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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
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59話『血の繋がった身内』

「おねえさま、おねえさま! おねえさまおねえさまおねえさまおねえさまおねえさま!!! 我が麗しのアレクトラおねえさま! 唯善(わたし)の唯一愛して止まないおねえさま! 見れば見るほど間違いない、さっきまでは半信半疑だったけどその死人のように生気のない瞳! 色褪せても死臭の取れない臓腑の練り込まれたような髪! 肉を千切り命を喰らう被造物に似せる気が微塵もない醜悪なその牙! 間違いない間違いない! あなたは正しく紛うことなきアレクトラおねえさまだ! ねねっ、ねねねねねねねねねねねねねねねおねえさまおねえさまおねえさま!? どうしたのその魂どうしたのどうしたのっ!? 唯善の傍に居た時よりもずっと希薄でずっと希釈されたかのような憎悪も快楽も薄まったその魂はなに? なんでそんな男のような魂をしてるの? 誰よりも淑女然とした可憐にして純情な花の魂は何処へ行ってしまわれたの? おねえさま、おねえさま!」



 おっ……と? ジロジロと観察されたと思えばなんだこれは。


 どうしたこの人。急に様子がおかしくなったぞ? さっきまでは取り付く島あっただろ。取り付く島にウラヌス落っこちたって。ルルシア王国と同じ末路辿ったって。一気に近寄りがたくなっちゃった。


 ねねねねねねって電波ソングの歌詞にありそうな連呼の仕方しないもんな普通。吃音症だとして辻褄合わないもんねそれは。異常な精神性してるキャラを演じてない限りねねねねねねにはならないのよ。


 狂人の真似をするのもまた一種の狂人だからな、関わらないでおこう。当たり障りない受け答えだけしてさっさとお帰り願おう……。



「あー……まあ………………っスねぇ」



 やべ。何を返したらいいか分からなくてその場しのぎの意味の無い単語を吐いてしまった。だって怖いんだもん、様子のおかしい人を目の当たりにしてまともなコミュニケーションは取れないよ。



「ん、ん、どうしたのおねえさま? そんな真っ当で正気を保った人間のような困惑した様子を見せるなんておねえさまらしくないよ! おねえさまはいつなんどきでも余裕を持って優雅に、自分のペースを崩さずに会話の優位に立っていたじゃない! 優位に立ってこんな風に、こぉんな風に相手に圧をかけながら言葉を掛けていたじゃない? 唯善は敬愛するおねえさまの話し方をなぞって話してるだけなんだよ? 人ってね、好意的な相手の言動所作を無意識に真似るものなんだよ? 無意識下で真似るものを意識して真似てるんだよ唯善の愛は伝わるよね!? 唯善の恋は成就するかなっ! ねねっ、おねえさま、好き! 結婚して!」


「……姉妹、なんですよね?」


「大丈夫だよぉおねえさま唯善求められればすぐに男の肉体を用意するし! それともおねえさまが男側やる!? おねえさまは死なないもんねっ! 脳と心臓をそのまま男の死体に突っ込めばそれで生物として成立するもんねそっちがいい!? おねえさまは常に責める側だもんね! 優位に立つ側だもんね! おねえさまが望むのなら唯善は猫にも豚にもなるよぶーぶー! おねえさまっ、おしおきしてぇ!」


「……」



 不適切な表現を使いますね。

 キチガイでしょ。ガチのキチガイでしょこの人。急に地面に寝転がったと思ったら犬みたいなポーズし始めたぞ。こっわぁ。


 どうしたらいい? どうするのが正解? とりあえず目を瞑っては見たものの、聴こえてくるもんね荒い呼吸音が。ツレ居たよね、この人。どんな気持ちでこの光景見てるんだろ、まともな思考回路持ってたら今後の関わり方変えると思いますけどね。



「あの……そこの赤髪の女の人」


「えっ。な、なに」



 ほらぁ面食らってるじゃん。声掛けただけなのに驚かれたぞ、このキチガイと一緒に麻雀打ってた若い女に。こいつに突っかかられただけで俺まで変な奴みたいな目で見られてるよ。勘弁してくれよ本当に。



「なんで唯善じゃなくて紅死穢に話しかけるの? おねえさまと話してるのは唯善だよね?? なんで? なんでなんで!? どうして唯善の方を見てくれないの! ねえ!」



 勘弁してくれよ、本当に。顔近いなぁ。相手の方が身長あるもんだから圧がすごいや、押し潰されそう。



「じゃあそのポン酢って人じゃなくてあんたに訊くわ。なあ、俺とお話する前に一旦病院行かないか? 投薬しよう、一旦。そうしたら会話に付き合ってやるよ、ガラス越しに」


「え、どうして? お薬? 精力剤!? キャー!」


「キャーじゃない。精力剤とは言ってない。とりあえずあんたの躁のテンションが天元突破してるから抑制する必要あるだろって話だよ」


「媚薬!?!?!? キャー!!!」


「キャーじゃない。鼓膜は機能してるか? それとも頭か? 機能不全起こしてるのは。精力剤とも媚薬とも言ってないんだよ、安定剤が必要なんだよ。多少鬱らせなきゃダメなバイタルしてるだろあんた」


「唯善の精神はこれまでにないくらい安定しているよ! 数千年ぶりに安定していると言っても過言じゃないよ! なんたってもう二度と目覚めないと思っていた愛しの愛しのおねえさまが目覚めたのだもの! こんな幸せな事他にあるだろうか? いや、ない! あ〜んおねえさま大好きちゅっちゅ〜!」


「そっか。今までが鬱状態だったんだな。じゃあ鬱であり続けろよ、一生萎え散らかしててくれ。精神の不調に困窮していてくれ。それくらいが丁度いいよあんたの場合」


「どうしてそんな酷いこと言うのぉ!? うんん、酷い事を言うのがおねえさまらしいか! そう、そうね! おねえさまは他人の心の傷を抉って負の感情を啜るのが至上の快楽愉悦としていたものね! 残酷、陰湿! 善意なんてこれっぽっちもない生まれついての悪意の嬰児!!! そんな所も愛おしい、愛おしいわっ! 人類全てを愛してると嘯いて閉じ込めて生かさず殺さず違う、違う違う! 殺したのに死なない永遠の監獄に閉じ込めて、もう死んでいるからそれ以上死ねないという論理的矛盾の袋小路に閉じ込めて輪廻から外れた世界で苦しめてその苦痛を啜るだけの愛を知らない嗜虐の獣たるおねえさまに唯一愛されるなんて最上の幸福だよ! 特別感に溺れちゃいそうになる! 欲しい、欲しい、おねえさまからの純白な恋心がほしい!」



 ディスられてない? 愛しいと言っておきながらコケ下ろしてない? なんですか、悪意の嬰児って。 なんですか、純白な恋心って。コナン映画の副題? 無理だよ、少なくともなんちゃってヤンヘラセリフでスラップ刻む大キチガイに恋心を抱くことは無いよ。



「あ、てかてかおねえさま! おねえさまがもしよかったら唯善のやろうとしてる事に協力してよ! 唯善達姉妹でしょ? ねねねねねね! お願いお願いお願い!」

「え? なん」

「唯善達ね、人類を滅ぼそうと思ってるの! だって人類ってさ、人間ってさ、頑張りすぎてるでしょ? 努力は必要な事だけど必要のない努力までしてるでしょ? おねえさまは人間に"飢餓"と"死"を与え、愚姉(メイリス)は人間に"感情"と"美醜"を与え、ようやく神々の奴隷を降りて自由になる権利を与えられたのにそれでも自分が壊れるのを省みずに行動する人間を哀れに思って"限界"と"成長"を与えたのに! それで人間は自分達を支配する神々を妬み! 嫉み! 裏切り! バル様を斃して事実上のこの星の頂点に君臨したというのにまだ己や他者に労働を強いるでしょ!? それっていけないことだよね! だってさ、奴隷を使えばいいじゃん? なんなら奴隷じゃなくてもゴーレムを労働力にして自分達は自由気ままに縛られない生活を謳歌するべきだよ! でも人間はそうしない! 怠惰という義務を放棄して、惰性という善を忌み嫌い、倦怠という警笛を無視して頑張ろうとする! 誰かの為に、自分の為に、自分の将来の為に、なんて建前で自分を立派に見せたいという本性を包み隠しあたかも聖人ぶって人並み以上の頑張り屋さんなのだと周りに見せつけている! そんな人類、滅ぼす以外にもう救えないよね!? そう思わない!?」


「うーん。なんて?」


「唯善が最後の工程を終わらせた事で無限を失い完全なる生命に立てた人間は隣人を愛し、自然を尊び、輪の広がりを喜び、文明を発展させてきた。それはとっても素晴らしき事、尊いことだよ間違いなく。けどさ!? もう神々を引きずり下ろして何年経った、何千年経ったと思っているの!? 人間はこの星の王種たる存在なのに未だに奴隷時代の名残りが消えず、労働に時間を割くなんて馬鹿馬鹿しくて堪らないよ! 人間と同じくらい、ううん人間なんかよりも遥かに優れた労働力になる魔物や亜人は沢山いるよ! ゴブリンやオーク、獣人族がそう! ならそれらを奴隷にしてしまえば手っ取り早いのに何故そうしない? 愚かだよ! 数十年前にキリシュアとかいう国が獣人族を人族として認め、人権を保証するとか馬鹿げたことを言い出したけど! 何も分かってないそれじゃ何の意味もない! 唯善達は人間より劣っているから頂点の椅子を譲ったわけじゃない! 王は王たる振る舞いをしていなきゃ王とは呼べない、人間はその役割を全うできてないんだよ! ていうか自分達が発展させた魔法技術、ゴーレムの運用方法を活用出来てない! この世の遍く事象は全て自動化できる時代になったんだよ!? それなのに何故人間はまだ自分達で仕事をこなそうとするのか! 分からない、理解出来ない、そんな無駄は許容出来ない! 滅ぼさなきゃダメ、それもただ滅ぼすんじゃなくて自分達の愚かさを噛み締めて滅んでもらわなきゃ!」



 長いって。何? 急に魔王セリフ吐き出し始めたぞこの人。

 人間は無駄が多い、だから滅ぼす? 無駄が多いからって絶滅させる理由にはならないだろそれは……。


 てか無駄って言いますけど、要は差別してる種族を奴隷にするかゴーレム……俺の居た世界で言うAIとかロボットにあたるものか。それらに仕事を一任すればいいのに何故そうしないかって理屈だよな。


 そこはまあ、色々あるだろ。まず奴隷に関しては倫理的な観点で良しとしない国は多いだろうし、そもそも種族単位で人類が非人類を支配しようとしたらそれこそ大戦争が勃発するだろうしな。そんな分かりきった事をするほど人間も馬鹿じゃないっていうだけの話な気するけど。


 そんでもってゴーレムは……どうなんだろ。流石に化学が発展した世界でも何でもかんでも自動化できる訳じゃなかったし、この世の全てを一任させるだけのゴーレムを製造するってなったら膨大な時間とコストを要するのではなかろうか。


 構想から実現まで数百年単位で時間がかかるようなものを、果たして人間が着手するだろうかという話ではある。

 そんな先の未来のことを考えてるほど暇じゃないんだろ、世の中の人らは。今を生きるのに精一杯なのに、不確定要素の多い未来のことを考える方が無駄って話。



「まぁー……俺は、パスで」


「え? どうして? おねえさまだって人類の事を滅ぼそうとしたよね?」



 それは俺では無い方のアレクトラの話だなぁ。



「分かってるよ。おねえさまは人類が憎かったわけじゃない。おねえさまは人類を愛していた。人類を己の手で傷つけ、苦しめる事が何よりも好きだった。だからおねえさまは自分の手が届かない所で勝手に人間同士が争い命を奪い合うのが許せなかった。人類ではなく戦争を、争いを憎んだ。勝手に殺し合うのなら、いっその事人類全てを抹殺して自分の鳥かごに閉じ込めようとしたんだよね? 人間同士が互いを憎み合うなんて悲しすぎる、人間が憎むのは自分だけでいい。そうじゃなきゃ意味が無いし"愉しくない"から、人類全ての敵となって手と手を取り合わせてその上で人類を絶滅させようとした。人間の絆が固く結ばれれば、人類が滅んだあとの死者の世界でおねえさまの手によって苦しめられる人間の互いを想う心がより深く傷付くから、より美味しく負の感情を味わえるから。だから人類を抹殺しようとした。過程は違うけど結果は同じだよ? 唯善がしようとしてる行いだってきっと全人類から脅威認定されて最後にはこちらに牙が向く。おねえさまの悲願だって叶うんだよ?」


「えぇー……なんて言えばいいかな。とりあえず、人類を滅ぼすってのはちょっと今の俺にとって好ましくないかなぁとだけ……」



 そんな思いで人類を滅ぼそうとしてたのかよアレクトラ。ちゃんと邪悪じゃん。みんな仲良しこよしで死んじまえって思ってたのはなんとなく知ってはいたけど、その内訳は『仲間意識を芽生えさせて苦しみを共有させること』にあったとか。どんだけ性格悪いの? 悪魔より悪魔してるじゃんね、そんなの。



「……………………けひっ。やっぱ駄目かぁ。そうよねぇ、おねえさまったら、他人の心を読む事に長けていたものねぇ」


「え?」


「他人の苦しみを味として認識できるおねえさまにとって、読心術は娯楽を愉しむ為の大切な要素だものね。嘘偽りはお見通し、結果は同じだけど過程は違うって上手い言い回しだと思ったんだけどなぁ。それじゃあ誤魔化しきれなかったか」



 なんだおい。またガラリと性格が変わったぞ? 今度は気怠げに、ゆっくりと緩慢で張りのない声で喋り始めた。


 前髪をかきあげるな、探偵に犯行手順を見破られて自供し始めた犯人か。



「おーいポン酢さーん。あんたのお友達情緒不安定すぎるぞ。早く病院連れてってくれー……」


「あの子は紅死穢ね。偽名だけど。ポンズってなぁに?」


「それよか今度はどうしたんすか。テンション0、100やってます? 今から学芸会でも始めんのかな」


「どうって、おねえさまには唯善の考えてる事が筒抜けなんでしょぉ? だからこの提案に乗らなかった。違う?」



 え??? いや、別にあなたの考えてる事なんて1ミリも分かりませんが。理解しようとも思わないよ、テンションきっしょいもん。



「ほら、その目。冷ややかな目ぇ、その目ぇする時はいつも唯善の考えてる事なんてお見通しだった。見透かされた上でそれを言わず、唯善に喋るだけ喋らせて内心馬鹿にしてたんだよねぇ。酷い人。でも、そんな所も大好き。尊敬するおねえさま」



 あっ。おねえさまラブはこのダウナーモードでも継続なんだ。揺るがないなぁ。



「いいよぉ、今回も気付かなかったテイで自信満々に唯善の考えを口にするさぁ。そうでもしないと途端に興味なくすんだものね。おねえさまったら、唯善が何も言わないと『つまんないの』って素っ気なく言うものね。酷い酷い、本当に酷い人ぉ」



 なに勝手に不貞腐れてんの? やめれるか、1人で勝手にぺちゃくちゃした後に萎え散らかすの。どんだけ卑屈なんだこの人、めんどっくせぇ〜。



「唯善が人類を滅ぼそうとしてるのは本当だよぉ、そこは大口を叩いたわけじゃない。でも、直接この手で滅ぼすわけではない。おねえさまにも滅ぼせなかったんだもの、きっと人間は誰かに滅ぼされるという事においては絶大な抵抗力を発揮するんだと思うし。だから、自滅させるの」


「自滅?」


「そう。さっきも言ったけど、人間って努力家でしょ? そして知的好奇心に溢れていて、道具に出来るものならなんでもかんでも解明し、身近な物にしてその実用性を試す悪癖がある」



 悪癖かどうかはさておいて、確かにそういう側面はあるな。電気関係の発明とか、飛行機とか、この世界で言えば魔法関係がそれに当たるか。



「唯善はその好奇心を利用する。簡単に言うと、色んな国に"コレ"をばらまこうと思っているの」



 テルシフォンがそう言った瞬間、彼女の影がボコボコと隆起し次々と何かが具現化されていく。



「銃……?」


「よく知ってるねぇおねえさま。そう、これは異なる世界で流通していた、その世界の人類を滅ぼすきっかけとなった武器である銃だよ」


「異なる、世界……」


「勿論それだけじゃないよぉ。銃の他にも爆弾やガス兵器、戦車や戦闘機、戦争に使われていた物ならおおよそ記憶してこの世界でも利用できるように再現してある。原子爆弾や核兵器なんてものもあったようだけど、それを使われると唯善まで巻き添えを食らいそうだから作ってない。でも決戦級の兵器より格が落ちる代物なら一式揃えてある」


「へ、へぇ〜……それを、世界にばらまくのか?」


「そうだよぉ。まずは戦争を怖がっている弱小の国にこれをばら撒く。彼らは自衛のために他国に向けてこれを使うだろうね。そしたら今度は戦争に勝ちたがってる中途半端な軍事力の国にこれを配る。戦火はどんどん混乱していき、かつての強国は見る影も無くなるだろうねぇ。そうしたら今度は強かった国にもこれを配る。それを繰り返す。色んな国、色んな民族に武器を配り歩く、戦争が止まないように少しずつ、少しずつ期間を空けてね。そうすれば世界は混乱へと陥り、人間が持つ結束力はどんどん脆くなっていくだろうねぇ。人間は努力家だ、自分や家族を守る為ならどれだけでも残酷になれる。故に戦争は終わらない。戦争を終わらせようとする王様が居たのなら、反乱因子により強い武器を与えるよぉ。卑怯者や裏切り者が力を持てば滅びは必定となる。卑怯者や裏切り者は誰にも庇護されないし共に戦ってくれる者も居ないだろう。勝手に死ぬ。誰かの為、何かの為に誰もが必死に戦い、争い、命を奪い合う。そんな勤勉さのせいで人類は滅ぶんだ。けひっ、きひひひひひっ。それってとっても滑稽でしょ? ねね、おねえさま。どうかなぁ? 唯善の考える人類滅亡のシナリオは」


「えっ。えー……悪趣味?」


「悪趣味なもんか。みんな一生懸命戦うんだよ、それをお手伝いするだけじゃないかぁ」


「そもそも戦争の火種を作ろうとしてるんじゃんあんた……」


「違うよ。人間はね、力を持った途端に争いたくなる生き物なの。唯善はただ選択肢を与えるだけ、戦えと言うつもりはないよ。武器を与えられても戦わない選択肢を取ったのなら別にそれでもいい。まあ、そんな国はどうせ他の国に滅ぼされちゃうけどねぇ」



 そーれーはそう。思い当たる節あったわ。つい先程俺も自分で言っちゃったもん、一般人が過ぎた力を持ったら暴走するのが定石だろって。コイツの意見を否定するには自分に嘘つく必要あるもんなぁ。



「どうだろ、人間って案外そこら辺も賢い生き物だと思うぜ? 過ぎた力を手にした所で、安易にそれを使おうとなんてしないんじゃないか?」



 自分に嘘をつく? 余裕だね、そんなの。心にも無い言葉なんて吐けて当たり前だ。全然真顔で言えちゃいますよ。



「というか、どうしてそこまで人類を滅ぼしたいんだよ。努力家だから憎いのか? 頂点の椅子を奪われたから憎いのか?」


「え? 話聞いてなかったのぉ? 唯善、人間が憎いとは一言も言ってないよぉ」


「じゃあ滅ぼすなし」


「でも生きてる限り人間は何かを頑張り続けなきゃいけないんだよぉ? 努力してなきゃ何物にもなれない、そんな思いを漠然と抱きながら自ら寿命を減らす壊れた生物に安息を与えたいと思うのはそんなに不自然かなぁ?」


「安息を与えるのは良いけど、殺すに繋がるのが短慮なんだよ。何も殺す必要はないだろ、そんなに人間にだらけてほしいなら各地の王様に掛け合って休日を増やすよう進言しようぜ。その方がよっぽど平和的じゃないか?」


「……なにそれ」


「人間に殺し合いさせようってのもナンセンスだしな。それってさ、人類を滅ぼしたいけど責任は負いたくないって言ってるようなもんだろ。何もかもが勝手すぎるんじゃないか? 事の発端が人間は頑張りすぎっていうお節介な話なのに急に殺されて、その上自己責任にさせられるとか。当人からしたらたまったもんじゃねーよ。いいからほっとけよって話だろ、そんな頑張りすぎとかさ」


「…………けひっ。きひゃひゃっ、ああそうかそうかぁ。そうだった、おねえさまは人間同士の戦争が嫌いなんだったねぇ。人間が嫌い合うのが許容できない、同じ種なら仲良くしてほしいんだった。そりゃ理解してもらえないわけだぁ」


「うーん戦争については無い方がいいなぁとは思うけども。そういう話をしてるのではなくて」


殲滅銃装左腕レフトアームズ・ガトリング


「えっ。おっとぉ!? おぉっとおっとっとマシンガン!? マシンガン!!!?!?」



 テルシフォンの左腕がボコボコと形を変えて、肘から先が回転式の機関銃のように変貌する。その複数ある銃口が一斉に俺の目の前に突きつけられている。


 怖すぎです。剣先を向けられるよりも怖いです。だってテルシフォン、全然顔が笑ってないんだもの。今すぐにでも弾丸ぶっぱなしてきそうな顔してるもん。後ずさりしちゃったけど射線切れてないんだよな。



「理解して頂けないなら仕方ない。おねえさま、大好きだったよぉ」


「"だったよ"やめて!? 今後も好きでいて!? 妙な真似やめよう!? かっこいいなぁ左腕マシンガン! サイボーグみたーい!」


「おねえさま……死体にはちゃんと服を着せてあげるからねぇ」


「そこの心配はしないでいいからとりあえずお手手を元に戻そうか! ねっ! お姉ちゃん銃口向けられて怯え切ってるよ!」


「おねえさまには止まぬ者(エル・アレクト)っていう不死身能力があるのは知ってる。だからそんな風に余裕でいられるんだよねぇ」


「余裕でいられてるかなぁ!? 素っ裸だからチビってないだけで服着てたら多分小便出してるくらいには怖がってるけどなぁ現状!?」


「でも残念。忘れちゃってるだろうから改めて説明するけど、唯善は万物を絶対に殺せる殺害特権の『殺める者(エル・ティシポネ)』を保有してる。唯善がおねえさまを殺せば、おねえさまが生き返る度に自動的に死を上書きできる。無限回蘇生出来るとしても無限回死を強制できる。だから、おねえさまは唯善には勝てない。絶対にね」



 エーーーーーッ!!!?


 ちょっと話が変わってきたぞ。何この人俺の特権にウィークポイント突ける異能持ちなの!? 無限回蘇生出来ても無限回殺せる??? なんですかその概念バトル特有の自分ルールの押しつけみたいなの。早い話最強ではなく? 即死確定系は主人公サイドが持ってないと法外能力ですよ〜!?



「……なんのつもりぃ?」


「土下座ですが」



 降伏するしかないじゃんね。はい。裸土下座ですよ。情けないね〜今の俺。


 流石にこんな情けない姿見せたら見逃してもらえるよね? 全裸幼女が土下座してんだよ? 見逃さなきゃ駄目でしょそんなの。



「おねえさま」


「必要とあらば靴も舐めますが。泥水も啜りますが。死にたくないでございやす」


「……」


「待って銃口背中に押し付けないで怖い怖い怖い怖い!!!」


「唯善、おねえさまの事は本当に尊敬してたんだよぉ? おねえさまはあの出来損ないのメイリスなんかよりよっぽど姉として、女神として真っ当でかっこいい生き方してたんだもん。それが、数千年ぶりに会ったらこのザマ? どういうことぉ? 魂もなんか変わっちゃったし。……信仰のせいで劣化しちゃったんだね、色々と。そんなおねえさま、見たくなかった」


「実は俺未だに現状を把握出来てなくてぇ! テルシフォンの事もあまり理解出来てないので記憶を取り戻すためにも会話のターンを挟まないっすか!? もう一度! 余計な茶々とかは入れないんで!」


「うん、大丈夫。おねえさまはもう、遠い昔に居なくなっちゃった。そう思うことにしたよぉ」


「身内の事は大切にしよう見て見ぬふりは良くないよ!? 同じ血の通った家族なんだよぉ! 家族殺しは悲劇そのものじゃないかなぁ!」



 ぎゃああああっ!!? 背中の銃口が更に力強く押し付けられてる! 妹君はお怒りだぁ! どうしたらこの状況捲れますか!? 怒り狂った妹の落ち着け方を教えてください誰かぁ!



「ま、待って尸斑(シフォン)!」


「? どうしたのぉ紅死穢。炬吏と紅華(ホンファ)は死体の回収をしているよぉ? このくらいのお仕事を他人に押し付けるのは感心しないなぁ」


「そ、その子どもを殺すのはまだっ」


「子どもじゃない。アレクトラおねえさまだよぉ」


「ご、ごめんっ。ア、アレ……アレクトラ、さんを殺すのは。早計じゃないかな」


「ん〜? なになに、耳打ちぃ? …………ふん?」



 なんだ? ホンジュイとやらがテルシフォンに耳打ちしてる? こっちをチラチラと見ているが、何を吹き込んでるんだ?



「にゃ、る、ほ、じょ。ふ〜む、確かにそういう事ならぁ、確かめる必要はあるかもぉ? 紅死穢の事は純粋に友人と思っているしぃ、ここまでよく働いてくれたしねぇ」


「あ、ありがと」



 ? テルシフォンの腕が銃型から人間のものに置き換わる。助かった、のか。



「ね、ねえ。……アレクトラ」



 紅死穢が足早に近付くと、羽織っていた上着を脱いで俺に被せてくれた。


 なんだこの人、やけに俺に優しいな。ホンファとかいう、恐らくこの人の兄貴(顔とか髪色は全然似てないけど名前的に多分そう)は俺のマッパを見ても服を貸そうとしてくれなかったのにな。それに関しては自称妹のテルシフォンもそうか。冷たい人ばっかだよ世の中。



「ちょっと、あなたの事について質問したいんだけど」


「イエスマム。命の恩人様」


「……なんか気持ち悪いからやめて。それ」



 ひんっ。感謝の気持ちを伝えるつもりだったのに冷たくあしらわれちゃった。悲しい……。

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情報量が多くて分からん! 人間は元々生まれた(造られた)時点で完成した天使みたいな存在でそれに死とか感情とか限界とかを与えて、それが完成した生命?不完全さこそ美しいみたいなもん? アレクトラの自分が共…
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