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第9話 ウォルトの街

 ――10日目


 大きな荷馬車に乗ったカインとエレナが揺られながら座っていた。

 他にもサマリアルから出て行く者はおり、荷馬車での旅が5日目になった今日も十数人が同じ馬車に乗り合わせていた。

 遠くに街の門が見えるようになると、荷物の確認をはじめて荷馬車を降りる準備に取り掛かる。

 初めての遠出だったが、カインはスムーズに行えている。


「それにしてもカインさんの荷物は少ないですね」


 エレナの荷物は大きなケースが一つ。たった一つだが、女性が持つにはサイズが大きい。中には戦闘で使用する魔法使いとしての道具が収められており、瞬時に利用できるよう持ち歩いている。

 生活に必要な物は彼女の指に填められた収納リングの中にある。

 対してカインは手荷物と呼べる程度の物しかなく、遠出をする者の荷物としては非常に少なかった。


「まあ、最初は何も持たない状態から冒険者を始めたから」


 その日暮らしで生きていくのに精一杯で、とても生活必需品以外を購入していられる余裕がなかった。そんな余裕があるのなら夢を叶える為の装備品購入の貯金に回していた。

 だからこそ奪われた物を、奪われないようにしようと必死だった。


「ここがウォルトの街か」

「はい。目的地のギムナまでは、もうすぐです」


 これまでの5日間でカインもエレナとそれなりに親しくなった。年齢が近いこともあって敬語を止めるよう言われ、砕けた口調でエレナに話しかけるようになっていた。

 ただし、エレナの方は「こっちの方が楽だから」と今の対応を変えるつもりがなく敬語で話し続けていた。


「次がギムナですから明日までには到着できそうですね」


 先へ進むことを優先させたため荷馬車はずっと移動を続けていた。


「とりあえず今日は休むことができそうだな」


 カインも馬車から降りて体を解す。

 休憩をほとんど取らずに移動していたこともあって、馬車から降りた者の多くが疲れた表情をしていた。

 エレナ以外もそれだけ急いでいるのは、ギムナで行われる出来事に間に合わせて到着するため。

 馬車から降りた誰もが明日には到着すると思っていた。


「すみません。どうやら馬車の調子が悪いらしく、修理したいので明日の出発は難しいみたいです」


 御者の言葉にあちこちからブーイングが起こる。

 だが、調子が悪い状態で走っているうちに壊れてしまっては大事故に繋がりかねない。

 それに1日ぐらいの遅れは問題ないため御者に従うしかなかった。


「まずは冒険者ギルドへ行きましょう」

「宿の確保はしなくていいのか?」

「この街なら大丈夫です」


 ウォルトの街はヴァーエル家の支援を受けている。エレナが自身の身分を晒すことである程度の優遇を受けることができる。


「それよりも、せっかく時間ができたんですから働いた方がいいですよ」

「うっ……」


 その点を言われるとカインとしては心苦しかった。

 これまでの旅ではエレナに雇われているような形になっていたため彼女が全ての宿泊費や食事代を出していた。

 所持金が少ないこともあって最初は甘えていたカインだったが、さすがに何日も続けば罪悪感がある。そこをエレナは慮ってくれた。


「私も覚えがあります。家を出たばかりの頃は魔法の才能こそありましたけど、冒険者としてどうすればいいのか右も左も分からない状況でした。一応、家から受け取ったお金はありましたけど、それは今でも手を付けていませんからね」


 自分の我が儘で独立した。心配して渡してくれた金だったが、自立できるようになったら返金するつもりでいた。

 そして、今なら胸を張って自立できたと親にも言えた。


「簡単な依頼を受けてみることにしましょう」



 ☆ ☆ ☆



 翌日。

 街を出て1時間ほど移動した場所にある農園。


「柵が壊されているな」


 魔物が入ってこないよう設置された柵があるものの、外から力が加えられたことで壊されていた。


「これでは意味がありませんよ」


 その柵には魔物除けが施されていなかった。

 魔物は獣よりも力が強く、ただ頑丈な柵を設置しただけでは破壊されてしまうことが多い。本気で防衛を考えるなら柵に魔物が嫌う特殊な臭いを塗って近付かないようにするなどの対策が必要となる。

 しかし、ここにあるのは頑丈なだけの柵。


「ここの領主は1年ほど前に引き継いだばかりの若い男爵なんです。領地を豊かにしようと費用を抑えることから手を付け始めたみたいですけど、本当に必要な場所の費用を減らせば大きな被害を出すだけです」


 今も甚大な被害が出ていた。


「農地で作業をしていたところ男性の一人が襲われ重傷を負う。一緒にいた女性は襲われた男性が身を挺して守ったおかげで逃げている最中に転んで足を挫いただけで済んだ。さらに……」


 魔物に二人が襲われて被害が出てしまった。

 その被害を知らせて注意を促すよりも早く、致命的な被害が出てしまった。


「ウォルトへ向かっていた馬車に乗っていた子供が休憩中に襲われ、頭が陥没してしまうほどの怪我を負ってしまった」


 慌ててウォルトにある治療所まで運ばれたが、手の施しようがない状態だったため亡くなってしまった。

 今の時期はギムナへ向かう途中でウォルトへ立ち寄る人が多く、不測の事態が起こり易かったのに領主は魔物対策を怠ってしまった。


「私たちが1日早く到着していれば防げたかもしれないんですけどね」


 子供が犠牲になったのは前日の朝の出来事。

 犠牲者が出たことでウォルトにある冒険者ギルドは大慌てだった。


「標的は蹴りウサギです」


 見た目は普通のウサギとそれほど変わらない。しかし、足に魔力を纏わせることが可能で、強化された脚力から放たれる蹴りは人間の体を粉砕することも可能にしていた。

 基本的に自分の縄張りから出てこないはずの魔物が人のいる場所へ出てきた。

 人間に慣れていない魔物は多くの痕跡を残していることが多い。


「あった」


 壊された柵の前で屈めば地面に小さな足跡を見つけることができた。

 足音に注意しながら痕跡を追いかけて行くと茂みに隠れた5体の蹴りウサギを見つけた。パッと見は普通の兎と変わらないため油断しそうになるが、そこにいるウサギは間違いなく蹴りウサギだ。

 幸いにして蹴りウサギの方はカインたちに気付いていない。


「ここはお任せします」

「手伝ってくれないのか?」

「私が手を貸す必要性を感じません」


 エレナの言葉には確信が含まれていた。使徒になって得た力について簡単に説明したが、実際に戦闘して見せるのは初めてだった。

 使徒になった後の力を誰かに見せるのはエレナが初めて。

 実際に見せた方が自分の力を信用してもらえる。


『まあ、彼女の場合は【鑑定】で詳細な情報を得ているから信用しているのでしょうね』

「そういう野暮なことは言わない」


 エレナの持つ【鑑定】というスキルは、レベルによって覗くことのできる情報に制限がかけられている。レベルの低いうちは強さを感じ取るうえで目安になる程度の力しかない。そこから徐々に詳細な情報が明らかになる。

 カインはエレナが【鑑定】にどの程度習熟しているのか知らない。だが、カインの強さに確信を持っていた様子から高いことが予想できた。

 その予想は間違っていない。


 依頼を受け、報酬を必要としているのはカインであるためエレナは気にせず短剣を構えてから真っ直ぐ投擲する。

 蹴りウサギへと飛ぶ短剣は、5体いた内の1体を貫いて一撃で絶命させる。


 2体の蹴りウサギが奇襲されたことに気付いて短剣の飛んできた方を見る。しかし、その頃には短剣が突き刺さって吹き飛んだ蹴りウサギを追い掛けていたカインが蹴りウサギの眼前まで迫っていた。

 走りながら止まることなく呆然としている蹴りウサギの腹を蹴り飛ばす。転がる蹴りウサギが起き上がることはないが、気絶しているだけで絶命してはいない。

 カインの走り抜けた場所を蹴りウサギが飛び掛かるが、そこには誰もいない。立ち止まらなかったためカインへの攻撃を外してしまった。

 少しだけ速度を緩めたカインが姿勢を低くして奇襲で倒した蹴りウサギの体から短剣を引き抜く。レベルが上がったことで強くなったが、奇襲のような不意打ちでないのなら武器が必要となる。


 体の向きを反転させる。

 カインへ飛び掛かったものの回避された蹴りウサギがカインへと再び狙いを定め、足を振り上げながら飛び掛かる。

 飛び掛かってくる蹴りウサギを目にして動揺しながらも短剣を振る。


 蹴りと短剣が交錯する。

 互いの攻撃に費やされた時間は一瞬。

 下半身を両断された蹴りウサギの死体が地面に転がることとなった。


 奇襲後も動けずにいた残り2体の蹴りウサギ。

 2体の蹴りウサギは身を寄せ合って体をプルプルと恐怖から震わせていた。本能で自分に残された時間が短いと理解できていた。



 ☆ ☆ ☆



 気絶していた蹴りウサギにも短剣を突き刺してとどめを刺す。

 全て短剣の一撃で終わっている。


 改めて短剣の凄さに驚いて刀身を見ると別の意味でも驚かされた。

 5体もの魔物を貫いたというのに短剣の刀身には血が付着していたものの、拭うだけで磨かれたような美しい状態で姿を現した。

 単純な威力だけでなく、常に手入れされた状態でいる効果も付与されている。


「あ、レベルが上がった」


 戦闘が終わってステータスを確認するとレベルが上がっていた。


「これで満足か?」

「はい。ありがとうございます」


 報酬を目的に依頼を受けさせたエレナだったが、別の目的もあった。


『彼女はステータスを覗いたからカインが強いことは知っていた。けど、実際にどれだけ戦えるのかは実戦を見てみないことには判断できない。だから蹴りウサギの討伐依頼はちょうどよかったんでしょうね』


 レベルに見合わない強さ。

 純粋な力を目にしなければ判断できなかった。


「5年も前の話ですが、私が目にした大呪術師の力は異常です。蹴りウサギ程度の魔物に苦戦しているようでは困りましたが、少なくとも最低限の力ぐらいは身に着けているようですね」


 テストされたことに不満を持つカイン。

 ただ、手に入った報酬が役立ってくれることも事実であるため不満を口にするようなこともしなかった。

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