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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第二章『初めて他人を完全なゾンビにしました編』
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『調整』

 殺めた死者を同族に堕とし勢力を増し続ける歩く死体である『屍人(アンデッド)』の軍勢と、死体を取り込み巨大化し続ける伝説上の骸の怪物である『巨骸之王(グレーターアンデッド)』がある日突然としてロドス帝国にて出現。二種類の魔獣は、何らかの意志を持ったかのように人間達の集落や都市を重点的に襲撃し甚大な被害を齎した。


 軍事力に優れた大国が三つも壊滅し、人類は今までの国家間の諍いを一時無かったことにしてこれらの魔獣を討滅しようと結託。


 記録によると、人類最強の剣士と称された男が『巨骸之王』を打ち倒した事でこの災害は終息したとされている。


 後にこの魔獣災害は【死の海嘯】と呼ばれるようになり、人類の歴史における三つの大厄災の一つとして数えられるようになる。それと同時に救世の大英雄、剣聖ローゼフ・シルバーファングの栄光を示す象徴的な出来事としても扱われるようになった。



 だが戦闘が終わった直後の剣聖は酷く憔悴しきっており、その戦闘を最後に表舞台からは退き隠居生活を始めたとされている。


 何故彼は剣を握らなくなったのか。何故彼は俗世との関わりを厭うようになったのか。その理由を知る者は誰も居ない。




 しかしそれらは表向きの噂に過ぎず。実際に『巨骸之王』を斃し『屍体』達を物言わぬ死体に戻した人物は他に存在していた。



「魂の凍結封印はまだ機能してる。じゃあどうして自我が戻ったんだろう? うーん」



 人知れず人類の脅威を討伐した賢聖(けんじょう)ウルという大魔法使いは、寝台に寝かせた少女の腸を暴き心臓の中身を観察しながら呟く。



「きっかけになったのは恐らくボクの道化師端末(ドッペルゲンガー)が一回機能停止しかけた事にある。でもそれは原因ではない。彼が息を吹き返した事で刻印が再起動したのなら、この術式はまだ活きていて彼女の魂を無に閉じ込めている証明にもなる。魂の殻だけ残して中身を虚無で満たした知性体が何故自由意志を持つ? 他者の魂が漂着した? 特定の誰かと同一人物レベルで波長の合う魂を持つ、まだこの世をさ迷い続けている死者が居たなんて偶然は流石に考えられない。脳の半分を取り替えた双子ですら魂の波長が微塵も噛み合わなかった。魂の移植……」



 ウルは、仮死状態にさせている少女の頭髪や瞳の色に着目し考える。



「本来のアレクトラの髪色は赤。でも今のアレクトラの髪は色が薄まって薄い桃色になっている。瞳の方が変化は如実だな。左目は紫色のままだけど、右目の瞳が黒く変色している。血液が凝固してる? 触った感じ角膜の感触も自然だし水晶体が広がる様子もない」



 試しに彼女はメスを取り出し寝台に寝かせている少女の右目に傷をつける。黒目に穴を開けるが、出血の仕方は普通の人間と同じで血の色も赤い。



「やはり魂関係がきな臭いな。変化しているのが頭髪と眼球というのが特に引っかかる。頭髪の変化は魔力性質の変化、眼球の変化は……紫や黄金の瞳になっていない所を見るに神の力が幾らか失われて存在が零落してると見た方がいいかも。子どもの姿になる事でただでさえ力が半減しているのに、さらに半減してるって考えたらもう絞りカスみたいな力しか残っていなさそうだね。という事は当面、ボクの脅威にはならなそうだな」



 ウルは回復魔法を使用し解体した少女を元の形に復元し、同時に睡眠を誘う魔法をかけて強引に少女を昏睡状態に陥らせた。



「他者の魂を肉体に入れる"憑依"なんて呼ばれるものは、意識や記憶が希薄な魂でなければ成立しないから考えにくい。本来のアレクトラと少し前のアレクトラは、本質的には同じような考え方をしていたけど言動所作が大きく異なっていた。本質が同じ、ここに着眼して推論を立てるとしたら……」



 腕を組んだ状態で様々な憶測を立てては論理的に否定するといった思考過程を経て、長く間を置いた後にウルが口を動かした。



「そうだな。アレクトラは十分な魔力さえ蓄えられればどんな状態であれど、肉片の一つすら残さず消滅させられたとしても蘇生できるほどの絶対的な不死の力を持っていた。これは飢えという概念を作り出し、間接的に死という概念をも作り出した存在だからこそ成立する権能でありこの世界のルール。だから基本的に彼女は本当の意味で死ぬことは無くて、人間達に倒された後に心臓を抉り出されて魔力を遮断する匣に封印されていたから蘇生を行えなかっただけ。実はずっと死なずに魂は心臓に残留し続けていた」



 ウルは彼女を回収した現場に繋ぐ転移の術式を一から作り上げながら、ツラツラと言葉を並べ立てていく。



「だとすれば、ボクが後から呼び出した魂は一体誰だったのかという話になる。いや、『蘇生術』の発動が成立してる時点でそれはアレクトラ自身の魂か、或いはアレクトラの意識が干渉できる魂であったと考えるのが自然か。……アレクトラの魂はずっと心臓の中にあった、つまりアレクトラに来世は存在しない。考えられるとしたら、前世の魂とか?」



 人間にはそう多くないが、魔獣の一部は魂の前世の能力を引き出して自らを強化する"異常個体"と呼ばれる存在も居る。その例を思い出し、可能性はあると確信した上で推論を続ける。



「前世の魂なら肉体と波長が合ってもおかしくはない。刻印が解除されたら本来のアレクトラの魂と肉体の操作権限を持つ魂は接続可能な状態になるし、自我を乗っ取ってしまえば本来の自分のように振る舞うことも可能、か。『蝕の女神(エレクトラ)』が『食の女神(アレクトラ)』に誤植されて存在が変質した時のように、悪魔扱いされてまた魂が変質したという線も無くはないけどこっちの方が筋は通ってるかな。となると、今後またアレクトラが自我を取り戻す可能性があるのか。やっぱり少し厄介かも。保険を追加しておかないとね」



 片道行きの転移術式を構築し終えると、ウルは寝台で寝かされている少女の額に指を乗せた。



「前世くんの魂の方からアレクトラの魂に接触されると誤って完全に中身を取り替えられてしまうかもしれない。だからとりあえず戦いの記憶はまるっと忘れさせるとして。精神崩壊されてもつけ込まれる可能性があるから拷問が始まった辺りの記憶も忘れてもらおう。完全に初期化するとこの世界で生きるのも困難になるから、エリザヴェータ陛下と言葉を交わした所までの記憶は残しておいてあげよう。今のアレクトラを失うのは望ましくないからね」



 一つ、また一つ。ウルによって記憶を消去される度に少女は目を見開いて声もなく悶えて涙を流す。十三年分の記憶を失った後、少女は薄目を開けたまま動かなくなった。



「これでおっけ。子供達との記憶や街の触れ合いの記憶を失うのはとても心苦しいけれど、そこら辺の強い思い出が残ってると連鎖的に忘れた記憶も思い出しちゃうからね。許しておくれ! ……あ、でも君が仄かに好意を寄せてた人の遺品はついでに回収しといたから。これが何なのかってのは今の君には分からないだろうけど、良ければ大切に使ってあげてね。それじゃ! 今度は間違っても人類を滅ぼそうとなんてしないでよー! よいっ……あれっ、これ座標ズレて」



 ウルがそう言って少女の身を転移術式陣の上に投げると、少女の肉体は魔力に分解されて長距離を一瞬で移動し生い茂った森の木の上に転送された。


 木の上に落下すると同時に少女は呻き声を上げ、気怠げに伸びをしてからゆっくりと目を覚ます。



「……んぁ? あれ、俺拷問されるとかなんとか。……拷問ってか、追放? んげっ!?」



 周囲の景色と自分の状況を確認し憶測を立てていたら頭上から巨大な戦斧が振ってきて彼女の脳天に直撃した。



「いだっ! ぬがっ!? ごへっ!? どはっ!!?」



 枝に引っかかりながらも戦斧と共に地面に落下した少女はボーッとした顔で空を見上げた。



「幽閉するって話だったのに一晩明けたら知らぬ森の中。近くにあるのは正体不明のバカカッコイイ巨大な斧が一つだけ。ほんで、なんだっけ? 魔力を封じる刻印だっけ? 何が何だかよく分からんけど、追放という形ではあれどとりあえず望みに望んだ自由を得られたわけか。願ったり叶ったり……いや、これからどう生きればいいんだ俺」



 腹の虫が鳴るのに気付き、アレクトラの顔は一気に青ざめた。ここは広大な森の中心、人里からは大きく離れている。



(アレだな、アニメとか結構好きだったから知ってるわ。異世界転生ものだよな。異世界ものと言ったらとりあえず……)


「ステータスオープン!!!!」



 アレクトラは前世で得た知識を駆使して華麗に指を虚空に滑らせながら叫ぶ。しかし何も起こらなかった。



「……ゲーム系の世界観じゃない、と。で、ここは森の中。食料はなし。何の役に立つか分からないでかい斧が一つ。詰んではいるのかな、一応」



 アレクトラはその場に座り込み、両手を自分の顔に当てて深く項垂れる。


 復讐の女神としての責務から解放された代わりに、数多の人類を殺害した暴食の悪魔。

 彼女は自らの罪を忘れ、自らが守ろうとした者達の事すら忘却し、ただの少女アレクトラとして異世界生活を再始動させた。

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