22話『初めてのスライム討伐!』
「……………………………………がぼっ!!!?」
あれっ、あれっ!? 俺今、死んだよね!?
脳みそ食われて、肺の中に水を入れられて、呼吸もできないし考えることも出来なくなって次第に意識が薄れていって耳の中の痛みがどんどん鋭くなっていって、いつになったらこの痛みと苦しみが消えてくれるのかと思っていたらいつの間にか俺の目の前が暗くなって……。
で、何故か急に意識を取り戻して目覚めたらまたスライムの中!
むむむ。今のは間違いなく仮死状態でも臨死体験でもなく確実に"死んだ"。心臓は止まっていたし、脳だって機能停止して壊れてはいけない細胞がほとんど死滅していった感覚だってあった。それなのに、再び俺は心臓を動かし息を吹き返している。
リゼロじゃない? 死に戻りというやつでは?? スバルくん丸パクった能力を持っているんだとしたらセーブポイントの設置箇所がちょっと頭悪いかも。モンスターの腹の中で復活するのは詰みセーブでしかないかもな!?
……あ、違うわ。死に戻りってかシンプル不死なんだ。この肉体には『止まぬ者』っていう、魔力が残留してる限り自動的に自己蘇生を行う特殊能力が備え付けられてるんだった。
一回死んでみるとこう……案外、案外だな。死に対する恐怖とか絶望とかが薄まった気がする。
想像していたよりも長く苦しむ事なくあっさり死ぬんだなって感じ。倫理的に絶対慣れちゃいけない感覚だけど、こんなもんなんだって思ってしまう。
……いや、それは今どうでもいいわ! なんにせよ復活できたのは良いとして! 未だ俺はスライムの中に閉じ込められてる! 熱いっ!? 皮膚が焼ける、というか溶けてる!?
(これ……消化液とかそういうやつでは……?)
透明に赤色が混ざっていただけのスライムの内側にゲロ色の分泌液が混ざり始めている。
皮膚がチリチリと焼けて、手を動かしたら痛んでいた皮膚がビリビリと破れ始める。泣いちゃった、グロいし痛すぎるって。
どうする? 死への恐怖が多少薄れたとして、じゃあ気にすることもないかって思えるほど楽観的にもなれないぞ!? 有限だもんね、この蘇生能力も!
『ピギィーーーッ!!?』
「ッ!?」
ぴぎー? なんだ今のホイッスルみたいな音。スライムの声? 発声器官が存在するのか、この液状生物。
ふむ。なんかこのスライム、苦しんでるっぽい? 体表が荒々しく波立ってるし。俺の消化に難航してるのか?
迷いなく俺を捕食しにかかってきたということはスライムにとって人間が捕食対象なのは間違いない。にも関わらず苦しんでいるという事は、アレクトラボディの何かしらが劇物になっている可能性があるな。
なんにせよ消化に手間取ってくれるのはありがたい。だがどうしたものか、結局今の俺に為す術がない事には変わりない。このスライムの体内から脱出しない限り俺は何十回も死を繰り返す羽目になる。それは流石に心が折れるよ。
「ぐぬうううぅぅぅぅっ!!!」
斧を使っての攻撃は全く意味を成さない。手に魔力を込めて使う能力も、どうやら言葉を発さないと発動できないらしい。困ったな……。
(……い、痛そうだからあまり使いたくなかったけど。……異状骨子!!)
見た目の痛々しさから今まで使うのを敬遠していた骨を体外に露出させる能力、異状骨子を使う。
魔力を骨に集中させて頭の中で出力する骨の形状をイメージして骨に働きかける。
「ごばっ!?」
ほら! やっぱりクソ痛いやんけ! 肋骨がめっちゃ攻撃に適してそうなかっこいい形状してたから肋骨からそのまま骨を増殖させたら胸の皮膚がビリッビリに裂けて激痛を伴ったわ! 肉まで裂いてるし! 頭おかしいんだろこの能力!?
あ、でもここまでの苦痛を伴うなら痛みを蓄積できるのか。なるほど、重奏凌積でバフかけた肉体が受けたダメージは吸収できないけど、他の能力で伴う痛みは再利用できるのな。
便利……では無いね!? なんにせよ痛みを伴う時点でゴミ能力ではあるよ!?
「ぼふっ!」
ほんでスライムの外皮は突き抜けられなかったし! クソッ、これ以上骨を延ばすのは魔力残量的に悪手だ。蘇生回数を減らしてしまうことになる。慢性的な魔力不足、どうしたもんかね……!
単語さえ詠唱出来れば他の能力を発動できるってんなら、スライムの体内で泡を吐いてその泡の内側で詠唱するのは? 妙案じゃね?
「ぶふぅーっ!!」
スライムの体液の中で思い切り息を吐き泡を出す。しかし吐き出された泡は上に溜まる前に小さくなって消滅した。
(吐いた泡が自然に消えたって事は……俺の吐いた二酸化炭素がコイツに吸収されたって所か? それは意味分からなくない? 二酸化炭素って窒息性の気体でしょ。酸素の代わりにはならないでしょ)
……まっずい。二度目の窒息死が来る。酸素不足で耳鳴りがしてきた、胸が痛い。痙攣が激しくなってきた。意識が遠のく、クッソ……!
「……………………ッ!!!」
はぁっ、はぁっ……! やっばい、窒息死の苦痛まじできつい。蘇生した後なのに全身の筋肉が緊張と弛緩を繰り返してる。あっ、失禁しちゃった……。
うぜええぇぇぇぇっ!!! なんだよこれ! どんな拷問!? 人を水に閉じ込めるとか悪趣味すぎんだろ!
今の俺は少女の肉体だから手足が短くてまともにスライムの内側を動き回れない。もう少し身長があれば地面に足が着いて、地中を掘って逃げることも出来たかもしれないけど今の肉体だとそれは出来ない。
てかさ。大前提として、俺を浮かせられるってんなら比重はスライム側に傾いてるんだよね? だとしたら水面の側に俺が浮き上がらないのおかしくない? なんで底に沈むでも水面に浮かぶでもなく中央に固定されてんの?
再生と死を繰り返してるにしても俺の肉体が腐敗してるわけではないからガスが溜まって重さが変動してるとは考え辛い。なんなら肺にまで浸水しちゃってるから普段よりも体重は増してるはず。なのに一向に沈む様子もない。俺の見ている景色の上下は一定……ッ。
考えてる間にまた窒息死してリザレクションした。やばいってこれ、早々と二つも残機を失ったよ。命が軽すぎるって。
考えろ、考えろ! 密度が高い液体ってなんだ? 水銀とか? 水銀に沈むと人体ってどうなるんだ? ある一定の高さまで沈むと身が固定されるのか? 知らんわ! 化学的に考えても知識が全くないから意味ないな!
液体の粘性で考えればスライム液はめちゃくちゃ滑らかで水と大差ない。でも俺の肉体を浮かせる程度には密度が高い液体でもある訳だから、つまり…… んんん〜??? 気体が多く混じってるとか?
……液体である事に間違いはないけど、僅かに粒が肉体に接触してる感覚はある。単に砂が混じってるだけという可能性もあるけど、仮にこの粒がスライムの形状を維持している器官だと仮定すると、その粒が俺の肉体を固定しているという考え方も出来るか?
「……っ」
だからなんだ論ではあったけど、試しに指を閉じてみたら粒がプチッと潰れる感触がした。潰れる感触が分かるくらいには大きい粒なのか。これ、地道に粒をプチプチ潰していったら自由に動くことが出来るのでは?
その前に蘇生ストック切れるか。だし、地中の水分を吸収して体積がでかくなり続けるスライムに対してそんな悠長なことしても意味無いのでは……?
いや、意味がないってことも無いか。生体器官の数なんてそんな簡単に増やせたりはできないだろうし、やる価値はあるかもしれない。全部の粒を潰して終えるまで何日かかるか分からんけども。
蘇生ストックがまた一つ減った。ダメだ、そもそも今の俺は蘇った時点で酸素が肺に入ってない状態だから意識を保てる時間が限りなく少ない。
気合い出せば3分位は延命できるけど、5分も経たずに窒息死してしまう。もっと手っ取り早い方法を模索するべきだ。
「ぐぬううぅぅぅぅっ!!! ……う?」
やれることは何かないか。武器に魔力を込めたらなにか無いか。そんな風に考えるも、俺の魔力が手のひらに流れると"停止と崩壊"の能力が発動してしまうことを思い出し急いで魔力を心臓に向けて引っ込ませる。
すると、手に持っていた斧が一瞬青白く発光した。アレクトラの記憶で得た知識の中にそれらしい情報がある、所謂"魔道具"というやつだ。
(魔力を生み出す炉心を持った道具、だっけ。武器として造られた魔道具は大抵術式も刻んであって、魔力を引き出すことで発動プロセスをすっ飛ばして魔術を発動できる……らしい?)
一縷の希望じゃない!? この斧が一体何処から来たのか、実はよく分かっていないけれど。とりあえず俺の初期装備ってことで活躍する場がやってきたのかもしれない!
初期装備なのだとしたら能力を一つ噛ませないと使用できないって所が少々引っかかるが、そんな事考えてる余裕は無い。魔力を引き出す……? さっきやったように、心臓に向けて魔力を引っ込ませる感覚を使えば引き出せるのかな?
「……っ!」
光った! 斧がバチバチ言い始めた! 雷の魔力っぽい物が斧刃から放出され始めた!
『ピギッ!? ピギャアアァーーーッ!!?』
おぉ! 殺人水飴モンスターくんが苦しみ始めた! きたきたきたっ、こういう一発形勢番狂わせ反転回転大逆転な展開を期待してたんですよ僕ァ! じゃあこのまま、このスライムをぶっ倒して経験値を……ッ。
で? こっからどうするの? 水の中で放電なんかしたら当たり前に俺も感電死しない? 巻き添えじゃない? 捨て身特攻というか自滅技では? わるあがきというか自爆じゃない???
(…………………………はぁ。えいっ)
何とかなるだろうと根拠のない自信を添えて、半ば諦めで魔力をそのままグイッと引き出す。
『ピギュアアアアアアアァァァァッ!!!?』
(あばばばばばばばばしびれびれびれびれびれっ!!!?)
……はい、蘇生と。生き返ると同時にスライムの肉体がパシャっと爆散する。
予想通り感電しましたよ、えぇ。きっと俺の体、激しく点滅して骨とか丸見えになってたことでしょう。マリオと同じストック制の命持っててよかったわ。
「ッ!? ごほっ!! がはっ! ひゅぅごっ!? ぼえっ!!?」
あれ!? あれれっ!? スライムの中から脱出できたのに、あれっ……!?
「息、吸えなっ!?」
! そうだ肺の中に水が入り込んでるんだ! あ、終わってるわこれ! 生き返ったとしても溺れてんのと変わらん状態だわこれ!
と、とりあえず肺の中身をどうにかしないと! でもどうやって!? 肺水腫レベル5ってどうやって治療したらいい!?
「ごほごほっ!? ごぼっ!?」
激しく咳き込みすぎてゲロ吐いちゃった。でも嘔吐してももう肺そのものがジャブジャブに浸かってしまってるから状態は変わらないんだよなぁ!
く、苦しいっ! これもうさ、自分の肉体をバラバラにして心臓から再生するしか手立て残ってなくない!? 嫌なんだけど、自分でバラバラ死体になりに行くとかどんなマゾヒスト!?
「ごおぉほごほごほっ! うぐぉぉ、しん、どい……ッ!」
いやもう頭おかしいから自殺はやめようとかそういうの考えられる次元じゃないわ。コメカミの血管ピッキピキです。無理無理無理、これ以上我慢出来たら普通に潜水ダイバー世界一位になれる!
手元には雷を放出する魔道具の斧がある。スライムは斧が放つ雷撃を受けて爆散した。人間の体の70%は水!
(ええいままよ!)
俺は斧刃を抱き込んで一度深呼吸をし、ようとして思い切りむせ返ったので、もうそのまま魔力を思い切り引き出す。
ビジャジャジャジャ〜っと。世界が破かれるような耳障りな轟音が響いたと思ったら急に何も聴こえなくなって片目が吹っ飛んでいった。鼓膜と左目が持ってかれた、なのにまだ生きてる。だから人間の肉体頑丈すぎだろって。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃーっ!!?」
今度こそ思い切り刃を抱き込んで放電させたら全身が燃えるように熱くなり背中側から強力な衝撃を受けて前のめりに倒れた。
コテンッ、と景色が一回転したかと思えば視線の先に断面が真っ黒焦げになった少女の下半身が見えた。胸の下から真っ二つ、お花のような可愛らしい背骨が生えてる。とんでもないゴア描写ですわ。
一瞬の間を置いて肉体が再構成される。
「ふぅ〜……はあ〜!」
呼吸ができる。くぅ〜っ、空気美味しい〜! まったく一時はどうなることかと思ったぜ。
「まさか異世界に来て一年も経たないうちに溺死と感電死、爆散して死亡っていう項目を達成するとは。どんな実績解除? マイクラかな」
死にながら攻略法を導き出すとかフロムゲーかよ。まあ、戦闘なんかに慣れてるはずもない現代人がモンスターに遭遇したら普通そうなるわな。
しっかし良かった。自己蘇生したら死体の方は消滅するシステムっぽい。目の前に真っ黒焦げになってる女児の死体なんて落ちてたら悲しい気持ちになっちゃうよ。安心設計のご都合不死能力のおかげで心の平穏が保たれた。もう二度とこんな目に遭うのは御免だ。
「さて……」
これからどうするかね。少し見漁ってた異世界物のアニメなんかだと倒したモンスターの死体を素材屋さんなんかに卸して一稼ぎしてる描写が多かったが、真似てみるか? ……辞めとこう、よく分からないものを触るのはちょっと怖い。
「鑑定スキルとかアイテムボックスとか、そういう便利なものがあったなら話は別だけど。やたらと殺意の高い能力に特化したロリボディと雷を放出する斧しか持ってない俺にゃ縁のない話か。てか、誰もいないから触れてなかったんだけどなんで俺全裸に剥かれてるわけ? ロドス帝国に居た頃は確か普通に衣服を着用してたよね。……乱暴された!?」
この森で目が覚める前の直近の記憶、女帝エリザヴェータと口論した結果機嫌を損ねて兵士達に拘束された時の事を思い出す。
乱暴されてたら嫌だなぁ……まだ処女膜残ってんのかな、この体。というか、捕えた後はどうするつもりだったんだろう? 何か言われてパニクった記憶はあるんだが、その肝心の"何を言われたか"についてはまったく思い出せない。
「いくら考えても全然思い出せないし、些末な事だったって事にするか。あんな緊迫した状況なら何を命じられてもパニクりそうだし。よいしょっと」
おろっ? つい『重奏凌積』の詠唱をし忘れてそのまま立ち上がってしまったが、勝手に能力が発動したっぽい?
感覚が自然と体に馴染んだのか? ボールを投げ続けてたらいつの間にか距離とか強さとか意識しなくても落下地点を調整出来るようになる感じかな。にしても相当習得するの早いけど。めちゃくちゃ天才じゃん俺。
「しかもいつの間にか溜め込んでたエネルギーの残量がめちゃくちゃ増加してる。雷撃を食らった分がそのまま蓄積されてるのかな。これならしばらく斧を振り回せそうだ」
文字通り怪我の功名だな。そりゃ肉体が爆発四散したんだもの、受けるダメージは相当よ。なんなら向こう数ヶ月はニートしてても斧を持ち上げ続けられるくらいエネルギーを充填できた気がする。
「! これだけ力が有り余ってるのなら、めちゃくちゃ脚力を強化して大ジャンプしたら森の全容が分かるのでは!」
脳に電流が走る。……雷撃食らって爆散した俺が言うとギャグになるな。
でも天才的な閃きに自分が恐ろしくなるわ。なんてことだ、自分がこんな発想力を持っていただなんて。良かった〜21世紀に生を受けてて。もっと古い時代に生まれてたら様々なものを発明しすぎて嫉妬で暗殺されていたに違いない!
思い立ったら即行動。斧は……鳥型のモンスターに襲われるかもしれないのでそのまま装備しておこう。
足に魔力と、蓄積したエネルギーを貯めて、貯めて……全身にもそれなりのエネルギーを分配しておく。内臓と骨にも強化を施しておく、肉体にかかるGとか落下時の衝撃とかで中身がミックスされたら堪らんからね。
「い、く、ぞーっ!!!」
しっかりと膝を曲げて勢いをつけて、大地を力強く蹴るっ!!!
ザバンッ!!! と音が鳴り、ぬかるんだ地面から広範囲に向けて飛沫が舞う。
「あっ、地盤が脆いパターン!?」
凡ミス。足場は土じゃなくて沈殿した植物とか動物の死骸とか泥の層だったというパターンでした。ジャンプの威力を殺されて、木の少し上までしか跳び上がれなかった。
ついでに言うと、さっきまで足場にしていた所がまんま沼みたいになってしまった。
うん、頭良いと自画自賛してたけど普通に馬鹿やね。これだけ湿度が高くて地面も柔らかくて水が湧き出してくるような所でさ、ジャンプなんてするかね? 周りを見たらわかるじゃん、どうして気付けない?
「ぶわっ!?」
特に周囲を見渡す事も出来ずそのまま沼に着水する。
「あっ、これやばいっ!? 掴まれる所がない、沈むっ! 誰か助けてぇーっ!!!」
で、自分で足場を破壊するもんだから何処にしがみついてもその場所がたちまち崩壊して沼から抜け出せなくなる。本当に馬鹿なんだろうな、俺って。滑稽すぎるわ。
「このまま沈んだら蘇生ストックも切れて化石になっちまう……うおおおぉぉぉぉ死んでたまるかあああぁぁぁぁ!!!」
斧をオール兼ビート板にしてとにかく沼を泳ぎまくる。疲れたら木の幹やら根っこやら分からん所に斧を刺して休憩だ。とにかくこれ以上命のストックは消費させない、絶対! うおーっ!




