20話『救世の大英雄、剣聖ローゼフに賞賛を』
「ワア! リボンノクマサン! ズット欲シカッタヤツダ! アリガトウッ、オ兄チャンッ! ワア! リボンノクマサン! ズット欲シカッタヤツダ!」
右腕のない少女の死体が、左腕で何かを抱きしめるような仕草を取りながら歩く。
「大陸随一ノ商人ダナンテソンナッ! 仕入先ノ冒険者様ノ手柄デアッテ。私ノ手腕? ソンナソンナ!」
肋骨と臓腑が剥き出しになっている小太りの死体が手を擦り合わせながら歩く。
「クソッ! 死なないのかこいつら!? アンデッドって奴かよ!」
「アンデッドが人の言葉を喋るか! う、うわああぁっ!!!」
頭がない子供の死体が無邪気に人形遊びをするように騎士の四肢をもぐ。
焼かれて小さく纏まった黒い肉の塊が、騎士の上に次々覆い被さって騎士を捕食していく。
「レントオジチャンッ! オ仕事オ疲レ様、アソボ、アソボ! レントオジチャンッ!」
「そんな、ユフィリア……っ。なんでこんなことに……!」
死体の群れと戦闘していた兵士が、数時間前に亡骸を抱いた少女に噛み付かれる。少女はキャッキャと嬉しそうに笑いながら兵士の肉を貪る。
「フフフ。ホラ、今私ノオ腹ヲ蹴ッタ。早ク産マレテキテネ、私ノ赤チャン」
「エリ、カ……やめてく……っ!?
「オギャアアア! オギャアアァァァァッ!!!」
裂けた腹から崩れかけた胎児の死体をぶら下げた妊婦の死体が夫の腹を食い破る。この世に生を受けることが出来なかったはずの胎児の死体は、父親の肉をつまみ歯のない口で咀嚼を始める。
「……やめてくれ」
美しい声色でメロディを奏でる聖歌隊の死体に四肢を拘束されたローゼフが目の前の惨状を見て呟く。彼の傍で歩いていた少女は不思議そうな顔でローゼフに声を掛けた。
「やめてくれ? どうして。みんな楽しそうじゃない」
「これ以上、死者を冒涜するな」
「冒涜なんかしていないよ。わたしは今後の幸せを奪われてしまった可哀想な人達に喜びを与えてあげている。誰一人として悲しんだり、苦しんだりはしていないでしょう?」
少女がそう言うと、下顎から上を欠損している少年の死体が彼女の平たい胸にタッチして逃げていく。少女は「こらー! おませさんめ!」と頬を膨らませて、兵士の捕食に行動を移した死体に怒りの声を上げていた。
「まったくもう、女の子にイタズラするのが一番幸せだったなんて呆れちゃうな!」
「こんなの、あってはならない。死者を甦らせるなど……」
「神の摂理に反してるわけではないからね、死者の蘇生は。それを禁忌にしてるのはあくまで人間達の都合。死と生の境界がなくなったら陰謀や報復が難しい世界になってしまう、ただそれだけ」
「こんなの、異常だ」
「正常なんだよねぇ。死者が歩き回る世界になったとしても、残念ながら星の運用になんの差し支えもない。あなた達がバル様を神の座から引きずり下ろしこの生態系の頂点に君臨したように、死者が生態系の頂点にすげ替わるだけだよ。いわゆる世代交代?」
「……」
「前回は人類の勝利で終わったけど、今回はどうかなー? 人類最強の剣士さんはもう倒しちゃったしなー。今度こそ人類は淘汰されちゃうのかな? まあ淘汰と言っても、死んだらわたし達の仲間になるだけなんだけどね」
今しがた絶命した騎士や兵士が骸の軍勢に加わる。彼らも他の死体と同様、人生で最も幸せを感じた時の記憶を繰り返し再生しながら他の生者に襲いかかっていく。
「何故、このような事をする」
「なんであなた達は戦争をするの?」
「……」
「あなた達人間は自分の私利私欲を叶える為に他者の未来を一方的に奪う事を是としている。それに関しては間違いなく悪だよね」
「……」
「わたしは、他者の野望のせいで未来を奪われてしまった人達に自由を与えているだけ。生者と死者の不公平、不公正を失くしているだけ。これに関しては善じゃない?」
「……善なはず、あるか。死した者を蘇らせたら、生きている者たちはどう感じる。これから命を奪われるかもしれない恐怖に怯えなければならないだろ!」
「それは死者も同じだよ。わたしが蘇らせられるのはまだ魂が残留している人達だけだもん。転生してしまったり、消滅させられた人は残念ながら生き返らない。生者にとっての終わりが死なら、死者にとっての終わりは消滅。条件は全く同じだね」
「……」
「平等に扱った結果、かえって悪影響を及ぼしてしまうのを悪平等って言うんだって? わたしのこれは、悪影響を及ぼされて害された人達にも生者と同じ幸福と悩みを与える事だから、悪平等の反対で善平等って言っても過言じゃないかもしれない。というかむしろ、めちゃくちゃ控えめな言い方をして善平等と言えるのかもね!」
「……狂っている」
「狂ってなかったせいで未来を奪われたのが、わたしが呼び出した彼らなんだよね」
「未来、未来、未来などと! 繰り返しその言葉を口にするが果たしてこれは彼らの望んでいた未来なのか!?」
「望んでいた未来だとも。みんな、色んな事を考えながらもいつも通り明日が来ると信じて疑ってなかったよ?」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!!!!!!」
「……」
「黙れ、黙っていてくれ。お前のような邪悪な存在はこの世界に居てはいけない。お前は、癌だ。世界の癌だ」
ローゼフは死者が人々を蹂躙していく地獄の中心で、この地獄を作り出した女神を強く睨みつけながら呪いの言葉を吐く。
その言い方に思う所があったのか、少女は一度立ちどまりローゼフの前に躍り出る。
「お前は癌だ! うひゃひゃひゃっ、なあにその面白い悪口! 癌? 確かにねぇ、殺す度に仲間が増えるのだから癌細胞そっくりだ! あひゃひゃひゃひゃひゃっ! お前は癌だ、世界の癌だ! ぶくくっ!」
険しい表情を作り、精一杯低い声を出しながら何度も何度もローゼフの声真似をし馬鹿にする。
少女の下手くそな声真似を聞いて周囲の死体達が少女を指さし笑い出す。そんな彼らに少女は頬を膨らまして「わたしを馬鹿にするんじゃなくて! この人を馬鹿にする流れでしょー!?」と文句を言い出した。
「まったく。わたしのおかげでみんなこの世界に戻ってこれたんだぞ! 感謝しろー!」
少女の訴えに「カンシャシテマスヨ!」と言う死体も居れば「ヘイヘイ。ソウナー」と流す死体もいる。
全員一致の答えを持っていない様子を見て更にローゼフの顔が曇る。彼らは自分の意志を持ち、そうしたいと願って生者を襲っている。その証明が成された事で彼らを怪物ではなく、"人"として見てしまったのだ。
吐き気を催すと、その様子を見た白骨化した女性の死体が何も言わずに袋を差し出してきた。ここに吐け、という気配りを行われた事でより人らしく思えてしまい、ローゼフの精神が摩耗する。
「人類抹殺計画の完遂は今日中には無理だから、みんなテキトーな所で各々宿を取って休んでねー! 宿屋さんの死体さんも混じってるよね。あ、どうもこんにちは。あのぉ……お金に関してなんだけど……生きてる人を皆殺しにしたらちょっとした事業を考えてるから、それまでツケにしてもらうことって……」
少女の呼び声に反応し、騎士の兜を齧り啜っていた死体が彼女の元まで歩いてくる。即金を払えないという理由で交渉を持ちかける少女に対し、宿屋の死体は「マア、コンナ人数イタラ即支払イハ難シイワナ」と理解を示してくれていた。
「別ニ、今日ノ分ハタダデイイゾ」
「タダ!? それはダメ! 必ずいつかお支払いするから、ちゃんとお会計付けといて!」
「相当高クナルケドイイノカネ? 嬢チャン支払エルノカ?」
「少しずつでも頑張って返済するよー……」
「……皆、目を覚ましてくれ」
「ん?」
あまりにも人間らしく各々が自由に思い思いの行動を取りながら、物のついでに生者を殺していく。彼らに意思があるのなら、とローゼフは淡い期待を込めながら周囲の死体達に訴えかける。
「目を覚ましてくれ! こんなの間違ってる! 確かに望まぬ死を遂げた者は多い、だが、だが、死した者が蘇り今生きる者達を殺すのは駄目だろう!!? 死は生命の終わりだ! 絶対の終わりでなくてはならない、そうだろ!? 終わったはずなのにその先を、そんな醜い姿で、血肉を啜りながら生きていって何になる!? 幸福になるとでも言うのか!? そんなの幸福でもなんでもない、都合の悪い事から目を逸らして夢を見続けるのはやめにしてくれ!!! 貴方達はもうっ……死んでしまった、過去の人間なんだよ……」
一瞬、時が止まったかのように場が静寂に包まれる。ローゼフの必死の訴えを耳にした死体達は、互いの顔を見合せた後にゲラゲラと笑い声を上げた。
「きゃっははははははははははははははっ!!!! 都合の悪い事ぉ? なにさ都合の悪い事って! 死者の側に都合が悪いなんて事あるわけないじゃん馬鹿じゃないの!!!? きゃははははははっ!!!」
「アンデッドとなり生きる人を襲えば、貴方達は怪物に成り下がってしまう。もう戻れなくなってしまう。そんな事、望んでいないはずだ!」
「何をしなくても蘇った時点であなた達人間からしたら化け物扱いなんでしょう? そんなの今更じゃない、気に留める事でもない」
「心まで怪物に堕ちてしまうって言ってるんだよ!」
「殺人者風情がかっこよく語るなあ? 心が怪物になるって? 人を殺す存在を怪物と呼ぶのなら、あなただってもう立派な怪物じゃない?」
「そうだ。俺は人殺しのひとでなしで、怪物だっ! でも貴方達は違う! 生前に人を殺めたことがない者は、人のまま生涯を終えられた。蘇った後で誰かを殺すのは、生前の自分自身を冒涜する事になる! どうか、頼むから、悪魔の言葉に耳を貸さないでくれ! 魂を売らないでくれ!」
「無駄だよ」
「頼む、どうかこれ以上誰も殺さないでくれ……」
「無駄だって。わたしの権能で蘇った人達だよ? あなたの言葉は彼らには届かない」
「……なら、ばっ!!!」
ローゼフは自らを拘束している死者達の腕を捻り切り、正面にいた少女の腹を蹴る。マトモに蹴りを受けた少女は遠方まで吹き飛ぶ。
思い思いの行動を取っていた死体達が一斉にローゼフの元へと殺到する。
「……奥義、」
剣を持たず、左腕も失ったローゼフは目を閉じ、静かに息を吐きながら残った右手で虚空を握り込む。
彼の手元には何も無い。彼は魔法を使える訳でもない。魔法を使えないのであれば警戒する必要も無い、そう判断した少女は死体達を魔力で操りながらローゼフの退路を断ち歩み寄る。
「ーー無形剣!!」
何も武器を持たない剣聖が、ただ腕を横薙に振るう。追い詰められて気でも狂ったのか、棒振りの意地なのかとそれを傍観していた少女の肉体が不意に何かに打たれる。
周囲の死体達も同様、何かに触れたわけでもないのに勝手に胴体が切断されていく。視界の端から次々に死体達が倒されていって、どう対処したらいいものか分からないまま少女の首も胴体から切り離された。
(今のは何? あのローゼフとかいう男の魔力総量は平均的な大人に比べるとずっと少ない。控えめに言ってゴミ。じゃあ今のは? 魔力攻撃じゃないとしたら、なに? 理屈で説明できる現象じゃなくない? 気合いで斬ったとでも言うのかな? 妄想の剣で? というかこんな隠し玉があるのなら、なんで今までそれをっ)
頭部が地面に落下した瞬間に少女の思考が止まる。そして、地面に落ちた頭部が液状化して代わりに胴体に彼女の頭部が生え変わり蘇生を果たす。
「ガハッ!?」
大量の歩く死体達を葬ったローゼフは、その場に膝をつき吐血しながら地面に手を着く。
ただ腕を振っただけで吐血した彼の症状を目にして、今の現象の推測を立てた少女が彼の元に歩み寄りながら喋る。
「気合いとか剣聖の圧とか、覇気とか? そういう現実じゃ有り得ない概念で斬ったのかとも思ったけど、実際の所はもっと単純か。生命活動を行えなくなるギリギリの所まで魔力を絞り出して、それで剣を形成する技だね」
「ぐあっ!」
少女は冷淡な目でローゼフの頭に足を置き、彼の顔を地面に押し付ける。
「武器を扱う人達は魂の構造が戦士寄りになる。素の身体能力が常人の倍以上に成長出来る代わりに魔力の生成量がかなり減る、だから基本的に魔法は使えない。けど死に物狂いで魔力を集めて、鍛え上げられたその肉体で魔力攻撃を放ったら凄まじい威力を発揮する。そういう捨て身の攻撃だったわけだね」
少女は足を下ろし、その場にしゃがみこんでローゼフの髪を掴みあげる。ローゼフの目に映った彼女の顔は、今までのヘラヘラした様子とは真逆の苛立ちを隠そうともしない表情を浮かべていた。
「それさ、自分の血液や臓物で満たしたバケツを相手の頭に落っことすような攻撃だよ? 意味不明な攻撃。そりゃ威力は出るけど稚拙に過ぎる。なのに奥義だって? 馬鹿にしてんの? ねえ、命をなんだと思ってるわけ」
「命、だと……死者を冒涜するようなお前が、命について説教を垂れる資格などない。お前ほど命を軽視してる者なんて、他に居ないだろうが……!」
「わたしがいつ命を軽視した。人喰いをするのは生きる為だ。死者を呼んだのは彼らの孤独を知っているから。人類を滅ぼそうとしたのは人類に贖罪の機会を与えるため。わたしは死ある者の命を軽視した事なんて一度もない」
「……戯れ言を」
「最初から言っている。お前たちは互いを憎み、殺しすぎなんだ。なぜ同種が殺し合う。お前らは人を殺しても喰うなんて事はしない、だが自然界で行われる殺しの大半は喰うために行われる。それが普通のはずだ。そうでないのなら、何故命まで奪うんだよお前ら人間は」
「……だから、言っているだろう。人間は愚かだ」
「そうだね。無意味な死、無益な死、そんなものが横行するのなんて人間ぐらいだ。だからわたしは彼らを呼び起こした。歩く死者など満足すれば勝手に消える、未練を残したまま殺されたからわたしの声に応じたのだ。そんな彼らの在り方を否定し、あろう事かお前は彼らを殺そうとした。……理解しようとはしないのか」
「理解など、できるか。未練だと? 満足するために人々を殺めようとするのなら、お前らは人間の敵だ」
「そうだよ、わたしは人間からしたら敵。そういう存在が生まれないといつまで経っても互いを傷つけ合うのだろう? 共通の敵が居なければ相互理解できない生き物なんて、なんて愚かし………………はぁ。最悪」
言葉の途中で少女は何かに気付き不愉快そうに顔を歪める。彼女は自分の首筋に指を当て、ガリガリとしきりに指を動かし首の皮膚を掻きむしり始めた。
「……あなたの絶望とか、憎悪とか、とっても美味しいから気に入ってたけど。気が変わった。わたし、あなたのこと嫌い」
「待て、なにをすっ!?」
嫌い。少女はそう言ってローゼフの肩に歯を立てた。
ノコギリのように鋭利な歯は彼の肉を容易く裂き、歯の先端が骨にまで到達する。人や身近な動物に噛まれるのとは比較にならないほどの激痛がローゼフを襲う。
他の人間が相手なら彼女は迷うこと無くそのまま肩を噛みちぎっていた。だが今回はそうせず、あくまでローゼフの血を摂取するだけに留めてオマケとして彼に自分の魔力を分け与えていく。
「やめ、ろ……っ」
魔力に慣れていないにも関わらず無理やり大量の魔力を流されたことで、ローゼフの全身が痛みを訴え始める。特に指と爪の間、歯茎と歯の境界、耳の付け根、脊髄の隙間など他の部位との接合点になる部分に刺すような酷い痛みが現れる。
そのまま過度に魔力を蓄え続ければ彼は高熱に倒れ最悪の場合死に至る。そういった症状を伴う蓄積魔力量に達する直前で少女は魔力供給を中止し、彼の肩から口を離した。
魔力不足で衰弱していたローゼフの肉体に活力が戻り、血色が回復し体温も上昇する。
「……何のつもりだ、貴様」
「痛かったでしょ? でも元気になったようで何より」
「二度に渡って俺に情けをかけるつもりか?」
「何度だって情けをかけるよ」
「……」
「で、あなたはどうするの? あなたの事は見逃すけど、わたしが死なない限り死体の軍勢による人類への攻撃は止まらない。やろうと思えば昼夜関係なく大陸中を歩かせることだって出来る」
「……出来ることなら、その攻撃もやめてくれ」
「出来ないことだからやめない」
「…………す、すまなかった。君の事を悪魔と呼んだこと、謝る。だからっ」
「だからと言ってやめない。犠牲者が増える度に私の軍勢は勢力を増す。この世界にもう安全地帯はない」
「なら俺をころっ」
「と言いたい所だけど、実の所わたしが起きていられるのも残り僅かになっちゃったみたい。だから方法を変えなきゃいけない」
「方法を……?」
「人類に復讐出来ないのなら、あなたの絶望をこれからも長く長〜く味わいたい。かつて愛した人が失われた瞬間から生じた絶望と憎悪、それが今のあなたを突き動かす原動力になっている。だよね?」
「……」
「返事は? 誰の事か分からないのかな。フランチェスカちゃんの事だよ」
「! フレイディスだっ!! 貴様、わざとなのか!? こ、の……っ!?」
疲れ切っていたローゼフだったが、少女の言葉を受けて反射的に彼女の首を絞めようとした。だがその行動は死体達によって阻まれる。
「今度は何をするつもりだ!!!」
ロドス帝国の街並みを尽く破壊し、そのまま帝国の国境を破壊して国外の荒野にまで移動していた死体の軍勢が急に来た道を戻ってローゼフと少女の元へ集まってきた。彼らはある程度の数が集まると互いに身を寄せ合い始めた。
「とりあえずまずはキリシュア王国まで向かいがてら、目にした文明を全部破壊します」
「!? まだ人を殺し足りないと言うのか!!!」
「んーん。これはあなたに対する単なる嫌がらせ。キリシュアが帝国まで攻めてきたのってあなたが戦線復帰したことか原因なんだもん。だから、この戦いで死んだ人もこれから死にゆく人も全部全部あなたが殺したようなもの。現実逃避せずちゃんとそれを真摯に受け取りながら苦しんでねっ!」
少女がそう語る傍ら、死体達は互いの肉を溶解させて人肉のプールがそこら中に出来上がる。彼らは互いに溶け合い、ゼリーのように固まり、しばらくして巨大な肉塊の化け物となってロドスの街に現れた。
「俺の、せい……俺のせいなのか? この光景が、地獄が、おぞましい結末が? 全て俺を発端にして起こった悲劇だと言うのか? 俺、が」
一つの粘土に無数の人の顔や指、舌、歯といったものを生やした怪物が様々な声と言葉を喋りながらローゼフに反応する。
不定形の肉の突起物を生やし、ローゼフの顔の近くまでそれを伸ばして肉の表面にびっしりと目玉を生成し彼を見つめている。気分が悪くなるも、本能的な恐怖からローゼフはその突起物から目を離すことが出来なかった。
『元はと言えば明日の献立を考えてた時に出てきたお前達が踊って夕焼けの殺されたくなんてなかった家を壊された赤ちゃんが生まれるはずだったのにキリシュアの彼女の事をどうしてお前は猫の散歩をしてる最中だったのにお父さん抱っこしたらなんで被害者ヅラをしているの?』
老若男女、様々な声が一様に彼を責めたてる。水を魚が泳ぐように次々と眼球の個数が増え、数百単位の目がローゼフに攻撃的な視線を向ける。
「嫌われちゃったね、剣聖さん。敵味方関係なしに『お前のせいだ』って思われてるよ。可哀想に」
無数の目から責め立てられ、ローゼフの視線は次第に足元へと下がっていった。
今まで他人の目など気にした事がない。だが、今はたまらず人に見られるのが怖い。逃げられない、逃げる資格などない。そんな自己批判の意識が彼の足を硬直させる。
「あともう一つ、あの子が目覚める前にやってみたい事がある」
ローゼフはもはや何も言わない。声を発することが出来ない。そんな彼を肉の怪物が伸ばした触手が包み込み、同じように少女も触手によって持ち上げられる。
後から来た死体達も肉の怪物に同化していき、どんどんその体積が大きくなっていく。建物に匹敵する程度の体躯からいつの間にかロドスの街並みを見下ろすまでに巨大化している。
肉の怪物はぐにぐにと形状を変化させ、無数の足を持つ百足のような造形に変貌する。ローゼフと少女は怪物の内側にある空洞に入れられた。
「……外が何も見えない。なんだ、俺をいじめ抜くんじゃなかったのか」
「いじめ抜くよ? でも、現時点であなたは多分わたしと別れた瞬間に自害するくらい追い詰められてしまっている。今のあなたには死ねない理由が必要だ」
「……死んでもお前の仲間にされるのだろう」
「それだと好ましくない。あなたには永く生きて苦しんでもらいたい。死者より生者の感情の方が美味だからね!」
「……何をする気なんだ」
随分前から震えの止まらない喉で一生懸命言葉を紡ぐと、少女がローゼフのすぐ目の前まで来て彼の服に指をかける。
「あの子が目覚めたらきっとあなたと一緒に居ることは出来ない。それでも、あなたが死のうと思っても死ねなくする方法ならある。勿論、不死身にするとかそんな残酷なやり方じゃなくてね」
残酷な悪魔のような笑顔を浮かべながら、少女はまた下卑た笑い声を上げる。ローゼフにはもう、彼女に逆らおうという気概は残っていなかった。
ロドス帝国が滅んだその日から、世界は地獄と化した。死した者が動き、人を殺す不死身の尖兵となり、破壊と混乱を招く。かつて復讐の女神と呼ばれた少女は数千年の時を経て再び災厄となって人類に牙を向いた。
翌年の冬。巨大な怪物はひとりでに崩壊した。剣聖ローゼフは怪物の腸に居た事から『災厄を討伐した当世最大の英雄』と称され、人々から賞賛を受ける事となる。
その功績が彼を苛む呪いでしかないという事を知る者は、誰一人として存在しなかった。




