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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
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58話『やぶ蛇』

「まじか。勝てちゃったよ。やってみるもんだな〜悪あがき」



 一度は戦闘不能に追いやったアサシン達が続々と戦線に舞い戻ってきて、これもう数の暴力で負け筋濃厚じゃんってなったからやけくそで使った召喚能力堕胎告死(ケルブ)。正直そこまでこの能力を信用していなかったのだが、俺の想像よりも遥かに優秀な働きをしてくれたおかげで絶体絶命のあの盤面をひっくり返せてしまった。


 どうやらこの巨大赤ちゃん、肉体を損傷する度に個体数を増やすパッシブスキルを持っているらしい。いいね、召喚した後に殺さない程度にボコしまくれば手軽に戦闘人員を確保出来るのか。便利ー。


 便利なわけないわ。俺コイツを召喚する時に腹破裂してたし。痛かったし。あと発動するためのリソースが魔力以外にも色々あるし。数人程度を相手に使うんじゃ全く代償が釣り合ってない。せめて痛みのないぽん置き召喚できるようにしておいてくれよ。



「例に漏れず悪役が使ってきそうな技だし。激グロ巨大赤ちゃんを召喚するとか涅マユリの卍解じゃん。おかしいな、俺の戦闘用BGM空色デイズだと思ってたんだけど。まるで不似合いな技しか使えてないわ今ん所」



 自認だとこれまで出会ってきた人達の中でも最も勇者たる精神性を持ってると自負してるんだけどな。弱めの四天王みたいな能力携えてんじゃん俺、納得いかねぇ〜。



『もちゃもちゃ』『きゃきゃっ、きゃははっ』『あう。ぶぶぅ』



 屈指の大活躍を見せてくれた赤ちゃん達は一心不乱に敵連中の肉をしがんで笑いあっている。鮮血で染め上げた全身を震わせて不気味に笑いながら散り散りになった人の肉を貪っている。


 萎えちゃうな、自分の召喚獣に神聖さとかけ離れたおぞましい怪物ムーブされると。どうせ産み落とすなら光り輝くペガサスとかグリフィンドールの剣持ってくる不死鳥あたりがよかったな。



「ほんで、ゲームなんかと違って召喚したコイツらを仕舞うって事は出来ないんだよな。不便だなぁ、召喚獣なんて戦闘終わったら自動的にポケットに収納されなきゃストーリーシーンの邪魔でしかないやんけ。くそぉ、事前にフレンドリーショップ寄っとくんだった〜」



 後先考えない悪癖の弊害ここに現れり。ビジュアルがちょいキモいだけの根は優しい魔獣とかだったなら他人様に迷惑かけることもなかったけど、誠に残念ながらコイツら人間に対して異常な程の殺意抱いてるんだよな。だから放置なんて出来ない。どうしましょ。



「それにグラニウスも死んじゃってるし。ああもう、本当に……」



 赤ちゃん召喚獣の事もそうだけど、グラニウスの件も結局どうオチをつけたらいいのか分からない。これ、聖堂に持ち帰ったとして今後どんな展開が待ち受けるんだろうな〜。


 ミルティア教の聖地で起きた司祭殺し。容疑者として有力なのは同聖堂で活動する修道女で二人には肉体関係があった。犯行動機は痴情のもつれか……。


 終わりです。今の予想のまま行ったらまあ終わり。処刑免れない、ギロチンが落ちる音とゆっくり霊夢になった俺の死に顔が脳裏にチラついた。それか火刑に処されるか首吊りさせられるか、良くて監獄に終身投獄って所だろうね。歴史的観点で考えて。


 修道女が司祭を殺すって時点で割と詰んでるのに殺害場所が"聖地"なのが輪をかけてヤバすぎる。アニメ的な聖地なら別にどうでもよかったんだけどノリで言えばバチカンだもんねここ。駄目すぎるでしょ、そんな場所で殺人なんて起きちゃ。


 この事件きっかけでルドリカ堂内部で起こってる淫蕩祭りが世界に広まったらそれこそ俺に全責任おっかぶせられるの目に見えてるしなぁ。

 教会全勢力に敵対されて隠れ蓑として俺の評価を散々下げるような噂を流布された後に正義の名のもとに大処刑されるに決まってる。教会の闇を一身に背負って死ぬのが目に見えてるよ。後の世に残る俺の異名はきっと大淫婦ですよ。またアレクトラのあだ名1個増えちゃうよ。



「いっその事屍人(アンデッド)にしちゃうか? ……いやぁ〜、でも言うて当初の目的通りに事が進めば来年にはこの街を去るしな俺。よく分からないまま寄生させられて、殺されて、蘇ったと思って平和な日常を送っていたら急に体が腐り始めて、何も分からないまま死体に戻っちゃうとかグラニウス視点生き地獄すぎるか」



 まあ、いい歳こいた大の男が女児に本気めの発情催して変態調教ぶちかましてきた前科があるから一旦ざまあみろと思いはしたが。にしてもだ。キモいからと言って死んでいいわけではないし、一度死んだ人を無自覚なまま蘇らせて、放置してもう一回死の恐怖を味わわせるってのは報復としてはやりすぎだもんね。


 蘇生能力に期限とかなかったら迷いなく使えたんだけど、屍人の生命維持は介護が必至って所が都合悪すぎる。ピックスさんを屍人化させちゃってる俺にとって二人目の傀儡を作るのは望ましくないんだよな。手に余りすぎる案件だ、誰かに魔力供給役を委託出来たら良かったんだけどなぁ。



「つぅか別に俺が殺したわけじゃなくて賊が全部悪いんだけどな。なんて言っても、もうその賊の死体も残ってないしグロ赤ちゃんも処理しなきゃなんないから結局証拠が残らないって部分で言い逃れは難しいし。最初に喰い殺した女の足はまだ残ってるけど、それを見せた所でどうなる。俺の罪状にキルスコア1個加算されるだけだよなぁ……」



 一人くらい生きた状態で残してくれたら責任も擦り付けられたのに。理性のない怪物相手にそんな事愚痴っても仕方ないか。



「夜逃げか蒸発か、どっち取ろうかな。逃げ切れるだろうか。大陸全土に浸透してる宗教っぽいけど。……無理だなぁ」



 無理筋だわな。大陸にいる人らのほとんどがミルティア教の信徒ではあるもんね。異端審問官になって知ったけどリアルアサシン部門なるものも存在確定してるし、逃げ切れる気しないわ。



「あぁ〜〜、やっばい。なんで俺全裸なんだよ。やばすぎて逆に関係ない事に意識向きまくるわ、シンプル野外露出マンじゃん俺。勘弁してくれ。いやそこは勘弁しなくていいから今後の俺にどうか現実味のないご都合展開起きて一切の不利益を被らないという奇跡起きてくれ。頼む、神様、頼むって。助けてくれー〜」



 自ら生み出した激グロ赤ちゃんの処理とグラニウス死亡の言い訳、戦闘の余波でぶっ壊れた森の件とか賊とはいえ虐殺しちゃってるのもよく考えたら罪に問われておかしくないラインの行動だ。過剰防衛でしかないし死体を食わせるとかただの死体遺棄。著しく人道に反した残虐な行為に値してる、どう取り繕っても極悪人扱いされるのは免れないだろう。


 極刑の二文字が頭を離れない。どう考えても罪が重すぎる。そんでもって俺は死なないからその場合はどうなる? 飽きるまで繰り返し死刑に処され続けて、飽きたら生き埋めか幽閉辺りか? なんで不死身キャラのありがちな末路をそのまま辿ろうとしてるの、悲惨すぎるって。



 ……ていうかなんでファンタジー物なのに自由に無双出来ないの? おかしくない? 無法地帯であれよ、魔王軍暴れててくれよ。


 そうだよ、人類の共通敵がいないからこんな規律と法で雁字搦めになってんじゃん。法律とかまともに機能しないくらいめちゃくちゃな世界になっていてくれないと駄目でしょ。都合悪すぎるよ。


 ……いや絶対そうだよな? 一般的な現代人が魔法なんて謎パワー持ったらさ、みんなこんな感じの転落人生辿るに決まってんじゃん。過ぎた力を手にして調子に乗るのが定石だろ。後先とか着地点とか考えないだろ、力に溺れない方が異常だし狂人だよ。

 だってそれ、物覚え良くて授業内容みっちり頭に入ってるのにわざと答案に間違った回答書いて赤点取るようなもんだぜ? そんな事する理由無くない? ならテスト自体受けなければよくない? 白紙回答でよくない? ってツッコミ入るでしょ、それと同じくらい当たり前の事だろ。力の使い方間違えるってのはさ。だから俺の行動は何も間違ってないわけで。



 なーにべちゃくちゃ考えてんだ俺。あほらし。

 現実逃避しすぎて意味の分からない思考を巡らせてしまった。誰と言い争ってんだ、これ以上自己正当化を図るのも虚しいしやめよ……。



「………………はあ。とりあえず後処理だけはしとくか」



 ビジュアルが赤ちゃんの魔獣、しかも自分で産み出したって所もあって余計に倫理ライン大幅に飛び越えてはいるものの、これに関しては仕方ない。気は進まないが、せめて苦しまないように一思いに殺してあげよう。


 ……一思いに殺せるような技って持ってましたっけ? そんな高火力速攻撃破タイプの魔法使いじゃないよな俺。


 殺せればいいって話なら、停止能力使った後に体を粉々にすればいいか。南無三。



「裁徒」


「……んぁ?」



 まさに今、手で触れようとした直近のデカ赤ちゃんの腹の中から女の声が響いた。


 さばとって言っていたか? さばと、サバト……? 悪魔信仰かなにか? ……あ、そういえば賊の1人がそんな単語で呼ばれていたような。



『んぎゅっ、もぴゅあっ……?』



 直後、バリバリバリと肉が裂ける音が鳴り響いた。何事かと頭上を見上げると、目の前の堕胎告死が風船のように膨張しやがて肉体維持できる限界を超え爆散してしまった。


 豪雨のような血が降ってきて全身が赤く染まる。オマケに肉の塊まで飛んできて腕を打撲した。折れなくてよかった。


 周囲の堕胎告死達が異変に気付きこちらに近付く。その内の一体が、破裂した堕胎告死の体内から伸びた光によって肉体を縦に真っ二つにされる。



「マジか。デカブツに喰われて生きてるとか奇跡体験だろ。エレン・イェーガーかてめぇは」



 破裂した堕胎告死の腹の中からスーツを着たアジア顔の女が這い出てきた。女は小脇にお仲間のものと思しき肉塊を抱えている。表情は涼しげだが……仲間を殺られたことにお怒りって感じだろうか?


 スーツ女は俺を一瞥すると、残った堕胎告死に視線を戻し緩慢な動きで手のひらを向けた。



「藍蝶」



 女が死んだお仲間の名前を呟く。すると、彼女の手に青白い光が集まり何かを形成しだした。


 物質が具現化し女がそれを手に掴む。作り出されたのは銃だ。それも戦争映画なんかで見るような、三脚がついた機関銃のようなものだった。



「いや世界観。魔法の世界にマシンガン持ち込むなよアホ。……てかそれ、地面に接地して扱う武器じゃないの? 片手で持つのならその三脚は不必要じゃん。腰撃ちするようには出来てないってそれ」



 スーツ女は具現化した機関銃の三脚の付け根に靴底を押し当てると、そのまま銃身をグリグリ動かす為の機構と思しき部分を押さえて乱射し始めた。


 耳が潰れそうな大迫力の射撃音が連続で鳴り響き、銃口から放たれた重く鋭い弾丸が堕胎告死達の身体を抉っていく。千切れた破片から肉体を構成しようとする個体にも弾丸の雨を降らせることで増殖を抑え、圧倒し、怪物を死滅させたスーツ女はようやく機関銃から手を離してこちらを向き直った。



「わ、わ〜。こっちに向けられなくて良かったぁ。リアルマシンガン、こえ〜……」


「……」


「……でも、マシンガンを腰撃ちできるような筋力あるなら単にボコ殴りしてれば手軽にアイツら殺せたと思いますけど。わざわざ銃を取り出したのはなんでなんすか。見せたがり?」


「……」


「……てか、あの。え、なにこの時間。俺の事は殺しに来ないんだ? 普通に考えたらマシンガン掃射をこっちに向けてきそうなもんですけど」


「……」



 なんでコイツずっと黙ってるの? 口、ついてるよね? たどたどしくはあったけど異世界語も喋れるよね? なんで顔面凝視されてるんだ今。


 具現化した機関銃はスーツ女の手を離れたことで崩壊し、粒子となってそのまま消滅した。女は小脇に抱えていた死体を地面に降ろし、更に別の場所からもお仲間の死体を拾ってきて、一箇所にそれらを纏めて改めて俺の方を見た。



「敵対の意思がないってんなら、そのー……今後の俺の為に一役かっ」


「悪魔は」


「ん?」


「悪魔は、まだあるますか?」


「あるますかはカタコト外人でもないだろ。アーニャだろそれは」


「ない?」


「さぁ。グラニウスの死体はもう動かないし、一緒に死んだか逃げたんじゃないっすか。ま、寄生虫が本体剥き出しでそんな遠くまで動き回れるとも思いませんけど」


「是吗」



 おぉ。ネイティブ中国語っぽい単語出てきたな。異世界云々の話題にあんまり食いつきよくなかった割にそこら辺は隠そうとしないのな。



「丁度いいや。あんたに訊きたいことが」


「那我就不再需要你了」


「はい? なんて」



 急に女が猛スピードで距離を詰めてきた。敵意をバリバリに感じたので慌てて斧を起こして横薙ぎしたがスーツ女は姿勢を低くして刃を躱し、俺の胸に手のひらを当ててきた。



「ごふっ!?」



 最初はなんてことは無い掌底だと思った。でもスーツ女が地面を勢いよく踏み込むと、当てられていた手のひらがより深く俺の胸に沈み込んで一瞬呼吸を止めさせられた。


 胸の肉を掴んで俺の体を持ち上げたスーツ女が身を捻って俺を地面に組み伏せる。



「藍蝶」


「ッ!? ぎゃっ、あああぁぁぁっ!!?」



 立て続けに女が仲間の名前を呟いた瞬間、彼女の背後から四本のそれぞれ異なる剣が出現し俺の両手両足にそれらが勢いよく突き刺さった。


 彼女が動き出してから制圧されるまで一瞬の出来事だった。反応はかろうじて出来たのに一切の抵抗もできず磔にされてしまった。


 剣も魔法も使わず組み伏せられるとか、まじか。怪力を持ってるわけでもなく、純粋な身体能力で筋力バフかけてる俺を組み伏せたのか!? 腕っ節にはそれなりに自信あったんだけどなー俺!?



「裁徒」


「ちょっ!? それ痛いやつ痛いやっ」



 スーツ女がサバトと発すると見覚えのある光が彼女の手に宿った。それは戦いが始まる前、不意打ちで俺の頭を吹き飛ばした攻撃と全く同じ光だった。


 目の前が白く染め上げられ、また顔面が吹き飛ばされる。痛い痛い熱い痛い! これ相手視点一瞬で蒸発してるように見えてるんだろうけど全然一瞬じゃないんだよね、頭蓋骨の下が焼き切れるまでラグがあるの! 想像絶するんだよこれ! クソッ、こいつマジでええぇぇっ!!!



「死了? 唔……那你说我该怎么办呢」


「……異状骨子(グラトニクス)!」



「? 棄狂」



 自己蘇生が入って意識が戻った瞬間に異状骨子を使って肋骨の槍を生成しスーツ女を奇襲する。しかし骨の先端はスーツ女の皮膚を貫かず、そのまま表面を滑って攻撃は失敗に終わった。



「今の手応え、あのヴァジュラ女とまるっきり同じだなァ。てめぇも防御系能力持ちかよ」


「果然不死。……非常麻烦的」



 スーツ女が忌々しそうな顔で俺を睨む。その顔したいのはこっちだっての! 防御パラメータにステ振ってる奴の対処法はさっきの戦闘で得た所だ、即殺決めてやる!!



「ッ!」


「逃げんな!」



 停止能力を使おうと手を伸ばしたら躱された。でもあまり距離は取れない、女の背後には俺が伸ばした肋骨の壁があるからだ。

 初見殺しで申し訳ないが、別にこれ骨をそのまま真っ直ぐ伸ばす能力じゃないんでな。節さえ作っちゃえばクネつかせることも可能なんだわ!



淀れ(とまれ)!」



 骨の壁にぶつかり足を止めたスーツ女の瞳孔が小さくなるのと同時に彼女の脇腹に拳を当てる。それと同時に停止能力を使い、女の肉体を空間に固定した状態で拳を振り抜いてやった。


 角砂糖のように肉体が脆くなった女は、俺にぶん殴られた事で下乳から太ももの付け根までの広い範囲に円状の大きな風穴が空いた。肉も骨も纏めて粒子になったおかげで向こう側が綺麗に見える。はい、即殺完了ですと。



「……ッ!? 发生什……ッ、紅死穢(ホンジュイ)ッ!」



 ここにきてようやく鉄仮面を取ったスーツ女が吐血混じりにポン酢? みたいな発音の単語を吐き出した。


 肉の大部分が削れて倒れかけていた女が既のところで踏みとどまる。見ると、彼女の傷は俺が使う自己蘇生のようにまるで時間が巻き戻されるかのような異様さで塞がっていくのが見えた。


 武器を取り出す能力に魔力砲を放つ能力、異常なまでの頑丈さに加えて不死身? 少なくとも不死身に近い再生能力持ちか。


 え、特殊能力の欲張りセットすぎない? そんな多種多様な能力を一個人が所有してていいものなの? とりあえずチート防御力と不死身は抱き合わせで持ってちゃダメな組み合わせだろ。それもう事実上突破不可能じゃん。タンク役として優秀すぎるでしょ。



 ……違うな。コイツが使ってる能力はどれもこれも賊のお仲間が使ってたものだ。武器を取り出す能力はあのカンフー男ので、魔力砲はツインテチャイナ服、異常な防御力はヴァジュラ女。再生能力だけはよく分からないが、もしかしたら俺が冒頭に喰い殺した女が持ってた能力なのかもしれない。


 仲間の能力を使えるってやつか? 死んでるのに? むしろ死んだから使えるとかって可能性もあるか。で、多分その能力を使用するには仲間の名前を口にする必要があるんだよな。



「じゃあ、首を切り落とすか喉を潰してやればいいわけだなァ?」


「ッ! 藍蝶ッ!!!」



 斧を持って地面を蹴ったら女は勢いよく後退しながらカンフー男(と思しき)名前を叫んだ。その瞬間彼女の目の前の空間に魔力の光が集まり、ちっこい足のような物がついた金属の箱が複数現れた。なにこれ?



「ワイヤー? ……これじらっ」



 それが地雷だと気付いた瞬間に箱からこちら方向にのみ爆風が襲ってきて無数の鉄球が飛来してきた。一方向にのみ影響を及ぼす地雷とかあるの!? めちゃくちゃずるじゃんそんなのっ、スーツ女も巻き添え食らえや!!!



「はっ、ははひゃはぎゃははひゃひゃっ!! でも即死させたら意味ないんだよなァ! 手足へし折った方が時間稼げたよぉ〜〜ぎゃははははっ!!」



 まだ完全には再生しきってないが意識が肉体に宿ったので筋繊維丸見えのまま突貫する。


 ん〜っ、風が神経に直当たりして全身ビリビリする〜痛すぎ〜〜〜っ!!! でも脳内麻薬ドバドバのおかげでむしろ気持ちよくて笑いが止まらないや! 良くないなぁこれ、殺されて気持ちよがるとかマゾ極めすぎてて自分にドン引きしちゃうな〜!!!



赫葷(カグン)!!」


「ま〜たどこの誰とも分からねぇ名前叫びやがったなァ! あんた自分オリジナルの能力持ってねえのかァ? 人のもん借りて戦うとか虎の威を借る狐かってぇの!!! ぎゃははははっ!!!」



 焦ってるくせにスーツ女は足を止めて地面に両手を付ける。錬金術でも使うのだろうか? 土の壁を作られた程度じゃ今の俺は止まらないぞ。戦斧の力で雷落としまくって動けば感電、動かなくても電熱で蒸し焼きの二択を押し付けてやる!!!



「ろーーん!!! ダイサンゲン、ツーイーソ、スーアンコタンキッ!!! これ、これ、ヨンバイヤクマンってやつだよね尸斑(シフォン)っ! ねねっ、これ何点? あたしすごい? あたしすごいー!?」


「うん待ってね紅死穢。すごいな、教えたばっかりなのにもうそんな残酷で凄烈な役を作れるんだ。お姉さんびっくりしちゃった。紅華(ホンファ)、お金貸して」


「なんでやねん。何度目やねんほんま。あんた賭け弱すぎ……って、なんや。なんか儂ら、いつの間にやら何処かに転移させられたみたいっすけど」


「む? 本当だ。赫葷かな? これは黒縄門(こくじょうもん)の……違うなぁ。炬吏が使ったのか。どうしたの炬吏? お姉さんの事が恋しくなったのかな?」



 おいおい。おい。いい加減にしてくれよ、ポンポン新キャラ増えるじゃん。アホみたいなペースで敵が追加投入されるじゃんかよ、もうとっくに食傷気味なんですよ。バトルタワーかここは。



「ごめんなさい。悪魔捕まえなかった、あとみんな死にました」


「捕まえられなかった? おかしいなぁ。聖地って言うんだから、こわぁい悪魔もここでなら弱体化すると踏んでたんだけどぉ? そんな単純な話ではなかったって事かな?」


「邪魔された、です」


「邪魔された?」


「あの子どもが茶々入れてきたんちゃいます?」



 ゲェ! ガチでもう余力がないから尻尾巻いて逃げようと思ったのに捕捉されてしまった!



「んー。んっ、ん、ん、んーーーーーーー??? 異端審問官は、悪霊や悪魔が力を増す夜間に活動をすることは無い。警備員みたいな役割の人はいるけど、そういう連中は異端審問官落ちした大した事のない連中だと記憶してたんだけどなぁ。新しい方の紅死穢と、それと裁徒はまあまだ日が浅いし刺し違えられるくらいはあってもおかしくないと思うけどぉ、藍蝶と棄狂まで殺されるなんて有り得るかなぁ。棄狂が殺されるのは只事ではないなぁ。男の異端審問官? なにそれぇ、オカマは差別の対象なんじゃないっけぇ? ミルティア教って」


「女児やろどう見ても。ちんこついてないやんアレ」



 おい。人を指してアレって呼ぶな。それ以前にファーストコンタクトでなに人の股間見てんだよ。ファーストコンタクトで全裸姿である俺サイドも第三者からしたら変質者なんだけどもさ。



「女児ぃ? なんで女の子が棄狂を殺せるのさ? 紅華、同僚の能力忘れちゃったのぉ?」


「他に誰もいいひんし。状況から見てあの子どもがなんや暴れてはったって考えるのが自然やと思いますけどね」


「ふむぅ。どれどれおいしょっと」



 何処からか麻雀卓ごと空間転移されてきた三人組の内、1人の女が気怠そうに立ち上がりこちらを見る。


 女は、長身でスラッとした体格のスーツ女より更に頭一個分身長が高い。多分180センチに届いてると思う。それでもって髪の色は深い紺色で、足元まで髪が伸びているせいか身長との相乗効果でまるで柳の木のように見える。



「ん? あれ?」



 立ち上がった女はゆらゆらと幽霊じみた動きでこちらに近付いてくる。そして、俺のすぐ目の前で足を止めると目の高さを合わせるように体を曲げてこちらの顔を至近距離で観察し始めた。


 ……コイツ、絶対人じゃない。白目が黒くて瞳が青みがかった紫色をしている。なにより後頭部にある二本の巻き角が人外である事を示している。


 悪魔がどうこう言っていたが、この女こそ悪魔そのものなんじゃなかろうか。容姿もそうだし、なんだか身に纏う気配が人とは違う気がする。近くにいるだけで心拍数が上がって、本能的な重圧を感じて息が苦しくなる。


 コイツと戦うのはやばい。そう俺の生存本能が訴えかけてくる。なのに微動だに出来ない。ここまで接近を許したらもう逃げられないって肉体が理解してるせいで逃亡を諦めてしまっているんだ。


 チート能力集団との連戦明けに出てくるのがこんな化け物とか、どれだけツイてないんだよ俺は。今後どう立ち回るか、なんて平和ボケした事を考えていたのが懐かしく感じる。


 ……この距離なら停止能力は使える。殺せるかは分からないけど足止めはできるはずだ。一瞬、相手の動きを止めた隙に全力疾走するか。目的地はどこでもいい、とりあえず身を紛らわす事が出来ればそれで十分だ。タイミングを違えるな、一歩間違えたら取り返しのつかないことになる。



「おねえさま?」


「……っ、は?」



 隙を探していたら急に"おねえさま"と呼ばれて頭の中が真っ白になる。


 お姉様? 誰が? ……俺が? 巻き角女の方もポカンとした顔で「目覚めたんだ? 久しぶりぃ」などと呑気な口調で言っている。



「え。お姉様って、俺が? 人違いではなく?」


「顔が同じだしそれ以上に魂が全く同じだし人違いじゃないよぉ」


「魂……」


「本当に久しぶりぃ、何千年ぶりぃ? 愛しの妹であるテルシフォンちゃんを忘れちゃったのぉ? 思い出してよぉ〜!」



 テルシフォン。


 テルシフォン、テルシフォン。……いや誰だよ。誰だよでしかないよ。てか何千年ぶりって。


 何千年ぶりって。じゃあこの人、人というか、神? 女神、だよね。女神アレクトラの実妹の、女神テルシフォンって事だよね?


 ええぇぇ……? こんなタイミングで肉体主の身内に遭遇するんだ。そんな事ある? 普通に戦うより面倒な流れになりそうな予感しかしないんですけど……?

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