
アレクトラが人懐っこい柔和な表情で笑う。
「というか、すまないって。人に謝られたのなんて初めてです」
「そうなのか」
「はい。ここに来る人はみんな俺の事、化け物か道具程度にしか扱ってくれないので。時々優しくなってくれる人もいるけど、そういう人に限って急に来なくなるし。……また会いたいな、アコーロンさん」
「っ!!」
アコーロンの名を口にされた瞬間、怒りが沸き上がりつい立ち上がってしまった。
「アコーロンは……お前が誑かしたせいで処刑された」
「えっ。……そうなんだ。俺の、せいで」
「そう、お前のせいだ。お前が人のフリをしてアコーロンを嵌め死に追いやった。そうなるように仕向けたのはお前自身だろう!」
「…………そう、なんすかね。よく分からないです」
「とぼけるな!」
大声を上げるとアレクトラは怯えたように目を瞑り顔を震わせた。その弱々しい様を見て怒りが落ち着く。
「それも、私の警戒を解こうとする演技か」
「え、演技って?」
「わざと弱々しく見せて同情を誘っているのだろう。憐憫を向けさせようとしているのだろう。見た目に似合わず狡猾な女だな」
「……だ、誰だっていきなり怒鳴られたらびっくりするでしょ。わざと弱々しく見せてるわけじゃないですよ」
「信用ならん。ダゴナからお前の手口は聞いている」
「……あの人は俺の事、大嫌いですもんね」
「そういう事では無いだろう。お前、ここを脱走しようとして何十人も殺めたのだろうが。嫌い云々ではなく、警戒しているのだ」
「…………そうですね。ごめんなさい」
悲しげな表情を作ると、アレクトラは首が動かせない代わりに視線だけ下に向けて謝罪の言葉を口にした。
「何故殺した」
「……?」
「二年前の事だ。お前が殺した者達の話だよ。お前は、体調不良を訴え助けを懇願し医療兵達をこの場に寄こしたのだろう。彼らがお前の事をどう思っていたのかは知らんが、少なくともお前を救おうとしていた。彼らの罪はなんだった。何故彼らは、殺されなくてはならなかったのだ」
「説明した所で、あんたはきっと納得しないし誰も得をしない。だから、話さない」
「ふざけるな。話せ」
「……なんで。ダゴナさんから話は聞いてるでしょ。俺を人間扱いするな、俺と会話をするなって」
「お前がどうとかは関係ない。お前に殺された彼らの魂が報われんだろう。お前の身勝手な悪意によって殺された無辜の民達が意味もなく死んだままなのは許せない、許されていいはずがない」
「身勝手な、悪意」
消え入るような声で呟くと、アレクトラの表情に僅かに怒りの感情が浮かび上がった。
「……医療兵の人達には確かに罪はなかった。俺は、ただここから逃げ出したかった。結果的に、彼らを巻き添えにするしかなかった。そう言えば満足ですか」
「逃げ出したかった。それは我が国に復讐をする為か」
「違う。そんなんじゃない。……最早、そんなのどうでもいい。ただ自由が欲しかった。よく分からないまま蘇らされて、よく知りもしない国の道具として扱われて、その扱いが嫌だと言ったら暗くて寒い場所に閉じ込められて。終わりが来るかも分からない拷問を受けて、挙句の果てに、子供なんか産まされて。……そんなの、誰だって逃げ出したくなるに決まってる。そうでしょ?」
「……どんな理由があったにせよ、こちら側の要求を飲んで受肉したのはお前側の判断だ」
「こんな筈じゃなかった」
「企んでいた野望が潰えて我々を憎むか。把握した。確かにお前の感情は理解できる。だが、だからといってお前の行いを肯定することは無い」
「……もう、なんでもいいです。逃げ出そうとも思わない。そういう運命として受け入れました」
全てを諦めたような顔でアレクトラが呟く。黒い瞳が失意に沈む。
彼女を観察していたら、頬に残った涙の跡が目に映った。……あまり見つめていたらよからぬ考えを持ってしまいそうなので視線を外す。
「……犯さないんですか?」
「何?」
「俺に子供を産ませるために来たんでしょ。……さっさと済ませないと、俺が孕まない限りずっとここに来なければいけなくなる。そんなの嫌でしょ」
「……」
「もう抵抗もしないし文句も言わないから。さっさと終わらせてください。痛いのにも、気持ち悪いのにも慣れました」
そう言われ、彼女が目を瞑ったのを確認し彼女に近付き服を脱がせる。
「……っ」
アレクトラの裸体を目にした瞬間に嫌悪感が立ち上る。
布によって隠されていた彼女の肉体には無数の傷があった。剣で肉を抉られ、炎を押し当てられ、殴打されムチで打たれ、蹂躙の限りを尽くされた轍が胴体部分全域にまで及んでいた。
蹂躙の跡は彼女の性器、ひいては不浄の穴にまで及んでいた。異常な行為の跡がまざまざと視界に焼き付き、腹の中身が逆流し私はその場で嘔吐しかけてしまう。
「……? 何処に行くんですか?」
残酷な現実から目を逸らしたくて布を彼女に着せて牢屋を後にする。あんなの見せられて、平常で居られるはずがない。確かにアレクトラの所業は許せるものではないが、だからといってあれ程の悪意をぶつけてもいいとはならないはずだ。
……悪意。そこには彼女を憎悪故に害したいという思いの他に、女性としての尊厳を踏み躙りたいという倒錯的な肉欲も介在していた。
アレクトラに子供を産ませるというのはあくまでこの国の戦力を増強する為の、帝国の安寧を慮る意志による決定だった筈だ。陛下の勅命を受けた尊き魂を持った兵士の使命だった筈。なのになんだ、あの惨状は!?
「ふざ、けるな……!」
アレクトラは帝国繁栄の礎となるべき存在で、決して薄汚れた欲望を満たす為の犠牲ではない。罪に対する罰を与える事はあれど、異常な欲求を満たす為の都合のいい道具などでは決してない。
邪神だの悪神だの言われているが、これでは我々人間の側が悪としか思えない。このような事、陛下は絶対に望んでいない筈だ。
「陛下に伝えなければ……」
この計画は本来の意義を失っている。陛下の思う所から離れた方向に進んでしまっている。続行してはならない。そう決意するも、私にはこの領域から出る術がない。
明日の朝、食事係に話を通して一度この屋敷から出してもらう必要がある。陛下は多忙の身だが、総軍指揮官からの報告となれば無下にはしないだろう。
「……」
事前にダゴナから聞かされていた兵士用の休息室に入った瞬間、再び嫌悪感が沸き上がった。
人間の都合で望まぬ事をさせられ続けたアレクトラは何もない石と鉄の牢屋に閉じ込められているというのに、兵士の部屋は家具が配置され床も木で作られていて暖かな暖炉まで備え付けられていた。
あまりにも待遇の違う有様に絶句した後、私は休息室を離れて再びアレクトラのいる牢屋の前にまで戻ってきた。
「? おかえりなさい。やっぱり今日……」
「黙れ。……私は眠る。お前ももう眠れ、今日はこれ以上何もしない」
「……?」
こちらの発言の意図が掴めず不思議そうな表情をするアレクトラ。彼女を無視し牢屋から背を向けて床に腰を下ろし目を閉じる。
「そこ、寒くないですか? 床も硬いし汚いでしょ。休憩室の場所は」
「黙れと言っているのだ。休息室ならもう見てきた」
「??? だったら普通にそっちで休んだ方が」
「いらん。ここで寝る」
「なんで??」
「……答える義理はない」
「少女の寝息を聴きたいとか? 寝てる間に犯すのが趣味なんですか?」
「そんなわけないだろう」
「じゃあ尚更意味分かんない」
「柵越しだと随分と口が達者になるのだな」
「寂しいので。普段誰もいないし」
「……」
「……もしかして、俺が寂しがるだろうなって思って」
「いい加減黙らぬなら下の顎を切り落とすぞ」
「エグすぎでしょ。この国の兵士やっぱイカれてんな」
「人を喰うお前に言われたくはない」
「確かに。誰よりもイカれてる事してるのはこっちの方か。俺が目覚めてからは食人行為はしないようにしてるんだけどなー」
「何を言っているのかわからん。話は聞いているぞ、戦場では普通に食人していたのだろうが。ニワトリなのかお前は」
「ふふっ。……あははっ」
「? 何を笑っている」
「いや、なんか久しぶりに沢山人と喋ってるなーって。こんな軽口を言い合ったのなんて本当に久しぶりだ」
「……そうか。それは良かったな」
「ありがとうございます、名も知らない兵士さん」
「は。何についての感謝だそれは」
「会話してくれた事への感謝ですよ。……他の兵士さんらは、俺に対して対等な会話なんてしてくれなかったし。一方的に罵声を浴びせて、下品な事を言わせてきただけ。だから、素で話せるのがすごく嬉しくて」
「…………先程、どうでもいいと言っていたが。この国の事、お前は心底憎んでるのだろうな」
「あー……まあ、憎むのが当然みたいな所はあるけど。でも、まあ、国自体を憎むってよりあの人嫌だったなーって思うように留めてます。あまり沢山の相手を憎んだら、むしろ自分の心が辛くなるし」
「……」
「それに、あんたみたいな優しい人もいるんだから。国全体が悪いわけじゃない。人を憎んで国は憎まずですよ」
「……殊勝な心がけだな」
「誰だって善の側面と悪の側面を平等に持ってますからね。絶対的な悪なんて存在しないし、あるのは好きか嫌いかだけ。でしょ?」
「……すまんが、その意見については理解できん。どうしても肯定できぬ悪は存在すると思うぞ」
「はあ」
「それと同様に、どうしても肯定できぬ国があってもいいとは思うがな。私がお前の立場なら、間違いなくこの国を憎む。それが普通だ、人間にとっての普通だがな」
「……脳死でその人が属するコミュニティ全体を憎むなんて俺には出来ないです。こんな目に遭ってるのも、俺は辛いけど、俺以外の人が幸せになるって前提があってやってる事なんだし。悪戯に俺の尊厳を踏みにじろうとしてるわけではないでしょう?」
「どうであろうな」
「あの女帝様、めっちゃ頭いいじゃん。頭良すぎて残酷なんじゃんね。だからこそ意味があるとかえって安心できますよ。身を削った人助けだって考えれば、まあクソムカつきはするけど受け入れられますよ」
自分一人が犠牲になればその他大多数が救われる。その確証がある、だから受け入れた、か。
……自己犠牲、それも後ろ向きの"諦め"だな。良いように言っているが、結局の所やれる手を尽くしてそれでも逃げられなかったから、良いように解釈して心を保とうという逃げでしかない。
「神なんだったら、もう少し足掻いてみようとは思わないのか」
「足掻きましたよ、沢山」
「沢山足掻いたか。何故その程度で諦める、お前はまだ生きているだろう」
「……はあ。なんつーか、流石兵士なんてやれるなーって感じの精神論すね。生きてる限り諦める理由にならないって言いたいんすか」
「生きているということはやれる事があるという事だ。諦めるのは死と同義、生者の選択としては相応しくないと私は考えている」
「だから独身なんすね」
「おい。この話に独身は関係ないだろう」
「あるでしょ。あんた言ってる事バチキモイもん」
「ふん。真っ向から意見を否定される事は今まで無かったか? 随分と短気なのだな、お前は」
「……ちっ。何をした所で何も成せず、ただ人に嫌われていくだけ。アレクトラは万能神じゃない。にも関わらず全知全能の神しか成せない様なことを求められて、自分なりに頑張ってみた結果このザマ。それなのに心折れずに居られるのなら、それは神じゃなくて神がかった馬鹿としか言いようないでしょ」
「……」
「……案外、邪神って言われてたのも本人が足掻いた結果だったりするかもですね」
「自分の事だろうに。過去の出来事を他人事のように語るのだな」
「…………過去の自分と今の自分なんて、ほぼ他人みたいなものでしょ」
「それは、そうかもしれんな」
そんな話をしている内にアレクトラの声が少しずつ小さくなっていき、やがて背後から少女の立てる寝息の音が聴こえてきた。前触れのない入眠だった。ずっと姿勢を固定されたままだから疲労が溜まっていたのだろう。
私も少し話しすぎて疲れた。肩の力を抜いてこんなに喋ったのは兵士になって以来初めてだ。そろそろ眠ろう。
……イアンやアコーロンは、アレクトラのこういう等身大の少女と変わらない人格面を見て絆されてしまったのだろう。気を張っていた私でさえ肩の力を抜いて会話に興じてしまったのだ、その気持ちは理解出来た。
あまりこの少女とともに時間を過ごすのは好ましくないな。明日は一言も会話を交わさず、迅速に行動して対応してもらうとしよう。