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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第二章『初めて他人を完全なゾンビにしました編』
30/61

29話『スライムはやっぱり強敵みたい』

 俺単体だと年齢制限に引っかかって冒険者登録を行う事が出来なかった。だから俺はピックスさんを頼り、彼の仲間ということにして冒険者登録をするために彼を探しに来たわけだが。


 なんか、探し人死んでました。安らかな顔で眠るようにピックスさんは息を引き取っています。なんでやねん。



『一人でこんな所へ来たら危ないだろ! 何を考えているんだ君は!?』



 眠るように死んでるのにやけに高火力なお説教をされた。目ぇ閉じてるのに周囲の状況が分かるのか。変なの。



『今すぐここから離れろ! 死にたいのか!?』


「うーん……死にたくはないけど、帰り道がよく分からないから帰れと言われても困るというか」


『帰り道が分からない!? なんだよそれ、自殺でもしに来たのか!?』


「いや……本当なら生きてるピックスさんと再会していっしょに街に戻るつもりだったんですけど。まさか死んでるとは思わないじゃん」


『ッ!! 話は後だ、セーレ! 逃げろ!!!』


「はあ? 逃げろってどこにっ……いぃっ!?」



 死体になったピックスさんと会話してたら背後から物音がした。斧を持って振り返ると、濃い霧の向こうから無数の触手が揺らめいてるのが見えた。


 なんだろうアレ、液体で出来た触手……? 霧が邪魔なせいでよく見えないが、本体の影は首を真上に向けなきゃ全容が掴めないほど巨大だ。



「もしかしなくても、ピックスさんを殺ったのってこのデカブツですよね」


『待て。どうする気だ!?』



 斧刃に手を重ねて魔力を引き出していたらピックスさんに何をするつもりなのかと問われた。見て分からないのだろうか? 攻撃をするつもりなのですが。



『まさか戦うつもりか!?』


「そりゃそうだ。相手はもう完全に俺の事を捕捉してるみたいだし、戦わなきゃ殺られるでしょ」


『無茶だ! 相手は古代水王種(エルダースライム)、特別指定魔獣なんだぞ!? 君の敵う相手じゃない!!』


「分かんないでしょ。ファンタジー物に出てくる得体の知れないロリは大抵強キャラの法則、知らないんですか?」


『君は確かに怪力だが、人より多少力が強い程度で倒せる相手じゃないんだ!! そこで倒れてる冒険者達はラトナの冒険者ギルドの中でも選りすぐりの実力者達だったんだぞ!? そんな彼らが太刀打ちできなかったのに君に倒せる筈が』


「うんちうんちー」



 ガチャガチャとうるさいピックスさんを無視して斧刃に爪を立てて思い切り引っ掻く。爪で引っ掻いた軌道に沿って魔力が引き出されて電流と化し、四本の雷撃が影しか現さないデカブツに向けて放たれる。


 雷撃はデカブツの肉体を焼き影が大きく揺れた。効果アリだ。立て続けに帯電を始めた戦斧を担ぎあげ、腰を捻りながら思い切り地面に向けて叩きつける。



 斧刃が地面に衝突した瞬間、目の前で爆発が起きるような轟音が鳴り響いて凄まじい閃光が斧から放たれる。青から黒に移行した雷撃が大地を抉り、周囲に野太い電流の枝を伸ばしながら霧を跳ね除けていく。



『な、なんだ今のは。その斧、一体……?』


「すげえでしょ、雷を出す斧ですよ! ふははっ、さながら俺は雷神の申し子って所ですな!!」



 再び斧を担ぎ手のひらで刃をぶっ叩き魔力を引き出す。刃がバチバチと音を出して発光し始める。


 俺自身の能力はどうやら手首や首に刻まれた刻印のせいで大幅に封印されてるみたいだからな、この斧は今の俺にとって貴重な攻撃手段だ。存分に猛威を振るってやるぜ!



「敵の正体は巨大なスライムか。えるだーすらいむとか何とか言ってたもんな。物理攻撃は無効でも、雷での攻撃は効くみたいだしこのまま攻め続けてやる」


『待っ』


重奏凌積リフレクション! とりゃっ!!」



 ピックスさんの制止を無視して身体強化の能力を二重、三重にかけ地面を蹴る。足場を蹴り砕く程の威力で踏み込んだ俺の移動速度はスライムの認識速度を超え、こちらに向かっていた触手を通り抜けて敵の懐に潜り込んだ。



「ぎゃははっ!! 消し飛べっ!!!」



 バチバチと喧しく鳴る斧刃をスイングしスライムの胴体を打ち払う。手応えはあった、現に攻撃を食らったスライムは肉体が爆散し周囲に肉の一部を散らしている。


 だが、上半分は爆散出来ても下半分はまだ蠢いている。やっぱりコイツら、プラナリアと同じで大雑把に体を破壊するだけじゃ殺しきれないっぽい。



「自切するだけならまだ良心的なんだけどなぁ!!?」



 千切れたスライムの肉片は別個のスライムとなり俺に向けて触手を伸ばしてくる。こちらも対抗して空いた左手の骨を延ばし剣のような形状にして触手を切断する。



「ちっ! 出てこい、雷ぃっ!!」



 俺が着地した瞬間を狙って周囲のスライムが一斉に地中に潜ってこちらに向かってきた。地中に潜られたら骨での攻撃は当たらない。斧から魔力を引き出し周囲の地面を電熱で焼き払う。



「うぉっ!? な、なになになに???」



 向かってくるスライムの群れを払ってボススライムから距離を取ろうとしたら触手からガスが吹き出てきた。ガスは霧よりも色が濃く、空気よりも重いのか大気に混ざる事なく地面に沈殿していく。


 絶対吸ったらまずいものだって見た目だけで分かるからスカートを捲りあげて口元を塞ぐ。



(ッ!? これ、吸ってないのに指が痺れっ)



 布を持っていない方の手で目も庇いながら離れようとしたら手指や腕の表面、それに露出している足の皮膚がピリピリと痛みだし動きが鈍化した。


 麻痺している箇所をよく見ると皮膚の色が赤く変色している。一瞬先までそれらの箇所はガスに触れていた、皮膚接触するだけで効果がある毒ガス? 殺意強すぎじゃないです? それは。



「い゛っ!? い、いてぇしっ!!!」



 やっばいやっばい。麻痺に留まっていた患部が腫れて人体汁が噴き出してきた! それに混じって血も出てきたぁ!! 勘弁しとくれ〜!



『セーレ!!!』


「大声出すのやめてね死人なら! 声じゃなくてメッセージウィンドウみたいな感じで視界に入ってくるから、邪魔だからね!!?」



 鼓膜も機能停止してる死人相手に俺の声が届いているかは分からないが、とりあえず視界の邪魔になるので黙っているように注意喚起をする。てかこの能力、こっちの意思でオンオフ出来るからオフにしとけばいいんだけどね! 必死すぎてそんな余裕ないや!


 っと、ピックスさんが声を掛けてきた理由を少し遅れて理解した。殺し損ねたスライムが地中から生えてきて俺の下半身が埋まっちまった。



淀れ(とまれ)!」



 俺の肉体を飲み込もうとするスライムの膜を手で触れて魔力を流すことで停止させる。危ねぇ、間一髪! そのままスライムを蹴り崩し粒子上に崩壊させる。



「えっ、ちょっ!?」



 一瞬足を取られただけで次々にスライム達が飛びかかってきた。手は二本しかないからなぁ! 同時に停止させられる対象は二体まで、魔力が手に留まっている状態で斧に触れたら斧を崩壊させちまうから斧は今使えない!!



「クソがっ!!!」



 大地を踏み砕いてスライムの群れを躱しつつ直近のスライム二体に触れて停止させる。即座に手の魔力を心臓の方に引っ込ませて斧の柄をふん掴みスライムを打ち払う。



「うわっ!?」



 打ち払ったスライムが攻撃に合わせて粘液を飛ばしてきた。モロにそれを背中に受けたと察知した瞬間、凄まじい熱さが背中に迸り激痛を伴った。



「いたたたたっ!? 酸!? 麻痺ガスの次は酸!? モンゴリアンデスワームじゃないそれは!? 状態異常攻撃にステ振りすぎだろ!!!」



 別のスライムがまた粘液を吐き出してくる。左腕で受けるとやはり粘液を受けた肉が焼け爛れて溶解し始めた。痛すぎ!!!


 駄目だこりゃ。左腕の肉が削げ落ちた痛みに呻いていたらすぐさまスライムの集団が俺を取り囲み始めた。帯電させた斧の柄を咥えて、残った右手で懸命に敵を停止させながら暴れ回るも全く敵勢力が減る気配がない。


 やっぱり水場という環境に干渉して強くなれるのは反則だって! こんなもん一気にここら一帯の水を蒸発させないと勝ち目ないじゃん!



「ゔっ!?」



 移動した矢先に隠れていたスライムが粘液を飛ばしてきた。


 やばい、これは躱せない! 頭にでも食らえば即死して強制自己蘇生が入るけど粘液の矛先は俺の足元に向いてる! 足を溶かされて動けなくなった所をのしかかられたらまたリスキルが始まっちまう! 絶体絶命ーーーっ!!?



「ブモーッ!!!」



 ぶも? なんだ? 急に甲高い豚の鳴き声みたいのが聴こえたぞ?


 粘液を飛ばしていたスライムが明後日の方向から飛んできた矢を受けて破裂し粘液が俺の足に届く前に地面に落ちる。危機一髪……? しかし一体誰が横槍を入れてきた?



「オ、オーク!?」



 矢が飛んできた方を見たら筋骨隆々の肉体に剣や槍、大弓を携えた豚頭の大男集団がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。スライムの群れの次はオークの群れと接敵!? 生存難易度底をついちゃった! 誰か助けて強いひとーっ!!



「む? 何故こんな所に人間が」


「!? オークも人間語喋れるの!? この世界のモンスター、語学に秀ですぎじゃない!?」


「あぁ……散った仲間の仇討ちといった所か。人の子よ、貴様ではアレには敵わん。大人しく撤退するのだ」



 オーク集団のリーダー格と思しき顔に傷のあるオークが俺に撤退を命令してきた。彼が引き連れてきたオーク達は勇ましい声を発しながらスライム達と戦闘を始める。


 オーク達の様子を見るに俺に対し敵意は向けていないように思える。人間とオークってそこまで仲が悪い訳でもないのか? ……いや、今戦っているスライム達が強敵だから意識を向ける余裕が無いのかな。オークの軍勢を以てしてもスライム相手に苦戦してるみたいだし。



「何をグズグズしている、邪魔だからさっさと退けと言っているのだ。ここは我らの狩り場、邪魔立てするというのは子供とて容赦はせんぞ」


「ま、待って待って。分かりましたよって、退けばいいんでしょ……」



 リーダーオークが俺にギロリと鋭い眼光を向けてきたので怖くなってその場を離れる。ひえーおっかない、ありゃ今まで何十人と手にかけた人殺しの目だわ。口論なんてしよう物なら即座に首を跳ねられていたな。相手にしちゃいけない手合いですね。



『セーレ! その腕……!』


「言いたい事は分かりますけど黙ってて下さい。あんたは死んでんだから、死人に口なしって事で」


『ふざけてる場合じゃないだろう!! その怪我だと君はもう……っ!』


「そこに関しては無問題です。失血死するくらいならいっそ楽だから良い。それよりも……」



 こっちの発言を勝手に自殺宣言だと誤認したピックスさんが口うるさく説教してくるが、それを無視してオーク達の後ろ姿を見る。


 やはりあのスライムはオーク達の手にも余る相手らしい。

 武器を用いたオーク達の攻撃はスライムには一切通用してないのに、スライムの側は酸の粘液やウォーターカッターみたいな水の刃を用いた攻撃を使ってオーク達を倒していく。それらを躱したとしても地中から伸びてきた触手に捕まってスライムの体内に投げ込まれ養分にされる。あれじゃあ勝ち目なんて万に一つも存在しないぞ……?



『セーレ? 君、まさかその怪我で、加勢しにいこうだなんて考えてないよね!?』


「バリバリに考えていますが」


『馬鹿なのか!? 君は本当にっ、何を考えているんだ!? 君は冒険者じゃないのだからあのスライムと戦う理由は無いはずだ!』


「別に悲しいとまでは思わなかったが、それはそれとしてアイツは知り合いであるあんたをぶっ殺した。普通の人間ならそれだけで戦う理由になるんじゃねーの」


『なっ……!? 僕と君の縁なんて三日にも満たないだろう! 仇討ちなんてそんなもの、される義理はない!!』


「じゃあ現在進行形でオーク達がぶっ殺され続けてる。死体になったオーク達は仲間を残して死んでしまった事を悔いて叫んでるわ。その様を見てたら一矢報いてやりたくもなるだろ」


『オークって……あのね、オークは魔獣だよ? アレは亜人認定されていない、人類の害になるとされている存在だ。そんな相手に同情するだなんて』


「やめとけよ〜そういう事言うの。アイツら、俺を見ても敵意向けなかったぞ?」


『そ、そうは言うがね』


「人間語喋れて人間に敵意を向けないのなら友好的に接するべきだろ。差別するのは辞めようぜ、あんただって瞳のせいで人から疎まれるのは本意じゃないだろ」


『僕は君が戦う意味は無いだろって言いたいんだよ! これ以上戦闘しても君じゃあのスライムは倒せない!!』


「やってみなきゃわかんないでしょ。どのみちアレをぶち殺さないと安全にこの湿地から出られないし」



 俺だって別にどうしても戦いたいって訳じゃないさ。でももう捕捉されちゃってるんだ、見逃してくれるはずもないだろ。


 とはいえピックスさんの言い分もごもっともだ。左腕がカリンチョリンの骨にされちゃってるし、少し動くだけでも激痛が襲ってくるからあまり動き回りたくないのが本音。


 本来のアレクトラなら自分からこの腕を切断して傷口を焼き潰したり、負傷状態を初期化する為に自ら命を絶ったりしたんだろうな。どっちの選択肢もゾッとするから絶対選びたくないが。



「とりあえずピックスさん、ベルト借りますよ」


『え? いやだから逃げろって!』


「逃げないって。オーク達が全滅したら次は俺が追っかけられるでしょ」



 ピックスさんの腰からベルトを拝借し骨が剥き出しになってる左腕を胴体に縛り付ける。



「痛い痛い痛いっ!!!?」



 かーっ! 肉の断面と革製のベルトが擦れると脳みそビリビリするくらい激痛が走る、涙が止まらなーい! 当たり前に全身が発熱してきたし、こんな状態で戦うとか我ながら馬鹿じゃねえのって思うわ!



『正気か!? 肉が削げているんだぞ!? そんな縛り方をしたら余計出血する!』


「道理で寒さを感じるわけだ!」


『あ、コラ! 待て!』



 戦斧を担いでオーク達の横を通過しスライムに刃をぶち込む。



「何のつもりだ人間! 邪魔をするな!!」



 リーダーオークをガン無視して別のスライムに斬りかかる。柄を咥えて噛み砕かないよう加減しつつ斧刃を引っ掻いて雷撃を飛ばす。



「聞け! 邪魔立てをするな、ここは我々の狩り場だと言っておろうが!!」


「あんたらの最終目標はあのスライムをぶっ殺す事だろ。俺も同じだ。共通の敵を前に狩り場とか関係ねぇだろ」


「ふざけるな!! 誰が貴様ら人間の手など借りるものか! アレは我々の力のみで倒す!!」


「種族間のピリつきを持ち出すよりかは利害の一致に理解を示した方が賢明だと思いますけどね!!」



 実を言うと今にも出血で死にそうだからあまり会話はしたくないんだけど。なんで今にも殺されかかってるってのに敵じゃない相手と口論しなきゃならないんだ。口より手を動かしてほしいわ。



「とりあえず捕らわれてるオークの救出が先か」



 再び柄を咥えて身体強化を行い走る。


 倒せないにしても帯電した刃でならスライムを簡単に切断することが出来る。オークを絞める触手を切断し、オークを閉じ込めるスライムの腹を切る。



「ブモッ!?」


「人間に助けられた、だと!?」



 救出したオークを掴んでリーダーオークの方に投げる。使える腕は一本しかないからな、乱暴な方法で申し訳ないが今は我慢してもらおう。



「ぐっ……!?」



 オークを助けるついでにスライムの頭数を減らす事は出来たが全方位から同時に粘液を飛ばされる。今度こそ避けられない!



(……相手が相手だから使いたくなかったんだけどな)



 奥の手はある。例え両手両足をもがれて芋虫みたいな肉体にされようと、欠けた月の出ている夜に一度だけ使える必殺技みたいなのは存在する。


 けど、これは異能の力でも何でもなくて単なる食事に過ぎないんだよな……。スライムを食べる、うーん変な病気にかかりそう。でもそんな事を考えてる余裕も、もうないしなぁ。



「何を立ち止まっている! 避けろ、人の子よ!!!」



 背後からリーダーオークが怒号を飛ばしてくるが、避けろだなんて無茶な事を言うもんだ。どこへ逃げるんだよ、全方位から溶解液を飛ばされてるんだぞ?



「くっ! 愚か者が……っ!」



 酸の粘液を頭に食らい、頭髪や皮膚がズル剥けになりながらもリーダーオークの声が耳に入ってくる。やっぱめちゃくちゃ優しい人じゃん、あのオーク。仲良くもない人間の小娘が溶かされる様子を見て悔しそうに歯噛みしてるし。



 俺の意思を受けて雲が移動し、大地に月の光が当たる。


 誰も足元の違和感には気付かない。大地に映る欠けた月の影が意思を持ち移動する。まだ俺の肉体には意思が宿っているのに、肉体の凡そが溶解した俺を見てスライム達は興味をなくしオークの方を見る。



欠月の孔(エレクトラ)



 単語を発すると同時に口を閉じる。人間としての俺の肉体には既に口と呼べる器官は溶けて存在していないが、月の影を介して口にしたスライム達はそのまま俺の胃の中に転送される。胃の中に入れちまえばこっちのもんだ、そのまま消化して俺の一部にしてやる。



『ビギュアアアアアアアアアッ!!!?』



 増えた子スライム達を全て呑み込み巨大スライムの肉体の三分の二を食したことで初めてスライムは悲鳴を上げた。認識外からの攻撃で肉体を半分以上失ったんだ、如何に強くても動揺するよな。



「う、ぐ……おぇー。スライムなんて食うもんじゃねえな、気持ちわりぃ」



 ついでに完全に死に至ったことで自己蘇生が入り肉体の負傷が初期化される。ようやく左腕の激痛から解放された、健康な体サイコー!



「ブモッ!? に、人間の子よ。お前、今なにを」


「セーレな、俺の名前。人間の子って呼び方、なんか気に食わないから辞めてくれや。リーダーオークさんよ」


「セーレ……? ふむ。して、貴様今なにを」


「いやいや、相手が名乗ったら自分も名乗るのが礼儀だろ」


「むっ! ……ゲオルグだ。それで貴様は」


「ゲオルグさんな! 覚えたわ、他のオークさんらも後で名前教えろよ! 異種間交流はまず互いの名前を知るところから始まるんだ、友好を示す為にも」


「貴様は!!! 何をしたのだ!! あのスライムを攻撃したのも貴様の術なのだろう!? 教えろ!!!」


『ピギイィィィィッ、ピギャアアァァァァッ!!!』



 ボススライムが雄叫びを上げて触手からガスを噴き出し始める。そのガスに触れた植物が腐り、接触したオーク達の肉が泡立ち溶け始める。本当、状態異常に特化したステ振りしてやがるな。



「ぎゃはははっ!! 俺はもうお前を喰った! お前の出す毒物は効かねえ!!!」



 俺は斧刃を握りこんで自身の手のひらを切り、血液を周囲の空間に散布する。



廃棄貪寧(アブストラクト)!!!」



 血液を介して俺の魔力を大気中に散布しスライムが出した毒ガスを汚染し腐敗させる。機能が淀み働きが停滞した毒ガスはちょっと臭いだけのただの無害な気体と化す。もうスライムが出すガスは俺がいる限り何者も傷付けることは出来ない。



「不用意にガスに触れて皮膚が爛れたオークは俺の血を皮膚に塗りこめ。呼吸しづらくなった連中も、生理的に気持ち悪いのは分かるが俺の血が混じった空気を胸いっぱいに吸い込んでくれ」



 スライムが異変に気付き触手の形状を変えて高圧水流を飛ばしてくる。それらから逃げ回りながら戦斧から魔力を引き出し電流を俺自身に流し込む。



「しびれびれびれしびびびびっ!!? ぎゃははっ!! でもこれでっ、刻印を無視して魔力を行使できるなァ!!」



 俺の肉体には魔力を外に漏れでないようにする刻印が刻まれているから、自前の魔力を使用しての能力行使には大きな制約がかかっている。だが、外部から魔力攻撃を受ければその魔力を再利用して能力を行使することが出来る!!


 いや、雷撃なんか食らってたら心臓に多大な負荷がかかって今にも絶命しちゃいそうだけども。もうなんかハイになってるせいでこんな苦痛全然気にならないわ。


 おかしくて笑えてきた、自分で手を切った辺りから頭のネジがすっ飛んじゃったのかもしれん。



「ぎゃっははははははははっ!!! 聞けぇ、志半ばでスライムにぶっ殺された無念のオーク達!!! てめぇらまだまだ暴れ足りないよなぁ!? 今一度蘇り戦う機会を得られるのだとしたら!!! てめぇらは喜んで剣を振るってくれるよなぁ!!!」



 テンションがおかしくなった自覚はありつつも、無惨な姿で倒れている死体達に呼びかけると彼らは魂の色をドス黒く染め上げながら肯定の意を俺に示してくれた。全員、スライムに対する怒りと憎悪で今にも怨霊になりそうな勢いだ。



「おーけーだ! てめぇらの意思は受け取った!! ひゃははっ!! それじゃあ思う存分あの化け物を食い散らかそうぜ!!! 咀嚼反魂(リターンデッド)!!!」



 手で触れたオークの死体達の魂を掴み、咀嚼し、俺の魔力をねじ込んだ上で死体に返し蘇らせる。ゾンビとなったオーク達はうわ言を呟きながらスライムの元へ殺到し無我夢中で武器を振るい始める。



「な、なんだこれは……?」


「死者の蘇生、なのか? 禁術指定されている魔法だろう、そんなものを個人で使用するなんて」


「何を惚けている!! 死した者共に遅れを取るな!!」



 てっきり死者を傀儡にするなーって怒られるのかと思ったのだが、オーク達はそんな事気にせず自分らも武器を取ってスライムに攻撃し始めた。


 自ら感電する事で魔力を流用するだなんて馬鹿げた事をしたなって思ったが、予想よりも良い方向に転がってくれた。まだ流用出来る魔力は残ってる、やれる事は全部やっちまおう!!



「喰った雑魚スライムには魂が入ってない、ボススライムの端末みたいな扱いなのか。ならこの能力は使えない……どうせこの場で戦わせるだけなんだしいいか! 想起操魂(リビングデッド)!!!」



 右手と左手でそれぞれ別々の冒険者の死体に触れ、彼らの肉体に残った生前の記憶を読み取り再現した仮想の魂を死体に入れて操る。……死亡した他人の過去を覗き見るのは気持ちの良いものでは無かったが、能力を発動するのに必要な事だから仕方ない。



「セレナさんは負傷したオークの治療、ガイルスさんは生きてるオークの戦闘を手伝ってください!」


『オ、オーク?』


『オークト共ニ戦ウノカ……?』


「オークと一緒に戦うの! オークは仲間! 他種族を差別するのやめような!? 俺が黒って言ったら白も黒になるの! おーけー!?」


『リ、了解シタ』


『オークッテ人間用ノ治癒魔法デ治セルノカナ?』


「魔法で治せなくても魔法薬を使えば治せるだろー。とにかく二人とも、頼みましたからね! オークは仲間! 復唱して!」


『『オ、オークハ仲間……』』



 よーし。渋々といった感じだが二人とも納得してくれた。蘇生させた二人の冒険者に指示を送り戦闘に参加させる。


 さて、体表を流れる魔力で最後っ屁を出してやろう。喰ったスライムの能力を魔力で強引に再現した魔法攻撃を食らわせてやる。



劣性形而リローデッド!!」



 詠唱を口にした瞬間嘔吐感に襲われ、口を開くと喉の奥からウォーターカッターじみた高圧水流が出てきた。こんな感覚で再現されるのか、ほぼゲロなんですけど。


 水流で霧と大地を切り裂きながらスライムに狙い定める。が、スライムにはどうやら水の攻撃は効果がないらしい。俺の放った水流を食らってもスライムの肉体に変化はなかった、能力一個分の魔力を無駄使いしちゃったな。



『や、やめろ』


「? ピックスさん?」



 死体の軍勢とオーク達と共に俺も戦闘に参加しようとしたら背後から言葉が飛んできた。振り向くとピックスさんが魂だけの状態で俺に手を伸ばしていた。

 幽体離脱? そんな事も出来るのか、死人って。でも離脱できるのは腰までなんだな、足元は死体に埋まったままだ。



「どうしたんですか、ピックスさん。やめるってなにを?」


『もう十分だ』


「だからなにが?」


『……これ以上彼を、傷つけないでやってくれ』


「彼って」



 俺が問うと、魂ピックスさんはバツの悪そうな顔をして俺の背後に向けて指をさした。


 横にはけて指している先を見ると、視界に巨大スライムの姿が映った。ピックスさんの背後に回ってもやはりその指はスライムを指し示している。



「ちゃんと言葉で確認しようか。あんた、もしかしてあのスライムを庇ってるのか?」


『……そうだ』


「馬鹿じゃねえの?」



 思った言葉が素直に口から漏れた。何を言ってるんだろうねこの人、自分を殺した相手なのにね。

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