34話『キャンセル』
「そっちに行ったよセーレ!」
「ナイス報告っ!」
森を歩いて三日経ち、流石に疲労が蓄積した頃に巨大虫型魔獣の群れに襲撃された。
原因は恐らく空腹に耐えかねたセーレが目をぐるぐる回しながら「んめ! んめ!」と言って無我夢中で舐めまわしていた果実液だろう。今も顔中甘い果汁まみれで駆け回ってるし。
セーレは小さな体にそぐわず空腹になる速度が異常に早い。一度に食べられる食事の量は人より少し多いぐらい(それもおかしい)なのだが、一度食事を取っても1時間後には空腹になるし3時間も経てば腹が減りすぎてその場に座り込んでしまう。
何度空腹でめそめそする彼女に付き合わされて足を止めた事か。食べられる物が限られているとはいえ、もう少し腹の虫を調教しておいてほしいと思わざるを得ない。
ただ、戦闘になるとセーレは途端に頼もしくなる。巨大な戦斧と体格に似合わぬ怪力を駆使して鬼神の如く魔獣達を鏖殺していく。
本人は否定するが、きっと戦うこと自体が好きなのだろう。笑いながら戦場を舞う姿には軽く戦慄すら覚える。
卓越した魔法の腕を持ち直接戦闘も得意なのか。
セーレは「自分には何も出来ない。足手まとい」だと言っていたが、僕の方こそセーレの才能に嫉妬を覚える。戦闘が始まったら僕は間違いなく彼女のお荷物でしかないのだから。
『プルッ!! プルプルッ!!!』
ぷるみちゃんも僕に抱き抱えられながら率先して戦闘に参加し魔獣達に水の刃を飛ばしている。流石は古代水王種、触手の一振で魔獣を数体始末していながら魔力総量には微塵も変化がない。
派手に見えるがぷるみちゃんにとってはこんな攻撃、軽く指を振ってる程度の作業に違いないのだろう。とんでもない魔獣を従えてしまったなと感心しながらも真っ直ぐ走り続ける。
僕の仕事は戦闘に有利な場所への先導だ。木々が多い場所は虫型魔獣のフィールドだ、膨大な手数と環境の不利で一方的に苦戦を強いられてしまう。開けた場所が水場が好ましいが、行けども行けども木々を抜けられない!
「キリがねぇ、なっ!!!」
「おわっ!?」
背後でセーレが戦斧の雷撃を放ち衝撃波で転びそうになる。
「ここで雷撃を放つのは効果が薄い! 周囲の木に電流が吸われて威力が減衰するから複数居る敵に対しては悪手だよ!!」
「つってもこれじゃ時間稼ぎにもならねえぞ! 空を飛んでる蛾が特にまずい! アイツらの鱗粉、多分麻痺作用がある! 一度吸ってからずっと体のキレが悪くなってる!!!」
「蛾ってあの黄色いやつ!? それとも白黒のやつかな!?」
「白黒の羽の模様が骸骨みたいになってるやつだ。アイツら高い位置を飛んでるくせに降下してくる時の速度が速すぎる! 鱗粉を回避出来ない!!」
「アレは死誘蛾という魔獣でその鱗粉は致死毒だよ!? 逆になんで麻痺程度で済んでるの!?」
「能力で毒性を汚染し返してやったんだよ! でも完全無効化は出来なかった、理屈は分からん!! アレクトラマジックにも何かしらの穴はあるってこったなおりゃあ!!!」
右の木々を倒しながら現れた巨大な蜘蛛型魔獣、大刃牙蜘蛛がセーレの蹴りを受けて牙とか関係なく爆散する。
どんな威力の蹴りだよ。初めて見たよアレが爆散する所なんて。相変わらず常識外れな怪力だ、絶対に敵に回したくないなこの子は!
「てかあんた足が遅いみたいなこと言ったのに俺の全速力に着いてこれてるじゃん! 全然速くねっ」
「風の補助魔術をありったけ掛けてるから何とかなってるだけだよ! むしろ素のスペックでこの速度で走ってる君の異質さが目立つけどな!?」
「俺もありったけのエネルギーを脚力にぶち込んでるからな! それに時々追いついてくる虫がいるのが頭おかしすぎっ、このっ!! 喋ってる最中でしょうがぁ!!!」
鉄よりも硬い外殻を持つ重装百足が戦斧の一振で両断される。
魔獣の中でも屈指の防御力を誇る重装百足を一撃で粉砕するのか。金属の塊である巨大戦斧を木の棒かのように振り回してるし、本当何から何までデタラメだなこの子!?
『プルッ!!!』
「っ、ぷるみちゃん!?」
急にぷるみちゃんが触手を木の幹に伸ばし高く高くジャンプする。何をするのかと思いきや、僕らの先回りをしていた死誘蛾の群れに向けて水の刃を大量に飛ばしていた。
丸い体を回転させて飛沫の方向を増やし広範囲を攻撃する、なんて賢い戦い方なんだ。ぷるみちゃんの大手柄で死誘蛾の群れは切り刻まれ宙に散る。
「ナイスだぷるみちゃん!!! ぎひひっ、調子上がってきたあったまってきた!!! お前そういや強ぇスライムなんだよなぁ!?」
『プルルッ、プルッ!』
「プル語は分からんが! ならお前も戦おう! 俺を巻き込んでも構わねぇ、虫にウジャラウジャラ喰われるより全然マシだ! 暴れるぞ!!!」
『プルーッ! プルルルルッ!!!』
セーレの声に呼応してぷるみちゃんが木の幹の周りをぐるりと大きく一周し水の刃で魔獣の群れを薙ぎ払う。セーレはぎゃはぎゃは笑いながらその刃が迫るのも気にせず戦斧をグルングルン振り回す。
「ぎゃははっ、ひゃっはははははっ!!! その調子でこの虫ケラ共を塵にしちまおうぜ!!! 殺意をブチ上げろぎゃはははっ!!!」
「急にテンション上がったな!? どうした!?」
先程よりも甲高い声で狂ったように笑いながらセーレが魔獣の群れに飛び込む。一瞬間が空くと、群れの中心から青白い閃光が発生し雷鳴に似た轟音が響いた。
「寄れや集まれクズ虫共ぉお!!! 俺が誘蛾灯だ、飛んで火に入る夏の虫ってなァ!!!」
離れた地点で何度も何度も放電を繰り返し魔獣達を燃えカスにしていく。何かに乗っ取られたのかと思わされるが戦闘スタイル自体は大きく変化していない、唯一変わった点を上げるとしたら自分が感電するのも厭わず放電し続けてる点か。
……なんか、戦いが長引くほどにテンションが上がってきてないか? 戦闘というか、死んで殺しての命の奪い合いを狂喜乱舞しながら愉しんでるように見える。発狂してない? 大丈夫? 理性残ってる?
「ぷるみちゃんっ! こっちに大量の水を飛ばせ!!! この虫ケラ共全員にぶっかかるようになァ!!!!」
『プルーッ!!!』
木の幹を器用に伝いながら空中戦を繰り広げていたぷるみちゃんがセーレの呼び声に答えて大容量の水を放水する。ぷるみちゃんが吐き出した水は雨となりセーレごと魔獣の群れを濡らしていく。
ドン! バチン、ガンガン!!! と、離れている僕の鼓膜すら破りそうな轟音が複数回鳴り今までよりも眩い光が点滅する。落雷を落とした時を思わせる雷光が広がった、ぷるみちゃんが僕の胸に勢いよく飛び込んできた。
『プルルッ(伏せてっ)!!!』
「わ、分かった!」
ぷるみちゃんの言葉を聞いて咄嗟に彼……女の子なんだったな。彼女を庇いながら地面に寝そべる。
「一網打尽じゃクソボケがああぁぁぁぁぁっ!!!」
魔力の圧が森に広がり数秒置いてセーレが打ち下ろした戦斧を中心に爆発じみた雷が生じる。
自然現象では有り得ない長時間の雷鳴が響く。心臓の鼓動のような等間隔の爆音の圧で木々が揺れ、熱で皮膚がチリチリとした鋭い刺激を受ける。
これ、屍人の肉体じゃなければ魔力に充てられて吐いていたかもしれないな。爆心地に居るセーレは最初の衝撃で完全に肉体が崩壊していたが既に再生して全身を燃やしながら笑い続けている。
……あの異常な再生能力はなんなんだ? 今まで流してきていたけど明らかに異常だよね。
まさか絶命しても即時蘇生されるみたいな仕組みではないよね? それはもう、死者を甦らせるとかそういう次元じゃなくて不死そのものだ。人間が扱っていい領域の現象ではないぞ……?
「魔力切レか。ここマでヤりゃあ流石に生キ残りは居ネェだろ……っ」
うわあ。へそから上の肉が爛れ落ちて骨が剥き出しになってるのに喋れてる。アレで声帯潰れてないんだ。人間かな、人間では無いよね。
一歩セーレが踏み出すと肉体がボロっと崩れてその場に肉塊が落ちる。セーレの肉体がボコボコと音を立てて溶解し赤い液体に変化すると肉体が再構成されて全裸のセーレが形成される。
セーレは脱いでいた外套を纏うと戦斧を担ぎこちらまで歩いてくる。再生能力が異常なセーレもそうだけど、あの戦斧も大概頑丈だな。あんな大爆発を起こしておきながら傷一つもないもんな。
「ふいーおつかれおつかれ。陽動ナイスだピックスさん。援護ナイスだぜぷるみちゃん」
人懐っこい笑顔でセーレが両手を上げる。えーと……? これは果たして何のポーズなのだろう。
「む。なんだよノリ悪いな。ハイタッチだろ!」
「ハイタッチ? というのは」
「俺の真似してみ」
真似? 彼女がしているように腕を上げて両手の平を彼女に向ける。すると彼女から「高いわ! 俺の身長考慮して!」と怒られた。高いって腕のことかな。
手の位置を低くするとセーレが嬉しそうに「いえーい!」と言いながら手をパチンと合わせてきた。ぷるみちゃんとも同じように手と手を合わせていた。
「なるほどね。喜びを分かち合う儀式みたいなものか」
「そうそう、やったぜ! ってなった時にやる儀式。次はちゃんとノリ合わせろよ」
「善処するよ。でもセーレこそ、力加減はちゃんとしてくれよ? 喜びを分かち合うってのに両手を折られたら堪らないからね」
「俺の怪力はオンオフ式なんでね、そこについては心配ご無用だ」
セーレは何も言わずに僕が抱いているぷるみちゃんを掴み自分に抱き寄せた。ぷるみちゃんの感触が気に入ったのだろうか、ぬいぐるみを抱き締めてるみたいで様になっている。
「ほんで? 足元ドロドロの水没林から虫ばっか出てくる森に移動したわけだが。これって街に近づいてるんかな」
「その筈だよ。恐らく僕らが踏んだのはラトナ水没林からヌトスの腐海付近の森に転移する術式陣だからね。腐海の森に転移したのなら方角は間違ってないはずだ」
「腐海ってなに。死海みたいなもん?」
「文字通り水が腐ってる内陸の海の事だよ。水面には飛竜や魔鳥の死骸が浮かんでいてそれを餌にするスライム類が多く棲息してる。ここら近辺では屈指の危険区域だ、くれぐれも近寄らないようにね」
「はえー。じゃあぷるみちゃんの故郷なのかもな。ぷるぷる王国はその腐海とやらだったのかもしれん」
『プル?』
「帝国じゃなかったっけ。てか多分それはないよ。ぷるみちゃんはピュアスライム種の古代水王種だからね。腐肉を多く食らったピュアスライムは毒水魔に進化するからピュアスライムのまま王種に進化することは無い」
「色々分からない説明をありがとう。魔獣って進化するんだ、ポケモンみたいだね」
「冒険者をするなら魔獣の知識も叩き込まなきゃだな」
「ちなみに俺勉強嫌い」
「駄目だよセーレ。知識は武器になるんだ、蓄えていて損はない。街に帰って落ち着いたらしっかり教え込むからその覚悟で」
「……へ〜い」
気のない返事を出すセーレ。根っからの勉強嫌いなんだな。まあ、喋り方から教養があるようには思えないし驚きは無いな。
「なにか失礼なこと考えてただろいま」
「いや? 全然」
「やろうと思えばあんたの記憶も覗けるんだからな。やらないけど。肝に銘じとけよ」
「やらないなら肝に銘じなくてもいいんじゃないかな」
「なんか小馬鹿にされてる〜……」
セーレが頬を膨らましながら責めるような目を向けてくる。
なんだか妹ができたような気分だ。でもこの子、僕より歳上なんだよね? なら妹じゃなくて姉と呼んだ方が適切なのか。不思議な感覚だな。
「……ん?」
「どしたの」
「違和感があるんだけど。セーレって成人してるんだよね?」
「はい」
「なら1人で冒険者登録できたはずだよね? 確か冒険者は労働者になれる最低年齢の13歳からなれるはずだし、どこの出身だとしても成人の最低ボーダーは18歳だったはず。矛盾が生じない?」
「あー……まあ、なんと言いますか」
僕の指摘を受けてセーレが目を泳がせながら曖昧な口調で喋り始める。ぷるみちゃんを撫でる手が止まった、どう伝えれば良いのか考えている感じだ。
「精神年齢は、成人してますけど。肉体年齢は10歳らしい、です」
「……それはぁ。えっと、精神年齢というのは、自称だよね」
「……まあ」
「10歳なんだね?」
「………………まあ。生物学的には」
だ、よ、ね。子供の見た目しといて実は大人でしたなんて今日日聞かないよ。そんな摩訶不思議な話あるかなと思ってたんだ。やっぱり年齢を詐称されていたのか。
にしても成人してるとは大きく出たなぁ。
確かに成人しても低身長の人はいるしそういう種族もいるにはいるが、骨格がまず子供の骨格してるもんね。肉付きとか明らかに第二次性徴を終えてるとは思えないもん。
なんで僕は彼女の言葉を鵜呑みにしていたのだろう。割と腰周りがしっかりしてるからだろうか。単に安産形体型なのを成人ゆえの体型なのだと誤認していたっぽいな。
「出身地といい年齢といい。君は隠し事が多いみたいだね」
「いや。隠し事というか……」
「分かるよ。一人称が俺で、男のように振る舞っている時点で身分を隠しながら生きてきたってのは理解出来る。僕はもう君の従者なんだから、そんなに隠さなくても」
「従者じゃないからな。そのスタンスやめてって言ったぞ」
ムッとした顔で言葉を差し込まれる。
形式はどうであれ、セーレは自分が主人として扱われる事に関しては強い忌避感を覚えてるんだったな。失念していた、謝罪の言葉を口にする。
「まだなにか隠してることある? 僕は君の元から離れられないんだろ、なら少しでも情報を共有してほしいな。無理強いはしないけどさ」
「……別に。他は何もないですよ」
「出身地は相変わらずのロドス帝国かい?」
「…………うーん。正直な話、そこら辺についてはよく知らないというのが適切な言い方になるかもです。ロドス帝国って言ったのは単に知ってる国名だったから口をついて出たって感じで」
「なるほどね」
そういう事だったのか。勉強嫌いなら国名を知らなくてもおかしくは無い、か?
ここまで円滑に会話出来るのだから最低限の教育は受けたみたいだけど、生きるのに必要なこと以外は何も知らないって感じなのかな。
折角なので歩きがてらセーレにこの世界の常識を教える。
と言っても、まだ二人とも落ち着ける場所にはいないから「服はちゃんとした物を着たほうがいい」とか「人前で乱暴な言葉遣いは控えた方がいい」とかその程度のものだ。
どれを教えてもセーレはムッとした顔で「そんな事分かってますけど!?」などと反抗してくるが、分かってないから今のセーレが居るわけで。ここは心を鬼にしてしっかりと教え込む。
「いいかい。男に軽々しく肌を見せるもんじゃない、女性の体は繊細だからね。乱暴な男にそんな事をしたら怖い目に遭うからくれぐれも」
「分かってるって! なんか喋り方が小さな子に対するソレになってるのは気の所為かなぁ!? 怖い目に遭うってなに!? 妊娠するかもしれないとかそういう言い方でいいから!!!」
「10歳なんだろ?」
「っ! に、肉体はね! 中身はっ」
「はいはい。背伸びしたい年頃なのは分かるけどこれは君の為にもなるんだから。しっかり話を聞きなさい」
「ちがーーーーう!!!」
顔を真っ赤に染め上げたセーレが睨みながら僕の腰をポカッと殴ってきた。
力はそう強くない、怪力を使わずに殴ってくれたようだ。良かった、魔獣みたいにそのまま肉体が爆散するのかと思ったよ。
「やっぱこの容姿いかんな!? すぐ舐められるわ! クソー、なんたってこんな女児の肉体になったんだよ俺ー! おかしいだろやっぱ!!!」
よく分からない嘆きを口にしている。年齢に相応した見た目になってるだけだから何もおかしいことは無いでしょ。早く大人になれたらいいねと言ったらもう一発殴られた。沸点が分からないな。
「しかし10歳か。ますます冒険者になるのは止めておきたい年頃だな……」
「嫌です、孤児院にも修道院にも行かないから。てかあんたと俺は離れられないっつったでしょ。そんな閉鎖空間にぶち込まれたらあんた化け物になるんだからな?」
「そうだね。それもあった。じゃあ仕方ないのかな……」
「仕方ないんすよ。冒険者になって、市民権を得て、食費と生活費を貯めて貯金が溜まったら何かしらの定職につく。……うわっ、堅実な将来設計すぎて引いた。俺に出来るのかな、そんな真っ当な生き方」
一瞬前までプリプリ怒っていたのに急に難しそうな表情になり腕を組むセーレ。
感情が大忙しだね、そういう所も子供っぽい。精神年齢は大人と言っていたが、中身もそのまま子供らしく思えるのは僕だけなのでしょうか。
「ん?」
急にセーレが立ち止まり背後を振り向く。
「どうしたの?」
「今なにか踏んだような。なんだこれ」
そう言ってセーレが斧を一度地面に刺ししゃがんで何かを触ろうとした。彼女の横に回りこみ僕もそれが何なのかを見る。
地中からちいさな突起物が生えていた。それを見た瞬間に僕はセーレの肩を押す。
「いてっ!? 何するんすかピックスさ」
「逃げろ!」
僕が叫んだ瞬間地中から巨大な二つの牙を持った虫型魔獣が現れる。牙を動かす筋肉に片足を引っ掛けもう片方の牙を両腕で抑えるが、人間の膂力など物ともしない咬合力で牙が閉まる。
「巨大なアリジゴク!? なんで平場に居るんだよ!!!?」
魔獣に持ち上げられ、眼下でセーレが叫ぶ。彼女は戦斧を持ってすぐに魔獣を攻撃しようとしたが、咄嗟に風の簡易紙片を落とし彼女とぷるみちゃんを吹き飛ばす。
「何してんのピックスさん!?」
「コイツは胴体に強い衝撃を受けると爆発する!!! あのまま攻撃していたら君もぷるみちゃんも巻き添えになっていたぞ!!」
「じゃあナイスアシストだな!? で、どうやって倒したらいい!?」
「コイツの弱点は牙の間に露出してる口内、なんだけどっ! 既に噛まれてるから攻撃は難しい!」
「インスタかなんかで攻撃出来ないんすか!?」
「今ので最後だよ!」
「ま、まじか」
セーレの顔が青ざめる。自分のせいで唯一の攻撃手段を使わせてしまったとでも思っているのだろう。
どうせ残っていた簡易紙片も移動補助程度にしか使えない代物なのだから気にする必要は無いのだが、それを言う余裕は僕にはない。
「ぐ、う……!」
牙がどんどん閉まっていく。少しでも力を抜けば僕はこのまま牙で両断されてしまうだろう。
この状況だとほぼ詰みだ。折角貰った命、惜しいという思いもあるがそれよりもやることがある。
「僕の……っ」
「!? なんすかピックスさん!」
「僕の鞄、から! 硬貨を取ってそれで奴隷商人に掛け合ってくれ! 契約用の魔道具を買えばっ、術式が使えない君でもぷるみちゃんと再契約を」
「いきなり何の話!? あんたもしかしてそのまま虫にパックンチョされるつもりじゃねえだろうな!!!」
「ただでは、死なないさ!」
鞄から短刀を取り出し、セーレの足元に鞄を投げる。
僕程度の冒険者が使えるギルドスキルじゃ巨大虫型魔獣の外殻を貫通させる事は出来ない。けど、口内に直接スキルを叩き込めば、時間稼ぎ程度は出来るはずだ!
「ピックスさん!」
「万が一を考えて距離を取っていてくれ! ぷるみちゃん!」
『プル!?』
「爆発したら炎を水で押し止めてくれ! 君の水魔法ならそれが出来るはずだ!!!」
『プ、プルッ! プルルッ!!!』
「後のことは任せたからね! セーレはまだ子供だから、ぷるみちゃんが守ってあげて、ね!!!」
牙に付いている棘が僕の肉に食い込む。牙の先端がコメカミを擦り皮膚が切れて血が出てきた。
タイミングを間違えたら何も出来ずに彼女らを危険に晒す事になる。集中しろ、集中!
「なんか佳境じみたセリフ言ってますけども!? ピックスさんは今俺のっ」
セーレが何か言いかけたがタイミングは間違えられない。目の前の事以外の全ての感覚を遮断して、筋肉が一瞬弛緩する隙を見て一気に身を落とす。
ガリガリと腕の肉が削れて激痛が走る。だがそんなのを気にしてる場合ではない。短刀の刃を一直線に魔獣の口に落とし、歯を支える肉を刺した瞬間に全力で魔力を循環させて短刀に込める。
「スキルツリー経由、詠唱省略発動! 強制硬直!!!」
ギルドスキルの発動によって独自の経路を通過した術式が発動する。魔獣は牙を閉じて僕の胴体が切断されるが、直後に僕の魔力が魔獣の体内に浸透し筋肉を硬直させる。
下半身と分かたれた上半身が地面に落ち、麻痺した魔獣は僕とは逆側に倒れ込む。
良かった、爆発させる事なく対処出来たようだ。僕程度の魔力じゃ麻痺させられるのも数分が精々だが、それだけの時間があれば彼女らも逃げ出す事は出来るだろう。
銅級の冒険者が単身でAランクの魔獣である大喰らい相手に足止め出来るなんてかなりの快挙じゃないか。……セーレは片手間に蹴り砕いたりしてたけど、あの子が異常なだけだからな。
最後の最後で自分史上最大の戦績を上げることが出来たからもう何も思い残すことは無い。強大な魔獣に一矢報いるなんて冒険者として最高の死に際だ。
やっぱ、屍人になっても僕の力なんてこの程度なんだな。今まで一人でやれていたのが不思議なくらい弱くてちっぽけな存在だ。
……一人で生きていくと決めたのに、誰かと生きていくのも悪くないかもしれないと思ったから足元をすくわれたのか。でも気分は悪くない、今度は穏やかな気持ちで逝ける。
「ピックスさん!!!」
セーレの声が近付いてくる。僕はもう駄目だ、気にせず逃げてほしい。でも伝えるべきことは伝えたし、この二人ならどうにかなるだろう。
胴体の痛みが小さくなっていく。燃えるように熱かった断面の感覚が薄まっていく。その時が来たようだ。
僕はゆっくり瞼を閉じて、意識が終わるのを待つ。不意に体が軽くなった。今回は毒の霧にやられた時よりもあっさり死ねるようだ。




