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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第二章『初めて他人を完全なゾンビにしました編』
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43話『海の都ヒベリウス』

「死にかけましたが」


「申し訳ない」


「干からびましたが」


「それも申し訳ない」


「……まだ、腰が痛いのですが」


「それは知らない。俺の方が痛いし。ジンジンするし」



 シャワーを浴びてさっぱりした後、俺達は別れの前に食事を共にしようと料理屋さんに訪れていた。


 やってきた店はラトナの繁華街でかなり盛況な肉料理の店だった。

 各々の門出を祝い、今後の無事を祈る為に最後くらい盛大にお金を使おうという話でこの店に訪れたのだ。



「焼肉ってそれこそ今からラブホ行くぞって気合い入れる時に女の子と食いに行くもんじゃないのか? 事後に来る場所とは少し違うような気がするんだけど」



 牛……のような魔獣の肉を鉄板に乗せて焼けるのを眺めながら話し掛ける。正面に座るピックスさんはぷるみちゃんに肉を与えながら言葉を返した。



「ラブホってなんだい?」


「ラブホテル。性行為する場所」


「なるほど。……あの後でする話ではないな」


「アレだな。童貞喪失したってのに俺と普通に話せるんだな。思春期男子ってそういうの無駄に気にして話しかけずらくなるのかと思ってた」


「死にかけたからね。あのまま死んでたら本末転倒すぎるし、それに関する文句を言っていたら気まずさなんて吹っ切れたよ」


「吹っ切れるなよ。引きずれよ」


「めちゃくちゃ言うな」


「……とか平然なフリして言うけど、俺の方は見れないんだな。シャイな奴め」



 そう指摘するとピックスさんは照れ恥ずかしそうに瞼を寄せて喉を鳴らした。


 ミイラ状態が解除された後ここに来るまでずっと俺から視線逸らしてたしな〜。軽く腕が当たるだけで大袈裟に距離を取ろうとしてたし、分かりやすいったらありゃしない。



「むしろセーレの態度が不思議でならないよ」


「俺の? なんで」


「なんでって……数時間前まであんな事をしてたのにまるでいつも通りじゃないか」


「言ったろ、俺の中身はもう立派な大人なの。そこら辺の割り切り方はもう熟知してんだよ」


「目を覚ました後にボーッと見てたら殴られましたけど」


「裸をガン見したら殴られても仕方ないと思いますけど」


「……終わったはずなのにくわ」

「言っとくけど食事中だからな? ここは飲食店だぞ、細心の注意を払って言葉を選んでくださいよ」


「…………よくそんなに食べられるね。胃袋にまだ空きがあるんだ」


「なあ。周りに聞かれても問題ない言い方をしろって意味じゃなくて。それを聞かされる俺の身にもなれって言ったつもりなんだけど」


「こっちにだって言い分はあるよ。おかしいでしょ、あれに関してはもう魔力交換云々関係なかったよね」


「……」


「むしろ奪われてたよね」


「……」


「容赦なかったよね」


「……」


「都合悪くなったらだんまりか。全く、あんなの軽く拷問だからね?」


「だろうね。よく分かるよ」


「よく分かるんだとしたら性格悪いよ。それか痴女かの二択でしょ」


「ぶっ殺しますよ?」


「理不尽だなぁ……」



 お、いい感じに焼けてきたな。早速ぱくり、うめ、うめ!



「理不尽と言えば俺の方にも言い分はあるんだけど。絶好調に出しまくってくれてたけどガキが出来たらどうするの。ガチで。成り行きで出来たガキだから認知しないってクソムーブも出来ないぞ。俺に命握られてんだからな、あんたは」


「そこまで落ちぶれてはないよ。でも実際問題子供が出来てしまったら、冒険者業の収入だけで育てられる筈もないしどうしようね……」


「男の甲斐性を見せる時じゃね。臓器とか売ってみる?」


「悪魔かな?」


「魔術的な素材になるから高値で売れるんだろ、人間の臓器は。眼球一個でも金貨数十枚は貰えるらしいじゃん」


「そうならない為に何か他の仕事を見つけるよ……」


「冒険者証だか術師資格だかを失ったら何の個人情報も残らないのに?」


「兼業出来る仕事を探して休まず働くしかないな」


「うわぁ、覚悟決まっちゃってる。こわぁ」


「当たり前でしょ。あんな事をしてしまったんだ、責任はちゃんと取らなきゃだろ」



 責任ねぇ。

 立派な事を言ってはいるが、そもそもそれを提案したのも強行したのも俺なんだけどね。


 ピックスさんは俺の場当たり的な行動に付き合わされた立場だし、俺に対して「足らない分稼いでよ」くらい言ってもいいと思うのだが。逆の立場なら絶対そう言うし。



「うめっ! うめっ!」


「……セーレ」


「んぐ。なんです?」


「その、僕が言えた立場でもないんだけどさ。あまり色んな人にああいう事をするのはやめなね。金策として取れる効率の良い手段なのは分かってるけど、ほら、君ってまだ体も未発達なんだし負担がさ」


「売春なんかやるわけないでしょ。何言ってんすか、脳みそ沸騰してんのかな」


「信ぴょう性無いなぁ……」


「さっきまでの事は忘れてくださいマジで。てかなんすかいきなり、独占欲でも湧いた?」


「独占欲!? いやそういうのではなくて純粋に心配してるんだよ!」



 声でっか。店の中だと言っておろうに。全く、ぷるみちゃんがビクってしたじゃん可哀想に。



「気持ちよかったのは事実だけどもうこれっきりですよ。よほどの事がない限りあんたとももうしないからな、当たり前だが」


「わ、分かってるよ」


「本当に分かってるかな。一回ヤった女を自分の女だと思い込んで厄介になるメンヘラ男って案外いるんすよ? ピックスさんって妙に生真面目だからな〜、そうなりかねない。素質がある」


「ならないよ。足りない部分を補おうとしてるだけで別に生真面目でもないし。セーレは僕を買い被りすぎなんだよ」


「正当な評価しか下してないですけど。ピックスさんの知識と判断力はかなり役に立つ。居るだけで頼もしいんですから、謙遜はやめましょうや」


「……僕以外の人と組んだらもっとタメになる知識を得られるんじゃないかな」


「金さえ稼げりゃ仕事なんてなんでもいいし冒険者を真面目にする気もないんで興味無し。それに、もう抱かれちゃったのでピックスさん以外に頼るのはちょっと」


「君の方が独占欲を向けてきてるじゃないか」


「抱かれる前から俺の手駒として貴重だって言ってんだから独占欲バチバチに決まってるでしょ。ダメですよ? 俺以外のゾンビ作る作るくんにケツ振ったりしたら。裏切り者は殺しますからね普通に」



 あんまりパワーバランスが崩れてもストレス抱えそうだしな。表向きは俺ファーストで動いてくれる都合のいい傀儡であるピックスさんに頼るぐらいが丁度いい。

 人脈を広げるつもりもない、顔が知れ渡ったら厄介事に巻き込まれる可能性も比例して増えるだろうし。



「しっかしこれでしばらくピックスさんともぷるみちゃんとも別れか〜。出会ってまだ間もないのに一緒に過ごした時間が濃密すぎたから結構クるものがあるな。特にぷるみちゃんと別れるのが惜しい……」


『プル! プルッ』



 飯を食べ終え、店先に出た所でぷるみちゃんを撫でながら胸中を吐露する。ピックスさんは俺の隣に立ち「そうだねぇ」と言った。


 ラトナの街にも愛着が湧きつつあったからまだ少し居たかった気持ちがある。

 やっと地理を覚えてきて、一人でおつかいとか行けるようになったのにな。相変わらず斧を担いだ時の周りの視線には慣れないが。



「ぷるみちゃんも俺と別れるのは寂しかろう? 一緒に来るか? ぷるみちゃんも」


『プルッ!!!』


「駄目だよ。ぷるみちゃんは僕の従魔なんだから一定期間離れる事は出来ないでしょ」


「あんたも俺の傀儡なんだけどな。ぷるみちゃんと異種姦でもしたらなんとかなるんじゃね」


「ならないでしょ……使役者が同行してないとただの魔獣認定されてしまうからね。だから僕から離れるのは禁止だ」


「ほら。厄介メンヘラ男になってる。怖いな〜ぷるみちゃん」


『プル、プル』


「そういう話じゃないんだけどなぁ。……あ、ほら。ぷるみちゃん、おいで」



 ピックスさんが視線の先に何かを発見すると、俺が抱いていたぷるみちゃんを取り上げ代わりに腕に抱き始めた。


 振り向くとミルティア教の人が馬車……いや馬じゃないなあれ。めちゃくちゃデカいトカゲ? みたいな魔獣が引いてる荷車の脇に立っていた。


 正午に集合って言ってたもんな。もう時間か。



「アースドラゴンか。移動従魔に上位指定の魔獣を用いるなんて相当腕の立つ使役術師が同行してるようだね。依頼者も教会でそれなりの地位を持つ人に違いない。君が目指す異端審問官が同席する可能性もあるよ」


「ドラゴンなんすかあれ。スケールちっちゃいな」


「下位竜でもかなり強いんだからね? 森で遭遇した大型の虫型魔獣と同ランク帯なんだから」


「ワンパンでぶち殺せましたけどね。デカ虫に関しては」


「そうだったね……セーレといると感覚が狂いそうになるよ。魔獣の群れに狙われたら普通は一溜りもないんだけどな」


「スライムにはトラウマになるくらいぶち殺されましたけどね」


「どうなってるんだろうね本当。強さの基準が前後しすぎだよ。相性ってやっぱり馬鹿に出来ないね」



 その通り。俺にとったらデカイ虫よりもオークよりも、きっとあのドラゴンよりもスライムの方が強いのだ。

 これからどんな強敵と出会おうと、俺が完全死を迎える寸前まで追い込めなかったら自動的に俺の中で『スライム未満』の烙印が押されるからな。それくらい強大な存在だよ、スライムって。



「出発する? 忘れ物は無いかな、持たせたお金はちゃんと鞄に仕舞ってある?」


「おかんか。持ち物は鞄とお金とこの大戦斧のみ、大丈夫ですよ」


「そっか。それじゃ、しばしの別れだね」


「ですね。……寂しいですか?」


「ちょっとだけね」



 ちょっと、と言うが結構表情に影があった。16年生きてきて一度も対等に話せる相手と知り合えた事がなかったのだ、ようやく出来たそういう相手と別れるのは彼なりに堪えるのも当然か。


 ぷるみちゃんは……スライムだからよく分からないけど、彼女も心無しか元気さが無くなっている気がする。二人揃って浮き沈みがわかりやすいな、従魔は使役者に似るのかねぇ。



「ピックスさん」



 俺は拳を握りそれをピックスさんの目前まで伸ばす。



「え、えっと?」


「折角腹ごしらえして今後のやる気を漲らせたのに、ここに来て萎えてたら意味無いでしょーが。ここは前向きに、再会を誓って気持ちよくお別れしましょうや」


「……そうだね」



 彼はそう言うと何も言わずとも自然に俺の拳に拳を合わせてきた。なんだ、分かってんじゃんやりたい事。



「丸っこい拳だな。これで殴られた魔獣が爆散するなんて思えないや。……こんな拳の子と僕は」


「気持ちよく別れようと言ったはずですが!? なんで最後の最後で昨晩の行為を思い出す!?」



 急に声のトーンを落としたピックスさんの頬を軽く殴り付けた後、ぷるみちゃんとも拳と触手を合わせて別れの儀を済ませる。



「こちらへどうぞ」


「あ、どうも」



 ドラゴン車(だとダサいので今後は竜車という仮称で呼ぶ)まで歩くと御者さんとは別に傍で控えていた修道女さんに招かれて荷台に足をかける。


 はえー。ロドス帝国で見たものよりもしっかりした造りになってるんだな。高級そうな木製の椅子が用意されてて床には絨毯すら敷かれてる。土足で入るのが申し訳なくなるや。



「こちらの斧は後部の荷台に置かせて頂きます」


「あ、それならお、わ、たしが運びますよ。これすごく重いので、運べないと思いますし」


「? かしこまりました」



 一瞬不思議そうな顔をした修道女さんだったが、すぐに納得してくれたので斧を後ろに乗せる。…………ギリギリ乗った、よかった!


 改めて荷台に乗り込むと、修道女さんも乗り込み俺の隣に座って竜車が動き出した。


 ガラガラと音を立てて車輪が回り始める。馬と違ってアースドラゴンとやらは特に鳴き声を上げずに動き始めるのか。静かだし揺れも馬車に比べると小さいな、快適だ。



「セーレ」


「え。なんで私の名前知って……そりゃ知ってるか。なんですか?」



 隣に居た修道女さんが声を掛けてきたのでそちらの方を向く。



「先程一緒に居た男性は恋人ですか?」



 俺の顔をよーく見ながら修道女さんがそんな事を言い出した。うーん。



「……はい? ひとまずそれは否定するんですけど、なんでそう思ったんですか?」


「残り香が鼻に入ってきたので、そういう事なのかと」


「残り香? …………ッ!?」



 残り香って、最初は何の事かと思ったけどそういう残り香か!? そんな馬鹿な! ちゃんとシャワー浴びたし口も歯も磨いたしゆすぎまくったしなんならついさっきまで肉料理食ってたのにまだ臭うの!? そ、そんなはずなくない!?



「ご、ごめんなさい!」



 てかてかてか、キリスト教的にそういう行為って罪に当たるんじゃなかったっけ!? いやこの世界にキリスト教は無いしこの人はミルティア教の人なんだけど、性への見解ってどの宗教も大体似たようなものだよね!? カルトでもない限りセックスって罪そのものみたいな扱い受けてるイメージあるけど!?


 全然頭になかったや、もしかしたらまずいか!? この場で内定取り消しされる流れか!?



「そう慌てなくても良いのです。悪しき姦淫は魂の腐敗と堕落を招く行為なので肯定は出来ませんが、節度ある交わりは魂の昇華に繋がる尊き行い。恥じる必要はありませんよ」


「は、はあ。悪しき姦淫? って、なんですか」


「快楽の為に行う情事は節制の心を妨げ、逃避の為に行う情事は堅固な意志を脆弱にし、利用する為に行う情事は己の正義を不確かな物とし、金銭の為に行う情事は生きる知恵を失わせるのです。それらの交わりは他者への博愛や希望、信仰を失わせ魂の堕落を招き腐敗してしまう。故に悪しき姦淫と呼ばれています」



 長いなぁ。有難いであろうお言葉を下さった修道女さんには申し訳ないが文章が長いよ。


 てか快楽云々が否定概念に組み込まれてたけど、俺、途中から完全に快楽を貪ってはいたんだけどね。初めて牡蠣を食ってどハマりして当たるまで食い続ける人ばりに貪ってましたけど。


 どうしようね、早速悪徳に身を染めちゃってるわ。言わないでおこうこれは。



「セーレの魂は娼婦や色情魔の物とは異なりまだ輝きを残している。なので心配はいりません」


「た、魂ですか」


「はい、魂です」



 ニコッと微笑まれながら言われるが、胡散臭い事この上ないな。急に魂とか言われると。



 竜車の揺れに身を委ね、睡眠欲に負けて熟睡している内に着いた街で蒸気機関車に乗り換えて移動を始める。


 ……あるんかい、蒸気機関車。

 魔法やら魔術やらにうつつを抜かして化学とか、それこそ蒸気機関なんて誰も見向きもしないと思っていたのに意外と文明が進んでるんだな。


 俺が勝手に見慣れない建築物やら剣で戦う人達やらを見て昔っぽいと思ってるだけで、案外俺の居た世界の時代と同じくらいの時代なのかもしれないな、ここ。

 てかアレクトラの神話が数千年前の物だって時点で結構進んだ文明に生きてるのは当然の事か。電化製品とか見ないと実感持てないよなぁ。



「ようやく到着です。お疲れ様でした」



 三日ほど時間をかけてようやく聖地ラフィールの領土内に入り、そこから数時間で湾岸都市ヒベリウスに辿り着いた。


 ていうか湾岸都市ってなに? 港湾都市ではなく? とずっと思っていたが、どうやらヒベリウスには船が止まる港がなく、岸から向こう岸まで歩いて渡れるほど浅い海が広がっていてそれが街中まで浸透しているから湾岸都市と呼ばれているらしい。



「ここは月の三女神の故郷とも呼ばれている地でして、海の満ち干きの影響をあまり受けない土地なんです。常に水嵩が一定だから、海を埋め立てなくとも住居やお店を構えることが出来る。海水が滞っているわけでもないのでいつだって綺麗な海を眺める事が出来る。素敵な街ですわ」


「はえー……」



 まあ、慣れない俺からすると正しく水の都としか形容できない見事な街並みだが。


 景観を崩さないよう白い彩りで統一された四角い建物が乱立する、海と共存している街。海面は太陽に照らされてキラキラ光っていて、透明な海水の下には柔らかそうな白い砂が見えている。


 ……建物、波によって少しずつ削れたりしないのかな。潮風をまともに受けることになるけどそこら辺も大丈夫か? 海を歩いて渡れるのは確かに神秘的だが、生活する分にはむしろ不便じゃないのそれ。



「濡れるのが嫌でしたら専用の橋もありますよ。それにこれから向かう聖ルドリカ堂は海に面していない都市部にありますので」


「あ、あはは。何も言ってないのに見透かされちゃってますね……」


「私は教会に務めて長いので。考え事を当てるのはそれなりに得意なのですよ」



 隠し事とか出来ないタイプか。絶対この人修道女とかのリーダーみたいな役職だよね。じゃなきゃそんなスキル培われないでしょ。



「わ。デカめの蟹がいる! あれって天然記念物ですか?」


「天然記念物とは? あの蟹はこの辺の水域に生息するブロッサムシザーという魔獣です」


「魔獣なんですか? 人を襲ったりしないんです?」


「無害認定の魔獣なので人は襲わないと思いますよ」


「おー!」



 その言葉を聞き安心したので斧を地面に置いて両手でデカ蟹を持ち上げる。すげ〜! このサイズの蟹なら身がぎっしり詰まってそうだ、鍋にしたいねぇ!


 デカ蟹と握手をして別れ、修道女さんの案内で街を歩く。ラトナとは違って湿度がそこまで高くなく、カラッとした気持ちの良い暑さの街だ。

 潮風で肌が若干ベタつくのが気になるが、そこさえ目を瞑ったらとても過ごしやすそう。



「さ、着きましたよ。ここが聖ルドリカ堂です」


「おぉ〜……」



 沿岸部から離れて都市部に移動しレンガ造りの建造物が立ち並ぶまさしくファンタジーな街並みをしばらく歩いていたらとてつもなく巨大な西洋建築物が見えた。


 荘厳。その一言が似合う立派な建築物だ。

 辺り一面には緑色の芝生が生えていて、色合いがマッチしている赤レンガの道を通った先にあるちょっとした居城のような石造りの大教会。


 黒い木製の大扉の前には噴水があり天使の像らしきものが立ち並んでいる。


 ゲームなんかで見たらムービー中にも関わらず散策したくてうずうずしたくなる光景だな! 現にあちこちを見て回りたい衝動に駆られてしまっている。尖塔って言うのかな? アレの内装ってどうなってるのか昔から気になってたんだよなぁ〜!



「まず洗礼の儀を行いますので、セーレには専用の衣装を着てもらいます。その後に施設内の案内をさせて頂きますね」


「は、はい!」



 と、緊張した風を装って元気よく返事をしつつ。ふと思った疑問について思いを馳せる。


 ……洗礼ってキリスト教の用語じゃなかったっけ? 同音異義語なのだろうか。十字架といい天使といい、キリスト教との偶然の一致が少々多く感じる。


 魔法に重きを置くか化学に重きを置くかで文明の発展の仕方に違いはあれど、人間の思想や信仰の大枠は大して変わらないって事なのかな。


 考えてみれば、車輪を用いた乗り物とか食器とかそれこそ建築物とか、元あった世界と似たようなものにありふれてたしな。そういう事もあるのだろう。



「着替え終わりましたね。それでは行きましょうか」



 修道女さんに案内された聖ルドリカ堂の一室で用意された服に着替え、彼女の後ろに着いて歩く。


 いよいよ入信の儀までイベントが進行してしまった。人生初めての体験だ。

 どうかミルティア教が邪教やカルトの類じゃありませんように、神父やら上の階級の人らと淫らなことをするみたいな頭のイカれたイニシエーションが存在しませんようにと願いつつ教会の廊下を歩く。



「あんっ、気持ちいいですっ! んぅっ!」


「はぁ、はぁっ、もっと! もっとください! ひゃあんっ!」


「赤ちゃん産みますっ、神父様の赤ちゃんっ! はぁんっ!」



 あ、終わったわ。廊下を歩いていたら近くの部屋から何ともいやらしい声が響いてきた。


 良き性行為がうんたらみたいな話を聞いた辺りからもしかしてって思ってはいたけど、どうやらこの宗教では同組織内の人間と性行為を行う事を推進されてるようですね。


 うーーーーーん、終わりっ! 今からでも逃げ出したいけどもう随分廊下を歩いちゃったら逃げられないや! 終わり終わりっ、人生終了っ♪



「どうぞ、こちらに。……セーレ? どうかしたのですか? この世の終わりを目の当たりしたような表情をしていますが」


「ははは。この世の終わりか、言い得て妙ですね。良き人生でした」


「?」



 修道女さんは純粋に小首を傾げていらっしゃる。狂気の内側にいる人間が狂気の沙汰に気付けないのは当たり前ですもんね。そうでしょうよ、あなたも清楚な顔してやる事やってるんでしょうからね!



 ここまで連続して選択肢を間違えるとは思っていなかった。自分の不運を呪いつつ、俺は透明な水が溜められた大浴場チックな空間へと足を踏み入れる。


 あーあ、もう後戻り出来ない。この場にいる人間を虐殺したらむしろ俺の方が悪人になっちゃうんだろうな〜!

 にっちもさっちもいかないなマジで! なんなの異世界!! もう日本に帰りたい!!!

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