15話『かじかむ指先』
「く、来るなぁ! ぐぎぃっ!? あああぁぁがああぁぁっ!!」
全身に骨装甲を纏って騎士の集団に突進した後、お残しした騎士を追っかけ回してようやく背中に追いつきその両足を刺し貫く。
「ぐ、くそっ! なんで足が動かないんだよぉ!!」
「おのれ、殺すなら殺せぇ!!」
「コイツ、あの暴食の悪魔って呼ばれてた少女じゃないのか!? 嫌だよ、俺食われたくないよぉ……!」
うーん、阿鼻叫喚。避難民を追いかけ回してるのを見たからついノリで結界をぶち壊して全員標本状態にしたが各々の悲鳴が延々と鳴り響いてて気が滅入りそうになる。
まあ、『異状骨子』で生成した骨で刺されたらそりゃ叫びたくもなるわなぁ。刺した部位周辺の機能が停止するし、無理に引き抜こうとしても手の皮と貫かれてる体組織がベリベリに削られるだけだし。精神的苦痛と物理的な苦痛のダブルパンチで錯乱しちゃうのも分かるっちゃ分かるよ。
でも、非戦闘員を狙うのは流石に違うじゃんね。幸い俺の目の前で非業の死を遂げた人は今の所いないからまだいいけどさ。他の兵士に見つかってたら即殺もんですよ、こんな蛮行。
「何故トドメを刺さんのだ貴様は。そんなに人の苦痛を見るのが愉しいのか?」
「なわけ。考え無しに殺すより半殺しにして情報聞き出す方が賢いでしょうが」
途中で合流したダゴナが茶々を入れてくるのでご丁寧にこちらの意図を説明してやる。すると彼は呆れたような目を向けてきた。
「情報を聞き出せるような状態の奴が一人でもおったか? 全員痛みに泣き叫んでおるぞ」
「後からでも骨を引き抜いて治療してやれば何人かからは聞き出せるだろ」
「なら数人は殺しても構わぬのではないか」
「こわぁ。この国の連中はこれだから恐ろしいわ。何でもかんでもエグい発想に繋げやがる。俺を犯してる連中にもイカれた奴いたしなー」
「あぁ。そういえばまだ妊娠してもないのに腹がパンパンに膨れておった時があったな。掃除が大変だったぞ、汚いし」
「なあ。俺相手だからっていうのを込みで考えてもそういう発言はどうなんだ? 引くぞ。だから独身なんだよ」
「妻子持ちだと言っておろうが!!」
「妻子持ちらしい発言をしてくれよ。てかあんたの娘って絶対俺よか見た目年上だよね。娘より年齢低そうな容姿の相手と話してるって自覚を持って口動かしてくれよ」
「童女扱いしてほしいのかしてほしくないのかハッキリせい。妖怪年増め」
「ボコられたいの?」
サラッと罵倒カマしてんじゃねえよクソジジイ。まったく、なんでよりにもよってコイツと二人で地下を捜索しなきゃならないんだか。
「ほんで? まだ追えてんの? ウェインの魔力反応とやら」
「追えておるはずだが、動き回るせいで通信が不安定だ。地下に居るのも相まってな」
「そんなスマホの電波みたいな。不安だな〜、あんたを肩車したら通信安定しそうか?」
「貴様如きの身長じゃ全く足しにもならんだろうが」
「俺もあんたも身長ゴブリン族だもんな。敵さんと遭遇する度鼻で笑われるわけだ」
「儂まで括るな。猫背なだけだ、もう歳だからな」
「なんにせよ、こんなトロトロ歩いてたらいつまで経ってもウェインの元に辿り着けないぜ。両方足が短いしあんたに関してはすぐ息上がるし。気合い出して走ろうや、じいちゃん」
「無茶言うな。老人は労るものなのだぞ」
「宮廷魔術師がうんたらかんたらって地位を鼻にかけてる癖に、肝心の時に役に立たないんだよな〜」
「ここで一戦交えたいのか?」
「辞めとけよ。0秒であの世行きだぜあんた」
お決まりの火花を散らしつつ、周囲の警戒を怠らずに薄暗い地下通路を歩く。
なんだかなぁ、避難民がいた時は皆が互いを元気づけようと支え合ってたから意識しなかったけど、やっぱ地下ってだけで湿っぽい気分になるわ。木の板で小綺麗に見た目だけ整えられてはいるけど、その下は普通に土だからなんかジメジメするし土臭いし。
「ふーむ。一つ妙案を思いついたぞおじいちゃん」
「おじいちゃんなどと呼ぶな。鳥肌が立つわ」
「じゃあクソジジイ。ナイスなアイデアを思いついた、こっち来いや」
「は?」
思い至った策を実行しようとダゴナの腕を掴み引き寄せる。急にそんな行動を取ったせいか完全に油断していたダゴナが足をもつれさせ転びかける、既のところでキャッチだ。……ナイスキャッチだけど、なんでこの人俺の臀部を鷲掴みしてんだ。
「おーいセクハラジジイ。何てめぇ人の尻触ってんだ、噛みつかれたいのか?」
「貴様が急に引っ張るからだろうが! 何のつもりだ、離せ!」
「おんぶしてやるから抵抗すんな」
「おんぶだと!? 血迷ったか貴様!」
「なんで??? 自分の足で歩くの辛いんだろ? そんなら俺があんたを担いで運べば済む話じゃねえか」
「……なるほど。そういう事か、にしても先に意図を説明せんか馬鹿者が」
「一々ビビりすぎなんだよ。本当にちんこ付いてんのかあんた」
「やはり子供達の将来の為にも貴様の口を縫い止めておいたほうがいいな」
悪態をつきつつ渋々といった感じでダゴナが俺の背に乗る。……思ったより重いな、このじいさん。それになんか背中がチクチクして痛いんだけど。
「なあ。一応確認するんだが、あんた俺に向けて杖突きつけてないよね? 今」
「突きつけてなどおらんよ」
「なんか背中がチクついてて痛いんだけど」
「魔術具が当たっているだけであろう」
「ほーん。それ、1回外してってくんない?」
「阿呆か。どこに魔術具を持たぬ魔術師がいるというのだ」
「なんで背中に激痛マッサージ機取り付けたまんま駆けずり回らないといけないんだよ。不快極まりないんだが」
「丁度良いではないか。長い事拘束されていたのだ、体のコリがほぐれるぞ」
「求めてねぇよ。マジで痛いから少し上体を反らしてくれ。てか幼女にしがみついてんじゃねえよセクハラジジイ」
「貴様が出した提案であろうが」
それはそうなんだけど誰も体を密着させろとは言ってないんだよ気持ち悪いな。まあ体を反らせると腰が痛くなるからって理由で仕方なくしがみついてるのは分かるけどさ。
「なんというか、逆ではないか? 色々と」
ダゴナをおんぶしテッテコテッテコ走っていたら後ろから声を掛けられた。逆ってなに、何の話してんのこの人。
「手持ち無沙汰で雑談したくなったかー? 舌噛むぞー」
「貴様と雑談などしたいわけなかろうが」
「なら黙ってなさいよ」
「いや、流石にこれには一言物申すぞ」
「物申す系か、よっぽど不満が溜まってるんだな」
「は?」
「何に劣等感を感じてるのかは分からんけど、あんま他人の事とか気にしない方がいいと思うぜ。隣の芝生は青いってやつだよ」
「何の話をしてるのだ貴様は」
「文句言える程度には恵まれてんだから、今の自分に見合ったささやかな幸福を享受しなって話」
「どんな流れでそんな話になったのだ。儂が言いたいのは、童女である貴様が儂をおぶっているという現状がおかしいだろうと言う話であってな」
「確かに。じいちゃんばあちゃんにおぶられてるガキって構図が一般的だもんな。そう考えたらちょっとおもろくはあるか」
「他人に見られたら変に思われるぞ」
「引かれるのはあんただけだろ。何の問題も無いな」
「大ありだわたわけ!」
「この状況でそんな些細な事気にすんなよ。多少恥ずかしいからってなんだってんだ。今後あんたが『年端のいかない少女を乗り物にしてこき使っていた』って噂が立つってだけじゃねえの。何の影響もないじゃん」
「悪影響でしかないでは無いか!? 儂の評判が底をつくわ!」
「ぎゃははっ。あんためちゃくちゃここの人らに慕われてたもんな。鬼畜調教師の側面が割れたらどうなるのか見物だね」
「ある事ない事吹聴するでないぞ。……本当に頼むぞ、アレクトラ」
「必死か」
顔を出すだけで人集りが出来るほどの人望があるんだから、別に俺が何を吹聴したところでこの人への印象が変わる事もないと思うがな。そんなに他人からの見え方って気になるものなのかね〜。
「つぅか、吹聴するなって言ってるけどさ。この戦いが片付いて帝国側が平和になったらどうせ俺はまた牢獄に逆戻りだろ? 気にする必要もなくねぇ?」
「はあ? ……なんだそれは。貴様、牢獄生活が気に入ったのか?」
「気に入るかぁ。相当マゾ拗らせてないとあんなん耐えられねぇよ」
「ならば何故、投獄される事を受け入れたかのように話す」
「受け入れてもねぇわ。ごめんだけど捕まえに来たらめっちゃ抵抗するよ。それはそれとして、スタンス的にどの道口封じに近い状態になるんだから吹聴云々とかどうでもよくねぇかっていう意見なんだが」
「そうか。……確かに、そうかもしれん。どの道貴様がロドスの民と交流する前に我々は貴様を捕らえようとするだろう。要らぬ心配であったな」
なんじゃそりゃ。変な話の締めくくり方。まあ、黙ってくれるのならなんでもいいや、舌を噛ませないように気を使って走らずに済むし。よーし、速度を上げるぞ。
「……だがもし、我々がお主に自由を与えたとして」
「いきなり喋んなや。まじで舌噛むぞ」
「舌など噛まんわ。もし、貴様に自由を与えたとして。その後はどうするつもりなのだ?」
「その後って?」
「この戦いが片付きロドスに平和が訪れるとすれば、ロドスは長年の宿願を達成しこれ以上無益な戦を仕掛けない国へと変貌するだろう。既に四人も子供を産んでいるのだ、貴様の役割ももう果たされたと言っても過言ではない。とするならば、貴様は今後どう生きていくつもりなのだ」
「ムズ。今後の展望を語れって言ってる?」
「目的もなしに我らに力を貸すというのがそもそも意味不明なのだ。ロドスの民に情が湧いたわけでもなく、確固たる目的もない。怪しさしかないであろうが」
「だーかーら。腹痛めて産んだ可愛い可愛いガキどもが危険に巻き込まれないように手を貸してやってるんだって言ってるだろ」
「戦う必要がなかろう。子供達を連れて逃げ出すことは今の貴様でもできるはずだ。何故それをせんかったのだ?」
知らね〜。んなもん考えてもなかった。
単に流れでこういう行動を取ってるってのが一番的確な理由なんだが、そこにわざわざ意味を持たせないと信用出来ないって話なのな。どんだけ警戒心強いんだよこの人、もはや人間不信だろ。
「じゃあそれらしい理由を答えるとしたら、そうだな。俺にとってはクソムカつく国である事は間違いないけど、子供達からしたらここが生まれの故郷だしアイツらの父親はこの国の人間だ。子供第一に考えるのなら、故郷を守ってあげようってスタンスに舵を切ったとして不自然じゃないだろ」
「お主自身は何をしたいとかそういった願望は無いのか?」
「ないねぇ。運良く人権が与えられたとしたら、そうさな……うーん。なんだろ、お花屋さんとかやってみたいかもな」
「花屋? 花が好きなのか?」
「別に」
「じゃあ何故花屋なのだ」
「花屋のお姉さんって概念、良くない? 花屋の肩書きがあるだけで勝手に綺麗なイメージが付随するじゃん」
「お主を見てお姉さんという印象を持つ者は一人たりともおらぬと思うぞ」
「うるせぇなあ本当に。分かんねーだろ、もしかしたらあと数年したら体が急成長してナイスバディな爆美女になるかもしれないじゃん」
「想像つかんなぁ」
「夢くらい語らせろ。子供の姿はもう飽き飽きなんだよ」
「ふっ、そうか。それで、いつしか本当に愛する夫と結婚し子供達と共に幸せな生活を送ると」
「ゾッとするような事を言わないでくれよ。結婚なんかするわけねぇだろ」
「む? せんのか? お主ぐらいの少女であれば誰もが結婚に夢を抱くと思っていたのだが」
「少女じゃねえ。まずはそこから間違ってる。あと、俺はあいにく女としての精神性は持ち合わせていない。見た目はこんなんだけど、中身は男みたいなもんだから」
「ふむ……難儀な性格なのだな」
難しそうにダゴナが呟く。なんで声に僅かながらの哀れみを混ぜ込むんだ。意味分からん、そんな深刻な事情を孕んでる訳でもないんだから同情すんな。気持ち悪い。
「万に一つも有り得ぬ話だが。もし奇跡が起こりお主にロドス市民としての人権が与えられるようなことがあれば、その時は店に尋ねてやってもよいかもな」
「なんでだよ。冷やかし客には相応の対応させてもらうからな。全然客でもボコれるからな、俺」
「冷やかしなどせんわ。殺しと食人しか能のない乱暴なお主が、花の世話などという繊細さが求められる仕事を全うできるのか見させてもらうだけだ」
「冷やかしじゃねえか。棘ついてる薔薇の茎だけ束にしてプレゼントしてやるよ」
「良いのか? 儂は存外顔が広いぞ? された事をそのまま伝えればお主の店はたちまち不景気に追いやられる事になるが」
「うぜぇ〜。そうなったらあんたん所にカチコ「待て、アレクトラ」……? どうした?」
ダゴナが俺に静止の声をかける。一度立ち止まり彼をその場に下ろすと、ダゴナは袖から杖を出して俺に耳打ちをしてきた。
「これより先の角を曲がった所にウェインの魔力反応がある。同時に、複数名の魔力反応も感知した。どうやらウェインは敵兵に囲まれておるようだ」
「!」
飛び出そうとする俺の腕をダゴナが掴む。
「んだよ! 敵に囲まれてピンチなんだろ?」
「双方距離が空いている、そして敵の集団と思しき魔力反応はウェインの元へと一直線に進んでいる訳では無い。恐らくあの子は物陰に隠れていて、騎士に追われている訳ではないのだろう」
「見つかるのも時間の問題だろうよ」
「考え無しに飛び込むでない馬鹿者が。敵の数は10人以上、貴様とて楽に勝てる数ではなかろう?」
「今まで何人ぶっ殺してきたと思ってんだよ」
「周囲の状況を考えろ。貴様が戦ってきたのは開けた地上戦が主で、障害物の多い閉鎖空間での戦闘経験は少ないのではないか?」
「……まあ、それは確かにそうだが」
「好き勝手暴れればこの空間そのものが崩壊しかねん。そうなればウェイン諸共犠牲になる可能性もある。ここは儂に任せよ」
そう言ってダゴナが俺の前を歩き、壁に手を置き目を瞑り呟く。
「……土塊よ、茨と化せ」
手を伝ってダゴナの魔力が木板の下の土に浸透する。何が起きたのか覗き見てみると、騎士の集団を囲う柵のように壁が変形しているのが見えた。騎士達は柵を破壊したがっているが、下手に剣を振り回せば味方を傷つけてしまう為に剣は振るえない。
「砂粒よ、原始の姿を思い出せ」
ふむ。よくわかんないけど、ダゴナが新たな詠唱を加えると騎士達を囲っていた柵が若干縮小し黒く光沢のある硬そうな見た目に変化した。
ツブツブの砂を圧縮して固めた感じなのかな? 他人の魔法は何が起きてるのかよくわからんね。
「敵の魔法か!? くっ、こんなもの!」
力自慢を自負してそうな一際大きな体格の騎士が柵を掴む。硬そうとは言っても所詮はほっそい土の棒の集まりだ。騎士の力に押されてボロボロと柵が崩れ始める。
「かつて在りし静寂の骸よ。その身を焦がした熱を起こせ」
「んっ? なんだこれ、は……ッ!?」
「ああぁぁっ!!? 熱っ! 熱い!!?」
「全員中央に集まれ! 柵に触れるな、指が焼き切れるぞ!!」
「駄目です! この柵、どんどん収縮してきてっ!? ぐああぁぁぁっ!!!?」
おーおー。黒かった土の柵がオレンジ色に発光したかと思えば中に居た騎士達が熱い熱いと悲鳴を上げ始めたわ。どんどん柵が小さくなってくし。
なんかアレみたい、バイオの映画で特殊部隊の人達が切断されまくってた青いレーザー兵器。あれのオレンジ色バージョンみたい。オレンジ色の線に接触した騎士達の体が鎧ごとサクサクッと細切れになっちゃった。
騎士達を肉塊にした線は最終的に真っ黒い石ころになり、コロンっと金属みたいな音を立てて地面に落下した。
「わぁ……サイコロステーキがいっぱい……」
「こうすれば被害が最小限に済む」
「そうだねぇ……今の、絶対に俺に使わないでね。怖すぎるから」
「ふむ。今の魔法が怖いか。良いことを知れたな」
「ねえ。冗談抜きでガチでやめてね。ちゃんと泣きわめくって、今みたいな殺され方したら」
「態度次第だな。さて……ウェイン? そこに居るのだろう、出てきておいで」
細切れになった騎士達の横を通り抜け、隆起した壁の向こう側にダゴナが声を掛ける。少し間が空いてから壁越しからブロンドの髪が現れ、ゆっくりとウェインの紫色の瞳がこちらに焦点を合わせてきた。
「ダゴナおじ様……あっ、おかあさまっ!」
「?」
俺と目が合った瞬間にウェインが慌てて顔を隠した。なんだなんだ? かくれんぼのつもりかな。
「お母様の言いつけを破って勝手にこんな所まで来た悪い子はどこかなぁ〜」
「ひうっ!?」
「感じるぞ、感じるぞ。悪い子の波動を感じるぞ。ここだなぁ!!」
「わああぁぁ!」
ウェインが隠れている所まで忍び寄り、見えた金髪を思い切りガシッと鷲掴みする。俺に頭を掴まれたウェインは怒られると思ったのか自分の頭を両手で抑えて「ごめんなさい〜!」と喚いている。可愛いね〜。
「理由を聞こうか少年よ。どうして俺の言いつけを守らず勝手な行動を取ったのかな〜?」
「そ、それは……あの、えっと」
「怖いねぇ、ぐずりそうだねぇ。安心しろ〜、お母様は世界一優しいからね。舐めた口きいてもゲンコツで許してあげれるぞ〜」
「ひぃ!?」
「あまり子供を脅すでないわ、馬鹿者」
「いてっ」
叱ってる立場なのに何故か俺がダゴナからゲンコツされちゃった。うーん理不尽。
「ほんで? 真面目な話なんでこんな所まで来たの。危ないだろ? 悪者に見つかって首チョッキンされたらどうするのさ。死んじゃうぞ?」
「……」
「……?」
脅かすのをやめて真剣に話を聞こうとしゃがんで目線を合わせてみるも、ウェインは俯いたまま何も口にはしなかった。
ふーむ、このくらい歳の子に"死"とか言っても意味は伝わらないか。もうちょっと噛み砕いた言い方何かあるかな。
「む? アレクトラ」
「なんだよ。もっかい殴ったら流石に殴り返すからな」
「奥を見ろ」
「奥?」
目線を上げて篝火のない部屋の隅に目を凝らす。ふむぅ……?
「……ダゴナ。俺意外と目が悪いっぽい、なんも見えないや」
「ロクな加護も持たん上に夜目も効かんとは。逆に何ならできるのだお前は」
「てめぇを縊り殺すくらいわけないがァ? なんなら今から実践してやろうか? お?」
「退け」
「いてっ。今わざと足当てただろ!」
「おかあさま、顔怖いです……」
ぐぬぬぬぬ。ウェインに怖がられるのは本意ではないので怒りを押し殺す。本当いけ好かないわこのジジイ〜……!
「これはひどい。胸を刺し貫かれておる」
「あん? 何の話……」
俺を無視して独り言を始めたダゴナの後ろを着いて行くと、彼は杖の先端を光らせて何がそこにあるのかを教えてくれた。
そこには、胸から血を流し倒れている女性の姿があった。
「騎士にやられた避難民か……その子は、この人の娘さんなのかな」
女性の隣に横たわるようにして寝息を立てている少女に目が行く。少女の頬には泣き腫らした跡が残っていた。
「フィリアちゃん、です」
「フィリアちゃん。ウェインの友だち?」
「……さっき知り合って。おかあさまを探したいって……それで」
「ん? 俺?」
「たわけ。自分の母親の事を指しているに決まっておるだろうが」
「黙れバーカすっこんでろ。……そっか、お母さんと途中ではぐれちゃったのか。それで、この子のお母さん探しをウェインが手伝ってあげてたんだな」
「はい……ごめんなさい、おかあさま。言いつけを破ってしまって」
「いや。全然納得出来る理由だからいい、ウェインは悪くないよ。それはそれとして危険な事してるぞっていうお説教はするけど」
説教はするけど、それでも危険を冒してまで誰かに寄り添おうとしたその精神性は親として誇らしい。俺にはとても真似出来ないからな。
でも、勇気を出して結界の外に出た行動の結末がこれだなんて不憫すぎる。子供には絶対見てほしくない、あまりにも酷な現実だ。
「ぼく、は……っ、泣いてるフィリアに何も言ってあげれませんでした……っ、一緒にいてあげるって、言ったのに……っ」
ウェインの頭に手を乗せると彼は堰を切ったように涙を流し嗚咽混じりにそう打ち明けた。
悔しそうに拳を握るウェインを抱き寄せ背中を撫でる。ウェインの気持ちは分かる、俺だってこんな状況に出くわしたらきっと何を言えばいいのか分からず立ち尽くしてしまうだろうから。
悔しいし、悲しいし、無力な自分を呪ってしまいそうになる。彼女を手にかけた相手よりも自分の方が許せなくなるよな。傷付いてる他人に手を差し伸べられない自分の弱さが憎くて、なんで自分には何も出来なかったんだって責めちゃうんだよな。
「微弱だが、まだ熱はある。諦めるのは早いぞ」
女性の傷口に手をかざしていたダゴナが、わざわざ俺の目を見てそう伝えてきた。
「生きてるのか?」
「いいや、生きておるとも言えん。彼女はじきに死に至る。だが、魂が残留し完全に脳が機能不可に陥る前に処置を施せば蘇生する事は可能だ」
「! そうなのかっ、なんか無駄に感傷的になっちまっただろ先に言えや!」
「だが、儂に死にゆく命を引きとめておく術はない」
「はあ? 期待持たせるようなこと言うんじゃねえよ」
「お主、自らの権能を忘れておるのか?」
「は? …………あぁ」
言われて思い出した。そう言えばあったな、死んだ直後の人の魂を肉体に閉じ込めてゾンビ化させる能力。
前世の記憶を思い出して以降一回も使った覚えはないが。ダゴナが知ってるって事は、本来のアレクトラがこの肉体を操ってた頃に身近で使用された事でもあるのだろうか。
「って待て。俺にその人をゾンビ化させろっつってんのか?」
「そうは言っておらん。過程に着目するのだ」
「過程?」
「お主は死した者を自らの傀儡へと変貌させる能力を持っておる。その過程でお主は対象の魂を仮想物質に変換し肉体に固定するという過程を経ていただろう。概念的な存在である魂を実体化させる事で"死"の定義を書き換える、それがお主の扱う不死の全容。この解釈で間違いは無いはずだ」
「はあ」
知らんけど。そうなの? 記憶の中に景色として残ってるだけで、どういう理屈で不死が成立してるのかとか考えたこと無かったや。なんかすごいね。
「であるならば、傀儡へと変貌する直前の状態を維持させる事も理論上可能なはずだろう」
「……んーと。まあ、そうだね。蘇生させる前に一手間かけなきゃいけないから、その手間さえかけずにいたら理屈的には生きても死んでもない状態で相手を保存できるっぽい」
「つまりここからはお主の力が必要というわけだ」
「しかし問題が一つ」
「なんだ?」
俺はダゴナに両腕の刻印を見せつける。
「この通り俺には封魔の刻印とやらが刻まれているので、直に手が届かない範囲にまで魔力の影響を及ぼすことは出来ない。魂への干渉はモロこの刻印に封じられてる領域だ。この刻印がある以上なんともできないよ」
「ふむ……」
忘れてるよなー、今の俺が能力の大部分を封印されてる事。無理もないわ、当たり前のように骨をムキムキ増やしたり触れたものを停止させる能力なんかを使っちゃってるんだもんね。肉体の拘束が解けたように、能力面でも何の制約も受けてない状態なんだって錯覚しても仕方ないわな。
「悔しいけど、これに関しては今の俺じゃどうすることも出来ない。悪いな、期待に応えられなくて」
「……」
頭を下げると、ダゴナはバツの悪そうな顔をして女性の方に目線を落とした。
「……フィリアのおかあさまは、もう、たすからないんですか……っ?」
誰もが閉口し重苦しい空気が流れる中、俺の胸で泣いていたウェインが顔を上げて気の重そうな表情をしながらそう呟いた。
「…………あんな寂しい思い、フィリアにはしてほしくないです……」
……。
ウェインをいっそう強く抱き締める。理由は特にない、ただそうしたかったからそうした。深い意味はない。
「おかあさま、泣い」
「アレクトラよ」
「っ、なんだよ」
「……泣くな、子供の前で。みっともない」
「泣いてねーわどつき回すぞボケジジイ。……それで、何」
「少しの間だけ、お主の刻印を解除する」
「えっ?」
俺の腕を掴んで引き寄せたダゴナが刻印に杖を当てて小さな声で詠唱を呟く。
腕の刻印が鈍く光り、強い熱を発したと思ったら皮膚の内側に吸収されていくような動きで刻印が溶け消えていく。
腕から刻印が跡形もなく消えると、ダゴナは強い意志を伴った瞳で俺の目を見据えて口を開いた。
「力を貸せ、アレクトラ。……お主にもいい加減、親としての自覚が芽生えてきただろう。であるならば、この少女が母親を失った時の悲しみも理解できるはずだ」
「……分かってるよ。妙な事なんかしねぇ。あと正面から顔をまじまじ見るな、気持ちわりぃんだよ」
ダゴナの手を振り解き、女性の胸に手を当てて目を閉じる。
魂に干渉するという行為は恐らくこの世の禁忌の一つなのだろう。魂を掴もうとする手指が解け、本来の形を見失いそうになる。同時に俺自身の魂が輪郭を失い、少しずつ漏れ出しそうになる感覚を覚えて言いようの知れぬ悪寒が走る。
生きたまま冥界に手を沈めていく感触に、もうそろそろやめておいた方がいいんじゃないかと思いかけたその時。ようやく弱々しい熱を放っている魂を指先に捉えた。
「掴んだ!」
冷えきった手先に熱が移りそうになるも、その熱を奪ってしまったら何の意味も無くなってしまう。
「魂は繋ぎ止めた! あとは何とかしてダゴナ、出来るだけ巻きで!」
「了解した」
返事をしたダゴナが両手を女性の体にかざして何らかの魔術を発動させる。
……これ、もしかしなくても俺は魂をふん掴んだまま維持なんだよね? 記憶を見渡す限りでも初めての試みすぎて、想像以上の辛さに驚いてるんだけど。出来れば早く終わらせてほしいかもな〜!




