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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第一章『不具合による転生重複』
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16話『意趣返し』

「まだですかねぇー? まだ傷の治療に時間はかかりそうですかぁ? もう結構経ってますけど」



 死に瀕している女性の命をなんとか救おうと思い立って数十分経過した。


 回復系の魔法を使って傷や体調を回復できるのは魔法定義的な意味で死んでいない肉体(魂がまだ宿っている肉体?)に限られるとの事。脳死していようが心臓が潰れていようが、魔力の熱が失われていない限りは回復の余地があるとダゴナは語っていた。


 よく分からないのでそこら辺は聞き流したが、とにかく肉体から魂が抜け出さないようにする必要があると。で、魂への干渉とかいう意味分からない事が出来る俺にこの女性の魂を掴ませ、半死半生状態を維持させることで延命して回復魔法でチクチク体をいじくってるって事らしい。


 戦争の兵器、赤ちゃん製造マシーンに続いて、今度は延命装置ですよ。便利に使われてるなー俺って。



「まだかかりそう?」


「うるさいぞ! 胸が貫通していて心臓が破裂してるのだぞ、時間を要するのは当然であろう!? 出血した分、造血する必要もある。集中力を乱させるな!」


「すぐキレるじゃん……」


「貴様とてウェインやこの少女が悲しむ顔は見たくないだろう。ならば黙って儂の言う事に従っておれば良いのだ」


「それはそうだけど」



 ウェインが不安げに俺を見つめてくる。くっそー、弱音吐けないじゃんこれじゃ。辛いんだって、他人の魂を直で握りしめるの!


 魂ってイメージ的には冷たそうな印象抱いてたけど、実際はそれと真反対でめちゃくちゃ熱いんだもんな。MAXまで温まりきったカイロをずっと握りしめてるみたいなもんですよ。手のひらもうアッチアチよ? 流石にちょっと手ぇ緩めたくなるじゃんか。


 あれかなぁ。魔力って魂から造られてるエネルギーなんだよって聞いたから、炉心的なやつに手を突っ込んでるって事になるのかな。だとしたら馬鹿じゃんね。絶対触っちゃダメでしょそんなの。



「……くっ」


「えっ。急に『くっ』とか言わないで? 不穏じゃない? 雲行き怪しいの"く"じゃない? それ」


「結界の維持と戦闘に魔力を費やしすぎた。儂の魔力では、これ以上は……」



 雲行き怪したかったー。暗雲だわ。曇天すぎてるなその呟きは。


 多量の汗を流しながら苦しげにダゴナが呟く。息は絶え絶えで杖を持つ指先が小刻みに震えている。


 魔力が空っぽになると死ぬんだっけ、この世界の人。魔力が底を尽きそうになると魔力欠乏症まりょくけつぼうしょうって症状に陥って、健康体であっても発熱してどんどん苦しくなっていくんだよね。今まさにダゴナがそれを発症してしまってる。



「ふむ…………うーむ……」



 ここでダゴナに倒れられるわけにはいかない。わざわざコイツがそんな弱音を口に出したってことは、俺からの魔力供給を求めてるって事でもあるだろうしな。


 嫌だなぁ。嫌すぎる。でも、今回に限っては仕方ないな。


 誠に遺憾だが、俺の魔力を分けてあげよう。とは言っても俺も俺で魂を鷲掴みするのに結構なリソースを食うから、あんまり多くの魔力はあげられないけどね。



「ダゴナ。魔力、どこにぶち込んでやったらいい?」


「……右腕に頼む。魔法の効果を途切れさせる訳にはいかんのでな。お主から貰った魔力をそのまま回復魔法に流用させてもらう」


「はいよ」



 右腕ね。位置調整位置調整、ダゴナに体をぶつけて右腕に顔を近づける。



「……? 何をしているのだおぬ……ッ!?」



 杖を持つダゴナの右手の甲をベロンと舐めて舌越しに魔力をぶち込んでやったら、急にダゴナが俺の肩に肩をぶつけてきやがった。



「いってぇ!? 何すんだよてめぇ!」


「貴様が何をしておるのだ!? な、なぜ儂の腕を舐めた!? 味見か!?」


「なわけなくない!? 魔力を分けてやったんだよ、それ以外の発想浮かぶかなぁ今の流れで!?」



 俺の唾液は生物の肉を乾涸びさせちゃう副次効果を持つ為ダゴナの手の甲に着いた唾液を拭ってやる。そしたらまた肩をぶつけられた。なんでやねん。



「なんなのだ貴様は!? なぜ儂の腕を舐める必要があった! 味見でないならあれか、痴女か!?」


「ドタマかち割られたいんか!? 普通に分けてやっただけだろ、なんで変態扱いされなきゃなんねーんだ!」


「舐める必要がどこにある!?」


「舐めて魔力を分け与えるんだろ!? 以前のアレクトラがそうしてたからその方法に則っただけだわ!」


「舐めんでも手で触れれば魔力など容易に渡せるだろうが!」


「渡せねぇよ!」


「おかしいだろうそれは!? お主、魔法を素手で扱ってるとでも言うつもりか!?」


「素手だが!? このおててで魔力ぶっ込んで物体停止させたりしてるが!? だから手を媒介させたらあんたの腕もカッチンコッチンに機能停止しちゃうの! 死柄木弔スタイルなの!」


「手のひら全体を触媒にしているのか!? 魔法を扱う者として三流以下だぞそれは!」


「知るかぁ! そもそも魔法使いを名乗った覚えなんかねーし! ……これ、普通の方法じゃないのか……」


「普通の方法であるわけが無いだろう。腰を抜かすかと思うたわ!」



 そんなの知らなかったわ。異常行動だと知らずにウェインの事ベロベロ舐めちゃったよ。ド変態じゃん俺。死のうかなもう、死ねないけど。



「今度から人に魔力分ける時は足で踏んづけるようにするわ」


「それはそれでどうなのだ……よし。とりあえず傷はこれで塞がったぞ」


「! ほんとうですかっ!」


「へぶっ!?」



 杖の光が消えると同時にダゴナが治療終了の合図をする。その言葉を聞いた瞬間ウェインが勢いよく顔を上げ、彼を膝枕していた俺の顎にウェインの石頭がヒットした。



「ごめんなさいおかあさま!?」


「うーん。大丈夫〜」



 天井を仰いだまま返事する。痛かった〜。踏んだり蹴ったりじゃん。涙出てきたわ。



「フィリアのおかあさまはっ、もう大丈夫なのですか? ダゴナおじ様!」


「あぁ。少々手こずったがもう何も問題ない。少し休めばじきに起き上がるだろう」


「ロットにも指ペロカマしちゃったし……もう、なんなん俺……キモすぎじゃん普通に……」


「お、おかあさま?」


「放っておけウェイン。お主が将来魔法を扱える様になったら、決してアレクトラの真似はするでないぞ。度し難い変態として忌み嫌われてもおかしくはないのだからな」


「言い方もう少し考えられる? ちょっと心痛いかもな、今の言い方」


「人前で肌を曝け出すわ、舐め出すわ、服を入手してきたはいいが下着をつけておらぬわで。どこからどう考えても変態でしかないだろうお主は」


「絶対お前が今後食う飯とか飲み物とかに痰吐きかけてやるからな。まじで」


「性格最悪だなお主」


「うるせぇ! っとと!?」



 ボソッと悪態をついてくるダゴナにカチンと来て今度こそ顔面に唾でも吐いてやろうとしたらダゴナがこっちに倒れ込んできた。慌てて彼を支えてやる。


 ……酷い熱だ。呼吸もやはり荒い。悪態をつけるだけ元気なんだと思っていたけど、しんどさを気取られないように去勢を張ってたようだ。



「そんな体になってまで張り合おうとしてんじゃねーよボケ」


「はぁ……ふぅ……まさか受け止められるとは思っていなかったぞ」


「こっちに倒れてきたからだろうが。ったく。魔法に利用してる部位以外は基本的にどこを使っても魔力を供給できるんだよな?」


「……そういう訳ではない。魔力を流すのに適した部位というものがある」


「どこだよそれ」


「手のひら、心臓付近の皮膚、つま先、それとこれは絶対に使ってほしくはないが、舌や唇といった箇所だな」


「よし。踏んづけてやろう」


「ふざけるな」


「……じゃあ消去法で、心臓付近の皮膚しか余ってないんだが? お前に抱きつけって言うのかよ」


「…………案ずるな。この程度の症状、休めばそのうち回復する。そこらの床に寝かせておけばよい」



 アホかコイツ。今がどんな状況だか分かってんのか? 敵に攻め入られてるんだぞ。病人を床に放置するって、そんなん見殺しにしてるのと同じじゃないか。



「文句言うなよ。言ったら殺すぞ」



 ちゃんと前置きをして、薄目を開けている老害魔術師の顔面を胸に押し付けてやる。まったく、忌々しい気分だわマジで。



「……かたじけない」


「武士か。黙って魔力吸い上げてろ」



 とりあえず呼吸が正常に戻るまでその姿勢のままでいると、少ししてダゴナの汗が引き彼の体温も下がっていった。



「楽になったかよ」


「あぁ。……女神直々に施しを受けるとは。儂の人生も捨てたものでは無かったな」


「えっ。きもっ。ウェイン、間違ってもこんな激キショ発言するような大人になっちゃダメだぞ?」


「おかあさまは女神様なのですよね! すごいです!」


「なにがぁ……? すごいと言われるような事はしてないんだけどな……?」



 まったくもって的はずれな話題に着眼し目を輝かせるウェインに疑問符が浮かぶ。先程別れる前も謎にカッコつけてたし、この子は意外と天然なのかもしれない。勇敢なのは間違いないけど考えなしに行動するおバカさんな所もあるしなぁ。



「すぐに動けそうか?」


「末端の痺れが取れぬうちは動けん。が、魔法を行使する分には問題ない」


「そっか。ほんじゃ、ウェインとこの親子を避難民の所に連れていったらあんたおぶって迎撃再開だな」


「市民達を守れと言っているだろう。何故そう戦いたがるのだお主は」


「戦いたがってはねーよ。攻撃が最大の防御って言うだろ」


「戦いたがってるではないか、戦闘狂め。まったく、言っても聞か……っ、アレクトラ!」


「うわぉっ!? な、なんだよ!?」



 急に大声出すからビクってしちゃった。なんだコイツ、疲労困憊なんじゃないのか?



「お、おどろきました……」


「だよなぁ。今のはビビるよな。おいコラ老害魔術師、てめぇ何ウチの子脅してんだ。抜歯するぞコラ」


「ロットの身が危険だ!」


「あ?」



 ロットの身が危険? どういう意味だ、ロットと別行動してるじゃん俺ら。なんでそんな事わかるんだ? ……あ、魔力反応とやらを感知してるのか。



「危険ってのはどういう事だ」


「上でロットの魔力が大量に消耗されてる反応を感知した。奴は魔法は使えない、ともすればこれは……」


「……ウェイン、そのじいちゃんの事見ていてくれ」


「待てアレクトラ!」


「待たねえわ。待つわけねーだろカス。人の名前叫んどいて戦うなとかほざくんじゃねーぞ」


「そ、そうではない! 一度戻ってこい!」


「喋んな、回復に専念しろ。ウェイン、その人達の事お願いね」


「お、おかあさま」



 その場を離れてロットの元へ向こうとしたらウェインがまた不安そうな声で俺の名を呼んだ。

 ダゴナめ、余計な態度しやがるせいでウェインが不安な気持ちになっちゃっただろ。出鼻くじきやがって、コイツの鼻も折ってやろうかな。


 時間がない。とりあえずしゃがんでウェインと目を合わせつつ、今できる精一杯の笑い顔を作って頭を撫でてやる。



「大丈夫だから。お前のお母様はこの国で一番強い女神様なんだぜ? ロットおじちゃんも連れてすぐ戻ってくるから、それまで俺の代わりにこの人らを守ってやってくれ。お前なら出来るだろ? ウェイン」


「……」


「なーんで泣きそうな顔をするよ。俺に似てギザギザガチャ歯なんだから、口を萎ますよりかは歯茎剥き出しで不気味に笑ってた方が似合うぜ? ほら、口の端っこ吊り上げて〜」


「んいーっ!?」


「ぶっ! ぎゃははははっ!! 思った以上に凶悪な顔になっちゃった! まっ、何事もなく戻ってくるから安心しろ」



 最後にウェインの頭をポンポンと優しく叩きその場を後にする。


 ロットの身が危険、か。別に、アイツを特別視してるわけでもないから焦りを感じる必要性もないのだが。なんか勝手に足が動く、なんで俺はこんなに必死になってアイツの元に辿り着きたいって思っているんだろう。


 ……あー。そういえばなんか約束したんだっけな。戦争が終わったらまた駄弁ろうぜ〜みたいな感じの。友達ではあるんだもんな、そりゃ心配にもなるか。


 長い通路を走っていたら所々に倒れている騎士の姿があった。ロットがやったのだろう、アイツって噂に違わず強いんだな。


 あ、そういえばダゴナ達に避難民を骨のドームに隔離してるってこと伝えてなかった。注意事項も伝え忘れてたな。


 やっべ、何も知らずに骨に触って手の皮擦りむいちゃったりしないだろうか。

 ……まあ、擦りむいたとしてもそんなゴリゴリに大怪我を負うってことも無いだろうし、回復魔法を使えるダゴナがいるしな。後々ド説教を受けることは確定しているが、あっちはあっちで上手いこと何とかやってくれるだろう。



 あれこれ考えているうちに地下施設の出口が見えてきた。うわっ、階段に騎士の死体が積み重なってる。

 めんどくさいなぁ、そのまま踏んづけていくのは心が痛むが今は緊急事態だ。そんな事気にしてる余裕はない。



「ロット!」



 階段を上がり、修道院の隠し扉を出てロットの名前を呼ぶ。返事はない、代わりに穴の空いた天井から落ちる雨の音だけが空間に響いた。



「なんで天井に穴なんか空いてんだよ……」



 布一枚しか着てないから濡れると肌に張り付いてたまったもんじゃない。雨避けになる物とか落ちてないかな。……お、誂えたかのように傘が落ちてる。ラッキー。


 傘をさして修道院の外に出る。結界が破られた跡と、無数の足跡。それから人の死体。ここに来る以前と大体は同じ光景だが、数名余分に騎士の死体が転がっていた。それに修道院自体にも戦闘でついたであろう傷がいくつも残っている。


 でもロットの姿はない。ダゴナの魔力感知の精度って、同じ地下領域にいるウェインの反応をかろうじて拾える程度だったからそんなに遠くには行ってない筈だよな? 地下ですれ違った? でもそれらしい物音とかは聞こえなかったし……。



「ロットー? おーい。ロッ…………ト……」



 探していたロットの姿を見つけると、俺はさしていた傘をその場に落としてしまった。


 地面に倒れているロットの元へ駆け寄る。彼は輝きを失くした瞳で、ただ呆然と空を眺めていた。


 瞬きをしない。胸や肩を動かさない。指一つ動かす事なく空を眺めるロットの首元に触れる。


 彼の肉体からは完全に体温が消えていた。魔力の熱もない。



「……」


「誰かと思えば。ようやく見つけたぞ、悪魔!!!」



 ロットの顔を覗き込んでいたら第三者の声がした。


 顔を上げると、そこには鎧も兜も身につけず無傷のまま血の付着した剣を持つ黒い髪の剣士の姿があった。


 その剣士の顔には見覚えがある。



「……剣聖、ローゼフ・シルバーファング」


「何? なぜお前が俺の名を……まあいい。久しぶりだな。お前の首を狩りに来たぞ、暴食の悪魔よ」

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果たして、当たった。 ロットは復活できるの?
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