42話『貪食の名残』
「俺は真面目に考えてほしいと言っているのだが!?」
「だから真面目に考えた結果それがいいと再三言ってるんだけどね!?」
宿に戻ると暗い顔をしたセーレから修道院であった出来事を聞かされた。
初めは『やっぱり尼さんになるのは無理だった!』みたいな事を言われるのかと思っていたのだが、予想に反して彼女は教会の人達にかなり高く評価してもらっていたらしい。
「すごい事じゃないか! 異端審問官というとミルティア教の中でも特に高い地位の人達を指す役職だよ? 僕が例に挙げた聖職者達や一般的な神父よりも序列が高くて、個人で修道院を運営したり、貴族階級とも対等にやり取りができる立場なんだ! 限られた才能のある人間しかなれない役職だ、こんな機会滅多にないぞ!?」
「うんすごいのはわかった! 聖人や聖女って呼ばれる連中も元は異端審問官スタートなんだってな! すごいな〜そりゃ! でもそこじゃなくて! もっとこう、気にするべき所があるだろ!?」
「気にするべき所とは?」
「ピックスさんとぷるみちゃんと離れ離れになるのですが〜っ!? いいのかよそれで! 寂しかろ!?」
む、それを言われてしまうと確かに寂しい気持ちもあるが。しかし、これは彼女の人生で大きな分岐点になるのは間違いないし僕らのせいで判断を鈍らせてしまうのは申し訳ないという気持ちの方が大きい。
「でもそうは言っても異端審問官は自分の担当区を決定できる権限も持ってる。自由気ままに担当区を点々とすることは出来ないけど、ちゃんと資格を得ればラトナに戻ってくる事も可能だよ。今生の別れというわけでもないのだから、そこはあまり深く考えなくても」
「んなっ!? …………ぷるみちゃんは、どう思う? 俺と離れ離れになるのは悲しいよなぁ!?」
『プル。プルプル』
「寂しいけど、また会えるならいいんじゃないかなって言ってるよ」
「ノリが軽いっ!?」
ぷるみちゃんの触手を手で掴み頬に押し付けながらセーレはおいおいと泣き始めた。お別れと言っても長くて一年程度だろ? 冒険者ですらその期間会わなくなる仲間や友人は珍しくもない。
寂しくなれば手紙でやり取りも可能なんだし、そう大袈裟に気にする事でもないと思うけどな。
「僕らは僕らで術師として経験を積む。セーレもそこで鍛錬を積んで、改めてここで再会しよう。僕らは運命共同体なんだろ? それならきっと」
「そうじゃんっ!!!?」
「いきなり大声出すのはやめてほしいかな」
「俺とピックスさんは魔力供給しなきゃいけないという縛りプレイがあるから物理的に離れられないんじゃん! そうだよ、そうだ! 忘れてた!!!」
む。そういえば確かに、魔力供給を定期的に受けなければ僕は怪物になってしまうという話も出ていたな。だが、定期的にとは言うが具体的にどのくらいの頻度必要になるかは聞かされていない。
「要はセーレの魔力さえ摂取出来たらいいんだろ? 魔力の運搬なんていくらでもやりようがあるよ」
「いや、駄目だ。一度に運べる魔力量なんて限られてるだろ。そんなの不安でしかないぞ」
「しかし……」
「兎にも角にも俺にはピックスさんをゾンビ化させた責任がある! だから外国には行かない!!!」
「セーレ」
「行かないったら行かない!」
「セーレ!」
「ッ!?」
勝手に話を終わらせようとしたセーレの名を大声で呼び、彼女を黙らせてベッドに座らせる。
「……そんなに声荒らげるとからしくないじゃん。なんだよ」
「この世界で生きるのがどれだけ難しい事か、もうセーレは十分理解してるはずだよ」
「……」
「今の僕らには自由に生きられる保証がない。人間らしく生きるのにはそれなりの地位が必要なんだ。冒険者になっても術師になっても、結局奴隷上がりじゃない人達からは見下されて生きていくしかない。そんな人生を君は歩みたいのかい?」
「……」
「僕はセーレさえ無事ならどんな生き方でも出来る。そういうものなんだろ? 傀儡っていうのは。それならば僕は自分の為に、君の人生がより豊かになるよう応援したい。そう思うのは不自然かな」
「……いや、だからさ」
「どう足掻いても僕と君は離れられないのかい? 絶対的に会えなくなる期間なんて長くて一年だ。たかが一年だろ?」
「……たかがって言うけど。長距離運搬できる魔力量なんて限度が」
「僕の肉体は相当魔力に対する耐性が出来てるよね」
「……まあ」
「使役術師が消費する魔力量なんて多い方じゃない。僕が生きるだけで生成される魔力もセーレの魔力成分が微量含まれているから、ある程度の魔力を貯蓄すれば自我を長持ちさせることは可能なはずだよ」
「……」
「それでも手立てはないと? 今この場で君から可能な限りの魔力を貰う。君の魔力は常人の何倍も多い、屍人一人を野に放つくらいなら可能だと思うんだけど」
「そ、そうだけどっ!」
「それなら何も問題は無いじゃないか」
「そうだけど! そうなんだけどさぁ!!!」
ここに来てセーレは理路整然とした反対意見を述べるのではなくただ感情的に僕に食ってかかってきた。
「……その……多分、後悔するぞ!? いいのか!?」
「僕の存在が足枷になってセーレの進路を妨げる方がずっと後悔するよ」
「そ、れは……」
「僕達なら大丈夫。屍人は普通の人間より死ににくいし、ぷるみちゃんは古代水王種だからそんじょそこらの魔獣よりも強いよ。ね?」
『プルッ!』
「そこは心配してないんだよな。そこじゃなくてさ……」
「僕なら大丈夫だって。安心してよ。今は何よりもセーレが善き方向に進む事を望んでるんだ。君が栄転するならそれだけで」
「……っ!!!」
急にセーレが立ち上がり僕の胸ぐらを両手で掴んで顔に引き寄せる。
セーレの瞳がすぐ目の前まで来る。彼女は僕を強く睨みきった後、しだいに顔を赤くして僕の服から手を離しベッドに座り直した。
「……時間は貰ったけど、相手を待たせてるのも悪いなって思って移動するかどうかは今日中に決めるって言った。だから、魔力供給が出来るとしたら今夜中しかない」
「そ、そうなんだ。じゃあ早速」
「一晩で!」
セーレは俯いたまま大きな声で僕に牽制する。
どうしたんだろう? 彼女は唇を震わせながら僕の目線をチラチラ窺ってくる。
「……一晩で、与えられる魔力量なんてたかが知れてるだろ。普通に与える分だと、保って四ヶ月分くらいしか与えられない」
「四ヶ月、か。ふーむ……そこはセーレを信じて」
「でも効率良く、一番効率良く魔力供給する方法が一つだけある、だろ」
「一番効率良く? 魔力供給の、供給効率の一番多い箇所……」
「………………粘膜接触」
「……あっ」
彼女の言葉を聞き、何故彼女が過剰に慌てふためいてるのか、その時になって初めて気付いた。
「粘膜接触すると魔力が双方向に交換される事になる。けど、二人の魔力量に大きな開きがある場合は魔力が多い方が少ない方に与える魔力量が増加するんだったよな」
「セ、セーレ」
「口腔接触で交換するより、内蔵に近い位置で交換した方が流れる魔力量は多くなる。付着する体液からも魔力は吸収可能。……魔法使いや魔術師は大掛かりな術式を発動する前にそういった行為を行うケースも多々ある。神話語りに加えてそう語ってたよな、あんた」
何を言いたいのか。勿論、ここまで事細かに言われればそれを察することは出来る。でも、事の重大に気付くのが遅れたせいですぐには言葉を返せなかった。
「……それでも俺と、離れ離れになってもいいと?」
それは乙女として当然の葛藤であり、拒否して然るべき話であった。
セーレはまだ少女だ。僕よりも6つも年下で、男性とそういう行為を行った事なんて一度もないだろう。
嫌悪感を抱かれて当然だし、怒って殴り殺されなかった事こそが奇跡だ。僕は自分が邪魔者になりたくないあまり、酷な言葉をずっと言い続けていた。無意識だったとはいえそれは紛うことなき事実だ。
「ご、ごめんっ! 僕はっ」
「正直言うと、それが仕方ない事なのだとしたら俺はそれを受け入れるよ」
「えっ」
「……ピックスさんの事は純粋に頼りにしてる。俺が持っていない知識を沢山持っていて、それを分かりやすい形で伝えてくれるからあんたの存在は俺にとって便利なガイド役みたいなもんになってる。手離すのは惜しい人材だと思ってる、化け物にするのは勿体ないよ」
「……」
「でも内容が内容だろ。……嫌なもんは嫌だし。だから、そういう事をするのなら真剣にあんたの意志を問いたい」
セーレは顔を上げ、こちらの腹の中を探るような鋭い目で僕を見て言葉を続ける。
「俺もその異端なんたらになるのが一番賢い選択肢だと思う。てかぶっちゃけそれくらいしか現状を打破する方法がない。選り好みできる立場でもないし、あぐらをかける段階でもないよな。でも、あんたは俺を抱けるのか?」
「……」
「後悔を抱かないのか? 罪悪感は、自己嫌悪は、トラウマにならない自信はあるのか? それが原因で不具になったりしないのか? どうなんだよ、ピックスさん」
「僕は……」
「……この世界にはコンドームがない。避妊する術がない。この肉体、とっくに生理来てるから普通に妊娠するぞ。……ミルティア教は堕胎を良しとしない、産まれてくる生命全てに祝福をって思想を掲げてる宗教だった」
「……っ」
「こんな事で、こんなよく分からないことでさ。俺らの子供が出来たらどうするわけ? ……育てるのかよ。異端審問官になったら、子捨てなんて見逃せなくなるぞ。多分」
彼女の言葉は全てがその通りだった。物事を甘く考えている、そう責められて文句は言えない。
考える。長い時間を貰って思考する。……それでも、僕はぷるみちゃんと従魔契約をしているから出来る事なら人としての自我を失いたくない。
「………………それでも、権利は大事だ。将来を安泰にしたいのなら、セーレは異端審問官になるのが一番良い事だよ」
「……」
「……で、でも。セーレが不安になるのもわかる。だから……不安は残るけど、せめて口腔接触で」
「駄目だ」
「!」
「するなら……とことん魔力を注ぎ込まないと意味が無いだろ」
「えっ? セーレッ!?」
セーレは僕の腕を掴み、ベッドの方へ引っ張り僕の腰の上に跨る。彼女は片足を上げてズボンを下げると、そのまま流れるように下着も脱いで同じように僕の服を脱がせ始めた。
「ま、待ってくれ!? いきなり始めるのか!?」
「時間が無いんだよ。……それに、こんな異常なこと勢いに任せないと出来ないだろ。時間置いて落ち着いたら絶対気変わるぞ」
「そ、そうか。……それも、そうか」
セーレはぷるみちゃんに「あまり見ないでくれ」と言うと、決心するように息を吐いて目を泳がせた。
彼女の腰が一瞬持ち上がるが、すぐに僕の腹の上に落ちた。
スラッとした彼女の、足の付け根の皮膚が僕の皮膚に吸い付く。彼女は怯えていた。その震えが伝わってくる。
「……記憶は無いんだけどさ」
「え?」
「記憶はないんだけど、多分俺、こういう事するの初めてじゃないんだと思う。この肉体で」
こういう場面になった際、女性はどういう表情するのが自然なのか僕は知らない。
セーレの表情には寂しさがあった。
恐怖や嫌悪、或いはこれからの行為を期待する感情は一切なく、ただ失ってしまった何かを憂うような気の重たげな表情で僕の体を見下ろしている。
「処女じゃない。他の男と身を寄せた熱も懐かしく感じる。だから、我ながら気持ち悪いなとは思うけど、こういう行為に殊更なにか思う所は無い。……あるのは、ピックスさんへの申し訳なさくらい」
「申し訳なさ?」
「童貞はさ、好きな子と初体験を終えるのが理想なんだろ。俺はまだ出会ったばかりだし、ガキだし、あんたの事を好きでもなんでもない。……あんたの初めてを奪うのは、絶対に俺の役割じゃない。なのにこんな行為を強要してしまった」
……なんだ、それ。
そんなもの、純潔を失う事に対する感傷なんか、男が抱くものでは無いだろ。
申し訳なく感じているのは僕の方だ。僕がこんな肉体だからセーレに手間をかけさせてしまった。
自分の不甲斐なさに歯痒さを感じる。
「……やっぱりやめるかい?」
「ここでやめたらもう二度とこんな手段を取ろうとは思わない。……成り行きでも、短慮でも、客観的に考えて馬鹿げているとしても、今思い付ける考えではこれが一番手っ取り早くて確実なんだ」
「でも君はこんなの望んでない」
「望んでないけど。……望んでるわけないが、それでも仕方ない事なんだろ」
「……」
「……ピックスさんと出会わなかったら、多分俺は娼婦になってたと思う。それくらいしか生きる方法が無いんだもんな。どのみちなんだよ、結局」
そう呟くと、セーレは己の腰を立ち上げて厳かに動かし腰を下ろした。
セーレと体を重ねた。
彼女の言うように、僕の胸中には罪悪感や後悔といった感情が湧いた。でも肉体的な心地良さがそれらをドロドロに溶かして、上から覆いかぶさってくる彼女に沈んでいくような錯覚を覚えた。
行為は夜通し続いた。
長期間魔力供給を行わずとも済むように、彼女は徹底的に自分の体液と共に魔力を僕に注ぎ込んだ。
何度も果てた。それでも彼女は辞めてはくれなかった。
初めのうちは苦悶の表情を浮かべていた彼女も、いつの間にか性に奔放な娼婦のような顔つきになりだらしなく艶やかな吐息を吐き精を絞り出してくる。
僕は彼女の事をあまり知らない。だがその変貌の仕方と、すんなりと入ってしまった事から、彼女が今までどんな扱いを受けていたかは容易に想像出来た。
……男の僕でさえ奴隷時代はそういう扱いを受けていたのだ。
女性で、見た目が良い彼女が処女な筈がない。そんな当たり前の事に今更になって気付き、自分の過去をひた隠しにする彼女に憐れみじみた感情を抱き、彼女の頭をそっと抱き寄せてしまった。
その行為が何かしらのきっかけになってしまったのかもしれない。
セーレの動きに激しさが増す。淫らな水音が大きくなり、暴力的な快楽に襲われる。
彼女は僕の事などどうとも思っていない。そんなの分かってる。それなのに口内を貪られ、彼女に対する感情が強引に引っ掻き回されてしまう。
セーレは僕にのしかかるように身を押し付けながら、腰を動かしながら、気持ちよさそうに喘ぎながら泣き始めた。
泣いている理由なんていくらでも思いつく。
もうここまでしてしまったら励ましても無駄だし、かえって彼女を傷付けてしまうだろう。だから僕は何も声をかけず、されるがままとなり彼女の思うように性を貪らせた。
失ってしまった何かに手を伸ばすように、何度も何度も爪を立てながら貪欲に僕を捕食し続けたセーレは、窓の外が明るくなったあたりで落ち着きを取り戻し僕の上から退く。
「……おつかれ。これでしばらく、一年と数ヶ月は魔力供給が要らないと思う。あんたが無茶しなければだけど」
ガラついた声で、気怠そうにそう呟くとセーレは何も言わずに浴室の方へと歩いていった。
ぷるみちゃんは静かに寝息を立てている。隣で情事に及んでいたのだが、スライムである彼女には他種族の交尾にさした関心もないのだろう。
乱れた呼吸を整えるために一度深呼吸をすると、室内に充満していた匂いが鼻腔に入ってきて邪な気分を掻き立てられた。けれど、これ以上元気になる余裕は無いらしく特に反応はしなかった。
「死ぬかと思った……」
誰も聴いていないのを良い事に、正直な感想を述べる。
最初は気持ちよかった。けど、あそこまで情熱的に求められると最早気持ちいいを通り越して苦痛になってくるんだな……。
本人が傷ついてしまうかもしれないから絶対にこんな事は言えないが、セーレって絶対こういうの好きだよね。
将来、性に奔放な女性になりそう。てか絶対なる。その矛先を向けられたら……嫌とかそういうのはないが、怖い。殺されてしまう。そんな気しかしなかった。
*
うんこれ絶対記憶を失う前にバッコバコにヤリまくってたね、俺。
おかしいもん。
処女では無いんだろうなーって思ってはいたし、なんならアレクトラ時代に出産してたって経歴も知ってるから破瓜の痛みは感じないだろと思ってはいたけど、にしてもするんって入ったもん。おかしくはあるよ絶対。
「思いの外クッソ気持ちよかったし。なんなんこれ、同性愛者の才能アリなの俺。キツいわ〜まじで……」
鏡に映る自分を見ながら問い掛ける。肌がツヤッツヤしてるわ。なに満足気に頬赤らめてんだ、ぶん殴るぞ俺。というかアレクトラ。
まあ肉体的に考えたら異性の交わりなわけだしそれを同姓愛好と呼んでいいのかは定かでは無いのだが。にしてもなんなんださっきのは? 予想以上にこう、凄かったな。
「ぐああぁぁぁ……」
数秒前までの行為を思い出しシャワーを浴びながら悶える。
まあ絶頂を迎えるのは百歩譲っていいわ。そりゃ性感帯を刺激されたら嫌でもいつかは絶頂するもん。全然生物として自然な事だと思う。
でもやっちゃった事を考えたら大分AVじゃない? 尿だかなんだか分からない液体とか噴き出しちゃったし。無意識にヨダレ垂らしてたし、なんか色っぽさとか越えて汚い声出ちゃってたし。
ピックスさんが果てた時に腰をぐりぐりに押し付けちゃったし、胸とか顔とかベロンベロンに舐め回しちゃったし。そこら辺が特にグロイわ。絶対必要ないからしないだろって思った深めのキスまでしちゃった所とかグロすぎて頭を打ち付けたい。
「ぎゃああぁ忘れろっ!」
ゴンッ、と頭を壁に打ち付ける。痛い。痛いだけだった。
話の流れでじゃーしゃあなしヤリますか! ってなってあそこまでしっかり快楽を貪ることなんてあるのかな。無いよね。生まれながらの女だったのならさもありなんかもしれないけど、男の自我持っててそれはちょっとしんどいって。
「後先考えずに出させまくっちゃったし。どうすんだよこれどうすんだよ〜……」
股にシャワーを当てながら指で必死に中の液体を掻き出すが果たして意味はあるのだろうか。いや、ない。保健体育を義務教育で受けた俺は知ってる、今更手遅れだこんなの。
「……っ!?」
いやいや、今は完全プライベートなシャワータイムでしょうが。なんで掻き出すだけで気持ちよくなれる? どんだけ余韻引きずってんだよ。性欲強すぎか。身の丈にあった性欲で留めてくれよ頼むから。
「はぁ……はあ〜……。やっばいどう考えても黒歴史すぎる。え、こんなんで子供なんて身篭るの女の体って。コスパ悪すぎじゃない? コンドーム作れや。アホなんか? 順序的に絶対早期に開発されてるべきアイテムだろ……」
コンドームというか、ピルだわ。絶対ピル必要だろって。避妊具の無い世界とかそこら中で堕胎と望まぬ妊娠が横行するぞ。
……あー。そっか。なんでこんな魔獣とか普通に居る世界なのに人間が滅んでないのか分かった。
避妊って概念がないから子供がポンポン産まれると。相対的に殺される数より生み出される数の方が多いから均衡を保ってるってわけね。
大分野良畜生じゃない? なにその人口増加の仕方、野性的すぎるんだけど。
「まあでも、人が長生きできる世界じゃなけりゃ出産を妨げるアイテムが生まれないのは納得だわな。魔獣がいる以上、農耕とか漁業が安定してるとも思えないし。狩りで獲得した魔獣の肉を店に出すくらいだから力ない市民にとってはプチ飢饉状態に陥っててもおかしくないのか……」
こんな所でも世界の情勢について理解が深まってしまった。
クッソ。てかなんでまだムラムラしてるわけ? 俺はエロゲーのキャラかなんかなの? どこまで男に都合のいい性欲してるんだマジで。
「アレクトラよ。お前、俺が忘れてる時間軸で子供とか作ってないだろうな? 勘弁しろよマジで。十五年のブラックボックスの内側で俺のガキとかいう存在がポップしてたらマジで。事だぞ、普通に」
ヘロヘロになった足腰を立てて再び鏡の中の自分を睨み、指でトントンと鏡面を叩きながら問い掛ける。答えはもちろん帰ってこない、なんせ映ってるのは俺だからね。
……自分の貞操観念を微塵も信用出来ねぇ〜。軽く終わらせようと思って臨んだ官能ムーブの結果がこれだもんな。
どんな流れであれテンションがブーストして同じオチになったのは言うまでもなく明らかすぎる。思い出したくねぇ〜失われた記憶!
「もしガキをこさえてたら最高15歳前後か? ……いや、俺がこの世界にポップしてすぐにロドス帝国が滅んだわけでもないのだとしたらプラス数年分のブランクもあるのか……こ、怖ぇ〜!? 何が怖いって忘れてる間の年月分成長出来てないから、下手すりゃ肉体年齢でガキに追い越されてる可能性あるんだよな!? おげぇ〜!!!」
最悪に最悪を重ねる想定でガッツリ吐き気を催した。そこら辺にいる大人とかにも俺のガキが混じってる可能性が出てきたんだもんな。そりゃ吐きそうにもなる。
どうしようね、俺を見て母親だと気付いた人間がどこぞの村の長老とかやってたら。じじいに「ママ!」って言われるの? 自殺しちゃうけどな、流石に。
考えれば考えるほど身の毛がよだつのであと数回頭を壁に打ち付け、天井を仰ぎながら目を閉じる。シャワーの温水が体に当たって気持ちいい。
あぁ〜、このままこれが夢オチで全部無かったことになればいいのにな〜。
「あああぁぁぁぁクソッ!!! どうしたらよかったんだろうな〜!? 魔力供給問題、どう解決すればよかったんだろ!? いっその事心臓抉り出してピックスさんに食べてもらえばよかったかな!? その場合俺の肉体はピックスさんの腹の中から生えてくるから手間が増えるのは変わんないな〜!!!」
考えるなと自分に言い聞かせたのに。なーんでまた過ぎてしまった事への正解を求めるのかね俺は。馬鹿すぎる、メンタル弱すぎるぞ。
「……あ!」
てか、食う云々で思い出したけどそうじゃん、俺ピックスさんの体をベロンベロンに舐めちゃってたわ!
すっかり頭から抜けていた、アレクトラの唾液には動植物をミイラ化させる謎成分が含まれてるんだったわ!!!
「やっべ!」
裸のまま、体も拭かずに脱衣場を出てピックスさんを確認する。
「あれ……なんか、本気で死にそう……? なんだ、これ」
「ぎゃああぁぁピックスさああぁぁぁんっ!!?」
予想通り彼は全裸でベッドに寝そべったままカピカピになっていた。主に胸と顔面。顔面なんかほぼ皮と骨だけになってる。グロッキー状態だ!!!
急いで彼を担ぎシャワーをガブ飲みさせつつ、食い物が見当たらなかったのでもう痛いのも我慢して自分の腕の肉を噛みちぎり彼に口移しで与える。
「あっ……」
「…………セーレ? あの、もう終わったんだよね。あ、あの、セーレ? セーレ!? これ以上は本当にキツいって、セーレェ!!!?」




