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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第二章『初めて他人を完全なゾンビにしました編』
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41話『とりあえずの進路』

 今日中にやれる事は全てやり切り、さあ寝ようってなってからもう一時間以上経った。


 冒険者としての依頼が受けられなくなった今、俺達の生活を支えるのはピックスさんの所持金頼り。つまりあまり自由に使える金が無いので、仕方なしに俺とピックスさん、ぷるみちゃんは三人で同じ部屋に寝泊まりする事となった。


 ぷるみちゃんが寝息を立て、俺も長いこと目を瞑っているがピックスさんの様子が気になって寝付けない。


 ペラペラと紙をめくる音が延々と聴こえる。


 ピックスさん、こんな夜更けまで一人で何を読んでいるんだろう? 蝋燭の小さな火だけで文字を読むのは視力に良くないぞと注意したい。ただでさえ瞳が劣化して夜目が効かなくなってるのに、暗所での読書なんてするもんじゃないだろ。



『プルー……』



 ほんでぷるみちゃんは唇もないのにやけに明瞭な寝息を吐き出してるし。どういう仕組みなの? てか普段から普通に鳴き声を発してるけどそれもまた不思議ではあるんだよな。何となしに『ぷ』と『る』の発音をしてるけど、唇も舌もついてないよね?



「……駄目だ。眠れね」


「ん? おや、セーレ。起こしてしまったか、ごめんよ」


「起こされたってか一睡もしてないってか。さっきから何読んでんの?」



 ぷるみちゃん用のちっちゃい布を置いといて、毛布を纏った状態でピックスさんに近付き背中越しに本を覗き見る。


 文字が細かくてあまり内容は窺えないが、文字の置かれ方的に小説かなにかだろう。読書家だなぁ。



「まーたどこぞの神話小説?」


屍人(アンデッド)をテーマにした作品をちょこっとね。ほら、僕自身屍人になってしまったんだし」


「そういうのはもっと専門的な、魔獣図鑑的な物で調べるもんじゃないのかね。無いの? そういう本」


「あるにはあるけど、そういったちゃんとした文献は学校に通うか術師でない限り手に入らないよ。僕のように教養が一切ない人間は、こうして物語から知識を得るしかないのさ」


「ほーん」



 そういうもんなのか? 教科書や参考書なんて書店に行きゃ置いてあるとばかり思ってたんだがな。


 ……教養がないって言うけど、ピックスさんのアイデアで俺はここまで一度も詰まずに歩んでこれたんだよな。俺一人じゃスライムにも殺されかけるし。


 知識に貪欲なのは良い事だけど、謎に自分を卑下されるのは気分が良くないのでやめてもらいたいものだ。どういう入手方法にせよ、知識がある事は誇れる事なんだからもっと自信を持ってほしいわ。



「あんまり無理すんなよ」



 お勉強タイムを邪魔するのも悪いので、俺は身に纏っていた布を譲りピックスさんの背中にかけた。



「……ん? いやいや、これベッド用の掛布だよね? セーレ、今寝巻きしか着てないでしょ」


「読書は落ち着ける環境でした方が頭に入るもんでしょ」


「布もかけずに寝ると風邪をひくよ。これは君が使いな」


「リスペクトの気持ちと共に布を贈呈したんすよ。親切は受け取っとくもんだ」


「駄目だって。ほら」



 ピックスさんに布を被せられる。強情だな、別に俺は大丈夫だっつってんのに。



「君が優しいのはもう分かってるけど、僕の我儘に付き合ってひもじい思いをする必要は無いだろ?」


「……」


「それでも布を僕に被せたいって言うのならもう読書も終わりにして眠るけど」


「はあ。ピックスさん、少し椅子引いて」


「?」



 このままだと押し問答になると感じたので、ピックスさんに椅子を引かせ、彼に布をかけて足の間にちょこんと座る。



「セーレ?」

「これなら俺も寒くはないし、俺くらい細っこいガキならさして邪魔にもならないでしょ。どうぞ、読書を続けて」

「このまま寝る気かい?」

「はい。読書を終えたら眠りこけてる俺をベッドに運んでくださいね」

「……余計な気を使わせて申し訳ないな」

「別に。さっさと稼いで個室で泊まれるようにしないとっすね。気にしぃと気にしぃがガッチャンコしたらこういう譲り合いが発生しちまう。滑稽すぎるわ」



 軽いやり取りを交わし俺はピックスさんの胴体に体重を預けて目を瞑る。


 ……なんというか。男に抱かれながら寝るなんて気味の悪い行為でしかないはずなのに今は何故か安心する。この肉体が人肌を求めているのだろうか?


 邪神と名高いアレクトラが愛に飢えてるただの子供なんだとしたら、それはそれである意味笑い話だな。ま、人の形をしているんだし所詮人の子ってわけか。


 ……或いは、あのローゼフとかいう男と出会ったせいで何かしらが刺激されたのかもしれない。


 最初見た時は何も感じなかったけど、彼の事を思い出すと腹の底が疼くんだよな。

 フレデリカに対してもそうだ。彼女とローゼフが共にいるのを見た時から、よく分からない安心感というか愛おしさのような物を抱いた気がする。理由は全くもって不明だが。


 他人の営みを慈しむ優しい女神だったのかもしれんね、アレクトラは。






「飯に関してはマッチョさんの計らいでどうにかなるっつっても、生活してくには金が必要だもんなぁ。どうしたもんかね」



 翌日。食事券の使える料理屋で昼飯を食べながらピックスさんと今後の動きについて考える。ぷるみちゃんはピックスさんの腕の中でおやすみ中だ。随分睡眠時間の長いことで。



「その事についてなんだけど、昨日カストロクスさんから使役術師としての腕を見込まれてね。術師ギルドに入会しないかと誘われたんだ」


「え。ギルドに推薦されたの? 熱いじゃんそれは普通に。稼ぎ口ゲットじゃない?」


「確かに推薦という形にはなるが、正式に所属出来るのは冒険者ギルドで死亡者扱いになった件が解決してからになる。それまでは術師ギルドに所属するのは難しいし冒険者業もおやすみだから、何にせよしばらく仕事にはありつけないんだけどね」


「あれま」


「ついでに言うと、一度退会したギルドを特別に登録し直す場合冒険者ランクは青銅級からに戻ってしまい」


「ほう。青銅級というと、初心者に毛が生えた程度の冒険者みたいな扱いなんでしたっけ」


「魔獣討伐の実績を持たない、冒険者見習いみたいな階級だよ。青銅級冒険者が受けられる依頼は基本的に単独でのみになってしまうから、どのみちその段階では君を仲間として冒険者に引き入れることはできない」


「……まじ?」


「まじ。重ねて言うと、青銅級が受けられる依頼の報酬金はそこまで高くないし安全な依頼は競争率が高いから取るのが難しくてね。階級が上がるまでそこそこの期間がかかる覚悟をしておいた方がいい」


「まじぃ……?」



 なんと。現状だとこの極貧生活を打開する策がないと申すか。むむむ……。



「僕とぷるみちゃんは従魔の契約を結んでいるから術師ギルドに赴けば手っ取り早く良い依頼を受けられるとは思うけど、術師ギルドに入ってもすぐに仕事が振られるわけではないからね。正直、今のままだと生活が好転することは無い」


「断言するなぁ。ふーむ……俺もその術師ギルドってのに所属するのは難しいんですか?」


「上位の術師の推薦が無い限り、術師ギルドは学校を通って初めて所属できる組織だからね。可能性は……」


「むむむ、分かりやすくエリート街道ってわけだ。そりゃそうだよなぁ、魔法分野の医者が居るような組織だからそれなりの経歴なり資格なり実績が必要なのは当たり前か」


「君の能力もかなり希少性が高いけど、蘇生術なんて一般的には禁忌の類いだからね。人前でおいそれと使えない以上、能力で買ってもらうのは困難だと思うよ」


「だわなぁ」



 俺の能力なんて、蘇生系統を除いたら一見意味の分からない物ばかりだしな。骨を操る、物体を停止させる、血で他の物質を汚染する、果たしてこれらの能力が殺し合い以外で役に立つと思えない。


 術師ギルドってのは能力の利便性を見ているだろうから、用途の幅が狭い俺の他の能力なんてきっと見向きもされないだろう。


 詰んでいる。免許とか資格を持たず学校にもまともに通わないまま就職シーズンに突入した学生みたいな感じか? 異世界に来ていきなりこんな厳しい現実を叩きつけられるとは思ってなかったんですけど。



「そこでだ。やはりここは、セーレに修道院に向かってもらうのが一番良いのではと僕は考えたわけです」


「はい出た論理の飛躍。奇想天外奇妙奇天烈な案。どうしてそうなる、尼さんになる気は無いと常日頃言ってるでしょうが」



 ピックスさんが出したアイデアをとりあえず拒否する。彼は俺とぷるみちゃんを支える大切な頭脳だ、だがそんな彼のアイデアでも流石に受け入れられるものと受け入れられないものってのがあるからな。


 俺にシスターさんをやれって? シスターさんの生活なんて映画ぐらいでしか見た事ないが、修道院で毎日代わり映えのない面々と変わりない共同生活して時たまに聖歌を歌いに教会に赴くくらいしかやることないだろ。

 給料という概念があるようにも思えないし、それじゃ何の解決にもなってない。ただ物理的にピックスさん達と接触しにくくなるだけだ。



「あのね。真面目に考えてほしいんだけど、俺が尼さんになったらあんたへの魔力供給はどうするんだよ? シスターさんって一日のスケジュールがギッシリ詰まってて自由行動できる時間なんてほぼ存在してないだろ?」


「そういった役割の修道女も居るが、君に目指してほしいのはそれとは別だよ」


「別とな?」


「ほら、ガイルスさんが言っていただろう? 解呪師ってやつ」


「……あぁ。ぷるみちゃんの封印を解く方法を考えてる時に出てたね」


「冒険者の中には、教会に属し聖職者を営みながらも冒険者業を平行している人達も居るんだよ。解呪師や守護魔導師、操霊師や悪霊払いがそれにあたる。それらの役職に就ければ、まあ最初の内は確かに自由時間が少ないかもしれないけど三ヶ月ほどで単独行動が可能になるはずだよ」


「……三ヶ月ぅ?」


「何事も基礎から学んでいかないことには始まらないのさ。君はミルティア教について詳しくはないだろ?」


「初耳の宗教ではありますね」


「だよね。なら真面目に教義を学び人柄を認められ役職に着くまで最低でも三ヶ月はかかる。それも上手く行けばの話で、勉強が苦手な君からするともっと期間がかかる可能性はあるが、将来的に冒険者になりたいという旨を伝えて、仲間が居て定期的に会う必要があるとちゃんと話せば共に行動する時間も都合してもらえるはずだ」


「本当かぁ? 外部との接触は厳禁みたいな感じにならないんすかね」


「君が目指すのはあくまで外部との繋がりも持つ役職だからね。通常の修道女は違う、そこさえ気をつければ問題は無いよ」


「はあ」


「一度門を叩くのも悪くないんじゃないかな? まあ、どうしても一定の期間教会か修道院で生活することにはなると思うけど、会えさえすれば魔力供給は出来る。だろ?」



 だろって言われても。確かにそれはそうなんだが、ピックスさんは俺のスキルツリー鑑みて発言しているのだろうか? そこがまず気になる。



「もう一度冷静に考えてみてほしいんですけど、俺、屍人を操るような能力を使う人間なんすよ? やってる事聖職者と真逆じゃありません?」


「聖職者の中には操霊師も居ると伝えた筈だよ。それに霊と交信が出来るというのも教会にとって利になるとされる可能性が高い。君の能力はむしろ貴重な才能として高い評価を得られるんじゃないかな」


「そんなもんかね……」


「600年前に居たとされる聖グランバリエという聖女は霊の言葉を聞き、それによって教会に数多の神秘と奇跡を齎したとされている。前例はあるんだ、事は前向きに考えようじゃないか!」



 そうなんだ。俺みたいな能力を持った先人もいるんだな。……アレクトラは数千年前の人物だから先人というか後輩か。ふーむ、アレクトラの遠い子孫なのかもしれないねその人。



「気は乗らないし全く微塵も納得はしてないけど、無職路線でこのままダラダラするのも不健全だしチャレンジはしてみますわ。やってみなくちゃわかんないですしね」


「そうそう。受け入れられれば当面の生活は担保される、僕らは僕らで術師としての信用と実績を積む。数ヶ月後、互いに単独行動権を得られる頃にはやれる事の幅が広がるはずだよ!」



 どーせ門前払いされるだろうけどね。マッチョ使役術師さん曰く、俺って邪悪な魔力を纏ってるらしいし。

 まあ、冴えた考えを思いついたと信じ込んでるピックスさんに茶々を入れるのも無粋だ。ここは彼の力強い眼差しに不敵な笑みを返し拳を合わせておいてやるか。






 今後の方針が決まるとすぐに俺達は別れてピックスさんとぷるみちゃんは冒険者ギルドに、俺は街の修道院に訪れていた。



「見る分には木造の何の変哲もない教会。真ん中の出っ張った部分の頭には十字架。キリスト教……では無いわなぁ。この世界にキリストが居るはずがないもん。てか宗教名がミルティア教だからキリスト教ではないし。偶然の一致で神様シンボルのデザインが同じなのだろうか」



 ラトナ修道院の前でとりあえず建物の外観を観察し感想を述べる。てか教会と修道院の違いってなんなんだろうね。無宗教だった俺には全く違いが分からないや。



「ふーむ……」


「あら、こんにちは」


「こんにちは」



 修道院を見上げながらむむむと唸っていたら近くを掃除していた若い修道女さんに挨拶された。

 ふむ。やはりキリスト教チックな、俺がイメージするようなシスター服に身を包んだベーシックな修道女さんだ。


 カーテンみたいな帽子を被ってて、カーテンみたいな服を着た、十字架型の装飾があるだけの質素な服装。

 服の色は白、黒とか紺色じゃないんだな。そこは唯一俺のイメージと違うけど、なんかより神聖というか綺麗で淡白な印象が受ける。カレーとか一生食わないんだろうな、この世界の修道女さんは。



「あー……すいません」



 とりあえずぼったちしてるだけでは話が進まないので修道女さんに声をかける。彼女は「はい!」と明るく返事をすると、箒を動かす手を止めて俺の方へと向き直った。



「そのー……えっと、なんて言えばいいんだろう」


「?」


「えーっと……実はそちらのご宗教? ご信仰? に興味がありましてですね。お……私もその、神様の尊い教えに従い? 活躍したいなー、みたいな」



 大丈夫かこれ。入信の作法なんて知らないからぶっつけ本番でそれらしい言葉を並べてみたが、この言い方で本当に合っているか? 程度の低い煽りになってない? 活躍したいなーってなんだ。



「そういう事でしたら是非! えぇ是非!」


「えっ」


「ミルティア教の教義にご興味があるのですよね!?」


「え、えぇ。まあ」


「でしたら是非お話を御聞かせください! 一目見た時からあなたからはびびびと凄まじい闇の魔力を感じていました!!!」


「闇の魔力。ん? 闇の魔力。あれれ、その場合は門前払いになるのではない? 闇の魔力を肯定してる。邪教ではない?」


「何を言いますか! 闇の魔力は主の御業を源流とする大いなる力の一片! 光の魔力と双肩を担う神聖な力ではありませんか!」


「そうなの? ゾロアスター教的な話?」


「光と闇は世界の均衡を保つ貴重な力なんです。光は奇蹟を、闇は権能を体現する可能性を秘めている、らしいです! つまりあなたには素質がある! 興味がおありなのでしたら是非とも、是非ともです!!!」


「是非ともなんですね……」



 是非ともの一言でやけに力押しされるな。こんな前のめりで入信を勧めてくるのって大丈夫な宗教なのだろうか? 一気に不安が押し寄せてきたんだけど。



「ささっ、どうぞ中へ!」


「えっ。あ、なんか入る時に作法とか。靴のままで大丈夫なんですかね?」


「? 問題ありませんよ? 一般の方もここへは祈りを捧げる為に通ったりしてますし」


「そうなんだ」



 ミサ的な物なのだろうか? それは教会じゃない? 修道院でもそういうのやってるの? よく知らないんだけど、なんか色々間違ってる気がする。



「入信希望者の方ですね。……ほう、闇の魔力をお持ちのようで」



 修道院に入り、一般人らしき人が居る広間を通って中庭? らしき空間を通過し別の建物に入ると今度は年配の修道女さんと会話する流れになった。


 若い修道女さんもそうだったけど、一目見ただけで俺の魔力が闇の性質? を持ってるって気付けるんだな。

 マッチョ使役術師さんは『魔眼』とやらを使って初めて俺の魔力を視認出来たみたいだけど、教徒とそれ以外だと見える物が違ったりするのだろうか。



「して、どのような形式での入信をご希望で?」


「えっ。……というと?」


「信徒というのも様々な方が居らっしゃいます。教会に属さず一般信徒として主に祈りを捧げ寵愛と加護を賜る方も居れば、教会に属し主の意志を代行する方やそのお手伝いをする我々のような信徒もいるのです」


「あ、あー……えっと。し、正直に言ったらその、怒られたり、しますかね?」


「いいえ。どのような言の葉も私共は受け入れますとも。思った事、感じた事、そのまま素直に口にして構いませんよ」



 こっわ。

 何を言われても気にしませんよスタンスの宗教勧誘が一番怖いよ。入信させちまえば洗脳し放題って言ってるようなもんじゃないのそれ。俺が日本人だからそう感じるだけなのかな。


 だが、ここで気を使って当たり障りないことを答えるよりちゃんと伝えるべきことを伝えてその上で受け入れてもらえるかが重要だよな。ピックスさんも言うように、ただ修道女として清貧を心掛けた共同生活をするのは俺の目的に合致しない。

 俺が求めるのは冒険者界隈にも顔を出せるもっと別の役職なのだ。その旨はきちんと伝えなきゃ。



「その……私、冒険者になりたくて」


「冒険者、ですか?」


「はい。現状私には名前以外の個人情報が存在していなくて、帰る家もないし親もいないし。だから身一つで仕事にありつくことも難しくて、その状況を打破する為に冒険者になりたいんです」


「……それは、必ず冒険者でなくてはならないのですか? 教会に属し主の意志に殉じた働きをしてくれるのであれば、生活に必要な資金や保証は十分に受けられますよ?」



 やっぱ二足のわらじ前提で話を持ちかけると第一印象は悪くなるか。当たり前だな、でもそこを話さないとこちらとしても教会に属する意味が無いからハッキリと答えておこう。



「必ず冒険者になるって方向性じゃないと厳しいです。私、仲間がもう居て。彼らの力になりたいけど自分一人じゃ足でまといになるから、教会に属し自分にしか出来ない技術を会得して彼らの仲間に相応しい人間になりたいんですよ」


「……なるほど。そういう事でしたら、分かりました」



 えっ。


 若い修道女といい、話が分かりすぎない? あと3ターンくらいはラリーを返すつもりでいたんだけど、最初の触りだけで分かりましたって言われちゃった。随分あっさりとしてるんだな、それとも面接落ちか?



「元よりあなたには修道女としてお手伝いをしてもらうより、もっと相応しい役職があると思っていたのです。その強大な魔力、それを活かせる役職がね」



 魔力。ふむ、闇の魔力とやらに着眼されていたのか。随分過大評価されてるんだな、俺の魔力って。量がべらぼうに多いだけでそれ以外特別性なんてないんだけどな。



「名前をお聞かせ願えますか? 尊き心を持ったあなた」


「尊き心を持ったあなた。すごい呼ばれ方したな……えっと、私の名前はセーレです」


「セーレ、ですね。ではセーレ、こちらの盃に血を一滴お入れ下さい」


「え???」



 老修道女が机の下から銀色の盃を出し、そこに魔法で生成した水を少量入れて俺に近付けた。傍に控えていた若い修道女が銀のナイフを俺に手渡す。


 血を垂らすってまじか、冒険者ギルドでも血を流して魔力量を測定されたけど、ここでも似たようなことをするの? 口寄せの術ばりに血を使うじゃんこの世界。



「……いたいっ」



 視線の圧に負けて大人しく指を切り血を盃に垂らす。銀のナイフを返却し、指についた切り傷を舐めながら盃を眺めていたら血が液体に広がって黒く変色し、サラサラだった水面は少しずつ粘つきを持ち始めた。


 老修道女が粘ついた液体を銀色のスプーンに似た器具で掻き混ぜ、その液体をすくい上げて天秤に乗せる。理科の実験か何かかな。



「属性は濁り一つない純正の闇。触媒液がこれほど変質するとは、凄まじい魔力量と濃度ですね。魔力性質は吸収や侵食、停滞、腐敗、汚染と言ってもいいかもしれない。類を見ない性質です」



 言ってる言葉の内容がどう考えても聖職者になれる気しないラインナップになってますが?

 実技テストで堂々の大赤点を取ってる気分なんですけど。絶対これ内定もらえないやつじゃん。むしろこの場でエクソシズムぶちかまされてもなんら不思議では無い言葉でしたけど。



「素晴らしい。この力、次代の聖人となれる可能性もあります! 良き人材を見つけましたね、シスター・サンドリア」


「光栄です、マザー・レイサ」



 えぇ〜……?

 素晴らしいんだ。聖人になれる可能性あるんだ、純正の闇の魔力を持ってるのに。もう分からんわ、この世界の聖邪の価値観。



「これほどの力……セーレの才能の芽を潰さず活かすのであればやはり、異端審問官に推薦するのが一番良いと思われます」


「いたんしんもんかん?」



 耳にした事があるような気もする単語だけどなんですかそれ。異端審問官? 宗教界隈の官僚か何か? 急に話がでかくなってきた気がするんだけど気の所為かな。



「セーレ」


「は、はい?」


「あなたの思い、才能、その身に溢れる情熱を吟味した結果あなたには聖地ラフィールの湾岸都市ヒベリウスで修行するのがよろしいかと」


「……ん!? えっ、なんですか急に。聖地? 湾岸都市?」


「ミルティア教の聖地ラフィール、ラトナから北東に位置するバラム砂海を越えた先にある国です」



 うん。親切に情報を補足してくれてるけど別に地理が分からなくて疑問を投げた訳ではなくて。なんか急に国外に移動する話になってて着いていけてないってのがこちらの思う所なのですが。



「異端審問官はミルティア教の役職の中でも一際特別な立ち位置の方々ですので、それ相応の訓練を要するのです。セーレの才能を活かすなら異端審問官しかない、移動の用意はこちらでさせて頂きますので是非ともっ!」


「え、えーと…………この件は一度持ち帰っても?」



 流石に即決も即断も出来なかったのでとりあえず話を持ち帰ることにした。


 ど、どうしよう。不安が一気に増幅されて心臓キューってなってる。

 外国行くの? ピックスさんとぷるみちゃんを置いて? それは物理的に無理なんだけど、テンション感的にそれ以外手段はなさそうだし、どうしたもんかなこれ〜……。

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