11話『殺さないけど痛がってはもらう』
口付けをするように口に含んだ騎士の上顎骨、下顎骨を完全に噛み砕く。鼻から下の部分を喪失した騎士が仰向けに倒れのたうち回る。
振り向きざまに背後に居た騎士の鎧を思い切り殴りつける。殴られた鎧はひしゃげ、胸部に強い衝撃と圧迫される苦しみを感じた相手は力なく跪いた。
集団で駆けてくる騎士の群れを肥大化させた骨の爪で叩き付ける。そのまま彼らを握りこみ、適当な方向に投げ飛ばす。
「死ねぇぇぇぇっ!!!」
何処からか馬車を拾ってきた騎士がこちらに突進してくる。
タイミング悪く増殖させた骨が俺の右腕から抜け落ちる。そのまま車体を握ってどこかへ投げてやろうと思ったのだが、プラン変更だ。
俺を潰そうとする馬の踏み付けを避け、胴体の下に滑り込んで馬と車体の隙間に入り込む。
回転する車輪を手で握り、魔力を一気に手元に集中させる。封魔の刻印のおかげで勝手に手の皮膚から先に魔力が漏れないからかえって便利だ。俺は短い詠唱を口にする。
「淀れ」
詠唱を唱えると、俺の手に触れていた車輪を通じて能力の効果が車体全体に伝搬していく。
馬車の車体が一切の動きを止める。車体の存在そのものを空間に固着し、運動エネルギーを無視して完全停止させる。車体と馬とを繋ぐ木製のパーツも固着し、俺の魔力の影響範囲から除外した馬が体を大きくのけ反らせる。
「なんっ!? ぐあっ!」
突然馬車が動きを止めた反動で御者が宙へ投げ出され地面を転がる。
馬が再度大地をしっかり踏み込むと装備されていたパーツが破砕し、馬のみ解放され明後日の方向へ走り去って行った。
俺は握っていた車輪の一部をそのまま握り潰し、粒子になった木片をサラサラと落としながら地面に投げ出された騎士の前に立つ。
「人の馬車だろ。他人の物を勝手に使っちゃダメってお母さんに習わなかったのか?」
「ううぅぁあああっ!!!」
俺の姿を目視すると騎士は勇ましい叫びを上げながら剣で斬りかかってきた。脳天を割る勢いで振り下ろされた斬撃を、首を傾けて肩で受ける。
「なっ!?」
刃は俺の皮膚にすら傷をつけられない。俺の肉体との接触によって振り下ろされていた剣のエネルギーがその場で停滞する。
「何故刃が通らない!? こちらの攻撃を無効化するほど強固な装甲を魔力で編んだとでも言うのか!? 子供がそんな事っ」
「長ぇよ。漫画か」
騎士の腕を掴み、そのまま無造作に相手の足を蹴り払う。ちょっとした動作で行われた攻撃は騎士の足を鎧ごとひしゃげさせ、歪な形に両足を折られた騎士はその場に崩れるようにして倒れた。
痛烈な悲鳴を上げる騎士が懸命に俺を睨みながら剣を振り回す。相手の腕を再び掴み、剣を振り回すのを辞めさせてそのまま剣先を咥えてやる。
バキンと音が鳴り剣が折れる。その光景を信じられないものを見るような目で見つめていた騎士を無視して、そのまま刃を少しずつ咥えては噛み砕き、咥えては噛み砕き、根元まで噛み砕くと口の中で咀嚼する。
「お前は、なんなんだ……っ!?」
「ぷっ」
騎士の兜を脱がせて、粉々にした刃片を顔に吐き付ける。
「ぐあぁっ!? あっ、ぐ、目が……っあぁぁ!!」
吐き出された刃片が騎士の顔に突き刺さり、左目に大きな欠片が突き刺さる。でも右目は無事みたいだ。不幸中の幸いだな。
「こんな、事が……っ!」
「見ろよ」
騎士の髪を掴み一度持ち上げてから仰向けに倒れさせ、わざと鎧やら衣服やらを破いてやったら離れた所にいた騎士達がこちらに走ってくるのが見えた。
「あんたのお仲間がこっちに来る。こんな見え見えの罠に引っかかってくれるだなんて、単純なんだな」
「!? ま、待てっ、来るな! 来るなぁー!」
仲間が襲われているのを見て駆け付けるか。見上げた騎士道精神ですね。そういうかっこいい所、仲間以外にも見せてくれればよかったのに。
さて、迎撃しないとだ。相手は4人か? 後ろにも何人か居そうだけど鎧がかさばっててよく見えない。
「武器の調達ご苦労さま」
「!? 貴様、まさか……っ!?」
俺は傍に置かれたままになっていた馬車の車体を持ち上げ、こちらに向かって走ってくる騎士達目掛けてそれをオーバースローで投げ放った。
こちらの行動を見てからどんな攻撃をされるのか予測出来た騎士数名が足を止めるが、まさか車体をそこらのボールと同じような速度で投げつけられるとは思ってもいなかったのだろう。
立ち止まった騎士達が投げつけられた車体を命からがら回避する。だがあまりにも緊急性の高い回避行動を取った為か、全員鎧を着ているというのにすぐ近くの川に飛び込んでしまった。
「あーあ。ありゃ全員溺死だな」
「くっ!? ぐ、あぁあああっ!!?」
仲間達が散る一部始終を見ていた騎士が助けようと彼らの飛び込んだ川の方に這って近付こうとする。そんな事許すわけないだろ。折れた足を踏んで動きを止める。
「安心しろ。あんたもすぐに同じ所に送ってやる」
「貴様……ッ、この、悪魔め!!!」
「なんで俺が悪い扱いされなきゃならない。こうなったのはお前自身のせいだろ」
「なっ!? 何を言って」
「お前が勝手な判断をしたせいで返り討ちに遭い危機に瀕した。そうならなければあの人達はあんたを助けるだなんて選択を優先しなかった。あんたは他の味方とちゃんと連携を取ればよかった、なのに1人で行動するからこうなったんだ」
「仲間は居た! それを貴様が全員ッ」
「撤退しようとは思わなかったのか? 仲間の死を無駄にしただけだぞ、お前」
「だ、黙れっ!」
「黙らない。お前が輪を乱した。だからここを占拠していた騎士達は小娘1人に全滅させられたんだ。現実を見ろ、悔やめ、後悔しろ。大切な仲間を無駄死にさせた自分の不甲斐なさを噛み締めろ」
「……やめろ……もうそれ以上喋るなっ!」
「死にたいか」
「なんだと!?」
「死にたいかって聞いてんだよ。これ以上敵の小娘に虐められるのは辛いんだもんな、なら死ぬか? 戦わずに死ぬのか? お前の仲間は全員、死ぬ直前まで戦う意志を見せていたよ。対してお前は? 現実を受け入れられず耳を塞ごうと必死だよな。戦場でそんな事する戦士がどこにいるんだよ、そんなもん殺してくださいって言ってるようなものだろうが」
「く、ぐ、があぁぁっ!! 黙れ黙れ黙れっ、やめろ、もうやめてくれ!」
「やめない。殺してもやらない。他の場所でも散々騎士を殺してきたけど、そんな風に喚く奴なんて誰一人居なかったよ。恥ずかしいなあ、中途半端な負傷で済んだまま、服をひん剥かれて、戦場で肌を曝け出すなんてなぁ。もし運良く死ねたとして、罪悪感を抱えながら生きるという責任から逃れられたとして、あの世で仲間達に再会した時に顔向け出来るかな。なんて言われるのかなぁ、それでもお前の仲間は『よくやったよ』って励ますんだろうなぁ。良い奴ばかりだもんな、だからお前を助けようとしたんだもんな。だから死んだんだけど」
「これは、悪い夢だ! やめろ、やめろ! 悪魔が囁いてるんだ、ここは現実じゃないっ! こんな事、こんな戦いっ、俺は望んでなんかっ」
「……なんじゃそれ。悪い夢て。…………あんたらに殺された人達も同じ事を考えてたと思うよ」
騎士の前髪を掴み、地面に叩き付ける。頭は潰さない、でも騎士は微動だにしなくなった。
「誰がこんな世界を望むんだ。子供達は次に友達と遊ぶのを心待ちにしてただろうにな。母親は夫の帰りを待ちながら代わり映えのない家事に勤しんで、父親は家族の平穏を願って汗水垂らして働いてたよ。その誰もがあんたと同じ事を思ってた。愛する我が子を庇って肉を裂かれながら、いつも通りの明日が来てほしいと泣き叫びながら、家族の無事を祈って戦いながら、全員が『こんなの悪い夢だ』って思いながら死んでったんだろうよ。……人の命を奪っといて、現実逃避してんじゃねえよ」
既に意識がないのだから、こんな独り言聞いてるはずもないのだが。口が止まらなかった。別に、知らない人達のことなんかどうでもいいのに。
先程騎士達が飛び込んだ川に俺も飛び込む。鎧を着た人達が川底に沈んでいるのが見えた。誰も動いてないなぁ、もう死んじゃってるのかもな。
「はあ……」
一人一人川から引き上げて鎧を脱がせておく。運が良ければ仲間がここを通って助けてくれるだろう。……通るかなぁ、もうかなりの数の騎士をぶっ倒してきたからなあ。
腱だけ切って、全員の腹に重い蹴りを一発だけ食らわせておく。何人かは反応があり嘔吐するように水を吐いたが、何人かは反応がなかった。
「あらかた片付いたか」
ロドス中央修道院の正門前に殺到していた騎士達が1人も立っていない事を確認し門の前に立つ。未だに修道院を護る結界魔術は健在、という事は修道院内部にいると思われる術者はまだ存命してるとみて間違いないだろう。
一足遅かったら騎士達によって結界は破られ、中に居る人達は惨殺されていた。既に殺されている孤児や修道女の死体が庭に転がってるのを見る限り、敵国はやはり非戦闘員も関係なく殲滅するつもりなんだろう。
「なにが悪魔だよ。修道院にカチコミかける方がよっぽど悪魔らしいっての」
修道院を囲む不可視の壁に手を当て、結界の位置を測定し思い切り空間を蹴り抜く。俺の左足が魔力の障壁に当たり、空間に裂け目が発生するように結界に穴が空く。
てっきり一箇所を破壊すれば他の箇所も追従して崩壊するかと思ってたけどそんなことも無いのか。じゃあ正面から入らず裏から回ればよかったかな。考えが足りなかったや。
荒れた芝生の上を歩き、重厚な木製扉を手で押してゆっくりと修道院の扉を開ける。
敷居を跨いで中に入った瞬間、足元で光が爆ぜた。
「ッ!?」
強烈な光と音により視覚と聴覚を奪われる。スタングレネードの魔法版? なるほど、結界を破られても二の手三の手を用意してたってことか。用意周到だ、兜をつけてる騎士たちに通用するのかは疑問だけど。
「従魔よ、敵を喰い千切れっ!!!」
「えっ」
開けなくなった瞼をひたすらに擦っていたら四足歩行の動物に飛び掛られた。凄まじい咬合力で全身の肉を喰い貪られる。
「いってぇ……なあ!」
生まれて初めて喰われる側の痛みを味わった。中に入った途端攻撃されるという事はこの攻撃は帝国側の術者が発動したに違いないが、ここに来るまでの戦闘でそこそこの魔力を消費したからこれ以上自己蘇生の回数を増やしたくない。
目が見えないまま、全身から骨を増産し食らいつく獣? をまとめて刺し貫く。同時に無数の刺突音が聴こえた後、獣の唸り声が掻き消えた。
「儂の従魔が一瞬で!? くっ、ならば!」
「待てダゴナ殿! 相手をよく見てください! 彼女はっ!」
「アレクトラであろう!? 分かっておる、奴は我々の味方ではない!! 拘束が解かれた今、奴を生かしておく理由もなかろう!」
「話を聞いてください! 彼女はっ」
「辺獄の槍よ、奴を貫け!」
やっと、視界が戻ってきた。と思えばこちらに飛来してくる二本の槍が見えた。宮廷魔術師ダゴナか、あのじいさんは俺の事を大分嫌ってたもんな。姿を見るなり攻撃してくるのも理解はできる。
「淀れ」
槍の切っ先をそれぞれの腕で掴み詠唱を口にする。高密度の魔力で編まれた槍は空間に固定され、その効果ごと停滞し何の力も持たないただの現象と化す。
停止させた槍を手で砕き正面を見る。今の魔法もダゴナからしたら相当高位な魔法だったんだろう、彼は絶望に塗れた表情で俺を見た後焦った様子で次の魔法の発動準備を始める。
ダゴナの横にはロットが居た。……生きていたのか、少しホッとした。だが今は彼と話す暇はない、とりあえずダゴナを何とかしないとだ。
「お久しぶりですね、監獄長さん」
「! アレクトラ……ここへ何しに来た!」
「ここに居た子供達はどこですか?」
「近付くな!」
「質問に答えてくださいよ。俺はただ、子供達が無事なのかどうか見に来ただけなんすよ」
そう言って一歩前に進むと床板の下から氷の槍が伸びて俺の右足を貫いた。ダゴナの魔法か、もし事前に貼ってたトラップじゃなくて今発動させたのなら流石にキレてもいいよね?
「……随分なご挨拶ですね。痛いんですけど」
「それ以上近付けば次は頭を狙うぞ。何もするなよ、アレクトラ」
「逆にあんたが何もするな。俺はあんたの敵じゃない。あんたの魔法は役に立つんだ、こんな所で魔力を消費するのは」
「氷牢!!」
話してる最中だってのにダゴナは魔法を使い、魔獣達の血液を利用して俺を氷の牢に閉じ込めた。
「……人の神経逆撫でするのが得意なんですね。こう見えて俺、結構短気なんですけど」
氷の牢を無理やりこじ開け、氷の槍を蹴り折ってそのまま進む。
「くっ……! 我への復讐を望むか、それは構わぬ! しかし貴様を野放しにするわけにはいかん!! この老骨の全てを以て貴様をっ!」
「歳で耳が聴こえなくなったのか? 戦うつもりはないっつってんだよ」
「そちらになくともこちらには貴様を葬らねばならぬ理由があるのだ! 貴様は危険すぎる!」
「じゃあいいわ。ぶっ殺す」
左腕の骨を増殖させ、鉤爪を造り床板を蹴る。ダゴナの魔法よりもこちらの方が先に攻撃を繰り出せそうだ、そう思い加減した力でダゴナの肉体をぶっ叩いてやろうとした矢先。横から巨大な斧? の刃を差し込まれる。
骨の爪が斧の刃に衝突する。邪魔をしてきたのはロットだった。
「でかしたぞロット! 辺獄のやっ」
「ダゴナ殿もお控えください。両者、そこまでです!」
「何を言う! 血迷ったかロット!?」
「総軍指揮官、筆頭政務官としての命令です。お控えください、宮廷魔術師ダゴナ殿」
底冷えするような声でロットが言うと、ダゴナは渋々纏わせていた魔力を霧散させた。
「すまない、アレクトラ。緊急時でこちらにも余裕が無いのだ。無礼を許してくれ」
「お、おう。……生きてたんだな」
「そちらこそ。よく無事だったね、アレクトラ。久しぶり」
「……おう」
なんか……なんだ? 以前よりも物腰柔らかくね? こんなんだったっけロットって。もう少し凝り固まった喋り方をしてたの思うんだけど?
「で、子供達は? ここに居るのはロット達だけなの?」
「いや。子供達なら奥の部屋で保護している、近隣の住民も一緒だ。君の子も全員そこに居るよ」
「! そ、そうか! それはよかった……」
ロットからの報告を聞いて一気に肩が軽くなった。……一番最後に産んだ子は死んでしまったけれど、それでも他の子達が生きているのなら……アレだ。不幸中の幸いだよな、喜ぼうそこは。あくまで人としてな。母親だからとかではなく人として。
「……貴様が子の心配をするとはな」
「んだよ、文句あんのかジジイ」
「相変わらず汚い言葉遣いだ。子供達に貴様のその忌々しい性格が遺伝せぬか心配でならん」
「コイツ……」
「まあまあ! なぜ刺激するのですかダゴナ殿! アレクトラも! すぐそのように殺気を立ててはいけない! 可憐な顔に似合わないぞ!」
「っ、はぁ!? 可憐って……お、お前何言ってんの? 大丈夫か? 熱でもある?」
絶対におかしい。俺の知るロットはこんな軟派な感じの男じゃなかったはずだ。というかロットに関しては俺を女扱いするな気持ち悪い! ……まあ、最終的には一線越えちゃってるから女扱いするなってのは無理って理屈も全然分かるけどさ!
とりあえず熱がないか確認しようと彼の額に手を伸ばしたらダゴナが俺の顔に木の杖の先端を向けた。なんだコイツ、礼儀知らん人か?
「何をする気だ。その手を下げろ、アレクトラ」
「なあ。あんたそんなに死にたいのか? 表出ろや」
「何故すぐ喧嘩するのだ貴方達は! ダゴナ殿! アレクトラが入った経路の結界の結び直しをお願いします!」
「もうしておるわ。宮廷魔術師を舐めるでない」
「なら室内での戦闘行為は控えて頂けますかな!? 貴方の魔法でもしこの建物が倒壊したらどうなさるおつもりか!」
「……そうであったな。すまぬ、筆頭政務官殿」
「やーいやーい怒られてやんの。ダッセー! 万年独身少女監禁趣味ジジイ、ざまあみろ!」
「貴様……」
「なぜ挑発をするのだアレクトラ! 互いに好ましく思わない相手なのは分かったが、もう少し歩み寄りの姿勢を見せてもよろしいのではないか!?」
俺まで怒られちゃった。ダゴナめ、ロットの後ろでニヤニヤしやがって。このジジイまじで癪に障るわ。絶対隙を見てぶん殴ってやる。
「……おかあ、さま?」
「んぇ?」
ロット越しにダゴナと睨み合っていたら奥の部屋からちっこい男の子が出てきて俺の顔を見るなり『おかあさま』と呼んだ。男の子はこちらへ走り寄ってくると、俺の着ていた布に顔をくっつけてきた。
「え、あの。汚れてるから……汚いよ? その布」
「そんな汚らわしい者に近付くなウェイン」
「お前マジでホンマに殺すからなクソジジイ」
「子供の前で殺気をぶつけ合うのはやめなさい! 両者落ち着きなさい! こら、言う事を聞け! こら!!!」




