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俺は女神の中の人  作者: 千佳のふりかけ
第一章『不具合による転生重複』
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14話『一方その頃』

「早い所アイツらん所に合流しないとだな……」



 地下に侵入したキリシュア王国の騎士達を迎撃しに向かったロットとダゴナの後ろ姿を目で追い不安げに呟くアレクトラ。彼女の横顔を見ていたウェインは、上手くそれを表現する言葉をまだ知らないだけで彼女の心中を察していた。


 加勢しに行きたいという思いと、保護された市民を守らなきゃという思い。それらが混ざり合い葛藤するアレクトラの決断のひと押しになればと、ウェインは一足先に動き出した。



「あ、待って! ウェイン!」


「はい、おかあさま!」



 生まれて初めて母親から依頼された頼み、そこに強い使命感を抱いたウェインは今まで見てきた帝国軍兵士の真似をしてピシッと立ち、威勢良く返事をする。それに対しアレクトラは「ん?」と困惑した声を上げるも、『カッコつけたいお年頃か』と心の中で納得しウェインに追加の注意事項を伝えた。



「俺の目が届かない範囲にまで行こうとするなよ? 大人の人に手伝ってもらえるようお願いするんだぞ。三人くらいに声掛ければ後は勝手に動いてくれるから、すぐ戻ってこいよ?」


「わかりました!」


「……」



 元気が良いなぁ、本当に分かってるのかなぁ。そんな疑問がアレクトラの脳裏に浮かぶ。彼女はウェインの手を掴み、もしもの時の為に自らの魔力を息子に多く分け与えた。


 アレクトラ、ウェイン、アルカの三人は一度互いに離れた場所まで移動し避難していた市民達にそれぞれ声を掛ける。三人全員が子供である故に声を掛けた市民のうち数名は彼らの言葉に耳を傾けるより彼ら自身の事を心配したが、遠くで行われていた戦闘が激化した事で誰もが彼らの訴えに耳を傾け少しずつ市民間の連携が取れていく。



「ママ、どこぉ……っ」


「? おんなのこが泣いてる……?」



 アレクトラの要望通り、大人三人に声を掛けたのでアレクトラの元に戻ろうとしたウェインの耳に幼い少女のすすり泣く声が聴こえた。迷子だろうか? ウェインは声のした方に足を運ぶ。


 この時既にウェインの頭の中からはアレクトラから受けた忠告がすっぽ抜けていた。母親の言葉を忘れてただ純粋に泣いている少女が心配になり、彼女を元気付けたいという思いに駆られたウェインはどんどんアレクトラの目が届かない区画の奥にまで歩いて行ってしまう。



「あ、みつけた!」



 アレクトラ達が行動している区画から少し離れた薄暗い空き空間。人目のつかない場所で地面に座り込み、不可視の結界に手をついて泣いている少女の元にウェインが駆け寄る。



「だいじょうぶ? 迷子?」


「ぐすっ……だれぇ?」


「ぼくはウェイン。おかあさまをさがしてるの?」


「うぅ……ママ、この向こう側にいるの……でも、いけないのぉ……っ!」



 少女は悲しそうに結界をぺたぺたと触り頭をコツンとぶつける。ウェインは宮廷魔術師ダゴナに魔法についての知識を教わっているから、目の前の空間を分断している『結界』というものにも一応の知見はある。だが、知っているだけで解除方法などは分からない。



「この向こう側にいるの?」


「うん、お水を貰いに行ってくるって。でもさっき、大きな音が鳴ったでしょ? 外できいたのと同じ音だった……怖いよぉ……っ」



 少女は一生懸命透明の壁を爪で引っ掻いて壊そうとするが、そんな程度の事で傷がつくのなら結界と呼べるはずもない。自分や仲間の身を護るための魔法、そう教えられたウェインでもそれくらいの事は分かるが目の前の少女にそれを伝えるのは酷だと思い彼は口を閉ざす。


 どう考えたって今すぐこの子を連れてアレクトラの所へ戻る事が最適解。しかしその行動はこの子からしたら自分の母親を見捨てる選択になるわけで。という旨の思考を稚拙な言葉ながらも頭の中で呟きながら、ウェインはジッと少女を見つめる。



「ママ……ッ、怖いよぉ、きてよぉ……!」


「……」



 母親が居なくて心細い気持ち。それはウェインにとっても痛いほどわかる。彼は生まれてから5年間、ずっと孤独だった。他の子供達と違って自分だけ両親が居なくて、彼の世話をする大人も定期的に入れ替わって親しくしていた人と会えなくなる。


 親に会いたかった。他の子達と同じように甘えたかった。


 実際に会った母親は想像していたよりもずっと子供で、言葉遣いは憲兵に捕らえられたゴロツキのように粗野で乱暴だから少し怖かった。時々街で見かけたいじめっ子のようだった。けれどアレクトラは嫌がる素振りもなくウェインに甘えさせていたし、ウェインやアルカと話す時は優しい表情をして話してくれる。


 それらの事を思い出すと、途端にアレクトラの所に早く戻りたいという気持ちがウェインの中に芽生えた。そこで彼は感情にただ従うのではなく、少女に掛けようとした言葉を一度飲み込んでまた思考する。



(今日話したばかりのぼくでもこんなに会いたくなるんだから、この子はもっともっと強い気持ちでおかあさまに会いたいんだよね……)



 少女の気持ちに寄り添おうとしたウェインは、ゴソゴソと着ていた服を探ってロットから貰った護身用の小さなナイフを取り出した。



「? なにしてるの……?」



 ナイフを手に持って、結界の根元にある床板に刃を添えて力を込めるウェインに少女が不思議そうに問う。


 普通の子供なら木の板に刃物を突き立てた所で大した傷にはならない。だが、事前にアレクトラから与えられていた魔力が『これを壊したい』というウェインの思いに呼応し、彼の筋力を活性化させていた。


 ウェインの持っていたナイフの刃が床板に深々と刺さり、それを横に引っ張ることで床板が引き剥がされる。


 ウェインは床板の下にあった土に手を差し込む。踏み固められている為普通の土よりも力を入れなければならないが、魔力によって筋力が上がっているためかウェインは楽々と土を掘り返していく。



「ダゴナおじ様が言ってた、結界は地面を掘ったら中に入ることができるって。だから使う場所も気をつけないといけないよって」


「けっかい?」


「この透明の壁、結界って言うんだって。待ってて、いますぐここをほるから。中に入ったらいっしょにさがそう!」


「いっしょに? ……ママ、一緒にさがしてくれるの?」


「うん! ひとりじゃこわいでしょ? ぼくが一緒にいてあげる!」



 そう言ってウェインが笑いかけると、少女は少しした後に鼻をすすりながらウェインと共に土を掘り始めた。


 子供一人が通れるくらいまで穴を掘り、最後に結界の向こう側にある板をウェインが数回蹴って破壊する。隔てられていた空間を行き来できる穴が開通した。


 戦闘の音は先程よりも近くなっている。


 騎士達は既に地下の中間地点まで到達していた。彼らの後ろには逃げ遅れた人々の死体が無惨にも転がっており、その鎧には赤い血がベッタリと付着していた。



「まさかこんな隠れ場所があったとはな、鼠め」



 他の騎士とは一風変わった装飾の鎧を身にまとった細身の男が一歩前に出る。それに合わせてロットも一歩前に出て、得物である巨大な戦斧の刃をその騎士に差し向ける。



「貴様ら騎士というのは元は修道士だったのであろう。それが、戦う力のない弱き市民を襲うとはな。堕ちたものだ」


「知るか。そんなの大昔の話ではないか、我々には関係ない。それに……」



 細身の騎士は腰に下げた鞘を傾け、収められている剣の柄を弄りながらゆっくりと握り込む。



「弱いも強いも関係ないだろう。我らの意向に背く者は、みな等しく屠殺の対象だ!」



 騎士の剣が鞘から離れると同時に刀身から小さな光が点滅する。瞬時にロットが戦斧を払うと、斧刃に何かが着弾する。


 ロットの身体に水滴が付着する。敵の持つ剣の刃には魔術の発動術式が文字に変換されたものが刻まれていた。



「貴様、魔術師か」


「魔術剣士とでも呼んでもらおうか。剣術も魔術も人並み以上の実力を自負している、そこらの魔術師と同列に扱われるのは心外なんでね」


「そうか。剣術にも魔術にも手を出しそのどちらとも極められなかった半端者か。その情けない体格にも納得いったよ」


「耳が聞こえていないのか? どちらも人並み以上だと自負していると言っただろう」


「人並み以下の、児戯にも等しい水鉄砲を飛ばしておいてそんな事が言えるのだな。お前は曲芸師か何かか?」


「……いいねぇ。中々言うじゃないか、木こり風情が! てめえらは手を出すなよ! この田舎者に騎士の戦い方ってのを教えてやる」



 挑発に乗った騎士が再度剣を振るい走り出す。剣の軌道に合わせて水の魔術が発動し、水の刃がロットの胴体を袈裟斬りにしようとした。


 斧で水の刃を斬り近付く騎士の斬撃を斧で受け止める。単純な力の押し合いでは武器の重量で勝っているロットに分があった、しかし騎士は純粋な力勝負には乗らずに斧刃を刀身で流しながらロットの服に手を伸ばした。


 指先が触れる寸前でロットが身を翻し、回転の勢いを腕に乗せて斧を思い切り振り切った。


 斧刃の根元が騎士の鎧を捕らえ、そのまま騎士が宙に打ち出される。



雷神轟撃(ケラウノス)!!」


「ッ!?」



 空中を舞う騎士に向けてロットが叫ぶと、彼の持つ戦斧が青白く光りその刃から電流が放出される。


 バリバリと空間を引き裂くような異音と共に打ち出された雷撃は騎士の体を掠めてその背後にあった天井を黒く焦がした。



「今のは死んだかと思ったぜ。なんだ? こんな狭い場所じゃ本調子で戦えないか? それとも、今の攻撃はそもそも当てられるかどうかも分からない一か八かの攻撃だったか? だとしたら練度の低さに憐れみさえ覚えるよ、帝国の兵士ってのには」


白雷瞬光(タウラス)



 続けてロットが詠唱を呟くと、彼の肉体が先程の戦斧と同様に青白く発光しバチバチという音を発し始める。その異変に攻撃の意図を感じ取った騎士が剣先をロットに向けて詠唱を唱えるも、水の魔法が射出された頃には彼の姿はそこにはなかった。


 雷撃が着弾し、電場と化した天井にロットが吸い寄せられるように移動する。認識できないほど高速で移動したロットが天井を蹴り、騎士が振り向く前に相手の背中に強烈な斬撃を叩き込んだ。


 即座に騎士が自分の鎧に剣を叩きつけ、その衝撃によって大容量の水が刀身から流れ出す。発生した水で分厚い層を作り斧刃の直撃を防ごうとするが、完全には威力を殺しきれずに騎士の体が地面に転がる。



「ぐぁっ!?」


「! 水で膜を張ったのか、器用な奴だ!!」


「くっ!?」



 再び雷撃を放とうとするロットに剣先を向け、先に騎士が水滴の弾丸を放つ。それすらも柄で弾いて防いだロットは、斧を持ち上げて構え直す。



「俺の事を曲芸師と言ったな……お前のソレも、大層愉快な曲芸じゃないか。自分も魔法を使えるのに魔術使いを罵るとはな」


「私のコレは魔法ではない、この斧の副次効果だ」


「同じ事だろうが。帯電させる事さえ出来ればどこにでも転移できる能力か。先の雷撃は奇襲を見越してわざと外してみせたと」


「そういう訳でも無い。私は魔法使いではないのだから、お前の言う通り単に外しただけだ。随分と口が動くな、今の一瞬で怖気付いたか?」


「抜かせ!」



 騎士が床に剣を差し込む。その瞬間床下から大量の水が湧き出し、それら全てが水流の刃と化してロットに襲いかかる。



「でかい武器を使う分鈍くなるという弱点を転移能力で克服するというのは賢いやり方だ。故に閉所であろうと関係なく立ち回れるというのも脅威ではある。だがな、雷をその身に纏って戦うなんて芸当は流石にお前でも出来ぬだろう! お前とて人間だ、感電すれば死ぬ!」


「当たり前だな。だからどうした」


「つまり貴様は距離を取って戦うしか能がないのだ! その武器も無駄にでかい分、近距離戦闘には向かぬだろうしなぁ!!」



 四方八方から襲い来る水の刃を躱し、弾き飛ばすロットの前に騎士が肉薄する。


 ロットは水の刃と騎士から放たれる斬撃を対処しなければならず、それ故に自由に動き回ることができずその場に踏み止まる事しか出来ない。

 騎士の言った通り彼の武器では近距離戦を挑んでくる相手に対し有効打を与えることが出来ない。防戦一方、そう捉えた騎士が力強く大地を蹴り、水の刃が重なった瞬間に合わせて距離を詰める。



「ッ! はははっ、堪らず上へ逃げたか! そうなるだろうなぁ、お前がそういう行動を取るように水刃(すいじん)を操作したのだ! 地面にしか水がないとでも思ったか? たわけめ、これ程飛沫を上げていれば天井にも当然っ」


「……お前、馬鹿なのだな」


「なに? ……っ!」



 ロットが罵倒の言葉を投げかけた瞬間、騎士の足元がパリッという異音を発した。寄り集まり中途半端に形成されていた天井の水刃を戦斧で払い飛ばしたロットは、そのまま騎士のいる足元に向けて斧刃を差し向けた。



「銀は電気を通しやすい。この斧は銀で出来ている。故に雷属性の魔力を生成する炉心となり得たのだ。そんな武器を振り回している相手の前で水遊びをするなど、殺してくださいと言ってるようなものではないか」


「貴様何をっ」


「今度は狙わずとも勝手に当たるぞ」


「待っ」


雷神轟撃(ケラウノス)!!」



 戦斧が発光し、その刃と騎士の足元が一直線に結ばれるようにして雷撃が走る。轟音と共に発生した雷の柱が騎士を包み皮膚から臓腑に至るまであらゆるものを焼き焦がす。


 一瞬の放電現象にも関わらず鎧の内側からじゅくじゅくと肉の焦げる音が響き騎士の死体がその場に崩れ落ちる。


 その場に居合わせた騎士の中で最も腕の立つ男が呆気なく倒された事に他の騎士達は動揺を隠せず、着地したロットを見て後退する。



「他の者は巻き込まぬよう出力を下げたつもりだったが、数名巻き添えを食らったか。すまんな、あまり制御が効かんのだ。故に外の警備を任されていたのだが……」



 及び腰になる騎士達に鋭い眼光を向け、再び戦斧に青白い光が宿る。



「この期に及んで人質の一人も出さないという事は、ここに来るまで見かけた市民を全員殺して回ったのだろう? 貴様らの背後にはもう、護るべき民は居ない。であるならば、加減する必要ももうあるまい」


「て、撤退だ! 撤退だぁっ!!」



 騎士の一人がそう声をあげると全員がロットに背を向け走り出した。



「……なんだ、そのザマは。我が身可愛さに撤退するだと? 敵に背を向けるとは……!」



 怒りに震える手で力強く柄を握り、ロットも騎士達の後を追う。


 地上に続く階段を向かう途中、彼の目に殺された市民達の姿が映る。彼らは戦う力を持っていなかった、だと言うのに多くの者が農具や椅子、ハサミなどを持ち抵抗した形跡があった。女も、子供もだ。


 これは戦いではない、虐殺だ。この世で最も嫌悪する凄惨な暴力の跡にロットの憎悪が膨れ上がる。



「止まれ!! 蛮族どもが!!!」



 ロットの放った雷撃が騎士数名を飲み込む。だが全員は倒せていない。彼は倒れた騎士達を蹴飛ばし走る速度を上げていく。



「ま、待て! 待て待て待てっ! 命令されてやった事なのだ! 上官からの命令には逆らえるはずもないだろう!? 見逃してくれ!!」



 地上まで出た所で最前に居た騎士の元まで追いついたロットが騎士の背中に斬撃を食らわせる。生き残った騎士は修道院の床に倒れ、尻餅をついたままロットの方を向き命乞いを始めた。



「自分はそもそもこんな事するつもり無かった! 好き好んで民間人を襲うなんてことするはずもないだろう!?」


「だが結果として罪のない人々を殺めた。その責任は取ってもらうぞ」


「待ってくれ!? そっ、そのような事を言うがそっちこそっ! ひ、人喰いの悪魔を操り我らの仲間を貪り喰わせていたではないか!!!」



 騎士がアレクトラの事を指して訴えかける。その言葉を聞いた途端、今にも斧を振り下ろそうとしていたロットの動きが止まる。



「残酷さで言うのであればっ、死した人間の骸を喰らう事こそ人道に反するとは思わないのか!? あの悪魔に殺された仲間達は遺体をバラされたのだぞ!?」


「……」


「その遺体を見た遺族の方はどんな気持ちになったと思う!? その親、恋人は、家族は!? 愛する人が腕一本になって帰ってきてどんな気持ちになると思うのだ!? ただ戦って死ぬのとは訳が違う! そんなの死者の冒涜ではないか!」


「……貴様の言わんとする事は分かる。それについては何も弁明出来ん」


「そうだろう!?」


「だが、人道に反した行いをされたから同じく人道に反した行いで返すというのはどうなのだ。憎しみを憎しみで返すなど、そんな愚行を肯定できるはずもなかろう」


「先にそのような手段を取ったのは貴様らだ!」


「故に、ロドス帝国の人間は一人残らず皆殺しにするのか? それが正しいと?」


「きっ、貴様らが正否を語るな! 糾弾してもいいのは戦争で大切な者を失った者達であり、我々がそれを語るなどっ」


「その糾弾する資格を持った人達すら手にかけたのが貴様らだろうが!!」



 怒りに任せた斬撃が騎士の右肩を大きく抉り潰す。胴体の三割を挽肉にされた騎士が痛みに叫ぶ。直後にロットの怒りに呼応するように雨雲が唸り、修道院に雷を落とした。


 ロット達のいる部屋の屋根が崩れ、木材が引火する。ロットの体を天井に空いた穴からはいってきた小雨が叩く。



「……下の様子を見に戻らんとな」


「下に何があるって言うんだ?」



 踵を返し地下に続く階段に片足だけ下ろしたロットの背後から男の声がした。


 振り向くと、そこには鎧も兜も身に纏わず唯一剣のみを携帯した男が立っていた。



「誰だ、貴様は」


「少なくともお前の味方ではないだろうな」



 男がそう言って何かを蹴る。ロットの足元に見覚えのある兵士の頭が転がってきた。



「暴食の悪魔はどこにいる。俺はソイツに会いに来たんだ」


「……なんだ? その珍妙な名前は。暴食の悪魔だと? 聞いた事がないな」


「嘘だな」


「何故そう言える? ……ッ!」



 男の剣が鞘から引き抜かれた瞬間、突風と共に男の姿が眼前に移動する。瞬きをした覚えは無い、姿をしっかり視界に捉えたままだった。にも関わらず男の接近を許したロットの首に鋭い痛みが走る。



「ッ、はぁ、はぁ!」


「今のに反応出来るのか。考えて動いた訳ではなく、直感だな。その若さで戦慣れしているとは、やるじゃないか」



 ロットの頬に線が入り、数秒遅れて血が流れる。よく分からない内に戦斧を思い切り振り上げて斬撃を寸前で回避したロットは、息を切らしながら男を睨む。



「あの悪魔は長らく戦場に出ていないな。死んだか?」


「何の事だと、言っている」


「また嘘か」


「何を根拠にそう言うのだ」


「心音だよ。人は動揺すると心音が乱れる、或いは心拍数か。どちらでも良いが」


「……何を言っている。心音だとか心拍数だとか、この距離でそんなもの聴こえるはずないだろうが」


「聴こえるから言っているのだがな。そうさなぁ……きな臭いのはやはり、先の反応を鑑みるにこの下か」



 男が階段に目を向けた瞬間、ロットが戦斧に電流を纏わせた。



「もはや聴くまでもないな」


「悪魔とやらはよく分からんが、貴様がキリシュアの人間である以上、下に行かせる訳にはいかん!」


「そうか」



 呼吸を整えて戦斧を構えるロットに対し、男も姿勢を低くして剣を水平に持ち構えを取る。



「久しぶりに骨のある奴と戦えそうだ。奴に復讐する前の準備運動に丁度いい。簡単には壊れるなよ、斧使い!」



 再度雷鳴が鳴り響くと同時に二人同時に床を蹴る。互いの刃が交わる中、地下では阿鼻叫喚の声が無数に響いていた。

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