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第31話 シアの行方

 ――6日目。


「これが回帰なのね」


 ほんの一瞬だけ目を離していただけだというのに表情が一変したカインを見たエレナが呟いた。

 記録の狭間で死んだ時の動揺を抑えてから回帰しているが、それでも回帰した瞬間の直前とでは経験した重みが違う。


「街に着くまで少し時間がありますね」


 心情的には急ぎたい。

 しかし、目の前にいるエレナは事情のほとんどを知らない。彼女の協力も必要であるためこれまでの情報を共有する必要がある。


「俺たちが探していた『あの子』というのは、シアという俺たちと同年代の少女でした」


 エレナと比べても小柄な少女だった。


「そのシアが勇者と一緒に聖剣を見つけ出したの?」

「おそらく間違いないかと思われます」


 正解など現段階ではどこからも得られない。

 得られた手掛かりから答えを導き出すしかなかった。


「シアの父親であるマイルズが遺跡の地下を見つけたらしいです。ただ、そこは今も誰からも認識されていません」


 マイルズが行方不明になったことで地下の存在そのものが疑われている状況だ。

 そのため娘であるシアは父親の言葉が正しかったと証明する為に遺跡への挑戦を続けている。


「シアっていう娘に接触はできていないのね」

「さっき姿を見ただけのを除けば接触できていません」

「なら、その娘を知っている人から接触することにしましょう」



 ☆ ☆ ☆



 ラポルカへと到着したカインとエレナ。

 これまでは冒険者のルールに従って冒険者ギルドでの登録を最初に行っていたが、今回は真っ先に案内人協会を訪れていた。早い段階から動く為にも時間を惜しむ必要があった。


「初めて見る顔だね、どんな用だい?」


 早く訪れたとしても初めての人間に対するミランダの対応は変わらない。


「ある人物を紹介してほしいの」

「誰を紹介してほしいんだい? 協会にいる案内人なら、予定を確認して手が空いているようなら紹介できるよ」


 案内人協会で人を紹介してほしい。

 そうなれば案内人を求めているのが自然だ。


「いいえ、案内人ではないわ」

「……ひやかしのつもりかい?」

「私たちが求めているのは『シア』という名前の少女よ」

「……」


 ミランダの顔から表情が消える。

 ひやかしだと思った時は不機嫌そうな様子を隠そうともしなかったが、今は警戒心から表情が抜け落ちていた。


「そのような名前の案内人は協会にいません」


 間違いではない。シアは協会に所属する案内人ではなく、フリーで活動している案内人でしかない。


「悪いけど面倒な問答はなしよ」


 カウンターの上にエレナが冒険者カードを置く。

 冒険者であることを証明するだけでなく、簡単な身分証明にも使うことができるため見せるだけで伝わる相手には伝わる。


「け、賢者……!」

「候補だけどね」


 人の悪い笑みを浮かべる。

 賢者に睨まれた受付は委縮するしかない。


「この遺跡に何があるのか私は知っているわ」

「な、なんのことでしょう」

「ゴーレムの数が聞いていたものよりも多いように思えるけど」


 ゴーレムは魔法技術によって稼働している。そのためゴーレムが多くいる遺跡の詳細について魔法使いの協会へも報告がされている。

 以前にエレナがラポルカを訪れたのもゴーレムについて調査する為だった。その時は入口から近い場所を簡単に調査しただけで、回帰前の世界で二人が遭遇したほどのゴーレムと遭遇することはなかった。

 案内人協会が意図的にゴーレムの存在を隠した。


「あそこにいるらしいゴーレムの素材なら高値で取引されてもおかしくないわね。価値のあるゴーレムについて報告したら、魔法協会がどれだけ接収するのか分からない。だから少なく報告していたのでしょう」


 案内人協会の思惑はエレナが言ったとおりだった。

 ゴーレムは一部であっても持ち帰ることで大金を手にすることができる。そこに高度な魔法技術が使われていると賢者を頂点にした魔法協会に接収されてしまうため、価値が低くなるよう報告していた。

 国から罰せられることはないが、魔法協会からは許されることではない。


「証拠はあるんですか?」

「そんなものは遺跡へ行けばハッキリするし、魔法協会に報告するだけで追加の人員が送られてくるわ」

「うっ……」


 魔法協会の本部から遠い場所にあるラポルカ。距離もあって本格的な調査が行われることはなく、派遣されてきた調査員を誤魔化すだけでよかった。


「こっちの要求を受け入れてくれるなら黙っていてあげるわ」

「……」

「もちろんそっちに協力してあげるのも吝かじゃないわ」


 エレナの要求とは、もちろんシアに関する情報である。

 叔母として姪を売り渡すような真似はしたくない。しかし、案内人協会の立場を考えれば協力せざるを得なかった。


「……教えられるのは、あの子が住んでいる場所だけです。それで今後は魔法協会がラポルカに干渉しないようにしてください。登録している者の仲介料だけでは維持していくのが大変なんです」

「何かあったら私を指名しなさい。きちんと便宜を図ってあげるから」


 情報の対価として自分が所属している組織を裏切ることになったエレナ。

 シアが住んでいる場所の地図を描いてもらい、地図を頼りにしながら進む。



 ☆ ☆ ☆



「あれでよかったんですか?」


 案内人協会に協力することとなったエレナ。

 そのような不正に似たことをして問題にならないのかカインは気になった。


「もちろんそのまま協力したら問題になるわよ」


 魔法への知的探求を目的にした組織。

 組織を維持する為には政治的な行動も必要だが、魔法協会において不正は最も忌み嫌われることであるため、追放で済めばマシな方である。

 案内人協会への協力はバレれば間違いなく処罰される。


「まさか情報だけ貰って協力しないつもりですか?」

「その『まさか』よ」

「無理ですよ」


 相手は何十人もの案内人をまとめ上げてきたミランダ。職員や協会長はきちんといるが、案内人と最も長く接してきたのは彼女だ。

 そんな女傑がミスをするはずもなく、約束は書面に残して交わされている。

 もしエレナが裏切るような姿を見せれば、彼女が行うはずだった不正は世に出ることとなる。

 そうなればエレナの未来が鎖されてしまう。


「約束をした状態で、約束を破れば問題になるわ」

「ええ」

「だったら約束そのものをなかったことにすればいいのよ」

「そんなこと無理に決まっているじゃないですか」


 そうなればミランダも裏切ることとなる。

 彼女も約束を反故にされてしまうことを恐れて契約の内容を書面に記して残している。エレナのサインもあるため彼女も責任を問われることになる。


「もっと単純な方法よ。約束なんて最初からなく、貴方が情報だけを得るの」

「まさか……」


 カインにもエレナの思惑が理解できた。

 街へ入る前まで回帰する。そうなれば約束がされる前の時間で、回帰したカインだけは取引によって得た情報を記憶したままになる。

 回帰能力を持つ者だけが得をする取引。


『随分と酷いことを考えるわね』


 ずっと黙っていたブランディアが呟かずにはいられなかった。

 使徒はあくまで神の加護を受けたことで力を使えるだけでしかない。もし神から見放されて加護を外されるようなことがあれば力まで失うことになる。だから使徒は私利私欲で力を使うことはしない。


「ブランディア様、今回の事は私と情報収集をしていたところ一緒にいた彼が回帰してしまうだけです。その結果、情報を得た手段がなくなってしまいますが、責められるとしたら私だけなはずです」

『そんなことしないわよ』


 回帰した時点でブランディアも記憶を失ってしまう。

 責めたくても回帰をした後では責めることはできない。


「それに話を聞くと貴方は力を利用することに対して頓着していない」

『へぇ』

「貴女にとって重要なのはクエストの完遂。その過程における手段にはそれほど気にしていない」

『ええ。クエストとは関係ないことで力を使うのなら加護を剥奪することも考えるけど、これはクエストに必要な行為よ。だから貴方たちの選択を静観するわ』

「……俺は何もしていないんですけどね」


 ブランディアとの会話を周囲にいる人は気にした様子がない。

 歩いていると次第に人の姿が少なくなり、周囲の喧騒も静かになりつつあった。


「ミランダが言うにはシアは街の北側で生活しているらしいわ」


 巨大な建造物である遺跡。

 日が遮られてしまうせいで北側は暗くなり、治安も悪くなってしまう。


「こっちを遠巻きに見ていますね」


 建物の中や陰、道端に座り込んだから見られている視線をカインは感じていた。

 ただし、誰からも二人に危害を加えようという気配は感じられなかった。


「向こうも危害を加えようとは考えないわよ」


 エレナは杖を見せびらかし、カインも自然と柄に収まった状態とはいえ短剣を手にしていた。

 明らかに戦えると思える人物。

 そんな二人を相手に無謀なことをするつもりはなかった。


「さて、ここね」


 エレナが辿り着いたのは何の変哲もない家。庭に大きな倉庫があり、敷地は広いので場所を考えると豪邸に思えてしまう。

 ここが目的の場所。


「エレナはここで生活しているらしいわ」

「一人で生活しているんですよね。それにしては随分と大きい家ですね」

「元々は両親と一緒に暮らしていたらしいわ」


 母親はシアが幼い頃に亡くなり、父親も行方不明となっている。

 現在は独り暮らしなだけで、当初は家族で生活することを考慮された家だった。


「父親は優秀な斥候で、倉庫には仕事に必要な道具。それに解体の仕事も引き受けていたらしいから、これぐらいの広さが必要だったみたいね」


 庭を抜け、家の扉を叩く。

 しかし中からの返答はなく、人の気配も感じられない。


「留守かしら?」


 エレナがグルッと敷地を見渡す。庭には倉庫だけでなく、手入れされた木々があって人の姿を隠せる場所は多く、庭で作業をしていたのなら見落としていた可能性もある。

 それにエレナは経験していないが、二人の後ろから観察されていたというのにシアの方から姿を現すまで近くにいたことに誰も気付けなかった。本気で隠れていたのなら賢者候補と使徒でも見逃してしまうかもしれない。

 だが、もっと初歩的な問題だった。


「すみません」


 エレナが向かった先は家の前にある道で座り込んでいた老婆だった。


「なんだい?」

「この家に住んでいる女の子に遭いに来たんですけど、どこにいるのか知りませんか?」


 見渡しのいい道。

 もしも老婆がずっと座り込んでいたのならシアが出て行く姿を見ていたかもしれない。

 銅貨を静かに数枚握らせる。


「あの子なら今朝早くに出掛けたよ」

「どこに行ったのか分かります?」

「さすがに向かった場所までは分からないね」

「そうですか……」

「ただ、あの子が向かうとしたら遺跡だろうね」


 行方不明になった父親を捜す。

 それだけが彼女の生きる目的になっていると語った。


「もちろん父親を探すだけじゃない。父親が果たすことのできなかった夢を代わりに叶えてあげるつもりなんだろうね」

「夢?」

「遺跡に眠る宝を見つけるのさ」


 遺跡の最奥にあった壁画。

 そこに描かれていた聖剣を見つけることこそが父親であるマイルズの夢だった。


「もう遺跡の中だろうけど、急げば出会えるかもしれないよ」

「いや……」


 今すぐ向かえばこれまでよりも早く遺跡へ入ることができる。

 だが、これまでの遺跡探索の途中でシアの姿を見つけることはなかった。


「なら回帰するしかないわね」

「それも意味がないと思います」


 シアは今朝早くに外出した。

 回帰したとしても彼女が外出した後になるため、この場所を訪れる意味はない。


「回帰はします。けど、せっかくなのでまずはやれることをやってみてからにしましょう」

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