奥の手は最後に出すもの
「それでは、これから実戦前の最後の模擬戦を始める。みんな武器は持ったな?」
生徒の前に立ちそう言ったのはドルト先生。
真面目な性格で、主に模擬戦の授業と実戦を担当している先生だ。
もちろん人に力の使い方を教える立場、弱くはない。先生になる前は名の知れる冒険者だった。
「いいか、挑戦的なことができるのはここが最後と言ってもいい。[虚獣]との戦いは命を落とすことだってある。気を引き締めてやるように!」
少し空気がひりつくような事を言った。
「なにか質問はあるか?」
その空気の中、口を開き質問をしたのはシークだった。
「先生!実際に戦ったことのあるドルト先生から虚獣のことについてもっと詳しく知りたいです!」
「ん、いいだろう。1年の時に聞いたとは思うが、まず虚獣とはクロビトの[ライト]という人物が昔、創り出したモンスターだ。見た目は黒く影みたいな姿で、主に人型、獣型、飛行型がいる。昔に比べて虚獣の数は年々と減っていってきてはいるが、今もなお白の大陸や黒の大陸に存在している」
─ そこまでは授業で聞いたことがある。でもその後たしか・・・
「でも、その後はじまりの英雄[ランス]が倒したんですよね?」
アカサは質問をする。
「ああ、確かにそう言われている・・・ただ、こうして各地に虚獣が今だに出現してることから、冒険者達や騎士達からは倒したのではなく、どこかに封印されてるんじゃないかと言われてる」
「!!」
みんなの表情が変わる。
驚きが隠せない生徒もいれば、不安で顔が曇ってる生徒もいる。
ただ・・・その中で口角を上げ笑ってる生徒もいた。
そう、シークだ。
彼は長い髪を揺らしながら、勢いよく立ち上がる。
「つまり、その[ライト]を見つけ出して倒せば、誰からも認められる英雄になれるわけですね!!」
「・・・ふっ、そうだ。もし見つけ出して倒し、この世界から虚獣がいなくなればな」
─ あの真面目なドルト先生が鼻で笑うくらいとてもバカな話なんだろう。でも、なんとなくこのバカなら・・シークならやれるんじゃないかと思ってしまう。
「よしっ!虚獣についてはもういいだろう。今は目の前のことに集中しろ」
ドルト先生が手を叩く。
それを聞いて現実に引き戻される。
─ そうだ。まず明日の虚獣との戦いのために今ここで越えられなかった壁を越えるんだ。このバカを倒して!
そして対人戦が始まった。
1対1の組み合わせで1組ずつ順番に戦っていく。
ゴウは持ち味の力で相手を圧倒して勝ったり、レナは相手の攻撃をいなし、カウンターを主に戦いを制したりした。
そしてシークとアカサの順番が回ってくる。
「それでは、2人ともオーラを纏わせて」
ドルト先生の号令と共に2人の持っている片手剣と体に白いモヤみたいなのが漂い始める。
神からもらった力の基本的な使い方は、[オーラ]と呼ばれる力を武器や身体に纏わせて戦う。
つまり、オーラとは簡単に言えば武器や身体を強化する力だ。
そして、オーラを纏わせた武器でシロビト同士が戦っても、ダメージはあるが死に至るまでの傷を負うことはない。
それがたとえ刃のついた武器だったとしても、オーラさえ纏っていれば木剣で叩かれたような感じになる。
逆にオーラを纏ってない武器では、体に纏ってあるオーラに弾かれ傷すらつけられない。
なので、シロビト同士で殺し合いなんてものは起きない。
クロビトと虚獣だけを倒すことができる力だ。
2人の武器と体の周りには白いオーラがゆらゆらと覆われている。
「ふーっ・・・」
アカサは息を整え、シークはいつものように笑顔を浮かべている。
そんな2人を、周りは静かに見守る。
「・・・始め!」
静かな空気の中ドルト先生の掛け声で始まった。
1年前同様アカサから仕掛ける。
─ この1年間戦ってきて分かったことがある。シークは攻撃の見切りが凄まじい。まるで、1秒先の未来でも見えてるかのように避けてくる。でも、いくら見切りが凄くてもそれを避けられるかは別の話!
「おらぁ!」
アカサの鋭い攻撃がシークを襲う。
シークはその攻撃を防ぐことで精一杯だ。
(前も思ったけど、アカサの成長速度は以上だ。昨日よりも明らかに剣を振る速度が速くなってる!これじゃ幾ら"先が少し見えてたって"身体が追いつかない!でも・・・)
「くっ!・・・はっ!!」
なんとかアカサの斬撃を剣で弾き後退させた。
「ふっー危なかった・・・今度はこっちの番だねっ!」
後退させるとすぐに攻撃を仕掛ける。
シークは上から剣を振り下ろそうと構えた。
アカサはそれになんとか反応し、剣を上で横にしガードの構えをしようとした。
しかし、
ドカッ!
「んぐっ!」
シークはアカサが剣を持っている右手を上げガードの構えを使用した瞬間、それを分かっていたかのように攻撃の軌道を変え、シークの剣は右手を上げて空いた胴を叩く。
アカサが苦しそうな表情をしている中、シークは再び上から剣を振り下ろそうとしてくる。
次は上段も中断も喰らわないように、アカサは右手に持っている剣で上段を、左手で腰にある鞘を持ち中段をガードしようとする・・・が、鞘を掴もうとした瞬間、シークの斬撃はまたしてもそれが分かっていたかのように上段でも中段でもなく、足の方に向かっていた。
「っ!?ぐぁー!!」
アカサの膝が地面につく。
─ はぁ・・はぁ・・・こ、こいつ俺が鞘を掴もうとした瞬間、剣の軌道を変えやがった。何で鞘でガードしようとしたのが分かったんだ?まじで未来でも見えてるのか・・・?
「アカサ、もう終わり?」
シークは勝ち誇った顔で見下ろしてくる。
─ はぁ・・・はぁ・・・身体のダメージ的にも次が最後の攻撃になりそうだ。
アカサは膝に手をつき立ち上がる。
「バカなこと言うな。まだ終わりじゃねぇよ・・・奥の手は最後に出すもんだろ」
「?」
「すぅーはぁー・・・これが最後の攻撃だ。逃げんじゃねぇぞ!」
アカサは深呼吸をすると、剣を鞘に収めて腰に充てる。
そして腰を落とし左手を鞘に右手を柄に添えた。
「!!」
「あ、あれは!」
シークは驚きの表情をし、ドルト先生は思わず声を出し驚く。
「先生あの構えは何なんですか?」
レナが質問する。
「・・・昔、リョーマという英雄がいた。その英雄は居合という構えで虚獣を一振りで倒してたと言う。その一振りは、虚獣の飛行型の中でも最強と言われる竜すらも一撃で倒すことができたらしい。そして、その居合から放たれる技は[竜断]と呼ばれた」
「すごい早口!・・・先生もしかして英雄オタクですか?」
「ゴ、ゴホン・・・な、何を教師としてこれぐらい当たり前の知識だ!」
ドルト先生は頬を赤らませる。
「そ、そうですか・・・でも、リョーマって言う英雄初めて聞きました」
「まぁ、リョーマの事が書かれてる本はそんなに多くはないからな。私が知っている限り、居合を使う冒険者はいない。余程の英雄好きじゃなきゃ知らないだろう」
自分から英雄オタクをばらしたドルト先生のことを少しバカなんじゃないかと思ったレナだが、そっと口を閉じた。
(・・・それほどまでに居合とは難しい構えだ。私が冒険者時代に何人か挑戦しているのを見たが、どれも不格好でとても戦闘中に出せるものではなかった。しかし、アカサの構えは何故かしっくりくる。何故だ?)
ドルト先生は疑問に思いつつ戦闘を見守る。
(アカサ、やっぱり君は最高だ!・・・1年前、あの教室で会った時、君なら僕の全力を受け止めてくれる気がしていた。何故かはわからない・・・でも、その直感を信じてきてよかった!日に日に僕の背中にせまってくる君を近くで見れたから!)
シークは満面の笑みを浮かべ、さらに剣にオーラを纏わせる。
「はーーっ!!」
するとシークの剣が純白に変化してゆく。
(魂創器化!?)
ドルト先生はまた驚く。
(まだ荒いところはあるが、あれは魂創器化だ・・・!と言うことはもしかして・・・いや、今はそれどころじゃない)
先生は生徒たちに声を掛ける。
「みんな、もう少し離れるんだ!」
生徒たちは何も言わずに素早く言う事を聞いた。
それほどまでに2人が放つ剣気は凄まじかった。
─ シークの奴もう魂創器化なんて出来るのか!・・・あれを引き出したのは俺がそれくらい強くなってるって事だ。1年前は手も足も出なかった・・・ここまで成長できたのはお前が近くにいたから・・・。
アカサの表情は戦闘中とは思えないほど穏やかだった。
─ だからこそ・・・ここでお前を超える!!
「ふーっ・・・」
アカサは目を閉じ・・・開く・・・そして先ほどとはうって変わり、敵を倒す戦士の顔になる。
「行くぞ!!」
アカサは納刀状態から一気に剣を抜く。
「ああ!!」
シークはオーラを更に纏わせ、刃の幅が倍くらいになっている片手剣を頭の上から力一杯振り下ろす。
-竜断-
×
-纏撃-
2人は一斉に踏み込み、剣と剣がぶつかり合い凄まじい衝撃波が起こる。
木は抜けそうになるくらい斜めに倒れ、鳥たちは空へ逃げるように羽ばたいていく。
「くっ!・・・おらぁーー!!」
アカサが力強く声を出し、剣に更に力を強く込めたその瞬間、シークはアカサの持つ得体の知れない、強く禍々しい圧に気圧され、一瞬斬撃が軽くなる。
(っ!何だ今の!?・・・っ!まずい!!)
アカサはその隙を見逃さない。
「らぁぁーーーー!!!!」
アカサは最後の力を振り絞り剣を振るうとシークの剣は砕け、身体に強烈な一撃が入る。
シークは吹き飛び、地面を擦るように転がり、砂煙が上がった。
そしてアカサの剣も粉々に砕け散った。
う、うおおーー!!と他の生徒たちが盛り上がる。
「ついにアカサがシークに勝ったー!」
「2人ともすげー!」
「目つき悪いぞー!」
「きゃー!アカサ君かっこいいー!」
賞賛の声に混じり悪口も聞こえてくる。
「おい、誰だ!今、目つきのこと言ったの!」
アカサはそれを聞き逃さない。
「え、えっ!?アカサがかっこいい!?」
レナは黄色い声援に動揺する。
(・・・今まで見た中で完璧な居合だった。まだ、荒かったとはいえ、魂創器化した剣を砕くとは。もしこれが'万全な状態'だったら・・・)
「んくっ!はぁ、はぁ、はぁ」
アカサは膝から崩れ落ちる。
(やはり、あの時に受けた下半身への一撃で踏み込みが思いっきりできず本来の威力は出なかったか。それに本来、居合は刀と言われる武器でその真価を発揮する。しかし、それでもあの威力、素晴らしい攻撃だった!)
ドルト先生は生徒達の成長を見れて満足そうに腕を組む。
すると煙が晴れボロボロで立っている姿のシークが現れる。
「・・・やっぱり足に力が入らない状態じゃ倒すまではいかないか」
2人ともボロボロで剣も砕けて戦える状況じゃない。ドルト先生は止めに入る。
「今日はここまでだ。2人は医務室に・・・」
「ちょっと待って先生・・・まだ終わってないよ」
シークが疲れ切った声で止める。
「アカサ言ったよね・・・奥の手は最後に出すものだって」
そう言うとシークの右手に白い光が集まってくる。それは徐々に剣の形になっていった。
それを見てアカサは驚く。
「あれは!」
(やはりもう出せたか・・・しかしこれは授業、2人共もう限界だ)
ドルト先生はシークに声を掛ける。
「シークここまでだ・・・」
「で、でもまだやれます!」
「シーク・・・」
「・・・はい、わかりました」
右手にある白く光る剣はだんだん消えていき、シークは右手をぎゅっと強く握った。
おそらく同年代と戦ってここまで追い詰められたのはアカサが初めてだったんだろう。
「くっ・・・」
上を向き自分にしか聞こえない声で悔しがった。
「シーク・・・」
いつも笑顔でバカみたいなことをしてるシークしか見ていなかったから、初めて見る悔しそうな表情にアカサは不思議な感情になる。
もちろんこんなに追い詰めたのは嬉しい。
でもあの技で倒しきれなかった、その悔しさもあった。
アカサが少し浮かない顔をしていると
「ライバルだな!」
ゴウが近づいてきてそう言った。
「ほら、ライバルってのはお互い同じくらいの実力だからこそ競い合って強くなっていくものだろ!」
アカサはその言葉を聞いて納得した。
─ 今まで手も足も出なかった相手にここまでやれた。
追いかけてた存在を今度は追い抜く。この瞬間、やっとシークのライバルになれたんだ。
こうして模擬戦は引き分けという形で終えた。
この引き分けはアカサたちがこれから強くなっていくために必要でとても貴重な1戦だった。
そして明日から、虚獣との実戦が始まる。
続く