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1-3

「三人とも学校には通ってるんだよな?」

「うん。でも女子校だから、ご主人君とは別だけどねー」

 俺たちは身の上話でもしながら、自宅から最も近場にあるスーパーを目指し歩いていた。

 隣にはマミが付いている。こうして横に並んでみると、身長差が二、三十センチはあるように見える。


「文化祭とか来てよね?」

「ああ、友達連れて行くよ」

 その時は絶賛無断欠席中の二階堂も一緒だといいんだけど。

 グレーのチャック付きパーカーの紐を弄びながら、楽しそうに話すマミ。

 下に白Tとデニムのダボっとしたワイドパンツを着こなし、ラフながらも洒落た着こなしをしていると感じる。

 別にお洒落に詳しいわけではないが、こちとら部屋着のまま飛び出してきたので、少し委縮してしまう。


「ご主人ー、これわざわざ四人で行く必要あったかなぁ。あしは歩くの疲れたよ」

「ちょっとハジメさん!」

 後ろを歩くのはハジメとツバサ。面倒そうに腕をぶらつかせる長女を、次女が諫めていた。


「でも場所知っといた方が何かと便利だろ?」

 全身を赤いジャージで包んでいるハジメ。女体育教師然とした風貌だ。


「でもマップ検索ですぐ分かるじゃん。あしも暇じゃないんだよねー」

「どれだけ動きたくないんですか……」

「無駄をなくすべきって話だよ、ツバサ」

 困り顔を浮かべるツバサは、ピンクと黒を基調とした、フィット感のあるスポーツウェアのような恰好。

 彼女はハジメとは逆に、動くのが好きそうな印象を受ける。


「君はそんなスタイルで、いかにもな運動好きだが、あしはだね……」

「あの、さっきから気になってるんだけど……その、あしって何?」

 俺は顔だけを後ろに向けながら、疑問を投げた。


「ああ、それはハジメさんの一人称です」

「い、一人称?」

 僕とか私とかのことだよな?

 答えるツバサに、ハジメは得意気に頷いている。


「うん、あしに至るまでは長かった……最初は私だったんだよ? でも次第に私って言葉にするのがかったるくなって……」

「一人称がかったるいって何だよ」

「私から次はわーしに。それでも面倒だったんであーしになった。でも何かあーしってギャルぽいなーって思ってあしに」

「そ、そうだったのか……」

 ハジメが語るあしの由来は、皆目理解不能だった。



「おぉっ、ご主人君、もしかしてここ? 広いねー!」

「え? ああ、もう着いたか」

 くだらない話をしている内に、目的の場所へ到着していた。

 マミが感動しているようだが、地方のスーパーなんてどこも結構な大きさだと思う。


 俺たちは入店するや否や、早速総菜売り場を見て回ることにした。

 案の定半額の商品がチラホラと残っていたので、各々適当に取らせてみる。


「そう言えば三人、好きな食べ物とかあんの?」

 買い物かご係の俺が尋ねた。


「焼肉だ」

「何でも食べます」

「辛い物!」

「返答に困る……」

 長女、次女、三女と順番に答えていった。

 ツバサは論外として、焼肉はバーベキューか外食派だし、辛いものは勝手にしろという話だ。


「他にもっと……ないの?」

 手軽な何かを俺は求めていた。


「……そうだ、焼きそば好きだよ、みんな。ね?」

 思い出したような口ぶりのマミ。琥珀色の瞳を二人の姉に向けて、同意を求めている。


「あぁ……そうですね、みんな好きです」

「間違いないな、マミ」

「そっか、焼きそばか」

 姉妹の思い出の味みたいなものだろうか。


「じゃあ具材だけ買っといて、今度作ろうか」

 俺の提案に、三人は首肯してくれた。


「まぁ今日の分はこれくらいにして……適当に色々漁るか」

 頭数がそろっているので、今の内に足りない日用品等を買い足しておこう。


「おいご主人、あれを見ろ」

「な、何だ」

 ハジメが俺の脇腹をつついていた。体格差があるので仕方ないが、くすぐったいのでもっと普通に呼んでほしい。


「卵が百円で売っている。生活費を随分気にしているらしいから、あしが提言してやったぞ」

「ど、どうもありがとう……」

 どんなメイドだよ。しかしあれは、、一家族一パックまでの限定品なので、そこまでの旨みは正直ない。


「理解できるかご主人。あしとツバサ、マミ。それにご主人が他人のフリして一つずつあれを買えば、しばらくは卵に困らない」

「理解したくねーよ! 店員に白い目で見られる方が、よっぽど困るっての!」

 ずる賢い主婦じゃないんだから。俺は彼女の提言とやらを却下した。


「一パックだけ買うぞ……ていうかお前の妹達、どこいったんだ?」

「あれ? 確かにいない」

 いつの間にか姿を消している。敷地が広いので、探し出すのにも一苦労だ。

 俺とハジメは辺りを見回しながら二人を探す。


「あれは……」

 だがハジメは早々に何かを発見していた。


「ど、どうした? 揉め事か?」

 年を取った男性と、若い女性店員が、何やら話し込んでいる。近くで取り巻きのように、ツバサとマミがそれを眺めていた。


「あ、ハジメさん! あれって……」

「ああ……一応そうらしいな」

 合流するや否や、突然神妙な面持ちを作る三メイド。


「お、おいあんま首突っ込もうとすんなって」

 三人して、話し合いに聞き耳を立てている様子。厄介そうな爺さんだ。関わるだけ時間の無駄だろう。

 ここの品ぞろえがああだのこうだの。あの人絶対バイトだろうに。


「え? おいっ!」

 俺の考えとは裏腹に、ツバサがあろうことか、その二人の間に入っていった。


「なぁ、何やってんだお前ら?」

 ハジメとマミに問いただす。


「後で説明する」

「はぁ?」

 しかしハジメはこちらに一瞥もくれることなく言い放った。


「説明? あの、いきなりすぎて状況が全然飲み込めてないんだけど」

「まぁまぁご主人君、今言っても混乱するだけだから。ちょっと待っててよ」

 俺をなだめるように両手を前に出して、苦笑とも呼べる笑みを浮かべるマミ。

 混乱ならとっくにしている。爺さんはバイトと話すのを中断して、ツバサと会話を繰り広げている。


「それにこの店はじゃな……」

「ええ、分かります」

 話の内容としては、爺さんの愚痴を、ツバサが聞き役として受け止めてやってるという形。


「……ふぅ、じゃあの。お嬢さん」

「ええ、それでは」

 五分くらい聞いていただろうか。爺さんは、踵を返してツバサの前から去っていった。


「消滅したようだ」

「大したことなくてよかったね!」

「し、消滅?」

 一方静観を決め込んでいたハジメとマミだが、どこか満足げな表情でツバサを迎えた。


「悪いね、人柱になってもらって」

「いえ、ただ話し相手が欲しかっただけみたいでしたし」

「そうらしいな」

 労うようなハジメ。今の一連の時間は、予定通りだとでも言わんばかりだ。


「ご主人様、ご覧になっていましたか?」

「え? うん、み、見てたけど」

 俺は疎外感を覚えていた。三人の行動も、消滅というフレーズも理解できていない。


「では帰りましょうか。恥ずかしながら、お腹がペコペコです……積もる話は食卓で」

 はにかみながら自身のお腹を擦るツバサ。俺は言われるがまま会計を済ませ、四人で帰路に就いた。




 家に到着してからは早かった。

 三人が律儀にメイド服に着替えると言うので、その間に総菜を温めて、取り皿と一緒にリビングのテーブルに並べておく。

 ツバサが手伝いを申し出てくれたが、レンジやオーブンを使うだけなのでお断りしておいた。


「お待たせご主人君ーっ」

 メイド姿の三姉妹がリビングに入ってくる。うん、いつ見ても浮世離れした光景だよな。

 正面にツバサ、その横がマミ。俺の隣はハジメが腰を下ろす。高級感のある綿の座布団は、座り心地がいい。


「申し訳ないです、私達の仕事なのに」

「おお、茶色一色。マミ、テンション上がっちゃうかも」

 唐揚げに餃子にとんかつに……欲望のまま選ぶからこうなる。


「わざわざ着替える必要ないだろうに」

「それはメイドの矜持ってやつだよ、ご主人。実際面倒だけど」

 ならそんな矜持捨ててしまえばいい。俺はそんな話がしたいんじゃない。


「そんなことよりさっきの……いや、まず頂きますか」

 ツバサが待ちぼうけをくらう犬のような瞳で、こちらを見つめている。

 本当に食い意地が張っているらしい。


「コホン……頂きます」

「頂きます!」

 俺たちはそれぞれ、自分の食べたいおかずを取り分けていく。

 実家を離れてからこんな時間を送れるなんて、夢にも思っていなかった。

 家庭味の感じられない食事でも、団らんを囲んでいれば話は別だ。


「マミさん。エビフライの尻尾、食べないのであれば、私が貰ってもいいですか?」

「うん、どうぞっ」

「こんなに美味しいのに、勿体ないですね」

 マミの箸からツバサの箸へと尻尾が渡り、そのままそれを口に入れるツバサ。

 何かが気になる……そうか。マミの箸の持ち方だ。何だかオリジナリティに溢れてるな。

 それ故に、凄く姉妹っぽい情景だ。兄弟いないから知らないけど。

 そうしたら長女が口を挟むんだろうなぁ。こいつは捻くれてるからきっと……。


「ゴキブリの羽と同じ成分のものを食べて嬉々とする我が妹。微笑ましいねぇ、どうぞあしのゴキちゃんも食べておくれよ」

「そんなカビの生えた雑学聞かされても、何とも思いませんねっ。是非頂きます」

 からかう姉に、それをひらりと躱す妹。微笑ましい情景。


「ああ、こんな時間も悪くない……じゃなくてーっ!」

「?」

 テーブルを叩く俺。三人は箸を持ったまま、キョトンとしている。


「何だよこのふわふわした温かい空間、仲良しか! さっきのスーパーでの出来事わい!」

 正直食事なんてどうでもいいんだよ。後で説明してくれるって言ったのはお前らだろうに。


「まぁまぁ落ち着けご主人。腹を満たし、体も心も落ち着いた状態を作ろうという、我々の作戦じゃないか」

「知るかよ! そのご主人、さっきから混乱治ってないんですけど!」

「分かった、じゃあなんでもなおし買ってくるからじっと……」

「何の話だ!」

 ハジメと話していてもらちが明かない。俺は視線をツバサとマミに向けた。


「話しても信じて頂けるかどうか……あまりにも現実から、かけ離れた内容ですので」

 自信なさげに口を開くツバサ。


「メイド三姉妹より現実的な内容だったら、信じてやれる自信はあるさ……あ、そうだ」

 ずっと気になっていたが忘れていた疑問。それを唐突に思い出した。


「爺ちゃんがお前たちとこの家に住むように、色々仕向けていたのは分かった。でもその理由を聞いてなかった」

 それが死んだ爺ちゃんの願い。しかし何故。夢半ばで息絶えたジジイの代わりにハーレムを……というわけではあるまい。


「そうです、それこそが先程のスーパーでの一件と関係があります」

 待ってましたと言わんばかりに、ツバサが人差し指を立てる。


「先程のご老人、変だと思いませんでした?」

「え?」

 変と表現するより、迷惑の方が近い気がする。


「周りにもやもやとした何かが見えたりとかですね……」

「も、もやもや……風呂上がりの湯気的な? それとも、オーラみたいな?」

「後者、ですかね」

「いやそんなもん視覚できるかっての、てかオーラって何だよ」

 そんな幻想的なものがあの爺さんから放出されていたとでも?


「やっぱりご主人君、見れないんだ……」

「お爺様が意図的に遠ざけていたのでしょうか」

 対面のメイド二人がひそひそと話し合っている。


「あの、いきなり話がファンタジーな方向へ飛躍してる気がするんだけど……」

「飛躍なんかじゃないさご主人。なんせ今日、その一歩を踏み出したんだから」

「は、はぁ?」

「ご主人、お爺様があし達をここに呼んだ理由、そしてここで暮らす理由、それは……」

「それは……?」

 ワインレッドの瞳に、俺の強ばった顔が映り込んでいた。焦らすように間を開け、そして。


「悪魔祓いだよ。あし達と一緒にこの街を守るんだ」


「……何て?」

「あ、く、ま、祓いっ。ご主人はお爺様の跡を継ぎ、この街を守るんだよ」


「……はああああっ!?」

 テーブルがひっくり返る勢いで、俺は叫んでいた。


「うるさーい、ご主人君」

 マミが人差し指で両耳を押さえていた。


「だってお前、何だ悪魔から街を守るって! それに爺ちゃんの跡を継ぐだって!?」

 あまりに現実と乖離した内容に、頭が飽和状態だ。


「ご主人様、お爺様がどんな仕事に就いていたのか、ご存知なかったのですね」

 穏やかな語り口のツバサ。俺を落ち着かせようとしてくれているのか。


「爺ちゃんの仕事って……」

 俺が昼休みに校庭でサッカーをするような無邪気な少年だった頃。

 まさにこの場所。帰省で訪れたこの家のリビングでの記憶が蘇る。


 ――お母さん、何でお爺ちゃんは一日中、テレビで相撲やゴルフの試合ばっかり観てるの?

 ――あれがお爺ちゃんのお仕事なのよ。ああやって日がな一日緑茶を啜っているだけに見えて、テレビの未来を守っているのよ。


「テレビ評論家じゃなかったのか……」

「純粋な子供だったんですね……」

 よく考えれば、そんな職業あるはずもなかった。母親は今日までずっと、俺を騙し続けていた訳だ。


「でも、爺ちゃんのそんな姿、見たことないぞ?」

 そもそも悪魔祓いなるものが、どんな職業かも知らないのだが。少なくともテレビ評論家よりは胡散臭い。


「馬鹿を言うなご主人。ウ〇キペディアにもちゃんと書いてあるぞ」

「うぃ、ウ〇キペディア!」

 馬鹿はお前だろと言いたくなったが、口より前に手を動かしてみた。


岡寺叶嗣かなつぐで検索っと……え……」

「読み上げてご覧よ」

 したり顔を作っているハジメ。何故だか腹立たしい。


「岡寺叶嗣は日本のエクソシスト。蒼生市出身……いやエクソシストって誰だよ! 何を格好つけてんだ爺ちゃん!」

 しかし本当に爺ちゃんの名前が乗っていた。たまに友達の名前を調べて、部活の記録なんかが出てきて盛り上がる感覚に似ている。


「おじーさま言ってたよ、あまり世間に知れ渡ってない職業だって」

 世間どころか誰も知らないであろうことを、この最年少に教えてやりたい。


「だからってエクソシストは違うだろ。実際どんな仕事なんだよ、その悪魔祓いって」

 正直まだドッキリの可能性を俺は疑っている。肝心な質問をぶつけてみた。


「世界中に蔓延るアモンと呼ばれる不可視の悪魔。そいつらが社会に害を及ぼす前に消滅させてやるのが、悪魔祓いの役目」

「あ、あもん? ふかしのあくま?」

 捲し立てるように言い切ったハジメ。要は悪霊ってことか?


「そう、アモン。奴らは人間に取り憑き、その欲望を増幅させる……あ、ご主人、ありえないと思ってるだろ」

「おう、バッチリ思ってる」

 なんせ俺は、霊の類を今まで信じたことがない。


「私があのご老人と対話していた時、まさしく悪魔祓いを行っていたんですよ?」

「あんな雑談が、悪魔祓いだと……?」

 もっとこう……うんたらかんたらソワカ的な呪文を唱えるものではないのか?

 ツバサの先程のそれは、俺のイメージからあまりにもかけ離れている。


「アモンとは、人間の強い欲望が霊体化して外に出たものを指します。アモンは別の誰かに取り憑き、その欲望で心を支配します」

「よ、欲望……あの爺さん、そんなもんを纏っていたのか?」

 赤の他人から発生した欲望の結晶が、爺さんに取り憑いたということなのか。迷惑な話だ。


「はい。恐らくあのアモンの欲望は……誰かと話したかった、程度のものだと思われます」

「お、おい、強い欲望ってさっき言ってたよな? そんな可愛い欲望あるか?」

 俺は言葉の齟齬に疑問に感じた。悪魔が聞いて呆れるって話だ。


「そんなの当人にしか分からないさ。ずっと独りぼっちだったのかもしれない。昔に奥さんを亡くしたのかもしれない」

 ツバサの代わりにハジメが答えた。もともと低い声のトーンを更に落として、慈しむような声色だ。


「悲しい過去を背負った悪霊……そのアモンとやらが、あの爺さんに取り憑いたってことか?」

「そう、アモンは同じ欲望を持った人間に取り憑きやすい傾向がある。あのご老人も近しい存在だった可能性も……」

 その結果、店員にウザ絡みしてたってことか。そこそこ日常的な風景だったが、きちんとした理由があったらしい。


「それで、話し相手になってやったのか。爺さんは気持ちよく会話を終え、欲望が解消。その結果、さっきから言っている消滅に繋がるのか」

「正解だ。欲望が解消されると、アモンは人体から消滅し、取り憑かれていた人間の欲望は薄まる。呑み込みがいいな、ご主人」

「全然呑み込めてないけど……まずだな、どうやったら見えるようになるんだよ、そのアモンってのは」

 悪魔祓いの家系に俺は生まれていたらしいが、肝心のアモンが見えないんじゃ型無しだ。


「アモンと長く接触すること。才能のある人間なら、たった数回の接触で見えるようになる」

「才能ねぇ……いまいちピンとこないな」

 自分の掌を眺めてみるが、そんなものがあるようには思えない。


「私たちと活動していればすぐ見えるようになりますよ。ご主人様はお爺様の血を引いていますので」

 心配するなと言った具合に付言するツバサ。


「そうだといいけど……皆は見れるんだよな、アモン。いつから見れるように?」

 この三人も悪魔祓いに関わりのある家柄だったりするのかな。


「えっと……それはですね……」

「マミたちも才能があったってこと! いつの間にか見れてたよ」

「そ、そういうもんか」

 言い淀んでいたツバサの間にマミが入った。別にその部分は詳しく知りたいわけでもないので、特に追求しない。


「他に分からないことあるかなぁ、ご主人君?」

 彼女達がここに来た本当の理由は、そのアモン退治が目的だった。で、あれば。


「き、危険じゃないのか? 消滅させる為に他人に接触なんて」

 此度のアモンは迷惑程度の相手だった。しかし恐ろしい欲望を持った存在がいても、おかしくはなさそうだ。


「うむむ……でもこの街では会ったことないよね? ハジメちゃん」

「うん、それにそこまでの強敵なら我々の出番はない。手に負えないアモンは見た目で分かるし相手取らなくていいと言われている」

「じゃあ野放しにするってのか?」

「あし達以外にもいるのさ、所謂プロって連中が。お爺様がそうだったように」

 本当に職業として存在しているんだな。爺ちゃんの遺産を考えると高給取りなのかもしれない。


「そうか……しかし消滅の手段は、さっきみたく欲求を解消してやるしかないんだろう?」

 先の手合いの場合はどうなるのだろう。トークの上手さが段違いだったり?


「えっと……まあ、そうだな。しかしプロと我々のようなアマでは格が違う」

「え、アマチュアなの? お金貰えないの?」

 プロの爺ちゃんから遣われた割には、大したことないのかな。


「ご主人君。マミ達普通の高校生だよ? アマもアマ。学業の合間に、アモンしばいてる程度だよ?」

「アマとプロの境目が分からないんだけどな……しかしそんな心持ちで、街の平和ってやつを守れるのかよ」

 三人のメイドは、とても殊勝な心を持った正義の味方とは呼べそうにない。


「だからぁ、ご主人と守っていくと言っただろう」

 やれやれと首を振るハジメ。


「そう言われてもな……俺は何をすればいい? アモンが現れるまで、じーっとしてるのか?」

 だとするなら、随分暇な時間を過ごすことになりそうだ。


「パトロールがある。夜に街を数十分歩き回って、アモンがいないか確認をする……今日は遅いからしないけどな」

「め、めんどくさ……」

「それと登下校の際にも、通学路を注意深く見ることだ。アモンがいつ現れるかは分からない……確かに面倒だけど仕方ないさ」

 さぼり癖の酷そうなハジメがそこまで言うなら、よっぽど重要なことなのだろう。


「朝もありますよ、通学路以外の場所を少し。家から学校までの距離が近くなったので、時間はあります」

 ツバサが更に億劫な話を付け加えた。


「え、近く? むしろ遠くなってるんだけど」

 家から最寄り駅、さらに学校までと、六十分近くの時間を要する。


「ああ、近くなったのは私達です」

「何か腹立つ……」

 まるで俺というより、彼女たちのためにこの家が割り当てられたみたいじゃないか。


「とにかく、明日から責務を果たしていくことになりますので。よろしくお願いしますね、ご主人様」

「じ、実感が湧かない……」

 アモンと呼ばれる、非現実的な存在の退治。しかしゲームの世界に飛び込んだ訳でもない。

 あくまでこの現代社会に蔓延る問題なのだ。何故ただの高校生達にそんな役割が与えられているのか、理解に苦しむ。


「大丈夫だよご主人君、最初は分かんなくても。パトロールって言っても、一緒にお散歩する感覚でいいと思うよ?」

 俺の胸中を察してか、マミが優しい言葉をかけてくれる。


「そ、そうだよな。それにあの爺さんレベルの相手なら、気楽に挑めそうだ」

「うん! そもそもアモンなんてあんまり現れないからね?」

「え、そうなの?」

 俺が思っているより簡単な話だったり。


「だってそうでしょ? ご主人君、今まで急に様子がおかしくなった知り合いとかいた?」

「成程な、確かにそうだ」

 欲望に支配された奴。取り憑かれたみたいにおかしくなった奴。そんな知り合い、確かに今まで……。


「取り憑かれた……ん?」


 ――取り憑かれたみたいに一方的に断られた、かぁ。


 友人の三郷と下校中に、女友達の二階堂が最近学校を休んでいる件について話していた。


「でも比喩だろうし……今日のことで過敏に考えすぎかな」

 仮に二階堂が取り憑かれていたとしたら、話が出来すぎている。


「ご主人君?」

 考え込む俺の顔を、心配そうに見つめるマミ。


「いや、何でもない」

 取り憑かれたというワードに引っかかっただけだ。あいつはただ、授業をサボっているだけに過ぎないだろう。

 それにサボりの欲求なんて、数日で収まりそうじゃないか。すぐ学校が恋しくなるよ。


「ご主人、いいか」

 俺が自分に言い聞かせていると、隣に座るハジメがこちらに向き直っていた。


「取り憑かれた人間は、そのアモンの持つ欲求に頭が支配され、正常な判断が出来なくなる場合がある」

「せ、正常な判断……」

「今日みたいな弱いアモンなら放っておいても問題は少ないが、さっきも言ったようにその限りではない」

 メイド達でも敵わないアモンに取り憑かれている可能性。


「そしてマミも言っていたが、奴らはそう現れない。しかしあし達は知っている……いかに危険かってのを」

 ワインレッドの瞳が、俺を捉えていた。


「だからご主人……心配事があるなら、絶対に隠すんじゃない」

「っ……」

 心臓を掴んで離さないような、強い言葉。

 万に一つもありえないとは思う。だがそんな楽観的な考えで、もし彼女に何か起こったとすれば……。


「後悔しても、しきれないな……俺達じゃなきゃ、救ってやれないかもしれない」

 感情の機微に聡いのは、流石長女と言ったところか。俺の一抹の不安は簡単に見透かされた。


「では、アモンについては信じて頂けた、ということですね」

「さぁな。でも付き合ってみようとは思えたよ、悪魔祓い」

 俺がそう言うと、ツバサは眉を開いた。そんな姿を見て、マミもほっとしている様子。


「そっか、じゃあ話してよご主人君。その心配事をさ」

「ああ、でもアモンって決まった訳じゃないからな。そもそも俺は、取り憑かれている姿をまだ視認出来ないんだ」


 すっかりぬるくなった総菜には、誰も口をつけていなかった。

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