40話『既知の剣術』
雨のような斬撃が襲い来る。
今までオークとかゴブリンとかスライムとかと戦ってきたが、彼女の繰り出す攻撃はこれらの魔獣とは比較にならないほど鋭く、的確で、油断した瞬間に命を奪われそうな凄みがある。
けれど、何故か俺はこの熾烈な攻撃を全て捌けていた。
「よいしょっ」
「っ!?」
机を蹴り上げて彼女の視界から姿を消し、椅子を頭上に放りながら姿勢を低くしてフレデリカに接近する。
「小癪なっ!?」
投げ放った椅子は躱され、俺の奇襲も防がれる。でもこちらが片手なのに対し相手は両手を使って受けている。
フレデリカの目の前に空いた手のひらを広げ、二本指を立てて目潰しするフリをし意識が相手の指先に向いた瞬間に柄頭を膝で蹴る。
彼女の両腕が弾かれたように跳ね上がり、膝蹴りした足を彼女の足の甲に置いて剣を持たない方の拳でフレデリカのレバーを叩く。
「うぐぅっ!?」
肝臓を打たれたフレデリカは苦しそうに呻く。追撃はしない、殺す為の戦いじゃないし。
元から戦闘が得意なわけではない。格闘技をしていた経験はあるが、異世界人の超人的な身体能力に順応出来るほど強かったわけでも勿論ない。
フレデリカの剣速は目では追えないほど速かった。しかし、心のどこかで『こんなもんか』と思う側面もある。侮りがある。
俺は一体、誰と比較してフレデリカを侮っているのだろう?
「動きは荒いし格闘術は力任せ、剣捌きは素人同然なのに! どうしてこうも私の剣を防げるのよっ、やりにくいわね!」
「あんたがそこまで強くないからじゃないか?」
「……ッ、今のは少しだけ頭に来たわ!!!」
少しだけって、キレてるじゃん普通に。
フレデリカの動きが更に加速した。攻撃も重くなっている、軽口を叩いたつもりが地雷を踏んじまったか? プライド高いんだなこの人。
「ギア上げてる所申し訳ないんだが質問していいかな」
「なによ!」
「あんた、そんな小綺麗な服着てんのにゴロツキのリーダーなんかやってんの? なんつーか、畑違いじゃね?」
「勝手にみんなが慕ってくれてるだけよ! 剣を振るうなら冒険者になるのが手っ取り早かったから冒険者をしてるの。冒険者は強者に憧れるものでしょ!」
「そうなんだ。冒険者ねぇ、他に剣の腕を試せる仕事とかないのか?」
「……騎士になる選択肢もあるにはあるけど、騎士が戦場に出られるのは16歳からだから。そっちは保留よ」
「戦場ねぇ。あんたいくつなの?」
「今年で15よ!」
「見た目通りのガキじゃんか。なのに最強自認かよ、カッコつけたい年頃か」
「口の減らないガキね!!!?」
フレデリカが「フッ」と鋭く息を吐いて一瞬動きが完全に捉えられなくなる。
俺の認識外から相手の剣が蛇のように懐に潜り込み、既のところでマトモに受けたせいで俺の手から剣が弾き飛ばされる。
剣は天井に刺さってしまった。落ちてくる様子はない、他の冒険者とも離れてるし近くに落ちている武器はない。
「……ふっ、ふふっ。詰みね! 謝るなら今よ。……えーと」
「セーレと申します」
「そう。セーレ、今なら貴女の蛮行も大目に見てあげる。そこに跪き、頭を垂れてごめんなさいしなさい」
ごめんなさいしなさいて。随分可愛らしい物言いをするんだな。
しかしまあ、何ともわかりやすい勝ち誇り顔だ。自分の腕に絶対の自信があるんだな。彼女の親や剣の師匠はかなり彼女の事を甘やかして育てたと見える。顔可愛いもんな、そりゃ甘やかしたくもなるか。
「人の話聞いてる? さっさとそこに」
「誰が15歳のガキに土下座なんてするかよバーカ。チャンバラごっこ楽しかったかにゃ?」
「……ぶっ殺す」
怖すぎ。公衆の面前で殺気立っちゃってるよこの人。
でもやっぱこういう手合いには分かりやすい煽りが一番よく効くよな、皮肉とか通じなさそうだもん。単細胞生物の扱いは分かりやすいや。
フレデリカが再び鋭く息を吐いて姿を消す。
でもなぁ、いくら速く動けても机や椅子を無視して突貫する事なんて出来るはず無いんだよなぁ。
彼女はアホらしく思えるくらい愚直な人間だ。戦い方にもそれが如実に反映されていた。
戦っている最中、こちらに有利なフィールドに誘い込まれてる事なんて微塵も気付かなかったのだろう。フレデリカはずっと正面にいる俺だけを睨んでいた。
馬鹿正直にこちらが用意した机や椅子のバリケードを迂回して接近してくる。その無駄なタイムロスさえなければ、勝ち星を上げていただろうに。
「おりゃっ!」
「カヒュッ!?」
丸テーブルを迂回してこちらに来たフレデリカの斬撃を回避し、後はそのまま一歩彼女側に近付き腹を殴り付ける。
俺の拳は彼女の弛緩しきったポニョンポニョンな腹に鋭く突き刺さり、反動で彼女は後ろに吹き飛び壁に勢いよく背中を打ち付けた。
「ゔっ!? うっ……っ」
彼女は床に座り込み、腹と口を抑えて激しく身体を前後させていた。吐くのを必死に我慢してるみたいだ。
「あっ、ちょっ。ごぷっ!?」
床に落ちた彼女の剣を蹴り飛ばし、驚いてこちらを見上げたフレデリカの口の中に立てた中指を勢いよく突っ込む。
嘔吐寸前な彼女の喉奥を刺激した事で彼女は勢いよく体を前に倒して嘔吐した。
ゲロゲロゲロ〜と、食べた物が床に胃液に混ざって吐き出される。しんどそう、目に涙溜めてるし。
「はい、俺の勝ち! 10歳児に負けた感想をどうぞ、シルバーファングさん」
「!!! そ、その呼び方で負けたなんて言うなぁ!!!」
「えっ」
勝利宣言をしたら今まで以上の熱量でフレデリカが猛り、俺に掴みかかってきて押し倒されてしまった。マウントポジションを取られて殴り付けてくるので腕でガードする。
「あたしは! 負けない! あんた! なんかに! 負けない! 負けないぃぃぃぃ!!!」
「いやいきなりテンション昂りすぎな!? どうしたマジで!? 名字呼びが一番の地雷なの!?」
「知らないだなんて言わせない!! あたしの父は最強無欠の剣聖なんだ!! その娘である私がこんなっ、こんな所であんたみたいなガキにっ、負けていいはずがない!!」
「でも剣を奪ったら雑魚寄りの攻撃しかしてこない……」
「黙れっ!!!」
黙れと言われても事実だもん。何だこの猫パンチ、全然痛くないんですけど。
筋肉もそこまであるわけじゃないし、腹筋殴られてゲボ吐いてたし。
強さを主張されても武器がなきゃ戦えない時点で伴ってないというか。これは絶対地雷だから言わないけど、つまりそんな感じにしか思えないわけで。
てか剣聖の娘なんだ。剣聖ローゼフ? 小話程度には聞いた事はあるな。ピックスさん辺りが話してた気がする。
「何を騒いでいる、フレデリカ」
「! と、父さん!」
男の声がしてフレデリカの体がビクッとなる。彼女は俺の上から退くと、先程までの傲慢ちきな雰囲気が消えオロオロした様子で振り向く。
「この惨状はなんだ? またお前、冒険者相手に腕試しなどと」
「違うよ! むしろ私はみんなの仇討ちをしようとしてただけだし!」
「仇討ち?」
げげんちょっ!? フレデリカのパパ上に存在を気付かれた。このまま死んだフリすればやり過ごせるかな? 試してみよう。
「動かないじゃないか。というか相手は子供、じゃないか?」
「子供だけどコイツめちゃくちゃ強いの!」
「……その子、生きてるのか? 微動だにしないぞ」
「えっ!? ちょっとあんた! 何寝たフリしてんのよふざけないで! ねえ!!?」
胸倉を掴まれて持ち上げられる。15歳の少女でも持ち上げられるくらい俺の体って軽いのか。アホみたいに旺盛な食欲と食い違いすぎてるな。
「…………あの、ゲロ臭いからあんまり顔近付けないで……」
「ぶっ殺すわよ本当に!!?」
「フレデリカ」
「ひゃいっ!? ちがっ、だ、だってコイツが! 今私にゲロッ……な、なんでもないっ」
「吐いたのだろう、服が汚れているぞ。フレデリカに強烈な一撃を与えるとは中々の強者ではないか。対等に戦える相手を求めていたのだろう?」
「こんな奴っ! 下らない挑発を繰り返したり罠に嵌めたりする卑怯な奴私は認めない!」
「どんな苦境を強いられても泰然自若の精神で受け流す。それが一流の剣士だと教えたはずだぞ。お前は自分の剣才を鼻にかけ、その教えをおざなりにしている。だから足元を掬われるんだ」
「す、掬われてないもん! さっきのは調子が悪かっただけで、いつもだったら」
「言い訳がましいぞ、フレデリカ。慣れない事で混乱してるのかもしれんが、負ける事は恥ではない。受け入れて次に活かせば良い」
「そ、そんなぁ! まだ負けてないし! あ、あんたも何とか言いなさいよ! てか寝たフリしないで続きして! あんなので決着とか私認めないから!!」
知らねぇ〜わ。再戦の申し込みを受ける義理も抗議を受け入れる義理もない。知ったこっちゃない、何を言われても俺の勝ちです〜。
「な、に、無、視、し、て、ん、の、よ!」
「きゃふぅっ!?」
え、え!? 股間を蹴られた? 蹴り上げられた? 女に女の大事すぎる器官をキックされた!? そんな事ある!?
「なんて所蹴るんだよお前! キャットファイトでしか使われない攻撃しないでくれるか!? 驚いたわ!」
「無視するからでしょ! あんたからも父さんに説明して! 卑怯な手を使って不意を突きましたって正直に言え!」
「な〜にが卑怯じゃそっちの視野が狭いのが敗因なんだろうが! 自分のミスを棚上げしてんじゃねぇよ負け犬!」
「はああぁぁぁぁっ!!? 誰が負け犬よ誰が! 別に私はまだ負けてないしピンピンしてるし! 負け犬ってのはあそこに転がってる再起不能の雑魚達の事を言うの! 私は負け犬じゃない!!」
「女の子が人前で大ゲロカマしてる時点で大恥かいてるって事になぜ気付かない? 気付いてて誤魔化してんのかな? ゲロゲロゲロ〜って滝みたいなゲボ出てたじゃねえか。朝食はトマトスープだったのか? ぜーんぶ口から出ちゃったな」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!! あんただけは絶対に許さない今ここで殺す!」
「叫ばないでもらっていいですか〜ゲボ臭いのがダイレクトに伝わってくるんで! 貰いゲロしそうだからさっさと下ろせよゲロデリカ・オボロロファング!!」
「まじで殺す本当に殺す許さない絶対許さない!!!」
「アレクトラ……?」
「んぇ?」
フレデリカと同じステージまでわざわざ降りて口喧嘩に付き合ってあげてたら、フレデリカの父親が俺の顔を見て『アレクトラ』と口にした。
……アレトクラとして活動してた時期の知り合いなのかな。全然見覚えないぞ、誰だこのおじちゃん。白髪の交じった黒髪に無精髭が生えたくたびれた顔の男。
ふーむ、全く記憶にない。てか髭くらい剃れよ。
「生きてるだろうとは思っていたが、よもやこんな所で再会するとは……」
「えーと、ごめんなさい。俺らってどんなお知り合いで……?」
「何?」
「率直に申し上げると俺、あんたの事を覚えてないというか。知らないというか。マインド的にはしょたいめ」
「剣聖ローゼフを知らないですって!? そんな事有り得ない! 人類を救った英雄なのよ私の父さんは!!!」
「……やめなさい、フレデリカ」
「ロドス帝国とキリシュア王国の戦争中に発生した魔獣災害『死の海嘯』を解決させたのが誰だか分かってんの!? あんたが産まれてない頃の話だとしてもそんなの関係ない、みんなが讃える最新の英雄譚なのよ!? それを知らないって」
「フレデリカ!!!」
ビクッ。急にフレデリカの父親、のローゼフさん? が大声を出すからビックリしてしまった。
フレデリカも驚き手の力が抜けて俺は床に尻もちを着く。いてて、お尻ヒリヒリするよ。
「過去の話をいつまでも周りに吹聴するのはやめてくれ。それにアレは、お前が思うような戦いではなかった。……俺はもう剣聖でもなんでもない、ただのローゼフなんだ」
「……っ」
ローゼフさんの言葉を受けフレデリカが俯く。何かを悔しがってるようで、彼女は強く唇を噛み血が滴っていた。
「すまなかった。昔の……知り合いに顔が似ていたものでつい声を掛けてしまった」
「あ、ども」
ローゼフさんは俺の傍まで来ると手を伸ばし立ち上がるのを手伝ってくれた。
手のひらや指の腹が分厚くて肉厚だ。彼の事なんてよく知りもしないのに、長年剣を握ってきた背景がありありと伝わってくる。
隻腕なんだな、この人。壮絶な戦いに身を投じてきた事がそこからも伝わる。よく生き延びて子供をここまで育てられたな、こういう人には尊敬の念が尽きないわ。
「……? あの……?」
ローゼフさんが俺の手を掴んだまま、何かを感じ取ったような表情をして目を瞑り俺の手を指で触り始める。
なにされてるのこれ。セクハラ? 幼女の手が大好きとかいうロリコンの吉良吉影スタイル? もしそうなら気持ち悪すぎてギャン泣きコースだけど、大丈夫そうかな。
「……すまない。口を開いて、歯を見せてくれるか?」
「えっ」
「と、父さん?」
今度の要求は流石にフレデリカも引いていた。歯? なんで……? まあいいけど……。
「あー……」
「ッ!? え、ちょちょちょ待って待って! なんであんた私と同じ歯をしてんの!?」
「はぁ? 何が」
「よく見て私の歯! 私もギザギザしてるの!」
「はあ、そっすか」
「私達もしかして親戚!?」
「いやいや。別にいるでしょーよ、同じ個性を持った容姿の赤の他人なんて。普通に考えて先祖のどこかしらの人種が同じなだけでしょ。何を珍しがってるんすか」
「こんな歯を持ってる人なんて今まで一度も見た事がないし!」
「希少種なんすね俺ら。うぇーい遠い親戚〜」
軽いノリでフレデリカの肩を小突くと、彼女は「いったいわね!」と言ってかなり強めな反撃を肩にぶつけてきた。うん、ウマが合いそうにないですね俺ら。ローゼフさんが居なかったら余裕で継戦してたわコレ。
「……君の名前を訊ねても?」
「あぁ。初めまして、セーレって言います」
「セーレ?」
俺の自己紹介を聞いてローゼフさんは難しそうな表情を作った。なんかずっと何か考え事をしてるみたいだけど、いい加減手を離してほしいかな。汗かいてきたし。
「その手首と、首に付いている刻印のようなものはなんだ?」
「え? あー……なんでしょうねこれ。俺を縛る為の刻印? なんで、奴隷に付けるようなものじゃないすかね?」
「奴隷? ……君のご両親は?」
「父親は俺を産んだ頃に蒸発、母親は今どこで何をしてるのか知らないです。死んでるかも? 家族とは縁が切れてるので確認のしようありません」
この世界での親の存在など数千年前を遡らないと知り得ないので、前世の俺の情報をそのまま答えさせてもらった。
てかなんで質疑応答の時間を設けられてるんだ? 周りの状況見えない? 死屍累々ですけど。
「……」
「さっきからなんでこんな奴に質問責めしてるの? そろそろ行かないと会合の時間に遅れちゃうよ、父さん」
フレデリカがローゼフに声をかけた。会合? ラトナの街で何かしらの会合があるのか?
そう言えばさっきの筋肉マッチョ使役術師もここら辺じゃ一番の実力者だみたいな話が出ていたな。関係者なのかな?
「最後に一つ、訊いてもいいだろうか」
「別に一つと言わず、答えられるものならなんでも答えますけど」
「時間が無いから一つでいい。…………その、この子を見て何か思うことはないか?」
「え?」
「え、なになに!? 父さん、なに!?」
ローゼフさんは娘のフレデリカの肩を掴み俺の前まで彼女を連れて来ると、上から肩を押して彼女をしゃがみこませて俺と目線の高さを合わさせた。
真正面からフレデリカの顔を見る。父親譲りの黒い髪、父親譲りの黒い瞳、異世界人として見ても相当に整った目鼻立ち。
気が強い割にはタレ目なんだな? 歯は俺と同じギザギザで、口の端には嘔吐した時に飛び出た野菜らしき繊維が付着してる。
「……口元のゲロ、ちゃんと拭きなよ」
「ねえ!? 本当にっ!!! さっきからそればっかり言うのなんなの!!!?」
「だって汚いんだもん。あと服も早く着替えなね」
「分かってるわよ!!! 父さん! コイツとにらめっこさせて何がしたいわけ!?」
「フレデリカも、セーレさんの顔を見て何か思い出せたりしないか?」
「なにを!? 小憎たらしいクソガキとしか思わないわよこんな奴っ!!! 顔は可愛いけど性格がクソ! 一番嫌いなタイプ!!!」
「お、意見が一致した。俺も同じ事思ってるよ、フレデリカさんって顔は可愛いけど性格はクソだよな」
「あんたの話だから!!! ムカつくムカつく、大っ嫌い!!!」
「唾飛ぶから叫ぶなら顔逸らしてもらっていい? 普段より5割増で汚いんだからエチケットちゃんとして」
「もおおおぉぉぉぉっ!!!!」
提灯のように顔を真っ赤にして激怒するフレデリカをローゼフさんが押さえ、そのやり取りを最後にシルバーファング親子とは別れることとなった。
シルバーファング親子ってかっこいいな。黒髪なのにシルバーなんだ、銀髪であれよ。
「なんで戻ってくるなり君の尻拭きをしなければならないんだ……落ち着いて待つって事がそんなに難しいのかい? セーレ」
「やめてね、尻拭きとか言うの。セクハラなんで」
「今、君をお説教してるんだけどな。僕」
「ごめんって」
フレデリカとローゼフさんがギルドから去ってすぐにピックスさん、ぷるみちゃん、マッチョさんが戻ってきた。
マッチョは乱闘の起こった後の惨状を見て豪快に笑った後、「だが暴れるだけ暴れて後片付けはしないというのは感心せんぞ?」とかなり怖めな注意を俺に言いつけてきた。
というわけで、骨折等をしておらずまだ動ける他の冒険者達と協力して散乱したギルド一階の区画の後片付けを行っている。
『プルプル、プルプル』
「すげえ。あのスライム、あんなちっこいのに机をまとめて持ち運んでるぞ……!?」
「怪我を冷やすためにって体の一部をちぎって持たせてくれたし、魔獣の癖に良い奴だしな……」
「人の言葉も分かるらしいぞ。話しかけてみたら存外愉快な奴で、スライム相手なのに会話が弾んじまった。……なんというか、可愛いんだよな。アイツ」
「あぁ……確かに」
「あのガキはツラの割に悪魔みてぇな性格してるからもう絶対関わりあいになりたくないが、あのスライムとは仲良くしたい。ピックスだっけ、アイツとも今後仲良くやってこうかな」
「だな」
「……なんか、ぷるみちゃんを上げるために俺めっちゃ下げられてるんですけど」
『プル?』
「ぷるみちゃんは心が清らかだからね。言語の壁があっても話せば良さは伝わるのさ。セーレは内面に問題があるから、話さない限りは高嶺の花なんだけどねぇ」
「言い方やめてね。内面に問題があるはクリティカルヒットするから。ピンポイントで食らう言葉だからそれ」
ぷるみちゃんが可愛いって意見には全面的に賛成するが、だからといって俺が悪魔だなんて言われる筋合いないだろ。
元はと言えば、最初に喧嘩を売ってきたのはあなた達でしょーが。返り討ちにあったからって逆恨みしてんじゃないよ情けない。
「なーんか納得いかん。ぷるみちゃん抱っこする。ぷるみちゃん、あっちでなにか軽くつまもうぜ」
『プルッ!』
「こらこら。今一番動けるのは僕達なんだから、僕達が頑張らないでどうするんだ」
「だーってどこ行ってもスライム可愛いガキは怖いって言葉が聞こえてくるんだもん。不快です」
「やり過ぎるから良くないんだよ。何も骨まで折らなくても……」
「あのなピックスさん。腹に力入れて出す悲鳴とか、小刻みに情けなく声を絞り出す悲鳴とか、そういうの聴いてると笑けてくるだろ。やる気出てくるだろ。加減なんか出来るわけないよね」
「悪魔だろ普通に。彼らは何も間違ってないじゃないか」
「俺が格闘技してた理由は相手の腹を殴ってウーウー言わせるのが好きだったからだからな。プロレスのデスマッチ動画とか事故映像を見るのにもハマっていた、やり過ぎるのもさもありなん」
「ぎゃはぎゃは笑いながら戦ってた方が君の本性というわけか。冒険者にはならず者が多いと言ったが、そういう意味では向いてるね」
「ならず者では無いんだよね俺」
「見た目と中身の乖離が相変わらず著しい。とりあえず、彼らの言ってる事は何も間違ってないのだから文句を言わず受け止めようじゃないか。ほら、ちりとりこっちに寄せて」
「受け止めないが。悪魔じゃねえから。一生懸命悪漢に立ち向かったオチがこれかよ」
しょんぼりしながらガラスの破片や木片をちりとりに集める。粗方掃除と後片付けを終え、受付嬢さんを始めとした冒険者ギルドで働く人々に頭を下げていたらとっくに日は落ち夜になっていた。
「今夜はどこで食事を取ろうか?」
「む。いいのか、一日三食食べちゃって。節約するんだろ?」
「現状の話をしたらカストロクスさんが余分に食事券をくれたんだ。しばらくはこれで、彼の息がかかっている店で食事が出来るらしい」
「交渉上手すぎじゃね? ちゃっかりしてるんだな、あんた」
「彼のご厚意に感謝だね。ぷるみちゃんは気になるお店とかあるかな?」
『プルッ!』
「……飲食店でお願いしたいかな」
気になる店がないか訊かれたぷるみちゃんは一瞬の迷いもなくピンク色の光が窓から零れている宿のような建物を指した。
建物の入口脇にはバニーガールさんが居て、入口上部の看板には『淫魔の館』と書かれていた。絶対風俗だねアレ。
「ぷるみちゃんってメスだったよね。あれ、普通に男性用風俗じゃん。果たして行く意味あるのだろうか」
『プル、プルルッ!』
「中から搾精鬼の気配を感じて興味を持ったらしいよ。自分と同じ魔獣が人間社会に溶け込んでいることに強い関心を示しているようだ」
「へぇ。行くか?」
「行かないよ」
「行こうよ今度」
「行かないから。君だって女の子なんだからあそこに用はないだろ?」
「屍人が射精出来るのかという医学的な実験が出来るじゃないか。興味津々だぞ」
「まだそんな事言ってるのかよ!?」
俺の発言にド肝を抜かしたピックスさんが俺から大きく二歩離れ何かを喚いてる。夜の繁華街の騒々しさに負けないくらいリアクションが激しいな、愉快な奴め。




