18話『誰かがずっとノックしている』
「なんだこの娘は……? 今なにをした?」
「馬鹿者っ、迂闊に近付くな!!」
ゾロゾロ集まってきた騎士の一人が声を上げる。だが残念、警告するのが遅かったな。俺はすぐ近くに立っていた騎士を斧刃の根元で捕まえ腕をへし折り抵抗できないように首根っこを掴んでいる。
「動くな。動いたらこのまま首を握り潰す」
「……剣聖様、あの少女は一体なんです? あんな斧を振り回すような怪力、どう考えても普通じゃない。魔法使いかなにかなのでしょうか」
「悪魔だ。アレが噂の暴食の悪魔、人喰いの化け物だよ」
「あれが……」
「ではその腕は奴が?」
「そうだ。全員気を引き締めろ! 奴は面妖な術を使う、警戒を怠るなよ!!」
「状況が分からねえのかアホ。人の事バブちゃんみたいなあだ名で呼びやがって。全員動くな、仲間を殺されたくなかったらその場で武器を捨てろ」
捕まえた騎士の首を絞めあげ苦しむ顔を見せつける。
「今度は人質を利用するか。不意打ち、騙し討ち、人喰いに他人の苦痛を愉しむ邪悪さ。……心から軽蔑するぞ」
「なんで武器を持ったまま喋る。家に遊びに来てくれる友達とかいなかったクチか? 喋りたいなら空気を読めよ」
「な!? がっ、あがぁ……っ!?」
更に強く絞めると騎士が激しくもがき始めた。でもこれだけじゃ刺激が足りないのかな。仕方ない。眼球を一つ抉っておこう。
「ぎっ!? ぎゃあああぁぁっ!!?」
「見ろ、お前らが言う事を聞かないからコイツの目ん玉が説教する為に飛び出してきちゃったぞ。人の視力を半分奪った責任をどう取るつもりなんだお前らは」
「コイツッ!!」
「待て! これ以上刺激をするな、見た目に騙されたが奴は本当にあの悪魔らしい。子供の姿は我々を騙す為の偽りの姿なのだろう」
え。偽りの姿ではないんだけども。てかあんなに毎日戦場を駆け回ってたのにローゼフ以外誰の記憶にも残ってないなんてことある? 十三年の間に世代交代でもしたんかな。
「まだ武器を持ってる奴がいるなあ。可哀想に、お仲間はお前の視力が無くなるのを望んでいるらしいぞ」
「ぎぐぅううっ!!?」
「そうだよな、憎いよな。仲間だと思ってた相手にまさか裏切られるだなんて。悔しいよな」
「や、やめろ!!!」
「指示に従わなかった罰だ。まあ流石に両目を抉るのは可哀想だからやめてもいいけど、そこを譲歩するなら代案が必要だよな。よしお前ら、剣聖を殺せ」
「なにっ!?」
「何を言っているのだ貴様は! 馬鹿げたことを」
「お前らの意思でコイツの両目を失わせるか、大切な仲間を助けるために外様の剣聖を殺すか。選べ。待つのに飽きたら気まぐれに目ん玉を抉るから早めに選んだ方がいいぞ」
そう言いながらズブッと騎士の耳の穴に人差し指を突っ込んで中身をグリグリ動かす。騎士は残った目玉をギョロギョロ動かしながら苦しむ。……酷い事をしてる自覚はあるけど、相手の戦意をまとめて喪失させたいから非道な行いも致し方なしだ。
未熟そうな騎士は狼狽え、腕の立ちそうな騎士は剣を強く握りしめたまま俺を睨みつける。
数人はローゼフの方に目を向けるが、変わらずこちらを睨み続ける奴もいる。攻撃出来る隙を狙っているんだろうな。
「馬鹿な事考えるなよ。見ろ、俺は今コイツの頭蓋骨の内側に指をひっかけてる。攻撃してもいいけどその場合勝手にコイツも死ぬからな」
「ぐっ……!」
「俺は首が落ちても死なない。つまり俺に攻撃をするってのは仲間を殺す事と同義なわけ。外道になりたくなけりゃ俺の言う事を聞け」
「……ローゼフ、さんを」
「馬鹿な事を考えるな! 剣聖殿の力を失うにはいかん!」
「し、しかしこのままでは彼が! 仲間を見捨てると言うのですか!?」
「……殺されるわけではない。せっかく捕らえた人質を自ら殺すなどという愚は奴も犯さぬだろう」
……殺すつもりは確かにないけどさ。そんな堂々と見捨てるとか口にするもんかね。でも効果はてきめんだ、目に見えて騎士達の戦意が下がってる。
どう不意打ちしてやろう、手に魔力纏わせて騎士達の足にタッチしまくるか。
「……騙されるな、お前ら。奴はどうせ人質も殺す気だぞ」
「あ? おい剣聖、てめぇ動いたらっ」
「下衆が」
急に攻撃されたっ!? 気付いた時にはローゼフは俺のすぐ目の前にいた。全く見えなかった、後ろには下がれない!
「かふっ!?」
既にローゼフの剣は振るわれていた。人質に取った騎士ごと俺の首が断ち切られている。二人分の頭の落下音が鳴った後、俺だけ蘇生される。
「なんでお前っ、味方ごとっ……!?」
蘇生と同時に思い切り左に飛ぶが既に胴体が切断されていた。分かたれた上半身から内臓がこぼれて腸が長縄のように広がっていく。
「あぐぅっ!? 痛っ……!」
「腹を開いた程度では死なないだろう。そういうものだ」
「がはっ!? あ゛あぁぁぁっ!?」
ローゼフが零れた内臓を足で踏み潰す。今まで感じたことがない不可思議な激痛が襲い、俺はさっきまで腹があった筈の場所を手で仰ぐ。
「ロ、ローゼフ殿!」
「大人一人埋めれる程度の穴を掘れ。その穴を油で満たし、コイツを沈めて炎の魔法で燃やし続けろ。コイツは不死だが完全な不死身ではない、魔力が尽きれば死ぬ筈だ!!!」
油!? 冗談じゃねえ何を考えてやがるんだコイツは! 鬼畜か!? 零れた人の内臓踏みつけるから鬼畜ではあるな! 頭おかしいのはロドス帝国の連中だけじゃなかったか〜!
「こ、の……ッ!!」
ただでさえ空腹で魔力も減ってるのに戦ってばかりで魔力残量が底を尽きかけている。こんな状況で自己蘇生なんて乱発したくないけど、生きたまま素揚げにされるのは御免だ。自分の舌を噛みきっ……いやだめだ! こんな所で生き返ったとしてもすぐに捕まっちまう。
胴体の断面に手を突っ込んで自分の心臓を抉り出し思い切り遠くにぶん投げる。抜け殻になった俺の胴体が溶解して赤い液体となり、投げ放った心臓を中心に肉体が再構成される。
全身を再生させ、背の高い建物の壁面をぶん殴り穴を開けてしがみつく。流石にあのローゼフでもこんな所までは追ってこれないだろう。
「魔力が溜まるまでどっかに隠れておきたいけど、そうしたら奴らはロドスの生き残りを探すんだろうな。どうしよう、武器も手元にないし一旦は手詰まりか」
この建物はなんの建物だ? レンガ造りのでっかい円柱にしか見えないが。食糧さえあれば魔力の回復が望める、今掴まってる壁に頭突きでもして中を散策してみるか。
「…………ッ!? は? 嘘っ」
建物の壁面に両足を着けて中に侵入しようとしたら背後から肩を撃ち抜かれる。これは水の魔法か!?
弓も届かないほど距離が開いているのになんで当てられるんだよ! クソッ、肩を貫通された勢いで壁面から手を離しちまった!
頭の方から地面に落下していく。下には先程の騎士が殺到していた、俺を狙撃したと思しき魔法使いもいて次の魔法を装填して俺に狙いを定めている。
「ッ! あーもう! 鬱陶しい!!!」
淀れ、と詠唱を口にし両手に魔力を纏わせて水魔法の弾丸を受け止めながらも頭を揺らして被弾したフリをする。
建物の壁面を手で触れ、建物を構成する素粒子の運動を完全停止させる。互いを引き寄せ合う力とかそういうのも丸々停止させる事で指をかすめるだけでも破壊できる状態にし、壁面をガリガリと破壊しながら落下する。
「来るぞ!」
「弓兵隊、構え!」
俺を目視した騎士達が矢を放ってくる。骨を盾にして飛んでくる矢を凌ぎ、落ちてくる俺に向かって剣を振るう大男の攻撃を手で受け止める。
「なんだこのガキ、剣を受け止めやがった!?」
驚いてる大男の上にそのまま落下し男は肩が外れて俺は背骨がボキボキに折れる。蘇生し、全身から骨を出して向かってくる騎士達を刺し貫く。
「骨を自在に操るのか!?」
「弓は効かない、魔法攻撃も効果は薄いな。延びてきた骨は剣で受け止めろ!」
「痛っ!? なんだこれ、皮膚を持っていかれる!?」
「素手で触るな! 布を使うか剣で押し抜け! 対魔力装備を持つ者は率先して前に出ろ! 奴の攻撃は全て魔力が伴っている!!」
上官っぽい騎士が指示を出すと他の騎士とは似つかない装備品を持った騎士達が集まってきた。対魔力装備がどうとか言っていたな、もしかしなくても俺の天敵か。
でもみんな目の前に夢中すぎるな。雨のせいで環境音が聴こえていないのかな。
「ん? ……はっ!? そ、総員! 攻撃辞め! 逃げろ!!!」
いち早く異変に気付いた上官さんが叫び動揺が広がる。そんな風に急に言われてもみんな即座には反応できないだろ。
「ぼーっとするな!! 塔が倒れてくる!! 逃げろっ!!!」
「に、逃げるってどこへ逃げるというのですか!? この距離だともうっ」
「くっ!? き、貴様ぁぁああああああああっ!!!」
上官さんが俺の方を向いて凄まじい雄叫びをあげる。今更剣を抜いても俺の元へは届かないよ。もう塔は全員のすぐ頭の上まで落ちてきてる。
「ぎゃははっ。ぶっ潰れろ!」
親指を下に向けた直後、俺の頭にも塔の壁が迫り肉体が押し潰される。
瓦礫に肉が押し潰されて弾け飛んだ心臓から肉体を再構成する。……短時間でリザレクションしすぎたな、もう残り数回しか蘇生ストックが残ってない。
結構な数の騎士は下敷きにできたが流石に全員ではないだろう。ローゼフの姿も見当たらなかった。戦う事を考えたら魔力を少しでも回復しておかないと。
魔力回復、身近な食糧。……人の肉?
いやいやいや。確かにこの肉体に関しては人肉食が一番魔力の吸収効率が高いけど、人の肉を喰らうってのは倫理的にどうなんだ? 散々人喰いって罵られてきたし、この世界でも当然禁忌の行為だよな……。
「……うぇ」
近くで倒れてる騎士の腕を持ち上げて指四本を噛みちぎる。……ぐぇ〜、何故か美味しく感じるのが逆に気持ち悪い。
でも想定以上に魔力を回復できた。指四本で残機一個増えるなんてコスパの良い身体だな。人の血肉を啜って得た魔力ってのが引っかかるが。
「はぁ。……結局、人を殺しちまった」
倒壊した塔から離れて呟く。下敷きになって死んだ騎士にも家族や愛する人、友人は居る。俺が人質に取った人間もそうだ。
人の命がゴミのように散っていく。敵を倒したからって何も嬉しくない、こんなの虚しいだけだ。戦争なんて無くなってしまえばいい、付き合わされる人達が馬鹿みたいじゃないか。
……そんな事言えるのは、俺が戦争を知らない平和ボケした人間だからなんだろうな。皆必死に戦ってる、敵や周りの人間の事にうつつを抜かす余裕なんてない。だからまあ、仕方ないと言えば仕方ないんだろう。
知らね〜。他人の都合とか綺麗事とか関係ね〜。戦争も人殺しもきっしょいからみんな辞めるべきだね、普通に。
戦いを放棄したことで影響が出る後先のことなんか関係ないわ。みんなにっこり笑顔で手を繋ぐべき。そうあれよ、人類。
「あれだな。異世界に来てからの目標が初めて出来たわ。世界征服しよう。ほんで、世界中の国家を統一して争いを全面禁止する法でも作ろう。いいなそれ、ユートピアじゃん」
実現のムズさが難易度カンストしてる点には目を瞑り、これ以上ないくらい理想的な世界だなソレ。最悪国民全員一旦俺が殺しといて、全員を不死身にしちゃえば争う意味もなくなるしね。俺に謀反を起こして殺せば自動的に皆も死ぬし、最悪の事態もカバー出来る。まるで穴が無いなこの野望。
やば、今のアイデア本気で天才じゃん? 道徳的にアウトすぎる点とシンプルに暗君でしかない点に目を瞑れば世紀の大天才だわ。
目指すか、世界征服。絶対俺の側って勇者に討伐されるポジションだけど。来る勇者に語り聞かせる為に今からでも辛い過去話を考えておこう。
「……アホらし。せっかく現実逃避の妄想してんのにまったく楽しくないわ」
路地をどれだけ歩いても人っ子一人いないから妄想に耽っていたが、この期に及んで馬鹿さ加減が振り切った妄想に自嘲の笑みしかこぼれなかった。
「くだらない事を考えてないで、次の行動を考えろ。次は……」
ローゼフがあの場にいなかったことを考えると、傷の少ない騎士を戦場に残して手負いの騎士は撤退したって考えるのが自然か。
俺の脅威になり得るのは正直ローゼフしか居ない。奴が撤退したのなら戦闘に割く魔力に意識を向けずに戦う事が出来る。
戦う事が先決か? いや、地下の事が気がかりだな。ダゴナはちゃんと回復できているかを確認するのが優先事項だな。彼の存在は避難民の安全を著しく左右する。
修道院へ向かおう。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あれ?」
荒れた路地を走っていたら視界に入った自分の腕に違和感を覚えた。
封魔の刻印が薄くなっている。黒いインクのようなものが透けてほぼ肌色と同化している。なんだこれ? さっきまで機能してたのに。
「……あっ」
雨が止んだ。ラッキー、雨が降ってると霧がかかって敵の姿とか周囲の状況とか分かりにくくなるからな。雨雲が引いて月の光が地上を照らしている。
「やはり生きていたな。暴食の悪魔!」
「は?」
欠けた月を見上げていたら前から声がして、そちらを見る前に俺の視界が後方へ移動していた。
景色がぐるりと回って地面が近づく。地面に落下した後も景色がぐるぐる回っている、頭を落とされたらしい。視界が真っ赤に染まり、一瞬の間が空いた後に視界が先程見ていた景色に巻き戻った。
「えっ……」
目の前にはローゼフが居た。しかし彼の事は今はどうでもいい。俺の目の焦点は彼の後方にあった。
「ダゴ、ナ……?」
ダゴナが地面に突っ伏して倒れている。その周囲には数人の騎士がいて、ダゴナの腹部からは血が流れていた。
ダゴナのすぐ近くに居た騎士の剣は血で濡れていた。血溜まりの軌跡でわかる、ダゴナはあの騎士に刺された。だから腕の刻印が薄れていたんだ。ダゴナの命が消えそうだから。
「なんで、こんな場所っ」
また景色が反転する。首を切り落とされた体が地面に膝を着く。
「まだ生き返れるのか。いい加減しつこいぞアンデッド。……あぁ、だからお前は人を喰らうのか」
「……」
「東のバラム砂海周辺の地域で、人喰いのアンデッドが出没するという話を聞いたことがある。屍喰鬼と言ったか。なるほど、悪魔の正体はただの魔物だったという事だな」
「……なんで」
「なぜ俯く。戦いの最中だろうが。……まさかお前、絶望したのか?」
「……」
「人を喰うお前が、人ではないお前が戦士の死を見て絶望するのか? それは彼への侮辱に当たるぞ。彼は魔法使いでありながら剣士である俺達に果敢に立ち向かった。お前以上に命を燃やしていた。その彼をお前が、お前のような怪物が憐憫を抱くな。戦士の在り方に感情を挟み込むな」
「……」
「人間はお前と違い、殺されたら死ぬのだ。だから誰もが命懸けで戦っている。お前とは違う! ……そんなお前が抱く絶望など、人間が抱くどの感情よりも薄っぺらい。立て、化け物。絶望したというのなら、憎悪を抱いたというのなら! その足で立って俺に立ち向かえ!!!」
「……」
「……何故言い返さない。敵にこんな事を言われて、情けないとは思わないのか。さっきまでの威勢はどうした!!!」
「……」
何も言い返さないでいたらまた首を切り落とされた。……魔力が少なくなってきて再生が遅延する。今までよりずっと遅く再生したというのに、ローゼフは俺の事を叩き斬らずに再生し切るのを待っていた。
「……あの魔法使いに懐いていたのか? 腑抜けになったな、化け物」
「……」
「復讐を誓った相手と、こんな風に決着が着くとは。失望したぞ。……と言った所で、お前は何も言い返さないのだろうがな」
最早憎しみの念すらなく、ただただ憐れむような声音でそう言ったローゼフが腕を振り上げる。
多分、もうそろそろ自己蘇生できなくなる。この一撃は何としても回避しなきゃいけないんだろうな。直感で分かる。
けど俺は体を動かさず、そのままローゼフに頭を叩き斬られた。最期の死に方が兜割りかよって呆れにも近い感情を抱いていたら少し後に頭だけ浮遊感を覚える。首も斬るのか、相当鬱憤が溜まっていたんだな。
俺が死んでも、多分骨のドームは残ったままだ。でもこの人数が殺到したらいずれ壊されるかもしれない。やっぱり全員殺されるんだな。
……良い事なんて何一つ無かったけど、結構長い事この世界で生きてきたな。十三年か。十三年も生きてりゃ、まあ、何も楽しくなかったとしてもそれなりの達成感はあるか。
「……仇は取ったぞ。フレイディス」
静かに女の名を呟くローゼフの姿が視界の端に映る。……好きだったのかな、フレイディスって人の事。好きだったんだろうな。
彼の復讐譚はこれで無事完結したって事か。よかったね、ローゼフ。
そのままどうか……どうか、二度と誰も愛せず、独りで退屈な人生を生きて、独りで寂しく死んでくれ。それだけが俺の願いだよ、クソ野郎。




