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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第二章『初めて他人を完全なゾンビにしました編』
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36話『お風呂には入った方がいい』

 回復術師のキリカさんは自宅の一部を改造して個人の診療所を経営しているようで、治療の依頼をした俺達は彼女の邸宅に案内される運びとなった。


 キリカさんの家は街の一等地、ラトナ商店街がある大通りの突き当たりに位置していた。内装は広く、多くの患者を置いておけるよう部屋数も充実していた。


 初対面の人に対しての口の利き方には大分問題があったが、医療に携わる者としての奉仕精神はひたむきだ。

 若いのにここまで条件を取り揃えて医療に貢献してるのには尊敬の念を強く覚える。奴隷扱いされた事は根に持ってはいるけどね。



「よ、ようやく治療終了よ……」



 青白い顔のまま、げっそりしたキリカさんが弱々しい口調で俺達にそう伝えた。


 やはり腹から溢れた臓器をパズルのように腹の中に収めて元の状態に戻すというのは相当な魔力量を消耗するらしい。俺の魔力、ぷるみちゃんの魔力を借りて時間を掛けて治療を行い、いつの間にか外は夕暮れの橙色に染まっていた。



「本当に全部元通りなのか? 腹に違和感とかないのか、ピックスさん」


「術後の痛みはあるけれど違和感は無いよ。彼女の腕は確かなようだ。ここまで損壊の酷い人体を治すことなんて回復術師だと稀なケースだろうに」



 稀なケースなのか。まあ、回復術師以外にも普通に外科手術を生業とする医者が居るし得手不得手があるんだろうな。


 本来ならとっくに致命傷だもんな。普通なら医者にかかるんじゃなくて葬儀屋を呼ぶべき負傷だもん、内臓全部ぶちまけるとか。てか胴体真っ二つだし。



「回復魔術、めちゃくちゃいいな〜」


「お。回復魔術に興味が出た?」


「出ましたね。どういう理屈なのか全く分からなかったすけど、アレだけの大怪我を大した器具も使わず治せるとかあまりにも便利すぎる。魔術って事は、俺でも学がありゃ使えるようになるんすかね」


「どうだろう、回復系統は魔術の中でも習得難易度がかなり高い部類だからね。魔法・魔術の知識を十分に修めた上で人体構造についても理解しないといけないから、実際に使えるようになるのは至難の道だと思うな。特に勉強嫌いなセーレにはね」


「グロいの得意じゃないしね」



 そもそも人の傷口なんか見ながらマトモに作業なんて出来なさそうだし、不向きも不向きだな。回復術師の夢は一瞬で潰えましたと。


 治療を終え、激高価格としか思えない料金を支払った俺達はまず先に服装をどうにかしようという話になり服屋に立ち寄った。


 刃が剥き出しの戦斧もどうにかしないといけないが、まずなによりも布一枚しか身に纏っていない俺の格好をどうにかするべきだからな。


 こんな格好で歩いてたら奴隷と勘違いされてもおかしくはない、冒険者になるならそれなりの服装をする必要がある。というわけで、俺はピックスさんチョイスの安くて丈夫で動きやすい服を身に着ける。



「地味だなぁ」


「地味だがこれで奴隷と勘違いされることも減るだろう。駆け出し冒険者御用達の服装だからね」



 御用達の服装なんてあるのか。まあ安価で手に入ったし、色んな面で好条件だから勝手に似通った格好が増えるんだろうな。量産型ファッションの流行るメカニズムだな。


 地味な色合いのシャツとズボン。皮の靴。必要になるからとセットで買い与えられた地味な色合いの小さな鞄。


 うーむ、ゲームの初期衣装。課金したのに無課金コスチュームすぎる。花がない。なさすぎる。あまり服装に頓着しない俺でもこれはダサいのではと思えてしまう服装だ。

 いや、ダサいとかそういう次元じゃないなもはや。無だな、無。



「ふむぅ」



 というか、俺が小柄なせいでシャツがブカブカだ。ズボンは腰周りを絞って丈直しもしたから何とか普通に履けてるが、上の服がサイズ感あってなさすぎる。


 最小サイズを購入したはずなんだけど、10歳児が冒険者になるなんて想定されてないから子供用のサイズは無いんだろうな。13歳って言うともう成長期が来る年頃だし、こんなちんちくりんに合わせたサイズがなくても納得か。


 余裕で手先が見えないし裾は太ももの上辺りまで来てる。ズボン履いてなかったらワカメちゃんスタイルのワンピースだ。

 なんならもう少し大きいサイズのやつを買えばズボン分の料金を支払わずに済んだかもしれない。下着履いてないから露出狂になっちゃうけど。



「これ、彼シャツみたいになってないか?」


「彼シャツとは?」


「彼氏に借りたシャツ、縮めて彼シャツ。明らかにオーバーサイズすぎる」


「10歳の子供が冒険者になるというのが異例だからね。同行者として登録出来るだけで本登録出来るというわけではないのだから、冒険者用の服を着たらそうなるのも仕方ないさ」



 今しがた考察してた事をまんまピックスさんが口にした。てか、本登録出来ないの? 13歳になるまで永遠仮登録? それはそれでなんか嫌だな……。



「修道院で経験を積んでおけばギルド所属の修道女になれるから選べる服の幅も広がるよ」


「尼さんになる気はないって言ったでしょー。ふむぅ、成長を待つしかないか」


「三年か。考えてみると長いねぇ」



 そうだよなあ。俺、異世界に来てからまだ一年も経ってないんだもんな。まだ数日しか滞在してないのに気持ち的には一ヶ月くらいいる気分だ。途方に暮れるような長さだわ、毎日が濃密すぎて。



「……あれ?」


「? どうした?」


「いや……」



 待て。ピックスさんにはこんな事話さないが、待ってくれ。


 おかしくね? だってさ、俺がこの世界に降りたのってロドス帝国が健在だった頃だよな? そのロドス帝国は十五年前に滅んでるってなったら、その間俺はどこで何していたんだって話になるだろ。


 ……??????


 色々おかしくね? 時空が歪んでるのか? 一晩寝てる内に十五年経った? あるかもしれないなそれは、魔法とかで。でもじゃあなんで肉体が成長していない?



「……まさか俺、ガチの成長しないロリババアってことは無いよな」


「何を言ってるんだい?」



 ふーむ……。寝てる間に体の成長も止まりつつ十五年の月日が経つ。有り得るのだろうかそんな事。コールドスリープでもしてたのか? じゃなきゃ説明つかないよな。ポップ先が遠く離れた南方の水没林の真上ってのも意味分からないし。


 考えてみれば自分の出自がおかしい事だらけだ。言うてこれまでも何度か考えた事はあるけど、落ち着けて思い返してみると疑問点が湯水のように湧いてくる。


 一番現実味があるのは勝手にロドス帝国を名乗る国家……というか団体? に召喚されたって線だが、にしても女帝が口にしてたロドスとキリシュアの相関関係については特に疑える余地も無かったし、勝手に他所の国の歴史を自分らの歴史と吹聴してる様子も無かった。

 脇に控えてる兵士さん達も真面目そのものな顔で聞いていたし、亡国の名を騙る怪しげな雰囲気はなかったんだよな。



「きな臭いな……」


「臭い? そりゃ、3日4日お風呂に入ってないから仕方ないよ」


「そういう臭いじゃなくて。まあ確かに俺らは風呂キャン4日目の悪臭を漂わせてはいますけど。こんな体臭で建物に入ってるの、よくよく考えたら普通に害ですよね」


「そうだね、死線から戻ってきたばかりだから特に意識してなかったな」


「死線。かっこよ。よっぽどの事がない限り死なないすけどね、俺もピックスさんも」


「不思議なものだよね。早く屍人の肉体に馴染まないとな……とりあえず一度宿を借りて汚れと汗を流してから次の行動を取ろうか。先に受付してくるから待ってて」


「はい」



 宿に受付しに行ったピックスさんを待つ為にぷるみちゃんを抱きながら階段に腰を下ろす。


 ぷるみちゃんはおねむの時間なのか、水の体が重力に負けて俺の腕に身を預けていた。巨大な斧とスライムを携帯した少女、視線が集まるわ集まるわ。



「考えてみりゃ、色々辻褄が合わない事だらけなんだよな」



 時間の飛び方もそうだし、ロドス帝国の実情とか諸々納得出来ない所がある。ピックスさんと合流してからの俺は眠っても時間が吹っ飛ぶなんてことは無かったし、やはり女帝と謁見した時何かが起きたと睨むべきだろう。


 記憶の一部にアレクトラの生前を思い出そうとした時と同様のモヤがかかってるし、この身に何かが起きたのは確実。

 手首の刻印には覚えがあるけど、首についてる刻印に関しては全く身に覚えがないしな。なんだこれ、いつ付けられた?


 釈然としない思いが込み上げる。斧を見ているとどこか胸が痛むような気がするし、鏡で自分の顔を見た時なんか何故か無性に悲しくなったし。


 前のめりになって目標を掲げるつもりはなかったが、冒険者になって金を貯めたらちょっくらそこら辺の調査に乗り出すか。ロドス帝国は禁足地になってるらしいが、そこと戦争していたキリシュア王国に行けば何かしらの情報は掴めるかもしれないし。



「部屋を借りれたよ。行こう、セーレ」


「あい」



 戻ってきたピックスさんの後を着いて歩く。斧で建物を傷つけないよう慎重に歩き、部屋に到着したら一番風呂を譲ってもらえた。お言葉に甘えて最初の風呂を頂きます。



「ふぅー……」



 久方ぶりのシャワーを浴び、椅子に座って深く息を吐く。


 名前の書かれていない石鹸が数種類あるが、どれが髪用でどれが身体用でどれが顔用なんだろう。複数あるのに全部身体用なんてことは無いよね? 勘で使ってみるか。



「わっ。これ水につけたらめちゃくちゃローションみたいになる。絶対洗髪料これじゃん……」



 早速勘が大ハズレした。ボディ用の石鹸と思しきもので髪を洗ったから髪質がキッシキシになっちゃった。ほんでボディ用に使おうとしてた石鹸は多分髪用。何用なのかぐらい書いてほしい、折角言葉も文字も分かるんだからさぁ。


 はあ……。

 ローション質の石鹸を手に取って髪に馴染ませて揉む。異文化交流したら地味にこういう所で躓くよな〜。


 シャンプーと思しき石鹸、ボディーソープと思しき石鹸、洗顔料と思しき石鹸を使って一通り身体を綺麗にし、何故か俺の元居た世界とそのまんまな古めかしい歯ブラシと歯磨き粉と思しきジャリジャリの物質で歯を磨く。口の中に突っ込んだやつがハズレだった時が1番嫌だな、これ。



「使った歯磨きはどうすればいいんだろ。浴場の外のゴミ箱に入れちゃっていいのかな」



 複数個あるしまさか団体で同じ物を使うわけもないしな。使い捨て歯ブラシだよなこれ、じゃなきゃ困る。


 一応ゴミ箱の中身を確認し、中に使用済みと思しき歯ブラシが落ちてるのを見て安心と同時に若干嘔吐く。

 宿泊客がいるのに前の客が出したゴミはそのままなのかよ……カルチャーショックを受けつつ歯ブラシをポイする。



「意外と現代と同じような設備があるのには驚いたけど、衛生観念はやっぱ古いんだな……歯ブラシを使用した後そのまま元の位置に戻す人とか居たらどうするんだろ。……げぇ、吐きそう」



 こんな事を考えていてはリフレッシュ出来ないので何も考えずに入浴。

 浴槽は何らかの鉱石を削り出して作ってるのかな。引っ掛かりの少ない滑らかな表面に白やら青緑やら色んな模様が入っている。


 流石に大理石では無さそう。こんな感じの質感じゃなかった気がする。一応前世で見た事あるからな、大理石。



「ふぅ〜……」


『セーレ』


「はぁい」



 なんだ? 浴槽に浸かってぬくぬくしていたら浴室の外から声を掛けられた。


 髪が長いせいで洗髪にかなり時間かけたからな。流石に長いと怒りに来たか。しかし俺は無類の風呂好き、湯に浸かって10分も経っていないのに出たくはない。


 ……肉体は女だが、別に中身は男だしな。男同士で一緒に風呂を入る事を気にする必要も無いか。


 いいや、一緒に入ってやろう。ピックスさんも歩きっぱなしだったし、早く入りたいに決まってるだろうしな。



「よいしょ」



 一度浴槽から出て、股は隠せないにしても胸元は髪で隠せるので髪を胸の前に持ってきつつ浴室の扉を開く。



「どうぞ」


「!? 何故開ける!?」


「風呂入りたいんだろ? 一緒に入ろうぜ」


「はあ!?」



 混浴を提案するとピックスさんは声を荒らげて驚いていた。顔を赤くし俺から目を逸らしている、馬鹿じゃないのかとも言われた。


 ……童貞って、ここまで女への耐性がつかないものだっけ?

 言うても俺の肉体は子供だし、もう何度も裸を見られてるよな。目にして照れるようなものでもないだろ。


 実物の女の裸なんて一回見ちまえば慣れると思うけどな。少なくとも俺はそうだった。初心というか、気が小さいのか?



「ぷるみちゃんがお風呂に入ってみたいと言うから連れて来たんだ! 女の子同士なんだし、君らなら一緒に風呂に入っても問題ないだろうなって!」


「一緒に入りゃいいじゃんあんたも」


「僕は男だぞ!?」


「何か問題か?」


「問題だらけだ!」


「あんたは俺の傀儡なわけだろ? 変な事しようとしたらいつでも生命維持を終わらせられるんだ。てか狼疑惑ももう晴れてるし、健全な付き合いなんだから気にしなくていいだろ」


「健全な付き合いだからこそ裸を見せるのは駄目だろ!?」


「冒険者っつーと遠征したりもするんだろ? そうなったら仲間の裸を見る機会なんて有り触れてるんじゃないの」


「そ、それは確かにそうかもしれないけど! 君はその、裸を見られて恥ずかしいとかないの!?」


「相手が童貞坊主だからなぁ。別にないかな」


「アレよそこは!!!」



 どんなツッコミだよ。アレよと言われても、散々見られたんだから今更だろ。


 話の途中だが湯船に浸かってほかりたいので彼から背を向けて再び浴槽に入る。極楽極楽、火の魔術とやらが使われてるから水温に大きな変化はなし。便利だなぁ、魔法ってやっぱ。



「言っとくけど俺はかなりの風呂好きだからな。一回浴槽に入ったら三時間は外に出ない」


「三時間!? 入りすぎだろ皮膚がふやけるぞ!」


「だーってこの世界には風呂くらいしかリラックスポイントないだろー。入れる時にしっかり入るのは重要でしょーよ。ご機嫌に入浴剤まで完備されてるし。見ろよピックスさん、お肌がつるすべだ」


「見せんでいい見せんでいい! と、とにかく!」


「裸の付き合いしよーや。ぷるみちゃんも三人一緒がいいよなー?」


『プルッ!』


「ほら。ぷるみちゃんもこう言ってる」


「君はぷるみちゃんの言葉が分からないんだろ!?」


「ノリとテンションで大体分かるわ。いいじゃねえか、一緒に戦った仲なんだ。俺はあんたの生命維持装置になったみたいなもんだし、生涯付き合ってく事が確定してんだから早いうちに親睦を深めよーや」


「そうは言っても……」


「ぷるみちゃんを助ける為とはいえ、それを望んだのはあんたなんだぜ? なら腹括ってご主人様の入浴に付き合えよ。まっ、もう全身洗った後だから背中は流させられないけどな」



 そう言って後は彼に判断を委ね目を閉じる。心地良いな〜風呂はやっぱ。自然と鼻歌が出てきちゃうよ。



「……後から文句言うなよ」


「言わねぇ〜よ」



 決意を固めたらしいピックスさんが一度扉を閉めて脱衣し始めた。先にぷるみちゃんがぴょんぴょん跳ねながら浴槽に入ろうとしたので、それを止めて先にシャワーで体の表面を流してやる。



「し、失礼ぃいっ!? ……失礼、します」



 ぷるみちゃんを洗っていたら扉を開けたピックスさんがまた顔を赤くしていた。

 入ったらいきなり全裸の女が居るのだからビックリしたか。青少年すぎるだろそれは。




 *




「勘弁してくれよ! もう利用してる奴隷は居ないんだ! 全員謎の女に連れて行かれちまったんだよ!」


「関係ねぇな。オレらのシマで勝手に子攫いをやってた落とし前はまだ付けてねぇだろ」


「知らなかったんだ! ここがアンタらのシマだなんて事!」


「余所者か。死神に前戯でもしてやったのか? 随分運が悪いじゃねえの」


「ぎゃああぁぁぁぁっ!!?」



 太った奴隷商人の頭部に穴が空き、奴隷商人はその場で脳漿を散らし絶命する。この世界ではおおよそ聞くことの無い音を響かせて足元の肥満男を始末した青年は、殺害に使った道具を仕舞った。


 青年は鮮血のような赤い髪を揺らして始末した男の遺体を蹴り仰向けにさせると、遺体の服に手を置き持ち物を漁り始める。



「やっぱり隠し持ってたな。人間製の魔石薬」


「それどうするんすか?」


「加工する手間が省けた、そのまま横流ししちまおう。この施設にある物は根こそぎ持ち帰って売り捌くぞ」



 青年が指示を出すと彼の周りにいた部下達は各々返事をし行動を開始する。青年は不機嫌そうな顔をしながら、奴隷商人が使っていた飾り気の多い椅子に腰掛けた。



「お疲れだな、ヘンドリック」


「そりゃな。ロンゴニウスの野郎の尻尾を掴むのがここまで手間だとは思わなかったわ。街の人間を使っても成果は無し、ようやく掴んだ末端のコイツも訳の分からねぇ事言ってロクな情報持ってすら無かったし。んだよ、謎の女って。意味わかんねぇーよっ!」



 ヘンドリック、そう呼ばれた青年は机に置いてあった空の酒瓶を持つと奴隷商人の遺体に向かってそれを投げつける。酒瓶は遺体の頭に当たり破裂する。



「ロンゴニウスはとっくに別の街に移動しているのかもしれんな」


「勘づかれてるか。まあそうだよな、今回ばかしは派手に動きすぎたもんなー」


「まあ、どこに逃げようとアイツらも子供を必要としてる以上完全に雲隠れするのは不可能なんだ。気長にやろう」


「本拠地さえ掴めればそれだけでいいのに肝心の本拠地が全く分からねえ。地上に無いか、或いは巧妙にカモフラージュしているか。潜伏場所にラトナを選んだのは敵ながらあっぱれとしか言いようがねぇな。こんな辺境の無駄に広い土地、隠れるにはもってこいだ」


「森に囲まれてるせいで閉鎖的なコミュニティが出来やすいからな」


「だからこそ武力で脅して飴を与えりゃあっという間に支配出来るのも都合が良かったけどよ。はぁ……郊外に点在させてる部下から何か連絡は入ってねぇの?」


「ロンゴニウスに関連するものはなにも。……そういえば、直接奴と関わりがあるかは分からないがロドス帝国って単語を口にするガキがいるってのは聞いたな」


「あ? ロドス帝国だと?」



 幹部の男が"ロドス帝国"という単語を口にすると、ヘンドリックは身を起こして言葉の続きを待った。



「詳しい事はわからん。冒険者キャンプに身を置いていた部下からの報告だ。ピックス・フィンドセルとかいう冒険者に同行していた、馬鹿みたいにデカい斧を持った少女が口にしてたらしい。自分の出身はロドス帝国だ、とかなんとか」


「少女? 歳は」


「知らん。10代前半か、10代に達してないくらいの年齢だとよ」


「なんだそりゃ。ロドスは十五年も前に滅んでるだろ」


「妄言だろうな、その少女の」


「……いや、そうじゃねぇかもな。思い出してみろ、ロンゴニウスの出身は?」


「…………あぁ、ロドス帝国だ。じゃあつまり」


「アイツん所から抜け出してきた奴隷って線が濃厚じゃねえの。中々の手柄だぜその報告は。キャンプに居るやつに報酬金を出してやれ」



 表情から不機嫌さが抜け、嗜虐心を内に秘めた残忍な笑顔を浮かべて椅子から立ち上がる。

 唇を引き開き、鋭利な牙が整列している口内を見せたヘンドリックに対し幹部の青年は目を逸らしながら言う。



「相変わらず凶暴な顔つきしてんな。笑うと怖ぇよ、口閉じてくれ」


「お前はそろそろ俺がボスだって自覚を持とうな? なんでいつまで経ってもタメ口なんだよ、おかしいだろ」


「そういやぁ、お前さっきそこの男に余所者がどうとか言ってたけどよ。俺らだって大概余所者じゃねえか、どんな気持ちで言ってたんだあれ」


「やめような? そういう指摘、恥ずかしくなるからやめような」


「歳は10歳前後の女。巨大な斧を所持。髪は桃色で長く、瞳は右が黒で左が紫。服装は男物の服を一枚着ているだけだったらしい。以上が報告に上がっていた少女の情報だ」


「急にモード切り替えるのやめろよお前、怖いな。……瞳の情報はなんだ? なんで左右で色が違うんだよ」


「魔眼でも持ってるんだろ」


「クソ高級奴隷じゃんそれ。見つけたら横流しするか」


「了解。とりあえず生け捕りだな」


「あぁ。頼んだぜ、ガゼル」



 ガゼルと呼ばれた幹部の男は建物の影に近付き足先を地面に付ける。ガゼルの足が影に接触した瞬間、ズブリと足先が影の中に沈み込む。そのままどんどん肉体を影に沈ませていき、あっという間に彼の体は影に中に溶けて消えていた。


 一人その場に残ったヘンドリックは先ほど使用した武器に鉛の弾を装填し仕舞う。外を出て見上げると空には円環のように見える新月が浮かび上がっていた。



「……今日はあんたの日だったのか。嫌なタイミングでコレを使っちまったな。視てんのか?」



 月に向かってヘンドリックが問いかけると、僅かに月の模様が動いた。



「そうか。……はぁ。じゃ、そろそろそっちに向かえと?」



 再度問いかけるヘンドリックに対し、円環が若干太くなり肯定の意志を伝える。



「了解。厄介なのと契約しちまったな、本当に」



 頭をかいた後歩き出したヘンドリックを見て、月そのものが形を変え人が笑った時の目のような形に歪曲する。だがその変化は闇に満たされた地上からは一切確認することが出来ず、その異様さに気付く者は誰一人存在しなかった。

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