60話『今は知らなくてもいい事』
紅死穢と呼ばれた女性が俺の事を見下ろしている。
ずっと疑問に思っていたんだけどさ、俺が最初に喰った少女も『ホンジュイ』って呼ばれてなかったっけ? テルシフォンは何度か"新しい方の"という言葉を付け足して紅死穢の名を呼んでいたが、襲名制なのだろうか?
悪魔を捕まえにここにやって来て俺を襲った賊達はしきりに誰かを指して『ご主人様』と呼んでいた。
多分、この"ご主人様"にあたるのはテルシフォンだと思う。スーツ女や新しくポップしたカンフー服男に命令を下していたのはテルシフォンだったし、目の前の紅死穢も彼女の凶行を止める際に下から物申していたしな。
テルシフォンを筆頭とした縦社会式の組織、か。
テルシフォンは人類を滅ぼす為に行動を起こしていると言っていた。その構想は武器商人として世界を渡り歩くというものだったが、組織の規模がでかい場合放置するのって実はまずい案件だよなぁコレ。マンパワーが伴っていればどんな理想も割かし叶っちゃうもんね。
少なくとも紅死穢って名前、という符号? を与えられた人間が複数人いるのは確定的だし、同様に他の連中も同じ名前を冠してる別の人間が複数人いるとしたらかなりの人員が揃っているという事になる。
テルシフォンの思想に賛同する人間がそこまで多いとは思えない。人間は頑張りすぎって所まではまあ理解できなくもないけど、だから皆殺しにして解放してあげように繋がるのが正しくカルトのソレなんだよな。
仮にその目標が叶って組織外の人間を皆殺しに出来たとして、どうせ最期には組織に属してる人らも例外じゃないって事で心中させられるのがオチだぞ? それでもって、テルシフォンの性格的に絶対自分はその"死ぬべき対象"の枠組みに入ってないしな。
部下に自殺を命じたあとに「わたしはあなた達と違って人間では無いから死なないよ〜」なんて言い出すに決まってる。外される事が分かりきってる梯子だもんね、馬鹿でも分かるよそんなの。
純粋な疑問なのだが、なんでそんな怪しさしかない集団が人員を確保できるのだろう? カリスマ性があるようには見えないけどな〜テルシフォンには。
「……んっ? けひっ、おねえさま〜。いぇいいぇい」
仲間の死体を折り畳んで乱雑に縛り上げるテルシフォンと目が合う。彼女は表面的な笑みを浮かべて俺に手を振ってきた。
アレが妹なのかぁ。まあ、瞳の色とか髪の色とかはさておいて顔の造形自体は確かに似てるな。すっげぇ美人。美人なおかげで異形じみた特徴を持っててもなんとか会話が可能なのだろう。
メンタル面でも、似てるよなぁ……。俺の記憶の中にあるアレクトラとテルシフォン、どっちも他人の話なんか全然聞くつもりがなくて自分の思想を一方的にベラベラ喋るタイプだもんな。
一見他人に対し肯定的な思想を見せるものの、結局殺意とか加虐欲求みたいなものを隠しきれてないんだよな。
アレクトラは人間を『他人を思いやれる優しい生物』と、テルシフォンは人間を『どこまでも頑張れる真面目な生物』と褒めてるけど、の割に根本の部分で見下しているというか"こうあるべき"という在り方を押し付けようとする傾向がある。アレクトラの場合は『争わず、競わず、平等で公平で公正であるべき』だし、テルシフォンの場合は『ふんぞり返って、怠けて、だらけて、腐るべき』みたいなね。
テルシフォンはストレートに人間が堕落する事を望んでいて、アレクトラは自分の玩具が勝手に壊れるのを止めたいって感じか。ろくでもない姉妹だな、本当に。
一応は人間の成り立ちに関わってる女神達なんだよねコイツら。被造物の立ち位置を尊重してなさすぎるだろ。
「あ、の」
「?」
長らく無言を貫いていた紅死穢が厳かに口を開く。
ふむぅ。紅死穢、ねぇ。
あっちにいるカンフー男は紅華とか言ったっけ? 名前の感じで勝手に兄妹かなんかだと思ってたけど、顔とか全然似てないんだよな。
単なる符号、偽名なのだとしたらそこら辺の関係を推察した所で無駄ではあるけどじゃあなんで似通った名前にするのかって疑問点も浮かんでくるわけで。
同系統の能力を使う、みたいな感じなのだろうか?
先程、組織に属してる人間は名前を共有してるのかもしれないなんて推理したけど、もし能力の系統で名前分けしてるんだとしたらヴァジュラ女と同系統の能力を持った別の輩もいる可能性あるんだよな。
やばすぎじゃない? さっきはお仲間さんという足手まといが居たからなんとかヴァジュラ女の事殺せたけど、何も無い状態でサシで戦ったら普通に俺負けてたと思うよ?
てか、アイツ人類の中でも上澄みの実力者でしょ絶対。女に対する絶対防御とかいうバカげたガード性能持ってるし、攻撃の威力もバカすぎるし、途中から空をビュンビュン飛び回り始めたし。
あの足先から出す炎で空を飛びまわる鉄腕アトムモードでヴァジュラを連発されたらどれだけ強い人でもジリ貧を強いられるでしょ。軍隊率いても勝てないぞあんなの。
俺がヴァジュラを止められたのはシンプルに女神パワーのおかげだからな。停止能力がなかったら為す術なかったよ、偶然相性が良かったのにも関わらず辛勝とか笑えない話だっつーの。
「アレクトラ……あなた、の名前はアレクトラ、なんだよね?」
「え? まあ。今はセーレって名乗ってるけど」
「セーレ?」
「セーレ・アイゼントゥールってのが今の俺の名前。まあ、そんなに意味のある名前でもないんだけどね。ただ公にはこの名前を名乗る事になってる。役所に申請されてるから公式ネームはこっちだな」
「結婚、したの?」
「するかぁ。見ての通り10歳女児ぞ当方。まず出来ないっての、年齢的に」
「……それは見た目の話でしょ? 尸斑のお姉さんなんだし、もう何千年も生きてるのよね?」
「それはちょっと違う、と思うぞ? 確かに肉体的には何千年も前に活動していた女神だってのは間違いないけど、どうやら一度封印されちゃったみたいだしな。封印されてる間はこう、コールドスリープ的な理論で加齢もしないって考えるのが普通だろ? 当時のまま保存されてるんだから、10歳の頃に封印されたのなら今の俺も紛うことなき10歳だよ」
「……それだと、色々おかしいのよ」
「おかしい? なにが」
「矛盾してる。だって、だって、あなたは! 髪の色とか、目の色とか、色々違うけど絶対に……間違い、なく」
そこまで言って紅死穢の言葉が止まった。間違いなく、なんだ? てかこの人、俺の知り合いなのか? 見た所記憶にないけどな、こんな美人のお姉さん。
「嘘偽りなく答えて。あなたは人類を滅ぼそうとした復讐の女神アレクトラ、本人なのよね?」
「んー……うん。記憶も自覚もないけどそこは間違いないっすね。それらしき能力も使えるし」
「人類に敗北して、封印されて、その後数千年後にある国で戦争に利用する目的で蘇らされた。……これに間違いはない?」
「えっ。よく知ってんなあんた、それテルシフォンも知らなかった情報だろ?」
「答えて! 間違いないの!? あなたは……ロ、ロドス帝国で蘇らされ、幽閉されていた! 違う!?」
「幽閉???」
知らない情報が出てきたぞ? 幽閉されてたの? 俺が? なんで? 女帝に喧嘩売ったからか?
ふむぅ。確かに幽閉か処刑されても不自然じゃないような会話の流れがあったのは記憶しているが、そこから先はしばらく黒いモヤがかかってて思い出そうにも思い出せないんだよなぁ。
ロドス帝国はいつの間にか滅んでいて、俺は何故かラトナの水没林という遠く離れた地で目を覚ました。その間に起きた出来事については何も知らない。だから幽閉されていたという話を出された所で、はいその通りと答えることも出来ない。
「幽閉についてはごめん、分からない。ロドス帝国での記憶も正直あんま覚えてないかな。あ、あんたアレか? 女帝エリザヴェータに仕えてた元兵士とか?」
「えっ……お、覚えてないって……」
「?」
てか流石にロドス帝国の元兵士って線は薄いか。滅んだのが確か15年前だったもんな。目の前の女性は年齢高く見積っても精々20代前半くらい、ロドス帝国が健在だった頃はまだ幼い子どもだった可能性が高い。
幼い子ども時代に接点があったのか? 俺と? アレクトラに対するロドス兵士の扱いは厄介者、危険人物って感じだったと記憶しているが? 戦場から帰って城に入るまで厳重な警備体制を取られてたし、一介の子どもが接触出来るような存在じゃなかったと思うけどな。
もしかしてこの人、ロドス帝国の貴族とか姫的なポジションの人だったのか? ミネバ・ラオ・ザビの可能性アリか?
はえー。だとすればテルシフォンはさながらハマーン・カーンって所か。いいよなぁキュベレイ、よくガンダムを知らずに買うだけ買った初めてのガンプラがキュベレイだったな。挫折したわ。
その後閃光のハサウェイ見て脳焼かれてクスィーガンダムのガンプラ買ったけどやはり挫折したわ。ムズすぎるだろ、ガンプラ組み立てるの。
「……あなたはあたし達を骨の壁で隠した後、ずっとずっと戦い続けてくれた。見捨てる事も出来たのにそうせず、戦い続けて……その後現れた肉の怪物に飲み込まれて消息を絶った。死んだと思っていた。それが、生きていて、やっと再会できたのに……覚えて、ないの?」
「え。えぇと……」
骨の壁? あれか、異状骨子の事か?
異状骨子で生成される骨は停滞の魔力が流れている。だから触れると自分の動きに対して皮膚の動きが遅れるから簡単にべろっと皮膚が剥がれてしまう。そんな危険なもので壁を作ってこの人を、てか複数人閉じ込めてたの???
隠すというかシンプル生き埋めじゃないかそれ。どうやって抜け出したんだよ、そこが気になるわ。
ていうか戦い続けた?
あー……キリシュア王国とか。確か戦争中だったもんな、当時。ほんで俺も本来なら戦場に投入される流れだったみたいだし。そんなの勿論嫌だしめっちゃ抵抗したけども。
記憶はないけどなんやかんやで結局戦場投入させられたのか、俺。
じゃあなんでロドス帝国が負けたんだ? 自分で言うのもなんだけど、俺って普通にめちゃくちゃ強くね? 不死身だし、ダメージを受ければ受けるだけ身体能力スペックを引き上げれる重奏凌積も使えるし。毒物や呪いの類も俺の血で汚染すれば無力化出来るし人を喰っちまえばソイツの能力も使えるし古傷を開く能力とか三日月が出てる間だけ地上に範囲攻撃パックンチョ出来るし。今回みたいに堕胎告死を召喚すれば集団が相手でも関係ないしな。
戦争という敵味方入り乱れた殺し合いで、その場にいる人間の安否を無視して勝ち負けだけに固執するのだとしたら俺がいる時点で負ける要素なくない? キリシュア王国の騎士ってそんなに強いの?
「……っ? 痛っ……」
急に頭痛が俺を襲う。それに、ピックスさんと居た時に感じた心臓の辺りの痛みも再発した。彼と離れてから一度も感じた事が無かったのに。なんだこれ……?
「……フレ、デリカ?」
あり? ここで何故か冒険者ギルドで大喧嘩カマしたフレデリカの顔が頭に浮かんだ。
フレデリカ・シルバーファング。剣聖ローゼフの娘で、黒い髪と俺と同じギザ歯を持ついけ好かない少女。顔は可愛いのに性格の相性がとことん良くないんだよな、アイツとは。
なんというか、見ず知らずの赤の他人のはずなのにあのガキの危なっかしさを見てると腹の中がすくむような感じがして、あの時の俺はとにかくアイツに小言を言ってやりたい気分になっていた。まあ、関わる必要も無いガチの他人だからそんなお節介は焼かなかったが。
そういえば、あのくたびれた剣聖の近くにいる時は更に痛みが増したように感じたんだよな。
胸の中の空虚感が伝える痛みとでも呼ぶべきか。その痛みの原因が分からないからピックスさんにちょっかいかけまくって、結果俺は絶対に非処女だという結論に行き着いてしまったわけだが。悪夢が過ぎるね、忘れよう。気分が悪いです。
「フレデリカって、誰」
「数ヶ月前に遭遇した猪みたいなメスガキ剣士っすよ。剣聖の娘だって事を鼻にかけて小綺麗な服に袖を通してるのにゴロツキを従えてるよく分からんガキンチョ。あの子、剣の才能があるんだしもっとちゃんとした流れを汲んでその才能を活かせばいいのになぁって。なんか色々惜しいんすよねぇ、努力の方向音痴っつぅか」
「……その、顔」
「ん?」
「その顔、あたしにも向けてた、顔。あたしの…………なのに。……フレデリカ。フレデリカ、なに? なんていう名字。答えて」
「シルバーファングっすよ。フレデリカ・シルバーファング」
「シルバーファング……」
「剣聖、元だっけな? ま、ローゼフってつよつよ剣士の娘さんですわ」
「剣聖ローゼフっ!!!」
「急に鼓膜破れそうな声量!?」
なんか急に紅死穢が有り得ん大声でローゼフさんの事を口にした。凄いなぁ、目ん玉かっぴらいて。ドライアイなるぞ〜、見開きすぎぃ。
「なんでその剣聖ローゼフの娘の話をそんな顔で話すの! なんで、どうして!? 意味わかんない意味わかんないっ!!!!」
「えぇ……そんな顔でってどんな顔でぇ? てかあんたもギザ歯族なんだ。フレデリカとおそろっちだ〜、てか俺ともおそろっ」
「フレデリカもこの歯なの!?」
「えっ、まあ」
「そんな……なんで……」
なにがぁ? 何に絶望して膝から崩れ落ちたぁ?
ふーむ。ギザ歯なんてアニメ的表現で珍しくもないわけだから、様々な亜人や混血の溢れるこの世界じゃそう珍しいものでもないと思っていた。
が、当時のフレデリカの反応や今の紅死穢を見るにこのギザギザのノコギリ歯を持つのは結構珍しいタイプの人種で、これを持つ事を誇りに思ってる奴もいるって感じかな。
そんな高貴さあるかなぁ、ギザ歯に。これ、歯に食べカス挟まった時に取ろうとしたら高確率で指切るじゃん。その経験あるよね? 正直人間の正常な歯の方が使い勝手良いなぁって思わない? 俺はもうただのコンプレックスとしてしか認識してないからね、この歯。まじで鬱陶しいもん、切れ味良すぎるんだよな。
「なんで、なんでなんで……おかあさまは……じゃあ、その剣聖と……」
「そこまでぇ」
紅死穢が俺になにか訴えかけた時、彼女の"影"が彼女の肉体を包み込む。
人型の影がドロっと形を変え、地面に飲み込まれるように消滅する。姿を消した紅死穢の代わりに、それまで離れた所で作業していた筈のテルシフォンの声が俺のすぐ背後から聴こえてきた。
「エッ!? なんか分からないけどやばい事だけは分かる!? 待ってテルシフォンさん待って待ッテ!?」
「む。んー……そういうおふざけな反応される雰囲気じゃなかったと思うけどなぁ〜。おねえさまってば、昔よりもこう感性が俗っぽくなってるぅ?」
「淀れッ!」
分かっていますが? 明らかテルシフォンの雰囲気がシリアス寄りに、やばげな殺意持って俺に接近してきたことくらい把握しておりますが。
背後に瞬間移動してきたのは驚きはしたが、考えてみればそもそもコイツらが登場してきた時も麻雀卓ごとこの場に転移って形だったしな。やれた所で不思議ではない。だから余計な事は考えない。
背後に居るのなら背中側に手を伸ばして停止能力を使うだけだ。さっきは面と向かってたから下手な事出来なかったけど、後ろを取られたのなら相手は抵抗できないだろうって油断するもんだろ。こっちは不意打ちに特化したスキルツリーしてんだ、流石にこの攻撃は避けられまい。
「……ソレ、おねえさまが認識出来るあらゆる運動を強制停止できる能力だったよね。おねえさまがそれを"認識出来た"と定義できる限り、物理的な接触が不可能な対象すらその場に固定させられる権能。でも、唯善は背後にいるから能力適用外じゃなぁい?」
「馬鹿め。俺はもうお前の姿形をしっかり見てるし記憶もしてる。認識外の物だろうがどういう形をしてるか大体分かれば適用出来るんだよ」
「でも、常に形を変えるものに関してはしっかりその目で見れないと停止できない」
「炎とか水なら確かに停止は難しいな。でも人の形は水なんかとは違う、そんなぐねんぐねんに変わるもんじゃねえだろ」
「とも限らない、唯善は人じゃないしぃ。それに、おねえさまの能力は物質界に存在出来る現実の現象にしか作用しない。影は光に当たらない暗い領域であり、その本質は光と同等でありながら光とは真逆の性質を持つ"虚構"の存在そのものなんだよ。故に、おねえさまの停止能力は影化した唯善に干渉できない」
何言ってんのかさっぱりちんぷんかんぷんではあるものの、そうだよなぁ! 喋れてるって事は効かなかったって事だよねぇとりあえず! まっずい、渾身の不意打ちをスカすのはまずすぎる。とりあえず前方ダーッシュ!
「でもって、影も光の一種だから。光速で移動する唯善からおねえさまは逃げられない」
「にょふっ!? ごほっ、ちょっ!? 予想だにしない展開すぎて、腹刺されたのに変な声出し、ちゃった……!?」
腹を押えて倒れる。死にある程度慣れてしまった、それなりに生物として破綻してしまった今の俺でも死にきれずに大怪我を負うのはかなりの苦痛だ。
見上げると、テルシフォンが握る飾りのないシンプルなナイフが見えた。どうやらアレでへその上をぶっ刺されたらしい。腹筋に当たる位置が焼けるように熱い。溢れ出てくる血で指がぬるぬると滑り、肉の断面が擦れる度に電撃のような痛みが背骨を伝って頭まで登ってくる。
いっっってええぇぇ〜〜〜〜!!! くそ〜死ね〜〜〜〜っ!? これなぁ! 表立って喚き散らしてないのはただ単に痛すぎてそんな余裕ないからで、大胆負傷した時って毎回こんな感じに頭ん中大混乱になってはいるからね!? ヴァジュラ女がやたら俺の事化け物扱いしてましたけどぉ、タンスの角に小指をぶつけたくらいで全然大泣き出来るからぁ! 腹をぶっ刺されるとかそんなもんっ、逆に叫べるわけないんだよなあ〜!!!
「うえぇぇん痛いぃ……! こらぁっ、てめぇコラァ……! やってくれたなぁ……!? 中途半端すぎる痛みはアドレナリンも出てこないってぇ……痛いってぇ……」
「いいのぉ? 唯善がおねえさまを殺したらさ、無限回死に続けることになっちゃうよぉ?」
「駄目すぎぃ! 無理すぎるなそれはぁ! でも、痛いぃ……下痢痛レベル100いってるってこれ……っ」
「お腹を刺される痛みって下痢の痛みで喩えられるんだぁ? じゃあ案外そんなでもないんだねぇ」
「そんなではあるからぁ!? えっ、本当に味わってほしいこの痛み!? くおぉ……しかもこれっ、中々死ねないやつじゃん……!」
「丈夫だよねぇ、この肉体規格。胴体真っ二つにしても丸一日生きてたりするもんねぇ。当たり前かぁ、バル様の形を模して作ってるんだもの。そりゃぁずっと生物の頂点であり続けられるわけだよぉ」
「とどめ刺さないならせめて治療してぇ!? 止血してぇ……! ごめん本当に申し訳ない下品な事言うけどぉ、腹筋刺されたせいで力入らないぃ……うんこもれそう……!」
「ふむ。紅華〜」
「げっ」
「今、げって言った? 上司に向かってげって言った? この距離感で? 有り得るかなそんな事」
「言うてへん」
「言ってたよ。一々話なっがいねん趣味ゲートボールけ? って現在進行形で思ってるよね。単純にアホやから話要約できひんノータリンのカスって訳やなくて、ほんまに歳のせいで他の人らと時間感覚ちゃうんやろなこの人。老い先短い死にかけやから最期に良い思い出作ろうと躍起になって周りの反応目に入ってないんやろうね。いや、純粋に周りが見えてへんのか、老眼で。どうでもええわ死ねよボケ老人。って思ってるね今、唯善は騙されないよ。怒るよ? そして泣くよ、まだまだおばあちゃんじゃないのにぃーっ!!!
「あんたの発言の十割がはた迷惑な被害妄想やな。エグいやろ今の一瞬でそんな長文頭ん中で再生しとったら。もう嫌いまであるやんあんたの事」
「ほんと? 思ってなぁい? でもでも、目が口ほどに物言ってるよ。それくらい伝わるよぉ? うぅ悲しい……とりあえずこっち来てぇ」
「えぇ……」
「ほらその反応!」
「あーもう長なる長なる。分かりましたよ行けばいいんでしょ」
俺が苦しむ傍らで、ナイフをクルクルと回し手遊びするテルシフォンの元に紅華という男が歩み寄ってくる。彼は倒れている俺を挟んでテルシフォンと対面すると、軽薄な素振りで軽く会釈しそのまま首を鳴らして言葉を待つ。
「どないしたんです? 儂が手ぇ止めたら炬吏一人で汚れ仕事せなあかんくなるんすけど。可哀想ちゃいます?」
「そーこーは唯善が引き継ぐしぃ。とりあえずさ、このままだとおねえさまが苦しみ続ける羽目になるでしょ?」
「あんたが刺したからやろ」
「唯善が刺したからなんだけどさ。死なないとはいえこのまま放置するのも忍びない。というか報復が怖くてねぇ。きっとおねえさまの性格上、この状態で放置したら後々すごいことしでかしてきそうだからさぁ」
「そんな事しませんけどぉ!?」
「するよぉ、おねえさまの怖さは身に染みて理解してるよぉ。かといって治療するのもそれはそれでリスクだしぃ? 最低限の安全策は取っておきたくてぇ、でも苦しませるのも心苦しいしぃ。ので」
「あぁ。理解したわ。そういう事っすね」
「何も言ってないね?? その理解度は唯善的に結構引くんだけども。まあ以心伝心か。話が早いのは助かるよぉ」
「儂に用あるって時点である程度絞られるっすよそんなん。仮死状態にして置いとけゆう話でしょ」
「そゆこと!」
楽しそうに言うテルシフォンを無視し、紅華がその場で膝を曲げて俺の頭にそっと拳を当てた。
「いでぇっ!? え、えぇ……っ」
拳を当てられた状態でゴリってされた。嫌がらせかな? なんて思っていたら不意に腹の痛みを感じなくなった。
痛みだけじゃない。頭を小突かれた瞬間に全身が痺れたかのように動かなくなった。感覚もない。
瞳も動かせず、口も困惑の形から微動だに出来ない。開きっぱなしになった口からヨダレが垂れる。だというのに、ヨダレが垂れているはずの皮膚感覚も失われている。なんですか? これ。
「おねえさまは殺しても意味が無い。唯善の力で無限回殺すのは有効だけどぉ、まあ、あのクソ姉が唯善の無限を打ち破った実績もあるのでぇ。不確定要素で無力化を図るのはちょっと今の状況下では危険性孕みすぎてるのでぇ、命だけは奪わず身体機能のみを殺してもらった。いわゆる植物人間?」
………………のんっ!? 植物人間!?!? それはそれで駄目じゃない!? 全然望んでる落としどころではないなぁそれは! 確かに死ぬのは嫌と言ったけど植物人間にされるのもちょっとなぁ!?
「せやけど仮死状態のこの子が見つかったらちょっとした騒ぎになりますよ。やし、魔法治療を受けたらそれこそお姉さん持ち前の権能とやらで勝手に蘇生しはるんちゃうかな」
「どのみち騒ぎが起こるのは避けられない事象だよぉ、ここまで戦闘の跡を残されたら隠蔽工作もままならないしぃ? だからいっその事、ここら一帯の自然物も動植物もまとめて殺しちゃっといてぇ〜」
「えらいド派手な選択肢取ったっすね」
「木を隠すなら森の中。死体を増やせば増やすほど、被害を増やせば増やすほど犠牲者の特定は面倒になるのだよ紅華くん。人が消えた所の話じゃない大災害を起こしてしまえば行方不明者の意識なんて頭の中からすっと薄くなるでしょう? 発見が遅れればお姉様の自然回復も自ずと遅くなる。衰弱死するまで放置されればこちらとして万々歳で危なげなしに出国出来るしぃ?」
「ま、なんでもええっすけど。でも近くの村にゃそれなりの人もいはるっすよ。それらはどないするんすか」
「巻き添えでいいんじゃない? それこそていうかぁ、人死にが沢山出てくれた方が好都合だしぃ」
「こわぁ」
ちょ、待てやコラ! なにイカれた事言ってんのこの人!? 駄目だ微塵も身体が動かねぇ〜! 目ェ開きっぱなしなせいで涙止まらない! 目ん玉が酸っぱいよォ〜誰か助けてぇ!
「じゃあね〜アレクトラおねえさま。そのうち餓死すれば勝手に全回復するでしょう? それに、お腹の傷もあるからすぐに衰弱死出来るだろうし。忙しいもんねぇ異端審問官って。ちょっとした休暇を楽しんでね〜」
呑気な事を言いながらテルシフォンは炬吏と共にどこかへと消え去っていった。1人残った紅華は深いため息を吐いた後、その場に座り込んで俺の羽織っている上着をペラっと捲り裸体を凝視してきた。
……おい。何やってるコイツ? なに真顔で動けなくなったロリの全裸を眺めてんだ。ロリコンか? キツすぎるって。大犯罪者やんけ。
「にしても、こんなちびっ子が尸斑の姉かぁ。不思議な事もあるもんやなぁ、毛ぇも生え揃ってへんのに」
ぶっ殺すぞ!? 初対面時にも股間を凝視してきてたけどなんなのこの変態ロリコン野郎!? 顔面整ってる癖に辻褄合わなさすぎるエグ性癖備えてるやんけコイツ!
とんでもない変態ロリコン野郎を置いていきやがったなあのデカ女! これでなんかとんでもない事されたら本当に、本当に本気で報復しに行くからな!? 絶対仕返ししてやるからなぁ!!! 覚えてろクソ妹もどきがああぁぁぁぁぁっ!!!




