52話『姉を自称する不審者』
「ごめんなさい、遅れました……」
「いいですけど、なんか息荒くないです?」
「なんでもないです!!!」
「……? えっと、足大丈夫ですか? なんか震えて」
「なんでもないです!!!!!!!」
深呼吸をして太ももをぶっ叩き調子を整える。ふぅっ、リセット完了。持ってきた戦斧を前に突きだす。
「言われた通り持ってきましたよ、私の斧。言っときますけど私、ちゃんとガチるとめちゃくちゃ強いですからね」
「存じておりますとも。遠慮はいりません、思い切り私に斧を振るってみなさい」
ふむ。存じた上で全力で来いと? 自信満々か。俺の怪力を間近で見てきたのに随分余裕じゃないか。
テストロッサは両手を広げた状態で無防備に立つ。
……え? ノーガードで攻撃を受け止めようとしてる? 怪力云々がないにしても、刃物を肉体で受け止めるのは無理があるでしょ。何考えてるんだこの人。
「あ、でもただ攻撃を受けるというのもつまらないですし、ちょっとしたお遊び要素を加えましょうか」
「お遊び要素ですか?」
「はい。セーレだって、何も無くただ私を攻撃するのはつまらないでしょう?」
「それはそうですね。人を殴って悦に浸るサディストでもありませんし」
「ですね。なので」
テストロッサは腕を組み思考を巡らせたあと、遠くの方に見える時計塔を指差す。
「あの時計の長針を見て、5分経過するまでにセーレが私を傷つけられなかったら私の勝ち。セーレの攻撃で私が傷ついたらセーレの勝ち。どうです?」
「……ふむ?」
「私はこの場から一歩も動きません。セーレに有利なルールですよね。どうです?」
「えーと。いいんですか? そんなの、ほぼ確で私が勝っちゃいますけど」
「問題ありません。今の私は最強なので!」
また出たな、最強自認。
どんな隠し玉を持ってるのかは知らないが、5分の間身動き1つ取らず一方的に攻撃を受けるってなったら無傷でいるなんて絶対に無理でしょ。
ふーむ。慎重に行くべきか考え無しに突貫するべきか。五条悟とか一方通行みたいな能力を持ってるんだとしたら考え無しに突っ込むのは得策じゃないよな。こっちに攻撃跳ね返されるとかたまったもんじゃないし。
「私に勝てたら、上層部に直接掛け合ってすぐにでもセーレの等級を上げてもらうよう進言してもいいですよ? どうです?」
「え!」
なんと!!! それは間違いなく願ったり叶ったりな要望じゃないか!
二等審問官になれば上層部とのコネクションも出来るから神父に媚びへつらう理由がなくなる! 今の俺にとって何よりも欲している条件だぞそれは!!!
おいおいおい。報酬としてはこれ以上ないくらいの好条件を提示されちゃったよ。どーーーしよ。あれこれ必死に思考してた脳が一気に権利欲に染めあげられちゃった。焚きつけるの上手いなーこの人!
「言いましたからね! 私が勝ったら上層部に良いように伝えてくださいよ!!」
「おっ! 条件を飲んだと言うことでよろしいですか?」
「よろしいです! 人をボコすだけで出世出来るとか最高すぎる!」
「清々しい発言ですねぇ。であるならば、私が勝った場合の想定もしておかなくてはなりませんね!」
「……そうですね?」
ニコ〜っと笑っているテストロッサの表情に深みが増す。笑顔の圧が強くなる。
嫌な予感がするのはきっと気の所為じゃないんだろうな。何を言い出すつもりなんだ? この人は。
「では私が勝った場合、実家の家族にセーレを紹介します!」
「……ん?」
「セーレが正式に私の妹になるよう、親を伴い個人情報の変更を行いましょう。私は世界を股に掛ける一等審問官なのでそれが可能です、その権限があります」
「ん、ん?」
「名実共に私の妹になるのです!!!」
「声大きいや。怖い事言ってます? もしや」
「実妹になったら一緒に住む家を買いましょう! 服は基本この服を着ることが義務付けられていますが、寝巻きや部屋着の指定は無いので好きなものを選べます。お揃いの服を買いましょう! セーレに似合う服の候補、10着以上既に購入済みなのですよ! ふふふっ、着せるのが楽しみです!!!」
「購入済みかぁ……もしかして、こうなる事を前々から狙ってたりしてました?」
「一緒に暮らしましょうね♡ セーレ♡」
「あれ。今の言葉届いてたかな。えーっと……私、実はラトナの街に残してる仲間がおりまして。なのでその、一緒に住むというのは……」
「ではお家はラトナ近辺に構えましょうか。私の担当地区もラトナに変更します。お仲間さんですか、姉として挨拶しなければですね!」
「……ゆくゆくは冒険者ギルドに属する為にフリーの異端審問官になるつもりなので、独立した異端審問官と一等審問官がくっついて行動するのはあまり良くないのでは……テストロ「お姉」お姉ちゃんって立場的にも上層部に食い込んでますし」
「社会的地位など家族の絆の前には何の効力もありませんとも。私はセーレの姉なのです、妹第一で行動して何の問題が?」
「姉じゃないという入口の部分で既に問題がありますね」
「これから姉になるのです。本当の姉にね」
怖いや。なんでキラキラ光り輝いてる瞳で狂気を演出できるんだろ。
「ま、まあ。私が妹になるかどうかは勝敗で決まるので……」
「必ず勝ちます」
「真っ直ぐな目。曇りがないの怖すぎる」
「また昔のように抱き合いながら寝ましょうね」
「曇ってたわ。ありもしない過去見ちゃってる」
「では、始めましょうか」
暗闇に浮かぶテストロッサの笑顔がニタァ〜っと歪む。受け身全一スタイルで勝負始まるんだよね? やる気満々な雰囲気を感じてるのは俺の気の所為って事でいいんだよね?
「いつでもどうぞ」
「……全力でぶち当たっても怪我しないんですよね?」
「はいっ!」
「なら、まあ。言質は取ったので」
怖いが、常日頃テストロッサから受ける扱いや外聞の流布に思う所ありまくってたからな。
これを機に心ゆくまでボコって今後の接し方を改めてもらおう。
「重奏凌積」
全身をめちゃくちゃに強化してから大地を蹴る。得体の知れない能力にはとりあえずヒットアンドアウェイだ。一発斧を叩き込んですぐに距離を取ろう。
一呼吸の間に直線距離を詰め、最短でテストロッサの目の前に接近し力いっぱいに戦斧を振るう。
ドゴォ! と大きな衝突音が響く。俺の戦斧は躱される事も防がれることもなくまともにテストロッサの土手っ腹にぶち当たった。
……いやいや。まともにぶち当たったんだとしたらさ。音がおかしいよ、ドゴォとは鳴らないでしょ。刃物をぶち込んだんだよ? せめて肉に食い込むべきだ、なんで皮膚で斧の刃を受け止めている???
そうなってほしくは決してないのだが、にしても今の勢いで刃物をぶち当てられた人間が原型を留めているのはおかしすぎる。
テストロッサは平然としていて、むしろビリビリとした震えと痛みで俺の方がダメージを食らっている。金属バットを思い切り地面に叩きつけたかのような感触だ。
「今ので全力ですか?」
「……」
とりあえず距離を取る。
流石に全力で叩き込んだ訳では無いのだが、にしても大声じゃないと会話出来ない距離を一瞬で詰めてそのまま威力を殺さずにぶつけた攻撃なんだぞ? 無傷でいられるのはおかしいじゃん。じゃあ矢を受けたり銃弾受けたり、なんなら投石器で攻撃されても効かないって事になるじゃんか。
斧の刃を確認する。刃こぼれは特になし。刃に指を押し当ててスライドしたら普通に指の腹が少し切れた。ふーむ……?
いや、切れ味云々とか関係なく、人間大の鉄の塊をぶち当てられて平気なのはおかしいんだって。ちょっぴり頭がバグりそうになるわコレ。
「グズグズしてると時間が過ぎてしまいま」
「おりゃっ」
話している最中なら気が抜けるかなと思い手首のグリップで戦斧を振りテストロッサの肩に刃をぶち当てる。が、やはり相手は無傷で服にしか切り傷はつかなかった。
そのままブンブンと連撃を繰り返すがどこを打っても肉が切れる感触はない。どこをどう切り込んでも皮膚を裂けずに表面に鈍くぶち当たるのみ。テストロッサの表情も変わらない、相変わらず余裕そうな笑みを浮かべている。
「……っ、ふぅ。やーば、なんでこんな硬いんすかあんた」
「ふっふっふ。降参ですか?」
「はぁい。ここまでやって無理なら降参ですね……」
と、項垂れると同時に思い切りテストロッサの脳天に斧をぶち落とす。
効果はなし。
戦斧を大きく一回転させもう一度脳天をぶっ叩こうとしてるように見せかけ、テストロッサの意識が頭上に向いた瞬間に左手を振ってテストロッサの眼球目掛けて親指を突っ込む。
「い゛っ!?」
完全に虚を突いた攻撃ではあった。テストロッサもかなり驚いた表情で後ろにのけ反ったから。でも彼女の眼球は潰れていなかった。
俺の左手の親指がボッキリ折れてしまった。人間の眼球を突いたのにだ。それは流石におかしいだろ。
「あらあらあら。降参って言っておきながら舌の根が乾かないうちに攻撃するとは」
「ッ!」
上げていた戦斧をテストロッサの足の甲に落とし、ついでに戦斧の柄の部分を踏んづけて思い切り力を込める。
戦斧が大きくしなる。だがやはり、かなり本気に近い力をかけたのにテストロッサは顔色一つ変えなかった。
テストロッサの靴は当然刃によってバックリと口を開けたが、その下にある彼女の足には傷を付けられなかった。眼球すら破壊できないってなに? 全ての生物の共通弱点でしょそこ。
「眼球って内臓ですよね」
「そうですねぇ」
「……全身硬い敵キャラを攻略する時って、大体目玉を潰すくだりがありますよね。そのお約束を破っちゃうのはどうなんだろうって思いますけど」
「と言うと?」
「さっきの目突き、木の幹に穴を開けるくらいの威力はありましたけど」
「ですねぇ」
「それを受けて、鍛えられるはずもない内臓が無傷ってのは一体なんなんですか。化け物じゃないですか」
「指で木に穴を開けれる方が化け物では? 拳法の達人みたいじゃないですか」
「この世界に関してはそんなでしょ」
結構そこら中に鍛えてる人いるし、魔力によっては身体強化できる物もあるしね。怪力なんて大してレアでもない、テストロッサの防御力の方がずっと異常だよ。
感触的に魔力バリアを張ってるわけでも無いんだよな。まともに受けてこの硬度? 人間ダイヤモンドじゃん。カチコチすぎ。
「そろそろ時間ですが、もう終わりですか?」
「…………あ〜。日没の加護、でしたっけ。テスト「お」お姉ちゃんの能力」
「そうですね。能力とは少し違いますが」
「それを使って体がカチンコチンになってると?」
「そうですね」
「無理を承知でそこをなんとか大目に見て教えてほしいんですけども。日没の加護の内訳を教えてください。それ、単に肉体を強化させてるんですか? それとも概念的なバリアとか、魔力を分厚く張ってるとかそういうのなんです?」
「内訳? 説明した通り、夜になれば強くなるってだけですよ」
「簡潔すぎるんだよなぁ。なんか弱点とかないんですか」
「弱点? うーん……餓死とか溺死はしますよ? 当たり前ですけど」
「当たり前すぎるな」
それは弱点というかなんというか。もうちょっとこう、踵が弱点とかこの属性は通るとかそういうのを聞きたいんだわ。
「ふーーむ……お姉ちゃん」
「! はいっ、なんですか妹よ! ついに私と姉妹の契りを結ぶ覚悟ができましたかオーケーです今すぐに街を発ちましょう善は急げです!」
「その話は置いといて「え!?」お姉ちゃんのつよつよモードって、魔力に対する耐性が出来たりもするんですか?」
「え? そういったものは特に……ですが、そもそもこの戦闘服自体が魔力耐性を備えてるので属性魔法は効果薄いと思いますよ?」
「了解です」
なるほど。防御力バフは物理攻撃にのみ有効と。それならまあ、やりようはあるな。
斧刃を叩き爪で引っ掻く。その軌道に合わせて雷の魔力を引き出し、戦斧を帯電させた状態で斧を肩に担ぐ。
「あら。それは……雷属性の魔力ですか」
「はい。流石に雷をぶち込まれても無傷だなんて言わないっすよね? ここはゲームじゃなくて現実だ。電流を流されて無事に生命活動を維持できる生物なんて存在しない」
「生物としては確かにそうでしょうけど、異端審問官の服は魔力耐性が付属してると言いませんでしたっけ」
「……完全には防ぎきれないでしょ。火傷は免れても、多少の電流で心臓をおかしくしたり脳を焼き切るくらいは出来るんじゃないすかね」
「どうでしょうねぇ」
俺が何を言ってもテストロッサに焦りの感情は発露しない。その様子を見るに、物理攻撃というか自然的に発生する現象全般が今の彼女には通用しないんだろうなって思った。落雷を受けても火のダルマになっても耐えそうな感じする。
やっぱりこの攻撃しか通用しそうにないな。斧の魔力出力を上げ、バチバチとけたたましく放電する斧を担いだままテストロッサに歩み寄る。
「……そんな攻撃が通用するとは思いません。が、膨大な力を放出しながら近付いてくる姿には迫力がありますね。物凄い音と光、今まで戦ってきたどの敵よりも恐ろしく思えます」
「そりゃ光栄ですわ。あんたの言う通りどうせ通用しませんけどね」
「はあ。ではどうして未だに攻撃を続けようとするのです?」
「お前ざっこいな〜って嫌いな奴に言われたらムカつきません? 力の差分かっててもなんとか取り返しのつかない怪我を負わせたくなるのが男心でしょ」
「セーレは女の子ですよね?」
テストロッサの確認を無視し斧を前に傾けると同時にめちゃくちゃ強引に魔力を引きずり出す。魔力を出せる限界値の基準、抵抗力みたいなのを遥かに超過した魔力が外部に放出された事で戦斧がオーバーフローし白い光が広がる。
すぐにこの光は収まるが、代わりに斧が熱暴走を起こすので即座に柄から手を離す。そして眩しそうに目を瞑るテストロッサの太ももに手のひらの一部分のみを当て、戦斧に行ったのと同じ要領で手の先から己の魔力を放出する。
「……これ、なんの魔力……っ?」
テストロッサが自身の太ももの一部分を通過した魔力に違和感を抱く。
やはり予想通り、彼女とてプロの戦闘屋なんだから俺の魔力に触れればやばそうって事には気付くよな。だからこその目眩しだ、無駄打ちにならずに済んだぜ。
「淀っ、壊れっ!!!」
あっぶね!? つい停止能力の方を使いそうになった!? そっちを使ったら確殺決まっちゃう、死柄木弔にハグされた人になっちゃうよ。駄目すぎる。
面での範囲が限りなく狭く、奥行への攻撃に特化した貫通能力を使用し彼女の太ももの肉を僅かに削る。
これなら即死はしない。……しないけど、骨まで削っちゃってるからかなり大ダメージを与えてしまったのでは? あれ、咄嗟にここを攻撃場所に指定したけどもしかしてミスったかこれ。
「っ!? い、いったあああぁぁいい!!!? ちょっ、私の足!? セーレ!? 何したんですかこれ!?」
「あ、あ、えっとごめんなさい! いやそのっ、本当に何やっても通用しないからつい切り札を使ってしまったというか、ど、どうしよ!? とりまこれ止血……止血できる範囲かなぁこれ!?」
「お肉ゴッソリ持ってかれてますよぉ!!! こんな大ケガ負ったの初めてです!!! 痛い痛い痛い!!!!」
「ですよね!? ど、どうしようほんとに!? あっ、治癒術師さんの所、とかっ! 薬とか持ってきた方がっ!?」
「必要ないです! こんなもの、気合いで……!!!」
「良いわけないでしょ横になって安静にしてください! 心臓より高い位置に足を固定して! うわわっ、足先に攻撃するべきだった? でもそれだと足がそのまま千切れちゃうか……」
「……再戦です、セーレ」
「んぇっ?」
とりあえず太ももに空いた穴ボコをどうにかしようと葉の部分が大きな植物を千切り聖水で濡らしながら集めていたら背後から震え声のテストロッサが妙ちくりんな事を言い出した。
「もう一度5分間……今度は、私が、セーレに傷をつけられたら、今度こそ、妹に……」
「いやあの、そんな事言ってる場合じゃっ!?」
「開始ですっ!!!!」
号令よりも早く迫ってくる風を感じたので思い切り横にジャンプしたら俺がしゃがんでいた地点の大地がバカンッ!と破砕した。
凹んだ地面の前には拳を振り下ろしたテストロッサの姿があった。姿勢を正す彼女の拳からパラパラと土が落ちる。太ももの傷から血がブシュブシュと吹き出てるのになんで平気そうなんだ……?
「待って! その傷で動き回るのはやばっ!? 危なあぁぁい!!?」
テストロッサは俺の言葉を無視して再び拳を振り下ろしてくる。ドガン! バガン! ドッゴオォォン! と馬鹿みたいな破壊音が連続で響く。
連続で繰り出されるパンチの尽くが大地を抉り飛ばしている。俺が言うのもなんだけど、この人も大概怪力馬鹿なんだな!?
「テストロッサさん! あんたが強いのは分かったからもうやめましょ!? それ以上は傷に響きますって!!!」
「テストロッサさん!? お姉ちゃんと呼べと言ったのにぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「怖い怖い怖い怖い!!!」
破壊音の間隔が狭くなり、段々と攻撃が追いついてくる。
かなり真面目に戦闘訓練を積んできて、身体強化で動きも加速させられる俺に対して素の身体能力でここまでやってくるか! ただのお遊戯なんだよねこれ!? 俺がこの世界にやって来てから多分1番命の危険に晒されてる気がするんだけど!?
スライムの初見殺しを除いたらフレデリカの剣術が群を抜いて強力だった記憶があるが、そんなのもう全然比較にならない。怖すぎる。純粋に本能的な恐怖を抱く。
地面が必要以上に削れていないのは単にテストロッサの殴りつけが浅いだけで、もっとしっかり地面をぶん殴ってたら大規模なクレーターが出来てると思う。だって近くの木とか揺れてるもん。ちょっとした地震を起こしてるもん。俺なんかよりよっぽど怪力じゃん今!!!
「わ、分かった分かった分かりました! お姉ちゃんって呼びます! 上申の件ももういいから! それで手を打ちましょ? あんたが強いのは十分理解したから!」
「そんなのどうでもいい。私はセーレの姉になるのです。名実共にっ!!! それも許容してくれると!?」
「いやそれはやだ」
ドッゴオオオォォォオンッ!!!!
今日1番の破壊音が響き、遠く離れてるはずの俺の元まで揺れが伝わる。木々が揺れて木の実や虫が落っこちてくのさえ見えた。森の中心じゃなかったら地震騒ぎで街中騒然となってただろうなこりゃ。
「何故そう私を拒絶するのですか、セーレ」
「拒絶してるわけじゃなくて……こう、やばいやん? あんたの考えてる事。普通に引くでしょ……」
「一緒にお洋服を見たり、昼食を取ったり、時々喧嘩をするかもしれないけどそれでも夜になったらまた仲直りして、一緒に読書してねんねするのです……」
「大分年齢下に見られてるな。幼児の世話じゃんねそれ。……ん?」
ジャラララ、と音がする。見ると、テストロッサは木(テストロッサのパンチが掠って破裂している)の陰に置いていた自分の武装である盾を手に持っていた。
盾からは黒い鎖が伸びており、その先端にはこれまた黒塗りの剣……というか短剣が付いていた。なあにあれ、刃の根元が返しになってますけど?
「あ、あの、お姉ちゃん……?」
「……」
テストロッサは無言で俺を睨んだまま、ヒュンヒュンと盾を振り回し始める。……短剣じゃなくて、盾の方を振り回し始める。
……俺の戦斧も大概だが、彼女の振り回している盾も一般的なサイズではなく城を守る兵士が持つような、体を丸々隠せるくらいの壁盾である。あちらもあちらで鉄の塊なわけで、そんなものを振り回すせいで支えている鎖がギリギリと嫌な音を立てている。
「あ、あの〜……そんなものを振り回すと、鎖が千切れちゃう……危ない……」
「ご心配なく。魔金剛と古竜骨を素材に作られているのでこの程度では千切れませんよ」
「どっちもめちゃくちゃ高い物質ですよねそれ!? わ、わー! 凄いなあお金持ちなんだァ! 尊敬しちゃうな、だから殺されたくないかも! 尊敬するので決してそれで攻撃してほしくないかもー!」
「では私の妹に」
「……。ひぎゃあっ!?」
閉口したら即座に鉄の塊が飛んできた。間一髪で躱すと俺の背後にあった大岩に盾が刺さり爆散した。うん、人間に対して繰り出しちゃいけない攻撃だねそれ。
「これは私の姉から贈られた武器でしてね。すぐ物を壊してしまう私でも安定して扱えるよう調整してもらっているのです。セーレ、悪い事は言いません。動かずそこに突っ立ってなさい」
「今の攻撃モロに食らったら破裂するわ!!! え、俺を妹にしたいんですよね!? そんな相手を抹殺しようとしてるんですけどちゃんと分かってます!?」
「あなたも加護を持っているのでしょう?」
「はい?」
「今まで何度も普通なら死んでいるであろう場面を見た事があります。それでもあなたは毎回何故か全快した状態で私の元へ戻ってくる。……聞いた事があります。不朽の加護、でしたか。不老でなくとも不死であると」
「いやいやいやいや!? 初耳ではありますけど!? 何その加護! 便利ですねぇ〜!」
「大丈夫。仮に加護を持っていなくても即死さえさせなければ治すことはできます。手足を千切る程度であれば」
「待ってね!? 自分が口走ってる言葉をよぉく飲み込んで考えてみよう!? あんた頭おかしい事言ってますよ!? 無理やり妹にするために俺の事ダルマにしようとしてんの!? キチガイかな!?」
「そっか。手足をもぎれば勝手に逃げ出すこともないし世話をしてあげられるからお姉ちゃんとしての本懐も遂げられる。……よし」
「よしじゃないよしじゃっ、ひいいぃぃぃっ!!!?!?」
再び放たれた盾を回避したら鎖で強引に軌道を変えられ、鼻先を盾が擦っていった。そのまま盾、どころかビーンと伸び尽くされた鎖が木々に接触する度に屈強な木の幹が切断されていく。
てか、鎖が鞭のようにしなるせいで一定の所まで伸びた後の盾の動きが急加速するから心臓に悪い。音速に達した巨大質量が襲ってくるとかどんだけだよ。戦車砲みたいなもんじゃんか。
「大丈夫ですよセーレ、痛いのは一瞬です。出血性ショックで意識が飛ぶので安心して攻撃を受けなさい」
「はいサイコパス!!! 痛みの有無を心配する前にご自身の頭を心配しましょう!?」
「お姉ちゃんになんてことを言うの!」
「うぉわっ!? ぐおっ、重おぉぉ!!?」
再び盾をぶん投げられ、回避しきれないと思ったので戦斧で受けたら爆発音が響き腕の骨がミシミシと軋む。
こっちだって重奏凌積を使ってるから純粋な腕力は常人の数倍以上にもなってるのに、尚も腕が痺れるとか異常だって!! 若干こっちが力負けしてるっぽいし、日没の加護やばすぎぃ!?
「今のを受け止めますか。大した筋力です、やはりセーレは私の妹ですね!」
「もうそれでいいからやめません!? てか盾を投げ武器にするのやめよ!? せめてそのダガーの方を使いましょうよ!?」
「これ、刺さると返しが付いているのでセーレ自体を振り回しちゃうことになるのですが。それでもよろしいと?」
「傷をつけたら勝ちって話ですよね!? 絶命させる必要はありませんよね!?」
「確かに」
「危なあぁぁい!!?」
確かにと言ったテストロッサが投げ放った短剣が俺の顔目掛けて飛んでくる。当然躱す。顔面に向けて刃物を飛ばしてくるとか殺意マシマシじゃねえか!
「いたっ!?」
ジャラララッ、と音がして鎖が引かれると同時に返しの刃が耳に当たり少し皮膚が切れて血が出た。壁盾と短剣を手元に戻し再び体を大きく逸らしたテストロッサに向けて両手を上げる。
「まっまっ、待ってぇ!!! 今! 耳切れた! はい、お姉ちゃんの勝ち!!!」
「えっ?」
「ダガーを戻す時に返しの刃で耳を切っちゃったのでそちらの勝ちですおめでとうございますぱちぱちぱち!!!」
半ば強引に、最早その場で土下座をして敗北宣言をするとようやくテストロッサが攻撃の手を止めた。鎖と盾が地面に落ちる音がし、安堵すると同時にバクバク鳴っていた心臓の音が聴けるぐらい冷静さを取り戻せた。
全身冷や汗をかいてて肌寒さを感じる。マジで1番命懸けだったわこの5分間……。
「私の勝ち……しかし、勝敗状況は互角ですね……」
「いや! いーや! そちらのワンサイドゲーム完勝扱い場外ホームランで結構です! なのでもう、もうやめましょ!? 命幾つあっても足りないからァ!」
「では、私の実家に」
「……」
「来てくれるのですよね?」
「……」
「そういう手続きを進めてもいいと」
「……」
「お仲間さんにも紹介してくれると」
「……」
「一緒に住んでくれると」
「……(それは本当に嫌だ)」
「るんるんっ♪」
彼女の確認を一つ一つ無言のまま頷いていたらテストロッサが明らか上機嫌になって鼻歌を口ずさみ始めた。……まあ、異端審問官って家族との交流も少なくなる職業だし、言うて深く関わることもないだろうし問題は無いだろう。
……てか、この話が進むのなら当初の目的だった『市民権の獲得』があっさりクリア出来るわけだし良い事ではあるのかもしれない。赤の他人を実妹扱いしてくる異常者が近くにいるのが問題なだけで。
「では早速2人の愛の巣を探しましょうねっ♪」
「愛の巣??????」
姉妹になるのではなくて? やっばい、唯一の問題点があまりにも大きすぎるかも。どうしようね、この不審者。今後の人生常に関わりを持ってくってなったら軽く死にたくなるんですけど。
なんでこうなるの? 他人に運命振り回されすぎだろ、俺。




