サラVSヨウ(12)
サラは駆け足で家に帰ると、父親が作業している部屋の扉を勢いよく開ける。
そして、いつもよりも力強く言った。
『お父さん!私、冒険者になる!』
父親は作業を止め、『今日もか・・・』と思いながら椅子に座ったまま体を向け、
『ダメだ』
と、一言。
いつもなら、このやり取りの後にサラは頬を膨らませ、拗ねるように部屋を出て行ってたのだが、今日はそうではなかった。
サラは真剣な表情で父親を見つめる。
『今日はどうしたんだい。そんな真剣な顔をして』
『いつも真剣だよ!』
と言いながら、いつものように頬を膨らませ怒る。
『そうだったね』
そんなサラが微笑ましかったのか、父親はクスッと笑う。
『それで、何かまだ話したい事があるのかい?』
『うん・・・私、冒険者の学校に行きたい・・・!』
父親は少し驚いたような表情をすると、『もしかして』と思い口を開く。
『どこでその話を聞いたんだい?もしかして、ウェイン?』
『うん、ウェインとオットさんが話してるのをたまたま聞いた』
そう聞くと、父親はため息をつき、『またか』と癖毛でボサボサの頭に手をつく。
『まったく、あの子達は・・・それにしても、ウェインはともかくオットまで・・・まぁ、あの子の場合はわざとの可能性もあるけど・・・ブツブツ』
やれやれと呆れた声で小さく小言を言い始める。
『お父さん?』
『・・・ん?ああ、ごめんごめん』
サラに呼ばれ我に返り、話を戻す。
『それで、学校に行きたいって?』
『うん。ウェイン達が普通に冒険者になるよりも安全だって言ってた。いきなり冒険者になるのがダメなら、まず学校に通うとこから始めたい。それならお父さんも安心かなって・・・』
『・・・確かに学校に通えば、普通に冒険者を目指すよりは安全に、そして確実に強くはなれると思う。私も安心だ』
父親はサラの発言に同意し、冒険者になる事を許すような雰囲気を少し漂わせるが、首を縦に振らないと分かっているサラは自分から言葉を挟む。
『でも、ダメなんでしょ』
不貞腐れるように言う。
『・・・私だって本当はサラのしたい事を応援したい。でも、今のサラを素直に応援する事は出来ない・・・』
『みんなの為だから・・・?』
『うん・・・サラには何も背負わずに、自分のしたい事をして生きて欲しいと思ってる。だけど、今のサラは重いものを背負おうとしてる・・・いいかいサラ、ツミビトの為に何かをすると言う事は、その罪を一緒に背負うと言う事なんだ。私はそんな重いものを背負いながら生きて欲しくない・・・』
誰かの為に何かしたいと思う事は、普通とても良い事だ。
しかし、サラのしたいと思っている事はツミビトである父親からしたら止めたい事だった。
サラのしたい事とは自分が虚獣をたくさん倒し凄い冒険者になって、いろんな人から感謝をされれば、自分を育てたツミビトである皆んなも本当は普通の優しい人だと知ってもらえるかもしれない、という事。
つまり、これを成功させるにはサラ自ら、『私はムクロ出身です』と言わなければならなかった。
みんなが恐がり、避け、嫌う、その言葉を。
そして、父親は知っている。
ムクロへ向けられる視線を浴びることの恐さを。
ツミビトでもないサラにそんな恐怖を味わせたくない父親は、どうしても首を縦に振れなかった。
『・・・じゃあ、どうすれば冒険者になる事、許してくれるの?』
『・・・私もこの1年間、考えてた。初めは冒険者なんて危険な事をして欲しくないと思ってたけど、サラがどうしてもなりたいと言うなら応援しよう、そう思うようになった。さっきも言ったけど、サラには何も背負わずに自分のしたい事をして欲しい。だから、冒険者になりたいって言うなら反対はしない。そこに、私達の為以外の理由があれば』
父親もオット同様、サラがまだ何か言いたい事を隠しているのに気づいていた。
そして、今日。
いつものように直ぐに部屋を出て行かなかったサラに、本心を言う決意が出来たんだなと感じた。
父親はその1年間、言わずに隠していた本心を聞き出す為、質問をする。
『あるのかい?他に冒険者になりたい理由が』
『・・・』
サラの中には2つ悔しい事があった。
ツミビトと言う理由で、優しいみんなが恐がられ、避けられ、嫌われている事。
そして、自分を育てる為に父親が牢屋に入らなかった事で余計にそうなってしまっているかもしれないと言う事。
サラはこの1年で1つ目は仕方なく受け入れた。
この世界はそういうものだと。
悔しかったが、それ以上その感情が膨らむ事は無かった。
いや、本当は膨らんでいたのかもしれない。
ただ、それ以上にもう1つの悔しさが1日1日と経つたびに勢いよく膨らんでいた。
(私のせいで・・・私を育てる為にみんなが余計に・・・)
そう思う度、苦しかった。
だから、父親に聞きたかった。
本当にそうなのか。
だけど、これを言ってしまうと父親の気持ちを、覚悟を踏み躙ってしまうかもしれない、そう思い我慢してきた。
しかし、今日。
オットの『本心を隠さず、気持ちをぶつければ分かってくれるかもな』。
その言葉を聞き、サラは覚悟を決めた。
しっかりと顔を上げ、父親の目を見る。
『・・・あるよ、他の理由』
『なんだい?』
『私のせいで、みんなが余計に嫌われてるのが嫌だから』
『・・・?何で、私達が嫌われているのがサラのせいなんだい?それに、余計にって?』
父親は何を言っているのか分からず、聞き返す。
『私の為なんでしょ・・・』
『・・・?』
『私を育てる為に、お父さんは牢屋に入らなかったんでしょ・・・!』
『・・・!!』
父親の顔が初めて動揺を見せる。
『そのせいで、みんなは余計に嫌われてるんでしょ・・・』
『・・・』
沈黙が訪れる。
父親は考え込むように眉間にシワを寄せ、逸らすことなくサラの目をじっと見つめている。
サラも逸そうとはしない。
サラの耳には自分の鼓動だけが聞こえてくる。
バクバクと鳴る音が。
1年間、隠してた事を言ったという興奮と、どんな答えが返ってくるのかという不安が鼓動を早める。
数秒後。
父親は目を閉じ、眉間にシワを寄せるのをやめ、目を開ける。
そして、ゆっくりと口を開き、口ごもることなく、はっきりと言葉を放つ。
『サラの言う通りだよ。私はサラを育てる為に牢屋に入らなかった』
『・・・!!』
サラは本当に違くて否定してくるか、本当に私を育てる為だったけどはぐらかすか、どっちかだと思っていた。
例え、本当だったとしても肯定はしないと思っていた。
だから、父親の返答に驚いた。
『ほ、本当にそうなの・・・?』
『うん』
父親の口からはっきりと肯定されたことによって、サラの中にあった疑問混じりの大きな悔しさは、確固たる悔しさに変わる。
『じゃあ、絶対に冒険者になりたい!いっぱい虚獣を倒して凄い冒険者になって、みんなから感謝されて、私を育てる為にお父さんが牢屋に入らなかった事が良かったって思われるように。それに、私を育てる為にお父さんが牢屋に入らなくて、みんなが余計に嫌われてるならっ──!』
『それは違うよサラ』
父親は遮るように否定する。
『あの時のサラは1歳にも満たない赤子。当然、誰かが面倒を見る必要はあった。私が牢屋に入ってる間、知人にお願いする事もできた。でも、私は自分で育てたかった。どうしても・・・だから、王様にお願いしたんだ。これは、私のわがままだ。だから、サラは関係ない』
『っ!』
サラはムカついた。
自分は関係ないと言う父親やウェイン達に。
『何でお父さんもウェイン達も私には関係ないって言うの!何で、一緒に背負っちゃダメなの!別に、みんなの罪を背負うなんて重くない!』
溜まっていたものを吐き出すように声を荒げ言ったサラに、父親は少し叱るように言葉を放つ。
『サラは知らないんだ・・・!ムクロがどんなに恐れられ、避けられ、嫌われているのかをっ──!』
『知ってるもん!!』
『・・・!』
今度はサラが遮るように言葉を挟む。
『私、知ってるもん・・・!今でも覚えてる。初めて王都に行った時、ウェインの事を見る人達の目を・・・!』
サラは鮮明に覚えていた。
いや、忘れられるわけが無かった。
同じ人間、シロビトのはずなのに、まるで虚獣を見るような。
関わってはいけない、触れてはいけない、そんな目をした人々を。
『私、嫌だよ・・・ツミビトってだけで優しいみんながあんな目で見られるの・・・』
サラの瞳からポロポロと涙が溢れ始める。
『サラ・・・』
『お父さんが昔、どんな事したのか知らないし聞かない・・・だけど、私にも背負わしてよ・・・家族だもん・・・』
『・・・!!・・その、言葉・・・』
『お父さんは当たり前だけど、私にとってはウェイン達も家族・・・嫌だよ・・・家族があんな目で見られるのは・・・』
『・・・』
父親は驚いていた。
サラが言った『私にも背負わしてよ・・・家族だもん・・・』と言う言葉に。
それは、一言一句同じではなかったが、昔、サラと似たような容姿の女性に言われた言葉に似ていたから。
『だから、私が凄い冒険者になって、それでっ──!』
『分かったよ』
『・・・えっ?』
『・・・冒険者になっていいよ、サラ』
父親はどこかスッキリした表情で、微笑みながら言う。
『ほ、本当に・・・?』
『うん』
急すぎて、嬉しさよりも困惑が勝つサラ。
『でも、何で急に・・・』
『・・・昔、言われたんだ。彼女・・・サラのお母さんに。さっき、サラが言ったような言葉を』
『お母さんに・・・?』
『うん。私が苦しんでいる時に"私にも背負わせて"って・・・私はそれに救われた』
思い出すかのように目を瞑り懐かしそうに、そして、少し寂しそうな声で言う。
そして、目を開けてサラを見る。
『私はサラの事を、まだか弱い子供だと思っていた。だから、ムクロの為に何かをする事に反対していた。とても、辛い事だから・・・でも、さっきのサラを見て大丈夫なんじゃないか、そう思ってしまった。お母さんに似ているから』
『私、お母さんに似てるの・・・?』
『似ているよ。体が小さいところとかね』
『これから、成長するんだもん!』
『ごめん、ごめん。そうだね。まだ育ち盛りだもんね』
ぷくっと頬を膨らまし怒るサラを見て、父親はクスッと笑いながら謝る。
『・・・とにかく、似ているよ。その小さな体から溢れるくらい優しさを持っていて、誰かの為に頑張れる強さを持っていたお母さんに』
『そっか・・・私、お母さんに似てるんだ・・・!』
赤ちゃんの頃から母親がいなかったサラ。
当然、母親の顔も声も分からない。
物心がつき始めた頃に母親がいなくて寂しい気持ちにもなった時もあったが、父親やウェイン達のお陰でそこまで寂しい気持ちを持つ事はなく、父親に母親の事を聞く事もなかった。
しかし、寂しい気持ちはもちろんあった。
だから今日、初めて父親から母親の事を聞けてサラは嬉しかった。
それに、自分が母親に似ていると言う事も聞けて。
嬉しそうに微笑むサラは、次に自分とお父さんが似ているとこはないかと、ウキウキで父親に聞く。
『私とお父さんが似てるところはないの?』
『サラと似ているところか・・・うーん』
父親は少し考え込み、数秒後。
『そういえば、サラが特訓したいと言ったきっかけは私だったけ・・・?』
『そうだよ』
『じゃあ、そこかな。私と似ているところは』
『?』
サラは首を傾げる。
『私も父の戦ってる姿を見て、強くなろうと思ったんだ。そして、父と同じ冒険者になった』
『へー、そうだったんだ!それでお父さんは冒険者、に・・・えっ!お父さん、冒険者なの!?』
サラは目を見開くように驚く。
『今はもう、違うけどね』
『聞いてないよ!』
『聞かれてないからね』
怒るように言ったサラに父親は微笑みながら返すと、話を戻す。
『あっ、冒険者になる事は認めたけど、もちろん学校に通うのが条件だからね。サラには学校に通いながら外の世界を知ってもらう』
『わかった!』
サラは元気に返事をすると
『じゃあ、早く学校に行こうよ!』
と、急かすように言う。
『サラ、残念だが学校が始まるのは来年からだよ。それに、通えるのは16歳になる年からだ。だから、サラはまだ通えないよ』
『えっ、そうなんだ・・・まぁ、いいや!私、みんなに言ってくる!』
今すぐには通えないと知って分かりやすくテンションが下がったサラだったが、これから冒険者を目指せると言う現実が待っている事が嬉しく、直ぐに元気を取り戻した。
そして、ウェイン達とは森に入らず、集落に残り警備を任されていた大人達にウキウキで報告に行った。
ウェイン同様、サラ自身がしたいと思う事を応援したいと思っていた集落の大人達は素直に祝福した。
それがたとえ、自分達の為と言う辛い事だったとしても、お嬢なら大丈夫なんじゃないかと信じて。
そしてその後、お昼過ぎに帰ってきたウェイン達にも報告すると、まるで自分の事のように喜んでくれた。
そんな中、サラは本心を言う覚悟が決まったきっかけをくれたオットにこっそりと
『オットさん、ありがとう』
と、感謝の言葉を言った。
オットは『何の事ですか?』と聞き返すと、サラは『何でもない!』と笑顔で言い、去っていった。
そんなサラの背中をオットは微笑みながら見つめ、
(頭は過保護すぎるんだよな。まぁ、事が事だから気持ちは分かるけど。それに、お嬢は少しお転婆なところがあって危なっかしいからな)
そんな事を思いながら、やれやれと頭をかいた。
続く。




