桜ひとひら
改札口から吐き出される人並みに押され、今日もまた会社へと急ぐ。
春物のトレンチではまだ少しだけ肌寒い朝。
思わず首元のシフォンのストールを整えた。
今日は午前十時から大事な商品開発企画会議。その前にもう一度プレゼン資料に目を通して……。
会社までの道のりでもう既に戦闘モードに入りながらもふと、涙が零れそうになる。
そのときだった。
一陣のつむじ風が宙を駆け抜けた。
街路樹の桜の大木から花びらが風に吹かれ、一面の花吹雪。
その光景に、目を奪われる。
そして、舞い上がる花びらに吹かれながら、何故だろう。
走馬灯のように悠生の想い出が駆け巡った。
三年前の早春からつきあい始めた悠生。
初めてのデートでは、二人で桜を見上げていた。
桜は見頃で、ただひたすら美しかった。
"また来ような"
人懐こい笑みで私に向かって最後にそう言ってくれたのは、いつのことだったか。
暫し佇み、つむじ風に身を任せる。
散り初めた花びらが地面の上で舞い踊る。
どんなに美しい桜もいつかは散る。
こんな風が吹くなんて。
あの頃は知らなかった。
いつも隣には悠生がいて、それはずっと続く日々だと信じていた。
けれど。
もう悠生はいない……。
嗚呼、でもきっといつか。
この舞い上がる花びらと共に、新しい春を見つける。
うつむけば涙が零れるから、上を向く。
きゅっと唇を噛みしめ、惑いながらもまた歩き出す。