24話『オタッキー』
「ほーん。冒険者ねぇ」
窮地から俺を救い出してくれた薄褐色肌のメガネモヤシ青年と移動してる最中、彼と軽く雑談した中で特に気になった単語をピックアップする。
「ここに来た経緯は分かったけど、じゃあお兄さんは単身でスライムとかぶっ倒せるんだ? 見かけによらずめっちゃ強いんだな」
「うーん、やれない事はないってだけだし条件次第だよ。群れている所に突っ込んでも勝てないし、天候によってもスライムの強さが変動するからね。今日みたいな気温の高い日なんかはスライムが弱体化するから比較的倒しやすい、水没林の生物も基本スライムの捕食対象じゃないから強個体は少ないしね」
なるほどなるほど。その弱体化してるはずのスライムに何度もリスキルされたんだけどね俺。
「でもアイツら物理攻撃効かないだろ? どうやって倒すのさ、見た所お兄さんかなりの軽装備だけど」
「一部の属性耐性が著しく弱いんだ。軽く魔力を流す程度で逃げ出すレベル。火、雷、氷辺りの魔法や魔術を使える人だったらスライムは正直敵じゃないよ」
「そうなんだ。じゃあお兄さんは魔法使い?」
「あはは。違う違う、僕は魔法使いじゃないよ。僕は盗賊の冒険者だよ」
「しーふ? ……あぁ、盗賊? ほえー、素早さのステータスが高くて状態異常で相手を弱体化させるって感じなのかな」
「ステータス? とかはよく分からないけど、まあ大体そんな感じかな。盗賊職のギルドスキルを解放すると走力や反射速度、思考速度や手先感覚の成長が効率化される。状態異常を付与できる魔術も習得できるようになるから、君の予想は当たってるね」
当たってるのか。ドラクエの知識で得た感覚なんだけどそれでいいんだ。もっとこう、罠の位置を特定できたり相手の金品を魔法で奪取出来たりとかそういう訳では無いのね。
「ギルドスキルってのはなに? 急に世界観がゲームみたいになってる気がするけど」
「ギルドスキルって言うのは冒険者組合が開発した、冒険者ギルドに登録されている人達に付与される特殊能力みたいなものだよ。特殊な魔法……まあ特殊というほど珍しいものでもないけど、簡単に言うと魔法や錬金術の親戚みたいなものかな」
特殊能力なんだ。はえー、魔法とか魔術以外にもそういうのがあるんだな。
……そういえば、アレクトラの能力も魔力を原動力に発動してるけど厳密には魔法とはまた違う能力系統なんだよな。
魔法ってのは基礎を学んでから自分なりに解釈を広げて性質を変えていく、その基盤となるものが存在するらしいが、アレクトラの物は生まれついての異能。解釈によって機能を定義する所は同じっぽいけど、『基本的にはこうなるから』という根源のようなものは存在しない。
だからといってどんな能力でも作れるのかと言えばそうでもないっぽいけど、そこら辺はよく分からない。
やろうと思えば俺オリジナルの能力とかも作れるのかもしれないけど、そこまで異能バトルに前のめりなわけでもないしな。余程困る事にならない限りは既存の能力で立ち回らせてもらおう。
「さ、着いたよ。ここが僕ら冒険者の避難所、冒険者キャンプだ」
「ほーう!」
話している内にマングローブの森林を抜けて人が手を加えた人工的な広場が姿を現した!
冒険者キャンプ。パッと聞く感じだとモンハンの簡易キャンプを想像してたけど思ったより広い! 拠点村くらいの規模感はありそう! なんかワクワクするわこういうの!!!
「す、すげぇ〜。すぐ近くにはモンスターが住み着いてるってのによくもまあ」
「冒険者キャンプは管理してる冒険者複数名の魔力を費やした強固な結界で護られているからね。基本、野生の生物や魔獣がここに迷い込んでくる事は無い」
「結界! そういうのもあるんだ、すげぇ便利だな! ほー! 食堂もあるし雑貨屋、装備屋、なんか記号が描かれた紙を並べてる屋、よく分からんけど多分作業的には加工屋? もあるし。あれは素材屋か。テントも乱立してるし色んな人が……あっ!? あれ武器屋じゃね!?」
すごいすごい!? 本物っぽい剣とか槍とか並んでる店ある! とんかとんか金属を打つ音は聞こえないから、どっかの鍛冶屋と提携して委託販売してる感じかな?
武器のデザインはあまりバリエーションがないけど、にしてもここまでズラっと並べられてるのを見るとテンション上がらずにはいられない! かっけぇ〜!!!
「いらっしゃ……!? じ、嬢ちゃん、なんだいその斧は……!?」
「! この斧が気になりますか! ほぉ〜、ふーん?」
武器屋の店番してた無精髭面のオヤジが俺の担いでる斧を見て目を丸くしていた。
この巨大戦斧。いつの間にか俺の初期装備としてポップしていた謎武器ではあるが、地味にこだわりのある装飾が付いてたりするからもしやって思ってはいたんだよな!
なんて言えばいいのかな、この溢れ出るレア物感? 強武器感? やはりこれ、伝説の武器と称される類の武器なのだろうか!
ふへへ、ふへ。これを売って一攫千金、金貨数万枚とか一気に手に入れてどしょっぱつから家を買うみたいな異世界アニメムーブできる展開来たなこれ?
いいぞ〜! やっすい家を買って余った金をやりくりしていけばしばらくニートできる! 早速将来の安泰が見えてきた! アツい! こういうのですよこういうの、まったりスローライフしたいのよ俺は!
「やっぱりこれレア武器とかだったりするんですか〜? SSR武器だったりします〜? ふへへっ、鑑定されていかれます〜?」
「うぉっ!? ちょちょっ、危ないよ嬢ちゃん!」
「へ?」
「なんだってそんな巨大な斧! 嬢ちゃん凄い怪力だなぁ……」
「えっ。あ、そういう……」
あー……。この武器がとてつもない価値を秘めてるものだから反応してたとかではなく、ただ単にちっこい女の子が巨大な鉄の塊を持ち歩いてたからビックリしただけね。そりゃそうだ、ドン引きだわなフツー。
げ。冒険者キャンプのファンタジー感に大興奮して周りの目とか意識しなかったけど、なんか俺すっごい注目されてるな。この物騒な戦斧もそうだし、やっぱり服装が……ちょっとアレよな。
やべ、なんか急に恥ずかしくなってきた。股が見えたらまずいよな。服、下に引っ張ろ……。
「あ、えっと……嬢ちゃん。下着は、ちゃんと履こうな……?」
「〜〜〜〜っ!? す、すいませんごめんなさい!!」
服の前部分を下に引っ張ったら当然背後にいる武器屋のおじさんに尻を見られてしまった。顔が燃えるように熱い、俺はその場から逃げ出し先程まで話していたお兄さんの所まで駆け寄る。
「お、お兄さん……ここ、服屋とかって」
「おかえり。服屋かぁ、流石に冒険者キャンプにそういうのは無いんじゃないかな? 装備屋に行けば鎧くらいは売ってるけど、君の体格じゃ合う装備品は中々」
「さ、流石に大衆の面前でこの格好はやばいっすよ〜……」
「あぶなっ!? ただでさえ大きな斧を持っているんだからちゃんと周りを見てくれるかな!?」
しまった。斧を持ったまま服を抑えてうずくまったらお兄さんの顔面を斧でぶん殴りそうになった。ヒヤヒヤするわ〜これ。ただの金属部分が人に当たるのもまずいけど、刃剥き出しなのが輪をかけてまずすぎる。どうしたもんかね。
「この世界に銃刀法とかあったらガッツリアウトだなそういえば……」
「ジュートーホー? なんだいそれは」
「無いっぽい。良かった」
「なんにせよその格好と、それから斧をどうにかしないとね。本当の出身地はどこ?」
「え?」
「冒険者キャンプには、いま所持している物を普段滞在している住所まで送り届けるというサービスもあるからね。支払いは……今回は僕が済ませるよ。重量制限を超過してないかだけ心配だな」
「……ガチでロドス帝国くらいしか提示できる住所がない場合、どうしたらいいです?」
「…………からかっているのかな?」
「超真面目です!」
「困るんだけどな、それだと」
「あっ……」
やべっ。これ本気で困らせてるやつだ。助けてもらったのにあまり迷惑をかけすぎるのも良くないな。
……仕方ない。とりあえず地図かなんかだけ買ってどこかの街に……って、俺いま金なんて持ってないじゃん!?
「あ、あぁ……」
「この近辺の街となるとラトナかクトゥペ、流石に水没林の南側から来たと言うことはないだろうからそこら辺かな。……子供一人でヌトスの腐海を渡ってこれるとも思えないし、やっぱりラトナ?」
「あの、あの……」
「?」
「俺、お金持ってなくて……」
「あはは。大丈夫だよ、ラトナの街まではそう遠くないさ。家の近くまで送り届けるよ」
「じゃなくて、えっと……」
「うん?」
「…………家もない。金もない。服もないし仕事もない。ついでに言いますと、親も家族もいないです……」
「……」
空気が凍った。そんな気がした。
「……そうか。君、孤児だったんだね」
「孤児というかなんというか、まあ大体そうかなぁ」
「! まさかっ、君も奴隷商人の元から抜け出してきたとか!?」
「ん!? 奴隷商人!? いやそういうのでは無い! 似たような感じではあるけどっ、商人というか国単位で奴隷運用されかけてた側面はあるけども!」
「国、単位……?」
やっばい余計な事言っちゃったか? お兄さんの顔が驚愕から怒りを感じさせるものに変わった。……ん? なんで怒り? そこは哀れみの表情とかではないんだ。
「……確かに君の容姿は少々珍しいから、親を失った君が大人達に捕まって売りに出されるのも不思議では無いね。そうか、国……どこかの王族の娯楽用の……くっ! この世界は、どこまで残酷なんだ……っ!」
「えっ。いやかっこよ。なんだ今のセリフ」
「…………でも、ごめん。本当にごめん。僕には君を買い取れる資金力がない。それに、僕も……」
いや買い取るって。だから奴隷じゃないと言ってるでしょーが。されかけてたって言ったでしょ。なんで奴隷孤児前提で話進めてんだよ。
「……とにかく僕には君を養える金が無い。だから、ごめん。心苦しいけど、君とは」
「あ、なんかシリアスな感じになってる所申し訳ないんですけどそういうのは全然いらないです」
「えっ?」
「色々情報を集めて、そっから今後の活動方針を決めていくつもりなんで」
「は、はあ。情報って?」
「色々ですよ、色々。ざっとここら周辺の地理とか情勢、それから戸籍情報のない俺が受け入れられる可能性のある保証とか、可能性の模索に必要な物を集めたい。そういう意味では、結構何でも教えてくれそうなお兄さんに助けてもらったのはまじに僥倖でしたわ」
「な、るほど」
「なんすけど、落ち着いて話すにしてもこの服をどうにかしたい。せめて下半身を隠せるならなんでもいいんですが、なんかないですかね?」
「服屋は無いが装飾屋に行けばもしかしたら布地とか売っているかも。それを巻くのは?」
「心許ないけど今はそれで十分だ。行きま……あ、でもお金が」
「まあ〜助け出しちゃった手前しょうがない! 今日は全部僕が出すよ! お腹も空いてるでしょ?」
「う……」
そこまで厄介になるつもりは無かったのだが、勝手に俺の腹の虫が返事をしてしまった。ちょっとボリュームが大きかったな、笑われてしまった。恥ずかしい。
「あははっ、はぁー。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
布を買ってもらった後、食堂で安値で買い叩かれていた未知の食べ物を注文したら食べ方が違ったらしくまたお兄さんに笑われてしまった。
ケバブっぽい見た目をしているけど、これ外側のモチモチしたやつは食べないらしい。中身をフォークでほじくり出して食べるのか。めちゃくちゃ苦かったもんな、外皮。
「この見た目ならどう考えても最初そのままガブって行くでしょー……」
「それは辛味を凝縮した草を練り込んであるから、物好きな人は食べるけどそれ以外は基本お残しする部分なんだよ」
「俺も結構辛党な自信あったんだけど、これ辛いというか純粋に苦かったよ?」
「香草の味が子供の舌には合わなかったのかな? 僕は食べられないこともないけど、君思い切り舌を出して『べぇっ!?』って吐き出してたもんね」
「味がばっちかったんだもん! 舌ひん曲がったわ!」
「あははっ。大人になったら苦味の良さも分かるさ」
「…………子供じゃねぇんだけどな」
肉体的にはどうなのか分からんけど、中身が成人してる分子供って言われると少しイラッとくる。
アレクトラが見た目通りに享年10歳前後なのだとしたら、まだ俺がこの世界に来てから一年も経ってないから子供である事に変わりはないんだろうけどさ。納得できん。
「それで、何から聞きたい? あ、僕からも聞きたい事があるからまずはロドス帝国滅亡についてお話しようか。その方が流れとしては自然に」
「いや。どう考えてもその前に共有するべき情報あるね」
「? なにかな。この眼鏡が気になった?」
「他人のオシャレにどうこう言わないですよ別に。……まあ、首より下の服が手抜きなのになんでメガネだけ気合い入れて色つきレンズなんだよって疑問はあるけども」
「高かったんだよーこの眼鏡」
「でしょうね。じゃなくて、俺らまだ互いの名前知らないでしょ」
「! 確かに……!」
若干オーバー気味なリアクションされた。そんな驚愕しましたみたいな目の開き方する事ある? 自己紹介は会話の初歩の初歩ではあるよ?
とりあえず俺は机に立て掛けた斧の柄に指を這わせ、もたれ掛かるようにしてキメ顔で会話の口火を切ろうとした。
「僕はピックス! 冒険者やっててジョブは盗賊! よろしくね!」
「出鼻挫くなよ! 俺の仕草見てた!? 絶対先に名乗るの俺の流れじゃない!?」
「早く名乗れよって言われたような気がして」
「言うかぁそんな事! クソー、第一印象カッコつけ作戦頓挫した……俺はアレクトラ。よろしくな、ピックスさん」
「アレクトラ?」
ん? 握手をしようとしたらピックスさんが俺の名を復唱した。……あれ、もしかして名乗っちゃいけないタイプの名前だった?
確かにロドス帝国では『復讐の女神アレクトラ』とかいうおどろおどろしい感じの呼ばれ方をしていたけどさ。ここ、ロドス帝国から離れた土地なんでしょ? 神話ってご当地物みたいな感じじゃないの?
「アレクトラ、アレクトラか。すごい名前をつけられたね……」
「あー……まあ、あれじゃないですか。ミカエルって天使からマイケルって読みを連想して子供につけるとか。そんなノリでしょ」
「奈落と終焉を司る月の三女神の長女。太古の昔、ジプタの首都を滅ぼし王の墳墓を喰らった墓荒らしの女神アレクトラか。大層な名前だ」
「待って待って知らない知らない。また知らない異名耳にしちゃった。なんなの? クトゥルフ神話の神様並に異名持ってない? どんだけ多くの古代民族に喧嘩売ってんのアレクトラ。じゃじゃ馬すぎるって」
「ほう! 君は神話に興味があるのかい!?」
「えっ。いや別に」
「新鮮だなぁ〜神話に興味がある子と話せるだなんて! 冒険者連中はあんまり興味無いからね〜!」
「あれ、興味ある事にされてる」
「魔獣学とか魔法理論とかの参考にもなるしこの世界の歴史と地続きになってる神話も多いし、知っておいて損は無いと思うんだけどね! みんな『おとぎ話だろ』って全然興味持ってくれないから語れなくてうずうずしてたんだ!」
「俺もどちらかと言うとそっちサイド。神話なんておとぎ話でしょ」
「よし、分かった。君がどうしてもと言うのならアレクトラの神話群の解説と、考察も交えた原典の僕なりの解釈も共有しよう!」
「うん。どうしても辞めてほしい、長くなりそうだから。そこら辺は別に欲してる情報ではないかも」
「まずは、そうだな」
「話し始めるんだ。すごいなーこの人、止まらないや」
怖いなぁ。目が合ってるはずなのに全然俺の事見てないんだもんな。もう少しこっちの顔を窺ってほしいかも。嫌がってるぞー、対面の女の子。




