39話『繰り返し』
「登録情報が消されてる?」
「はい。ピックス・フィンドセル様は冒険者管理用の魔道具で死亡が確認されましたので、登録情報を抹消しこちらから解約させて頂きました」
「いやでも……僕、この通り生きているのですが……」
「機材の不具合の可能性がありますが、抹消処理は取り消せませんので……」
「では、再登録は」
「申し訳ありません。解約した方と同姓同名の方は冒険者登録出来ない決まりになっていまして……」
「はーーーー!?!?!?」
冒険者ギルドへの二回目の訪問。今度こそ冒険者になれると意気込み受付に臨んだ俺らに放たれた言葉は、またしても冒険者になれないという無情な断り文句であった。
最後まで大人しく説明を聞くつもりだったが、流石に登録できないと断言されては声を抑えることも出来るはずがなかった。ピックスさんにコラと言われて口に手を当てられる。
「どうにかならないのでしょうか」
「ピュアスライムの内臓は受け取りましたので依頼報酬の方はお渡しすることは可能です。しかし機材の確認には時間を要しますので、今月中に冒険者登録をする事は難しいです……」
「なんで!? ここに居るのに! ピックスさん居るのに〜!」
「申し訳ありません……こちら側の不手際であるのは間違いないのですが……」
「ぐぅ……」
いや。まあそちら側の不手際ではなく実際にピックスさんは一度死亡してるんだけどね。俺が屍人にしたせいで話がこんがらがってるだけで。
参ったな、今回のケースだと流石に駄々をこねるのは違うか。こうなったのはそもそも俺がイレギュラーなことを仕出かしたからなんだし、大人しく引き下がる他ないな……。
なんだこれー! どう動いても冒険者になれないんですけど!
やっぱマトモに他の冒険者をナンパしてチームに加えてもらうしかないのか? でもそうするとチームの指針に合わせて行動しなきゃならなくなるから、自由に身動き取れない分俺のしたい事も果たせずに時間が過ぎてく可能性が高いしなー……。
「ピックス・フィンドセルではなく、ただのピックスとして新たに冒険者登録することは出来ませんか? フィンドセル姓は僕が仕えていた貴族の姓で、僕自身に姓は存在しないし……」
「そ、うですね。それなら何とか……前例のないケースですので上に確認を取らない事には話は進められませんが、そういう事でなら登録出来る可能性はあると思います」
「本当ですか!? じゃ、じゃあ俺も仮登録はっ!」
「この子はピックス様の……お付の方でしょうか?」
え。なんだ? お付きの方って。ピックスさんは別に貴族では無いし、なんなら真逆の立ち位置にいるだろ。
あ、マイルドに奴隷扱いされた感じか。直接言うのは憚られるから言い方を変えたのかな。
うん、シンプルに知り合いだとか妹だという可能性は考慮されないの?
術師ギルドでもそうだったけど、なんで一目見て奴隷と思われなきゃならないんだよ。今の俺は風呂にも入ってさっぱり綺麗な状態になってるはずなんですけど。
「この子は……そうですね。僕の相方みたいなものです」
「相方。なんか仲良い女友達みたいな言い方になったな」
「いいでしょなんでも。僕の件は分かりましたが、この子の仮登録は現状だとやはり難しいでしょうか?」
「そうですね。ピックス様の冒険者登録が正式に受理されない以上、同伴者様のご登録も出来かねます」
「ですよね。仕方ない、今日は出直そうかセーレ」
「うぐぅ……」
「あ、でも冒険者証とご本人様の確認は取れましたので優先してギルドマスターに話を通すことは出来ます。そうなると近い内に冒険者登録が出来る可能性も出てきますので、お二人はこちらの紙面に」
「ピックス・フィンドセルという者はおるか!!?」
受付嬢さんに紙を渡されて名前やら性別やらを書き込もうとした矢先、ギルドの扉が乱暴に開かれ大きな音と共に馬鹿みたいな声量でピックスさんの名を呼ぶ声が響いた。
扉近くにツルッパゲの筋肉ムキムキなタンクトップ姿の男が立っている。
なにあれ、ボディービルダー? 折り畳まれてちっちゃくなったドウェイン・ジョンソンみたいだ。あんな筋肉ダルマがピックスさんになんの用事だろう。
「ピックスは、僕ですけど」
「君がピックス殿か! いやはや会えて光栄だよ!!!」
カウンターから離れずに名乗るピックスを見つけると、プチジョンソンが破顔してバッキバキの笑顔になりながらこちらへずんずんと近付いてくる。表情筋が強すぎる、刃牙に出てきそう。
「お、おい。アレって」
「あぁ。色位の使役術師カストロクスだ。しかも黒の称号だぜ。ここいらじゃ最高位の術師じゃねえか」
「この街に来てたんだな……」
「その色位の使役術師があの小僧になんの用があるってんだ?」
「さあ」
「スカウトとか?」
「まっさか。あんな弱そうなヒョロガリをスカウトする筈が」
なんか口々に言われておりますが。要約すると凄い人なんだ、あのマッチョ。
相応の圧を感じるし凄そうなのは納得出来るが、使役術師? グラップラーの間違いだろ。
「ピックス殿!」
「は、はい?」
マッチョマンは俺達のすぐ側まで来るとまたしても馬鹿みたいな声量でピックスさんの名を呼んだ。耳が遠いのだろうか? 距離感バグりすぎてるだろ。
「術師ギルドで一瞬お見かけしてからずっと会いたかったのだ! 君の使役しているそちらのスライム、古代水王種だろう!?」
「「「古代水王種!!?!?!?」」」
わあ。馬鹿みたいな声量に馬鹿みたいなオーディエンスが湧いた。他の冒険者達もこのマッチョマンに負けじとデカすぎる声量で彼の言葉を繰り返した。クラブかなんかに迷い込んじゃったのかな、俺。
『プル?』
「あー……そう、ですね。使役術師の目は誤魔化せませんよね。そうです、この子の種族は古代水王種、僕の従魔です」
「古代水王種が従魔だって!?」
「おいおいそんなの聞いた事ないぞ!!! 古代王種って特別危険指定だろ!? そんなもん遭遇する事すら稀だってのに調伏したってのか!?」
「あ、有り得ねえ! アイツ一人で? あんな大した事なさそうな見た目をしてるのに」
「ピックス殿の中傷はやめてもらおう!! 確かにこの古代水王種はピックス殿と魔力の縁で結ばれている! 彼の従魔というのは間違いない!!!」
「で、でもそんな小さなスライムが古代水王種……? そうには見えないが……」
「従魔は術師の思い描く姿に変貌するのだ! 使役術師は己の手柄を分かりやすく誇示できるよう従えた魔獣の姿形を大きく変えないのが一般的だが、彼はむしろ自身の実力をひけらかそうとしなかった! その在り方に私は強く感銘を受けた!!!!」
「え。あっ、いやー……実際に古代水王種と戦ったのは彼女でして、僕は何も」
「待っ」
「あんなガキが古代王種と戦闘を!!?!?!?」
「よく見たらあのガキ、少し前にここに来た大戦斧のガキじゃねえか!?」
「本当だ、斧を持ってないせいで気付かなかったぜ!」
待ってって言おうとしたのに時すでに遅し。周りの冒険者の目がこちらに集まる。
こうなる事は想像出来たから大人しくしてたのに、なんで余計な事を言うかなピックスさんは。
「なるほど。確かに君も、その身に宿る魔力! 凄まじき物を感じるな!」
「気の所為じゃないで」
「気の所為などでは無い!!! 私の魔力を視る魔眼、『力場の魔眼』を通してみればその邪悪で悪辣で強大で膨大な魔力は視認出来る!!! ここに入った時からその異様な力の流れはすでに感じ取っていたぞ!!!」
すぐ目の前にいるって、大声出さなくても聞こえるって。てか、邪悪で悪辣でってなに? 初対面なのにいきなり散々な言い方するじゃんね。
「君にも並々ならぬ興味はあるが今は是非!!! ピックス殿とゆっくり茶でも交えて話がしたい!!!」
「え。僕と、ですか? いやでも僕は」
「是非!!!!!!!!!!!!!!」
声で窓って揺れるんだ。凄いね、耳鳴りがする。
真正面からこの声量を受けたピックスさんの鼓膜は無事なのかな。心臓はちゃんと動いてるかな。心配です。
「是非!!!!!!!!!!!!!!!!」
「わ、分かりました分かりました! でもあまり長くなるようでしたら日を改めて下さい! 今日は相方もいるので!」
「そちらのお嬢さんも凄まじい力の持ち主だから今度是非とも話を聞かせてもらいたい!!!!!!!!」
「嫌です」
「そこをなんとか!!!!!!!!!!!!!!」
「分かりました! 声がでかい! 耳がいたーい!」
声量で吹き飛ばされそうだったので要求を飲んでしまった。出来れば関わりたくなかったのだが、ここまで力押しされると断ろうにも断れない。
俺が普通の10歳児の子供だったら泣いてるぞ今頃。元気ハツラツなのはいいけど相手を見て声量調整してくれ。というか距離感を考えて声量調整してくれ。
「冒険者ギルドでも使える料理、酒の引換券だ! 私とピックス殿が上で話している間、自由に使うといい!!!!!!!」
「分かりました声でかいですありがとうございます声でかいです」
「ごめんねセーレ。僕とぷるみちゃんは三階の談話室に居るから、何かあったらすぐに来るんだよ」
「了解す」
ピックスさんが筋肉マッチョ使役術師のカストロクスさん? なんかカステラみたいな名前の人と話す事になり彼らは俺を置いて階段を上がって行った。完全に背中が見えなくなっても未だに声が聴こえる。どんな声量だ。
「料理と酒の引換券か」
そういえば、この世界に来てからまだ一回も酒を飲んでなかったな。
10歳児の肉体だと診断された俺でも購入出来るかは分からないのだが、試しに使ってみるか。丁度腹も減ってたしね。
テッテコテッテコ冒険者ギルド内を歩き、二階の調理場に赴く。途中すれ違う冒険者達がジロジロと俺の事を見ている事には気が付いていたが、特に声をかけられる事もなかったので無視した。
「ふんふんふ〜んるんるん♪」
なんと酒を買えてしまった。
どうやらこの世界の常識的に飲酒喫煙は20歳になってからという法律はなかったらしい! 素晴らしいなぁこの世界は! 望み薄で注文したから喜び倍増期待値倍増です! るんっ!
「にひひ、きひひひひ。異世界酒がどんな味なのかは分からないがなんにせよ久しぶりのアルコールだ! 酒タバコ大好き好きくんだった俺からするとこれ以上無いくらいの幸福だぜコリャ。何の肉かも分からないスペアリブも頼んで、気分はまさに貴族の食卓ですなぁ〜」
一階に戻り空いた席にトレーを置いて椅子の上に小ジャンプして座る。クラーケンたこ焼きも美味かったがスペアリブの芳醇な香りに腹の虫がギュゴロギュゴロ鳴り響く。
「ほむっ。んーーー〜〜! んみゃっ!」
お手手を合わせて頂きますをし早速スペアリブにかぶりつく。肉の香りと旨味が舌の上で泳ぎ一瞬で口の中が肉フェス状態になった! 長らく質素な食生活をしていたから頬がずり落ちそうなくらいに美味い! 幸せすぎる〜!
「んぐっ……んんんっ!!?」
酒も美味い!!! というか、美味すぎる!?
香りはウッディな感じがして上品なイメージがあったが口に含んで舌の上で転がした瞬間にアルコール特有の刺激的な味の奥にチョコレートに似た風味が隠れている! 味わえば味わうほどビターな甘みが広がって格式高い満足感を与えてくれる。
しっとりとした夜の雰囲気が似合うお酒だったみたいだ。これ単体で満足できる程に充実した深みのある味わい、喉を通った後鼻に抜ける重厚感ある香り。
マジでシャレオツな貴族が嗜む類の酒じゃないかこれ? しかし俺は大悪党、厳かな雰囲気に揺蕩う口内にジャンキーな味わいのスペアリブを投下する!
一見台無しにも見えるこの行為、だがしかし酒の苦味は肉の暴力的な旨味を引き立てるスパイスとして十二分に働きを見せていた。
例えるならば大企業の敏腕社長として表舞台で活躍する傍ら、孤独を癒す為に少しヤンチャな女性と火遊びするかの如き刺激的な味の混じり合い。
味覚が見せるネオン街の光。大人の見栄を象徴する背広を脱ぎ去り野生に返った六時間の終わりを知らせる朝焼けの光。なんという充実感だろう、夢見心地で背もたれに深くもたれかかってしまった。
うわぁ……天井の飾りに反射する俺の顔のだらしなさったら。よだれ垂れてんじゃん、幸せすぎるだろ。
「……おかわりしーよぉっ」
美味すぎる食事の余韻に長らく浸っていたら別の料理の香りが鼻腔をくすぐった。近くの席に座る冒険者が一人もくもくと豆スープ? みたいな赤い料理を貪っていた。あれ食べたい、早速注文だ!
「よいしょ」
椅子から飛び降りて空になった食器とグラスの置かれたトレーを持ちテッテコテッテコと階段まで向かう。
今のはどちらかと言うと美食。だがどうせならもっとジャンキーなものを腹いっぱい貪りたい。安酒に安い料理、それを大量に注文する。これもまた夢のような話だ、期待によだれが垂れる垂れる。
「うわっ!?」
何かが足に当たり転んでしまった。いかんいかん、飯に意識が向きすぎて周りがちゃんと見えていなかった。落とした皿を拾いトレーに乗せる。
「いってぇ〜。おいガキ、人にぶつかっといてごめんなさいの一言もないのかよ?」
「えっ?」
グラスも拾い、トレーに乗せていざ立ち上がろうとしたタイミングで斜め後ろから声を掛けられた。そこには頬杖をつき不機嫌そうな顔をした男が座っていた。
どうやら俺はこの人の足にぶつかり転んでしまったらしい。不注意で無意識のうちに蹴っちゃったっぽい。これは真面目に反省しないとだ。
「ご、ごめんなさい」
「痛かったなぁ。古代水王種と戦える程の人間に蹴られたんだ、もしかしたら折れちまってるかもしれねぇな〜」
「え?」
いや、そこまで強くは蹴ってないんだけど。怪力も今はオフにしてるし、ただ足がぶつかっただけで骨折したならそれはもう骨粗鬆症でしょ。
「えーと……回復術師さん、呼びます?」
「ああ〜いてぇなあ!!! 特別危険指定の魔獣と戦えるほどのガキに足を蹴られちまった! もう二度と歩けないかもなぁ!!!」
「回復術師さん呼びますか?」
「そんなもん呼ばれても俺金なんてもってねえしな〜!」
「……」
なーんかこれ、面倒臭い流れじゃないか? この人俺に何かふっかけようとしてない? 足もわざと俺が来るのを見計らって伸ばしたやつだろコレ。
「でもそうだなぁ、足の治療はしてもらわないとだもんな。嬢ちゃん、今いくら持ってんの?」
「無一文ですけど……」
「はあ? そんなわけねぇだろ古代水王種なんかと戦えるんだから。お前、あの使役術師の奴隷かなんかだろ? でも新品の服を着てるって事はそれなりに信頼されてるって事だよな」
「俺は奴隷じゃないしピックスさんは仲間です。信頼は、されてたらいいなとは思いますけど」
「お前自分の事『俺』って言ってんの? ははあ、元は奴隷だったってタチか。居るんだよな、自分の不幸な境遇に負けない為にとか、強がる為に男っぽく見せる女の奴隷って。そういう連中は決まって言う事を理解しねぇしいざ飼っても扱いに困る。性処理ぐらいにしか使えねえのが大半だ」
「はあ……もういいですよね。それじゃ」
「待てよ」
男に肩を掴まれ、強引に後ろを向かされる。
男は俺の顔をよーく観察すると、下卑た顔でニヤケながら言った。
「お前、やっぱり良いツラしてんな。今の彼氏で満足出来てんの? 俺が本当の女の快楽を教えてやろうか」
「ッ、何言ってんすか。まじで!」
男の腕を掴み抵抗するが歯が立たない。当たり前か、10歳児の腕力じゃ大人の男に敵うはずもないもんな。
「おろ? 上位の魔獣と戦えるのに力が弱いなぁ。やっぱりさっきの話は嘘っぱちか」
「さっきの話……?」
「嬢ちゃんが古代水王種と戦ってたって話。そんなの有り得ないもんな。何の為の見栄かは知らんが、そういう事を言われると真面目に冒険者やってる俺らが恥をかくワケ。分かる? 言ってる事」
……うーむ。自分らじゃ倒せない敵とこんなチビガキが対等に戦えてる事に劣等感でも抱いたのだろうか。それくらいしか読み取れる情報はないのだが。
「気分を害したのなら謝ります、なんでこの手を離してください。痛いです」
「痛い? 痛いのか? この程度の力で? おい聞いたかよお前ら! 特別危険指定の魔獣と戦える程の戦士が、ただ肩を掴まれただけで痛いとか言い出したぞ! やっぱコイツら見栄っ張りの虚言癖みたいだぜ!」
「だははははっ!! そんなこたァ分かってら! いきなり来てデカい顔をしたいからって調子のいい作り話を用意してきたんだろうよ!」
「俺らも舐められたもんだなぁ、先輩を立てるっていう常識が無いのかねぇ今の若い連中には」
「フレデリカさんが来てるってのによくもまぁ大口を叩けたもんだぜ!」
「どうする? このままどっかに連れてってお楽しみでもするかぁ!?」
「ガキは趣味じゃねえがソイツは顔が良い! やっちまおう!」
「だははっ、了解了解! じゃあ早速」
「えいっ」
「ほぐぅっ!?」
肩を掴んでいた男の腹を蹴ると、彼は床を一回バウンドして別の冒険者達が座っていた机に頭から突っ込んでいった。
「な、なにしやがるてめぇ!」
「なにしやがる、じゃねえよ。下手に出たら調子乗りやがって。俺がえるだーすらいむと戦えたらおかしいのか? あ? てめぇら雑魚の格下にゃ関係ねぇ話だろうが。ボケ」
「「「……」」」
冒険者ギルド内が静寂に包まれる。受付嬢さんは乱闘の気配を察知したのか近くに居た冒険者に走り寄るが、彼は受付嬢さんを突き放し拳を鳴らした。
トレーを近くの机に置き、服の乱れを直す。
「上等じゃクソガキイイィィィッ!!!」
「ぶっ殺してやらああぁぁぁぁっ!!!」
「泣いて謝っても許さねぇぞゴラァァァァァァっ!!!」
幾重にも怒号が重なり空間が揺れた。ガラの悪い冒険者達が一斉に俺の方へと殺到してくる。
とりあえず椅子を掴み目の前に投擲。
バッセンで見る豪速球より余裕で速い飛行速度だったので、投げた椅子は時速120キロを超えてますね。ぶち当たった冒険者達が死んでないか心配だ。
「俺ァまだ冒険者じゃないんで、冒険者と私闘しても何も問題無いですよねぇ!」
オラオラ言いながら殺到する冒険者達と乱闘しながら受付嬢さんに声を掛ける。彼女は青ざめた顔でウンウンとしきりに頷いていた。
「なら憂いはねぇ! ぎゃははははっ!! 死ねやオラァ!!」
冒険者をぶん殴り、足場にして頭突きをし、支えにして歩くように男達を蹴りまくり冒険者をぶん投げる。背後から髪を掴んできた男の股間を握りこんでそのままその男をヌンチャクのように振り回し、頭を掴んで床に叩きつけ正面の男の顎を掴む。
冒険者の足を床ごと踏み抜き、体を半回転させて回し蹴りで冒険者のこめかみを打って沈める。酒瓶を拾って底面で男の口元を殴り、昏倒した男を足場にして跳躍し顎を掴んでいた男をシャンデリアに吊るす。
「どうしたどうしたそんなもんかよ冒険者ってのはよぉ!!! 手応えないなぁアリンコと喧嘩してんのかな俺はァ!!!?」
「んだとゴラァァァァァァっ!!!」
「ぶっ殺すぞぉぉぉぉぉっ!!!」
「吠える前に一発食らわせてみろやゴラ!!! ガキのままごとじゃねぇんだよ気合い入れろ有象無象があぁぁぁっ!!!」
力を込めて殴り冒険者が吹き飛ぶ。その勢いを乗せたまま殴った冒険者が勢いよく床に吸い込まれたのでそのまま蹴り飛ばす。背後から椅子で殴られた、殴ってきた男の足を払い掴んで脛の骨をそのまま曲げ折る。
耳障りの良い、腹に力のこもった悲鳴が聴こえるようになってきた。
掴んだ男の肋骨を圧し壊す。何度も何度も頭突きを食らわせて意識がなくなった男をぶん投げる。肩に蹴りを落とし肩の位置がズレる。突進して冒険者数人を壁に衝突させる。掴みかかってきた冒険者の腕を掴んで床に寝転がり肘を反対側に曲げる。椅子の足を振り下ろしてきた男の膝を蹴り壊す。かかと落としで男の頭を床に打ち込む。怯んだ冒険者達をテキトーに殴りつけていく。
「こ、降参だ……」
「なに!? 聞こえないっ、なぁ!」
「降参だぁ!!!」
倒れてる冒険者の頭を思い切りサッカーボールキックしたら別の冒険者が両手を上げてそう叫んだ。
テンションで言うとまだ中上がりくらいだが、もう俺に敵意を向けてる冒険者の中で動ける者は居ないらしい。
積み重なった冒険者の上に座り込み、机に放置された誰かの酒瓶を取り口をつけてゴクゴクと飲む。美味し、アルコール度数それなりに高そうだこれ。
「やっぱジャイアントキリングより雑魚狩りの方が向いてるわ俺ァ。本気の喧嘩とかノリに着いてけないしな」
コキコキと肩を鳴らす。いやはや、疲れた疲れた。命の取り合いじゃなく、これくらい気楽にやれる殴り合いならむしろ気持ちがいい。
「てかあんたらさ、群れてるんだから俺に勝たなきゃダメだろ。人間って、群れてる時が一番その人の潜在能力を引き出せるんだぜ? 火事場の馬鹿力ってのは、実は弱者を集団でいたぶってる時の方が発揮されるんだ。やる気出せよな」
「ぐ、う……」
「まあ人それぞれ向き不向きがある。あんたらに戦いは不向きだったってだけの話だし恥ではないんだけどね。よいしょっと」
俺は冒険者で出来た椅子から飛び降りると、一番最初に肩を掴んできた男の元へと歩み寄る。
彼は一番軽傷だ。蹴り一発しか食らってないからな。それでゲロ吐いてたのは人体の不思議すぎるが、とりあえず彼の前髪を掴み体を引き上げる。
「ぐあぁ!」
「で? てめぇらの頭は誰?」
「あた、ま……?」
「なんか言ってなかったっけ。何とかさんが居るのに大口を叩けるなーとかなんとか。てめぇらゴロツキのトップが居るんだろ? 出せよ」
「なにを……する気だ……」
「別に? ペットの躾くらいちゃんとしておきなさいって説教するだけだけど」
「説教とはいいご身分ね!」
「……あ?」
死屍累々の場にそぐわない凛とした声が俺に向けて放たれる。男を離し、声の主が居る方へと振り向くと階段を降りてくる一人の女の姿が見えた。
女というか少女か。歳は10代中盤くらいで、黒い長髪を二つ結びにした強気さの窺える表情の少女だ。
「骨のある戦士は居ないのかと軽く絶望していたけれど、貴女見た目の割に相当の実力者なのね。その腕だけは認めてあげるわ」
「あんたがこの駄犬共の飼い主か? ちゃんと首輪つけとけよ、いじめられたんですけど」
「いじめられた? 現場を見る限り貴女がみんなをいじめたようにしか思えないのだけれど」
「いや? 俺は何もやってない、正義のヒーローが助けてくれたんですよ」
「自分は何もしていないと?」
「うん。その通……っ」
一瞬少女の姿がブレた気がした。その動きに一つだけ心当たりがある。
咄嗟に足元に転がる冒険者の剣を引き抜く。
ギィンという鈍い金属音が響き、俺の持つ剣の刃にもう一つの刃が衝突する。凄まじい速度で接近し斬撃を放ってきた少女は、俺の剣を押し留めながら強く俺を睨む。
「弱い奴には興味無いけど、それはそれとしてコイツらは私を群れの長として敬ってくれている。その思いには応えなければならない。悪いけど、痛い目見てもらうわよ」
「俺は何もしてないっつってるだろ」
「拳を血で汚しておきながらよく言うわね!」
少女が剣を捻る。その力の流れ方にも覚えがある。肉体の記憶だ、俺はその記憶に従い剣で彼女の追撃を防ぐ。
「剣術として見たらあまりにも稚拙、けれど私の剣の癖を貴女は知っている。何者なの? 貴女」
「名乗る時は自分から名乗れよ、ボス犬」
「私はフレデリカ・シルバーファング。いずれ剣聖になる女よ!!!」
フレデリカとやらは何やらかっこいいセリフを吐いて床を蹴る。
真剣での勝負は続行なんだ。てか俺には名乗らせてくれないのね……。




