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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第二章『初めて他人を完全なゾンビにしました編』
38/61

37話『入浴』

 チャプンッ。という水音が響く。



『プルプル〜。プル〜』



 僕の目の前の水面をぷるみちゃんが上機嫌に揺蕩い、波紋が広がる。



「ふぅ〜。やっぱ風呂は最高だな、人類の作りあげた至高の発明だぜ。気持ちよかろ〜ぷるみちゃん」


『プルルッ!』


「ふははは。何を言ってるかわからん。泳げ泳げ、ここは温水プールだ」



 桃色の頭髪が水中で広がり仄かに赤い粒子を放っているように見える。


 湯船は入浴剤により僅かに白濁しているが水面近くには白い肌と、なだらかな丸みを帯びた胸が見えていた。


 16年生きてきて今まで一度も女性と共に風呂に入るなんてした事なかったし、衣服を脱ぎ生まれたままの姿になった女体を見る機会なんて訪れなかった。僕の意識はどうしても正面の少女の肉体に向かっていってしまう。



 陶器のような透明感のある肌は湯に温められて仄かに桃色に染め上がっていた。皮膚の下に隠れているはずの血管も所々見えるくらいに白く、年端もいかない容姿の割に肩や胸元には角々しさがなく女性である事をささやかに主張している。


 ぷるみちゃんが彼女に触れるとその肉は抵抗なく動き、直接触れているわけでもない僕にもその柔らかさが伝わってくる。


 湯船から現れた彼女の腕は細さとしなやかさを自然に兼ね備えており、髪をいじるその指先は斧を振り回す人間の物とは思えないほど美しく手元を見るだけで妙な胸の高鳴りを感じてしまう。



「何ボーっとしてんの? のぼせた?」


「いや……」



 僕の腹に柔らかい感触が当たる。湯船に浸かった僕の正面に座っている少女が足の裏で腹筋を突いてきたのだ。


 視線を上げると、共に湯船に浸かっている少女の顔が見えた。


 胴体と同じく白く透き通った肌色に仄かな朱が差し、瑞々しさを取り戻した唇は直視しているだけで変な気分にさせられる危うさがあった。


 長いまつ毛に目の意識が持っていかれ、タレ目気味の大きな目は普段の粗野な言動と不似合いなくらいに柔和で愛らしい印象を叩きつけてくる。

 瞳は左右異なる色をしているが、どちらも宝石のように輝いていると錯覚させるくらい美しい。5秒も見ていたら本当に邪な思いを抱いてしまうと思い、僕は漠然と彼女の顔全体を見るように焦点を離して正面を観察する。


 顔全体、体も含めて均整が取れた整った容姿。成長したら引く手数多の美しい女性になるんだろうなと思ってはいたが、現時点でも十分すぎるくらいに魔性の魅力が詰まっている。



 セーレは危険な少女だ、と思った。わざわざ死の淵から蘇らされなくても彼女は生きてただ静かに接するだけで他者を問答無用で魅了させる事が出来るだろう。


 女になったせいで周囲の目が集まるようになったと言っていたが、多分彼女の思っている解釈は実際の感情とは噛み合っていない。彼女を見つめている人々は老若男女問わず、彼女に魅了されてしまったのだ。そうとしか思えない。


 唯一美醜の感覚で言えば美に分類されないであろう特徴として鋭利に過ぎる歯が存在するが、こうして全体像を見るとその歯すらも愛おしい一要素にしか思えなくなる。

 人の口に付いているにしては異形すぎるその形状すら自然と溶け込ませている、そんなの気にならないくらい他が美しすぎる。



 最初、彼女は自身の事を"アレクトラ"と名乗っていた。確かにこの容姿なら女神の名を冠しても違和感は無い、自然だ。生まれた時点で規格外の美貌を持っていたのだろう、そう考察させるぐらい名前と容姿が合致している。



 ……彼女の美貌に意識を向けていたら本気でまずい。


 僕は子供になんか、というかそもそも恋愛自体出来るとは思っていなかったし誰かを好きになるなんてこと一度もなかったのにそういう感情を引きずり出される気がする。


 自分から抱くべき恋心なるものを無理やり抉り出されて、自分の核となる部分にセーレの存在を植え付けられる。そんな気がして焦りを感じるも目を離すことは出来なかった。



「そ、そろそろ上がろうかな!」


「駄目だよ」


「駄目!?」



 心臓がおかしくなったのか拍動が煩いくらいに加速し始めたので彼女から背を向けつつ立ち上がろうとしたら腕を掴まれ強引に浴槽に座らされてしまった。

 腰にタオルを巻いているから変な所を見られる心配は無いが、それでも今の僕は平静じゃない。


 正直、辛い。



「まだ風呂に浸かったばっかだろ。ちゃんと時間掛けて体を温めねぇと疲労は取れないぞ。それに風邪を引くかもしれない」


屍人(アンデッド)は風邪なんか引かないだろ……」


「俺が作った屍人はほぼ人間と変わらないっつったでしょ。死なない以外は人間なんだよ、風邪も引くし病気にもかかる。ちゃんと体は暖めろ」


「そんなぁ……」



 諦めて浴槽に座り直したらセーレは「ふう」と息を吐きながら僕に背を向けて浴槽の縁に両肘を置いた。両手の甲を枕にし頭を置くが、そうした事で彼女の肉体が若干浮き上がる。


 ……魔性の顔が見えなくなった事で落ち着きが戻るかとも思ったが、今度は背中や尻が見えてやはり落ち着けなくなる。


 肉付きが少なく真っ直ぐとした背筋には妙な艶めかしさを感じる。寸胴だと思っていたが腰にはちゃんとくびれがあり、その下にある尻には豊かな肉付きとハリがあり可愛らしさを感じてしまう。



 まずいなぁ。なにがまずいって、6つも下の子供に色っぽさを感じてるのがまずすぎる。しかも相手は僕の生殺与奪を握っている、変な気を起こせばすぐに僕はもの言わぬ死体に戻ってしまうのだろう。


 例えそうでなくてもこんな子供相手に手なんか出していいはずがない。そう頭では分かっているのに、本能がしきりに刺激されて心臓が騒ぎ呼吸すら苦しくなってくる。



 ……痛い。これは拷問なのだろうか? 僕の様子がおかしいと気付いたぷるみちゃんは触手を顔に当てて『大丈夫?』と尋ねてくるが、それに言葉を返す余裕がなかった。



「ピックスさん」



 セーレが僕に背を向けたまま名前を呼んでくる。咄嗟に返事をする事が出来なかった、しかし彼女は気にせず緩慢な動きで腰を動かしながら言葉を続ける。


 ……出来る事なら、その腰を動かすのもやめてほしいのだが。絶対そんなつもりは無いのに淫靡な雰囲気を勝手に抱いてしまう。



「ぷるみちゃんも、ちょっくら真面目に聞いてほしいんだけどさ。今後俺を助ける為に無理すんのはやめてくれな」


「……無理?」



 下心に支配される前にセーレが気になる発言してくれたおかげで意識を会話に向けることが出来た。危ない危ない。


 僕は彼女の身体を見ないよう天井に目を向けながら会話を続ける。



大喰らい(ヒュージイーター)に遭遇した時の事を言っているのかな。アレは……確かに君だったら捕食されてもどうにかなるかもしれないけどぷるみちゃんが居たからね」


「分かってる。それについてはまじでナイスだったと思う」


『プルッ!』


「尻に乗っかられた。ぬくいな〜ぷるみちゃん。ま、ぷるみちゃんを助けるのは全然いいと思うんだけどさ、今後俺単体で危ない目に遭っても自己犠牲精神を芽生えさせないでくれ」


「……それは、死なないから? 不死だから危ない目に遭っても見捨てろと」


「そーですね。理解が早くて助かります」



 彼女の要求は確かに死ぬ事がない存在として考えたら真っ当そのものだ。


 誰かを助けるという行為には、巻き添えを食らって自分も死んでしまうリスクが生じるからね。基本的にその行為は効率非効率で語るなら非効率でしかない。


 でも、誰かを助けるなんて行為に効率がどうとか考える余地は無いし、そうしたいからそうするという衝動的なものなのだから今ここで言われたとしても今後素直に言いつけを守れるかは分からない。


 庇ってほしくないのなら会話する頻度を下げるべきだし、個人的な感情や思いを口にせず質素な関係性を築くべきだ。


 残念ながら、現時点の僕はそれなりにセーレの事を好ましく思っている。勿論男女としてではなく知り合いとしてだが。


 また彼女が危険に晒されて僕がその近くに居たとしたら見殺しにする事は難しいだろう。

 だがそれを言っても彼女はきっと納得しない、むしろ馬鹿にされる気がする。だからとりあえず言葉だけで要求に頷いておく事にした。



「君がそう言うのなら善処するよ」


「言い方。そんな回りくどい言い方する時って大抵言う事聞いてない時だろ」


「そんな事は無いさ。セーレは傷ついてもその場で全快するけど、僕はそうじゃないからね。ちゃんと考えながら立ち回るよ」


『プルプル、プルルッ! プルッ!』


「ぷるみちゃんはなんて?」


「ボクもそうするって言ってるよ」


「そうかい」



 嘘だ。本当はぷるみちゃんは『なんでそんな悲しい事言うの? 二人とも大事! 助ける!』と言っていた。それをそのまま伝えたらぷるみちゃんをつまんで引っ張りそうな雰囲気があるので内容を変更して通訳させてもらった。



「……それと。ごめんな、酷い事言って」


「酷い事?」


「ほら、オーク達を追っ払う前にさ。あんたに心無いこと言ったろ、俺。大切な人がどうとかって」


「あぁ……確かにあの場での僕は死んでしまった他の人達のことが意識から抜けていたから、僕から言い返す言葉はないよ」


「言い返してたけどね。じゃあボコられる側の人は何もすんなって言いたいのか、みたいな」


「それはそうだけど、君の言う事も正しいなとは思ったからさ」


「どうだろうな。正しい正しくないは分からないけど。なんにせよあんたのプライバシーに土足で踏み込んで悪口言った事には変わりない。ごめんな」


「いいって。……あまり詮索をするのは良くないとは思うけどさ、君の家族の話も聞かせてよ」


「俺の家族?」


「あぁ」


「俺の家族か……うーん。と言われても、別に大して語る事もないな」


「家族仲は良好じゃなかったのかい? 生まれついての奴隷では無いんだろ? ……あ、僕と同じで生まれついての奴隷だったとか」


「そういう訳じゃない。俺は多分、この世界に生きてる誰よりも幸福で能天気な、生ぬるい家庭で育った一般人だよ」



 そう言ってセーレはこちら側を向いた。その音を聴いてつい視線を下げてしまいそうになるが、目の前に広がってるのがどんな光景なのかは容易に想像出来たので固い意思でそれを阻む。



「天井なんか見てどうしたの?」


「気にしないでください」


「? まあいいや。幸福っつっても別に裕福ではなかったんだけどね。父親は俺が産まれる前に蒸発したし、女手一つで育てられたよ。片親家庭の割に不自由に思う事は無かったし、人並みの幸せは享受出来てたと思う」


「なるほどね。道理で君は優しいわけだ」


「優しい? そんな事ないと思うけど、なんで?」


「出会って間も無い僕の為に戦ったり、ぷるみちゃんを助けてくれただろ。普通ならあんなの、そのまま始末してるか街に戻って冒険者を派遣してたよ」


「あー。まあ、そうしても良かったんだけどな。それはあんまし楽しくないだろ」


「楽しく?」


「うん。俺は善人ではないし、優しさに満ちた人間でもない。刹那的にしか生きれない駄目人間なんです。その瞬間楽しいと思った事だけを選んで後先後悔するタイプ。今回もその例に漏れず、よく考えもせずにノリでああいう選択肢を取った」


「気まぐれに救われたわけだね、僕らは」


『プルプル』


「そうな。あの時点でなにかイラついてたりしたらふつーに八つ当たりでぷるみちゃんは見殺しにしてたし、ピックスさんの事も酷い罵声を浴びせるだけ浴びせて放置してたよ」


「そうならなくて良かった」


「結果、持ちたくもねぇ屍人傀儡を持つ事になっちまった。人生は選択の連続って言うけどさ、何を選んでも責任が付きまとうのって本当ダルいよな」


「そうだ、ねぇっ!?」



 不意に何かが股間に当たり、挟まれる。これは、セーレの足の指だ。何をしているんだこの子は!?



「あんたは賢いよな。最悪の選択肢は踏まないよう慎重に生きてる。考え無しにぷるみちゃんを助けようとして毒死してんのは情けないけど、あんなもん不死身か毒を無効化できる能力持ってないとどうしようも無いし仕方ないんだけどさ」


「セ、セーレ? その足の指は、一体何を……?」


「今も懸命に俺を見ないようにすることで理性を保とうとしてるしな。ちょっと感心したんだよ」


「感心? そうかそうか、所で足の指は」


「きははっ。足の指足の指うるっせぇな。足を伸ばしたらそこにあるんだから仕方ないだろ」


「じゃあ僕は出るよ!」


「出るの? そのまま立ったらあんたのミサイルを目撃しちゃう事になるけどな、俺」


「ぐ……ミサイルという単語がなんなのかよく分からないが……」


「ふーむ」


『プル?』


「セーレ!?」



 水音が立って細い指が僕の胴体に触れる。


 目線を下げるとセーレが僕の近くまで寄り胸筋を観察しているのが見えた。


 ち、近い。線の細い少女の裸体がすぐ目の前にある。



「あんたが風呂に入ってきた辺りで感じた違和感なんだが、なんだろう。なーんか頭の中に引っかかりがあるんだよな」


「何が!? 引っかかり!?」


「前世……じゃなくて、以前にも別に男の裸体を見る機会自体はあるにはあったんだが、その時は何も感じなかったんだよ。でも今はなんか……」



 顔を上げたセーレと目が合う。彼女の瞳は不思議と寂しげな感情で揺れていた。その真意は分からない。……多分、発情してるのとかそういうのではないと思う。



「何かが足りない。斧を見てる時にも感じた僅かな違和感がより強くなってる」


「違和感……?」


「言語化するのは難しいんだが、頭の中に何かがあってさ。もう一歩近付ければそれを掴めるはずなのに、どれだけ手を伸ばしてもそれには届かないし指を閉じたら煙のように消えてしまうんだよ。あんたの体を見てたらそんな感じになる。……俺らって、以前から知りあってたわけではないよね?」


「な、ないんじゃないかな。君のような少女は一度も見た事がないよ」


「そっか。そうだよな。じゃあこれは一体……」


「えーと……君が実は男好きだという裏話は無いんだよね?」


「無いね。そういう行為をする気も興味もサラサラない。その証拠に俺は処女だ」


「要らない情報だよそれは……」


「確認はしてないけどね」


「確認ってなんだ……? そういう経験がないのなら確認するまでもないのでは……?」



 生まれつき処女膜がない人とか存在するのだろうか。多分居ないよね? よく知らないけどさ、女の人の人体構造とか。



「つぅかさ。あんた俺の裸を見て照れてるけどこの世界じゃ裸が恥ずかしいものって一般認識なのか? そういうの、俺のいた世界では割と近世からの感覚に近かった気がするんだが」


「当たり前だろ!? もうずっと前から人前で裸を見せるのは恥ずかしい物って認識になってるよ!」


「男女混浴とかも結構イレギュラーな事態なのか?」


「国によってはそういう文化もあるとは聞くが! 少なくとも大陸の大半が男女混浴は余程異例な文化として扱われてるんじゃないかな!」


「そっか。ついでに聞くと、俺みたいなガキと性行為をするのは違反というか、犯罪行為に当たるのか?」


「どういう意図の質問!?」


「単なる興味だよ。そこら辺の常識は持ってないと後々恥をかくだろ」


「なるほどね……ど、どうだろう。結婚自体は女性なら12歳から出来ると聞くが」


「12歳? 若すぎじゃね?」


「もっとも、それくらいの歳の子を妻に迎えられるのなんて爵位持ちの貴族くらいだけどね。ほら、結婚って妻を養える経済力を持ってると誇示する側面もあるからさ」


「前時代的〜。なに、この世界には自由恋愛の結婚とか一般的じゃない感じ? 政略結婚とかがメインなの?」


「自由恋愛の末に結婚というのも勿論あるけど、その場合高齢化するからね。13歳から働き始めて女性を養える資金を得るには結構時間が要るからさ。20を超えた男が少女に対して恋心を抱くのは稀だろ?」


「そうなん? ロリコンが少ない世の中なのか」


「別に抱くだけなら娼館に居るしね、12歳でそれなりの容姿を持った少女なんて。恋愛をするまでもないって感じじゃないかな」


「聞きたくなかったかも。エグいな、この世界」


「セーレさん?」



 話をしながらセーレが僕の体に寄りかかってきた。少女の柔らかい肉が当たりフニフニとした感覚が押し寄せてくる。一体何をされているのでしょう? ぷるみちゃんが恥ずかしそうに赤く変色してますよ。



「ピックスさんはロリコンじゃねえんだよね?」


「ごめん、ずっと気になってたんだけどロリコンってなにかな」


「ガキに興奮する大人。まあ俺とあんたは肉体的にはそこまで年の差があるとも言えないんだが、こんなツッテンストーンな体を見てもなんとも思わないだろ」



 今まではそう思ってたけど残念ながらそうでも無いみたいだ。というかセーレの場合はいくら小柄で幼児体型とは言っても容姿が整いすぎてるからあまり関係がない。



「反応してるのは雰囲気でそうなったと解釈してるんだが、まさか俺に興奮してるわけでは」


「な、ないです! ないですねはい!」



 ここで彼女の疑いに肯定したら取り返しのつかないことになるか失望されるかしそうだったので、必死に頭を振って否定しておく。



「良かった、それなら問題ないんだ」


「離れてくれると助かるのですが……」


「申し訳ないけど一つ実験に付き合ってくれ」


「実験?」


「俺が何かを思い出せるか、それとこの肉体になっちまった影響が精神にまで及ぶのかという確認を取りたい」


「肉体、精神……? 中身が男とか言ってたやつかな」


「そ。どうやら魔法ってのは精神の有り様で変質する事もあるらしいからな。俺が把握してる能力が急に仕様変更されたら堪らん、今の俺を維持できるのかという重要な確認事項なんだ」


「は、はあ」


「というわけで。ピックスさん、俺を抱いてみてくれ」


「はいぃ!?」



 抱く!? だ、抱く!? 僕童貞なのですが!? 僕ら、どちらとも年齢的には子供なのですがぁ!?


 信じられない申し出を受けて彼女を見てしまう。華奢な体だ、とてもそういう行為に適してるとは思えない……というか! そんな事をしてもし万が一妊娠してしまったらどうするつもりなんだ!? 流石に僕らじゃ養えないだろ、孤児院に預けさせるのか!?



「言わなかったか!? 自分の体を大切にしろって!」


「え。いや、違う違う。別にそういう行為をしようって言ってるんじゃなくて。言葉そのまんまに軽く抱き締めてくれって言ってんだよ」


「あ、そっちか。よかった……いや良くないな!?」


「良くないのか?」



 セーレが上目遣いのままキョトンとした顔をする。なんでさっきからそんな無感情を貫けるんだ? 全裸で男と密着してるんだぞ!?



「別に抱き締められただけで子供が出来るわけじゃないだろ」


「そうだけどそうじゃない! なんだろう、貞操観念!? 大切な物が抜け落ちすぎてるんだよなぁセーレは!」


「失礼な。俺だって誰彼構わずこんなことを頼むわけじゃないよ。狼確認はしてあるんだから貞操観念バッチリだろ」


「狼確認とやらも意味が分からないし!」


「長ぇよ。人の頭上でピーチクパーチク囀るのやめてねまじで、鼓膜くん可哀想。じゃあ抱きしめなくてもいいから、背中に軽く腕を回してくれ」



 軽くと言われても……。


 渋々、彼女に言われた通りに背中に両腕を回す。



「っ!?」



 こちらが腕を回した瞬間更にセーレは身を密着させてくる。危ないって! しっかり体重を預けられてる! 足が滑ったらこれ、その、事故が起きるぞ!?


 こちらの皮膚に吸い付くような柔らかいセーレの感触に理性が一気に吹き飛びそうになる。密着した状態で腕を回した事で見た目通りの華奢さを感じる。大胆な行動との差異に混乱必至だ。


 腰に彼女の内腿が当たる。胸同士も完全に接触している。セーレはその状態を維持したまましばらく無言になった後、僕の耳元で呟き始める。



「やっぱりこの状態になると何か思い出せそうになる。でも確実な事は思い出せねぇ。性的趣向は男の頃のままか、ふむふむ」



 僕の体からセーレが離れる。

 彼女はとんでもない事を仕出かしたあとだと言うのに、何も無かったかのように表情に感情を乗せないまま浴槽の壁面に背中をつける。


 セーレは頭の後ろに手を回し、脱力した状態で天井を見た。胸が丸見えだ、やめてほしい。目を逸らす。



「薄々そんな気はしていたが、やっぱ絶対記憶弄られてんな。俺」


「き、記憶? 何の話……? 今の行為と関係あるの?」


「ピックスさんは気にしなくていい。どうせ言っても信じられないだろうし」



 彼女は思わせぶりな言葉を最後に閉口した。


 裸の状態で男と抱き合う。そんな行動を取った末に彼女が何を感じ何を考えているのかは定かではないが、顔色を見るに恐らく本人にとって気持ちの良くない物を抱いているに違いなかった。



 急に混浴なんてするからセーレの中で気分が高揚し、衝動的な行動を取ってしまったのだろう。だが実際に触れ合ってみたらまだそんな行為を行う気になれなかった、男の体に密着するという慣れない行動に怖いとか気持ち悪いとかそういう感覚を抱いてしまったのだろうな。


 う、うーん。

 間違いが起きなかったのは不幸中の幸いだが、それにしても僕を相手にして勝手に想像との違いを感じて失望してほしくは無いのだが。男としての自信を失うぞ、流石に。



「……そろそろ、上がっても」


「んぁ、いいよ。ぷるみちゃんは大丈夫? のぼせてない?」


『プルゥ……』


「若干のぼせてしまったみたいだ。一緒に上がるよ」


「あい。俺は考えたい事があるからもうしばらく風呂に入ってる。……あと、俺が悪いのは分かってるけどさ、元気ハツラツな股間を目の前で振り回さないでくれ」


「!? ご、ごめん!」



 しまったああぁぁぁぁっ!!! ようやくこの拷問から逃げられるというところに意識が向いてたせいで完全に忘れていた!


 最悪だ。最悪すぎる。風呂に上がり服を着替え、ベッドの上で頭を抱えて丸くなる。


 今までじゃ有り得なかった出来事が目白押しだったけど最後の最後でそれら全てをひっくり返すほどの奇行を行ってしまった! 少女の目の前でっ……ぐああぁぁぁっ!!!



『プル?』


「死にたい……」


『プ!? プルプル!!!』



 ボソッと呟いた言葉を聞いてぷるみちゃんが怒り触手で頭をべしべしと叩かれる。君もそういえば女の子だったね。女の子には今の僕の気持ちは分からないよ……。

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