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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第一章『不具合による転生重複』
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2話『早速だけど日本に帰りたい』

 此処とは離れた異邦の地、異邦の世界にて。日本という国で生まれ育ち不審者によって刺し殺され生涯を終えた青年の記憶。


 他人の人生全ての記憶という膨大な情報量が一気にアレクトラの脳内に流れ出し、一瞬目覚めかけていた本来の彼女の自我が前世の人物の自我に塗り潰され、書き換えられていく。



「……俺、は…………んんっ? どんどん記憶が蘇ってくる……でもなんで前世の記憶……?」



 歳は二十丁度。これといった趣味はなく大学に通うのも面倒だからという理由でやめてただ漠然とアニメや映画を見ながら自堕落に過ごしていた。



 ーーいや、そんな情報今は要らないや。なんなら今後もいらんね。なんでそんなものを思い出す? 情報処理下手くそか?



 何の取り柄もない。やりたいことも無い。死んでいなければどんな生き方でも構わない。そんな無気力な思いの元、日雇いの仕事だけして生活費を賄い暇を持て余すだけの毎日。



 ーーいやだからいらんて。なんだそのゴミの情報。何の役にも立たない情報ダウンロードするのやめて? しんどいって。



 ある日、親しくしていた女性と共に家に向かっている最中に誰かも分からない不審者に刺され、そのまま死亡。あまりにも突然の出来事だったので○○は死んだ事に気付いていなかった。



 ーーそれはちょっと詳しく知りたいな。誰かも分からない不審者ってなに? 顔くらい見てるだろ、思い出せや。



 そして、彼の魂は自分の生きていた世界とは何もかもが異なっている異世界に流れ着き、そこで輪廻転生を果たし女神となった。



「女神となった、じゃねぇ〜わ。人から神にランクアップする事ある? 現代のキリストではない??? てか女の肉体に男の脳みそガッチャンコしたら色々まずいだろ、トイレとか」



 まあ、自分の裸体もトイレをする時の記憶も自分自身の記憶として頭の中に詰め込まれているので今更気まずく思う事も無いが。


 前世の記憶を全て思い出すと彼女はその場にしゃがみこみ、本来のアレクトラならしなかったであろう"うんこ座り"と呼ばれる品のない座り方をして顎に手を付き考える。



「ん〜む」



 現状を把握するために、規則性なくとっ散らかった記憶の中から"今世の記憶"だけを抜き出し、それを時系列順に並べる事で今自分がどういう立場にあるのか情報を精査する。



「生まれ変わりとかリアルに存在してたのか……てか転生した先でも既に故人なの? 俺の生まれ変わりがアレクトラで、つまり魂は引き継がれてる事になるから蘇生されたら俺の魂が量産されることになって……この思考は要らんな。やめよやめよ。哲学的すぎ、プラトンに喧嘩売るのは流石にヤバそう」



 思考が脱線している事に気付いたアレクトラは一度考えるのをやめてボーッと青空を眺める。


 はえー、昼なのに月と思しきお星様が見える。距離が近いんやろなぁ。100年後にはこの星に体当たりカマしてそうですね、等と眺めた景色の所感を述べた後に再び記憶を並べ始める。



「復讐の女神復活! ってなったのが最初の記憶か。そこからは一辺倒に西洋鎧武者を殺して回ってた記憶しかない。所々記憶がぶつ切りになってるっぽいし。リザレクションカマした以前の記憶が無い以上、アレクトラの人となりがまるで分からんな……」



 今現在彼が思い出せるのはウルによって蘇生されてからの出来事。ロドス帝国の尖兵としてキリシュア王国の騎士を殺し回っていた記憶のみに限られていた。


 この世界の言語は話せるし理解も出来る、国の情勢も何となく分かる。生きていく上で必要最低限の知識はあるからまだ良かったものの、それはそれとして自分の置かれている立場があまりにも不遇すぎてアレクトラはため息をこぼした。



「記憶巡りのつもりがスプラッタ映画を見た気分になっちゃった。グロいなぁ、現実の人間を殺す光景。しかもコイツ、人の事喰ってるし。大体返り血で真っ赤やし血が固まってべとついた感触が……うぇっ」



 平和ボケした世界を生きていた青年の自我が現在のアレクトラを支配している為か、自分がしてきた行いと倫理観のギャップが生まれる。それでも今世の肉体の影響か罪悪感や他人の死に関する感覚は前世の頃より軽薄になっており、それがかえって現代人の感覚として肯定できずアレクトラは憂鬱そうに顔を曇らせた。


 背反した二つの思いに折り合いをつけられないまま視線を上げると、自分が殺めた女剣士の亡骸が目に入った。アレクトラはその亡骸を見つめた後、亡骸に近付き開いたままになっていた瞼に手を添えて瞼を閉じさせた。



「俺が目覚めなきゃこの人の事もパクつこうとしてたんだもんな。他人の尊厳をなんだと思ってるんだか、完全に人間の事飯だと思ってるやん……」



 自分が手をかけた以上、軽々しく謝罪の言葉を死体に投げるのは失礼かもしれないと感じたアレクトラは頭を下げるだけにとどめる。



「とりあえず生きてる味方探しか? ……てか、女神ってなんやねん。神なんだったら超越存在であれよ。なに人間に良いように利用されてんだか」



 現状知り得る今世の自分(アレクトラ)の情報にツッコミを入れ、侘しさを味わった後にコホンと咳払いをし独り言を再開する。



「前世の都合で行動指針とか変えるのは、それはそれでこのロリ女神が可哀想よな。アレクトラらしく振る舞うのが最善か。でもなー……」



 アレクトラらしく振舞おう、そう決めはしたが復活してからのアレクトラは意志なき傀儡に過ぎない。らしくすると言うのであれば同じく意思なき兵器のフリをする必要があるのだが、自我を殺して生きるなど今の彼女には無理な話であった。


 人格を得てしまった以上、どうしても言われた事に対する好き嫌いは発生してしまう。何より彼はしたくもない事をさせられるのが嫌だから自堕落な生活を送っていたという背景がある。人の言いなりになって戦闘を行うなど最も不向きな行為に違いなかった。



「とはいえ他に帰る場所もないし。異世界に来たからと言ってサバイバルを楽しんだり異文化交流をしたいとも思わないし。一先ず帰りの足を探さないとな……」



 彼女は周囲を見渡し生きている味方が居ないか確認する。


 どこもかしこも磔にされた騎士の死骸か血を流し倒れている軍人の死骸しかない。見事なまでの全滅状態。普段ならこの場に味方が居て、彼らの操縦する馬車に乗って帝国へ帰るのだが生き残りがいない場合はどうしたらいいのか。



「はあ。人類みんなトマトジュースになった時のシンジくんもこんな気分だったんやろなぁ」



 考えるのがめんどくさくなった彼女は一服をしようとポケットに手を差し込む動作をし、タバコなんてこの肉体になってから1度も吸ってない事を思い出し地蔵じみた顔になる。



「ごはっ!」


「? 今のは……げっ。つよつよ剣士じゃん」



 苦しむ男の声が彼女の耳に届き、声の方に向かうと虫の息になったローゼフが倒れているのがアレクトラの視界に入った。


 同時に、瀕死の重傷を負ったローゼフの目にもアレクトラが映り彼は強く歯を食いしばる。


 フレイディスを、仲間達を殺めた怒りによって殺意が込み上げるも、今の彼にはアレクトラを殺せない。四肢が動かせない彼はそれでも敵意をむき出しにしつつアレクトラに牽制の圧をかける。


 アレクトラは少し考えた後、動けないローゼフの元まで歩み寄り膝を着いた。



「死ぬような攻撃は食らわせてなかったと思うんですけど。なんか、死にかけじゃないすか?」


「っ!? 貴様……!」



 能天気なアレクトラの様子に怒りが噴き出し気合いで指を動かし腕を持ち上げる。息も絶え絶えになりながら自身の髪を掴むローゼフを見て、アレクトラは自分の言葉が無神経だった事に気付き頭を下げた。



「ごめんなさい。今のは流石に配慮に欠けてた。えっと……熱っ!?」



 謝りながらも、髪を引っ張られるのは痛いので手を離させようとローゼフの指にそっと己を指を添えたアレクトラがその体温に驚く。ローゼフの身体は毒に侵された影響で免疫器官が狂い高熱を発していた。


 全身から汗を出し、青ざめた肌色になったローゼフを見て異変にようやく気付いたアレクトラが彼の額に手を乗せる。その後、離れた場所に嘔吐した跡があるのを目撃しようやく毒に侵されていると気付いた彼女はローゼフの身体をまさぐり始めた。



「何をする……っ!」


「俺は毒技なんか持ってないし、考えられるとしたらあんたが過去に毒の攻撃を受けてて、それを俺の魔法で再現されて苦しんでるって線だろ。頑張って解毒できないか考えるから動かないで」


「何を、言って」


「分からんかぁ? 単純明快な説明口調だったと自負しておりますが???」


「は? ……何故、お前が俺を助けようとする。その理由を聞いているんだ!」


「え。理由……? ないけど、別に」


「なに……?」


「いや『なに……?』の言い方かっこよ。アニメやん」


「貴様は、理由もなしに俺、を……敵を、直前まで殺し合っていた相手を助けようと、しているのか……?」


「そうでしょ」


「……何を企んでいる」


「面接官? 質問してばっかじゃん。いいでしょ別に敵を助けても。いるやん、戦争中なのに敵兵を助ける軍人さんとか。それと同じノリじゃないのこれ」


「ふざけるなっ!!!」



 当然大声を出した事でアレクトラが身をびくつかせる。死にかけであるにも関わらず怒号を発したせいで血の混じった咳を出すローゼフを見て呆れながらも、アレクトラは彼の言葉の続きを待つ。



「お前は何人の人間を殺めた!? 数百の命を散らせたお前が、気まぐれに敵兵を助けるなど」


「戦争なんてそんなもんなのでは……?」


「ただ殺すだけに飽き足らず、無残にその死肉を喰らい、尊厳を奪った! お前に喰い荒らされた者達の、手足がもげ残飯のように地面に転がった惨状を見て何も思わなかったのか!?」


「……」



 言い返しようのない糾弾を受けてアレクトラは押し黙る。

 確かに、戦争中とはいえ嬉々として食人行為を行うのはあまりにも人道に反していたし彼女自身、以前の自分に対して『なんでそんな事をするん……?』という思いが無いわけでもなかった。


 しかし、肉体の記憶も獲得している彼女はその謎めいた行動に対する解を既に得ている。


 簡潔にそれを述べるとすれば、ただ単に"腹が減ったから喰った"の一言に尽きる。それ以外の理由は特にない。本当にただ人類を『美味い食料』と認識していて、それ故にちょっとした事で飢えを覚える彼女は何の疑問を持つ事もなくただ腹が満たされるまで食事を行っていたに過ぎないのだ。


 そんな答えを言えばローゼフの逆鱗に触れる。というかそもそもそのような、著しく道徳心に欠けた答えなど言いたくなくてアレクトラは無言に徹する他なかった。



「貴様のそれは、同胞に対する冒涜だ! たった一人救った程度で善人を気取れるとでも思っているのか!? 貴様は、人の皮を被った悪魔に過ぎない!!!」


「悪魔て」


「悪魔だろうが!! 感情なく人を殺し、殺した上にその肉を喰らう外道が!! 俺にしたように、生かしたまま終わりのない苦痛に苛ませた者もいたよな!? それを見て貴様はっ、悦に浸っていただろう!!? 鬼畜め、恥を知らんのかロドス帝国の人間は!!!」


「それは流石に主語がでかいぃ……」



 自分一人の行動を国単位で語られた事に引きつつ、アレクトラはローゼフが着用していた鎧を外し衣服を脱がせて全身をくまなく確かめる。


 嫌だなぁ、こんな思いをするなら近づかなければよかった。そんな事を思いながらも、もう既に手をつけてしまったからここで放置する気にもなれず彼女は毒が入り込んだ傷口を探す。



「ん」



 背中に蛇の噛み跡のようなものと、変色した皮膚を見つける。アレクトラは彼をうつ伏せに寝かせ、腕を組み考える。この毒をどうにかする方法を。



「ふむ……」



 一番最初に思い至ったのは自分の近くにいる時だけ相手を不死化出来る能力。しかしこれは候補に出来ない。魔力残量的に発動できないし、彼女から離れると死体に戻ってしまうという時点で使う意味が無い。



「うーん……他者を癒す能力とか持ってないのか。加護とか与えられるタイプの女神ではないんだな俺……」


「俺は、貴様を決して許さない……何年経ってでも、必ず貴様をっ」


「耳栓欲しい……仕方ない。荒療治になるが」



 アレクトラは肉が変色している箇所にそっと歯を立てる。ノコギリ状の鋭い歯は効率的にローゼフの皮膚を裂き、少しの力で肉の奥深くまで歯が沈み込む。



「ぐあっ!? あぁ、がっ!?」


「……っ」



 肉に歯を突き立て、ローゼフの肉体を巡り始めていた毒を魔力と共に吸い上げる。そして彼を苦しめていた毒を一箇所に集めると、汚染されたローゼフの肉を噛みちぎることで彼の肉体から毒を排出させる。


 肉を噛みちぎられるローゼフは痛みに苦しみ悶えるも、これは必要な事だから仕方ないと自己の行いを正当しつつアレクトラは食いちぎった肉を咀嚼しそのまま飲み込んだ。


 毒を物理的に取り除いた後、アレクトラは自分の着ていた服を千切りローゼフの傷跡に当てて強く縛り付けた。止血までされた事でいよいよ意味が分からなくなったローゼフは、アレクトラに向けて言葉を投げる。



「……なぜ、なぜだ。その優しさを何故、他の者達に向けてやれなかった」


「何故と言われても……」


「俺と何が違った。答えろよ悪魔! 俺とお前は敵同士、そうだろ!?敵に施しを与えるようなお前が、何故! 他の者達を……フレイディスを殺めた!!!」


「……っ、し、知るかよ」



 あまりの気迫に狼狽したアレクトラが歯切れ悪く答えると、ローゼフの目が冷たく、鋭くなる。



「……貴様がどういう考えを持って俺を助けたのかは知らんが、俺は必ずお前を殺す。どれだけ時間が経とうと、俺の命にかえてでも! 必ず、殺してやる……!!」


「……そうですか」



 自分の行ってきた所業を考えれば、殺意を抱かれるほどに憎まれるのも仕方ないとアレクトラ自身そう思っている。


 毛頭殺されたくはないが、それを言った所で相手の意志は変わらない。故に彼女は、これ以上憎しみが増さないような言葉を一言だけ発してこの場から早々に逃げ出そうと考え、口を開いた。



「じゃあ、まあ、戦争中に会える機会があれば。その時はぶっ殺すんで……それでいいでしょ」



 そう言い切るとローゼフの返答を待たずに立ち上がり岩の影まで歩き、ローゼフの目がなくなった瞬間にアレクトラは全力疾走でその場から離れた。


 長距離移動に使える足はなし。移動手段は己の足のみ。荒野からロドス帝国までは馬車で数日かかり、食料も水もなし。


 国に帰った所で戦争はまだ終わっておらず、自分を殺すと宣言した人類最強の剣士まで存在する。


 今置かれている状況を再確認した後、アレクトラは天を仰ぎ嘆く。



「異世界転生ってこんなメンタル削れるものなん……? 今からでもセーブデータ消して1からやり直したいんだけど……」

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