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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
51/61

50話『善意で潰れる時もある』

「……………………ん?」



 俺は聖ルドリカ堂の一区画、東の塔に隣接した医務室で目が覚めた。


 ……なんで聖ルドリカ堂まで移動してるのだろう? 俺の自己蘇生能力に瞬間移動のオマケはついてないし、死亡してから再生するまでの間隔もそこまで長くないはずだが?


 例えば頭部を切断されて死亡したのだとしたら、頭部を液状化させて首の断面から新しい頭を生やすまで掛かる時間は約5秒。ガッツリ肉体欠損したとしてもその程度だ。

 胸をぶち抜かれて大火傷を負って死亡と考えても、その程度の傷なら5秒にも満たない間隔で復活出来るだろう。失ったものを丸々生やすわけじゃないからね。


 ふーむ。もしかしたら自己蘇生能力に対して認識の齟齬や把握してない仕様があるのかもしれない。魔力量が減ってきたらより時間がかかるってのは理解してるが、それ以外にも何か条件的なものがあるのだろうか? とりあえず今の時刻を確認してみよう。



「目が覚めましたか」


「む。……マザー・リエル。おはようございます」



 時計を見ようとしたらリエルと目が合っちゃった。なーんでこんな所に居るんだよこの人。



「おはようございますシスター・セーレ。体調はどうです? 痛みなどは?」


「……特に」


「分かりました」



 淡白なやり取りだなぁ。

 リエルの口ぶりから次に何言われるか分かるぞ。痛みがないのなら早く立ち上がり労働の準備をなさい、だろ。優しさの欠片もないサイコパスめ。


 不快な思いをさせられる前にキビキビと働こう。そう思いシーツを捲ったら半分焼け落ちた修道服が見えた。胸の部分にもぽっかりと穴が空いている。



 しまった。悪魔と戦って服をボロボロにしちゃった事、すっかり頭から抜けていた。


 ……この服、一着一着ミルティア教に所属する修道女達が自分らで仕立てている服なんだよな。俺もその作業に携わったことがあるし、大変さはもう身に染みてる。


 完成するまで全部手作業だし、ただでさえキツキツなスケジュールを割いて裁縫に当てるから予備の数には限りがある。だから極力大切に扱うよう厳しく言い付けられているんだよな……。


 サーッと悪寒が首筋を登っていく。貴重な修道服をここまで傷つけた人間なんてきっと今までいなかっただろう。前代未聞だろうな、こんなの。


 リエルがベッドの傍に座っていたのは俺をド叱る為か。しかないだろうな。さて、どう言い訳したものか……。



「え、えっと、これは……」


「申し訳ありません、まだ替えの服は用意出来ていないのです」


「え?」


「余った服からセーレの体格に近い物を探している所なのです。セーレは小柄ですからね、もう少々お待ちを」


「それは、大丈夫ですけど。……あの、怒らないんですか? 私、服をボロボロにしちゃったし」


「ええ、怒りませんよ。むしろ謝罪するのは私の方です。まだ未熟であるあなたには過酷すぎる任務を与えてしまいました」


「それはほんとにそう」



 本当に申し訳なさそうな態度で頭を下げられてはいるけど、気を使って『そんな事ないです!』なんて事は言わない。普通に仕事の割り当てゴミすぎるからね? 俺がもし仮に不死身じゃなかったら死んでるからね? 危うく無駄死にだよ。



「しかしあなたはその過酷な試練を乗り越えられた。聞きましたよ、セーレのご活躍」


「あー……あはは、異端審問官のお二人が凄かっただけで、私はほぼ何もしてないですけどね」


「シスター・ジュエルはあなたが悪魔を祓われたと仰っていましたよ? 儀礼詠唱(ぎれいえいしょう)が通用しない相手だったのでしょう? 凄いことですよ!」



 あー……まあ倒しはしたけど、多分あの悪魔に詠唱が効かなかったのは俺のせいだから褒められた事では無いんだけどね。

 それに、先輩の指示をガン無視して独断で動いたわけだからそれもプラスで叱られる立場ではあるから何とも気まずい。


 てかやっぱこの手の話になると鼻息荒くなるなぁこの人。荒事が好きなのだろうか? 修道院長なんて辞めて異端審問官になりゃいいのに。



「あ、分かったぞ。自分は試練を受けるのが嫌なんだな、臆病者め」


「はい?」


「マザー・リエルはお子さんとかいらっしゃいます?」


「? 居るわけないでしょう。私は主に忠誠を誓った未通の身、男性と交わる事など金輪際有り得ません」


「清々しいなぁ。シスター・ミルスに同じ事言ったらキレられますよ」


「何故です?」


「共感性の著しい欠如。本物のサイコパスってこんなに怖いんだなぁ」



 自分が俺やミルスさんにやってきた仕打ちをよくよく思い出してもらいたいものだ。鞭を持ったミルスさんに寝込みを襲われても文句言えないぞ。



 マザー・リエルと会話をしていたらノックをする音が聴こえた。リエルは「来ましたね」とだけ言うと立ち上がって部屋から出ていった。



「げ」



 出ていったリエルと入れ違いで異端審問官のジュエルとテストロッサがやってきた。テストロッサは俺の手前側、ジュエルは奥のスツールに腰を下ろす。



「良かった。無事命は取り留められたみたいですね、シスター・セーレ」



 柔和な表情でテストロッサが声を掛けてきた。彼女は俺の返答も待たずに額に手を乗せると「うん、平熱っ」と軽快な声で言った。


 テストロッサの手からフワッと甘い香りがした。石鹸のような清潔感のある香りも混入してる、なんだこれ? この世界じゃ嗅いだことない香りだな。



「なんか良い匂いする」


「あ、気付きました? 巷で流行ってるラムリアという花の香りがする香水です」


「へぇ〜」


「女の子の間で人気なんですよ! シスター・セーレはこの香り好きですか?」


「好きですね。なんかラブホに来たみたい」


「らぶほ?」


「エロいって意味です。いい匂いですね」


「エロいですか! ほうほうなるほど? そういう意味で人気なんですねぇ……いいですね、もう1人子供が産まれちゃいますね!」


「はい???」



 どんな返しだよ。俺がこの下りの発端だから首を傾げるのもおかしな話だけどさ、にしてもその返し方は謎すぎるでしょ。子持ち確定してる異端審問官特有の返し方だな。



「……子持ち、かぁ」


「? どうしました?」


「やー。めちゃくちゃ若いじゃないですか、シスター・テストロッサは。なのに子供いるんだなーって考えるとこう、凄いなぁって」


「?? 全く同じことを私もあなたに思っていますけど」



 思われてたか。まあそうだよな、ガキンチョみたいな見た目してるもんな俺。お前が言うな案件だったか。



「変な事を言い出す子ですねぇ、別に私ぐらいの歳で子供を産む事はそんなに珍しくもないんですよ? 16歳にもなれば立派な大人なんですから!」


「16歳。ひぇ〜……」


「ふふふ。所でこの香水ですが、どうやら好評のようなのであげちゃいます!」


「えっ」



 テストロッサは持ってきていた紙袋から香水の瓶を取り出し俺に見せてきた。新品未使用だ。……高いなこれ!? 金貨13枚分の値段じゃんこれ!?



「こ、こんな高価なもの頂けないですよ!」


「ここだけの話、異端審問官ってそれなりに稼げるんですよ〜。全然気にもならないお値段なので、貰っちゃってくださいっ」


「立派なプレゼントすぎて何も無しに受け取りづらい!? な、なんで急にこんなもの……」


「シスター・セーレが居なかったら今頃私も天国行ってましたし〜。あなたの働きを考えればこれくらいの報酬は妥当かと思うけどな〜」



 なるほど、そういう理由ね。俺が引き起こした惨事ではあるんだけど、それを言及すると話が拗れそうだからここはラッキーと思って受け取っとくか。

 ……にしても高級品すぎるけどね? 香水なんて銀貨数枚で買えるじゃん、金貨13枚て。



「いつかお返ししなきゃだ」


「え! いいですよお返しなんて! 先輩からの贈り物として受け取っちゃってくださいよっ」


「もっと気軽に受け取れる額のものなら喜んで受け取れましたけど、金貨13枚ってどう考えても高すぎるでしょ! 4ヶ月働かずに宿で生活出来ますよ!?」


「確かに〜。でも本当に、異端審問官は結構な高給取りなので。問題無いですよ?」


「……一等審問官様からしたら確かにその程度の出費は気にもならないだろうな。受け取っておけ、セーレ」



 ずーっとだんまり決め込んでいたジュエルまで受け取るよう促してきた。一等審問官……あぁ、異端審問官にも等級はあるんだったな。

 え、テストロッサって異端審問官の中でも上位の人なの? 悪魔にボコ殴りにされて気絶してたのに? 意外すぎるんだけど。



「む、むぅ」


「受け取れないです?」


「それも悪いので受け取りますけど。なんか、なんかなー……」


「ふむ。ならこの香水をあげる代わりにセーレの事じゃらしていいですか?」


「じゃらすとは?」


「私ずっとセーレの事可愛い可愛いって思ってたんですよ〜! うりうり〜!」


「ぬぉっ!?」



 テストロッサはこちらに身を乗り出すと俺の頬や耳をくすぐり始めた。



「あはっ、ちょっと! はははっ、くすぐったいです!!」


「わーつるぷにのお肌〜! 髪も柔らかいですね〜! 鼻もちっこくて可愛い〜!!」


「やめっ、ひゃはははっ!? テストロッサさん! むぎゅうっ!?」


「やーん可愛すぎ可愛すぎ! ふふっ! ずっとこうしてみたかったんですー!」



 ベッドに座り込んできたテストロッサがギューッと俺の事を抱きしめて体の至る所をまさぐってくる。くすぐったさと女の子特有の甘い香りが一気に押し寄せてきて変な気分になる。

 ジュエルはなんで傍観してんだろ、止めてほしいかもな!?



「私妹が欲しかったんです! 教会内で呼び合うブラザーシスターとは別に、本当の意味での妹っていうか? セーレ! 私の事お姉ちゃんって呼んでみてください!」


「シ、シスター・テストロッサ」


「ちがーう! それだと特別感なーい! お姉ちゃんです!」


「ぎゃははははっ!? あのあのっ、姉は妹の背中を撫で回したりしないと思います! ぎゃんっ!? ケツ触るのもしないと思いますっ!?」


「お尻ちっちゃーい!」


「聴いてますか!?」


「聴こえないです〜。お姉ちゃんって言ってくれるまで私の鼓膜は破れてます〜」


「妙ちくりんな鼓膜搭載してるんすね! 耳掃除くらいしましょうか!?」


「してますよ!!!」


「ひゃははははははっ、あぎゃはははははっ!!? ぐるじっ、ぎゃぎゃぎゃっ、ひゃはははははっ!?」


「笑い声はそんなに可愛くないな。ゴブリンみたい」


「ぎひひっ!? ならくすぐるのやめましょ!? ひゃははははっ!?」


「果たして笑い死ぬのが先か、私の妹になるのが先か……」


「どんな二択!? 神妙な面持ちするなら手ぇ止めてくださいね!? 表情とのギャップがっ、あひゃひゃひゃっ!?」


「どうします〜? 妹にならないと1時間はこのままですよ〜?」


「な、なる! なりますからっ! ひゃはははっ! くすぐるのやめてーっ!?」



 そこでようやくテストロッサの手が止まる。ぜーぜーと荒い呼吸をしながら息を整える。ふぅ、死ぬかと思った。



「い、一応、病み上がりではありますからね……? なんて事するんですかシスター・テストロッサ……」


「違うでしょ?」


「……お姉ちゃん」


「よろしい! これからどこで会う時もお姉ちゃん呼びですからね? 周りの方にもそう伝える事! セーレは私の実の妹!」


「大嘘じゃないですか」


「良いのです。私もみんなに言いますので。ね? シスター・ジュエル。私の妹は可愛いでしょう!」


「馬鹿馬鹿しい」


「喧嘩売ってます?」


「病室で一触即発になるのやめれます? 今のやり取りで剣呑になるとかどんな関係値なんですかあんたら」


「……セーレ。私たちはお前の先輩なのだ、その言葉遣いはどうかと」


「ジュエル! この子は私の妹なので、お説教は私の役目です! 黙りなさい!」


「「やばコイツ」」



 ジュエルとハモっちゃった。

 フィクションの世界以外にもいるんだね、赤の他人を身内認定する人。最近の漫画やゲームじゃ見る事もあるキャラ付けだけど、現実でそれされたらまあまあ気持ち悪いな。



「ふっふっふ。正式に異端審問官になれたら私と一緒にお仕事しましょうね! お姉ちゃんが手とり足とりなんでも教えてあげます!」


「……」


「はい。お姉ちゃんのほっぺにキスは?」


「え???」


「妹は家族に親愛の証として頬にキスをするものです。セーレ、お姉ちゃんのほっぺにキスは?」


「助けてくださいシスター・ジュエルお願いします」


「巻き込まないでくれ」


「お手本が要りますか? 手のかかる妹ですね〜」


「ジュエルッ! ジュエルさんっ! 先輩っ!!! 後輩のピンチです先輩っ、タスケテ!!!」


「いいんじゃないか? 接吻などもう何度もここでしてきただろうに。何を気にする必要がある?」



 なーんじゃその逃げ方!? アレか、小便ひっかけた時の意趣返しって事か!? そりゃあの時は憎さ余って終わってる行動をした自覚はあるけどさっ、いやこれに関しては間違いなく俺が悪いな。何も言えないや!!!





「……」


「ふふっ。セーレったら、顔に沢山口紅ついちゃってます。モテモテですね」


「頭イカれてるんですか? 全部あんたの口紅でしょうが」


「なんて事言うのです!? 私はお姉ちゃんなのですよ!? キスするのは当然です!!!」


「そうなんだ。知らなかった、姉妹ってそうなんですね」


「そうです!」



 違うと思いますけど。そりゃ探してみればそういう姉妹もいるかもだけど、俺らは本当の姉妹じゃないし二人とも10代だからね? 一応。10代にもなってぶちゅぶちゅキスするのは流石に違うと思うな。



「所でシスター……」

「呼び方が違いますよ?」


「……お姉ちゃん。今日は何をしにここへ? 二人ともお仕事は大丈夫なんです?」


「私とジュエルは元々今日はお休みを取っていたんです、たまの有給消化ですね。なんですけど、縁のあるマザー・リエルからあなたの話をされて一件だけ依頼を受ける事になったのですよ」


「え!? まじすか、すいませんなんか……私みたいな未熟者のせいで」


「何を仰いますか! 異端審問官は常に人手不足に悩まれてますから、才能ある後輩には良い所を見せたくなるものですよ! 今回は情けない所を晒してむしろ私たちの方が謝りたいくらいですし」


「そんな事ないです! テストロ「お姉ちゃん」……お姉ちゃんの盾さばきとかずっと見ていたくなるくらい鮮やかでしたし、光魔法を実際に見るのは初めてでしたし! 沢山の事を学べましたしめちゃくちゃ有意義でした!」


「わあ! 嬉しいっ! いい子すぎるな〜私の妹は! よし、ご褒美のキスを上げちゃいます!」


「それは遠慮したいかな」


「むー、むちゅちゅ」


「遠慮したいと言いました! 言いましたよね今!? 耳掃除本当にちゃんとやった方がいいかも!!!」



 俺の言葉は果たしてテストロッサの耳に届いているのか、彼女は嫌がる俺を押さえつけて無理やり唇を何度もぶつけてきた。

 ご褒美とか言ってるだけだろ、我欲で襲ってるだろ俺の事。レズビアンなのかこの人……?



「ふふっ。唇にもキスしちゃった。いけない子だなぁセーレったら。修道女はお化粧禁止ですよ? お洒落するのは異端審問官になってからでしょ。メッ!」


「この世界で1番怖い人に出会っちゃったな。過去に戻りたいかも」


「過去かぁ、懐かしいですね。お母さんと、お父さんと、お姉ちゃんと、仲良い私たち姉妹。5人で何事もなく平穏に過ごしていたあの頃……」


「おっとっと。捏造されてるな過去が。テス……お姉ちゃん。その思い出に私の影を見出すのはちょっと狂気じみてるかも」


「セーレはいたずらっ子で、よく庭を走り回ってお母さんに怒られていましたね。叱られて泣いちゃったセーレはいっつも私に甘えてきて……懐かしいな」


「怖い怖い怖い。今日が初対面なのにもう空想を描き始めちゃった。錯乱してるよこの人」


「セーレはお姉ちゃんっ子でしたもんね。私にいっつもべったりで、一番上のお姉ちゃんの世話も喜んで率先して……昔は素直で良い子だったのに今はキスすらしてくれないなんて。お姉ちゃん悲しい」


「もう1人姉がいるの!? じゃあ益々闇が増すなぁ!? 自分の過去に俺を重ねてるのかな!? 狂気じみてるよ本当に!」



 テストロッサに頬擦りをされて抱きしめられる。何なんだこれ、この人何を言っても聞かないし無敵すぎる。抵抗する気ももう失せたわ……。


 知らない人に溺愛される恐怖から意識を逃す為にジュエルの方をボーッと眺めていたら、腕に布を巻いて隠しているのが見て取れた。


 ……? よく見ると指先が少しだけ見えている。が、その指は不自然なくらい黒く変色していてなんだか作り物のように見える。

 自然な変色とは明らかに違う、通常の方法では染まらないであろう色に変色した指。俺が最後に見た彼女の指は別に普通の色だったはずだが、この数時間でなにかあったのだろうか?



「……ッ!?」



 俺の視線に気付いたジュエルが腕を上げ背に回し指先を隠した。なんか反応が急だったな、焦った感じがした。見られちゃまずいものだったのか?



「気になりますか? セーレ」


「えっ?」


「シスター・ジュエルの左腕。ずっと見てましたよね」


「テストロッサ! その話は……!」


「考えてもみてください、シスター・ジュエル。彼女自身、なんで自分は無事だったのかと疑問に思っているはずですよ。知りたいと言うのであれば、素直に教えてあげるべきかと」



 む? なんで自分は無事だったかって? 普通に自己蘇生しただけじゃないのか?


 ……もしかして、死亡時刻と現在時刻が大きく離れてるのって実は死にきれていなかったからという話だったりするのか? 本来なら死ぬべき流れだった所を、何らかの手段を用いられて延命させられたと?


 人って、胸に風穴開けて体の半分をウェルダン焼きにされても延命できるものなの? 案外人間って死なないもんだなぁとは思ってたけど、それは頑丈すぎじゃね? 生物としてバグってるでしょ、そんなもん。



「……セーレは、気になるのか。自分が死なずに済んだ理由、というか」


「はい」



 そりゃね。実際死ぬ経験を経た事がある俺からしたらあんなの確実に致命傷だって分かるし。あそこから入れる保険があるのだとしたら興味を示すのは当然だ。



「…………初めに断っておくが、今からする話は全て私の独断でありお前が気に病む必要のない事柄だ。それを踏まえた上で、大人しく話を聞けると誓えるか?」


「はい」


「……そうか」



 ジュエルは気が進まなそうな素振りでゆっくり頷くと、隠した腕を見える所に出して巻いていた布を解き始めた。



「……?」



 布が取り払われ姿を現したジュエルの左腕はやはり黒く変色していた。無機質的な黒、そこに生命力は感じられない。血が通っているとは思えない。


 触れてしまえば簡単に崩れてしまいそうな姿をしてるから流石に心配になってしまう。が、ジュエルは俺の表情の変化に気付いた瞬間「気にするなと言ったはずだぞ」と注意してきた。


 テストロッサが勝手に俺を引き寄せ膝の上に座らせてくる。どうせ何を言っても聞き入れてもらえないし、彼女の抱き枕にされるのを許した上で口を開く。



「その腕、どうしたんですか?」


「……」


「ジュエル」



 黙りこくるジュエルに対しテストロッサが優しい声で答えるよう促す。長い沈黙の末、意を決した表情でジュエルが厳かに唇を動かす。



「……悪魔を祓えなかった責は私たちにある。セーレはまだ子供だ、あそこで死なせるわけにはいかなかった」


「私? なんでそこで私が出てくるんです?」


「お前は胸を貫かれ、半身を焼かれ、あのままではどう足掻いても助からない状態だった。お前の心臓は緩やかに停止に近付き、死ぬまであと一歩の所まで来ていた。治療する術はない。仮にその場に回復術師が居たとしても、お前が息を吹き返す事はきっと無かっただろう」


「はあ」



 存じておりますが。元よりそうなること前提で動いてましたし。どの生物も敵を殺す瞬間が1番油断だらけになる、実は肉壁になるのが1番反撃のチャンスを見出しやすいんですよ。不死者からしたらね。



「私はお前に……死んでほしくなかった。だから請け負ったのだ、お前の傷を」


「……はい?」


「分かりにくいですねぇジュエルの説明は。要はセーレが受けた傷を聖皮(サンクトペリス)という光魔法でジュエルに移したって事ですよ」


「移した……?」


「はい。通常では回復できないような傷や呪いは聖皮を使って他者に移すことが可能なのです。ちなみに負傷等を移された対象が代わりに死ぬ事はありません。そこそこの寿命を削ることにはなりますが」


「寿命って……」



 なんじゃそりゃ。つまり俺の代わりにジュエルが割を食ったって話じゃんか。寿命を代償にして俺を救ったってことじゃんそれは。



「私の、せいで……」


「いや待て、だからそうじゃないんだって。お前のせいではなくこれは私が勝手にしたことで」


「ちが、だって……そんなの意味ない……」



 そもそも俺は死なないんだぞ? 魔力がある限りは何があっても死なない、つまり魔力の塊である悪魔の傍にいる限りは文字通り、悪魔が死ぬか逃げ去るまで無限に蘇生出来るんだぞ、俺は。


 ……意味無いじゃん。元より死なない奴の傷を請け負って寿命を削るとか、損しかしてないぞそれ。駄目だろそんなの。ジュエルの未来が消耗しただけじゃないかよ、俺のせいで。



「俺の……せいで……」


「セーレ!? 待てよ、待て待て! なんで泣きそうになってるんだ!?」


「なんで……余計な事……そんな事しても俺は……あんたがぁ……っ」


「やっぱりこうなるか! クソッ、お前のせいだぞシスター・ジュエル!」


「あらら……まあ割り切れるほどの年齢じゃありませんしね。可哀想に」


「可哀想にじゃないわ馬鹿! どうするんだよコレ!?」



 ジュエルが取り乱しテストロッサは優しく俺の頭を撫でてくる。二人ともこちらの事情を汲めてはいないから真の意味で俺がなぜ後悔しているのか、何を悔やんでいるのかに気付いておらずただ罪悪感に潰れてるだけだと思っているっぽい。


 せめて自殺リザレクションを使うなら前もって不死者であると説明するべきだった。それを怠ったせいで意味のない、取り返しのつかない事をさせてしまった。


 元々憎く思っていた相手が、そんな方法で俺を救おうとしてくれた心意気も加えて自分の不甲斐なさに涙が出てくる。申し訳なさのあまりジュエルに何度も謝罪の言葉を述べる。


 ジュエルは困った様子で止めるよう言ってきたが、止められるわけがなかった。

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