13話『親の心子知らず』
「失礼しまーす!」
「うおっ!? な、なんだ君は……?」
敵兵達から市民を守る為、全身の痺れが回復すると同時に俺は一直線に一番近い隔離区画の扉を開け放つ。出入口のすぐ近くには程よく筋肉の着いた男が立っていた。その奥には数世帯分の親子が控えている。
この人は服装的に兵士さんっぽいな、顔を知られてる相手じゃないっぽいのが幸いだ。ならこの人に伝えた方が早い、まだまだ別の隔離区画を回らなきゃいけないし事は手早く済ませないと。
「敵襲です! キリシュアん所の騎士が地下に入ってきました!」
「やはりそうなのか!? くっ……」
兵士さんは俺からの報告を聞き強ばった表情をして剣の持ち手に手を添えた。……その手は震えている、どうやら彼は戦闘経験の浅い新兵さんのようだ。
「大丈夫、あんたが戦う必要はない。その代わり、お願いしたい事が」
「お願いしたい事……?」
「はい。まだダゴナさんの張った結界が活きている内に、出来るだけ多くの避難者を連れて最奥の避難区画に連れて行ってください! そこを最終防衛ラインにするんで!」
「わ、分かった! だが、君は一体? 他の兵士に頼まれてここへ来たのかい?」
「あー……まあそんな感じっす! とにかくよろしく!」
「あ、あぁ。それと君!」
「今は時間が無くって!」
「それは分かるのだが、その、半裸で走り回るのは良くない!」
「え?」
半裸?
そうじゃん。ウェインとアルカに抱きつかれた時に服をビリビリに破かれてるんだった。急ぐあまり全然気にしてなかったわ、もう俺かろうじて胸を隠す程度の布しか身にまとってないやん。半裸というか最早ヨダレ掛けじゃん。痴女かな?
「あ……う……えっと……何か、着るものとか余ってないすか」
男は室内を見渡し、少し悩んだ挙句に自分の着ていた鎧の下の服を一枚貸してくれた。うーむ、直前まで知らない人が着てた服ってのが少し引っかかるが、とりあえず丈が激短かいワンピースって感じにはなったか。礼を言ってその場を離れる。
複数箇所を巡ってその区画に留まっていた兵士さんや大人の男の人に声をかけ、結界内の人達はあらかた奥の部屋に誘導する事が出来た。次は結界を一枚隔てた次の区画にいる人達の元へ何とかして行かなければならないのだが、とりあえず先に集めた人達が隠れる為の防護壁を作るべきだろう。
敢えて人の消えた個室内の灯りを点けたり消したりして敵を騙すカモフラージュを作りつつ、俺の頼みを聞いて駆けずり回っているウェインとアルカを回収する為に走る。
「アルカ! もうこっちに人は残ってないよな!?」
「うんー、ぜんぶのひとあっちいった!」
「偉すぎマジで! よし、ほんじゃお兄ちゃんと一緒に避難するぞ! 持ち上げるからな!」
「わーい!」
アルカを小脇に抱えると彼女は両手を伸ばして無邪気に喜んでいた。平和か。可愛いな〜コイツ、長い髪を両手で握って「ぶーん!」って言ってるわ。
「ウェインはどこに行ったか分かるか? 所々薄暗くて全然見当たんねえわあのチビ助!」
「おにいちゃんはあっちのほうにいくって。ないてるひとのなきごえきこえるっていってた!」
「言葉が重複してるな! キャラ立ちするから直さなくてもいいぞその癖。こっち?」
「たぶん?」
アルカのナビに従って角を曲がったら下の階に繋がる階段があった。うーん、しゃらくせっ! 飛び越えちゃえ!
「わ〜! すごいすごい! おそらとんだ〜!」
「飛び降りただけな。バズライトイヤーか。骨折れるから絶対真似するなよ!」
「おかあさまのむすめなのでおれない! まねしる!」
「近い内に痛い思いしそうなセリフだな〜」
アルカの将来を案じつつ景色の変わらない通路を走る。どうやらウェインがこっちに来ていたのは本当らしい、どこもかしこも無人だ。一人で頑張って声掛けしてくれたんだな〜、目の離れる範囲には行くなよって言ったんだけどな〜!
「あれっ。ここで行き止まり……?」
ふむ? ウェインを見つけられないままこの階の最奥の部屋まで辿り着いてしまった。そこまでの道中ですれ違った人影はなく、人の声も聴こえなかった。おかしいな。
「見落としてたか……?」
「おかあさま〜。おなかいたい〜」
「ごめんごめん、この状態で走ってたらお腹圧迫しちゃうか。ほれ、お姫様抱っこ」
「おひめさま〜!」
アルカの抱え方を変えて再度来た道を戻る。来た時よりも注意深く辺りを確認しながら走るが、やはり人影はない。
上の階ですれ違ったか? 階段とかですれ違ってたら気付きようもないな。階段丸々無視して飛び降りたし。
「おかあさま、おかあさま」
「どうしたー。ごめんけど走る時は体を安定させないとだからギュッと抱き寄せスタイルは変更出来ないぞー」
「おかあさまもくちゃい」
「ごふっ!? あ、あ〜! 返り血浴びたからだな! 俺が臭いんではなくっ、そりゃ乾いた血の臭いは生臭いよな! それか川に飛び込んだからかな!? 生乾きって臭いよね〜!」
「う? このくちゃい、おかあさまのにおいじゃない?」
「じゃないじゃない! ロットが来てからは俺も口酸っぱく体を洗うよう兵士達に言ってたから! 清潔にしてるから、ここ二年近くは!」
4歳のお子ちゃま相手に全力で自己弁護の言葉を並べつつ、階段を数回に分けてジャンプしながらウェインが居ないか確認する。跳ぶたびにアルカが喜んで両手両足をばたつかせるから落としそうになってヒヤヒヤする、頼むから大人しくしててくれ。
「いない、な」
階段を上がり終えるもやはりウェインは見つからなかった。もしやと考えて結界に手を添え、目を閉じて魔力の流れに意識を集中させる。
……うーん、結界を維持している魔力の流れに綻びはない。
アレクトラの持っていた知識の中に、継続して発動する系の魔法はどこかに綻びが生じると魔力の流れが歪で刺々しくなるという共通点が存在するって話があった。
その例でいくなら結界魔法なんて継続して発動する系の魔法の代表格みたいなものだし、魔法に疎い俺でも気付けるくらい主張の激しい感覚なんだろうとは思っているのだが……どうだろう。結界魔法を使えるわけでもないので俺の認識が合っているのかは定かではない。
「事前に結界を壊した時の魔力の感覚を確かめておくべきだったか……仕方ない。アルカ、一旦みんなの所に戻るぞ!」
「えー! ぼうけんおしまい?」
「一旦おしまい! また今度の機会に冒険しような! もしかしたら避難場所にウェインが紛れ込んでるかもしれないから、アルカは中でお兄ちゃんの事を探しておいてくれ!」
「おかあさまは?」
「お母様は外からお母様マジックで硬い硬いバリアーを作ります。悪者達の攻撃でも壊れない壁を作るから、しばらくそこに隠れてなさい」
「や! おかあさまといっしょにいる!」
「えっ」
避難場所の前まで来て兵士さんにアルカの事を預けようとしたら彼女は俺の着ていた服を掴みそれを拒否した。
「おかあさまとはなれるの、や! もういっしょにいる!」
「もう一緒にいる……? 不思議言葉シリーズ来たな。我儘を言わないで聞いてくれ、アルカ。悪い人達がすぐそこまで来ているんだ」
「おかあさまもいっしょ! じゃないとや!」
「幼児向け歌番組みたいに言われても。アルカ、お母様は」
「や!!!」
強い強い、力が強いって。折角貸してもらった服がヨレちゃってるって。参ったなこりゃ。
「おかあさま、ずっとわたしのそばにいなかったでしょ! わるい! さみしかったの! あいたかったの! おかあさまはわたしのおかあさま! いっしょなの!」
「……至極真っ当すぎる意見だけど、お兄ちゃんを探さないとだろ?」
「いっしょにさがす!」
「それは駄目だ」
「や!!」
「アルカ……」
なんだこれ。まさか産んだ子供に離れちゃ嫌だって言われる日が来るとは。人生分からないもんだな。
望まぬ方法で無理やり産まされたにしても、産まれてきた子供にとっては親である事に変わりないって事か。そりゃ、離れるのは嫌だわな。こんな幼い子は特に嫌がるだろう、甘え盛りだもんな……。
やばい。なんか分からないけど胸が痛くなってきた。苦しい、謎に涙出てくる。こんな気持ちになったの前世を合わせても生まれて初めてだ、意味が分からん。
「ずっといっしょにいるの! もうどこにもいっちゃだめ!」
「……どこにも、行かないよ。けど今はお兄ちゃんを探さないと」
「わたしもさがすってゆってる!」
「それは駄目なんだよ。もうすぐ近くまで悪い人達が来てるんだ。もしアルカが酷い事をされたら……そんなの駄目だ」
「や!!!!」
アルカはしきりに嫌、嫌、と繰り返すと愚図り始めてしまった。
もらい泣きするって。なんなのこれ、こんな感じになるんだったらわざわざ会いに来なければよかったな〜! ウェインの事も心配なのに、一気にアルカと離れたくなくなっちゃった! 人間の心って単純だな〜!
アルカの気持ちも分かる。けど、やっぱりこれ以上アルカを外に置いておくのは危険だ。ウェインはそれ以上に危険な状態なのは間違いないし、こうしてる間にも敵に見つかったりして結界越しに追いかけ回されてるかもしれない。
近くに居た修道女さんにアルカを預ける。アルカは未だに俺と一緒に居たいと騒いでいたが、俺は心を鬼にしてその言葉を聞き流し地面に両手を置く。
「皆さん、離れてください。それと、今から出す物質に極力触れないで、大人の人は子供達が触れようとしたら絶対に止めてください。無闇に触れると指の皮が剥がれちゃうかもしれないんで」
注意事項を伝えて皆が頷くのを確認し、俺は両腕の骨に多量の魔力を注入して骨芽細胞を変容させる。
「異状骨子」
単語を詠唱し、それが起動の合図となって両手の先から新たに増殖した骨で膜を形成していく。
アレクトラが度々使う全身の骨を増やして敵を突き刺す君麻呂じみた技の応用だ。特殊な魔力で形成された骨はそれ自体が『刺した肉に魔力が侵食し運動性能を鈍化、或いは接触した物質の流動を停滞させる』という性質を持っている。
この骨で刺された部位が肩ならその腕全体の動きが鈍化するし、骨に軽く手を触れるだけでも手の動きと皮膚の流れ方に差が生まれて皮がべロッと剥がれてしまう。
外部から攻撃を受けた場合、エネルギーの流動が停滞する為一度の攻撃で受ける衝撃はかなり軽減させる。つまりドーム状にしてしまえばかなり屈強な防護壁になるという事だ。
この能力、使うと普通に痛いからこんな風に大容量の骨を増産すると両腕の痛さが尋常じゃないことになってるけど。
何度も骨折を繰り返すような痛みに冷や汗が止まらない。でも、この肉体で出来る事なんてこれくらいが精々だ。誰かを守るって事に特化してる神じゃないからな、アレクトラは。
「おかあさま! おかあさまぁ!!」
「あ、ははっ。そんな大泣きしなくても、後でまた遊べるって。会えないって言っても、少しの間だけだから」
「や! や!! おかあさま、はなれちゃや! どこにもいっちゃや!」
「お兄ちゃんを見つけたら、ちゃんと戻ってくるから」
「や! なんでいっちゃうの! おかあさま、わたしのこときらいなの!?」
……。
嫌いなの、て。そんな事を言われるとは流石に思っていなかったぞ。そんな質問するくらい頭が良いんだな、4歳児って。舐めてたわ。
「おかあさまぁ!」
この世界で産まされた子供なんて、誰一人として望んで産んだ子供じゃなかった。全員が全員、その出自を考えようとすれば自動的にあの忌まわしい地獄のような日々を思い出さざるを得なくなる。
痛くて、虚しくて、悲しくて、気持ち悪くて、憎くて、憎くて、悲しくて、苦しい。そんな辛い過去があったからこそ彼らは存在するし、彼らの存在は俺が人間としての尊厳を失った事の証左でしかない。そんな子供、人によっては憎悪の対象にしかならないなんて事もあるだろう。
でも、なんだろうなぁ。案外接してみるとそんな考えも割とどうでもよくなるというか。今までテキトーに生きてたせいか、あんまり気にしなくなっちゃったんだよな。
だからこそ、俺はあんまり深く考える事もなく、かるーい気持ちでアルカの問いに答えを返す事が出来た。
「嫌いなわけね〜だろ。愛してるよ、アルカ! もちろん他の兄弟達もな!」
そう言い終えると同時に骨の膜が完成する。さらに強度を上げるために二重、三重にドームを厚くし、最後にカモフラージュの為に床板を剥がしておっかぶせておく。工事途中に見える感じに偽装できたかな?
ウェインを見つけたら近くの壁を掘ってドームに入れて、その掘削跡を骨で埋めちまえばいい。我ながらゴリ押し作戦が過ぎるが、俺が多少痛みを我慢すれば手っ取り早く皆を避難させられる効率的な妙案だ。まさしく最善の選択だな。
「ふぅ……」
立ち上がると、両腕がズキリと痛み鳥肌が立った。裂けた指の皮膚がまだ癒着しない。今のは無理しすぎたラインに入るのか、便利なんだけどこのデメリットが無ければな〜。もっと考え無しに使いまくれるんだけど、ほねほねザウルスモード。
「……ッ!」
遠くの方でバリィンと何かが割れる音がした。結界が破壊されたのか!
「思ったより随分早いな! クソッ、こんな事になるなら手伝いを頼むんじゃなかった!」
今更考えても仕方ない事が勝手に口から漏れる。そんな事を愚痴るより今はウェインを探すのが先決だ!




