32話『レイズ・デッド』
生まれた時から一人だった。
僕は病を患った奴隷娼婦の女の子で、母親は僕を産んですぐに亡くなったらしい。
乳幼児の僕を育ててくれたのは奴隷商人だった。けど、個人的には良くしてもらえたと思う。
奴隷商人は単に物珍しい健康体の半獣人間だから、商品価値が高いからって理由だったと思うけど、家に住まわせてくれたし腹いっぱいに食べるものも与えられたし奴隷の割にはやせ細ることもなく成長する事が出来た。
人として扱われたから、奴隷と奴隷商人という関係性を無視して僕は彼を実の父親のように慕っていた。だからだろう、僕に買い手が出来た時に裏切られたと感じてしまったのだ。
「お前の事など一度も息子と思った事は無い。そんな不気味な瞳を持っているのに、純粋に愛せるはずもないだろう」
別れ際に聞いたのはそんな言葉だった。
人並みに暮らせていたとしても、クビには奴隷の魔術刻印が刻まれていた。自由を望めば苦痛で首が痛む。僕と彼の関係性なんて、痛みと偽りの幸せで形作られた虚構の繋がりだった。
思春期を迎える前の男児は女児とそう大差ない。髪を伸ばしてメイクをすれば母親似の肉玩具に成り下がる。
僕の母親は容姿だけはそれなりに良かったらしい。僕は妊娠しない、だから都合が良かったのだろう。
慕っていた人に売られ、娼婦の真似事をする中で。僕はある日酒に酔った主人にこう提案された。
「瞳が醜いから抉ってしまおう。そもそも性奴隷に目など必要ないのだから」
そこから先の事はあまり思い出したくない。
従順な僕は反抗するなんて思われていなかった。
四年間僕を寵愛した男を絞め殺す感触は、まだこの手に残っている。
「なんて言うのかな。俺に蘇らされるって事はその、形式的には俺の奴隷になるようなものなんだけど。生殺与奪を俺に握られることになるんですけど、それでも宜しくて?」
セーレが心配そうな目つきでそう言う。彼女が蘇らせたという屍人の冒険者は『ソンナモンナノカ?』と半信半疑な様子で彼女に問い掛ける。彼女は困ったような顔のまま頷く。
「正直言うとそれ、俺的にもアレクトラ的にも好ましくない状態なんだよな。従者がいる状態って言うの? 主人呼びもこしょばゆいし、叶うならガイルスさん達みたいに一時的な蘇生に留めたい。そっちでもいいか?」
『……出来ることなら、完全に蘇生してもらいたい。従魔契約を結んだまま主人が死んだ場合、スライムの封印がまた再発動する可能性が高いからね』
「まじかぁ。その、従魔契約ってやつ? 魔法じゃなくて魔術なんだよね? なら俺にも使えるはずじゃね、方法だけ教わるってのは」
『一朝一夕で使えるようなものでもないからね。それ相応の期間を経て学ぶ必要がある。僕が覚えたのは独学だから、他人に教えるってなると通常よりも時間は必要になるよ』
「でもなぁ……」
セーレは屍人二人に視線を向ける。
ガイルスさんもセレナさんも、普通を装ってはいるけれどその目にはどこか寂しさを感じさせる色があった。仲間や家族を置いて死んでしまった負い目や死した事に対する感傷など、そういったものが無いでも無いのだろう。
屍人には屍人なりの悩みがある。通常の屍人と同じく意思なき怪物になれたのなら、彼らもそのような目を済んだはずだ。そうしなかったのはセーレなりに、彼らを怪物にしたくないという思いがあったからなのかもしれない。
セーレから追加で説明を受ける。
定期的にセーレから魔力供給を受けなければ人喰いの怪物になる。本質的には魔獣に近くなるから価値観も変わるし、生きる年月が延びれば人間性は損なわれていく。
かつての自分が嫌悪していた事、肯定出来ないと思っていた行為までするようになるかもしれない。屍人は過去に執着する怪物だ、幸せになんてなれない。そんな事を彼女は言っていた。
「心意気は好きだけどよ、誰かを助ける為に自分を犠牲にするってやつ。でもさ、冷静に考えてみてほしいんだけど歩く死体になって誰かに操られるのってなんか嫌じゃね? 俺的には都合がいいんだけどさ」
『問題無いよ。僕には大切にしている思い出なんてないし、人間らしさにしがみつく理由もない。尊べる過去なんかないんだ。過去の自分を冒涜する事になるかもしれないなんて、そんなの十分理解してる』
「もっと自分を大切にした方がいいと思うなぁ。死んだっつっても、俺は直に見てきてるから断言出来るが別に無に還るわけじゃない。どんな死に方をしたとしても普通に別の生に転生する事は出来る。そっちのが幸せだと思うんだけど」
『それでは彼は救われない』
「……どうしよ。考えるのが嫌いな俺に難題を吹っ掛けてくれるじゃん。うーん」
セーレが腕を組みながら唸る。
生前の自我を持った屍人を作り出せるだなんて、彼女は相当卓越した死霊術士だ。それなのに術にかける相手の事をここまで慮るなんて、死霊術士の精神性から乖離しすぎている。
優しさ、なのだろうか。正直僕のような赤の他人にそこまで思ってくれる義理もないだろう。何故ここまで彼女は僕の今後を憂いてくれるのか、その理由が分からない。
「あんたを傀儡に出来りゃ、晴れて冒険者にもなれる。俺の生活は豊かになるよ。でも、あんたの事をどれだけ利用しまくってもあんたは俺に報復する事が出来なくなる。あんたの意思に背いた行動を取らせた時、あんたは俺に一矢報いる事が出来ずそれに従うしかなくなる。死人を甦らせる能力に在り来りな、絶対的な格差を強いる事になるわけだ。そこら辺どう思う、人間にとって苦痛でしかないだろ」
『文句を言うくらいは出来るんだろう? それで十分じゃないかな』
「ただの奴隷なら運の巡り合わせ次第で偶然自由を手にする事も出来る。死ぬほど頑張れば、仲間と協力すれば、奴隷制度を快く思わない人間が居れば、なんか災害みたいのが起きて国が混乱に陥れば。そういった些細な出来事で救われる事もある。可能性はある。でもあんたにはそれは無い。絶対にない。俺に逆らえば意思なき怪物になっちまう、俺が死ぬまで生き続ける奴隷未満の家畜になる。それでも」
『それでもいい』
僕がそう答えた時、判断に迷っていたセーレがため息を吐いて僕の方を向いた。
……ほぼ裸だからあまり体を見せつけられると気まずいのだけれど。そんな事を言って話を濁すのは良くないか。他人の心配をする前に自分の格好をどうにかしてほしい。
「後悔するぞ」
『何度同じ事を言うつもりだよ。大丈夫、覚悟できてる』
「出来てねぇだろ。一日くらい悩んでから言おうな、そういうの」
『一日も悩んだらそれこそ今の僕は消滅してしまうんじゃないかな』
「そうあるべきなんだけどなぁ。耳障りの良い言葉で思考停止してるのを誤魔化しやがって。はぁ……」
深いため息を吐き、セーレが僕の死体の胸に触れる。
「……えっと。セレナさん、俺に魔力を流してもらえます?」
『魔力? イイケドドコニ』
「どこでもいい。魔力攻撃をぶち当ててもらっても構わない。体表に魔力が留まってくれればをそれで大丈夫なんで」
『ソ、ソウ』
妙な提案をするセーレに困惑しながらも、セレナと呼ばれた屍人は彼女の肩に触れて魔力を流し始めた。
回復魔法の類いだろうか。負傷していないセーレに回復の効果は現れないが、陽光のように暖かい魔力のみが彼女の体表を流れていく。
その魔力の流れは肩からセーレの手先まで移動し、一定量魔力が指に蓄積した瞬間に僕の胸の中に違和感が生じた。
心臓を物理的に掴まれるような感覚。現にセーレは死体の胸の中に指を沈めこみ、心臓ではなく僕の魂を握っていた。
「あつっ。なんで魂のくせに熱いんだよ、意味不明だっつの。……ピックスさん」
霊体がセーレの手の中に収束していき、形を維持できなくなった僕は言葉を発することが出来なくなる。構わずセーレは言葉を続ける。
「言い忘れてましたけど、術をかけるのに一回あんたの魂をパクパクする必要あるんで」
ぱくぱく? どういう意味だろう。そう考えていたら魂が死体から引きずり出される。
眼前に……今の僕に肉体は無いから眼前という表現であっているかも分からないが、目の前にセーレの口元が近付く。
ぷっくりとした少女の唇がどんどん近付いてくる。吐息がかかる。……ん? 唾液に濡れた口内が見える。なんだこれ? 何をする気?
「まあその、アレですわ。今からされる事、あんま意識しない方が。人の腹の中に入る感覚とか、気持ち悪くて堪らんと思うので」
腹の中? 疑問を抱く前に僕の魂はセーレの口の中に放り込まれる。
……!? 口の中!? 今僕、セーレに飲み込まれてる!? 話が違くないか!? セーレの体温を直に感じて熱い、じゃなくてっ! 丸呑みされてますけど!? どういう状況これ!?
セーレに飲み込まれてから動揺が走る。しかし最早何もすることは出来ない。少女の腹の中、肉に揉まれて魂の中に何かがまざり入ってくる。これは……セーレの魔力だろうか?
魂が少しずつ変容していく。根本的な部分を弄り回され、痛みはないが不快感に包まれる。
永遠とも思える時間、少女の体内で蹂躙し尽くされた僕の魂は完全に別物に変容し、存在するはずもない重みを感じた頃に僕はセーレに吐き出されて彼女の手元に戻ってくる。
「亡魂反芻」
セーレが単語を唱えると、形を失った僕の四肢に感覚が接続される。心臓が動き出し、一箇所に溜まっていた血液が循環を始める。冷たかった体に熱が宿る。
今のは魔法? それとも単略化された魔術? ただ魂を飲み込み、吐き出し、単語を唱えるだけで生物を死の淵から蘇らせるなんて現実味が無さすぎる。
疑わしく感じながらも、確かに僕の肉体は生命活動を再開させた。瞼を開くと色の薄まっていた視界に鮮明な景色が映っていた。
手足が動く。身を起こすと頭痛はあるもののそれ以外は健康体そのもの。体が軽い、呼吸も楽だ。
嘘みたいだ、本当に僕は死から蘇ってしまった。
「す、すごいな。こんな事があるなんて」
「言っとくが、今のあんたは人間じゃないからな。鏡が無いから見せられないが、あんたの容姿、前の物とは別物になってるから」
「別物?」
「死体なんて冒険者なら何体も見た事あるだろ。皮膚は青白くなり、時間が経過すれば褐色化してさらに進行すれば腐敗する。死斑が浮き出て固着化する。心臓が動き出したと言ってもそういった変化が完全に初期化されることは無い。あんたは死後間もないからそこまで劇的な変化は無いが、多分腰辺りの皮膚には血が溜まった跡が残ってるし皮膚も生前より薄くなってるからな」
「なるほど」
「それと、大きな変化で言うと眼球がある」
「眼球?」
「死んだ人間の眼球をよーく観察したことはあるか? 乾燥して表面がパサつき、白濁して球状を維持出来なくなるだろ。グズグズになった瞳は俺の魔力を受けて屍人特有のものに変容する。要は俺と同じタイプの瞳になり色は赤く変色する」
「瞳が、変容……」
「山羊目のせいで差別されてたのは分かる。けどさ、多分そこが一番如実な親との繋がりだったろ。それを失ったんだ、寂しさとか感じないの?」
親との繋がりか、考えたことも無かったな。
どうなのだろうか、実物を見ないと判断出来ない。普通の人間と同じような瞳に変化したとして、僕はそれを手放しに喜べるのだろうか?
……きっと、気持ち的にはあまり良くないんだろうな。漠然とそう感じる。彼女の言う通り、そこが母親の存在を思い出させてくれる要素でもあったのだから。
実際に会ったことはなくても僕には母親が居た。そう感じさせてくれたのは異様な瞳の存在だった。その個性を失った今、僕は母親の存在を感じられるのだろうか。
「ほら、そういう顔になるだろ。だから嫌だったんだよ」
考え込んでいるとセーレが呆れながらそう言った。彼女はボリボリと頭をかくと、僕に顔を接近させる。
「な、なにかな」
「鏡はないが、俺の瞳越しに自分の目ぇ見るくらいはできるだろ。ほら、見ろ。見て悔やめ。生半可な気持ちで取り返しのつかないことをしたって後悔しろ」
「意地の悪いことを言うな……」
「当たり前だろ。ゾンビ化した事で不死身になれたと勘違いして暴走されても困るんだよ。人は失敗を自覚して慎ましさを得ていく生き物なんだ。ひっそりと傷つけ」
残酷な言葉だが彼女の言いたいことは分かる。どんな理由があったとしても蘇りを求めるのはどうしようも無い人でなしだ。それを自覚させるために、僕に後悔を植え付けておこうとしているのだろう。
残念ながら、彼女が言うような後悔は抱いていない。
親譲りの目を失ったのには思う所があるけど、その親とも直で会ったことは無いんだ。変わってしまった自分を嘆くほど、僕は過去に頓着していない。
「あの、分かったから。あまり近寄られるとその、君の体が当たってしまうから……」
「あ?」
「自分の今の格好を忘れたの? ほぼ全裸だよ。そういう風にくっつかれると気まずい」
「なんでこの流れでコメディに持っていける? ゾンビになっちゃったって大体の作品で悲劇として描かれるはずなんだけどな」
「とりあえず服……僕のはこれ以上脱げないな。ガイルスさんかセレナさんの……」
屍人の服でもいいからなにか布を纏ってほしい、そう思い彼らの姿を探したら彼らは眠るようにして倒れてることに気が付いた。
「二人はもう死体に戻ったよ。あんたを甦らせる為に魔力を徴収したからな。死体の服を剥ぎ取るほど落ちぶれては無いから。アホな提案はしないでくれ」
「じゃあ、裸のまま街に戻るのかい」
「逝く前にセレナさんが外套をくれるって言ってた。それを羽織るよ。それよかピックスさんにはやることがあるだろ」
セーレに促されてスライムの方を向く。彼女やオーク達との戦闘によってスライムは弱りきっていた。
スライムは力なく触手を伸ばすと僕の頬や胸にトン、トンと先端を当ててきた。
『ピ、ギ』
「……謝らなくていいよ。むしろ怖い思いをさせて申し訳なかった。何とかするって言ったのに、何も出来ずに勝手に死んで変に期待だけ持たせた形になったもんね。むしろ僕は責められるべき立場なんだ」
『ピ……』
「あはは。責められる立場だって言ってるだろ。何故君が負い目を感じるんだ。……一度希望を見せられた後に絶望に叩き起される悲しさ、僕にも理解できるよ。だからそんな風に自分を責めないでくれ。君は何も悪くない」
「ピって一音にどれだけの意味が含まれてんの? 本当に会話出来てる? 強引にエモめな雰囲気にしようとしてないか? あんた」
後ろからセーレが茶々を入れてくる。ちゃんと会話はできているよ。
……屍人になっても魔獣の言葉は分かるんだな、そこは意外だ。
スライムの底面には人間によって刻まれた刻印がしっかりと残っている。まだこの問題は解決していない、和やかに会話する場面ではなかったな。そこに関しては反省だ。
「そういえば、この肉体になると毒の霧にも強くなるのかな。普通に呼吸が出来る、儲けものだ」
「そんなわけねぇだろ。ゾンビだっつっても普通の人間とそこら辺は変わりないよ。俺の能力で無害化してんの、撒き散らした血が乾く前にちゃっちゃと終わらせてくれ」
「そういう物なのか? 益々意味が分からないな、君は」
「喧嘩売ってる? 屍人になるとやっぱり口が達者になるのか? 今すぐ死体に戻してやろうか?」
「ごめんごめん。それじゃ、始めるよ」
下手な事を言うと何かを始める前に死体に戻されそうだったので僕は指を噛み血を流してからスライムの膜に指を当てた。
魔法陣を複数描き、全ての魔法陣の中心に五指を乗せて目を閉じる。僕は魔力操作があまり得意ではない、集中が途切れると魔力の循環に綻びが生じるので他に意識を向けないようにする。
「其は生命の源たる水の母神の寵愛。太古より栄えし星の嬰児なれば。この命を天上に捧げ系統樹に繋がらん。我の声に応えるならば、其も命運を捧げこの身に新たな契りを示せ」
以前依頼中耳にした使役術師の詠唱をそのまま丸暗記した文言に、自分用に調整した文言を加えて詠唱を口をする。
僕は魔法使いとしても魔術使いとしても三流以下だ。術を行使するならばそれなりの代償を要する。僕が捧げられるものは命、運命、そういったものだ。それらを星に捧げ自ら生贄となる事で、初めて術を行使する権利を獲得できる。
詠唱の訳を知ればセーレは再び激怒するだろう。むしろ呆れられるかもしれない。だから彼女には伝えない。
彼女は恐らく学校に通った事がないし魔法史にも精通していない。だからこそ彼女の前でもこの詠唱を口にする事が出来た。
僕とスライムの間に魔力による経路が繋がった。スライムは僕の声に応えてくれたのだ。
「思いは聞き届けられた。我らの意志は一つと成った。なればここに、従魔の契約を結ばん。其は我の刃となり、我は其の腕となろう!!!」
正式に契約を結ぶ詠唱を口にすると、膨大な魔力がスライムの方に流出していく。
……あれ? 要する魔力量が膨大すぎる? それもそうか、相手はスライムの中でも最上級の古代水王種なんだ。契約するにはそれなりの魔力を要するのは当然。
やばくないか? これ、僕の持ち前の魔力量では足りなくないか?
体内から凄まじい勢いで魔力が抜けていき心臓の鼓動が早くなる。胸が痛い、苦しい。魔力欠乏症に陥る前に胸が破裂しそうだ。
「そんなこったろうと思った。対した魔法使いでもないピックスさんがこんなデカデカスライムを使役出来る筈がねぇんだよ。まったく」
そんな事を言いながらセーレが僕の背に抱き着いてくる。
「あの、セーレさん? だから裸の状態でくっつかれると!」
「じゃあなに、舐めればいいのか? 魔力が必要なんだろ」
「舐めるとは?」
「魔力供給の効率は手先、心臓、ベロがいいんだろ。手先は使えない、ならあんたの事を舐めるか抱き着くかしかないだろうが」
なるほど、そういう事か。理屈は分かったが相手は裸だからなぁ、気にするなと言うのが無理な話である。
セーレの胸を伝って僕の中に魔力が流れてくる。膨大な魔力量だ。僕の素の魔力量を余裕で超越した魔力の奔流が体内を駆け抜け、僕の手先に伝わりスライムの方へと流れていく。
何度思った事か分からないが飽きずにまた考える。この少女は一体何者なんだ? 最上級の魔獣すら使役しうる魔力を所有する人間なんて世界に10人も居ないだろう。
詠唱を無視して単語で術を行使する、蘇生術という禁忌を平然と個人で扱う。その時点で賢者レベルの術者である事は確実だ。少女の姿なのも術の応用でそう見えるだけで、中身はかなりの高齢に間違いない。だとすれば、自身の裸体に頓着しないのも納得がいく。
……いくかなぁ? 老人と言えど裸を見られるのは恥ずかしいものじゃないのか? よく分からないな。
「っ、も、もういいよセーレ! 契約が結ばれた!」
「ん、おめでとう」
「じゃなくて離れてくれないか!?」
「えっ。……そんなに俺とくっつかれるの嫌か? むむむ、臭かったか」
「そういう意味ではなく! 格好を見なさい格好を!!!」
こちらの意図も汲まず勝手にショックを受けるセーレに正しい意図を伝えつつ、従魔契約が成立し体躯が縮小したスライムに手を差し伸べる。
「随分とちっこくなったな?」
スライムを見てセーレが指摘する。確かに、使役術を使った魔獣が術者の魔力性質に合わせて肉体が変容することは多々あるが、見上げるほど巨大だった魔獣が腕の中に収まるほど縮小するのは聞いたことがない。
『プルッ、プルルッ!』
小さくなったスライムは可愛らしい鳴き声を出して僕に飛びついてきた。危なげなくそれをキャッチする、やはり僕に使役されることで契約の優先権が移動して土地への縛りが無くなったみたいだ。
同時に魔力供給を受けた事でスライムの外傷が無くなっていた。スライムは元気よく小さな触手を伸ばし僕の顔をぺたぺたと触ってくる。水色だった肉体が仄かに朱色に色づく、気に入られたようだ。
「む。なんかピンク色になってる。ソイツお前にほの字じゃね?」
「そうなのかな?」
「ぷるみちゃんってオスなの? メスなの?」
「ぷるみちゃん?」
「ソイツのなまえ。さっき命名した。本名はプルミエール十二世、通称ぷるみちゃん。南方の流星王の雷鳴を轟かせる伝説のスライムだ」
「十一代も先代が居るんだ。由緒正しいね」
「おうよ。ぷるぷる帝国の君主一家だからな。格式高いよ、なあぷるみちゃん」
『プルッ!』
「ぷるみちゃんもそれ気に入ってるんだ……なんか気が合うね。君達」
「でも惚れられてるのはお前なんだよな。おかしい。寝取られだ」
「まあ同性だしそこはね。あと惚れられてるわけではないから」
『プルッ!? プ、プルプル!!』
「? どうしたのぷるみちゃん。急に意図が汲めなくなったけど」
今までちゃんと意味のある波長を出していたのに急にスライム、ぷるみちゃんの波長が乱れに乱れまくって意図を汲めなくなった。どうしたんだろう? 見ていたら触手で頬をぎゅうぎゅう押された。照れてる?
『プルッ!!!』
ぷるみちゃんは僕の腕から飛び出ると二回跳ねてセーレの腕に飛び込んだ。セーレはぷるみちゃんの頭(頭?)を撫でながら「そうな。居るよな、こういう奴」と話しかけていた。
言葉が分からないはずなのに心で通じ合っているようだ。やはり気が合うね、この子達。
「で、ピックスさんの目的もクリアしてぷるみちゃんも自由を獲得できたわけだが。今後どうするの、あんたら」
「僕ら?」
「ぷるみちゃんはピックスさんの従魔なんだろ。ニコイチで活動するのは確定してるよな。ピックスさん、俺の言ったこと覚えてるか?」
「傀儡がどうたらってやつかい」
「傀儡がどうたらってやつ。今のピックスさんは一時的に自我を持っているだけのアンデッドモンスターだからな。俺の魔力供給が無けりゃ化け物になっちまう。定期的に魔力供給しなきゃいけないから俺からあまり離れられなくなる」
「ふむふむ」
「ふむふむて。つまり俺があんたの生命線って事だ。俺から物理的に離れられねぇ。……俺は働き口を見つける為にあんたを利用するが、その後は何をしてくれても構わない。だが離れ離れになることは出来ない。ってことを伝えたいわけで」
「……」
「あんたは誰かと組んで冒険者するつもりは無いんだろ。どうすんの、今まで通りソロプレイヤーをしながら定期的に俺ん所に通うシステムにするか?」
外套を羽織りながらセーレは僕に問い掛けてくる。今後どうするか、か。
正直、一度死んだのに屍人になって生きながらえている僕に自由に生きる資格は無いと思う。
セーレに膨大な魔力を使わせて、屍人二人をこの世に繋ぎ留めておく分のリソースも使わせてしまったのだから、セーレの言うことに従って隷属するのが僕のすべき事だと思う。
「先に釘打っとくけど、やりたい事あるなら気使わず素直に打ち明けろよ。俺の手を借りて復活出来たから俺に従うとか、罷り間違っても奴隷根性みたいなのを発揮するなよ。キモいからな、そういうの」
釘を刺されてしまった。困ったな、そう言われても今の僕にやりたい事とか特にないんだけど……。
「……奴隷根性とかそういうのではなく。純粋に今の僕には目標みたいなものは無いよ。だからセーレの言ったことには従う、それが」
「それがとか理由付けしなくていい。手ぇ貸してくれるならそれだけで有難いよ。じゃあそういう事な、俺と一緒に冒険者やるってなっても文句はないんだな?」
「あぁ」
「ちなみに魔力供給ってエロめの事をするんだけどそれも構わないんだな? 俺みたいなガキとそういう事をするってなっても気にしないと。変態め、それが目的だな狼め。恥を知れ!!!」
「ここで解散ということで」
「無理なんだよな〜。人喰いの化け物になりたいのなら止めないけど〜」
「…………いや。魔力を貰うだけでそんな、変なことをする必要は無いだろ。無いよね? あると困るんだけど」
「っしゃ。ほんなら街の方に戻ろうか。ラトナん街で冒険者生活スタートだ! 異世界生活始まったぞー!」
セーレはぷるみちゃんを持ったまま明後日の方を向き歩いていく。ぷるみちゃんも触手を伸ばして一緒にやる気を漲らせている。
……今更ながら不安が募る。離反する権利は僕にないと思ってるけど、それはそれとしてこの子に着いていっていいのだろうか。
言葉を聞く分には悪くされる心配が無さそうだけど、時々冗談か本気か分からないテンションで危うい発言をするんだよな。行動も突発的だし危険を省みないし。
……なんか、よく分からない流れで同行者が出来てしまった。人生何が起こるかよく分からないものだ。
とりあえず、セーレが無防備な服装ばかりして誰かの奴隷になったりしたら自動的に僕も同じ立場になってしまうので常識というものを教え込もう。まずはそこからだな。




