第42話 クエスト②クリア
――10日目
金色ゴーレムを破壊し、地上へと脱出したカインは力尽きて何もする気が起きなくなってしまった。魔力を大きく損耗したことによる倦怠感で、どこかを負傷したわけではなかった。
それでも面倒事に率先して関わろうという気力は湧かない。街まで戻ると宿で寝て過ごすことになった。
しかし、さすがに翌朝ともなれば魔力もある程度は回復して面倒事から逃げ続けるわけにはいかなくなる。
そんな面倒事はシアによって運ばれてきた。
「案内人ギルドまで一緒に来てほしいです」
「……俺も行かないといけないか?」
「当然です」
事情はカインの方が回帰しているため多く知っている。
隣の部屋から音が聞こえると溜息を吐きながら諦めた。エレナは外出の準備をしているらしく、カインも同行しないわけにはいかなかった。
しばらくして準備を済ませるとカインが部屋を出る。女性の準備には時間が掛かるらしくエレナはまだいなかった。
「それで案内人ギルドの方はどうだった?」
「もう大変でしたよ」
宿屋へ来る前にシアは案内人ギルドへ寄り、カインとエレナの二人も連れて来るよう言われていた。
シアが言うようにギルドはかつてないほどに慌てていた。
なにせ案内人ギルドが稼ぎ場として遺跡は異常事態になっていた。
「遺跡を探索するうえで最も厄介だったのはゴーレムだ。それが全て機能停止して動かなくなっているなら騒ぎにもなるだろうな」
聖剣が失われたことでゴーレムへ新たに稼働する為に必要な魔力を供給する手段が失われてしまった。貯蓄されていた魔力で数時間は動いていたが、補給することができなければ停止してしまう。
地上には停止したゴーレムの残骸だけが残されていた。
「昨日から冒険者の手も借りて案内人が残骸を外へ運び出していたらしいですよ」
高値で取引されるゴーレムを安全に運ぶことができる。
多くの者が喜び勇んで遺跡へと赴いていた。もっとも喜んでいたのはゴーレムを相手に遺跡で稼いでいた者たちだけで、ギルドの上層部や領主といった行政の方では頭を抱えることになっていた。
これまではゴーレムの稼働に必要な魔力と共に、外へ持ち運んだゴーレムの代わりとなるゴーレムが新たに補充されていた。
だが、地上にいるゴーレムが機能停止していれば、新たにゴーレムが補充されるのも停止されるかもしれない。実際、その通りで地下から地上へ移動されることはなくなる。地下にある分も機能を停止させて動かなくなった物を回収させてしまえば新たに造られることはない。
遺跡から聖剣が失われる、というのは街の崩壊を意味していた。
「今後どうするのか判断する為にもミランダさんから何があったのか説明するように言われたの」
案内人ギルドで受付をしているミランダ。ギルド内での権力はそれほど大きくないが、案内人から信頼されているためギルドからの信頼も篤い。
シアにとっては叔母からの頼みであるため全てを教えてあげたい。
ギルドは突然の事態に戸惑うばかりで、原因の調査どころか推測をする余裕もなかったが、ミランダだけはシアが深く関与していると予想していた。
「こっちとしても何も言わずに街を離れるのは申し訳ないと思っていたんだ。せめて信頼できる人ぐらいには事情を話した方がいいと思う」
その時、エレナの準備が終わったらしく部屋の扉が開かれた。
「彼女に説明するのは私も構わないけど、教えるのは遺跡に関することだけ。それから聖剣の所有権を譲るつもりは絶対にない」
「わかっていますよ」
遺跡が停止した理由を説明するなら、どうしても聖剣の役割について説明しなければならない。
ただし、説明するのは遺跡における聖剣の役割までだ。
「ギルドに着く前に詳しく説明しておいてくれないかしら?」
エレナが気になっているのは金色ゴーレムと戦っている間に見せた聖剣が放つ異常なまでの魔力の量。エレナの予想を遥かに上回る魔力はあり得ない。
「あれは聖剣と俺の使徒としての能力の相性がよかったからですよ」
「相性?」
「はい。俺は回帰した時の状態で記録の狭間へ行きます」
体は万全な状態となり、装備もそのままで何も存在しない空間にいる。
聖剣を手にしていれば聖剣を手にしたまま目覚める。
最初に記録の狭間で目覚めた時は、聖剣の扱いに慣れるため最低限の魔力を込めながら武器としての扱いに慣れるよう努めた。
しかし、遺跡の中枢へと戻った聖剣を再び手にした時に気付いてしまった。
自身と同じ魔力の痕跡がある。
回帰して聖剣を手にするまでの数日間で遺跡の維持に魔力そのものは消耗されてしまったが、残滓だけは感じ取ることができた。
「さすがは聖なる剣ですね。回帰する前の状態を記録しておいて、俺の回帰について来ることができるようです」
再び手にした聖剣に魔力以外の変化はなく、元の長剣に戻っていた。
回帰して引き継がれるのは聖剣に貯蔵された魔力のみ。
「その事実に気付いたなら、やれることを事前に準備しておいただけですよ」
聖剣そのものにある程度の干渉をするだけならブランディアが心得ていた。
回帰後にカインの魔力を極力消耗しないよう設定しておき、再び手にするまでの間に魔力を無駄に消費しないようにする。無限に存在する時間を利用して魔力を限界まで注入することで、金色ゴーレムを力任せに倒せるだけの力を与える。
「こんな俺と相性のいい武器を手放すわけがないでしょう」
☆ ☆ ☆
「何があったのか状況は理解したわ」
案内人ギルドの奥にある個室。受付では話すことができない秘匿するべき報告をする為の部屋。
部屋の外に話が漏れる心配がないため、シアの案内で地下へ赴いて中枢にあった聖剣を回収した話をミランダに聞かせたところ、頭を抱えずにはいられなかった。
原因不明のゴーレムの停止。
原因が判明したのはよかったが、その原因が自身の姪にあったとなっては迂闊に報告することができない。
「領主様はゴーレムが消えた原因を調査するよう命令を出されたわ」
ラポルカにとってゴーレムから得られる貴金属は貴重な資源だ。
ラポルカの周囲は土地が痩せていて農業に向いておらず、鉱山のように資源を得られる場所もない。
遺跡から持ち帰れるゴーレムを頼りにしていた。
「唯一の資源がなくなれば当然ですね」
「おまけに人為的なものなら、犯人を地の果てまで追い詰めると言ってました」
「それは……」
「え、あたし?」
3人の視線がシアへ向けられる。
「ゴーレムが停止したのは聖剣を抜いたせい。なら、カインのせいってことになるでしょ」
「まあ、いずれはそういう結論に至るだろうな」
原因が判明しなくても、犯人の推測はできる。遺跡へ入る際に記録をつけるため異常があった時にカインたちが遺跡内にいたのは調べれば簡単に知れる。
「だから今日中にでも街から離れるつもりだ」
「え……」
その言葉はシアにとって予想外だった。
負傷したわけではないとはいえ寝込んでしまったカイン。次に行くべき目的地があるとは言っても数日ぐらいは余裕があると思い込んでいた。
エレナも期限まで5日しかないため異論はない。カインの体調に問題がないのなら今すぐ出発してもいいぐらいだ。
「聖剣を手に入れることができたのはシアのおかげだ。自分の為にならないのに協力してくれてありがとう」
「そんな……あたしの方こそ、二人がいてくれたから父さんを見つけることができたんだし」
「でも、勇者じゃなくて俺たちに協力してくれた」
「その事なんだけど、本当にあたしは勇者に協力したのかな? もしくは勇者はあたしに協力してくれたのかな?」
「どういう意味だ?」
シアには一つだけ気になっていたことがあった。
なぜ、カインは自分を見つけるのに時間が掛かってしまったのか。
シアの主観では二人が街に到着してすぐに接触されたような形であるため実感はないが、カインは何度も同じ時間をやり直して今の状態にしている。
もっと早い段階――初めて街に到着した時にはシアの存在すら知らなかった。まず勇者に同行した案内人を見つける必要があった。
そんな必要があったのは、シアの存在が完全に隠されていたからだ。
「ミランダさん、あたしの処遇はどうなりますか?」
「領主としてはどんな事情があったにしろ遺跡を停止させた犯人を捕まえたいだろうね」
遺跡は記録さえ残せば誰が入ってもいい。しかし、街の経済に大打撃を与える損害を出したとなれば無事では済まない。
だが、その犯人が世間に知られた勇者となれば別だ。
「勇者だったら問題にはならなかった。二人はどうですか?」
「勇者……? どういうこと?」
回帰について何も説明されていないミランダは戸惑うしかない。
「無理ね。私たちでは実績が少なすぎる」
使徒と賢者候補では領主を納得させることができない。
それに最初から名乗り出るつもりはなかった。
「以前は聖剣を手にしたのが勇者だと大々的に知らされた。聖剣も譲渡され、協力したあたしも罪に問われることはなかった」
むしろ勇者に協力した者として賞賛されていたかもしれない。
そうならなかったのは、本人が称えられるのを辞退したからしれない。いや、本人よりも可能性が高いのはミランダがシアの存在を秘匿したことだ。
有名になるのは決していいことばかりではない。
「父さんの件が片付いたら案内人ギルドでミランダさんの手伝いをしようと思っていたの」
家族がいなくなった後で親身になってくれた叔母。
これからは自分が支えていきたいと思っていた。
「けど、父さんの遺書を読んで考えが変わったわ」
「遺書?」
「ああ、あの遺書か」
地下で見つけたマイルズの遺体にあった遺書。
エレナは遺書の内容までは知らなかったが、カインは最初に遺体を見つけた時に内容まで確認してしまっているため覚えていた。
シアは肌身離さず持っていた遺書をミランダへ渡す。
「……たしかにこれはマイルズの字だね」
「わかるの?」
「受付で案内人たちの書類を毎日のように捌いているんだ。字の特徴ぐらい覚えてしまうよ。もちろんマイルズの書類だって手続きしていたよ」
この遺書を見つけた者が娘でないことを願う。
貴方に頼みたいことがある。
娘への謝罪と伝言だ。
どうやら私は帰ることができないらしい。帰ると約束したのに守れなかった父を恨んでほしい。
私が亡くなったことを伝えてほしい。だが、どのような状態だったのかは教えないでもらえるだろうか。どれだけの歳月が経過しているのかわからないが、あまり褒められた状態ではないだろう。
私はずっと見たかった遺跡の真実を目にすることができた。
娘には自由に世界を見てほしい。
私の夢に付き合わせて遺跡に縛りつけてしまったが、娘にも自分が見つけたい物を見つける人生を送ってほしい。
どうか、何かに縛られることのない自由な道案内を願う。
「これがマイルズの最期の言葉かい」
遺書を読んだミランダは思わず遺書を握り潰しそうになっていた。
「本当に最期まで勝手な奴だね。帰らないことで、娘が迎えに来るなんて全く考えていないんだから」
遺書を書いた時のマイルズの感覚では、シアは少しばかり優秀ではあるものの子供だった。
まだ子供だった。
だから自身が死を痛感するほど危険な場所を訪れるなど考えもしなかった。
結果、誰か見つけてくれた人への依頼になってしまった。
「ミランダさん。あたしは二人について行こうと思います」
「どうして?」
「父さんが残してくれた言葉のように『見つけたい物』を探しに行きたい。けど、今のあたしには『見つけたい物』がない。だから、あたしの関わった二人がどうなるのか――この物語の結末を見届けたいんだ」
「シア……」
目を輝かせるシア。
その表情にミランダは覚えがあった。
「初めて遺跡にマイルズが入った時もそんな目をしていたね」
まるで子供のように目を輝かせて魅了させられてしまっていた。
そんなところばかり似てしまった。
「もう決めてしまったのなら反対しないわ。けど、肝心な二人の考えては聞いているのかしら?」
シアが同行するなど全く予想していなかった二人。
「二人はギムナまでどうやって行くのか考えてありますか?」
「いや……」
この後でラポルカからギムナまでの移動について考えるつもりでいた。
「ならギムナまでの道案内はあたしが引き受けます。二人が考えていた到着日よりも圧倒的に早く到着してみせます。余裕があった方がいいでしょ」
「あ、ああ」
強引にではあるが、シアの同行と道案内が決まった。
――クエストがクリアされました。
セーブされます。




