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1-4

 二階堂桐子は中学時代に出来た友達の一人だ。

 文武両道で顔立ちも綺麗。物柔らかな笑みを普段から湛えていて、生徒、教師問わず人気があり、いつも頼られていた存在。

 それは高校に入ってからも変わらず、二日間の休みに心配する声の多さから、彼女の人望が窺える。

 中学から部活動で続けていた卓球を、高校一年の冬で辞めてしまったことは気になっていた。

 彼女は何を聞かれても、飽きたの一言で一蹴していたが、今回の無断欠席と関係があるように思えてきた。

 しかしそれ以外に、二階堂が学校をサボりそうな前兆を見せた様子は一切ない。


「これ、アモンの仕業なのか?」


 夕飯の後片付けを済ませると、時刻は二十一時を過ぎていた。

 一つしかないソファをハジメとマミに占領されたので、俺とツバサはテーブルを囲んで床に腰掛ける。

 俺はメイド達に友人の話を聞かせ続けていた。


「ま、分かんないね」

「ええっ!」

 黙って耳を傾けていた三人。やがてハジメが知ったこっちゃないと言った具合に答えた。


「実際に見てみないと判別なんてつくわけないさ。その程度の情報でどうしろと?」

「いや、隠すなって言ったのお前ら!」

 先程のやり取りからは想像もつかない素っ気なさであしらわれた。


「じ、冗談ですよご主人様。ハジメさんは、実際に見に行こうと言ってるんですよ、きっと」

「回りくど……捻くれすぎだろ長女」

「ツバサの言う通りさ。もう明日を待つしかやることはない……と言う訳であしはゲームの続きをやるからヨロシク」

 ハジメは消えていたテレビモニターの電源を点ける。中断していたRPGをプレイしだした。


「マミ、お風呂入りたいなー。掃除するからさー」

 ソファで足をバタつかせるマミ。当然だけど風呂も共有するんだよな……。


「あ、ああ風呂ね、風呂。確かにそんな時間だな。是非掃除してそのまま入ってくればいい」

 俺がそう告げると、マミは風呂場の場所を把握していたようで、フリルをはためかせながらリビングから退室した。


「私は何か……」

「いいってそんな肩肘張らなくて。ソファ座ってゆったりしとけば?」

「そうですか……ではお言葉に甘えますね」

 俺の言った通りに、先程までマミが座っていた場所に腰を下ろすツバサ。隣ではハジメがゲームに集中している。

 ……と思ったら、宿屋でぱふぱふの真っ最中だった。女の子でもやっぱり、癒されたい願望あるんだな……。


「マミー、あしにもぱふぱ……あれ? マミがいない」

「はぁ……お風呂掃除するって、さっき言ってたじゃないですか」

「そうか残念。姉特権をあのおっぱいに乱用してやろうと思ったのに」

 ソファにだらしなくもたれかかるハジメに、ため息を吐くツバサ。


「面倒臭がらずに、ちゃんと入って下さいね?」

「む、失敬だなぁ。ちゃんと毎日入ってるじゃないか」

 共同生活における風呂……っていかんいかん、邪念を捨てろ俺。

 残り汁とか匂いとか、そんなオヤジ臭いこと考えてんじゃねーよ!

 しかし少なくともマミ以降のどこかで、俺の入浴する番が回ってくるわけで。

 しかも俺の後に彼女達が入る可能性もあるわけで……。


「ご主人くーんっ」

 メイドと言っても思春期真っ盛りの高校生な訳だし、俺と似たようなこと考えてたりするのかな……恥ずかしい!


「ご主人くーん? 来てー?」

「俺の残り香を隅々まで嗅がれちゃっ……え?」

 遠くの部屋から、幼げな声が聞こえる。この方角は浴室だ。

 導かれるまま、俺の足はマミの下へ向かう。

 脱衣所の引き戸を引くと、マミが困り顔で収納ボックスを漁っている。


「えへへ、洗剤どこか分かんなくて」

 俺の登場を確認すると、照れたような表情でこちらに振り返った。


「そっか、説明してなかったな。悪い」

 言いながら場所を教える。しかし脱衣所内の少ない収納の数なら、自力で発見できそうではあった。


「ありがと。まぁこれは冗談なんだけどねっ」

「じょ、冗談?」

 浴室用洗剤を差し出す俺を、舌を出して笑う。マミは俺の腕を掴んで、浴室まで引きずり込んだ。


「お、おい、急にどうした?」

「いやぁ、一人でやるの暇だなーって思って。手伝ってよ!」

 自主的に申し出ることはあっても、主人に家事を手伝わせるメイドなんて聞いたことがない。


「何だよそれ……まぁいいけど」

「やった! ご主人君優しい!」

 しかし確固たるメイド論を持ち合わせている訳でもないので、一緒に掃除をすることにした。


「浴槽、壁、後は……」

 浴室は爺ちゃんの掃除が行き届いていたようで、目立ったカビ等はなかった。

 エアコンや排水溝も綺麗に見えるし、そもそもそんな大掛かりな掃除を、この時間から始めようとは思わない。


「なぁ、俺が出張る必要あったか?」

 何も付けていないスポンジをもみもみしながら、至極当然な質問をしてみる。


「あのね、暇が嫌だから手伝って欲しかったんだ。暇つぶしにマミとお話しするだけでもいいからさっ」

 おねだりするみたいに両手を合わせるマミ。手の間にスプレーの洗剤が挟まっている。


「はは、そうだな……じゃあドジやんないように見張っとくとするわ」

 バスチェアに座り、腕を組んでみる。ズボンを履いたまま尻を付けたのは、生まれて初めての経験だ。


「しゅしゅしゅーっと」

 浴槽に洗剤を吹きかけて、スポンジで磨き始めたマミ。年下の女の子の掃除姿を座って眺めるなんて、何だか変な気分だ。


「適当でいいからな」

「はーい」

 そう言いながらも、丁寧に隅々まで擦ってくれている。メイド服を着ているだけあって、様になっている。


「何て言うか……本当にメイドなんだな」

「えー? 変なこと言うねご主人君。どこからどう見てもメイドでしょー?」

「いや、三人ともメイドって呼ぶよりコスプレに近いからさ」

 ミニスカートやフリルは、正統派なクラシックメイドとは呼びずらく、それ故に家事を代行してくれるメイドとは結び付かない。


「ご主人君は袖とか丈の長いメイドの方が好み?」

「いや、生きてて考えたことないかも……」

「えへへ、こだわりがなくて良かったよ。おじーさまはこっちの方が好きだったらしいけどね」

「えっ! まさかお前ら、爺ちゃんの趣味でこんなもん着せられてんのか!」

 金に物を言わせて未成年に露出の激しい格好を着せる老人……!


「ある日、裁縫セットを持った知らないおばさんにスリーサイズを教えろって凄まれて、その数日後に、三種類のメイド服が突然届いたんだよね……」

「クソジジイ……!」

 今頃きっと、地獄で反省しているだろう。性癖に忠実ですいませんでしたって、閻魔に謝っているだろう。


「でもマミは気に入ってるよ? デザインも良いし、見た目より動きやすいしね」

 立ち上がって、壁に等間隔で洗剤を吹きかけるマミ。浴槽は磨き終えたらしく、喋りながらも掃除を頑張ってくれている。


「でも着替えるのがめんどくさそうだ」

「そうでもないよ? これね……ほら、ワンピースみたいになってるから、上からがぼっと着るだけでいいの」

 マミは唐突に前掛けの蝶結びを解いた。エプロンを取ると、確かに上下の境目はなく、リボンをあしらったミニスカワンピに見える。


「お、驚いた……急に脱ぎだしたのかと……」

「……ふーん? どきどきしちゃった?」

「う、うるせーよ」

 感情を抑える為視線を外す。きっと挑発的な眼差しを俺に向けていることだろう。


「えー? どっちぃ?」

「知らねーよ、汚れを防ぐためのエプロンだろ。早く付けろよ」

「答えになってないよー?」

 完全に馬鹿にされている気がする。私を見てと言わんばかりに身体をくねらせて、目の毒だ。


「……はいはい、どきどきしたどきどきした! だからもう許してくれ」

「えっへへー、マミの勝ちー」

 満足気にその大きな胸を張ると、ようやくエプロンを腰に巻いた。


「はぁ、下らないことやってないで、早く掃除再開してくれ」

 しかしメイド服の神秘に少しだけ触れられた気がしたので、悪い時間ではなかった。たかが布一枚、されど布一枚。


「あーっご主人君隊長! 問題が発生しました!」

「ど、どうしたメイドイエロー」

 彼女は大仰な声を上げて、壁の高い場所を指差した。


「届かないであります! チビだから!」

「潔いな」

 壁に洗剤を振りかけたのはいいが、そこまで手が届かないらしい。必死に背伸びをしている姿が健気だ。


「高いところはいいよ俺がやるから。ほら貸して」

「嫌だ! メイドのぽりすーに関わる! その椅子に乗って拭くから貸してよ」

「ポリシーだろ! だいだいそんな危ないマネさせられるか」

 バスチェアなんて不安定な足場の日本代表みたいなもんだ。怪我なんてさせたら姉達にどれだけどやされることか。


「えー……じゃああれで妥協するからぁ。土台役の膝の上に立って、腕を横に伸ばすやつ」

「サボテン⁉ もうただの組体操じゃん!」

 最早掃除をしていない。そもそも体勢的に拭くという行為が難しい。


「大体サボテンの前に肩車する工程があるんだから、そっちでいいだろうに」

「ご主人君の肩にこの格好で座れって? 正気じゃないねー」

「お前がサボテンとか訳分からんこと言いだしたんだろ!」

 スカートを手で押さえて苦笑いを浮かべるマミ。俺は何もおかしいことは言っていないはず。


「まぁいいよ、肩車ってされたことないから。やらせてあげるね?」

「何でそっちが観念した感じになってんの?」

 俺がスポンジでさっと拭けば済む話だ。


「どうしてこうなった……ほら、ここに足乗せろ」

 立ち上がって、バスチェアを端に寄せる。俺は中腰になって太ももを叩く。


「ええっと、こう?」

 分からないと言った様子で、素足を太ももに置かれる。


「対面で足乗せてどうすんだ。俺の首に座るイメージだぞ。もっとこう……後ろから肩を掴んで登るようにだな」

 俺は自分の肩を叩いた。ここに手を置いて、膝を土台に登るイメージを持ってほしい。


「落ちないよね? ちょっと怖いよぉ」

「ちゃんと膝は掴んでてやるから安心しろ。女一人ぐらい、軽々持ち上げてみせるからよ」

 怯えを声に滲ませながらも、おっかなびっくり俺の肩に乗るマミ。


「ふぇっ、太もも……」

「な、何?」

「いや、何でもない……うん。よし、拭くよ!」

 無事肩車が成功。身体を安定させる為に太ももをがっちりと掴んでいるので、緊張させているかもしれない。


「が、我慢しろ。頭から落ちたいか」

「もう! 変に意識させないで、まずドア側から!」

 ロボットになった気分で、上に乗る操縦士の指示に従う。泡だらけの手で頭を押さえられているが、それどころではない。


「おおっ、届く届く。それにちょっと楽しいかも」

 やっぱり他の二人と比べて女性的な身体つきをしていると思う。視線を横に少し逸らすだけで、肉感のある太ももが飛び込む。


「はいご主人君、横に移動」

 それにこんなに密着していると、いい匂いが嗅がずとも鼻に入ってくる。ミルクっぽい優しい香り。

 肌もいいが、もう少し気合入れて覗く努力をすれば、パンツとか見えるんじゃね……っていかんいかん。


「おーいご主人君」

「むぎゅっ!」

 両の太ももで、顔を挟み込まれる。頬がもっちりとした感触に包まれる。


「あぁ隣ね、ごめんごめん」

 二人っきりでいやらしいことを考えるのはよそう。こいつ、どうやら楽しんでるみたいだし。


「ごしごし、ごしごしっ……」

「真剣に掃除してくれて助かるよ。お陰様で綺麗になってる気がする」

 毎回肩車は困るが、メイドとしての適性はあるように思える。


「もしかして……ご主人君もスポンジで綺麗にされたい?」

「誰のどこが頑固汚れだ」

「顔とか?」

「このまま振り下ろされてーのか!」

「えへへ、じょーだんっ」

 笑いながら俺の頭頂部に柔らかい箇所、胸を押し付けてくる。いいように弄ばれている気がするが、緊張は解けていそうだ。

 ふざけていると、いつの間にか半分近くの高所の掃除を終えていた。


「浴槽側は何と言われようが俺がやるからな。足滑らせそうで怖いんだ」

 浴槽の中は既に拭き終わって泡まみれだ。こんな場所での肩車は死を意味する。


「そっか……じゃあ最後にアレ、やるしかないね」

「え、まさか……」

「はい、中腰になってー」

 どんだけサボテンやりたいんだよこいつ。確かに女子は運動会とかで出来ないだろうけどさ。


「誰も見てくれないサボテンなんて、虚しいと思わないか?」

「口より身体を動かすんだよ! ご主人君!」

「一丁前に……仕方ない」

 駄々をこねられても嫌なので、最後の我がままに付き合ってやる。

 俺は膝を曲げ、頭を落とし、彼女の体重を支える準備をする。

 後は太ももに足裏を置き、下半身を俺の頭部から抜き出すのみだ。


「おい、モタモタすんな、早く頭抜け。この姿勢も楽じゃないんだよ」

「分かってるよ……いや、でも……」

 この期に及んで怖気づいている。先程までの威勢はどこへ消えたのやら。


「な、何が出来ないんだよ」

「うぅ……やっぱ無理! 確実にパンツ擦れる!」

「気にしてる場合か! そんなもん、俺が平然としといてやるから! つーかドタバタすんな、落ちるぞ!」

 凄く女の子然とした理由だった。いやいやをするように足を振り回している。


「そんな嫌だったらやらなきゃいいだろ! もう下ろしていいか!」

「嫌だ! マミはサボテンをしなきゃいけないんだっ!」

「何なんだよその執念! そんな通過儀礼みたいなのサボテンにないんだよ!」

 執念と羞恥の狭間で戦うマミ。もう後でツバサにでも手伝って貰えばいい気がしてきた。


「続きは部屋でやればいいからさ、ほらもう下ろす……ぎゃああああっ!」

「わっごめんご主人く……ひゃあああっ!」

 興奮状態のマミが手にしていた洗剤スプレーの泡が、俺の眼球に向かって噴射されていた。

 うっかり勢いで出してしまったのだろう。不慮の事故だが、俺という土台を崩すのにそれは十分すぎた。


「痛てててて……おい、怪我は?」

「ご覧の通り助かったよ。ごめんねご主人君」

 尻を擦る俺に、馬乗りになったマミが申し訳なさそうに笑う。

 サボテンに近い体勢を取っていた為か、尻もちをついた俺が下敷きになる形での転倒。幸いマミが傷を負うことはなかった。


「いいや、これがドジっ子メイドってやつなら、そう悪いもんじゃねーよ」

 気丈に微笑んでみせる。しかし女の子が跨っているこの恋愛漫画さながらのシチュエーションは、男のあこがれでもあり……。


「マミさん! さっき凄い音が聞こえたのですが……え……?」


 よくある他の女キャラに勘違いされるパターンでもあるのだ。

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