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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第三章『異端審問官になるぞ編』
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49話『胸がスカッと』

 沢山の人を殺した。



「……お母さん」



 自らの手で葬った亡骸が転がる広場の中心で呟く。



『君の願いを叶えてあげた。だから今度は、順番的に、お母さんの願いを叶える番だね』



 悪魔はそう言って私の目に手を当てた。次に目覚めた時には、何もかもが手遅れになっていた。



 私があの時、悪魔の手を取っていなかったら。悪魔の言葉に耳を貸していなかったら。


 きっと、お母さんも街のみんなも死なずに済んだのだと思う。



『これで、君のお母さんももう苦しまずに済んだね』



 床に伏していたお母さんの首を捻りきった悪魔がそう囁いた。私が彼女に『お母さんにもう苦しんでほしくない』なんて言わなければ、こんな事にはならなかったのだと思う。



「シフォン、もう遅いよ。寝ないと……」


『あはは。ありがとう、ジュエル。親切を受け取っておくよ』


「もう何日も寝てないでしょ……?」


『寝れないよ。君のお母さんは今も苦しんでる、それを放っておけるはずがない』


「……どうして、そこまでしてお母さんの事を助けてくれようとするの? お母さんはシフォンの事、嫌ってるんだよ……?』


『人柄が合わない間柄なのだから嫌われても仕方ないさ。悲しいけどね』


「……なのに」


『それでも、だよ。私は彼女の苦しみを取り除いてあげたい。解放してあげたい。それだけが私の本懐なのだから。それにもう君と約束もした、それを違えるわけにはいかない。嘘は吐きたくない性分だからね』



 悪魔は自分の体調など気にせず、何日も何日も夜通しで母さんを助けようと薬の研究に明け暮れていた。


 打算はあるけど悪意は無い、計算のうちだけど自分の損については勘定に入れない。そんな、一見してみればただのお人好しのようにも思えなくもない行動原理をしていたせいで、私は悪魔を信用し、信頼してしまった。



 悪魔は嘘を吐かない。人間は嘘を吐かれる事を嫌うから。


 悪魔は馬鹿にしない。人間は馬鹿にされると怒るから。


 悪魔は諦めない。人間は期待を裏切られると憎むから。


 悪魔は病まない。人間は助けを懇願する他者を疎むから。



 悪魔は人間が好ましく思わない行動を取らず、好ましく思う言動所作を使って気さくな友人、穏やかな隣人を演じ警戒心を解こうとしてくる。


 侮られる事こそが最も人間を騙すのに都合がいいから、奴らは弱者の肉体に憑依し無害なフリをして甘い誘惑を囁いてくる。


 頼りなさそうに見えるが実績は十分にあり街の人にも認められている、慕われている医者。そんな人間を果たして誰が警戒するだろうか。


 悪魔は、提案を受け入れてもらうことで初めて人間の肉体に憑依出来るようになる。

 医者なんて心労の尽きない職業だ。彼女はきっと、悪魔のなんてことは無い励ましや気遣いに心を解かれ、悪魔に心を許してしまったのだろう。


 悪魔の誘いに乗ってしまい肉体を乗っ取られた彼女と同じく、私も悪魔の優しい言葉に頷いてしまった。


 その顛末が、これだ。

 悪魔憑きの少女が引き起こした虐殺事件。私以外の生き残りは誰一人としていなかった。


 私の絶望や恐怖や憎悪を存分に味わった悪魔は満足し、私の肉体から去っていった。



 私はお母さんに死んでほしかったわけじゃない。苦しんでほしく無かっただけだ。

 死んでしまえばもう苦しむ事もない。だから悪魔は最終的にお母さんを殺したのだろう。


 お母さんは私に人を殺してほしかったわけじゃない。泣いてほしくなかっただけなんだと思う。

 心が壊れてしまえば泣く事もない。だから悪魔は当然のようにみんなを殺したのだろう。



 そういう生き物なのだ、奴らは。人間には理解できない破綻し切った価値観を持つ醜悪な怪物なのだ。

 人類の敵。この星の癌。善悪すら超越した最低最悪の邪悪。それが悪魔なのだ。



 心の弱い人間は悪魔と接触してはいけない。子供なんて以ての外だ。悪魔にとって人間の子供を操る事なんて造作もない。



 10歳そこらの少女が悪魔祓いの現場に来るだなんてあってはならない事だ。マザー・リエルは恩師であるが、彼女の判断を肯定する事は出来ない。

 彼女は間違っている、何故かは知らないが判断力が著しく低下している。


 リエルには後から話を聞きに行くとして、とりあえずセーレが妙な行動を起こさないよう抑えつけておく必要がある。よく知りもしない少女に冷たく当たるのは心苦しいが、それでも私は彼女にこの道を諦めてほしかった。


 ……最善を尽くしたつもりだったが、どうやらセーレは私が思っている以上に分からずやで無鉄砲な少女だったらしい。




「下がれ! 下がれと、言ってるんだ! セーレ……!!!」



 セーレは私の言葉を無視して悪魔の攻撃を防ぎ続ける。ただの子供だと思い侮っていたが、どうやら戦闘訓練の成績が優秀という話は本当の事だったらしい。


 彼女は子供ゆえに腕が短い。その短所を補う為か、彼女は足技を駆使して触手を弾き先端が肉体に接触するのを避けている。


 いや、腕を使わない理由は他にもあるか。


 セーレは気を失ったテストロッサと全身が麻痺して動けない私を両脇に抱えていた。あれだけ動かないよう叱責し、腹を殴ったにも関わらず彼女は私たちを救おうとしている。

 ……馬鹿げている。私はお前に助けられる筋合いなどない。なのに何故、こんな事になるんだ?



「セーレ! 聞け!!!」



 セーレは悪魔の攻撃を勢いよく蹴りつけ、相手が怯んだのを見て攻撃圏外へと後退した。



「魔力バリアで防御を固めて状態異常でチクチク消耗させてくるのか。毒系の麻痺らせは目を合わせなければ回避出来るが、 戦法がどくどくツボツボすぎてうざってぇ」



 よく分からない事を口走りながら私とテストロッサを床に寝かせたセーレが再び悪魔の方へ向き直る。


 彼女は未だ一人で単体受肉している悪魔と戦うつもりだ。


 勝ち目などあるわけが無い、我々に出来るのは悪魔の分体が魔力切れで消滅するまで持ち堪えることだけだ。セーレだって異端審問官候補生であるならそれくらい分かっているはず。なのに何故、彼女は闘志を燻らせているのだろう。



「敵は聖杭(サンクトコル)の束縛が効いていてまだ動けない! 私に聖水をかけろ、セーレ!」


「聖水? なんでです?」


「奴の麻痺は魔眼を介してこちらの肉体に魔力を帯びさせる事で発動していると見た! 体表を洗い流せば動けるはずだ!!」


「そうなんだ。でも私もうアイツの麻痺効かないし、別に1人でやれますけど」


「馬鹿なのか!? 奴はもう五割程度の受肉を果たしている!! 既に異端審問官個人じゃ手に負えない所まで強化されているのだぞ!?」


「ジュエルさんと仲良しこよしで戦えば勝つ算段はあると?」


「繰り返し言うが馬鹿なのか!? そもそも戦う必要が無いだろうが! 奴はじきに消滅する! それまで私が囮となり持ち堪えれば良いのだ!!!」


「ジュエルさんが囮にぃ? じゃあお断り〜」


「ふざけてる場合じゃないと見て分からないのか!?」


「ふざけてないし。あんたに借りなんて作りたくないし」


「お前本当にこの状況で何を言っているんだ!? 冗談を言える状況かどうかの判断もつかんか! とことん使えない奴だな!?」



 そう言うと、一度舌打ちした後にセーレがこちらに振り返り私を見下ろした。



「じきに自然消滅すると言うが、本当にそれまであのピカピカ磔魔法が解除されないって保証はあるんすか? もし先に磔の方が解除されて元気いっぱいに悪魔が暴れ出したら、甚大な被害が出るんじゃ?」


「その可能性もあるが、なんにせよさっさと私に聖水をかけろ!!!」


「やだよ。そうなったらあんた死ぬ気で突貫するつもりっしょ?」


「当たり前だ! 私は異端審問官だぞ!? 悪魔の脅威から人々を護るのが私の使命だ!!」


「知らねぇ〜使命とか。どのみち戦うんなら私が1人でやりますよ。無駄に犠牲者を増やしたらそれこそ本末転倒だろうが」


「ふざけるなっ!!!」


「大真面目なんだよなぁ」



 ため息混じりにそう言うと、おもむろにセーレはスカートを引き上げ、下着を脱ぎ床にそれを放った。



「なんのつもっ!?」



 彼女は私の頭の両隣に足を置くと、そのまま腰を下ろした。口の上に少女の地肌が乗っかり、強引に口を閉ざされる。



「自分より弱い奴に戦わせて死なれたら間抜けすぎるでしょ。命はそうやって使うものじゃない。私はジュエルさんよりも強いの。だから私が戦う、異論ある?」


「うぶぐっ!? セーッ、むんっ!?」


「喋らないでください擦れるんで。聖水ねえ〜……知ってます? ジュエルさん」



 何かを思い出すような仕草を見せた後、ニタァと不気味な笑みを浮かべたセーレが私の目を覗き込む。


 彼女の色の違う瞳、その片方の紫色の方の瞳を見ていたら嫌な事を思い出した。


 セーレの瞳の色は、私に取り憑いたあの悪魔と同じような色をしている。

 悪魔の方が暗く淀んだ、月の出ていない夜空のような色をしていたが、濃淡を抜きにしたら本人なんじゃないかと思うくらい色が似通っている。……いや、そんな事はどうでもいい!!



「いいかばっ、はやく、そこをどっ、ぶぇえっ!!」



 必死に言葉を訴えかけるがセーレは弱者をいたぶる輩のような顔でニヤついたまま腰を押し付けてくる。

 黙らせる為にしても手段が倒錯的すぎる。コイツ、恥とか感じないのか?



「若い女のおしっこは聖水って呼ばれてるんすよ」


「えっ?」



 ……何を言っている? 何の話だ? 嫌な予感がうなじを撫で、冷ややかな汗が背中を伝う。



「ま、待て」


「一々あんたの服を漁るのも手間だし、このままぶっかけていいですか? 丁度催してたし」


「待て待て待て!? なんでそうなる!? 聖水の小瓶は胸のポケットに入れてある! それを使え!!!」


「あ〜もうお腹限界」


「待てって異常者!!! 時と場合を考えろ、あと私を相手にそういう事を試すのはやめろ!!! 私は至って普通なのだ、尿などそういうのが好きな変態にでもくれてやれ!!!」


「ぎゃははっ。あんたも異端審問官になる為の変態試練や変態拷問を受けてきたクチなんだろ? 何を今更嫌がる必要があるよ、通った道じゃねえか」


「こんなイカれた拷問など受けた事ないわ!!!」


「そりゃ良かった! いやはや、さっきからずーーーーーっとあんたにどんな報復をしようか考えてたんだよねー!」


「報復!? ふざけっ、やめて!? 汚い!!!」


「嫌がるジュエルさんを見るのきんもち〜〜!! ……んっ」


「なんだ今の声、なあ!? 考え直してくれ!?」


「体表を洗い流せば動けるんだろ?」


「聖水を使えと言ってるだろ!?」


「聖水を出してやるっつってんだろ」


「尿は聖水じゃないわバカ!!! あ、ちょっ、本当にやめてっ! うわっ!? ちょっと出てるって!」


「んんっ……!」


「ちょおおおおおおおおぉぉぉっ!!!?!?」



 ブルッと体を震わせると、セーレは目を閉じてそのまま放尿してきた。

 顔面に生暖かい水をかけられる。発狂しそうになり頭を振ると、セーレは私の頭を押えて思い切り股を押し付け放尿の勢いを強めてきた。


 じんわりと口から下、衣服の胸元に至るまでセーレの体温で温められて鳥肌が立つ。

 最悪だ。最悪すぎる。何なのだこれは、聖職に就いたというのに何故こんな目に遭わなければならないのか……。


 そこそこ長い時間をかけて尿を出し切ったセーレは、スッキリした顔で「ふぅ」と一息吐き立ち上がった。



「復讐完了! あんたの服で股を拭くのは勘弁してやりましょう。ふっふっふ、これに懲りたら二度と私を舐め腐らないこと! いいですね!」


「……タダで済むと思うなよ」


「……ご飯を食べてから、もう結構経ちましたね」


「それだけはやめてごめんなさいごめんなさい!」


「うわっ、あんなウザかった奴に謝られるとこんなに気持ちよくなれるんだ! 最高じゃんこれ。前言撤回、これからも私の事舐め腐ってくれていいですよ! 都度復讐するんで!」



 もう二度とお前なんかと関わるものか。口を動かすと尿を口に含んでしまいそうなので、無言で彼女を睨みながらそう頭の中で決心した。



「さて。目下の課題であった○○しないと出られない部屋においてのおトイレ事情はたった今解決したとして。あとはあの悪魔とやらを何とかしないとだな」



 セーレは私に背を向け、悪魔と対峙しながら呟く。彼女が危惧していた通り悪魔は聖杭が解除された後も受肉を維持しており、触手に変化させていた腕を人の形に変化させて魔力を練りながら唸っている。


 相対するセーレの髪が揺れる。立ち止まった状態で髪が動くほどの魔力を引き出したのだ、やはり彼女はこのまま戦うつもりなのだろう。


 業腹だが、彼女の言った通り尿を被った私の肉体は行動の自由を取り戻すことが出来た。……濡らされていない下半身は動かせないか。



「セーレ、馬鹿な事は」

「引き止めたらおかわりが欲しいって意味として捉えますけど」


「……っ。し、しかし、最早私達三人がかりでもアレを倒すのは無理だ!! 今するべきは避難であって、戦うことでは無い!」


「負け犬の思考はやめましょうや。時間切れまで逃げ回ろうって? 被害が出たら私らの責任ですよ」


「お前はあくまで私達の補佐をしに来たのだろう!?」


「特に何をしてこいとも言われてねぇっすよ。白けるんでもう黙ってて。折角お膳立てされたんだ、気楽に楽しくボコり合うのが自然な流れっしょ」



 一歩前に踏み出て、セーレは愉快そうな声で悪魔に声を投げる。



「よぉ! 悪ぃな待たせちゃって、この先輩堅物なんだよ。消滅する前に一度くらい思いっきり殴り合いたいんだろ? 俺がその喧嘩買うぜ、思う存分に楽しもうや!!!」


『ギャ、ギャギャッ、ギャギャギャガガガギギャギャッ!!!!』


「くひっ! ぎゃははははははははははっ!!!」



 セーレの言葉に悪魔が呼応し笑い、その声に釣られてセーレも笑う。醜悪な笑い声が空間に響き渡った後、一瞬の静寂が訪れたと思いきや悪魔の手元が光った。




 *




淀れ(とまれ)!!!」



 悪魔が放った黒い炎を左手で受け止める。俺の停止能力には特に制限がない、情報として俺が知覚出来るならソレがなんであれ停止させる事は出来る。


 揺らめいていた炎が俺の手に接触した瞬間空間に固定される。だが炎は目で見える熱と目で見えない熱があるから範囲の全容を捉える事は出来ず多少の熱を受けてしまった。


 俺が停止させられるのは目で見えるものと形状を想像出来るものに限られてるので、不定形の物を完全停止させるのは難しい。まあ威力は減衰したしこれで十分防御にはなるな。



『ギャギャアッ!!!』



 流石は悪魔、思考能力を取り戻せばかなり頭が良いらしい。今の一瞬で俺の能力の性質を見抜き、一度出した炎の出力を調整して色のない炎を両手に纏わせ始めた。


 景色が揺れているようにしか思えない不可視の炎、あれじゃ全容を捉えられないから停止させる事は出来ないな。空気を掴んで層でも形成する? 空気砲を自分でぶち食らう羽目になるからナシか。



「途中で青く変色してたから相当に熱いんだろうなあその炎。食らったら大火傷必至かな」


『ギギッ!』


「じゃあ消火してやればいいや!!!」



 俺はジュエルからくすねておいたアンプルみたいな形状の聖水の瓶を取り出し、突起部分をへし折って重奏凌積(リフレクション)で身体能力を引き上げ瓶を投げつける。



『ギギャッ!?』



 悪魔は瓶の投擲を大袈裟に躱した。ふむ?


 小瓶程度の水量じゃ炎を消す事なんて出来ないしビビらせる程度の不意打ちになればいいなと思っていたのだが、予想以上の反応だな。聖水……悪魔や悪霊はやっぱそういう嫌うのか。


 まあいいや。今ので悪魔には大きな隙が出来た。攻撃チャンスだ。


 俺は強化された脚力で床を蹴り、隙だらけの悪魔の胸元に飛び込み魔力がまだ残留している右手を悪魔の腹に押し当てた。



淀れ(とまれ)!」



 悪魔の肉体に停止能力をぶち込む。手先に何かが当たる感触はあった。なーんだ、やっぱりイージーゲームじゃん。



「……あ?」



 魔力を流した瞬間に違和感を感じた。魔力を通じて得た対象の形状が視認情報と異なっている。


 悪魔の足を蹴って強引に後退する。退く際に不可視の炎を肩に受けてしまった。服が燃え、赤い炎が立ち上る。



「あちちっ! ……消えない?」



 放尿した際に濡れたカーペットで肩を包み窒息消火法を試したのだが火は消えなかった。ジュエルが水の魔術で俺をずぶ濡れにしてきたがそれでも火は消える様子を見せない。変わらず俺の衣服を燃やし続けている。



「なにこれ……天照……?」



 どうやっても消せない火を放置する訳にもいかず、燃えている服を脱いでそれに停止能力をかける。服ごと炎を停止させ、それらを踏むことで崩壊させる。燃焼物が無くなったことでようやく炎も鎮火してくれた。



「消えない炎……それにこの手応え。魔力の膜は全身を包んでいて、肉体と直に接触していないから魔力が肉体まで浸透しないのか」



 状況から推論を立てる。

 目が合えば麻痺の効果を付与され、物理攻撃や範囲の狭い魔力攻撃はバリアによって防がれ、中遠距離は消えない炎で対応すると。中々にクソみたいな戦闘性能をしている、初見殺しも良い所だな。



「剣、借りますね」


「えっ」



 ジュエルの剣を奪い、悪魔に向かって投擲する。剣は悪魔の肉体に接触する直前で魔力障壁に弾かれて部屋の隅に落ちた。



「魔力障壁は複数枚あるか、破壊しても即時展開可能と。貫通性の高い攻撃じゃないと基本通じないっぽいな」


「セ、セーレ」


「?」



 床に倒れたままのジュエルが今までとは打って変わった弱々しい口調で俺の名を呼んだ。気になったのでそちらを向くと、彼女は青白い顔で悪魔を凝視していた。



「あんま悪魔を直視しないでください。また麻痺りますよ」


「分からないのか……? あの悪魔、さっきよりも魔力量が増加している!」


「それが?」


「おかしい、悪魔が単体で受肉出来ても得られる魔力は本体の五割程度の筈だ。もし今の時点でも五割に満たない程度しか力を取り戻していないとしたら……」


「とんでもない大物に喧嘩を売った可能性があると」


「……駄目だ。アレはダメだ! 勝ち目は無いとお前にも分かるだろ!? 上級異端審問官を……教会に連絡を……!」


「さっきからやめろやめろってしつこいなぁ。格下相手にしかイキれないなら初めっから偉そうにするのやめましょうよ。情けないっすよ。……うあっ!?」



 軽口を叩いて悪魔の方に近付こうとしたら足首を掴まれてこかされてしまった。思い切り鼻を打った、鼻血まで出てる。



「……シスター・ジュエル。いい加減本気でキレますよ、俺」


「さっきから何故奴が攻撃してこないのか、お前には分からないのか?」


「はあ? 知らないですけど、どうせ俺を雑魚だとくくって舐めてるんでしょ」


「そんなの当たり前だ! そんな分かりきったことよりも気にする事があるだろう!?」



 当たり前て。十分健闘してるでしょうが、少しくらい褒めてくれよ。



「まだ奴は進化する、上級異端審問官でも手を焼く程に魔力を増幅させてるのに消滅する素振りすら見せない! お、終わりだ。あんな相手にどうやって勝てば……」


「あぶねっ」


「ッ!? セーレッ!!!」



 いつまで経っても無駄話を展開するジュエルを邪魔者だと判断したのか、悪魔が不可視の炎弾をジュエル目掛けて撃ち放った。


 形は見えないが熱で大体の位置は分かる。俺はジュエルの肉体が燃やされる前に右足を出して炎弾を蹴りつけジュエルを庇ってやる。代わりに右足から炎が立ち上り、凄まじい熱さと痛みに襲われる。



「何をしている!? 何故私を庇った!?」


「あちちちちっ!? 庇わなきゃあんた即死だったでしょ!」


「お前が私を庇う必要は無いはずだ!!!」


「いやあるでしょ。先輩が目に見えてピンチなら後輩が助けるのは当たり前じゃね? 練習試合とかでも後輩が代理メンバーとして」

「駄目なんだよそれじゃ!!!!!!!」



 ジュエルが悲痛な叫びを上げる。

 彼女は顔に手を当てると、ブツブツとなにか呟き始めた。子供がどうだとか、自分なんか助けられるような人間じゃないだとかなんとか。


 うん。どうでもいい。てかもう解決策は導き出せたし、戦闘再開しちゃいましょう。



「セーレ! セーレ、セーレッ!!? もうやめてくれ、頼むから逃げてくれ! 今なら回復術師に頼んで爛れた足もどうにかなるはずだからっ! お願いだからもう無理しないでっ!!!」


「また足首掴んだら顔面におならしますからね」


「行かないでっ!!!」



 屁ぇこくっつってるのに足首をガシッと掴まれた。ふーむ。


 さっきまではいけ好かない事ばかり言ってきたが、俺が危険に身を晒そうとするとこうも一心不乱に考え直させようとしてくるのか。案外後輩思いなんだな、この人。



「手、離してください。蹴り払いますよ?」


「戦っちゃ駄目だ!」


「ここで逃げたら二体の焼死体が出来上がっちゃいますけど」


「それでもいい! だからっ」


「あんたは良くてもシスター・テストロッサの気持ちはぁ? 死にたくないでしょ〜流石に」


「……ぐ、しかし!」



 何を言っても手を離そうとしないジュエルに困り果てていたら悪魔が動き出した音がした。ジュエルの方を向いていたから完全に反応が遅れた、悪魔はもう俺たちのすぐ側まで来ていた。



『ギャギャギャアアァァッ!!!』



 悪魔の狙いはやはりジュエルだった。人間のものに酷似した腕を鋭い黒鉄の刃に変え、悪魔はジュエルを刺し貫こうとする。


 ジュエルはその一部始終を目に収めていた。悲鳴を上げてもいい筈なのに、彼女は声を上げず鋭い目で悪魔を睨んでいた。

 死が目前に迫っても絶望しない度胸にはアッパレと言う他ない。


 ……まあ、ある意味では良い方に事が運んでくれたわけだ。ここまで心配してくれたジュエルには悪いけど、この状況を最大限に利用させてもらおう。



「ッ!?」



 やる事は単純。ジュエルに向けて伸びた刃をただ肉体で受け止めるだけ。


 悪魔の刃が俺の右斜め下の胸に刺さり、そのまま体内を通過して背中まで貫通する。

 そのまま押し切られそうになるのを足で踏ん張り、腕で刃を受け止め、ついでに異状骨子(グラトニクス)を使用して体内を骨まみれにしガッチリ刃を拘束する。



「ごぽっ!? おぇっ……」



 モニュモニュとした何の塊かも分からない血ゲロが喉を上って口からこぼれる。

 胸を貫通させられてるからもう痛いなんて次元じゃない激痛が襲ってくるが、世話係のサディスト修道院長のおかげで意識を保つ事は出来た。


 自分の死に関しては動じなかったジュエルが背後でなにか宣っているが、今は無視しておく。



 俺は手首の刻印があるせいで俺は魔力を広範囲に放出できない。だが力技を使えばその限りでもないという事に最近になって気付いた。


 どうやらこの刻印は魔力を放出する器官を縮小させる効果があり、それによって放出できる量が限りなく少なくなっているらしい。


 放出する穴自体は存在する。なら、放出する魔力量を絞って放出するエネルギーを引き上げてやればいい。


 ホースの口を絞るみたいな理屈だ。使える量は限られるが、放出するエネルギーさえ足りていれば穴は小さくても出す事自体は可能。なんなら一方向に向かう力が増すから貫通性能も高くなるって寸法である。

 まあ、当然肉体にかかる負荷は尋常じゃないが。


 意識すべきは一瞬の魔力放出。過剰な負荷がかからない短い時間内で魔力をめちゃくちゃ強引に引き出し、放出させる。

 押し出す圧が高ければ高いほど魔力が放出される威力も増すからきっと、多分、悪魔の魔力膜を貫通する事だって可能な筈だ。



 悪魔の胸に左手を当て、一点集中で魔力に圧をかけて放出する。



『ギギッ?』



 異変に気付いたのか悪魔の瞳孔が小さくなる。予想通り、俺の魔力の先端は悪魔の肉体に届き核にすらその指を掠めている。



『ギ、』


壊れ(えぐれ)



 悪魔が俺の頭蓋や肺を潰す前に単語を唱える。その瞬間魔力が停止作用を起こし、悪魔の胸部のみが空間に固定され俺の魔力が押し出される圧により固定された部位が抉り抜かれた。


 胸に風穴が空いた悪魔が天を仰ぎ肉体が崩壊する。悪魔が黒い粒子と化した事で俺を刺し貫いていた刃も消失し、その場に倒れ込む。



「セーレ!」



 悪魔の消滅と共に俺の右半身を燃やしていた炎も消えた。それを確認した瞬間にジュエルが床を這いずってこちらに来ようとする。



 ……小便をひっかけたからあまり近付いてほしくないのだが、それを言う余裕はもう無いな。自己蘇生が入るまで目を閉じ、大人しくしておく事にした。

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ジュエルは本当に自惚れていて、役に立たないバカだ。。。
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