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「今日も来なかったな、アイツ」

 ポケットに忍ばせた家の鍵を右手で弄びながら、呟いてみる。


「ああ」

 夕暮れと吹奏楽部の演奏を背に、男二人並んで歩く帰り道。

 振り返ると、公立春暁高校の本校舎が、オレンジに照らされていた。


「取り憑かれたみたいに一方的に断られた、かぁ」

 俺の数少ない友人。三郷太助さんごうたすけはスマホの画面を見ながらそう言った。


「あいつの友達から?」

「おう」

 予定がない時はよくアイツと三郷、俺の三人で駄弁りながら下校したものだ。

 しかし二年生に進級してからと言うものの、そんな日常すら叶っていない現状。


「こうなりゃオレたちで突撃するしかねーなぁ?」

「そうだな」

 乗り気になっている三郷に、俺は適当に返事をする。

 たった二日間会えていないだけで、心配しすぎな気がする。

 だがそんなことをわざわざ口に出してやる必要もない。


 俺は身近な距離で温度差を感じながら、改札口を通った。

 いつの間にか駅に到着していたのだ。


「あれ、何で反対側?」

 普段とは違うプラットホームに出ようとする俺に、三郷が尋ねた。


「言ったろ」

「ああ、引っ越したんだっけ」

 三郷が右手をポンと左手の上に置く。


「そ、じゃあな」

 俺は軽く手を振ると、三郷も俺に小さく振り返した。


「じゃあな、叶央かなお



 電車に揺られながら考えていた。

 二階堂桐子にかいどうきりこ

 今までただの一度も欠席したことのない彼女が、二日連続の無断欠席。

 真面目なあいつに限って、ありえないことではあった。

 しかし俺としては、そこまで深く考える必要はように思える。

 例えば、どこぞのヤンチャ男に引っかかって遊び惚けているとか。

 確かに顔はいいもんな、アイツ。

 ふらっと復学して、垢抜けた姿で帰ってくるかもしれない。

 派手なネイルとか塗って、ピアスの穴とか開けてたりして。

 ……それはそれで心配になるか。


 窓の外を見やると、桜並木が物凄い勢いで流れていった。

 春は変化の季節。かくいう俺も、その例に漏れずにいる。


「次はー、蒼生あおき、蒼生」

 聞きなれない車内アナウンスを頼りに、電車を降りた。

 ……って俺以外誰も下車しないのね。


 一人、ローファーの音を鳴らしながら、自動改札機をくぐる。

 駅から目的地までは、自転車で約十五分。

 過ぎ去る道のりは田んぼが広がり、カエルの合唱が聞こえてくるような田舎地帯。

 そんな交通の便の悪い場所に、新たな我が家はあった。


「いやー、いつ見てもでっけー」

 車庫に自転車を止める。

 木造のそこそこ大きな一軒家を見上げながら、俺は感嘆を吐いた。


「急に俺ん家になるって言われても……実感湧かないんだよなぁ」

 しかし素材も分からない石でできた表札には、確かに岡寺と彫られている。

 そう、間違いなく我が家だ。岡寺は俺の苗字なのだから。


「道路から玄関までの距離が遠ければ遠いほど、高級な一軒家だって、誰かが言ってたっけ」

 オカルトめいた噂も、胡散臭さを払拭させるに足る現実がそこにはあった。

 テレビで特集が組まれる程度の巨大な豪邸とまではいかないが、石材から成る玄関アプローチが、重々しさの中で気品を表している。

 庭にも小石が敷かれており、これは靴で踏むとジャラジャラとした感触が心地良い。

 植栽などと言ったものはなく、全体的に無骨な印象を受けるが、それはそれで手入れが楽で何より。

 さて、外観はこんなところか。ざっと見ただけでも分かるが、この家……。


「どう俺一人で使えと?」

 引っ越しの荷物を運ぶために、ここには何度か来ている。

 そしてその度に思うのだ、宝の持ち腐れだって。

 贅沢な悩みかもしれないが、実際問題そうなんだから、しょうがないじゃん。


「まあいいや、そのうち慣れる」

 一人、家の前で突っ立っていても仕方がない。

 俺は扉に鍵を挿し込み、施錠を解除。

 ガラガラと引き戸を開ける。

 今日日引き戸なんて、日曜夜の国民的アニメ以外で見たことがない。


 広大な玄関。踏み入ると自動で明かりが点くと共に、テレビの音が聞こえてきた。

 いっけね、消し忘れてきたか。


「……え?」

 何でテレビ点いてんだ?

 最後に訪れた時なんて、ずっと消しっぱなしだったはずだ。

 それとも、とうとうテレビまで自動で起動する時代が来たのか? 若者のテレビ離れ解消的な意味で?

 なら遠慮なく、六十五インチの大画面で視聴してやろうじゃないか……現代っ子はアニメ配信以外見ないけどな!


「……えっと、言ってる場合じゃなくね?」

 靴を脱ぐことも出来ず、ただ玄関に佇む俺。

 この不可思議な現象に名前を付けるとしたら、何だろう。

 幽霊がリビングで、チャンネルをいじくってるわけじゃあるまい。


「これはもしかして……っ?」

 ふと、感じ取った。俺以外の何者かの、気配。

 リビングにその正体がいるとでも言うのだろうか。どうにも信じたくはなかった。

 一応は立派な一軒家だ。泥棒の一人や二人、進入してきてもおかしくはない。

 正面から彼らと対峙して、無傷で追い払える自信など俺にあるものか。


「何か武器になるものをっ、待てそれより警察に……ってあれ?」

 足元にも、気配。


「これは」

 靴だ。それも三足。

 右からスニーカー、スニーカー、ショートブーツ。


「え、お出かけ気分?」

 どういうこと? 友人と遊ぶ感覚で盗みを働きに来た?


「いや、泥棒なら普通土足だろ」

 しかも几帳面に全て並べられてある。これが盗人の流儀か?


「何ならこれ、女物じゃん」

 スニーカーも小さいし、間違いない。

 何これ、現代版怪盗三姉妹?


「確かめる他あるまい」

 崩壊する現実感と緊迫感。恐怖はどこかへなりを潜めていた。

 俺は相手が悪党であるという可能性すら忘れ、靴を脱ぎ、リビングの扉を開けた。


「は?」

 薄暗い部屋。テレビ画面の明かりだけが、異質な光景を浮かび上がらせていた。


「また回復かよこいつ、いい加減くたばれっての……」

 ゲームのBGM、コントローラーの操作音、そして、声の低い女のぼやき。

 信じがたい光景に、俺は目を疑う。

 二十畳近くあるリビングのど真ん中で、何者かが寝そべりながらRPGをプレイしている。


「だ、誰!」

 俺に押しかけ妻なんていたか?

 姿形のはっきりとしない人物に問いかけたが、返事がない。

 我が物顔で居座って、画面に集中している。

 それより電気点けろよ! 目悪くなるぞ!

 しかしきっと、泥棒の類ではないのだろう。

 無理やり追い出すのも違う気がしたので、俺は一旦部屋の電気をつけることにした。


「ふわっ!」

 手探りでスイッチを押すと、瞬時にリビングが明るさを取り戻す。

 その正体は電車で寝過ごしたときみたいに、辺りを忙しなくキョロキョロしだした。


「あの、ちょっといい?」

「……あ」

「あじゃなくて」

 身長の低い女の子は、俺を視認するとぴたりと動きを止めた。


「おたく、誰?」

 固まってしまった少女に問いかける。

 すると逡巡の後、決心したように立ち上がった。


「勇者よ、よくぞここまで辿り着いたな」

「え?」

 腕を組んで偉そうにしている。魔王プレイ?


「しかしそのような軟弱な体で、我を倒せるとでも?」

「いや倒されてるの、おたくのパーティ……」

「へ? ああああああっ」

 少女が振り返った先には、全滅した勇者一行が映し出されたモニター画面。


「あの、ホント誰なんですか?」

 柔らかそうなブラウンのボブヘアーをへたらせながら、ゲームの中で膝をつく勇者と同じポーズをとっている。

 少なくとも泥棒ではないことは確定していた。


「見てわからないか……」

「見て……ん?」

 どこかアンニュイな、ワインレッドの瞳をこちらに向けながら告げる。

 い、言われてみれば……。


「何故にメイド服?」

 ただの奇抜なファッションというわけではないのかもしれない。

 黒と白を基調としたデザインに、赤いフリルやリボンをあしらった、クラシックとは呼べない半袖のメイド服。

 意中の質問が来た為か、少女はゆっくりと膝を伸ばして、こちらに向き直った。


「どうして自分の家に、顔も知らない美人メイドが……って顔をしているね」

「別に美人とは言ってないけど……」

 どちらかと言えば可愛い寄りだ。身体も小さいし。


「あと二人」

「は?」

「あと二人、この家のどこかにメイドがいる」

「え、まだいんの?」

 そう言えば、玄関に靴が三足あった。


「彼女たちを見つけることが出来たら教えてやる、真実を」

「めんどくさ……ホントにゲームみたくなってんじゃん……」

 相も変わらず尊大な態度を取るメイド。


「ここで真実を話すのと、あなたに通報されて我々が泣く泣く警察に真実を打ち明けるの、どちらがいい?」

「それ普通俺のセリフだよね?」

 とどのつまり、お巡りさんだけは勘弁してくれと言いたいのだろう。

 そんな身勝手を許していいのか分からないが、とり合えず言われた通りにするとしよう。


 当のメイドは話は終わったとばかりに、ゲームを再開している。

 果たして、そのふてぶてしさに足る理由をご説明頂けるのか。

 俺は渋々リビングから退室した。



「さて、どうしようか」

 この家の図面を頭に描いてみるが、まだ全体がはっきりしてこない。

 しかし今からかくれんぼの鬼をするというわけでもないので、捜索にそう時間はかからないだろう。

 俺はマッピングも兼ねて、家の中を回ることに決めた。


 廊下に出た俺はまず、今いる一階を調べることにする。

 リビングだけではない。キッチン、風呂場等、生活の基盤となるこの階の情報はおおよそ頭にインプットされている。


 第一の目的地は決まっていた。まずバスルーム。

 ここでエンカウントとなれば、この上ないラッキースケベが、成立するがどうだろうか。

 勝手に部屋の中に侵入されて、迷惑を被っているのはこっちなのだから、問題はあるまいな?


 だが意気揚々と脱衣所に入った割には、入浴中の女性はおろか、服が脱がれた痕跡すらない。

 二人で足を伸ばせて入れそうな浴槽は、水が抜かれてその役割を放棄している。

 まったく少しはしずかちゃんを見習えばいいと思うよ。


 そしてその勢いのまま、トイレもバッチリ確認したが、大便器のフタが独りでに開くのみだった。

「ウィーンじゃないんだよ」

 その空虚さは、今の自分を表しているようで。

 和室やベランダ、その他物置と化した部屋たちを探し続けるも、あと二人のメイドとやらは現れなかった。


「残るは一か所のみ……」

 一階は最後のスポット、キッチンが残っている。

 気が付けばもうすぐ夕飯時だ。

 以前来た時の作り置きがあるから、今日はそれを食べる予定。


「はぁあ……」

 早く訳の分からない茶番を終わらせて、ゆっくりしたい。

 ため息交じりに、俺は扉を引いた。


「ん……ゴホッ、ゴホッ!」

 中に入るや否や、強烈な刺激臭にむせ返ってしまう。


「どこから発生してんだこれ」

 冷蔵庫や調理器具、一人どころか四人位いても使えきれそうにない食器が並んだ食器棚は、無事に見える。

 そうして最後、調理台。


「な、これは……」

 黒と白の物体が、床の隅で不規則にうごめいていた。


「はぐっ、むぐっ、ずるるるる……」

 不気味な音……否、これは人間の声だ。

 間違いない、こいつが臭いの発生源を作り出している。

 一体全体何を工作していると言うのか。民家でバイオテロでも画策しているのだろうか。

 そもそもこんなに嗅いで大丈夫なの俺? たぶんもう取り返しつかないよね?

 恐る恐る正体不明の人物に近づく。


「だ、誰だっ!」

 悪者に投げかけるイメージで言い放った。 

 そして俺の声に呼応されるように、何者かは首をゆっくりとこちらに向けるのだ。


「オイシィ……」

 口元を赤黒い液体で汚した少女と、目が合ってしまった。


「カ、カニバリズムっ⁉」

 馬鹿な、人肉を食しているだと?

 少女は鍋に入った、ドロドロとしたものを咀嚼していた。

 あれは血液だろうか、まさに血も滴る女だ。


 狂気じみた光景だが、俺の家に人の死肉を持ち込んで、わざわざ食べる必要性が分からない。

 まさか、次はお前を食べてやろうか的なメッセージが込められてる?


「お、俺も美味しく頂くつもりか」

 聞いたことがある。調理された人肉は、牛肉に似た匂いがすると。

 若さ故に自制が利かず、犯罪に手を染めた少女。


「今ならまだ間に合う、だからそんなもん食うな!」

 俺は手を差し伸べた。

 屠殺され、彼女の胃袋に納まる恐怖より、間違いを犯している人間を指摘できない愚かな自分の方が、よっぽど恐ろしい。


「お兄さんまで、マミを偏食家って馬鹿にするつもりなの?」

 マミ。この子の名前か。

 存外舌っ足らずで幼い子供のような声をしている。背が低くて顔も可愛らしいし。


「いや偏食ってレベルじゃ……あれ?」

 マミとやらが体全体で抱えている鍋を覗き込むと、見覚えのある料理が中に入っていた。


「あのそれ、もしかして」

「なんか冷蔵庫に入ってた麻婆豆腐!」

「それ俺の今日の夕飯っ! 何してくれてんだ!」

 折角卵と合わせて麻婆丼にしようと、授業中から考えていたのに!


「でもね、これって中辛でしょ?」

「え? あ、うん」

 接続詞の意味が分からないんですけど。


「中辛だとちょっと物足りないから、マミがもっと辛口にしといてあげたよ!」

「いや、あげたよじゃなくて。中辛が食べたかったから、中辛を買ったんだよこっちは」

 どういう気遣いの仕方? 激辛布教少女?


「そもそも勝手に人の家入って、食料漁るとかダメじゃないか」

「ああっ」

 俺は少女が大事そうにしていた鍋をひったくる。


「あの、前作ったときはこんな黒々としてなかったような……」

 麻婆がシックにイメチェンしてやがる。

 中身を指で掬い、一口ペロリと口内に含んでみた。


「ね、美味しいでしょ?」

「ぴぎゃああああああああっ!」

 舌が暴れ狂って爆発する! なんじゃこりゃあああっ!


「う、うえっ……おい何だこれ、すりおろした手りゅう弾でも入れた……?」

「何それ、変なお兄さん。ちょっと辛さ足しただけだよ?」

 そう言って、空っぽになった一味唐辛子の粉末が入っていた瓶を見せてくる。


「ちょ、それ、まだ明けてなかったやつ! まさか全部使ったとか?」

「うん、だから風味が新鮮だったね!」

「そういう問題じゃなくてぇ!」

 キッチンに入ったときの、強烈な臭いも納得。

 それを美味しいと言って、平然と食べるこの少女の生態系だけが、納得できないところだ。

 俺は口と頭を冷やすために、水道の水をコップになみなみ入れて一気飲みする。


「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ……あぁもういいわ、君もメイドの一人ってことなんだよな?」

「はい! 可愛いよね、このメイド服」

 言いながら、スカートの裾を見せつけるように軽く持ち上げている。


「ま、まぁな」

 先程のメイドと同じデザインの衣装だが、フリルやリボンが黄色になっている色違いだ。


「えへへ、わーい」

 その場でふわりと一回転する少女。ショートの金髪ツインテールとフリルが鮮やかに靡き、少しドキリとした。


「お……」

 違う、それ以上にドキッとしているはずだ、俺。

 丈の短いスカートから覗く、太ももの神秘性もそうだが、圧倒的な存在感を放っているものがある……。


「で、でかい」

 メイド服から見事な谷間がはみ出している。

 晒された鎖骨の辺りにリボンが乗っていて、何故だかイケナイものを見ているような気分。

 一人目のメイドがロリなら、この子はロリ巨乳と言ったところか。

 同じ屋根の下で、胸囲の格差社会問題が起こっている。

 これは問題だ、このおっぱいは問題……。


「おっぱい見てる?」

「え」

 驚いた。この手の女の子は自身の魅力に気づいておらず、無防備に相手を困惑、誘惑させるタイプだとばかり思っていた。


「み、見てないけど、全然」

 固定概念に囚われるな。既に三人のメイドに住居侵入を許しているという、摩訶不思議な現象に直面しているのだ。

 平静を装う俺。一方で琥珀色の瞳でこちらを訝しむように覗くメイド。

 そうやって前かがみになると、またお胸が……。


「別にいいよっ、見せたくなかったら普通隠すよね」

 て、天使……。

 天使ははにかむように笑った。


「まだ二階行ってないよね? たぶん上にもう一人いるから」

「お、おう、ありがとう」

 そう言えば人探しの途中だった。


「ばいばーいっ」

 小さく手を振るメイドに、俺も手を振り返す。

 名残惜しいので、最後にもう一度谷間を凝視してから、キッチンを後にした。


「さて、二階を探すか」

 螺旋状になっている丈夫な階段を登っていく。

 この階については、使われていない部屋や、以前の家主の用途不明な持ち物が入った押し入れがあったりと、詳しく調べる必要がある。

 持ち物整理については暇な時にやるとして、最後の一人を早急に見つけ出してしまおう。

 俺は部屋をしらみつぶしに調べることにした。

 と言っても、大した数があるわけではない。

 適当に手前にあった部屋のドアを開ける。


「あれ?」

 一般的なマンションの、子供部屋程度のサイズ感。

 そんな場所の中央に、ポツンと黒色のキャリーケースが寝かされていた。


「こんなもんあったっけ」

 二階には引っ越しの際にもあまり上がらなかったので、記憶が不鮮明だ。

 俺は確認の為、横開きのファスナーを開ける。


「お、何だこの布切れ」

 水色の絹で出来た、上質そうなブーメラン状の何か。

 ハンカチとして使うには、いささか面積が小さいか?


「こっちは……スイカを包む布?」

 丸いものがすっぽりと収まりそうな部分が二か所。そこだけ少し素材が固い。

 これも水色だが、随分と不思議な品が入っていたものだ。

 でもこれ、どこかで見覚えが……。


「確か……実家の洗濯機で母親が……ん?」

 がちゃり。

 何者かによって開け放たれた部屋のドア。俺の興味は、布から部屋の入口に移り変わる。


「えっと、誰?」

「メイドです」

 凛とした声。背が高くて、青いフリルとリボンが付いたメイド服をスラリと着こなしている。


「そうか、やっと三人目だ」

「そうです」

「まったく、手間がかかったよ」

 スカイブルーの瞳が、俺を冷ややかに見下す。長い黒髪を後ろでポニーテールに結った姿が、厳格なイメージを俺に与える。


「すいません、あなたが手に持ってるそれ……何ですか?」

「それって?」

「だから、あなたの手からはみ出しているその水色の布は何ですかと……」

「……ぶ、ブーメランとスイカ包み機」

「それ私のブラとパンツっ! 何でそんなもの持ってるんですかぁっ!」

 そんなイメージを一撃で払拭する勢いで、メイドは叫び散らした。


「いや違うって。マジでそんなつもりなくて。たまたま目に入ったから手に取っただけで」

「手に取った時点で有罪です! ていうか、いつまで持ってるんですか!」

 メイドは俺の手から下着たちを強奪した。


「そもそもこんな所に置いてるのが悪い。俺の家だよ、ここ? 気になって中身ぐらい改めちゃうよ」

「謝るどころか言い訳を垂れるとは……」

 慈しむように下着を胸に抱えるメイド。うん、悪いことしたな。


「冗談冗談、ごめんなさいって。ちゃんと下着はブーメランとして、実家の犬の玩具に転生させるから」

「だからブーメランじゃないです! 転生ダメ!」

 喜ぶと思ったんだけどなぁ、チョコちゃん。


「はぁ……あの、もう全員見つけたなら、下におりませんか? 色々と説明をしなければいけませんので」

「そうだな」

 これ以上コントを続けていても意味がない。

 何故ここに彼女の荷物が置いてあるのか等、問いたいことは山々だが、それはまとめて聞くことにしよう。


 メイドが下着を優しく撫でながらケースに戻しているのを尻目に、俺はリビングに向かった。

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