35話『ラトナの街に帰ってきたよ』
「……あれ?」
「あれじゃ、ねぇ」
ゴスっとピックスさんの頭にチョップを食らわせる。
突如地面から生えてきた巨大アリジゴクはピックスさんの大手柄で倒す事は出来た。それはいいんだが、屍人は千切れた体をくっつけなきゃならない。
要らん手間をかけさせた罰だ。反省しなさい。
「まったく。生まれて初めて千切れた人間の上半身と下半身を引っ張ったわ。グロすぎだし重すぎだし、なーんであんな行動を取るかねぇ」
「なんで僕、死んで」
「死ぬわけないだろゾンビなんだから。言ってなかったか? 俺が生きてる限りあんたは死なないの。付け足すなら俺は死んでも自動的に蘇生が入るからこんな手間をかけずに済んだ。二度手間じゃ、まじで」
「あ、あぁ。そうか、屍人だもんね……え? 屍人って死なないの? 単に死体を媒介にした魔獣だとばかり」
「他の屍人は知らんすけど俺が作ったやつはそうなの。助けてくれた事にはとりあえず感謝だけど、自分が大怪我するかもって思うような自己犠牲はやめろ。少なくとも俺を助けようとするのはやめろ。意味無いから、それ」
『プルッ!』
ぷるみちゃんがピックスさんの顔を触手でぺたぺたと触る。アリジゴクに真っ二つにされた辺りでしきりに俺の腕から出ようとしてたもんな。小動物に不安な思いをさせるんじゃないよ。
「ぷるみちゃん……はっ!? 大喰らいは!?」
「アリジゴクの事か? あんたがさっきぶっ倒してたろ」
「僕の能力じゃアレは倒せなっ……」
ピックスさんは身を起こし周囲を確認すると、俺の背後で動かなくなっている巨大アリジゴクを見て安堵したように肩を落とした。
「なんだ。もう倒したんだね」
「? 倒したのはあんただろって」
「いやだから、僕程度の力じゃアレは倒せないよ」
「でもさっきから微動だにしねぇぞ?」
「え?」
俺の言葉を聞き、ピックスさんは目を細めてアリジゴクを観察する。どんだけ睨んでも動き出す事は無いよ、死亡確認はちゃんと終わらせてるし。
「僕が倒した、のか……? なんで……うぉっ!?」
恐らく立ち上がろうとしたピックスさんがその場にベチャッと前のめりに倒れる。
「まだ千切れた胴体はくっ付けてないからな。縫合する技術は俺持ち合わせてないから」
「なっ!? うわ、本当だ。腹が千切れたままだ。うへぇ〜……」
「どうするよ、それ。ぷるみちゃんは回復魔法とか使えねえの?」
『プルプル』
ぷるみちゃんは『出来ないよ!』とでも言わんばかりの首振りを俺に見せた。首ってどこなんだろうね、球体が左右にクニクニと捻り始めたからそう感じただけでふ。
「ふーむ。俺の骨で強引に刺し留めるか、それとも斧の雷で焼き潰すか。二つに一つって感じだな」
「待ってくれ。どっちを選んだとしても激痛じゃないのかそれ」
「? 痛覚ないだろ?」
「あるよ! 生前よりかは感じにくくなってるけど痛覚自体は存在してる!」
「そうなんだ。はえー、死体なのに痛みは感じると」
相変わらず興味深い生態してるなぁ屍人って。勃起するし痛みも感じるゾンビか、全人類俺の傀儡にしたら世界平和が実現出来そうですな。
とりあえず痛みに耐えつつ、腕の骨を伸ばして何本か引き抜いてっと。
「おいおいなんだそれ痛そうな術使うな君は。……骨かい?」
「いてて。骨っすよ、どこの骨かは知らんすけど腕の何かしらの骨っす」
「……それで何を?」
「量産してピックスさんの上半身の肉と下半身の肉をぶっ刺して強引にくっつけようかなって」
「何を言ってるの!?」
「嫌ですか?」
「嫌ですが!? 痛いのは嫌だって言ってるだろ!?」
「じゃあどうするんすか。医者の所まで千切れたまんま運べって? ちょっとした衝撃映像でしょそれ」
「僕の鞄に一応針と糸くらいは入ってるから!」
「千切れたのが指とかだったらそれでもくっつくかもですけど。胴体ですからね? 歩いてる最中に折れるんじゃないかな」
「想像に容易いね……悲惨だな……」
「やっぱ断面焼き溶かして無理やりくっつけるかー」
「想像を絶するなあそれも!?」
「ちょっとばかし身長が縮んじゃうかもですね」
「身長どころかいくつかの内臓が壊れちゃう気しかしないけど!?」
「現状腹にあった臓物の大体が散らばってますけど」
「なんて事だ!? 集めてくれよちゃんと!!!」
「嫌ですよ。グロいしなんか見た目汚いし」
「人の内臓になんてこと言うんだ! くそっ、僕が集めるよ!!!」
「わーおマイルドテケテケだ」
ピックスさんが率先して腕だけで体を持ち上げ歩きながら内臓をかき集めようとする。それじゃ非効率だな。仕方ない、手伝うか。
あらかた溢れた腸を集め終えてピックスさんの鞄に収納したが、全部は入り切らなかった。多分腸が容量を圧迫してるんだよな。
どうしようかな、この余った肉袋。そのまま手に持って帰るべきか?
「ぷるみちゃんって人も食べるんだっけ。喰うか?」
『プルッ!』
「喰うな喰うな! それも大切な内臓のどれかだろ!? 丁重に扱ってくれよ!?」
「そう言われても。とりあえず体をくっつけますよ。内臓は後からでも腹ん中に収めりゃいいし」
「内臓無しで生命維持出来てることに疑問しかないのだけれど、そうだね。とりあえず自分で歩けるようにはなりたいな」
「焼きます?」
「……他に方法は?」
「無いんじゃないかな」
「……」
諦めたようにピックスさんが目を瞑りため息を吐いた。
痛い、熱いという悲鳴を聞くこと小一時間。ようやくピックスさんの胴体の溶接が終わり彼は自力で立つ事が可能になった。
「ふむ」
「なんだよ……」
「痩せました?」
「腹の中が空っぽだから痩せたと言えば痩せたかな!!!」
「一応余った臓器をテキトーに断面の隙間に詰めてはみたんですけどね。すごいや、腹がボコっと凹んじゃってる」
「見た目を繕っただけなのに足先まで神経が繋がってるのはもうどういう仕組みなのか分からないよ……」
「俺の魔力が稼働してるんすよ。どうやら俺の魔力、俺が『これなら動くやろな』って思う見た目に出来さえすれば末端まで神経が繋がるようになるらしくて」
「便利だなあその魔力!? そこまで出来るのに傷の回復が出来ないのはちょっとアレだけどな!」
「魔法も万能じゃないって事ですな。どうします?」
「とりあえず生きてるのなら回復魔法は適用されるから、集めた僕の内臓を持って回復術師を探しに行こう。……鞄いっぱいに詰められた内臓なんて見たら吐くんじゃなかろうか」
「大丈夫でしょ、相手は医者だし。一般人よりもグロゴアには慣れてるはずっすよ」
「そうかなぁ……」
ピックスさんは自分の鞄の中身を見て納得のいかない顔をした。すごいもんね、血塗れの肉でパンパンに膨らんだ鞄。生理的にもう二度と使いたく無くなるわこんなの。
『プル、プル!』
「そうだね。少なくとも鞄に染み付いた血はどうにかしないと街の人を怖がらせてしまう。何処かで洗うべきかな」
「いいのか? その血もあんたを構成する要素だろ。洗い流しちゃったら回復術師さんとやらの手を煩わせるかもよ」
「仕方ないよ。料金は多分払える。ぷるみちゃん、水を出してくれるかい?」
『プルプル、プル!』
「え? ボクが飲んであげる? ふむ、じゃあどうぞ」
ぷるみちゃんと会話を交わしたピックスさんが鞄を手放しぷるみちゃんに渡すと、ぷるみちゃんが触手で鞄に染み付いた血を舐め取り始めた。
ぷるみちゃん、ボクっ娘なんだ。ピックスさんと被るな。
「とりあえずもう少ししたらラトナの街に着くはずだから。術師ギルドに寄って回復術師の手配をしよう」
「術師ギルド? ギルドってそんな沢山あるの? ギルドってなんだ……?」
「ギルドは自治団体や組織を示す総称だよ。術師ギルドは魔術師や回復術師、錬金術師や使役術師が所属してる。名前通り術師専用のギルドさ」
「魔法使いの集会所みたいな事ね」
「魔法使いではないんだけどね。セーレ、魔法と魔術を混在して認識してるよね」
「うーん。分かりますよ、魔法は才能とか血統で使える先天的な不思議パワーで、魔術は習えば誰でも使えるようになる不思議パワーですよね。めんどくさいんでごっちゃで言ってるだけっすわ」
「魔術にもそれなりの才能は居るんだけどね。生まれつき魔力量が少ない人には扱えないし」
「へぇ〜」
「もう飽きたのか。意外と物知りなのかと感心しかけてたのに勉強嫌いはどうにもならないと。蘇生術なんて使えるんだし、君って魔法や魔術に興味があるんじゃないの?」
「ないっすよ? まったく」
「即答だなぁ。卓越した魔法? の腕を持ってるのにそんな感じだと、他の魔術師達に嫉妬心を抱かれてしまうぞ」
「こわ。でも自己肯定感は増すな。自慢して回ろー」
「やめなさい」
なんだよ。折角手に入れたチート能力なんだ、自慢しなきゃ損だろ? 過ぎた謙遜は悪徳だぜ、ピックスさん。
そんなこんなで森を抜けた俺たちは3日4日ぶりにラトナの街に戻ってきた。
やはり周囲の目が気になる。
まあ今回ばかりは俺の容姿がどうとかと言うより、二人ともボロボロな格好な上に俺は外套一つしか纏ってないし、血で汚れた巨大斧を持ってるしスライムを抱き締めてるからそういう点で注目されてるのだろう。
人に注目されるのは好きじゃないが、侮りや標的を狙う目でなく困惑の目で見られてるから幾分マシだ。
「こんにちは。冒険者のピックス・フィンドセルです。回復術師を一名手配したいのですが」
「かしこまりました。そちらにお掛けになってお待ちください」
術師ギルドに到着し受け付けでやり取りを済ませて四人席に通される。ぷるみちゃんを俺の隣に座らせ、机の上にぐでーんと身を乗せる。歩きっぱなしで疲れた〜……。
「ふう。座ってると腹の違和感がより強くなるな……」
「服めくってくださいよ」
「なんでさ」
「いいから」
「馬鹿にする気だろ」
「はい」
「大人しく回復術師が来るのを待とうね」
「ご主人様命令です。ピックス・フィンドセルよ、服をめくりなさい」
「ついさっき知った僕の本名で早速遊び始めたな……ほれ」
「ぶっ! ぎゃっはははっ!! あらまぁこんなに腰がくびれちゃって! モデルさんかな? ランウェイを歩いたら様になりそうですなぁ」
手を叩いて笑っていたらピックスさんにジト目を向けられた。そうこうしているうちに先程対応してくれた受け付けさんが俺らの席まで歩いてきた。
「申し訳ありませんお客様。お客様の冒険者証は昨日失効されたようでして」
「えっ。失効? 何でだろう」
「詳しい理由は私共には分かりかねます。冒険者ギルドの登録用窓口で確認されるのがよろしいかと」
ふむ? ピックスさん、冒険者をクビになったのか? それは俺の計画にも影響を与えかねない事態なのですが?
『プル?』
「ッ!? そ、そちらのスライムは」
「あぁ。説明が遅れて申し訳ない、この子は僕の従魔です。種族は……」
言葉の途中でピックスさんの口が止まる。彼は少しだけぷるみちゃんを見つめると、彼女の触手を掴み小声で何かを伝えていた。
「……ピュアスライムです。まだ幼体なので小さいですが、頼もしい仲間ですよ」
「そうでしたか。かしこまりました。話を戻しますが、現状フィンドセル様の冒険者証が利用出来ない状態ですので、再発行されない場合仲介手数料が発生しますが如何なさいますか?」
「再発行か……ここは人が多い街だから時間が掛かりそうだな。すいません、では手数料込みの一般紹介でお願いします」
「承りました」
ピックスさんは鞄から移していた小包から銀貨を三枚取りだした。……銀貨を三枚? 高くない? 銅貨じゃないんだそこは。
受付嬢さんはピックスさんから渡された銀貨をトレーに乗せると再び奥へと歩いて行った。
冒険者ギルドといい、ギルドと呼ばれる建物はやたらでかく設計されてるんだな。中に人が常駐してるのだろうか?
ルイーダの酒場をイメージしてたから、イメージとの齟齬で変に緊張してしまうな。やり取りもかたっくるしいし。
「セーレの斧、刃が剥き出しのままだと良くないな。お金が溜まったら特注でカバーを作ってもらおう」
「そうっすねぇ。ただでさえ巨大だからなー」
「両刃の大戦斧。槍はついてないからハルバードでは無いんだよね。形状としては古代キリシュアのラブリュスに近いか」
「キリシュアで作られた武器なんすか? これ」
「似た武器があるというだけだよ。ただ大きさが大きさだからね、巨人族が扱っていた武器の可能性もある」
巨人族ねぇ。確かに扱う人間が俺じゃなかったにしても大きすぎるのは変わりないもんな。
『プルプル!』
「ん、どしたぷるみちゃん。俺にプルプル語は通じないぞー。なんか髪に付いてたか?」
「む。それは鎧甲虫の幼虫だね。木の実を舐めまわしている時に髪に紛れ込んだみたいだ」
「ぐえ! 髪に虫!? うそっ、もういない!? もういない!!?」
「居ないよ」
『プル?』
「食べてもいいよ。成虫になったら厄介だからね」
ピックスさんがそう言うとぷるみちゃんは触手で掴んでいた小さな幼虫をプチッと潰して体の中に放り込んだ。一度潰す過程は必要だったのだろうか、グロいのですが。
てか、気付いた時からこの容姿だったから放置していたが流石に髪長すぎだよな。
使えるお金が余っていたら散髪したい。女になってしまってるから流石に男の髪型にはしないが、違和感を感じない程度に短くカットしてスッキリしたい所だ。
「げ! あたしの客ってコイツら!?」
? 談笑していたら高めの女の人の声が聞こえてきた。
振り向くと、銀髪ツインテールでTHE ツンデレとでも言い出しそうなツリ目をした女性が嫌そうな顔で腕を組みこちらを睨んでいた。
「ボロっちい格好した子供が二人、従魔はこんなちっこいスライム? こんなみすぼらしい連中にあたしの魔力を使いたくないんだけど!」
イラッ。
なんだコイツ、顔を合わせるなり喧嘩売ってくるじゃんね。
俺、相手が女でも全然ムカつけるよ? 紳士じゃないからね? 全然グーパンだよ?
「しかもあの子は冒険者を詐称して料金踏み倒そうとしたんでしょ? 一緒にいる子供は奴隷かなんか? 布一枚とかまじであり得ないんだけど。引くわ、まじでない」
「キリカさん。お客様相手にそのような発言は」
「どうせあの奴隷の娘が怪我したか毒に侵されたかって話でしょ。ふざけんじゃないわよ、奴隷なんか捨て置けばいいじゃない。また新しいのを買えばいいんだし」
「……ナメてんなあの女」
「セーレ」
癪に障りまくって堪忍袋がみじん切りになったのでいい加減ムカつく顔面を殴り飛ばしてやろうと立ち上がったらピックスさんに止められた。
煽られてるの主に俺だよね? このケースに関してはピックスさんが止める理由は無くない?
俺の代わりにピックスさんが立ち上がると、鞄を持ってあの女の元まで歩く。
「な、なによ。本当の事を言っただけでしょ。あのくらいの歳の奴隷ならそこまで高くもないし、一々回復術なんて使わなくても」
「僕も彼女も奴隷ではない。言葉の訂正をお願いします」
「っ、そ、そう。奴隷じゃないのならそれなりの服装をした方がいいと思うわよ! ……まあ、それなら謝罪はするけど。でも、冒険者を偽って料金を踏み倒そうとしたのは本当でしょ。正規の値段で依頼をしてくれるお客様を大切にしたいの。あたしの魔力だって有限なんだから、そういう事をされると心象が悪くなるのは当然でしょ?」
「申し訳ありません、冒険者証の失効に気付かなかったこちら側の不手際ですね。謝罪します」
「い、いいけど! そういうのはちゃんと確認してよね、信用情報に傷がついたら困るのはあんたなんだから! ……で? 依頼内容は? 急を要するの?」
「いえ。僕の怪我の治療をお願いしたくてですね」
「あんたの? ……見た所、あたしが魔力を使うまでもない小さな傷しか無さそうだけど」
回復術師の女がそう言うと、ピックスさんは服をめくって自分の胴体を見せた。
回復術師と受付嬢さんが彼の腹を見た瞬間、その顔から血の気が引いた。当たり前だ。内臓を失ってベッコリ凹んでる上に、溶接で強引にくっつかれた傷跡が残る腹を見せられたのだから。
立っているのも不思議なぐらい凄惨な光景が彼女らの目に映っているのだろう、医学に精通してる人間なら余計に悲惨に映るだろうしな。
「あ、あんた、なによこれ、なによこれ!? ど、どうなって……」
「依頼内容なのですが、僕は今強引に肉体をくっつけてる状態でして。回復術師さんの魔術でキチンと体をくっつけてもらいたいのと、それから溢れた内臓を腹の中に戻してほしくて」
「あ…………ワ……ぁ……」
立て続けに鞄の中身を見せると受付嬢さんは顔を真っ青にして口を押えどこかへ走っていき、高飛車な態度を見せていた回復術師さんも顔を真っ青にしてか細い声で何かを呟いていた。
「料金は払いましたので依頼は受注してくれたんですよね? そちら側の都合で受注をキャンセルする場合違約金が発生しますと」
「あ、あの……依頼書には、内臓の治療としか書いてなかった……」
「内臓の治療ですよ? 溢れた内臓を腹の中に戻してほしい、書き方に不備はありましたか?」
「……ない……です」
「では早速治療をお願いできますか? キリカさんでしたっけ、治療はどちらでして頂けます? 個人所有の邸宅ですか?」
「はい……」
「じゃあ早速」
「あ、あの……あなたって、人間、ですよね……?」
「はぁい人間です見ての通り!」
嘘やがな。屍人やがな。まあ普通の屍人は意味のある言葉を喋れないみたいだから人間と偽っても気付かれることはないけどさ。
すごいな。とんでもない依頼を受けてしまったと気付いた回復術師さんがずっと青い顔してるわ。
見た目じゃ傷が分からないし俺もピックスさんも余裕な顔して喋ってたから冷やかしだと思われたんだろうな。で、さっきみたいな態度を取ってたわけか。
生意気なメスガキだと思ってたけど単に生真面目で正義感が強いだけだったんだな。冷やかし客を帰らせる為の冷たい対応だったと。
にしても奴隷呼びはライン超えてるけどな? 毅然とした態度で接するにしても言葉選びはちゃんとした方がいいと思うぞ。
「あの、私の魔力量じゃこれを完治させるのは、難しいかな〜って……」
ピックスさんが踵を返したので移動の時間かと思いぷるみちゃんを抱き抱えて立ち上がったら回復術師さんが弱々しい口調でなにか言い始めた。
「だからもっと腕の良い回復術師に頼んだ方が」
「申し訳ありません。僕らはあまり懐に余裕が無いので」
「で、でもこれは……」
「魔力については心配いりませんよー。俺めちゃくちゃ魔力量多いんで、必要になればいくらでも魔力を分けてあげれますよ!」
「こ、子供の魔力なんてそんなの」
「セーレ、さっき受付中に魔力量測定してたよね。読み上げてみなよ」
そう言えばそんな事もしてたな。ピックスさんには『食事もしてないし疲労が蓄積してるから魔力量はあまり回復してないと思うけど指標にはなるから』とも言われてた気がする。
紙を見せたら謎に驚かれたけど、この場面でそれを見せる意味ってあるのだろうか? とりあえず折りたたんだ紙を開いて書かれてる数字を読み上げる。
「624って書いてありますね」
「600!? ろ、600!? 嘘でしょ、偽装じゃ」
「偽装じゃありませんよ。測定用魔道具にも履歴が残ってるはずです」
「600って……大魔術師並の魔力量……」
えっ。大魔術師並みの魔力量なの? アレクトラボディの魔力量はめちゃくちゃ多いって事前に知ってはいたんだけど、消耗している今でも大魔術師並みの魔力量が残ってるんだ。
ふつーにやってしまったな、俺なにかしちゃいましたかムーブ。恥ずかし。でも測定しようって言い出したのはピックスさんだし、俺が恥ずかしがることでもないか。
「600も魔力があれば人一人くらい余裕で完治させられますよね?」
「むしろ十分すぎるくらい……」
「ですよね。では早速お願いします」
「………………はい」
いよいよ観念した回復術師さんが項垂れてピックスさんの依頼を受け入れた。彼女は内臓が入っていた鞄を見ると、気持ち悪がる表情をして小さく唸った。
移動する時は重奏凌積を使って斧を運搬しないといけないから、魔力残量の600をフルマックスで回復に回せるわけではないんだけどね。
重奏凌積の魔力消費量はそこまで多くないから大丈夫だとは思うけど、回復術師さんの魔力量次第では完全に俺任せになるんだよな。オペを始める前に何か食べておきたいかも。
『プル、プルル!』
「え、ぷるみちゃんも魔力を貸してくれるのかい? それは助かるよ! ぷるみちゃんも相当魔力量が多いからね、後顧の憂いはなくなりましたね!」
「……こんなの……前線に居るのと変わらないじゃないのぉ……」
泣きそうな声で嘆く回復術師さん。
内臓バックを見た辺りから薄々感じてたけど、あまりグロいのが得意じゃなさそうだな。前線って言ってたし、過去戦場に居たか何かでそれ系のトラウマでもあるのだろう。
回復術師さんが先頭を歩き邸宅まで案内されてる途中、歩くペースを下げてこちらに来たピックスさんに耳打ちをされる。
「……本当は、これを見せても大丈夫そうなベテランの回復術師に頼もうと思っていたんだけどね。さっきのやり取りがあったから、少し痛い目を見てもらいたかったんだ」
「うわぁ。性格わる……」
「君の事を奴隷と言ってたんだよ? これぐらいはしないと」
「あはは……絶対オペ中に吐きますよあの人。泣き出したりしたら流石にチェンジしましょうね」
「分かってるよ」
分かってるかな本当に。ピックスさん、目が笑ってないよ。
奴隷系の煽りにはピックスさんも思うところがあるよな。そんな言葉を軽率に使って煽るような輩には、ピックスさんなりの方法で分からせるって感じか。
どことなく圧を感じるピックスさんの背中を見て若干の恐怖を覚えぷるみちゃんを撫でたらぷるみちゃんも震えていた。
魔獣すら震え上がらせる圧を出すピックスさんは、にこやかな顔で回復術師さんに話題を持ち掛けていた。回復術師さんはずっと青い顔をし、ピックスさんに話しかけられる度にビクッと体を震わせていた。
優しい人というか、物腰柔らかい人を怒らせるとここまで怖くなるんだな。
やり返し方が相手のウィークポイントぶっ刺さりって感じで恐ろしい。ピックスさんの事は出来るだけ怒らせないようにしよ……。




